カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第87話 動き続ける同盟

宇宙暦744年 帝国暦435年 2月中旬

惑星カッファ 第5駐留基地

ブルース・アッシュビー(元帥)

 

「それで?計画案から主導した基地の建設現場はどうかな?」

 

「まあまあだな。完成すれば良い眺めになりそうだ」

 

駐屯基地をベースにした第3、第4駐留基地と異なり、宇宙艦隊司令本部の移転先になるこの第5駐留基地はすべてを新設する形で計画された。宇宙艦隊司令本部が移転すれば民間の需要も高まると予想されている。駐屯基地はそのまま民間用に宇宙港に改装する予定だった。

 

「各所とのホットラインを繋ぐ通信衛星は配置完了。駐留基地としての機能は可能だが、宇宙艦隊司令本部としての機能については問題も出てくるだろう。要望を受けながら増設と並行して事業計画を修正する予定だ」

 

基地が一望できる管制塔の窓に視線を向けながら、アルフレッドから報告を受ける。宇宙艦隊司令本部の移設には『首都星系の守りはどうするのか?』という感情論での反対もあった。だが、そもそも首都星系に侵入を許すような状況では敗戦したようなものだ。それにこのジャムシード星系はイゼルローン回廊とフェザーン回廊の両方からハイネセンへ向かう最短航路を押さえられる位置にある。最終防衛線の構築と言う意味でも、移設は正解だった。

 

「後は星系経済への効果と、ハイネセンでの影響だな。まぁ、政治・経済・軍のすべてが集約されている方が効率は良いかもしれないが、ハイネセンは既に過密過ぎる状況だ。そう言う意味でも何かしら効果が生まれると思うが......」

 

「そうだな。司令本部の後には国防委員会と法秩序委員会、それに財務委員会の外局が入る予定だ。官舎も一部払い下げが検討されている様だし過密な状況は少しは改善できるだろう」

 

4本の滑走路に整然と並んだ格納庫。地下には環状の地下鉄が走り、各艦隊司令部のオフィスを始めほとんどの施設も地下に建造した。統合作戦本部ビルのような高層化も検討したが、動線がどう考えても過密になり過ぎる。分散させる意味で今回は地下案を採用した。運用を進める中で確認する必要もあるが、地下化した事で惑星標準時に合わせた照明の明暗の調整も行い、時間感覚を失いがちな艦隊勤務にあたる人員の環境改善も試みている。

 

「経済の面でも既に動きが出ているな。アンダーパイン社が隣のタフテ・ジャムシードにあった警備艦隊向けの巡航艦工廠への大規模な投資を発表した。エルファシルやウルヴァシーと同様にサプライチェーンの構築の為に周辺星系への企業の進出も増えている。初手としては及第点はもらえるだろう」

 

「まったく。基準がカークやファンだから採点も厳しめになるか......」

 

第5駐留基地の規模は、現在3個艦隊レベルだ。最終的には6個艦隊クラスになる予定だが、増設工事はこれまでより余裕をもって進めるように計画した。拡張工事が完工すればその分、建設業界の案件が一気に減る。カッファでも駐留基地稼働に合わせて民間でも建設ラッシュが続いている。案件が集中しすぎないように調整する意図も含んでいた。

 

「地下鉄駅周辺に設置した地下街への入居も順調だ。既存の住民優遇策の一環だったが、上々の滑り出しだな。大半は個人経営になりそうだし、軍と企業の癒着の声はこれで薄まるだろう」

 

「もともと軍に慣れ親しんでいたエルファシル、商船乗りが商売相手だったウルヴァシーとは状況が違うからな。軍の食堂で出せるものは決まっているんだ。ならそれぞれ特色があった方が皆も喜ぶだろう?」

 

「そうだな。艦隊司令部は流石に固定するが、訓練様式に変更はない。となるとそれぞれ独自色があった方が良いのは確かだろう」

 

エルファシルは軍事の中心だったハイネセン風の食文化。そこにウーラント商会が帝国風の食文化を持ち込み、独自色が生まれている。ウルヴァシーはフェザーンからの商船乗りと各地方星系、それに元捕虜の出入りも多いからそれらが交じり合ってやはり独特だ。

 

