サイレンスがかわいいだけのゆるゆるしたSS。
ライン生命のドローン組、危機契約の人数制限でめちゃくちゃ活躍してくれて好き。





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サイレンス「快眠測定係……?」

「♪~~~~、♪~~」

 

 

 ロドスの廊下に、小気味のいい鼻歌が響く。

 上機嫌なメロディの出所は、一人の少女だった。

 ひと目見れば忘れられないような、印象的なビジュアルをしていた。女性にしては高めの身体を、汚染された環境で活動するための、厚手の防護服ですっぽりと包んでいる。防護服の胸から下は、様々な物品の収納ケースになっていて、更に分厚く板金のように平になっている。まるでコインロッカーを着て歩いているようにも見えた。

 一本の水筒のようなシルエットをした少女の顔は、まだ幼さを感じさせた。所々に白の混ざった茶色い髪に、丸くてぱっちりとした黄金色の瞳。どこかペンギンを思わせるあどけなさだった。チャームポイントの右耳に付けたイヤリングが、歩く度にちゃりと揺れてきらめいている。

 少女は鼻歌を歌いながら、カートゥーンのようにリズミカルに歩き、ロドスの宿舎へと辿り着いた。

 

 

「たっだいま~! ……あれ、ただいまでいいのかな?」

「……ただいまと言ってくれる方が嬉しいかな。お帰り、マゼラン」

 

 

 そう挨拶を返してきたのは、少女――ライン生命の外勤専門員、マゼランにとっては意外な人物だった。

 大きなフードで顔をすっぽり隠した男の姿に、マゼランはまん丸な眼をさらにぱちくりと見開いて驚く。

 

 

「ドクター。珍しいねぇ、なんでスタッフの宿舎に居るの?」

「珍しくはないだろう。ちょくちょく遊びに来てるぞ」

「朝と晩の巡回として、でしょ。ソファに寛いでる所とか初めて見たよ。ドーベルマンさんが見たらドヤされるんじゃない? ロドスの指揮官としての威厳を保つ努力をしろ! って」

 

 

 彼女の真似だろうか、腕を組んでふんすっと唇を尖らせるマゼランは、全く似ていないどころか、小動物のように愛くるしい。ドクターも思わず笑いがこみ上げる。

 

 

「そういうマゼランは、仕事終わりか。ずいぶん上機嫌だが、新しい発明でも思いついたか?」

「ご明察っ! 観測された新しいオリジムシ用に、ドローンちゃんを開発してたの。ようやくアイデアが形になってきて、今いっちばん楽しい所。ふふ、完成したら、ドクターにも見せてあげるね」

「それは楽しみだ……偶然出会った縁だ。チョコバー食べるか?」

「わーい、ありがとうドクター! 疲れた頭に、甘い物は最高のご褒美だよー」

 

 

 分かりやすく喜びながら、マゼランはドクターからチョコバーを受け取り、齧り付く。戦闘時の栄養補給食として作られているブラウニーだが、普通に甘くて美味しく、平時のおやつとしても人気の品だ。マゼランの顔が、みるみる喜びに緩んでいく。

 

 

「ん~、染みるぅ~……それで、ドクターはどうして宿舎に? サボリ? 誰かとお泊まり会? それなら私も混ざりたいな」

「残念ながら仕事だよ。スタッフ達から、宿舎の改善の要求が集まっているんだ。もっとくつろげる空間にしてくれとね」

 

 

 そう言って、ドクターはペンでフードのこめかみ辺りを掻く。手にした図面には、書いては消してを繰り返した難航の後が見て取れた。

 レユニオンの過激化に抵抗するべく、ロドスは飛躍的な速度で戦力の拡大を続けている。街から人材をスカウトし、様々な組織から優秀な人材を引き抜き、龍門内での存在感を確固なものにしつつある。

 

 

