カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第83話 メテオライト

宇宙暦742年 帝国暦433年 10月中旬

惑星ハイネセン 統合作戦本部ビル

ファン・チューリン(大将)

 

「念のため、現状の再確認からだ。まずは『宇宙要塞建設概要』を見てもらいたい」

 

統合作戦本部次長職を兼任したターナーが司会進行役でこの話題は進む。参謀本部からの出席者もいるから、もしかしたらこの見積もり案を初めて見る者もいるかもしれない。曲がりなりにウルヴァシーの第4駐留基地の増設に関わった経験のある私から見ても、かなりシビアに弾き出した金額だ。

 

「防衛体制の確立にあたって、まず第一に想起されるのが宇宙要塞の建設だ。小説や映画でもよく出てくるから諸君も一度は思い浮かべたのではないだろうか?イゼルローン回廊の出口付近に要塞を建設できれば、それだけで国防体制の半分は完成だ」

 

面々は頷くが、同時に苦笑もしている。それもそうだろう。国家予算数年分に匹敵する見積もりに、その金額を国内開発に回した際に期待できる経済成長の予測が併記されている。艦隊司令として名を上げて来たターナーだが、彼の特徴は軍政の進め方にある。エルファシルの第3駐留基地にしてもそうだった。星系の経済発展に寄与する様に事業を進める。結果として長い目で見れば公共投資と何ら変わらず、20年もすれば基地建設費はペイできてしまう。

 

「一応な、財務委員会は『軍がどうしてもと言うなら』という枕詞付きで了承の回答は得た訳だが、後は軍人としての諸君の見解をこの場で聞いておきたい。こんな高額なものがなければ国防体制が確立できないのか?という視点も含めてだ」

 

一部の参加者には一瞬喜色が浮かんだが、ターナーの言葉を最後まで聞いて表情を消した。

 

「次長殿は採点が辛いからな。俺も一応軍人だ。宇宙要塞に憧れが無いと言えば嘘になる。だが建設するにしても次の会戦の後だ。準備も含めれば今から始めるに越したことはないだろうし、忌憚なく意見を述べて欲しい」

 

場を和ますようにウォーリックが発言した。軍人としての立場に限定するなら事業としては魔性の魅力を備えた事業だ。ただ、イゼルローン回廊の出口付近に作るという事は公共投資としての効果は一時的。一部、民間に業務を委託するはずだからそれなりの都市クラスの増収にはなる。だが、総事業費から考えれば雀の涙だ。ターナーは実質反対。ウォーリックは議論を促すために発言したが、彼の実家はあのウォーリック商会だ。本音では反対だろう。

 

「俺は最後に発言するぞ。先に意見を出したら議論がしにくいだろ?」

 

そう言いながらニヤリとしたのはアッシュビー。横でローザスがやれやれと言った表情をしている。まぁ最高位の元帥、宇宙艦隊司令長官が真っ先に発言したらどうしてもその意見に引っ張られる。妥当な判断だろう。そこから統合作戦本部・参謀本部の将官たちが意見を出し始める。それこそ感情論から論理的な意見まで賛否両論が出揃った。

 

私自身は、イゼルローン回廊が唯一なら賛成だった。だが、同盟とフェザーンの関係は必ずしも良くない。ウルヴァシーにいると、どこか様子を窺うような感覚を感じてしまう。名目上は帝国の自治領でもあるフェザーンは、同盟が対帝国への優勢を確立したら帝国よりの態度をとる可能性が高いと私は見込んでいる。つまりもう一つの回廊、フェザーン回廊側も戦場になるだろう。そうなればわざわざ建設した要塞は意味をなさなくなる。

 

「議論は出尽くしたようだな。では、俺の意見を述べる前にこの作戦案を確認してもらいたい」

 

アッシュビーがそう言うと、各々の手元にあるモニターに作戦案が表示される。作戦名『メテオライト』。ターナーに視線を向けると少し肩をすくめた。これをアッシュビーから言わせるあたり、手が込んでいる。宇宙要塞が作られるとしたら、その管轄は宇宙艦隊司令本部になる。その長から別の手段を提示させるとはな。

 

「我々の目下の懸念は、戦力の再編成に躍起になっているであろう帝国軍の正規艦隊だ。既に6個艦隊にファイアザード・ドラゴニア両会戦で壊滅的な打撃を与えた。全軍が最新式と言うのはあちらでもあり得ないだろう。残る12個艦隊の内、半分でも撃滅できれば攻勢をかけるだけの余力を、世代単位で奪えるはずだ」

 

