宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦743年 帝国暦434年 4月中旬
惑星テルヌーゼン 同盟軍士官学校
アレクサンドル・ビュコック
「いやあ、持つべきものは候補生の友人だね。士官学校を見学できるなんて天にも昇る気持ちだ」
「はぁ......」
タイロンさんは、ターナー邸で行われるバーベキューの場でするような満面の笑みを浮かべながら視線を全方面に向けながら歩いていく。2年次になり、候補生生活にも完全に馴れた頃合いで、
『来年には卒業だし、テルヌーゼンにいつまでも居られない。士官学校を見学させてもらえないかな?』
と、タイロンさんから依頼を受けた。タイロンさんは記念大の経済学生の4年生。年間を通して株式相場の動きを予想し、仮想で運用する競技で2連覇中で、おそらく3連覇するだろうと言われている有名人だ。サラもお世話になっているし、『それ位なら.....』と安請け合いしたが、大事な事を忘れていた。
悪い事じゃないが、彼は大の同盟軍マニアだ。一番の宝物は既に欠番となった『第111強行偵察大隊』のワッペン付きベレー帽らしいが、それ以外にも部隊を表すワッペンを始め、様々なものを集めている。
『株価は変化するし、事業予測もしないといけない。それに比べたら、部隊の業績を覚える位は苦じゃ無かったなぁ』
戦技担当のアッテンボロー教官と廊下で出会った際、教官が所属していた部隊の話をタイロンさんが代表的な戦いだけとは言え、把握していたのには驚いた。驚いている俺になんでもない事のように漏らしたのがこの言葉だ。教官の父上は、ターナー提督の参謀長として有名で、教官自身は誇りに思っていない訳ではないが複雑な想いがあるのも知っていた。
『悲劇を繰り返さないための対応ですからね。それに実戦も経験されておられる。少なくとも私にとっては貴方は英雄ですよ』
教官と握手をしながら、さらりと零したのは『コルネリアス帝の大親征』以来、同盟軍で暗黙の了解で行われている人材配置の件だった。帝国の大攻勢を同盟はなんとか跳ね返したが、多大な損害を受けた。当時は親子や兄弟を同じ部署に配属していた。そうする方が心的ストレスが少ないという学術結果に基づいての判断だったが、ある艦隊に4人兄弟が配属されていて、全員が戦死する事態になった。
それ以来、配属が分けられるようになったし、前線で任に当たっている者の関係者は、なるべく後方に配属されるようになった。教官としては還暦近い父上が前線で身体を張っているのに、自分が後方の安全地帯にいる事に複雑な想いがあり、早く退役して孫たちと穏やかな時間を過ごして欲しいと思っている事を知っている俺は、タイロンさんの対応に内心胸を撫で下した。
「それにしても、第3戦術教義室に最初に行きたがるって何かあるんですか?」
「私の様な者にはまさに聖地だよ」
そう言いながら、うっとりした表情をしつつ、一番後ろの机を触るタイロンさん。規律を重んじる士官学校だけに、掃除は行き届いているが、新式の3Dモニターが他の教室に設置された事もあって。この教室はあまり使われなくなっている。
「士官学校創設以来、この第3戦術教義室は補修こそされたが、大幅な改築が唯一されていないんだ。第1期生の卒業生はここで任官式を行った。たった150名だったが、彼らが今の同盟軍の土台を作ったとも言える」
そう言いながら演台に視線を向けるタイロンさん。俺も釣られるように演台に視線を向ける。そう言われると古びた印象の強いこの教室が歴史の舞台の様に感じるから不思議だ。
「その後も英雄の卵たちがこの教義室で学んだ。リン・パオ、ユースフ・トパロウル両元帥しかり、そしてギリギリだが我らが730年マフィアももちろんここで授業を受けている。既にゆりかごとしての役目は他の教室に移ったかもしれないが、確かにこの教室は英雄たちのゆりかごだったんだ。もしかしたら君が座っている席にアッシュビー提督が、私の座っている席にターナー提督が座って学んだかもしれない。それを歴代の校長方も知っているから、ここは改築されないのかもしれないね」
」
親しく接してもらったからなんとなくだが光景が浮かぶ。偉そうなアッシュビー提督をからかうウォーリック提督やコープ提督。それをなだめるローザス提督に、少し離れた所で苦笑するターナー提督。
「なんとなくですが、タイロンさんが伝えたいことが分かる気がします。『英雄たちのゆりかご』かぁ。詩的な素養もあるんですね。何となく数字で判断する機会が多い印象があったので意外でした」
「はは。アレク君は人物評価が適切だね。『英雄のゆりかご』と言う表現は私の創作じゃないよ。第111強行偵察大隊が解隊する時、旗艦の機関長だった当時のハドソン軍曹が言った言葉だ。隊長だったターナー提督だけじゃない。多くの人員が新天地でも活躍した。志を含んだ言葉だったんだが、不思議と印象に残ってね。使わせてもらったんだ」
そう言いながら微笑む彼は、やはり士官学校にはいないタイプだ。タイロンさんには、志願してからの一年間で貯まった貯金を預けて運用してもらっている。提督から貰った餞別をそういう風に使うのは違う気がしたから口座に入れたままだ。彼が提督から預かっている資金に比べたら、微々たるものだが、律儀に運用報告をしてくれた。提督の代理はエリーゼだ。彼女の方が理解できているのが少し情けない様にも思うが、運用結果だけを見れば、彼は錬金術師ではないかとも思う。
『運用は必ずしも経済学だけじゃダメなんだ。心理学の要素も強い。そう言う意味では軍事的な素養も多少は必要になるのかな?資産運用をするなら孫子は読んだ方が良いね』
そう言いながら、旧時代でも更に年代物になる兵法書を話題に出した。軽く読んでみたけど。ファイアザード会戦やドラゴニア会戦の勝因に通ずる部分もあった。博学な人は色々な所から活かせる教訓を学び取る。経済もある意味戦争に近い要素がある。俺はタイロンさんの様に、様々な場面から教訓を学び取れているだろうか?
