カーク・ターナーの憂鬱   作:ノーマン(移住)

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     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています


第95話 決壊(第二次ティアマト会戦)

宇宙暦745年 帝国暦436年 2月中旬

ティアマト星系外縁部 旗艦ディアーリウム

クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー(大佐)

 

「司令長官をやらせる訳にはいかん。済まぬが皆には無理を強いるぞ」

 

コーゼル大将の野太い落ち着いた、だがきっぱりと覚悟を決めたような声が艦橋に響いた。

 

「全艦、直卒艦隊と叛徒どもの間に割って入るぞ。続け!」

 

艦橋のメインモニターには、戦術分析が映し出されている。初戦は押され、その後押し返し、叛徒たちを挟撃できる体制が出来つつあったのもつかの間、迂回進撃していた別動隊の右翼から叛徒たちの別動隊と思しき部隊が突撃を開始し、そのまま帝国軍右翼へなだれ込んだ。シュタイエルマルク艦隊は何とかその勢いを避け、少しでも進撃を遅らせようと食らいついてはいるが、叛徒たちの勢いはモニター越しでも凄まじい。

 

「なかなかうまくいかぬものよな」

 

「そのような事を申しますな。提督の采配を間近で観れて小官は嬉しく思いました」

 

前面の敵を放置して直卒艦隊の援護に向かう。敵将ベルティーニを戦艦の厚みのある艦列で受け止めている間にシュリーター艦隊と連携して集中砲火を浴びせる。用意していた罠に誘い込んだが、それでも猛将と言われてた人物の指揮だ。食い破られるギリギリの所まで追い詰められたが、なんとか撃破する事が出来た。

 

これによって敵右翼部隊は数的な劣勢に立たされ、突破の可能性も見えたが、いつの間にか増援が現れ、さらに後陣に戦艦らしき反応が多数現れた。だが、その間にも別動隊が敵後方に迫り、挟撃が成功するはずだった。

 

『シュリーター艦隊より入電。ここは任されたし。直卒部隊をお願いする。以上です』

 

「シュリーターも覚悟を決めたようだ。私もそれに報いねばな」

 

敵前での90度回頭を行った我々の側面に、正対していた艦隊から砲撃が行われるが、それを抑える様にシュリーター艦隊が我々の抜けた穴を埋める。だが、二艦隊で形成していた艦列を急に埋めるのは不可能だ。前進するという事は我々の後方を守る意味があるが、それと同時に半包囲の中に自ら飛び込む事も意味している。

 

「大佐殿、すでにインゴルシュタット・カルテンボルン両提督の戦死が確認されました。提督にお伝えすべきでしょうか?」

 

「今は控えた方が良いだろう。提督の指揮を曇らせるような要素は排除すべきだ。私から後で報告する」

 

オペレーターのリーダー役が戸惑いながら私に確認してきた。戦術モニターを見る限り、帝国軍右翼で曲がりなりにも艦隊を維持しているのはシュタイエルマルク艦隊だけだ。そうこうしている内に直卒艦隊の右舷から襲い掛かる敵別動隊になんとか我が艦隊の前衛がとりついた。

 

「総司令部に電信。ここはコーゼルが引き受ける。最善の判断を......とな」

 

『総司令部に電信......完了しました』

 

コーゼル艦隊には敵直卒艦隊と左翼の部隊の攻撃が始まっている。いくら戦艦のみの編成とは言え、側背面攻撃をこれだけ受ければ長くはもたないだろう。

 

「くっ。アッシュビーめ。まだ殺し足らないのか」

 

帝国軍右翼を崩壊させた勢いで直卒艦隊に突撃をかけていた敵別動隊は、そのまま艦列を左舷方向に伸ばし、挟撃体制を作ろうとしている。後方から支援をしていたシュタイエルマルク艦隊にも敵右翼の部隊が取りつきつつある。このままでは叛徒たちの得意な挟撃・包囲殲滅体制が完成してしまう。

 

「シュタイエルマルク艦隊に電信。支援を感謝するが退くタイミングを間違えるな。とな」

 

『シュタイエルマルク艦隊へ電......』

 

『直撃きます!』

 

「全員伏せろ!」

 

我々の穴を埋めたシュリーター艦隊も半包囲下で打ち減らされている。包囲体制が完成する直前、観測官の声と共に提督が司令席から立ちあがり、伏せる様に指示をされた。その直後に艦橋は爆発につつまれた。私は伏せていたものの吹き飛ばされ、意識を失った。

