"エルネスタ・レオーネ・クライスト"は、12歳にして王国最強の王弟を討ち取った現王国最強である。

 しかし、彼女の周りには彼女の権力と武力を利用しようとする者たちしかいなかった。


 たった一人、彼女の軍師である”リュウジ”を除いて。

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 "エルネスタ・レオーネ・クライスト"は、12歳にして王国最強の王弟を討ち取った現王国最強である。

 しかし、彼女の周りには彼女の権力と武力を利用しようとする者たちしかいなかった。


 たった一人、彼女の軍師である”リュウジ”を除いて。


武闘派令嬢と自称元農民

 

 エルネスタ・レオーネ・クライストは、侯爵家の長女であった。

 だが、政変に巻き込まれて両親は死に、エルネスタは幼き身でありながら侯爵家の旗頭となりその政変の波に流されていた。

 

 そうして、何の因果か手に入れたのは王妃の座の確約。第一王子の婚約者の座だった。

 

 このとき、何も知らない幼いエルネスタを利用していた貴族たちは大勢いたが、「まさかここまでになるとは……」と口に出したものはその大半だった。

 

 なにせ、エルネスタが政変にあたって行ったのは先陣を切ること。その死をもって諸侯に大義名分を与えることが幼いエルネスタに与えられた役割でしかなかった。

 

 その舞台をひっくり返した一人の元農民が居なければ、だったが。

 

 ──────────────

 

「誰か! この栄誉ある部隊の長に名乗りを上げる者はいないか!」

 

 叫ぶ貴族。彼の衣服には醜悪なほどに過剰な装飾が輝いている。

 

 そして、その傍らにいるのは銀の髪の少女。歳は12歳と聞いている。その瞳に覇気はなく、この世界の何も映していなかった。

 

 それが、少年には納得できなかった。この場にいるのは身寄りのない者や売られた者など様々だったが、皆わかっている。この醜悪な貴族が自分たちとこの少女をどうするかを。

 

 それが、少年には納得できなかった。

 

 少年は農奴だ。王国の法律上農民という事になっているが、その命は雇い主のモノである。

 だから、こんなところにはした金で放り投げられた。

 

 それが、少年には納得できなかった。

 

 少年の命は少年のモノであり、少女の命も少女のモノであり、皆の命は皆のモノだ。

 それを取り戻すためには戦うしかない。それができるのはただ一人だけ。

 

 それを理解した時には、少年はもう名乗りを上げていた。生きたいという願いと、生かしたいという祈りだけで。

 

「我が名はリュウジ! 東の民の血を引く、天才軍師なり! この身、この命をもってクライストに勝利を捧げよう!」

「よくぞ言った! 貴様をこの部隊の長に任命してやろう。さぁ、装備は配った、敵は南だ! 行ってこい!」

 

 そうして、わずか50の兵団は進軍を始めた。その先頭を歩くのはリュウジとエルネスタ。

 そうして、もう戦うしかないのだと兵団が腹をくくったところでリュウジは声を上げる。

 

「皆さん、エルネスタ様! この先どうせ死ぬとか考えてるんじゃないですよね! 冗談! 天才軍師の俺には、この戦に勝つ手段が見えています! だから、生きて帰りたいと願うならば! 俺を信じてください!」

 

「この戦、ひっくり返しましょうか!」

 

 そんな声は、リュウジの願いを響かせて、兵団の皆の中に届いた。

 それはエルネスタでさえ例外ではなく、彼女の目にはほんの少しだけ目に光が戻っていた。

 

 

 

 そうして行われたのは捨て身の策。逃げに隠れて罠を仕掛け、時間を稼いで降ってきた雨で氾濫する川をエルネスタの魔力で敵陣のみに叩き込むという奇策は大成功し、政変を起こした王弟軍に致命的な打撃を与えた。

 

 そこからエルネスタとリュウジが軍の主導権を握り、王弟を討伐して見せるまでにかかった時間は1か月。電光石火の軍略だった。

 

 それが、エルネスタの幼少期であった。

 

 何も知らなかった少女は、リュウジという軍師を翼にして大空に羽ばたいたのだ。

 

 ──────────────

 

 だが、そんなエルネスタには頼れるものはリュウジという軍師しかおらず、それからの統治はひどいものだった。

 

 かつてエルネスタの親族に協力していたという者たちは、軍神エルネスタの名を使って横暴を働いた。

 かつてエルネスタの親族に金を貸していたという者たちは、クライスト家の財を蝕んでいった。

 そして、エルネスタの死を利用しようとした者たちは、エルネスタがまだ幼いことを理由にその侯爵家の権力を奪っていった。

 

 そうして、エルネスタ・レオーネ・クライストは15の時には王国最悪の貴族として語られるようになっていた。

 

