カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第84話 コーヒーと紅茶

宇宙暦743年 帝国暦434年 1月中旬

惑星オーディン 宇宙艦隊司令本部

コーゼル大将

 

「まったく。叛徒どももやる気満々という訳か。それに連中も決戦はティアマトと認識している。あれだけ大勝したのだ。多少は大人しくなるかと思ったが......」

 

「アッシュビーが宇宙艦隊司令長官になった事もあるでしょう。彼の同期たちも侮れません。ティアマトの地上基地から観測できる範囲でデータも取ってくれていますが......」

 

「放置は出来んな。ただでさえ難所のイゼルローン回廊に隕石が散乱すれば補給路として使えなくなる。連中も色々考えるものだ」

 

アムリッツァ星系の惑星クラインゲルトに補給基地を建設する事業は無事に完了した。門閥貴族を含んだ処分が終わるまでシュタイエルマルクを遠ざける意味もあったが、本人は自分の理論を踏まえて基地を作れる事に楽しみを見出したようだ。嬉し気に報告をする彼を見てホッとしたし、内務省地方自治局の職員と関わる事で、地域経済に関しての知見も得られたようだ。そんな彼が、叛徒たちの新たな動きを報告してきたのが昨年末。分析を踏まえた善後策の事前協議を、私のオフィスで行っている。

 

「それで、卿の見立ては?」

 

「はっ。いくらイゼルローン回廊が難所とは言え、封鎖するにはそれなりの量の隕石が必要です。それでも戦闘艦で破壊する事で解決出来ます。最短で3年。掃宙を含めるなら5年でなんとかなるかと。念のためシミュレーションも致しました」

 

「うむ。怪我の功名ではないが、そうなるとアムリッツァ星系に補給基地がある事は幸いだな。戦力化が始まった艦隊の射撃の的としても使える。もっとも今はなるべく艦船に予算を割きたいというのが本音だ。ビーム兵器での破壊は難易度が高いか......」

 

「はい。出来れば実弾兵器。爆発を伴う物が好ましいのが確かです」

 

そう言う意味でもなんともいやらしい手だ。隕石の処理に最適なのはレーザー水爆ミサイルだが、決して安い兵器ではない。訓練を兼ねてダゴンからティアマトを経由して回廊出口付近から射出する。ティアマトの威力偵察、我々への挑発、回廊の封鎖。一石三鳥の妙手だし、あちらの経費は動力エネルギー位だ。懐もそこまで痛まんだろう。放置すれば回廊が更なる難所に、対応すれば予算を取られる。宇宙艦隊の再戦力化もオチオチしていられんとは。

 

「ん?まさかとは思うが射出された隕石がそのまま回廊を通り抜けてアムリッツァ星系に来るような可能性はあるのか?」

 

「それはありません。回廊半ばのイゼルローン星系で恒星の重力圏に入りますので。ただ、その付近が丁度回廊の狭隘部なので懸念は残りますが.....。もっとも隕石がそこまで達するのは数年後です。影響が明らかになるのは更に先でしょう」

 

シュタイエルマルクの反応にひとまず安堵する。射出された隕石がアムリッツァ星系に落下する可能性があるなら、臣民を守る意味でも放置は出来なくなる。叛徒たちが色々考えているとは言え、一石四鳥とはさすがにならんか。

 

「提督、話は変わりますが、クラインゲルトで補給基地に建設に意見を出してくれたケーフェンヒラー殿が軍に志願されるとの事でした。いずれ挨拶に参られるかもしれませんので、念の為、お知らせを」

 

「うむ。ケーフェンヒラー......?聞き覚えのある名だが」

 

「シャンタウ星域で新しく立ち上げた醸造事業にお力添えを頂いたと嬉し気に申しておりましたが......」

 

「おお!あの一件か。口添えをしただけなのだが、やけに丁寧な礼状を貰った記憶がある。その主がケーフェンヒラーだったはずだ」

 

「その男です。内務省の中でも地方自治局は予算が少ないらしいのですが、それにめげずに精力的に働く好感の持てる人物です。翻意を促したのですが、志願の意志が固く、知らぬ仲ではないので推薦状を添えました」

 

「うむ。卿がそうまでいうなら地方自治局でも重宝されていたのではないか?いったい何があったのだ?」

 

「事情は彼から直接聞きましたが、私がお話しするのは彼の名誉にも関わりますので.....。ただ、男爵家の嫡男でありながら臣民の事を真剣に考え、尽くせる人物です。何かの機会があれば、気にして頂ければと......」

 

「分かった。卿がそこまで言うなら私も配慮しよう」

 

私がそう応じると、シュタイエルマルクはホッとした表情を浮かべたが、まだ何か言いたげだった。

 

「どうした?卿と私の間で憚られる事などあるまいに」

 

「いえ。ケーフェンヒラーと接して思う所がありまして。アッシュビーは今年33歳。再戦の機会はいくらでもございましょう。再戦力化の動きを遅らせる事は出来ない物かと......」

 

言葉を選んでいるのだろう。彼にしては珍しい事に発言が途切れる。余人がいるならともかく時間が押している訳でもない。コーヒーを飲んで発言を待った。

 

「補給基地の建設にあたって、彼は地域経済への効果が最大限になる様に様々な具申をしてくれました。結果として戦艦数隻分の増収を得られました。微々たるものかもしれませんが、予算が増えた事で放置されていた荒れ地の開発計画が動き、臣民たちの表情も明るくなりました。それこそ一個艦隊分も予算を回せれば......」

 