 

 

宇宙暦745年 帝国暦436年 2月中旬

ティアマト星系外縁部 旗艦ヴァナディース

ハウザー・フォン・シュタイエルマルク(中将)

 

『総旗艦との通信途絶。反応も消えました』

 

「これより撤退戦に移行する。殿として最後まで友軍の撤退支援を続けるぞ」

 

挟撃体制の構築に成功する目前で肝だった別動隊の右舷後方から突撃され、そのまま帝国軍右翼が崩壊、直卒艦隊を含めた帝国軍左翼部隊が完全包囲された。コーゼル提督の旗艦ディアーリウムとの通信が途絶えて既に一時間。

 

『支援を感謝するが退くタイミングを間違えるな』

 

と言う電信が最後の通信だった。この一文が逆に私を奮起させた。提督は『撤退しろ』と言う命令を最後に伝えてくださった。これは撤退の大義名分と、戦後の敗戦の責任から守る意図があったと思う。

 

全軍が崩壊し包囲されつつある今、曲がりなりにも艦列を維持しているのが我が艦隊だ。敵は包囲陣形成を優先したからそこから漏れた友軍が必死にこちらに下がってくる。せめて彼らだけは本国に連れて帰りたかった。

 

「閣下、救難信号に関しては独断でシャットアウトさせました。ご報告が遅れ申し訳ありません」

 

「良い。受信しても対応できんのだ。気を使わせたな」

 

参謀長が顔をしかめながら詫びて来た。自力で撤退できない艦を救援する余裕は残念ながら無い。既にオープンチャンネルでは叛徒たちは降伏を呼びかけ始めている。帝国軍は宇宙艦隊司令長官と宿将と言っても良い存在......。それだけでなく多くの将官を失った。撤退しながら惑星アンシャルの傍を通過する際にも、地上基地から救難信号が送られていた。それを振り切る様に後退を続ける。

 

宇宙艦隊に見捨てられたとなれば、彼らも降伏しやすいはずだ。それだけが、彼らに出来る援護だった。叛徒たちを振り切り、艦隊の再編成に入れたのはイゼルローン回廊出口付近まで撤退してからの事だった。出征時には10万隻を超えていた艦隊がわずか1万3千隻まで撃ち減らされていた。

 

「出来る限りの準備はした。少なくともここまでの大敗になるはずはなかった。我々には何が足りなかったのか?」

 

手痛いで片づけるにはあまりに損害の大きいこの敗戦の原因分析が、戦後の私の最初の任務となる。戦死の報を携えてコーゼル提督の邸宅を訪れた時、少なくともその要因のひとつの存在を知る事になる。

 

1年後に提督の軍服と階級章、それに認識票が丁寧に梱包されて送られてきたと聞き、補給基地で共に事に当たったケーフェンヒラー大佐が、提督をちゃんと弔ってくれたと事と共に、彼の存命を知った。奥方から見せて頂いた手紙には遺髪も送りたかったが、提督の髪が短く、断念した事が詫びられていた。

 

戦後に敵将アッシュビーの戦死の報に触れ、弔電を送った私には軍内部から批判が集まっていたが、それを知って弔電を送っておいてよかったと思った。確かに苦渋を舐めさせられたが我々がしているのは戦争であり、殺し合いではない。矜持を失えばただの殺し合いになってしまう。少なくとも私はアッシュビーに敬意を払い。叛徒たちもコーゼル提督に敬意を払ってくれた。それで十分だった。

 

 

宇宙暦745年 帝国暦436年 2月中旬

ティアマト星系外縁部 旗艦ディアーリウム

クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー(大佐)

 

「......佐殿!......大佐殿!」

 

「くっ......。すまない意識がまだはっきりしない」

 

「すみません。大佐殿は脳震盪状態との事でしたので休んで頂きたかったのですが、本艦で存命の士官の最高位が大佐殿なんです。叛徒たちから降伏勧告が送られてますが、受諾して宜しいですか?」

 

「艦の状況は?」

 

まだ意識がはっきりしないが、そういう状況なら決断しなければならない。私は状況を確認した。

 

「3発も直撃弾を受けました。損害判定は大破。核融合炉も緊急停止しています」

 

「わかった。降伏勧告を受諾してくれ」

 

