【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ
宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末
惑星テルヌーゼン 帝国亭
ヤン・ウェンリー(少佐)
「数年ぶりだけど、ここは変らないね。それがまた良いんだろうけど。この雰囲気を維持するために改築費以上の修繕費をかけているんだからすごいものだ」
「士官学校の卒業生たちにとっては思い出の地ですからね。合格をここで祝い。在学中は慶事があるとここで祝い、そして卒業は友人たちとここで、父兄とは蒸留所で祝う。そうして同盟領に散らばっていく先にも、ほとんどの基地近くには帝国亭がありますからね。もっとも星系によって多少アレンジが違うらしいですが......」
「そうだね。私はウルヴァシーしか他所を経験していないが、雰囲気もメニューも少し違うかな。定番の物は同じレシピだけどね」
停車場で自動運転車を降り、帝国亭のロビーへ向かう。『変らない』という事が売りになる事は父さんからの教えでなんとなく理解はしていた。でも、この歳でそれを実感することになるとはなあ。確かに勤務明けには私もなぜが帝国亭に足を運んでいた。もっともメニュー以上に手慣れた手付きで淹れられるシロン産の紅茶目当てだったが.....。
「ヤン様、ご無沙汰しておりました。お連れ様は既にお着きです」
ドアマンが開けてくれた扉を抜けてロビーに入ると、顔なじみのマネージャーが声をかけて来た。一瞬誰かと思ったが
「キャゼルヌ先輩にも声をかけておいたんです。ヤン先輩からの回収はまたの機会にお願いしますね」
「まったく。そう言う要領の良さを士官学校でも活かせば良いのに......」
「候補生としては自分の策略が優秀な先輩に通用するか試したと言った所です」
ニコニコしているアッテンボローに苦笑しながらそう応じた。キャゼルヌ先輩とは士官学校以来の付き合いだ。戦史研究科の廃止に伴い、私はエリート学科の戦略研究科への異動を命じられた。学費の返還という条件付きだが、断る権利もあった。でもそれだと家族の徴兵名簿の順位は下がらない。渋々それに応じたが、その話を聞いて憤慨したのが従妹のような存在のジェシカだった。
隣接する音楽学校に通っていた彼女は、お嬢様と言っても良い環境で育ったのにやけに行動力があった。それにエドワーズ家もマフィアに属していたから当然士官学校にも顔なじみが多数いた。私や親友のジャンだけでなく多くの候補生が『出来る限りお互いの力になる』という暗黙のルールを重んじて、自分の立場を無視してジェシカが旗振り役の抗議運動に参加した。
あの時は内心どうなるか心配したが、マフィアに属する将官の中で最高位で宇宙艦隊副司令長官だったビュコック大将が事情を説明するという配慮をした事で、事態は沈静化した。ただしここまで事が大きくなると御咎めなしとは行かない。
『タイロンにあまり心配をかけてはならんぞ』
『ヤン候補生、君には責任を取って、戦史研究科の廃止で移動される書籍の目録作成を命じる』
呼び出された校長室でビュコック大将は私の肩を強めに叩きながらそう言った。そして苦笑しながらシトレ校長は処分を科した。シトレ校長もマフィアだし、父が初期からのメンバーなのも知っていた。個人的には嬉しい処分だが、甘すぎるのではないか?とも思ったが。
『ここらが落とし所だろう?首謀者のジェシカ嬢は音大生だ。抗議活動自体は同盟憲章でも保障された権利だし、責める道理がない。ヤン候補生に重すぎる処分を科せばエドワーズ家も面目が潰れるし、抗議活動に参加した候補生も納得しないだろうからな』
やれやれと言った表情でシトレ校長にそう言われた事もあり、私は処分を受け入れた。
『とは言え、訓告位はせねばな。シトレ、ヤン候補生を少し借りるぞ』
そう言って連れ出された先もこの帝国亭だ。レンジャー資格ももつビュコック大将は健啖家で、食べきれないくらい料理を頼まれた。