「気持ちはわかる。だが、それができない相談だという事も分かっているはずだ。陛下が即位されてから軍は良い所がない。損害を合わせればコルネリアス帝に匹敵する勢いだ。それに軍務尚書閣下のご子息を始め、皇族や軍部貴族の戦死者も多数。一度は勝たねば軍としても面目がたたない。そうであろう?」

 

半分は自分に言い聞かせる意味でそう応じた。それにしても立場と言うのは厄介なものだ。貴族出身のシュタイエルマルクが内政重視を言葉にし、平民出身の私が軍備拡張を唱える。本来なら平民出身の私こそが内政を唱えるべきなのに。気を落ち着かせる意味でカップを口元に運ぶ。飲み馴れているはずのコーヒーがいつも以上に苦く感じた。

 

 

宇宙暦743年 帝国暦434年 2月中旬

惑星オーディン 軍務省 参事官室

クリストフ・フォン・ミヒャールゼン

 

「参事官付きを命じられました。クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー中佐であります。ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

「うむ。私の名前もクリストフだ。内務省では優秀だったと聞いている。軍独自の仕事の進め方もあるだろう。不明点があれば遠慮なく確認してくれ」

 

「はっ。お気遣いありがとうございます」

 

内務省の地方自治局は言ってみれば苦労人の部署だ。予算は少なく、すべきことは多い。労多くして報われぬ事の多い部署だが、そこで曲がりなりにも結果を出した人材が急に軍に志願した。余程の事があったに違いないと判断して私の部署で受け入れ研修を実施できるように手を回した。

 

「まず一年は私の部署で決済する書類の精査にあたってもらいたい。特に留意してもらいたいのは物資の流れを掴む事だ。事務官としての卿の能力は即戦力だと軍でも期待している。頼むぞ」

 

「温かいお言葉ありがとうございます」

 

中佐は今年24歳。地方自治系の学部を卒業してからは内務省で官僚としてのキャリアを積んだにしては肩幅がある。配属先によっては予算が足りない分、職員が土木作業を手伝うと聞く。その結果があの肩幅なのかもしれない。軍人と言うには少し細めだが.....。

 

「それで配属に希望はあるのかね?卿の様な事務処理能力に長けた人材はどこも欲しがると思うが......」

 

「出来ればコーゼル提督のお役に立てればと。前職で受けたご恩をお返ししたいと考えております。もちろん閣下にお力添え頂いたことも忘れてはおりません。ただ、出征も近いと漏れ聞きました。微力ではありますが、少しでも勝利に貢献したく存じております」

 

「承知した。コーゼル大将は勇猛な漢だが、前線指揮官の例にもれず事務は苦手だ。きっと卿なら力になれるだろう。折を見て宇宙艦隊司令部の後方支援関係の将官とも顔を繋ごう。しっかり務めてもらいたい」

 

まだ慣れない敬礼に答礼すると、部屋を辞していった。彼は公言を避けているが、いずれは地方自治局長行きだったレールを捨て、男爵家の嫡男でもある彼が急に軍に志願した背景は、同志たちによって調査済みだ。結婚早々に職務によって帝国領外縁部と言っても良い僻地へ旅立った。相手も男爵家の令嬢だ。貴族にとって大事なのはまず血を残すこと。そう教育されてきた彼女にとって、夫の行動は理解に苦しんだに違いない。

 

「そこに伯爵家の三男、しかも若いながら建築家として受賞経験もある男性が現れた」

 

同志からの調査報告を読み進める。まぁ、自分の存在を無視された直後にそんな男性と恋に落ちれば運命の相手だと思い込むか。法衣貴族の男爵家の令嬢からすれば、辺境の臣民の生活など気にした事もないだろう。そして、夫より社会的に評価され、自分の理解が及ぶ成果を出せる仕事だ。

 

「同志に引き込めるかと思ったが.....。やめた方が良さそうだな」

 

帝国政府の職務に精勤し、しかも嫡男の嫁を留守中に寝取るなど本来なら恥でしかない。だが、末っ子でもある三男を甘やかしていた伯爵は、金でそれを押し通した。少なくない慰謝料を提示されながらも彼は離婚を拒否。そして軍に志願した。意志の弱い人間が本当に絶望したら、自裁するのが普通だ。でもそうしなかった。今までの人生を放り捨てても受けた恩は返してから。意志の強さと誠実さを感じる行動だ。

 

「帝国はまた人材を失ったな」

 

順調にキャリアを積んでいれば、少しづつでも臣民の生活は向上し、帝国の国力も増加したはずだ。そんな人材が絶望し、半分死ぬ気で志願したのだ。帝国の闇を改めて感じる思いがした。

 

「惜しい人材だがその覚悟は認めたい。しっかりものになる様に育てるか。未熟なまま前線に送れば、コーゼルに不信を抱かせる事にもなりかねん」

 

方針を決めた私は、中佐の調査資料をシュレッダーにかけた。これまで下した判断に後悔が無いとは言わない。だが、下した判断は変えない事を私は旨としている。内心感じていた後味の悪さを洗い流すように紅茶で喉を潤す。良い香りとすっきりとした後味が広がる。決戦の時はそう遠くはない。今更気を緩める訳にはいかない。そう自分に言い聞かせた。




ケーフェンヒラーが軍に志願しました。原作でも『あの頃は人生に絶望できるほど若かった』的な事を言っていたと思うのですが、帝国臣民にとっては惜しい人材だったかもしれません。
もしケーフェンヒラーがそのまま内務省に勤めていたら、改革派なんかより余程役に立つ、下手したら天才性が先走っていたシルヴァーベルヒすら使いこなす内政面のラインハルトの右腕になった未来もあったのかな?なんて思います。では!明日!
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