 ──────────────

 

 

「憂鬱だ……なぜ私が今更魔法学院などに行かねばならないのだ」

「そんなダウナーになりなさんなよエルネスタ様、案外これから先に登用できる貴族の次男三男に出会えるかもしれませんよ?」

「自慢ではないが、私には豚どもを粛正するしか現状を変える方法は見つからんぞ。リュウジ、お前は何か策を閃いたりはしないのか? 天才軍師?」

「あんな出まかせをいまだに言うとか鬼ですかっての。俺は兵法書を拾って読んだだけの男ですから内政はわからんですよ。あの豚ども民を苦しめていますが殺してはいないんですから、殺した先が続きません」

「……となると、やはり内政に詳しい者を引き抜くことが肝要か。ままならん」

 

 そんな風に愚痴りながらも身支度を整えるのはエルネスタだ。銀の髪に15の女とは思えぬほどに高い背。そして鍛え上げられた肉体を持つ、少女でいられなかった女だ。そのような経歴があってか、彼女の纏う空気は銀の雌獅子を思わせるものだった。

 

 そんな様子を、書類仕事を片付けながら横目で見ているのがリュウジ。東方の血を引く天才軍師と自称する妙な元農奴である。王国ではそれなりに珍しい黒髪黒目、身長はエルネスタより少し低い程度だが、一応王国の男性の平均身長は超えている。その容姿はそれなりに整っているが、それ以上にリュウジの印象に残るのはその身の纏う空気だ。それは夜を思わせる穏やかなものだった。

 

 そんな美しい獅子と夜の二人は、これから主と従者として魔法学校に赴く。リュウジが従者をしているのは、エルネスタが信を置いている人間で生き残っているのがもうリュウジしかいないからである。それほどに彼女の世界には邪悪が渦巻いていた。

 

 それでも、エルネスタはリュウジを信じ、リュウジはエルネスタを信じていた。

 

「いつか、明日が普通にあると信じられる場所を作る」

 

 その、戦いの中で生まれた思いは同じものだったのだから。

 

 

「ところで、馬車は使わないんで?」

「当たり前だ。戦争用のモノしかもっていないなど知られたら余計に面倒になる」

「エルネスタ様の威厳が出ると思うんですがねぇ?」

「そんな仮初のモノでなびく奴など論外だ。敵にはならんし味方には要らん」

 

 そうして二人は貴族街にある別邸から歩いて魔法学園に向かう。

 

 そんな様子を、憎々しげに多くの者たちが見ていた。

 

 分かっていても、エルネスタの心は痛む。自分のせいじゃないと声を大にして言いたいけれど、誰もそれを信じてはくれない。そのことがわかっているから、今はただ黙っていた。

 

 しかし、彼女に石を投げる者はいない。なぜならエルネスタは王国最強の武力を誇った王弟をわずか12で下した現王国最強だ。そんな彼女の怒りを買えばどうなるかを、貴族の負の面をよく知っている彼ら民衆はわかっていた。

 

 そんな様子を見て、リュウジは”エルネスタが個人として扱われていないこと”に怒りを覚えるもすぐにそれを鎮める。

 

 前を歩く彼女は、クールな見た目に反して熱くなりやすいのだ。せめて自分は冷静でい続けなければ今まで以上の苦難が襲い掛かってくる。そんなことを思いながら、従者として歩いていくのだった。

 

 ──────────────

 

 それから半年がたった。エルネスタの学園での腫れ物扱いは変わらなかった。

 エルネスタは、この半年でも賊の討伐や反乱の鎮圧に駆り出されていた。学院で学ぶことよりも戦う事を優先しろという”豚ども”の動きに苛立ちを覚えるエルネスタであったが、それ以上の問題がこれにはあった。

 

 血を流しすぎたのだ。敵の血も、自身の心の血も。

 そんな彼女と合わせられるのは同じように血を流してきたリュウジだけであり、それを学生たちは異常者を見るような目でしか見られなかった。

 

 それは、婚約者の第一王子も同じであり、銀の雌獅子から逃れるように心優しい男爵令嬢に溺れていった。

 そんな様子を悲し気に見るエルネスタのことは、リュウジしか見ていなかった。

 

「未来の旦那が寝取られて、不満か?」

「……実のところ、そこまでではない。どうせ王位に就くのであれば側室の一人や二人は作るのだろうからな」

「じゃあどうしてそんな顔してたよ」

「父さまの残した領民たちを捨てることはできない。だから、私はああも愛に生きることはないのだろうな、と思ってな」

 

 そんな一幕の後、クライスト領にて飢饉の知らせが入った。

 それによる平民たちの反乱。エルネスタを非難する自称善良な貴族たち。そして再びの内乱。

 