『食べきるのが訓告の内容だからな』
そう言われて人生で一番の量を食べさせられた。今となっては良い思い出だ。大将はエルファシル方面軍司令だったから任官してから会う機会は無かったが.....。
こういう事情で課外は図書館に入り浸る生活になった私は、自分の趣味と重なったことで書籍を読みふけるついでに目録を作る生活に入った。閉館時間を超えることもしばしばで、それを見かねて図書館のカギの管理が出来るように手配してくれたのが当時事務官補佐として赴任していたキャゼルヌ先輩だ。何かと話す機会が多く、友人付き合いをしてもらっている。もっとも先輩からすれば『面倒をみている』かもしれないが.....。
「先に始めさせてもらったぞ」
「胴元にはそういう権利もあるでしょうからね」
上階の一室に通されると先輩が声をかけてくる。手元のジョッキに入った黒ビールは半分くらいに減っていた。悪びれる様子もなく支払いを催促する候補生と共に席に座る。
本店の個室には同盟風の絵画と帝国風の絵画の両方が飾られている。ここが出来た当時はバーラト系と亡命系の派閥争いが現実のものとして存在した。それに配慮されたという歴史の一旦を感じる光景だ。これがウルヴァシーになるとフェザーン風の物。エルファシルになると軍をモチーフにした絵画が増える。客層に合わせて内装を変えるのも帝国亭の特徴だった。
「先輩、お待たせしたようですみません」
「良いんだ。新婚早々の女房孝行さ。オルタンスは実家で羽を伸ばしている所だ。それに明日は蒸留所で義両親同席で説明を受けるしな。お前さんにこの任務を任せたのは俺でもある。任務の内容を良い事に、あの時の様に趣味優先で任務をおろそかにしていないか?確認する必要もあったからな」
「ひどいなあ。私も任官した以上はちゃんと任務に精勤しますよ」
「どの口が言うんだ。統合作戦本部の記録統計室に配属されたのを良い事に、一日中持ち込んだシロン産の紅茶を片手に趣味に勤しんで、懲罰半分でウルヴァシーに送られた奴の言葉とは思えんな」
「それを言わないでください。あの時は文字通りエデンの園を追い出された心境だったんですから」
今考えても、地下11階の片隅の部署だったとはいえやりすぎたと反省している。そして軍官僚としても前線指揮官としても評価が高かったリンチ少将、特進されて今は大将か.....。彼の司令部で軍人として学び直せと言う意図で配属されることになった。
ワイドボーンをシミュレーターで破った事が最初の人生の経路変更の原因だったと考えると、リンチ司令部への配属が第二の経路変更になるのかもしれない。帝国のフェザーンへの進駐を予想していた同盟軍は、電撃的な侵攻への対策案も用意していた。だが、正規艦隊同士がぶつかる脇をすり抜けて分艦隊クラスの戦力がウルヴァシーに到達してしまった。
赴任間もない私は住民の避難計画を担当する事となり、リンチ少将旗下の防衛艦隊が奮戦して稼いだ時間で何とか脱出する事が出来た。急報を受けた主力艦隊が戻って来た事でウルヴァシーに被害は無かったが、身を盾にするように奮戦したリンチ艦隊はその時には壊滅していた。私の異例の昇進は半分はリンチ司令部の生き残りへの配慮もあったと思う。
「それでお前さんたちは何にするんだ?」
「帝国亭と言ったら肉ですよ。俺は肉メインのコースにします」
「そうだね。帝国亭に来てソーセージやベーコンを食べない選択肢はないか」
「なら肉メインのコースを3人前だな。折角だからボトルも開けるか」
「先輩、帝国亭の黒ビールも味わわない手はないですよ。一杯目は黙って黒ビールです」
「分かったわかった。黒ビールも3杯頼んでおこう」
そんなこんなで注文が済み、黒ビールのジョッキで乾杯する。重厚な飲み心地は名物のひとつに数えられるだけの事はある。中にはこれを飲み続ける猛者もいるらしいが、食が軍人にしては細い私は、一杯目だけにしておかないと料理を楽しめなくなる。
「それで、どんな塩梅なのかな?」
