カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第94話 窮地(第二次ティアマト会戦)

宇宙暦745年 帝国暦436年 2月中旬

ティアマト星系外縁部 旗艦長門

ロビン・アッテンボロー(第13艦隊参謀長)

 

「初戦はこちらがやや押せたという感じですかな?」

 

「そうだな。いろいろ工夫はしたが、あちらさんも必死だ。何よりコーゼル艦隊がやけに堅いのが気になる」

 

「おそらく通常編成ではないのでしょう。戦艦を多めに配置している可能がありますな。数が少ないのにやけに堅いのも、それなら説明が付きます」

 

「まったく、彼がこちら側に生まれていてくれたらな。俺ももっと楽が出来た物を......。それにしても我が身を顧みず、あれではまるで盾だ。来られると嫌な所に来るのは流石だが、あれでは常に死地にいるようなものだ。宿将格の彼を帝国軍は使い潰す気なのか?」

 

初戦がひと段落し、仕切り直す意味で両軍は長距離戦の間合いを取り、艦列を整えつつある。本来なら准将で退役するつもりが、オレンジ頭の青年に拝み倒されたのがきっかけで儂の人生もだいぶ変わった。初めはご意見番で楽が出来るという話だったのに、多忙な彼に代わってこの数年は実質正規艦隊司令の真似事の日々だった。

 

「おそらく自ら買って出たのでしょう。提督から聞き及んでいる彼の性分を踏まえるとそんな気がします」

 

「買って出たか......。そうだな。参謀長の言う通りかもしれないな......」

 

儂の意図した事が伝わったのか?提督は少し切なげな表情をした。儂がコーゼル大将なら、やはり盾役を申し出たと思う。肩を並べて戦った多くの戦友。中には教え子のような存在も沢山いただろう。そう言う存在を数十年弔い続けたのだ。若い者が戦死して自分が生き残るのはもううんざりだろう。

 

『総司令部より入電。メインモニターに映します』

 

『カーク。ミュッケンベルガーは戦死させたが、コープの艦隊の損害もかなり出ている。右翼は現状維持でヴィットリオと敵に圧力をかけて欲しい。やれるか?』

 

「メンテナンスもばっちりだ。それに我らが森の熊さんがいよいよ暴れたそうだしな。任せてくれ」

 

アッシュビー司令長官との掛け合いを聞きながら、今感じている儂の心境と似た物を感じているのだろうと、戦術モニターに映るコーゼル艦隊に視線を向ける。提督も含まれる730年マフィアは確かに優秀な一団だ。彼らを生きて帰したいと本心から思う。

 

だが優秀がどうかではなく、若者を見送るのに疲れている自分もいた。もっとも、あのまま少将で退役していたら、どこかで後悔していたとも思う。辛い事の多い軍歴だったが、このオレンジ頭の青年の旗下になってからは、激務だが楽しい日々だった。もっとも、本人が正規艦隊司令と統合作戦本部次長を兼任しているから、業務の多さに文句を言いにくいのが玉に瑕だったが......。

 

「おうヴィットリオ、前半は大人しめだったんじゃないか?」

 

『心配をかけてすまんな。もう大丈夫だ』

 

司令長官との通信が終わると、最右翼に位置するベルティーニ艦隊との通信が始まる。一見強面のこの青年が、熱帯魚を飼う事を趣味にしているだけで可愛げがあるが、それぞれに僚友達の名前を付けていたと言う。『熊とリスの夫婦』と揶揄されるほど小柄な奥方と結婚されているが、その愛妻家ぶりは同盟軍でも有名だった。

 

そして奥方のミスで熱帯魚が全滅した時、結婚生活14年で初めて怒鳴りつけるという行為をし、それを悔いて意気消沈していた。開戦前に提督が慰めて事なきを得たが、いつもの彼ならもっと破壊力のある用兵をしていただろう。

 

「今回はどうする?先陣を切るか?それとも崩した所を食い破るか?」

 

『心配をかけた分、名誉挽回の機会が欲しい所だな。先陣を任せて欲しい所だが』

 

「そうか。なら援護は任せろ。どこから仕掛ける?」

 

『そうだな。カークはこのまま前進して牽制をかけてくれ。俺はコーゼル艦隊の左翼に攻勢をかける。帝国軍の盾になっているあの艦隊を潰せれば、かなり楽が出来るはずだ』

 

「分かった。ならそれで行こう」

 

いつも不思議に思うのは、士官学校からの同期で友人とは言え、打ち合わせがまるで会食の場を決めるかのような雰囲気で行われる事だ。一時期は戦争を楽しんでいるのかとも思ったが、先ほどの表情を見ても分かる通り、人の感情の機微に敏感な青年だ。むしろ割り切れないので、敢えてこういう形を取っているのかもしれなかった。

 

『総司令部より入電。メインモニターに映します』

 

『カーク、1800から前進を再開してくれ。あちらさんはどうやら当初案の迂回進撃をここで試みるつもりのようだ。敢えてそれをさせて、タイミングを見て戦力を引き抜き帝国軍の右翼から逆王手をかける。右翼部隊の負担が増えるがそこは堪えてくれ』

 

「分かった。出来れば分艦隊をいくつ引き抜くかを早めに伝達してくれ。帝国軍右翼を突撃の対象にする案には俺も賛成だ。ヴィットリオをマークしてコーゼル艦隊は最左翼にいるからな。もちろん手を抜かずに圧力をかけ続けるつもりだ」

 

『分かった。頼むぞ』

 