 今回も、エルネスタは神速で内乱を終わらせた。そうして殺した者の中には学園に通う生徒の家族は当然いて、エルネスタが学園に戻るころには学園ですらエルネスタの暗殺未遂がたびたび起きるようになっていた。

 

 

 そうして、魔法学院にエルネスタの居場所はなくなった。

 

 ──────────────

 

「なぁ、リュウジ」

「どうした? エルネスタ」

「……私は、どこで道を違えたのだろうな」

「私たち、だ。そこ間違えんな馬鹿。運命共同体だろ」

 

 しかし、エルネスタにはリュウジがいた。彼女の唯一の居場所である、少年が。

 

「……どうしてそう、お前は私の欲しい言葉ばかり投げてくれるのだろうな」

「雇い主のご機嫌取りも仕事のうちなんで」

「そんな仕事は頼んだ覚えはないな。給金は出さんぞ?」

「じゃあ、笑顔を下さいな」

「残念ながら、安くはないぞ?」

「具体的には?」

「お前の人生全ては必要だろうな」

「そりゃ難しい」

「どうしてだ?」

「俺の命はもう俺のモノじゃないからな」

 

 そんな声に、二人はどちらともなく笑った。

 

 

 そうして、エルネスタはリュウジにますます依存して、リュウジは当然のようにそれに応えていく。

 

 しかし、それが目に留まってしまった。現在の国王、エルネスタに弟を殺された、エルネスタをこの国で最も憎む一人が。

 

 そうして、リュウジは投獄された。”王子の婚約者を平民の分際でたぶらかした”という普段の王ならば絶対に行わないだろう愚かな権力の行使にて。

 

 そしてそれは、エルネスタの世界を変えた。

 

 親の残した領地と、自分を救った優しい夜。どちらかを選べとなったとき。

 彼女の心が選んだのは、自分の相棒だった。

 

 彼女は、この王国最強の個人だ。魔法も、武芸も彼女の右に出る者はいない。そして、政略に関してもこの3年と半年の間で学んできた。

 

 だからこそ、エルネスタは可能にしてしまった。自身の立場である次期王妃を利用して王を脅すという選択肢を。

 

 そのために、男爵令嬢の心を折った。銀の獅子の怒りは、ただの心優しい男爵令嬢には重すぎた。

 

 その場面に立ち会った第一王子は、自身の力のなさを恥じた。

 

 だが、そのあと告げられたただの一つの願いだけは否定することはできなかった。始まりは王子の逃避からとはいえ、二人も同じ思いを抱いているのだから。

 

「私はリュウジとこの国の外に行く。それでお前はこの娘と本妻として結ばれる可能性が生まれるんだ。構わんだろう?」

「……それは、追放と同義じゃないか。この国で守ってきた爵位も力も全て捨ててお前は何がしたい!」

「……私はもう、リュウジが居ないと生き方もわからないような馬鹿女なんだよ」

 

 そうして、王への謁見の後にエルネスタは牢に転がされていたリュウジを背負ってこの国を出た。

 

「貴様のような愚王にも、私にすがる豚どもにも、私の命は渡せない。私は、リュウジが良いんだ」

 

 その言葉を最後に、最悪の令嬢エルネスタ・レオーネ・クライストは国を去った。

 

 

 その日は、エルネスタが16になる日のことだった。

 

 ──────────────

 

 それから、エルネスタを利用していた貴族たちはリュウジとエルネスタが集めていた証拠をもとに調べられ、粛清された。

 

 最強の個人であるエルネスタとその軍師を失った彼らは脆く、一度の衝突で勝敗が終わるほどだった。

 

 そうして、エルネスタが王国を去ることであっさりと終わってしまった自分たちの積み上げてきたものを見て、二人は人知れずため息を吐いた。

 

 全てを投げ出して逃げる。ただそれだけの最も簡単な選択肢が、彼らの夢への近道だったのだから、もう笑うしかないだろう。

 

「それで、エルネスタ。お前これから何がしたい?」

「……実のところ、旅をしたいとしか考えていないのだ。どこに、どうやってなどは全くなくてな」

「じゃあ、とりあえず南の大聖堂でも見に行こうぜ、冒険をしながらさ」

「冒険?」

「ああ、このアルファーナって国には冒険者ギルドってのがあってな。個人単位の傭兵みたく仕事を受けられるみたいなんだよ」

「……どういう制度にすれば儲けが出るのだろうか、それは」

「もう領主じゃないんだから気楽に構えろっての」

「それもそうだ」

 

 そうして、家督も何もかもを捨てて一人の男を選んだ銀の雌獅子は、この日冒険者になった。

 

 


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