※この作品は一部フィクションが含まれております。
ここ数年、インターネットという大海を自由遊泳している際にASMRという文字列を目にすることが多くなった。加えてその文字列に続く文章には必ずと言っていいほど、
「ASMRはいずれ万病に効く」「ASMRは俺の生き甲斐」「これが無くては眠れなくなってしまった」
など賛美の言葉が並んでいる。そんな、ともすれば狂信的であるほどの肯定者達の記録を流し見た私の脳内では、クエスチョンマークが際限なく湧き出していた。
ASMRとは一体なんなのだ…。きわめて依存性の高い睡眠導入剤か何かだろうか…。
私の中の探求心が疼き軽く調べてみると、どうやらASMRとは「Autonomous Sensory Meridian Response」の略語で、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚のことであり、動画投稿サイト等でその感覚を人為的に引き起こす動画が多数アップロードされているらしい。
心地よいという反応を人為的に引き起こす…電子ドラッグの一種か…?
そう思い恐怖した私は調べる手を止め、関わらないようにしようと胸に誓った。しかしその後もあらゆる場所で散見されていたASMRの4文字に、とうとう濃厚接触する機会が訪れてしまった。
私の好きなyoutube配信者の一人が重度のASMR愛好家であったのだ。
それを知った際の私の心情は、例えるなら人格者だと思っていた身内が特殊詐欺で逮捕されたという知らせを受けたかの様であった。私の信頼に対する裏切りだと思った。
私が衝撃に事実を知ってしまった直後、彼は自身のチャンネルでおこなわれた生配信にて「これから見せる反応が世の平均だから。ASMRを聴いた奴らみんなこうなるから。」と言い、ASMRの視聴実況を始めた。ショックから立ち直る間もなく始まった実況配信であったが、その実況で私は更なる衝撃を受けた。ASMRを聴いている彼が信じられないほど気持ち悪かったのだ。
「気持ちいい…気持ちいい…」「地球では太陽フレアに妨害されて純粋な音を聴けないから、いつか冥王星でASMRを聴くのが俺の夢なんだ」「ASMRを邪魔する奴は親でも殺すよ」
軽く挙げただけでもこの有り様だ。この調子で20分ほど実況が続けられた。
配信を見終わった後、私は疲労困憊であった。オタク嫌いの女子が、付き合っていた爽やかイケメンの部屋で地下アイドルの限定グッズを見つけてしまった時のような絶望感に苛まれていた。そこでふと、配信中に彼が言っていた言葉を思い出した。
「ASMRを聴きながら寝るのが一番よく眠れるから」
私は疲労感から解放されたい一心で半ば自暴自棄になりながら、先ほどまで恐怖していたASMR動画に手をつけた。
目が覚めた。動画は止まっていた。イヤホン端子が刺さったままでベッドに転がっていたスマホを手に取った。5時間が経過していた。
ASMRを聴き始めてからの記憶が曖昧だ。覚えているのは耳のマッサージをされているシーンでの胸のざわつきと、そよ風に吹かれているかのような柔い快感だけであった。神経質な性格と夜勤による自律神経の狂いから軽い睡眠障害を抱えている私が、5時間も熟睡できたという事実が信じられなかった。もう一度聴いてみようと考え再度ベッドに潜り込み、動画の再生ボタンを押した。
そこから4時間の記憶が存在しない。
それから毎日のようにASMRを子守歌代わりに夢の世界へ旅立っていた私であったが、かつてASMR信者と化していた配信者に拒否反応を示していた自分をふと思い出した。
今の私は傍から見れば彼と同じ気持ち悪さを発しているのではないだろうか…。
その考えに至った私はかつての自分を取り戻すため、その日からASMR動画無しで寝ることを決めた。
眠れない。思考が加速していく。体は眠たいと訴えかけているのにも関わらず、際限なく押し寄せてくる思考の波に脳は覚醒したままであった。
懐かしい感覚。ASMR動画を視聴し始める前はこれが日常だった。こんなにも辛かったんだなぁ。私の中のあさましいプライドがぽろぽろと剥がれ落ちていくのを感じた。
そしてこの瞬間、私はかつて嫌悪していたASMR信者となったのだ。
この記録の中で登場した配信者の当該動画と、彼が視聴していたASMR動画のタイトルを記載しておく。もしASMRに興味があり二窓出来る環境があるならば、実況動画が3分28秒になった時点からASMR動画を再生し、同時視聴してみてほしい。ただしASMRの深みに嵌り抜け出せなくなったとしても、一切の責任を取りかねるとだけ忠告してこの記録を終了する。
私はもう、ASMR無しでは眠れない。
【実録】同業者のASMR聞いてオギャる男【闇】
【ASMR】耳奥までくる極上の耳かき❤癒しの寝かしつけ❤とろけるあまい囁き吐息♥Binaural♥whispering&Ear Cleaning&Sleep
彼の数ある尖った配信の中でも、オギャる配信がトップクラスに好きです。