 だが、戦力こそ龍門有数になりはしたが、ロドスは――特にドクターが戻ってからのロドスは――産まれたての組織には違いない。

 それは身体だけ成長した子供のようなものだ。その目まぐるしい急成長の中には、置いてけぼりにしている項目が幾つもある。

 例えば戦闘員は足りているが、それを管理するスタッフ職は、人数も練度も全然足りていない。施設の強引な拡張を繰り返して、配管や配電には無駄が多い。他にも一般的な組織が見たら目を覆うようなずさんな所は、数えだしたらキリがない。

 そして、今回白羽の矢が立ったのは、問題の中でも頭の痛い『居住性』の問題だった。

 

 

「確かに……なんとなくじと~っとして、どよ~んってしてるかも」

 

 

 マゼランがぐるりと宿舎を一望する。

 このB3宿舎も、つい一月前に拡張してできた空間だ。不自由のない一通りの設備は導入されているが、それでも空寒さを感じてしまう。電球も最低限で、隅の方にはどんよりした影が溜まっている。ロドス全体が移動都市地下にある以上仕方がないものの、閉塞感が拭えきれていない。手放しに良いと言える場所でない事は間違いなかった。

 

 

「ソファとかゲームボードとかはあるけれど、蛍光灯は剥き出しだし、コンクリート打ちっ放しだもんね」

「それもだが、もっと酷いのが個室だ。ベッドが固くて眠れないって意見が相次いでいてな。睡眠の質が悪いのは最悪だ、皆の能力に直接影響するから」

 

 

 宿舎のうち、ドクター達の今いる場所はスタッフの共同スペースで、隣接してスタッフが寝泊まりする部屋も用意されている。階級に応じて個室だったり四人部屋だったりするが、部屋としてのランクは同じようなものだ。

 独房みたい、とは誰の言葉だったか。先ほどドクターも確認し、的を得ていると納得したばかりだ。

 ふむふむ、と頷きながら聞いていたマゼランが、チョコレートバーを食べ終えて、ぺろりと唇を舐めて言う。

 

 

「つまりは、リフォーム大作戦って訳だね! どういう風にするか決めてあるの? いっそパーっと、地下とは思えないくらいのイメチェンしちゃおうよ」

「予算にあまり余裕はないからな。リフォームするにせよ、皆の希望を募ってから――」

 

 

 

 

 

 

「――ライブハウスにしましょう!!」

「うん、却下だヴィグナ」

「何でよぉ!?」

 

 

 いったいどこから聞いていたのか。ズダダダダ! と物凄い勢いで現れたヴィグナが、急ブレーキで地面をギャリギャリと削りながら叫んだ。直後、シームレスなドクターの否定に、がぁんとショックを受けた。

 愕然とするヴィグナに向け、ドクターは溜息一つ。

 

 

「今し方、睡眠の質の話をしてたんだぞ。真逆の事をしてどうする」

「真逆じゃないわよ、アタシにとってはね。ギターがない日々なんて人生とは呼べないわ! 最近は我慢のしすぎで、寝ながら指が勝手にカットリフを弾き始めるのよ、どうしてくれるの!?」

「どうしてくれると言われても……」

 

 

 突然の苦情にドクターが呆れかえる。しかし当のヴィグナにとっては、頭の痛い問題らしかった。長い赤髪を掻き毟り、威嚇する猫みたいに肩を怒らせてドクターに詰め寄る。

 

 

「ロドスの基地に一番足りないのは何か分かる? そうロック! 血が沸き立つようなエモーショナルな情動が、この基地には何よりも必要なのよ!」

「俺もロックは好きだが、ヴィグナの意見は極めて個人的な意見と言わざるを得ないな。フロストリーフみたいに、ヘッドホンで聴くので我慢してくれないか」

「かぁー、生でライブを味わったことのない、ロックの本質を何も分かってない人間のセリフね! それに個人的じゃないわ! カーディに、エクシアだって同意してくれたもの!」

「面子がほぼテロリストなんだよなぁ……」

 

 

 暖簾に腕押しと察したのだろう。ヴィグナは不機嫌にぷくっと頬を膨らませて、無言でドクターを睨み付けてくる。

 あはは、と曖昧に笑ったマゼランが、ドクターに言う。

 

 