「了解しました。それと水です。これを飲めば少しは意識もよくなるかもしれません」

 

右手にペットボトルらしきものを握らせると、声の主は私から離れて行った。なんとか上半身を起こし、ペットボトルを口元に運んで水を飲む。水分が喉を通り、身体を潤していく。それが認識できた頃合いで、ようやく意識がはっきりしてきた。

 

「はっ。提督はどうされた?」

 

「残念ながら爆風で司令席に叩きつけられ、そのまま頭部を強打されました。ほぼ即死状態だったそうです」

 

声の主へ視線を向けるとオペレーターのリーダー役を務めていた曹長だった。頭に巻いた包帯が痛々しいが、目にはまだ力がある。艦橋に詰めていた士官の大半が人事不肖な中で、彼が救命活動を取り仕切ってくれたのだろう。

 

「世話をかけたな」

 

「いいえ。当然の事をしたまでです。降伏勧告も受け入れて頂いてホッとしました。そう言うタイプじゃないのは知っていましたが、過去に玉砕を命令した貴族さまがいた話も聞いていたので」

 

苦笑しながら応じる曹長に頷きながら提督の元へ歩みを進める。すでに軍仕様の毛布が掛けられていたが、顔の部分だけ毛布をめくる。そこまで余裕がなかったのか?それとも帝国軍の宿将であり、半分は父親の様でもあった提督の死を受け入れられなかったのか?特徴的な明るい褐色の瞳は開いたままだった。

 

「提督、ご恩返しを希望しながら弾除けにもなれず申し訳ありません」

 

それから右手て瞳を閉じて、認識票と階級章を確保する。そんな事があるとは思いたくないが、これは残された家族に形見として届けたい。紛失という名目の窃盗から守る意味でも必要な処置だった。それから曹長に協力してもらい、重傷者向けの簡易カプセルに提督のご遺体を安置する。作業を終えてから長めに敬礼をした。

 

そこまでしてようやく艦橋の有様が目に入り始めた。メインモニターは砕け散り、アラート音は出ていないが船内状況を表すモニターは赤で埋まっている。

 

「生きる希望を失い、志願した先でも死に損なうか......。私には生きる希望がないと言うのに.....」

 

「失礼します。小官は第13艦隊の参謀長を務めておりますアッテンボロー中将です。勧告を受諾されたケーフェンヒラー大佐でいらっしゃいますな?」

 

「はっ。小官がケーフェンヒラー大佐です。存命の士官の中では最上位になります。責任はすべて小官にあります。できれば降伏した生存者には寛大な処置を願いたく」

 

「ご心配為されますな。この艦がコーゼル閣下の旗艦である事も認識しております。失礼があってはならぬと当初は艦隊司令ご自身で対応しようとされたのですが、さすがにそれは......。とこの老骨が出しゃばった次第です。それで閣下は?」

 

「あちらです。残念ながら即死状態でした」

 

アッテンボロー中将は簡易カプセルに近づき、ベレー帽を取って黙祷をささげてくれた。すでに核融合炉が停止し、生命維持装置も停止していた艦内気温は急激に低下しつつあった。

 

「救援活動はこちらでしますので、避難をお願いします」

 

その言葉に促され、提督を安置した簡易カプセルと共に旗艦長門へ移乗する。

 

「差し出がましいかもしれませんが、埋葬までお考えなら冷凍カプセルに移した方が良いでしょう。宜しければ手配しますが.....」

 

「ぜひお願いしたい。それと形見の品を何とかご遺族に届けたいのです。お力添えを願えれば幸いです」

 

医務室に隣接した安置所でカプセルを移し替える作業をしていると、何名かの士官が手伝ってくれた。その中のひとりに特徴的なオレンジ頭の青年がいる事を認識したのは作業を完了した後だった。彼は報道にも載っていたから帝国軍の私でも顔は知っていた。

 

「降伏勧告を受諾したケーフェンヒラー大佐であります」

 

「驚かせてしまったならすまないね。カーク・ターナーです。それにしても惜しい人を亡くされましたね。提督がこちらに生まれてくれていれば、私は軍人なんて因果な商売から足を洗ってビジネスをしていましたよ」

 

「老人をその因果な商売とやらから引退させずにいる張本人がそうきますか?」

 

「参謀長、君も被害者さ。提督がこちらにいてくれたら、君も退役して孫娘との時間を楽しめていたさ」

 

「そうかもしれませんな」

 