そこで現在は4箇所、最終的に7箇所設置される地下鉄駅付近に設置する地下街のテナントは、基本的に地域資本優先にした。ハイネセンから出撃する際、必ず通る航路ではあったが、今までは文字通り素通りだった。見かけるが関係は浅い。そんな存在だった軍が急に身近な存在となる。大規模資本を入れても良いのだが、独自色を出す意味と、地域経済への効果も期待しての決断だったが、うまくいったようだ。

 

「これであいつらも俺が経済面でもやる奴だと思い知っただろう」

 

「うーむ。そう言う面はあるだろうが、カークやファンなら『司令長官の仕事か?』と言いそうだし、ウォリス辺りなら『まぁまぁだな』とでも言うんじゃないか?」

 

肩をすくめながらアルフレッドが応じた。連中に対抗する意識がゼロだったとは言わないが、宇宙艦隊司令本部の移設に司令長官が陣頭指揮を執るのは不自然じゃない。特に艦隊司令と兼任で統合作戦本部次長になったカークには、色々と負担をかけた。

 

第13艦隊の艦隊司令部はあいつの参謀長であるアッテンボロー爺さんに任せれば問題ない。今まで面倒をかけた礼の意味も込めて家族との時間を取りやすいハイネセンにしばらく居させたかった。ファンはウルヴァシー方面軍の司令だし、ウォリスは俺の後任としてエルファシル方面軍の司令だ。それも含めれば、陣頭指揮は俺がとるべきだろう。

 

「実際問題、ハイネセンの各工廠は設備更新の時期が迫っていたからな。そう言う意味でも良いタイミングだった。軍需産業の大手もハイネセン偏重の体制を再構築する良い機会になっただろう。どの地方星系でも最低限のインフラは整っているからな。軍需産業はハイネセンに偏重していた最後の業界だ。派閥色を薄めるという意味でも悪い事ではないだろうな」

 

ハイネセンに偏重していた軍需産業はバーラト系原理派の牙城でもあった。だが、派閥同志でいがみ合っていた時代を知る世代の引退が始まる時期だ。次の世代が派閥色で影響を受けない為にも、裾野が広くなって欲しいと思う。

 

軍需産業の事を考えた時、ふと親父の顔が頭に浮かんだ。長男ドナルドに続いて長女イヴァンカが生まれた時も顔を見には来たが、過ごした時間を考えればジークマイスター室長や悪友達の方が長い。祝われてもそこまで感情が動かなかったのは、俺が薄情なのだろうか?

 

そんな事を考えながら、管制塔から見える基地に視線を向ける。まだ2月だと言うのに、天気は快晴。こういうのを凍て晴れというのかな。幹線道路を歩く兵士が寒そうに手をこすり合わせるのがやけに印象に残った。

 

 

宇宙暦744年 帝国暦435年 3月中旬

惑星ハイネセン 統合作戦本部ビル

カーク・ターナー(大将)

 

「忙しい所押しかけて迷惑だったかしら?」

 

「貴女の訪問を迷惑に思うような恩知らずじゃありませんよ。それにそろそろこのオフィスにも来客が欲しかった所ですから」

 

「私が初めての来客なの?噂には聞いていたけど、随分気を使っているのね」

 

「34歳なんて民間や政界ではやっと中堅どころでしょう?足を運ぶだけで好感が得られるならこんなに割安な話もありませんからね」

 

お互いにシロン産の紅茶を楽しみながら会話を交わす。会話のお相手はブルースの母親でもあるナタリー元議員だ。俺がエルファシルの第3駐留基地にいた頃は、上層部限定で利用可能なホットラインで話が出来た。ただ、いざハイネセンに来るとなかなか難しい。

 

ブルースの留守に、幼子二人がいるアッシュビー邸で密談するのは無理があるし、どこかで会食しようものなら何かと痛くもない腹を探られる。議員を引退したとはいえ影響力は保持している元議員と、宇宙艦隊と政府上層部のつなぎ役であるはずの統合作戦本部次長が密談すれば勘繰るなと言う方が無理かもしれないが.....。

 

「少なくとも歴代の国防委員長の部屋よりは趣味が良いわ。亡命系のソファーの座り心地はオルテンブルク侯爵邸で体験済みだけど、自費とは言え貴方も良い物を早く知りすぎたわね。これカッシーナ工房の作品でしょうに......」

 