「それにしても、睡眠の質かぁー。私は気にしないけどな。観測活動中は、岩山の急斜面にシートだけ引いて寝るとかしょっちゅうだし」

「ありがとうマゼラン。だけど君だって、ふかふかなベッドの方が嬉しいのは間違いないだろう? せっかく希望を抱いてロドスに来てくれたんだ。新天地と呼ぶに恥じない格好にしないと」

「……ふぅん、ドクターは気配りができる優しい人だねぇ」

 

 

 にこにこ嬉しそうにマゼランは言い、そうして何か思いついたのか、胸の前でポンと手を叩いて目を輝かせた。

 

 

「そういうことなら、このマゼランが力になるよ!」

「本当か? 有り難いが、どうやって?」

「要するに、皆が寝られる家具を導入するんでしょう? ライン生命に伝わる、快眠間違いなしの必勝法があるの」

 

 

 そう言って、マゼランは防護服で水筒のようになった胸を、得意気にふんすと張った。

 

 

「絶対失敗しないし、それにとっても楽しいよ。イージスに乗った心地で任せてよ」

「ありがとう、マゼラン。遠慮なく頼らせてもらうよ」

「よっし、それじゃあ快眠大作戦の開始だね! 頑張るぞぉー、えい、えい、おー!」

「ね~え~、ライブハウスぅ~~」

「後でな」

 

 

 すっかりしおれたヴィグナを服の裾に引っ付かせながら、ドクターはマゼランと一緒に、元気よく腕を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

        ◇

 

 

 

 

 

「――と、言うわけで。本日限りのスペシャルショウルームの開店だよー! やだ、クロージャちゃんったら超有能! 才色兼備が溢れて止まらないわ!」

 

 

 数日挟んだ、ロドス購買部。

 普段はそこここから持ち寄った珍品必需品の段ボールで溢れている購買部は、その荷物のほとんどが退けられて、各地から取り寄せられた様々な寝具が飾られていた。

 まずは個室の睡眠設備の改善、という事で、用意されたものはほとんどが一人用のベッドだ。しかしそれも、ソファに切替可能なものや、箪笥や作業机がセットになっている実用性を追求した物、果ては導入すればそれだけで部屋が埋まりそうな、装飾付きのいかにも高級そうなベッドまでよりどりみどりだ。クロージャ曰くスペシャルショウルームと称された様相に、一行は思わずおぉーと歓声を漏らした。

 ベッドの上でぼよんぼよんと跳ねながら、クロージャが言う。

 

 

「いつも頑張ってるドクターのご希望に応えて、あちこちから寝具のサンプルを揃えておいたよ。ぶっ壊れない限りは返品可能だから、実際に使って試してみてね!」

「ありがとうクロージャ。想像以上の量だな」

「へへー、これもロドスのためだからね。感謝の代わりに、今度の買い物で財布の紐をちょっと緩めてくれると助かるかなっ」

 

 

 クロージャが可愛らしくウィンクしながら、親指を人差し指で輪っかを作って見せびらかす。辟易しながらも、無茶を聞いてくれ期待以上の働きをしてもらった事は間違いないため、ドクターはひとまず笑みを浮かべて頷く。

 

 

「それにしても、本当に大量だな……実際に使ってとは言うが、寝心地まで確認していたら、二月はかかるぞ」

「ドクター、ねえドクター! 私アレ試していい? 天幕付きのすっごいゴージャスな奴!」

「くれぐれも壊すなよ、ヴィグナ」

「壊さないわよ! あのね、アタシは別に粗暴じゃないから。ギタリストは道具にはちゃんと敬意を払うんだからね!」

 

 

 そんな指摘を捨て台詞に、ヴィグナは飛び出し、ラインナップの中でも一際豪華な天蓋付きのベッドに飛び込んだ。エレガントな作りに似合わない大の字で仰向けになり「これが、セレブの景色……!」などと呟いている。それなりにお気に召したらしかった。

 

 

「金に魂を売ったロックスターの図……」

「何か言ったかしら!?」

「いやなんでもない。じゃあ、ヴィグナは放っておいて、俺達もさっそく選ぶとしよう」

「了解だよ、ドクターっ」

 