そんな会話を挟んでから、ベレー帽をとって黙祷をささげてくれる叛乱軍の士官たち。私も続くように黙祷をささげた。

 

「大佐、もうしばらくは救援活動の指揮があります。そちらも大変だったでしょう。少し安静にされて下さい。皆さんの今後の生活の事もあります。お互い話し合う必要があるでしょうから」

 

少し悲し気な表情でそう言い残し、ターナー提督は安置室を後にした。この時、私は彼の友人でもあり、猛将とうたわれたベルティーニ提督の戦死も、そして軍務尚書の憤死の原因となった彼らのリーダー、アッシュビー提督の戦死も知らなかった。

 

それを知ったのは何度か、捕虜尋問と言うにはあまりにも甘い茶飲み話をターナー提督と数回行い。手配された輸送船でエコニアの捕虜収容所に着いてからの事だった。

 

捕虜から帰化した住民が多数を占めるエコニアは、敵国の捕虜と言うより疲れ切った犠牲者を温かく迎える様な不思議な雰囲気があった。ターナー提督の口添えがあったのか、提督のご遺体も丁重に扱われ、郊外の小高い丘にある墓地に埋葬された。

 

「地方星系では元捕虜の住民の活躍に支えられている所が大きいんです。コーゼル閣下は平民出身ながら大将まで昇進され、何かと帝国軍時代に世話になった住人も多い。敬意を払うのは当然の事です」

 

そう説明してくれたのは、埋葬に立ち会ってくれたエコニアの名士、井上商会の会長だった。それから捕虜としての生活が始まるが、これが捕虜と言えるのか?疑問の付く日々が始まった。内務省地方自治局に在籍していた事を知ると、エコニアだけでなく地方星系の役人から何かと助言を求められるようになった。

 

家賃分は働こうと自分に言い訳をしながら、内務省時代は予算が理由で出来なかった事業プランを調整して提供する。現地調査にも乞われて頻繁に向かい、収容所内にいる方が少ない日々だ。そんな生活を送っているうちに、形見を送ったご遺族から丁重な礼状が届いた。

 

「これで肩の荷が下りた気がします。提督、またご報告に上がりますね」

 

礼状の到着をお知らせするついでに墓参りに来たが、提督の墓所には花が沢山飾られている。帝国軍時代は平民出身と言う事で軍部上層部から不公平な扱いを受けたとも聞いていたが、部下に誠意を尽くして接してこられた提督の生き様が、こういう形であっても報われて嬉しく思った。

 

更に時は流れ、730年マフィアを題材とした映画が作成されることになった時、そのライバルとして描かれたコーゼル提督やシュタイエルマルク提督の人となりの取材を申し込まれた。補給基地で共に任に当たった彼は、唯一実名でアッシュビー提督に弔電を送った事で、敵国であるはずの同盟市民に妙な人気があった。

 

軍広報部に押し切られる形で協力というより帝国軍のシーンの監修に近い事までさせられたが、その礼としてエコニア収容所の名誉所長という肩書と、大佐格での年金を授与されることになる。

 

『生きる希望が無いのは分かりました。ただ貴方が助けになれる人の数は、同盟でもかなり多いと思います。助けられる存在がいる。それだけでも生きる意味にならないか。確かめてみませんか?』

 

オレンジ頭の提督に言われた言葉がその時頭をよぎった。名誉所長となってからは実質エコニアの名士の一人に数えられた。助言した事業進捗も含め、それからの私は既に財務委員長になっていた彼と陳情も兼ねて頻繁に連絡を取る仲になる。

 

決して甘い交渉相手ではなかったが、『予算がない』事を理由にしない彼との交渉は、その結果が地方星系の発展に影響する事もあり、私のやりがいになっていく。もっともそうなるまでには少なくない時間を必要とした。




第二次ティアマト会戦の第二幕と戦後の状況を少し出してみました。シュタイエルマルクに関しては正直優秀な人物だったんでしょうが、人間関係は苦手だったんだろうなというエピソードが多いんですよね。

彼の適性からすると、信頼して献策を取り上げてくれる司令長官の下で総参謀長とかが一番活躍できたのかなとの思います。作戦家としては優秀ですが、統帥本部総長ともなると政治もできないと厳しいでしょうしね。

そう言う意味ではコーゼルが平民出身だったことが、彼にとっても鬼門だったのかなとも感じます。では!明日!

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