カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第89話 燃やす者 くべる者

宇宙暦744年 帝国暦435年 7月中旬

惑星オーディン 宇宙艦隊司令本部

ツィーテン元帥

 

「卿には色々と手数をかけさせたな。無理がない人事だったとは言わないが、何かと煩わしい事が多かったのも事実。やっと出征計画に本腰を入れられる余裕が出来た」

 

「ケルトリング伯があのような事になったのです。軍でも政府でも要であられた方が急逝されたのです。私が言うのも変な話ですが司令長官のご尽力に感謝します」

 

リヒテンラーデ侯の協力は取り付けられたものの、ドラゴニア会戦の敗戦の責に問われた人物の親を現役復帰させる案には、否定的な意見も存在した。

 

『軍部貴族は老人まで担ぎ出さねばならぬほど人材不足なのか?』

 

『司令長官を昇格させればよい。復讐の為の出征に意味はあるのか?』

 

と言った意見が陰で囁かれていた事も把握している。だが、人事案と出征が陛下に承認された事で、その声も落ち着いた。宮廷工作が得手とは言えない私を政府系が援護してくれた結果でもある。借りが出来た事は確かだ。この借りは出征の勝利で返したい所だが.....。

 

「私が動けない中、宇宙艦隊の統制を取ってくれた事、改めて礼を言う。作戦案も見させてもらった。シュタイエルマルクの作戦家としての才能は確かだな。それを卿が磨き上げた物だ。私としてもこれで進めたいと思っている」

 

「ありがとうございます。シュタイエルマルクも司令長官の言葉を聞けば喜びましょう」

 

慣れない政府や宮廷での工作に時間を取られた私に代わって、宇宙艦隊の統制と作戦案の作成を進めてくれたのはコーゼルだった。本来なら統帥本部が作戦案を主導し、司令長官である私が統制を取るのが筋だが、そうも言っていられなかった。平民出身とは言え、ある種の権威を備えつつあるコーゼルは、事情を理解して全面的に協力してくれている。この状況で信頼できる味方がいてくれたことは、私にとっても救いだった。

 

「一点気になるのは卿の艦隊の役目だ。インゴルシュタット艦隊については異論はない。将官として平均的な能力はあるが、叛徒どもと真正面から組み合うには力不足と本人も認識しているだろう。だが、卿がわざわざ矢面に立つ必要はあるのか?」

 

「長官、誰かがやらねばならぬ役目です。当初案ではシュタイエルマルクが提案者の責務としてこの任に当たるつもりでした。ですが帝国軍の将来を考えると、シュタイエルマルクとミュッケンベルガーの両名は失う訳にはいかないでしょう」

 

彼から名前が出た両名は軍部貴族の若手の中でもかなり高い評価を得ていた。作戦家としての評価は高いが社交を好まない為、支援者が少ないシュタイエルマルク。作戦家としては一歩譲るが、典型的な軍部貴族の将官で社交にも積極的なミュッケンベルガー。前者はいずれ統帥本部総長。後者は宇宙艦隊司令長官の候補と言えた。

 

「卿のいう事は確かだが.....。いや、そこまで言うなら何も言うまい」

 

私が今一番当てにしている目の前の男は、逆に平民出身という事に引っ張られているのかもしれなかった。残念な事実だが大将と言う階級は平民にとっての最高到達点だ。貴族出身でない限り、上級大将には昇進できない。戦後は統帥本部の次長として、立て直しの主幹になる事が内定している。

 

平民出身としてはこれ以上は無いだろう。だが、平民出身ながら軍部貴族も一目置くコーゼルも帝国軍にとっては失えない人材ではないだろうか?軍内部の大掃除を安心して任せられる人材は彼しかない。そして、勝利しても無傷では済まない事を考えれば、軍部は今後、下級貴族や平民にも上層部への扉を開くだろう。

 

「長官、お考えになられている事はシュタイエルマルクからも直言されました。ですが戦後の御役目を果たすためにも、分かりやすい功績を上げる必要があると判断しました。抜擢には責任が伴うのだと明示すれば、安易な夢を見る士官も減るでしょう。不満を減らす意味でも必要な事だとお考え下さい」

 

「分かった。卿の覚悟、ありがたく思う」

 

出征案は既に煮詰まりつつある。年明け早々には出征できるだろう。宇宙艦隊の威信をかけた出征に参加するのは以下の艦隊だ。

 

・ツィーテン艦隊(宇宙艦隊司令長官直卒)

・コーゼル艦隊(旧式戦艦のみの編成)

・シュリーター艦隊

・インゴルシュタット艦隊(旧型艦のみの編成)

・ミュッケンベルガー艦隊

・シュタイエルマルク艦隊

・カイト艦隊

・カルテンボルン艦隊

 

8個正規艦隊を動員し、総勢105000隻。コーゼル艦隊は戦艦のみの編成で1万隻。カイト・カルテンボルン艦隊は最新鋭艦で揃えた為、同じく一万隻の編成だ。既にアムリッツァ星域に新設した補給基地にミサイルを始めとした軍需物資の搬入を開始した。

 

物資の蓄積を待って先遣隊を派遣し、イゼルローン回廊内の掃宙を開始する。大型輸送船も2万隻後に続く。今まで生じていた補給面の不利も、これで解消できるはずだった。コーゼルはもしかしたら私の内心を慮ってくれたのだろうか?アッシュビーの首を取るか死ぬか。私もそんな覚悟を決めている。

 

 

宇宙暦744年 帝国暦435年 7月中旬

惑星オーディン 軍務省参事官室

クリストフ・フォン・ミヒャールゼン

 