「良いんですよ。ここに招くという事は私にとって大切な方なんですから。そのソファーもやっと座り心地を確かめてもらえて喜んでいますよ」

 

「足を運んで好感度稼ぎ、足を運ばせても好感度稼ぎ。貴方も隙が無いわね」

 

「貴女からそう言われるのは嬉しいですね。まぁ、こう見えて色々気にするタイプですから、ホスト役をする機会はなるべく減らさないと。そうでなくても考える事は多いですし......」

 

ハイネセンに異動して8ヵ月、週末はテルヌーゼンで過ごしているし、一般的な家庭持ちの生活らしきものを俺は新鮮な気持ちで楽しんでいる。統合作戦本部次長職に就いたと言っても、俺の役目は宇宙艦隊と統合作戦本部の繋ぎ、それと国防委員会への根回しだ。

 

代議員たちは支援者に見せる意図もあってまず写真を撮りたがる。その後は今までの尽力に感謝し、軍としての意向を分かりやすく伝える。そして予算が必要なら、ちゃんと見込まれる経済効果の資料も添えて選挙区に生まれる利益を明示する。そこまですれば大抵の話はすんなり進む。

 

喜ばしいのは、ジークマイスター分室は統合作戦本部付きだから、会食する機会が増えた事だ。恩師孝行じゃないが、室長も62歳。あの頃に比べたら白髪も増えたし、健啖家ぶりも健在だが、いつまでもという訳にもいかないだろう。ターナー邸にも何度か招けた事は、俺にとっても喜ばしい事だった。

 

「例の件、だいぶ時間が掛かってしまったけど何とか改正案がまとまったわ。出元が貴方である事は内密にしたいだろうから、息子の友人に表敬訪問の態を取ったのだけど......」

 

「お気遣いありがとうございます。実際問題、私達が話をする場は選択肢があまりないですからね」

 

「あら、馴染みのバーでも私は構わないけど?」

 

「思わせぶりな態度は良くありませんよ?貴女はドナルド君とイヴァンカさんというアイドルに夢中のはずだ。私と火遊びする気はないでしょうに......」

 

「そういう事を把握しているのは流石ね。言い寄ってくるのはそういう事に考えが及ばない男性だもの。あしらうのも正直疲れるわね。戦況を把握している点は、同盟軍が誇る統合作戦本部次長ね。褒めてあげるわ」

 

そんなやり取りをしていると、ナタリー元議員は2枚の資料をこちらに差し出してくる。

 

「改正案に関しては来月の最高評議会で決が採られるわ。既に過半数を押さえているから改正は確定ね」

 

「公布から施行までの猶予期間はとるんでしょうか?」

 

「いいえ。今回は手続法改正だから採決がとられた日から施行するわ。捕虜の取り扱いと亡命者の取り扱いは差が出る形になるけど、これは将来的に帝国への侵攻を開始した時の同化政策の検討も含んでいるの」

 

【捕虜の帰化申請者】

 

・帰化申請が受理されてから満10年で選挙権を付与

・15年以上、1万ディナール以上の納税をした者に帰化から満20年で被選挙権を付与

 

「選挙権は帝政との明確な違いを体感させる意味でも必要でしょう。それに帰化から10年もすれば自分の環境に愛着も湧くはずです。1万ディナールが高いか?安いか?はそれぞれでしょうが、同盟市民の平均的な納税額から少し低い位でしょう。低すぎも高すぎもしないハードルだと思います」

 

「そうね。こっちは案外すんなり決まったの。ほら、帝国軍の兵士たちは強制されて出征しているって感覚が市民にはあるわ。彼らは半分は独裁制の被害者とも言える」

 

前世の記憶も含めると不思議な価値観だが、市民の多くは帝国軍の捕虜を被害者とみなしている。エコニアでもそれは同じだったし、デニス軍曹を始め、歓迎とまでは言わないが、自然に受け入れられた事に、帰化申請した捕虜の方が戸惑うような状況だった。

 

「もめたのは亡命者の方ね。フェザーンとは関係が良いとは言えない。かと言って、あまりに厳しい条件にすれば、折角進んだ融和が崩れかねないという声もあったの」

 

「懸念する気持ちも分かります。時間をかけてようやく融和が進んだのも事実ですからね。ただ、自治領主府が正式な書類を整えればこちらは裏を取るのは難しい。表面上は亡命者を装いながら工作員が入り込むのは防げないでしょう」