「さて、マニアの教室談義が済んだ所で、次はシミュレーター棟を頼もうかな。出来れば一度観戦したかったんだ」
次の楽しみを思い出したタイロンさんは足取りも軽く、スタスタと進み始めた。慌てて先導を始める。本当なら戦術シミュレーター部の連中に対戦を頼むつもりだったが、有りのままを見たいという意向もあってそういう事はしていない。提督たちも通ったであろうシミュレーター棟には、現在行われている内容を観戦できる部屋もある。しばらく観戦した後に、
「実際にやってみても良いかい?」
と言われ、私がサポートに入って暇そうにしていた一年生に対戦を頼んだ。おそらく過去の戦いの分析もしていたんだろう。操作はともかく、作戦案は候補生もたじろぐ様な切れ味があった。
「花を持たせてもらったね。ビュコック候補生のサポートもあったし、良い思い出が出来たよ」
判定勝利を勝ち取った彼は、後輩にお礼と言いながら飲み物を奢り、そう言葉をかけた。まぁ、面目を立ててくれた感じだな。
『操作性を改善すれば売れるかな?』
そんなつぶやきを聞いた気もするが、戦術シミュレーターは士官学校でも高価な部類に入る備品だ。それに簡易戦術シミュレーターにそこまで需要があるんだろうか?その時はそう思っていたが、タイロンさんは数年後に戦術シミュレーターの開発元と資金を出し合って、家庭用のPCでもできる戦術シミュレーターを開発。オンラインでロビーを作り、対戦と感想戦を行える商品を発売する。軍人だけじゃなく、退役軍人や士官学校志望者からも支持を受けたそのソフトは、3次元チェスに続いて、同盟市民の趣味として定着し、最終的にはプロまで生まれるのだから商売のタネはどこで見つかるか分からない物だ。
『売れる確信?そんなものはなかったかな?ただ、自分が候補生になった気分になれるなら多少高めでも売れる気はしていたよ。志願していなくても、戦争の話題がこんなに世間に溢れているんだから』
なんでもない事の様に言われた時、ビジネスで成功するのはこういう人物なんだと感じたし、俺は軍に進んで良かったとも思った。どうあがいても勝てないからな。
「本当に今日は楽しかった。修行先はウォーリック商会の関連会社の投資会社になったんだが、卒論が終わったらすぐに入社しろってうるさいんだ。卒業旅行でウルヴァシーの第4駐留基地に行きたかったんだが、そうも言っていられなくなってね。代わりと言っては失礼かもしれないが、士官学校見学が私の卒業旅行みたいなものだ」
各艦隊のグッズは、買おうと思えばネットでも買えるのだが、彼は妙なこだわりがあって実際に任官先に出向いて買うのを信条としていた。エルファシルに次ぐ規模のウルヴァシーの駐留基地。そして宇宙艦隊司令本部の移転先であるジャムシードへの旅行を計画している事は私も聞いていた。だが、錬金術師を遊ばせておくつもりは、大人たちには無いらしい。
「子供の頃、一人でも接した軍人さんが志願を勧めていたら、私は軍を選んでいたと思う。でもみんな『兵器を買う予算の為にビジネスで稼げ!』って言ってくれてね。だから一個艦隊の整備費用分をビジネスで稼いで納税しようと志を立てた。稼ぐのは私に任せて、アレク君は一人でも多くの部下を生きて連れて帰る指揮官になってくれ。そうすればいつか同盟が勝利できるさ」
買い込んだ士官学校のグッズを自動運転タクシーの後部座席に積み込んでから、俺に視線を向けてタイロンさんはそう言った。
「分かりました。俺もそうなれるように精一杯努力します」
握手を交わして、走り去って行くタクシーを見送った。タイロンさんなら本当に一個艦隊の整備費分くらい納税しそうだ。なら、俺も彼との約束を果たせるように頑張ろう。友人の頼みがきっかけだった士官学校の見学は、予想外の展開を見せ、俺にとっても思い出深いものとなった。
アレクとタイロンの士官学校での一幕でした。この年代は色んな夢と交差する年代でもありますし、こういうのも良いかなと。軍に関心を持ちながらビジネスの世界に進みつつあるタイロン。軍の中でも現場にしか興味が無かった所から視野を広げつつあるアレク。良い影響を与えあう感じが伝われば良いんですが......。では!明日!