「おめでとうケーフェンヒラー大佐。志願以来よく励んでくれた。卿を昇進させて送り出せる事を私も喜ばしく思う」

 

「はっ。参事官には至らない小官をご指導頂き、ありがとうございました。宇宙艦隊司令本部に異動してからも閣下のお名前を汚さぬように精勤するつもりでおります」

 

襟元の中佐の階級章を大佐の物に付け替え、私が祝辞を述べると、ケーフェンヒラー中佐、改め大佐は嬉し気にそう応じた。一年半、彼の教育に携わったが内務省の地方自治局とはいえ、エリートコースにいたのは伊達ではなかった。事務作業に関してはお手の物だったし、変なプライドも無いから不明点はそのままにせずに周囲に確認していた。

 

当初は男爵家の嫡男で内務省のエリートと言う前評判に距離を置いていた職員も、今では彼を送り出すのを嫌がっていた。優秀で謙虚で話の分かる中間管理職は今の帝国では得難い存在だ。そんな彼を守ってやれなかった内務省も、ある意味、帝国の闇の一端なのかもしれなかった。

 

「来年には出征と聞いております。その前に一度ご挨拶に上がれればと思っておりますのでよろしくお願いいたします」

 

「そんな事は気にせんで良い。まずは出征に集中するのだ。事務作業の手順は宇宙艦隊司令本部も変わらないはずだが、各所で独自の流儀があるのも事実だ。まずは任に慣れる事だ。私への挨拶など、戦勝の後でも良いのだから」

 

「承知しました。最後までご指導いただきありがとうございます」

 

感謝の視線を向けながら応じる大佐が、軍人らしい敬礼をする。それに答礼すると参事官室のドアを開けて部屋を辞していった。この後は参事官付きの面々と挨拶でもするのだろう。義理を欠かさない。貴族としての教育も身になっている。

 

「本当に残念だよ。大佐.....」

 

閉まったドアから視線を外し、執務机の右手にある窓に歩みを進める。窓からは夏の季節に相応しい強い日差しが差し込んでいるが、冷房の効いたこの部屋ではむしろ心地よいものだった。

 

「こんな感傷めいたものを感じるあたり、私もまだまだ甘い様だ」

 

強い日差しを受けながら風を受けて揺れるけやきの枝に視線を向けながら私は自問していた。あれから何度も同志にすべきではないか?と悩んだのも事実だ。それを吹っ切る意味で彼の事は利用させてもらった。

 

もともとコーゼル艦隊への配属を希望していた事は申告されていた。半年もすれば業務に慣れていた彼を、宇宙艦隊司令本部の任であるアムリッツァの補給基地への軍需物資輸送計画に噛ませるべく動いたのも私の手配だ。司令長官は軍務尚書が倒れた事で慣れない政府との交渉に時間を費やしていた。宇宙艦隊で権威を備えつつあるコーゼルがその計画の責任者になる。

 

「コーゼルめ。さすがだな。情報漏洩にも、そしておそらく私が関わっている事にも気づいたに違いない」

 

ケーフェンヒラーを貸し出すにあたって、コーゼルからは丁寧な礼状が送られてきた。だが、これは異常事態だ。正規艦隊司令の後任に指名し、伯爵家に連なり男爵家当主でもある私は、本来なら彼の後援者でもあり、宮廷の事情にも詳しい。何か含む事が無いのであれば、慣れない業務に苦戦している司令長官を助ける意味でも私とお礼言上の名目で面会するのが普通だった。

 

「まぁ、証拠はない。大掃除を始めるのは叛徒たちを叩きのめしてから.....。と言った所かな?」

 

来年に予定されている出征計画は今まで以上に簡単に情報が手に入った。軍務省と統帥本部が機能不全を起こしている事を加味してもさすがに不自然だ。つまり手に入った情報にはさらに裏があると見た方が良い。

 

「まぁ、良い。作戦案が漏洩する事を加味して作られた可能性が高いと添えれば良いだけだ。それに私に疑いを持っているなら、旗下に配属された彼への接し方にも悩むだろうしな」

 

コーゼルが可愛がっているシュタイエルマルクが作戦家として優れているとしたら、ケーフェンヒラーは軍政家としての才を持っている。そして周囲への配慮と言う面ではむしろ上だろう。職務に精勤しながら理不尽な離婚に絶望し、軍に志願するような青臭い若者。コーゼルは私の件が無ければきっと可愛がるタイプだ。だからこそ悩むに違いない。

 

「私の部署にいた。それだけでは証拠にはならない。実際に彼は何も知らないのだ。素直に重用してくれても構わない。だが、コーゼルならきっと気にはするだろう。それだけで十分だ。少しでも出征に雑事を持ち込めば、それだけに集中できなくなるだろう」

 

半分はケーフェンヒラーを利用した自分を肯定するために吐いた言葉だ。マキをくべ始めてどれくらいの時が過ぎただろうか?何本のマキをくべたのかも覚えていない。

 

今更、手元のマキのひとつに愛着を感じたからと言って、くべる事を躊躇する理由になるだろうか?躊躇した所で意味はないのだ。ならば遠慮なく燃やすべきだ。感傷に浸るのは大きく燃え上がった炎を確認した後でも遅くはないのだから。




いよいよ決戦に向けて帝国も動き出します。それにしてもミヒャールゼンの怪物化が著しい。本来ならそのまま第二次ティアマト会戦に進みたいんですが、先に章末お約束になりつつある年代ジャンプを少し挟みます。ご留意くださいませ。では!明日!

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