 

【亡命希望者】

 

・亡命が受理されてから満20年で選挙権を付与

・20年以上、1万ディナール以上の納税をした者に亡命から満25年で被選挙権を付与

・身元引受人がいない亡命者は移住先を限定する

・引受人は保証金を政府に収める

 

「亡命者への条件は捕虜より厳しいものにしたわ。それと身元引受人がいない場合は移住先は辺境星系か亡命系の星系になる。ハイネセンのような中枢部に大量流入は出来ない形にしたの。保証金に関しては一人当たり5万ディナールを予定しているわ」

 

「熱烈な共和主義者でもない限り、基本的には身の危険から逃れる為の亡命のはずですから良いのではないでしょうか?強いて言うなら、短期間でも移行期間を設けて、その時期に亡命申請した案件については名簿が欲しいとは思いますが......」

 

「案としては伝えるけど、どうかしらね。想定以上に申請が増えたら防諜機関だけで対処できるのかしら?人口としての一万人は少ないけど、危険人物リストの一万人は対処するのは厄介じゃない?」

 

「確かにそうですね。泳がせるにも数が多くなれば抜け漏れは出るでしょう。防ぐだけでは限界がありますから攻めに出たい気もしましたが、今回はあきらめましょう」

 

「その方が良いわ。何かあった時に責任問題になりかねない。功績を横取りするのと責任を押し付けるのだけは得意な連中の巣窟なんだから」

 

「写真と選挙区への利益を用意すれば大体話を通してくれる方々なので少し甘く見ていたかもしれません。ご教授感謝しますよ。それとこの一件で条件緩和を強く主張した方の名簿が欲しいですね。疑えば切りがありませんが......」

 

「既にマークされてはいると思うわよ。念のため用意するけど、統合作戦本部に代議員の名簿があるなんて話は色々憶測を呼ぶわ。言うまでもない事だけど、取り扱いには注意してね」

 

これはあくまで俺の持論だが、政治は現実・生活だと思う。同盟憲章と言う理念はあるが、明文化されていない理想を主張する代議員がいるなら要注意だ。理想を優先して市民を危険にさらすような思考を持つ人物は政治家になるべきではない。それこそ理論に浸れる学者なり思想家になれば良いのだ。暴論に聞こえるかもしれないが、独裁制でも人は生きていける。程度はもちろんあるが、優先されるのは国民の安全と生活。明るい未来を感じられれば尚良い。

 

「言葉だけの感謝はもう代議員時代に聞き飽きたの。ちゃんと現物もお願いね」

 

「勿論です。イヴァンカさんの生まれ年のワインをちゃんと大量に保管してありますから」

 

「それ朗報ね。私も骨を折った甲斐があったわ」

 

嬉し気にカップを掲げるナタリー元議員。酒ばかり用意している気がしないでもないが、彼女はターナー商会の大口ユーザーだ。ブルースだけじゃなく、二人の兄の子供たちの分も生まれ年のワインとウイスキー・ブランデーを発注している。取り寄せることもできるが、結局年代物の酒を開けるのは醸造所でそれなりの肴を用意した会食の場になる。継続的なヘビーユーザーに多少の優遇をするのは、ビジネス的には当然の事だ。

 

彼女との会合を終えた俺に、軍病院から緊急の連絡が入る。アルフレッドの妻であるカトリナが倒れ、緊急搬送されたというものだった。前線を担ってきた俺達の間で、首都星系にいる者が父親なり夫の代行をするのが習わしの様になっている。連絡を受けてすぐに軍病院へ向かった。




という訳で捕虜と亡命者への対応策が示されました。帝国のアンチテーゼとして生まれた同盟にとっても人権は厄介な存在ですね。善良な市民に全ての亡命者がなってくれるならこんな制度は必要ないのですが.....。為政者側は悪意の存在を無視はできませんからね。

こう考えると、戦後の日本の特異性もなんとなく感じます。憲法の設立経緯など論点は色々ありますが、冷戦下で西側の最前線にありながら在日米軍のお陰で国防費を節約でき、経済全振りの時代を過ごせたのもまた事実。アメリカの覇権が揺るがなければ憲法改正すら話題にならなかったでしょうし、歴史は今も動いていますね。では!明日!

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