「...やはりあの子は」
.........
「ああ、報告は聞いている。だが状況を見る限り敵と断定するにはまだ早い...」
......
「それは分かっているさ、だが悪人特有の邪悪な気が、彼女には...」
......
「なら、あくまでまずは言葉で、力を使うのは最後の手段で...」
......
「では。オーブよ、永久に……」
……
ホログラムのウインドウを切ると姫騎士という言葉が似合う姿の女はそっと目の前にある旗を握る。まるで、何か希望に、はたまた大いなる何かに縋るように……
「なにも、どうか、あの子に何も起こりませんように……」
―甲冑たちの襲撃の後騒ぎになるのも面倒だということで逃げるように緑髪の少女と家に駆けこんだ奏。
―パチ
そんな軽い音と共にスイッチを押すと玄関からリビングにかけて白く明るい灯が灯る。
スイッチを押した家主は靴を脱ぎ捨てて廊下に上がり、招かれた少女は玄関先で固まっていた。
「……? 何してるのよ、さっさと入ったら?」
そんな言葉とともに声をかけると、氷漬けにされていた体が一瞬で解凍されたかのように
「は、はひっ! で、では、お、お邪魔します、ね……?」
スっ……と、奏とは対照的にゆっくりと落ち着いた品のある動きで靴を脱ぎ、揃えて玄関の片隅に置く
一方でダイニングキッチンにて奏は透明なグラスを二つ取り出すとピッチャーに入れた麦茶を取り出して均等に二つのグラスに注いでいく。
―コトっ、という音と共に一方をダイニングテーブルの自分の手元に、もう一方を今この場に来ようとしている少女のもの用として奥に置いておく
「あ、えっと……」
簡素なダイニングに家族用の大きさのダイニングテーブルと机。テレビラックにソファ。多少の生活感を醸し出すように無造作にソファの上には靴下が投げ捨てられている。
「……とりあえず座る?」
「……じゃあ、遠慮なく」
そういうと二人はダイニングテーブルに面を向いて座る形で椅子に腰を掛ける
「……で? あんた結局何者なの? ってか、本当に何も覚えてないの?」
そういいながら椅子の上に片足を組みグラスをゆらゆらと、回すように揺らしながら、目の前の少女に問いかける
「……すみません、本当に、何も……」
首を振り自らの身に起きた事さえ何も知らない焦り、空虚感……その他諸々が詰まったものを、だが吐き出さず、こらえる様に膝の上でこぶしを強く握りしめながら俯く
だが、そんなこと知ったことかと言わんばかりに
「まぁ、覚えてないなら覚えてないんだし。それは今は置いとこ」
と、あっけらかんとした様子で奏は言う。
それにー……と言葉を続けて
「べつに、無理に記憶を引き出したってそれが幸せなものかどうかなんて保証はないんだから。思い出して不幸になったらそれはそれで損でしょ? なら、今は何もしない。それが賢明だって私は思う」
―まぁ、私自身無理やり記憶を戻して仮に心が傷つくなんて事が起こったら嫌だしね
と、笑いながら一気にグラスの半分の麦茶をあおるように喉を通して流し込む
先までの戦闘の様子とは打って変わって年相応の笑みを浮かべながら話すその様子は朱所からすればお姉さん、そんな風にも見えた
「……でも、帰る場所も思い出せないのは」
と、少女は口を開く。だがその言葉は少女の心を苦悩させる。帰る場所がないというのは一人ぼっちで自分の居場所もないのに徘徊しなければならないのだ、自分の元居た場所へと。それはまるで出口のない迷路の中を一人で永遠と歩き続けるようなものだ。
自分の言葉で認識させられる少女、そんな覚悟もないが赴かなければいけない。向かいたくもない死地に行けと命令された兵士の様に黙って現実を受け入れようとしながらも心の中では拒絶する、そんな葛藤によく似たものを抱え込みまた俯いてしまう。
だが少女からすればただ俯いているように認識されたが奏には
「な~に、泣きそうな顔してんのよ」
ハッとして前を向くと目の内側の堰があふれそうな感覚と、唇を強くかみしめていたことに気が付く。
「別にいいじゃない、帰る場所が思い出せなくても当分一年かそこらはこの家にいれば。幸い親もいないしね」
カラカラと明るい笑みを浮かべながら奏は言うが、当の少女は
「……」
呆然としていた。いくら自分の住む場所を覚えていないからと言っていきなり阿吽の呼吸の様にじゃあ、住んでもいいですよだなんて虫が良すぎる。都合がよすぎるのだ。もし厄介だけど仕方ないから、という理由なら尚更だ。
だが奏は次にこう言った
「いや、さ、実は記憶がないって言われてからここに帰ってくるまでの間に考えて決めてたのよね」
「それって……」