そこで一旦言葉を区切った。本来なら6個艦隊が壊滅した段階で攻勢を維持する意欲が尽きてもおかしくはない。だが、軍務尚書の子息2名、皇族と軍部貴族多数を戦死させた以上、負けたままでは皇帝の面子も立たない。もう一度は大きな出征が予想されていた。

 

「この作戦の主目的は帝国軍正規艦隊の誘因にある。ダゴン星域のアステロイドベルトから隕石を曳航し、イゼルローン回廊出口付近から射出する。高硬度ワイヤーで連結され、振り子のように回転しながら2つの隕石が進んでいく。一定の期間が経つとワイヤーが外れ、隕石は運動エネルギーに沿って散らばっていく」

 

アッシュビーの言葉を表すように射出された隕石が回廊を進み、ワイヤーが切れて拡散していく様子がモニターに映る。

 

「これを現在戦力化出来ている7個艦隊で行う。訓練も兼ねてになるからルーティンとしては年2回が限度だろう。射出される隕石は年間21万個。独立艦隊を加えればもっと増やせる。これを放置すればティアマトの地上基地を放棄することになる点から、帝国軍も腰を落ち着けて戦力化には取り組めない。それにこれでイゼルローン回廊を封鎖できるなら経済的だ。要は大型輸送艦が通過できなくなれば補給線が断てる訳だからな」

 

ウォーリックに視線を向けると少し苦笑していた。おそらく彼も事情を理解しているんだろう。突き詰めてしまえば、どんなに頑張っても国力以上の軍備は維持できない。我々の目指す所は効率よく防衛体制を確立して、建国以来の高度経済成長を維持する予算を整える事だ。人口と経済力の両面で帝国とフェザーンを併せた物を上回れば、負ける事はないのだ。あとは併合に足る国力が養われるのを待てば勝利が見えてくるだろう。

 

「それにフェザーンを無力化するのは案外簡単だ」

 

自分だけに聞こえる声で思考の一部が漏れた。思えば私も随分感化されたものだ。感化した張本人に視線を向けると、何かを確認するようにエメラルドの瞳をまばたきした。フェザーンから何かにつけて資金や利権をふんだくる手法は彼の十八番だ。

それをもう一歩進めてみる。『交易の停止』をするだけでフェザーンは干上がる。収入源の尽きたフェザーンに帝国がどこまで価値を認めるかは分からない。だが、地方星系の経済成長も著しく、同盟領内ではインフレ傾向が続いている。少なくとも同盟にとって、フェザーンとの交易は必須の物ではなくなりつつあるのは事実だろう。

 

「では、メテオライト作戦の効果を分析したうえで、要塞建設に関しては再度検討する」

 

アッシュビーが会議を締めくくる様に結論を述べた。こうして、兵士たちからは『ダゴンエクスプレス』と呼称される作戦の実施が決定した。

 

 

宇宙暦742年 帝国暦433年 10月中旬

惑星ハイネセン アッシュビー邸

ナタリー・アッシュビ-

 

「さすがブルースの子供だ。赤子なのにどっしりしていて貫禄があるな。それともお祖母さんに似たのかな?何しろ女性で初の財務委員長だからな」

 

「ドナルドは俺に似たに決まっているだろう。それにしてもカーク。お前抱き方がうまいな。俺が抱くとドナルドは起きてしまうんだ。すやすや眠るのは構わんが、負けた気になるのが癪だな」

 

「そりゃ3人も子供がいるんだ。それにそろえた訳じゃないがもう一人出来たみたいだ。こうなるとコナー軍曹に申し訳ないな。サラ君を預かったのは良いが、面倒をかける事になるかもしれん」

 

「お手伝いさんもいるんだ。問題あるまい。お前の所は父親に似ずに皆可愛げがあるからな。ヴェルナーも大物の貫禄があった。うちのがもう少し大きくなったらリゾートにでも誘いたい所だ」

 

赤毛の青年、私の息子のブルースと、孫のドナルドを抱いたオレンジ色の髪をした青年、ターナー君が何やら楽し気に言い合いをしている。司令長官になった息子はハイネセンにいる事が多くなった。そのおかげもあって、息子の妻ルシンダのお腹に二人目の命が宿った。

 

そして統合作戦本部次長を兼任するターナー君も激務の合間を見てドナルドを抱きに来てくれた。私と面識がある事もあって、730年マフィアの面々は各々我が家を訪ねてドナルドを抱いてくれた。本当は一堂に会したいのだろうけど、軍上層部を担う彼らの重責がそれを許さない。でも休暇ごとにお互いの子息を招いて色々イベントをしているのは聞いていた。『僕にはお父さんが8人いる』そんな言葉を漏らした子もいるとかいないとか。

 

「ターナー君、シルバーカトラリーも届いてるわ。色々ありがとうね」

 