「すみません。今更ですが俺が聞いて良い話なんでしょうか?」
「似合わん遠慮はするな。軍としても与太話と判断している。新しく生まれたウルヴァシーの英雄殿に趣味を兼ねた裏どりをさせているだけなんだ。気にしなくて大丈夫だ」
オードブルを摘まみ始めた頃合いで、今回の任務の話になった。
「現段階ではアッシュビー元帥を始め、730年マフィアの人となりを再確認している段階ですが、正直、提督を謀殺する動機が、当時の同盟政府にはありません。軍としては与太話と判断しているとの事でしたが、確認した情報もそれを裏付けていると思います」
「うん。続けてくれ」
「そうですね。仮に当時の政府がアッシュビー元帥を謀殺したとして、得られるメリットは何でしょう?帝国軍相手に勝利を重ね、国防体制の構築を主導したのも彼らです。それに歴史的には金食い虫なことが多い軍が高度成長期を迎えていた事を加味しても、軍政を通じて経済発展にも貢献していた。当時の国防委員長はさぞかし鼻が高かったと思いますよ」
「そうだな。俺も自分なりに考えてみたが、ファッションが真似されるほどの人気を得ていた集団のリーダーを謀殺する。メリットがあるにしてもリスクが大きすぎる。好きにやらせておけば戦果も経済発展も為してしまうとなれば、上役として理想の部下だしな」
「むしろこういう噂を流す事で同盟内の不和を煽る帝国の謀略と見る方が自然です。実際、マフィアの件が無ければ軍も笑い飛ばしていたでしょうし」
強いて言うなら730年マフィアのリーダー的な存在だったアッシュビー元帥がいなくなれば、彼らの団結心が崩壊すると判断した可能性もある。だが、結果として彼らは団結を続け、政界へ転出した3人と軍に残った3人は協力関係を維持し続けた。
そして家族ぐるみの付き合いも続き、現在ではその輪が広がって公然と語られるマフィアという組織まで生まれる。父さんが退役軍人会で身内扱いされるのはミリタリーマニアな事もあるがマフィアの初期メンバーであることも大きい。
「聞いていて思ったんですが、最高評議会議長の座を守る為って言うのはどうです?実際、政界に転出した3人は委員長職には長年君臨しましたが、誰も最高評議会議長にはなっていません。もっとも政治家嫌いな親父に言わせると、最高評議会議長は半分看板だから、本当の実力者はその席に座らないらしいですが」
「それは面白い説だね。確かに前線で功績を上げ続けた英雄が最高評議会議長になる。銀河帝国を建国したルドルフ大帝の置かれた状況そっくりだ。それを懸念した勢力がいた可能性は否定できないね」
「俺が思うに、彼らの中で最高評議会議長はアッシュビー元帥だったのかもしれんな。俺も少し接点があったが、ターナー元帥を始め、あれだけの成功を収めたのに晩年まで頭が下がる位義理堅いのも彼らの特長だろう?オルタンスなんて婚約の際に祝辞を貰って以来、ターナー元帥の大ファンだからな。直後にあんなことになってしまったが、国葬には同席すると言ってきかなかった。かくいう俺も、あの人には頭が上がらなかったが......」
「俺は小さい頃に頭を撫ででもらったらしいですが記憶にないんですよね。ただ、戦死した祖父に代わって爺様から何度も薫陶はされましたが......」
そこでメイン料理が運ばれ、一旦そちらに意識を向ける事になる。キャゼルヌ先輩ほどの人に頭が上がらないと言わせるとなると、本当にすごい人物だったのだと改めて思う。でもよくよく考えれば、彼との思い出は私の記憶にも鮮明に刻まれているし、もし存命なら、私も頭が上がらなかっただろう。
そんな事を想って少し苦笑しながら、メインのローストビーフを口に運ぶ。ジューシーな肉の脂が口に広がり、自然と口角が緩む。そして赤ワインを口に含むと何とも言えないハーモニーが生まれた。毎日とは言わないが、何かしらの節目にこの味を味わいたいと思うのは私だけではないだろう。
と言う訳で色々うやむやにしていた事が少しづつ明らかになりました。明日もこの年代の話になります。では!明日!