カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

95 / 116
年代が大きく原作に近づきます。今後も『老提督との邂逅』の場合は、年代が進みますので、留意くださいませ。

     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
宇宙暦788 老提督との邂逅 ←ここ


第91話 老提督との邂逅:歴史講師の見解

宇宙暦788年 帝国暦479年 10月末

惑星テルヌーゼン 帝国亭

アレックス・キャゼルヌ(中佐)

 

「それにしても先輩がターナー元帥と接点があったのは意外ですね。そんな話は聞いていませんでしたから」

 

「まぁ、何というかな。少し気恥しい話でもあるんだ。少なくとも候補生相手にしたり顔で話すような内容じゃない気がしていてな。まぁ、今ならもう構わんが......」

 

メインのローストビーフを食べ終わり、食い足りないだろうとソーセージとベーコンの盛り合わせ、それに赤ワインのボトルを追加した頃合いで、ヤンが興味あり気に話題を戻した。

 

「お前さん達には話したことがあると思うが、俺はもともと記念大の経営学部希望だった。今でもなぜ勘違いしたのか分からんが受験日を間違えたせいで士官学校に行く羽目になったがな。候補生時代に組織工学に関する論文を書いてな。それを見たある企業からスカウトされたんだが、それがターナー商会だったんだ」

 

「何とも意外なつながりですね。ただ、シュテファンさんのスカウトなら待遇も良かったでしょう?断る方が先輩らしいですがそれでも意外な気もしますね」

 

「断ってくれたおかげで俺はうまい飯にありつけている訳ですが」

 

ヤンは興味深げだが、アッテンボローはどこか揶揄する感じがある。タイプは全く違うが、いつの間にやら会食を共にする仲になっているんだから人のつながりは不思議だとも思う。強いて言うなら、経営志望の俺、歴史家志望のヤン、ジャーナリスト志望のアッテンボロー。皆、第一志望は軍人ではなかった事が共通点か。

 

「アッテンボローも数年もすれば奢る側になるからな。今のうちに人の財布で飲み食いしておく事だ。確かに待遇は良かったな。任官しないなら学費を返還しないといけないが、オファーにはその保証もついていた。だが、待遇が良すぎた事と、今更任官しないのは同期達への裏切りの様にも思えてな。最低限の筋は通そうと、断る旨を会って伝えようと本社へ足を運んだんだ。丁度この季節だったかな?風もだいぶ寒くなっていたはずだが、どう伝えるべきか思い悩んでそんな事は気にならなかった」

 

思い返しても後悔はしていないが、ターナー商会と言えば既に大企業として同盟では知られた企業だった。待遇を知れば、断る事を反対されると両親にも相談できなかった。恐る恐る受付に名前を告げ、面会の約束がある旨を告げた時は、半分やけになっていたかもしれない。

 

「受付に名前を告げてロビーで待っていると、ニュースで見た事のあるオレンジ頭の男性が急に現れたんだ。『シュテファンが絶賛しているから一度会っておきたかった』と笑顔で言われてな。こっちは予定以上の大物が出てきてとにかく緊張した」

 

「そういう事を好みそうな人でしたからね」

 

「それでな。名前を聞かれたんだ。アレックス・キャゼルヌですと言うと、『そうそうアレックスだ。キャゼルヌというのは覚えやすくて良い姓だ。それでうちに来てくれるのかな?』と確認された。今思えばただの一候補生が大それたことをしたと思うが、本心を伝えると笑顔で応じてくれてな。『誠実な対応の礼に飯でも食べよう』とそのまま会食に連れていかれた。土産も大量に持たされてな。高級食材をもらった理由を両親にどう説明するか、また悩んだものさ」

 

「その逸話は聞いたことがありますよ。人たらしって言葉はあの人の為に出来た言葉だって親父も言ってました」

 

「裏の事情は俺も知っているさ。それを知った時も悪い気はしなかったし、更にファンになったな。後、この話には続きがあるんだ」

 

相手の名前が分からないとき、ターナー元帥は敢えて名前を確認した体をとって姓は覚えていたかのように振舞っていたのは今では有名な話だ。

 

「あれは士官学校から統合作戦本部に異動した時だったな。急に財務委員長だった彼がお忍びで視察に来たんだ。その時に『おお!アレックス。元気にしていたか?シュテファンも席を空けているから、軍に重用されなかったらいつでも連絡をしてくれ』と、周囲に聞こえる様に言ってくれたんだ。その直後に抜擢人事をもらえてな。仕事は大変だったが、今思えばあれが栄達の切っ掛けだったと言えなくもない」

 

「案外本気でスカウトしたかったのかもしれませんね」

 

「あの人なら、スカウト出来なかった先輩には最低でも後方勤務本部長位にはなってもらうとか考えそうではあるね」

 

「実際、婚約の祝辞には『未来の後方勤務本部長とそのご婦人へ』と書いてあったな」

 