「大恩ある方のお孫さんですからね。当然の事ですよ。そう言えば、映画の影響もあってシルバーカトラリーを贈るのが流行ってるみたいですね。同盟の経済成長の証でしょう」

 

「おい!俺には恩義はないのか!」

 

「お前さんとは貸し借り無し位じゃないか?」

 

そんな話をしているが、お互い笑顔だ。そしてそれに動じずにすやすや眠るドナルドは、息子たちの言う通り大物になるかもしれない。どうせなら曾孫が出来るまで生きれたら嬉しいのだけど。ルシンダは身重な事もあってソファーにゆったりと座っている。だが、こんなブルースを見た事が無いのだろう。コメディーの様な二人の掛け合いに、笑い声をあげている。

 

「ターナー君、今日は泊って行ったら?」

 

「そうしたい所ですが、深夜の便でテルヌーゼンに向かう予定で。宇宙艦隊司令本部の移設話もありますし、士官学校の視察もありますしね」

 

「講演じゃないのか?」

 

「ブルース。俺達は業界によってはまだ若造だぞ?30過ぎで元帥だ、やれ大将だなんて奴の話を聞かせてどうする?そうだな、活きるとしたらファンの講演かな?あいつの手堅さを候補生が身に着けてくれれば、同盟軍は安泰だ」

 

「それこそ無茶だろう。候補生に人気なのはフレデリックじゃないか?シミュレーターの貸し出し回数が歴代一位らしいぞ」

 

「あいつのデータを学んでもなあ。大当たりか大外れしかないだろうに。話を戻すと士官学校も予算を増やして欲しいのさ。正規艦隊だけで13個だ。増員もいずれは必要だろうし、シミュレーターも新型を入れたいんだろう」

 

「そういう話なら俺も力添えするつもりだ。お前に手抜かりはないだろうが、また報告を上げてくれ」

 

「プライベートの方でな。統合作戦本部の若手は、俺達が馴れ合うのをあまり喜ばないんだ。ほら、連中の階級だと他部署との情報交換は出来ないからな。国防委員会や統合作戦本部と宇宙艦隊司令本部のつなぎに俺を呼んだくせにわがままな連中だよ」

 

「ようやく理解できたか。今まで上司に恵まれていた事にな。だから俺が言った通り、副司令長官になればこんな苦労はしなくて済んだだろうに」

 

「その場合はウォリスかファンが苦労を背負いこむことになるからな。俺が地ならしだけした方が話が早い。ファンは前例があれば大抵の事はうまく処理するしな」

 

ドナルドをあやしながら2時間ほどこんなやり取りを続けて、ターナー君は我が家を辞していった。

 

「ねぇブルース。政界には興味はないの?」

 

「やれなくはないだろう。ただ政策の推進に協力してくれる人物が何人かいないと無理だな。それに俺は政治家連中を信じてはいない。みな腹芸が得意だ。あいつらが政界に行くなら何とでもなるだろうが......」

 

「ターナー君はどう?辺境星域の票を集められるし貴方の理解者でもあるんじゃない?」

 

「.....。母さんのいう事は正しいけど、そこまであいつの人生を変えて良いんだろうか?ビジネス界に戻りたかったあいつを軍に慰留したのは俺だ。そして軍政面で色々手を打っているのも理解している。これ以上は......」

 

「今すぐ答えを出す必要はないわ。ただ、頼めば引き受けてくれると思うわよ。国力を強めるという点で、政治家以上に影響力を発揮できる立場はないわ。それに国力が高まるほど、市民たちの帝国進攻を求める声も高まると思うの。実力と実績を兼ね備えた人物が政府上層部にいる事は、あの論文を実現する為にも必要だと母さん思うわ」

 

「悪魔の論文を読んだのか.....。俺が読んだときはまだ候補生だった。戦闘に勝てても戦争には勝てない。少なくとも俺達の年代ではね。そう思い切れた事がかなりの救いになったのも事実だ。もう少し考えてみるよ」

 

ドナルドを抱きながらめったに見せない優し気な表情で息子はそう言った。実際、730年マフィアが戦勝を積み上げる毎に好戦的な言論が増えているのも事実だ。

 

「あの件も急かさないといけないわね」

 

彼の予想通りだ。もしフェザーンを併合するとしたら、同盟の世論は一気に好戦的になりかねない。

 

「世の中、ほんとにままならない」

 

ドナルドを抱いて玄関に戻る息子の背中に小声で私はそう呟いた。




原作では生まれなかかったブルースの長男ドナルド。そしてもうひとりの命もルシンダのお腹に宿ったようです。名前を貰った方の再選の可否の前にはこの物語も完結しているかしら.....。では!明日!

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