「もちろん拒むなら無理やり押し付ける権利は私にないし、今の提案を飲む必要はアンタにはない。逆にアンタがここに記憶が戻るまでの間でもいいから居たいっていうなら私は拒まないし歓迎するわ」
「……」
ふと、少女に迷いが生じた。本当に厄介になってもいいのだろうか。それと同時に厄介になったとしても何かそれ相応の対価を求められるのではないのではないのかと。
「それに、今度アンタ一人でいたら今度こそ捕まるわよ。あのよくわからない真っ白甲冑集団に。それくらいなら、私の家で多少守れることのできる人間といたほうが得策じゃない?」
……その追い打ちはひどく響いた。ずるい人だと少し思いながらも内心はなぜかホッと、安心してしまう自分に不思議さを覚えながらも。
「じゃあ……その、不束者、ですけど……」
と、ゆっくりとではあるが何とか自然体に近づく。
少なくとも奏の目には言葉を言う少女の姿はそう映った
「んじゃ、契約成立ね。ガブリエル」
そういうと、また明るい帆ガラナ笑みを浮かべる奏
「……ガブリエル?」
「ああ、そう言えば自分の名前知らないんだっけ。まぁ、私も知らないんだけどさっきの甲冑どもが言ってたのよ。ガブリエルって、意味は祝福を伝える天使……ってとこね」
「……祝福」
「まぁ、でも祝福を告げる天使の名なんて縁起良いじゃない。私はいいと思うけど。アンタはどう思う?」
一瞬悩むようにまた顔を俯かせる。だが、思いが決まったのか顔を上げる。
「じゃあ、今は。ガブリエル……で。私はガブリエル、です」
「オッケー、んじゃよろしく『ガブ』」
「……ガブ?」
「ほらガブリエルって長いじゃない。だから短くしてガブ。私はかわいいと思うしいいと思うけど。アンタはどう思う?」
「……変な感じ、はしますが。でも嫌いじゃないです。その呼び方」
かくして少女ガブリエルと奏はともに行動することになった
カラカラと笑みを浮かべる奏に感化されたのか、クスッ、と少女―ガブリエルも曇ったり緊張した顔つきとは異なる、純粋なほほえみを浮かべた
教会の聖堂―その中に一人の神父が立っていた。黒い司祭服に身を包み、肌の色は焼けたように黒く顔の目元などの彫は濃く、いかにも私は外人ですと言っている。
だがその瞳は威圧するものではなく優しく穏やかに一点をー祭壇の奥にそびえたつ十字を見つめる。
「そうですか、それはそれは……」
誰とも話していないが誰かと話しているかのようにつぶやく。満足げにうなずくその様子は迷える魂が、路頭に迷いもがき苦しんでいた人間が自らの導きで正しい元の居場所へ戻った時の光景を見つめるー聖人。そんな言葉が似合う
「終局の笛は、此方にあります。しばらくは、何者の手にも触れることはできませんので、安泰でしょう」
また聖堂の中でひとり呟く、相も変わらず返事はない
「ええ、彼の方もさぞお喜びでしょう。では、これにて」
そういうと、甲高い音と共に右手に持っていたステッキを地面に鳴らす。
「あとは、彼女がどうなるか。ですね」
ビルが立ち並ぶ市街地。その中でも人期は高い高層ビルの最上階のバーの窓堰。光り輝くビル群を見下ろしながら、黒いスーツを着こなした女はそこで一人スマホを手にして耳に当てていた
「ええ。本来の墜落予想地点、及び周囲五キロ圏内に主に目立った痕跡はありませんでした」
そう言うと耳元に当てたスマホから男か女かわからない微妙な声質の音声が流れる
「いえ、主な痕跡がなかっただけでそれらしいものは」
と、話しているとバーの店員が氷の入ったカクテルタンブラーと皿に乗った炒ったピスタチオを盆にのせ女の手前にある小さな机に提供する
酒の銘はガブリエラ
レモネードを主とし、ウォッカ、ブルーキュラソー、リキュールを入れスプーンで一、二回ステア(かき混ぜた後)ベルノ―をフロート(浮かばせた)ものだ
「ええ、とある少女の家に。迂闊に今は行動できない状態になったようにも思えますが…」
―ありがとう、と店員に言葉の代わりに軽く会釈をすると判断を仰ぐようにまたスマホに声をかける
しばらくーほんの2.30秒ほどした後に一切前後左右に動かなかった頭が軽くうなずくように上下に揺れる、そして
「わかりました、例の計画と共に暫くは放置しておく形で……」
―ではまた、と言うと。女はスマホを鞄の中にしまい、カクテルタンブラーに手を伸ばす。
一口含み味を楽しむと、町の喧騒に耽るように窓の外を見る。
その目に一瞬、二重の光が一瞬だけ映り込んだが。気にも留めずにまた一口含むと、煌煌と光る世俗に魅入られるように大小さまざまな光が蠢く様を眺めていた
ようやく名前が、名前が、書けた
ウレシぃ…ウレシぃ…