そんな話をしながらワイングラスを空にしていく。彼の人たらしエピソードを悪く解釈する人がいない訳ではないが、一度会えばその存在感を強く認識させ、二回目には味方にしてしまう不思議な魅力の持ち主だったのは確かだ。

 

「それで話は戻るが、ローザス提督とはどこまで話をしたんだ?」

 

「第二次ティアマト会戦の前までですね。なんというか、あの会戦は事情が色々複雑ですから、提督も一度間を取りたいという感じでした」

 

「そうか。確かにあの戦いは色々あるからな」

 

「どういう意味です?」

 

第二次ティアマト会戦は名目上は730年マフィアに戦死者が出た事もあり、士官学校ではあまり扱わない事になっている。そういう公式見解を真に受けている士官も存在するが、実際は戦理だけをみるとあの戦いは異常なのが本当の原因だ。それでも勝利した彼らの凄みを感じる一方、あれを教材に学ぶのは危険すぎるだろう。

 

「アッテンボロー。あの会戦は勝利が目的じゃなかったんだ。少なくとも私はそう考えているよ。よくよく考えてごらん。確かに730年マフィアは連戦連勝を重ねたが、大胆な戦力展開からの挟撃・包囲殲滅が彼らの代名詞だった。なのにあの会戦では真正面から帝国軍とぶつかり合ったんだ」

 

「会戦の勝利だけじゃなく他に狙いがあったと?」

 

「そうだね。あくまで個人的な見解だが、帝国軍の宇宙艦隊司令本部の高官たちを根こそぎ戦死させる事を目的にしていたと思う。出征してきた艦隊は帝国軍にとっては最後に残った虎の子の艦隊だった。司令長官を始め、100名近い将官が参加していた。アッシュビー元帥がことさら煽った事もあるが、帝国軍としても連戦連敗の中で攻勢を断念する機会はいくらでもあった。それをさせずに文字通り帝国の屋台骨を支える人物たちを戦場に引きずり出した意図は何か?」

 

「もしそうなら、確かに士官学校の教材にならないのも分かる気がします。一度自分なりに戦闘詳報をシミュレートしてみましたが、あんな薄氷を踏むような用兵は自分にはとてもできませんし」

 

ヤンとアッテンボローの会話を聞きながら、亡くなってからも強烈な印象を残すオレンジ頭の爺様の事を想った。同盟の優勢を決定づけ、帝国の屋台骨を折る為に自分たちを餌にしたのだと、俺は考えている。財務委員長になってからの優し気な印象が強い俺からすると意外な気もするが、自分達を餌にするような決断を経験した彼らからすれば、その後の日々は周囲が甘く見えるものだったかもしれない。

 

「もしブルース・アッシュビーが生きていたら.....か。確かに歴史小説家たちが繰り返し話題にする気持ちも分かる気がするし、あの投書を軍が必要以上に気にする気持ちも分かった気がするな」

 

優し気な表情をしながらどんなことを想っていたのだろうか?彼らの思惑は確かに成功したが、僚友の犠牲を必要としたのも事実だ。共に喜びを分かち合いたいと願う存在を亡くした彼らを思うと、その後も続いた家族ぐるみの付き合いも、異常な義理堅さももしかしたら贖罪を兼ねていたのではないかと感じた。

 

『敵は砲火を交えるだけだから分かりやすい。御しがたいのは話の分からない味方だ。説得しようにもこちらの話を理解できないのだからな。そんな人物が代議士になる。全く世も末だ』

 

何度か失言問題で話題になったウォーリック国防委員長の失言語録の中で、もっとも有名なものだ。政界に進出し財務・国防・法秩序委員長職を押さえた彼らは、最高評議会議長を選んでいると言われるまでに権威を獲得した。

 

『ブルースが居なくなったせいで、政治家なんて因果な商売をする羽目になった。本当ならこんな煩わしい世界じゃなく、気持ちよく稼げるビジネス界に戻りたかった』

 

これはローザス提督の回顧録で触れられたターナー元帥の発言だ。案外、彼ら自身もアッシュビー元帥が戦死していなかったらと日々考えていたのかもしれないな。

 

国防体制が確立できたことで余裕が出来た同盟は、一気に経済政策に力点を移し、国力を飛躍的に高めた。結果だけを見れば彼らの判断は正しかったが、『事実上の寡頭制だ』という批判が絶えなかったのも事実だ。40年以上前の会戦に思いを馳せながら、俺達の会食はもうしばらく続いた。




やっとネタ元っぽいエピソードが出せてホッとしているノーマンです。本当はもう少し早く出したかったんですが、30代で有名なエピソードを混ぜ込むと、それはそれで似合わないと言うか、角栄さんほど人の心を配慮した人物も中々いませんし、そうなると、若い時代にそれをやるか?となるとやはり疑問で、ここまで来てしまいました。

ここで同音異義語の学習

大した業務量じゃないのに忙殺されるのがノーマン
暗躍する連中から謀殺されるのがヤンやアッシュビー。

この小説は読めば学習できる小説を目指しています。では!明日!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。