メンテナンス部隊で補給を受けた全艦隊が1800になり再び前進を始める。通常より艦列を広めにとった第13艦隊は正対するシュリーター艦隊に長距離砲を浴びせながらコーゼル艦隊にも一部の戦力を当てる。その分、右舷方向にズレたベルティーニ艦隊がやや角度を付けて突撃を開始した。前回までの堅牢さが嘘のように艦列を押し込んでいく様子が戦術モニターに映る。

 

「おかしい。これは.....」

 

儂と同じように戦術モニターに視線を向ける提督がつぶやいた時、第9艦隊の反応が一気に激減した。

 

「近距離戦用意。第9艦隊の撤退を支援する。総司令部に電信。第9艦隊の損害多数、再編成はそちらに願いたし」

 

『総司令部に電信しました。提督......。旗艦トラウィスカルバンテクートリの反応が消えました。ベルティーニ提督の脱出、確認できず』

 

「提督?」

 

「参謀長、俺は大丈夫だ。それよりもまず第9艦隊の残存部隊の撤退支援だ。戦艦で壁を作りその隙間から巡洋艦と駆逐艦はとにかく撃ちまくれ。こちらがどれだけ圧力をかけられるかで生還できる数が変わるぞ!いそげ!」

 

『総司令部より入電。再編成の件は了解した。第8艦隊をこちらに回すとの事です。それと......。元帥への昇進をヴィットリオに越されたな。以上です』

 

「戦死して元帥なんて褒められたものじゃない。いいか!二等兵でもこの戦いから生還すれば間違いなく英雄だ。それは第9艦隊も同様だ。どうせなら英雄たちに精一杯貸しを作ってやれ!」

 

その場の機転でオペレーターの一人が提督の発言をオープンチャンネルで流した。数的劣勢にあった第13艦隊はこれを切っ掛けに奮戦し、半数程度の第9艦隊の残存部隊を撤退させることに成功した。だが、そこから正面からシュリーター艦隊、右舷方向からコーゼル艦隊の猛攻を受けることになる。

 

「まったく、運命の女神とやらは大分思わせぶりなようだな。それとも日頃の行いかな?ただなあ。俺は真面目に仕事をしていたんだが.....」

 

「こちらに責任転嫁は良くありませんな。どこぞの悪徳軍人に『大将格で年金を用意する』と甘言されて以来、階級と役職の倍は働かされて老骨に鞭うつような日々でした。それに部下の不徳は上官の不徳です」

 

「ならブルースが諸悪の根源だな。どうせなら『ヴィクトリー』とか縁起の良い名前を付ければよかったんだ。何が『俺と出会った敵は不幸だからハードラックにする』だ。部下まで不幸にしやがって」

 

ジリジリと後退する艦隊の艦列を何とか維持しながら、儂や司令長官を揶揄する辺り、この青年にはまだ余裕がありそうだ。参謀の面々も提督の態度を見てやっと落ち着きつつある。

 

『第8艦隊が到着しました。ファン提督より後退を支援する旨、入電』

 

その方で、艦橋に安堵の雰囲気が広がる。

 

「まったく、ファンもキツイ御役目を引き受けたものだ。参謀長、余力のある分艦隊を2つ用意してくれ。こんな綱渡り投機家でもそうそうしないぞ」

 

提督の言を受けてもう一度戦術モニターに視線を向ける。ファン提督率いる第8艦隊はどう見ても半個艦隊程度の数しかいない。

 

「後退しながら艦列を広げるぞ。突破を許せばこちらの負け。ブルースの策が間に合えばこちらの大勝利だ。第8艦隊にもその旨を電信してくれ」

 

指示通り余力のある2個分艦隊を後方に回し、第8艦隊と第13艦隊で艦列と言うには薄い横陣を形成していく。

 

『総司令部より入電。2個分艦隊はありがたく使わせてもらう。それと小細工をしたからうまく活かしてくれとの事です』

 

「なんのことだ?」

 

入電から数分後に、艦列の後方に反応が増え始めた。

 

「こりゃメンテナンス部隊に大きな借りが出来たぞ。交戦能力が無いのにいつから我が軍は命知らずの集まりになったんだ?少なくとも俺は『命大事に』を薫陶してきたつもりだが.....」

 

文字通り張子の虎だ。帝国軍からみれば戦艦クラスの反応が増援として送られてきたように見えるだろう。だが、メンテナンス部隊に交戦能力は無い。

 

「いいか!ここで踏ん張れ。俺達が抜かれたらメンテナンス部隊が全滅するぞ。連中に『欲しがってばかりで守ってもくれない』なんてダメ男が言われる様なセリフを吐かれたくなかったらとにかく踏みとどまれ!」

 

全艦隊にそれが流れると共に、帝国軍の猛攻が始まった。そして同盟軍左翼から少し離れた地点に同じく半個艦隊程度の第11艦隊が2個艦隊程度の敵に押し込まれる様子が映り始めた。候補生が見ても同盟軍は挟撃・包囲殲滅の危機に陥りつつある。それが数分おきに現実のものになろうとしていた。




第二次ティアマト会戦、第二幕となります。ミュッケンベルガー(父)同様、ベルティーニも原作踏襲で戦死する形にしました。戦死させるかは正直悩みました。軍事寄りのジャスパーに比して、外見とは裏腹に経済通でもあるベルティーニは、むしろ亡命派を背負う政治家になる可能性がありました。

ただ、熱帯魚のエピソードが不吉の予兆として印象に残っていたので、それを活かしたかったという判断もありました。では!明日!

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