 

 ドクターの隣にいたマゼランは、にこやかに敬礼をしてみせた。自信満々な様子の彼女に、ドクターは聞く。

 

 

「予算の問題はあるが、とにかく寝心地のいいベッドを選びたい。かなり数は多いけれど、大丈夫そうか?」

「任せて。ライン生命の快眠必勝法の前ではお茶の子さいさいだよ!」

 

 

 ドクターの質問にも、マゼラン元気よく即答。

 そして彼女は、その晴れやかな笑顔のまま、隣に立つ少女の肩を掴んで、ぐいっと前に押し出した。

 

 

「ね、サイちゃん!」

「いや、あの……何?」

 

 

 返ってきたのは、元気いっぱいのマゼランとはまるで正反対の、戸惑った声。

 彼女と同じライン生命からの加入者であるサイレンスは、ぎゅっと寄せられたマゼランの笑顔に、露骨な困惑を浮かべてみせた。特徴的な羽に似た角は、困り果てていっそう垂れ下がっている。

 丸眼鏡の奥の、いつも眠たげに垂れた目が、助けを求めるようにドクターを向いた。

 

 

「あの、ドクター? 私、何も知らされずここに引っ張られてきたんだけど。どういうこと?」

「やあサイレンス……ジャージなんだな、普段着」

「え? ……こ、これは違うよ。マゼランから、いちばん着慣れた服で来てって言われたからで、普段は寝間着でももう少しちゃんとして……か、勘違いしたらダメだからね?」

 

 

 いつも落ち着いている声音を僅かに上擦らせて、サイレンスが身を縮める。仕事をしている姿しか見たことのないサイレンスの、白地に茶色の装飾のあるジャージ姿は、端的に言って新鮮だった。

 

 

「ライン生命支給の寮服だね。入社後の研修で使う奴じゃん。なっつかしー、何年も着続けてるなんてサイちゃんは物持ちがいいんだねー」

「ま、マゼランもからかわないでよ。ドクターに見られるなんて聞いてない……っていうか、まったく何も聞いてないんだけど」

「俺様もなんにも聞いてねえ! けれど楽しそうだから来た!」

 

 

 サイレンスに被せるように言ったのは、同じくライン生命の出身でサイレンスの患者でもある勝ち気な少女、イフリータだ。近くのベッドをトランポリンのようにしてぴょんぴょんと跳ね、頭の両脇で結ったおさげを弾ませている。

 

 

「元気いっぱいだな、イフリータ。調子は大丈夫なのか」

「今日は絶好調だぜ、ドクター! うっかり爆発したりしない丁度良い熱さだ。お陰で暴れたくてうずうずしてる! それで、今日は何して遊ぶんだ?」

「遊びじゃなくて仕事だよイフちゃん。サイちゃんと一緒に沢山検証するんだから! ね、サイちゃん?」

「するんだから、じゃないよ。ね、じゃないよ。同意を求めるなら説明をしてよ。ドクターも見てないで止めて……」

「すまないサイレンス。俺も何一つ説明されていないんだ。何が起こるかさっぱりで、マゼランに全て任せている」

「……それ、マゼランが暴走してるのとどう違うの?」

「……まあ、楽しそうだからいいかなって」

 

 

 ドクターがあっけらかんと肩を竦めてみせるので、サイレンスがとうとう開いた口が塞がらなくなる。さっきから完全にマゼランのペースだった。

 そして、自分のペースを返上する気も微塵もないらしかった。マゼランはサイレンスの背中をぐいぐい押して、寝具の沢山ならんだショールームに入っていく。

 

 

「わ、わ。足がもつれちゃうから、あまり押さないで……!」

「さあドクター、さっそく検証しよう! 何からいく?」

「そうだな。それじゃあまずは、スタンダードなベッドから」

 

 

 ドクターが指さしたのは、少し大きめな意外は取り立てたところのない一人用のベッドだ。

 目的地を定めたマゼランの目が、キラリと光った。

 

 

「了解っ。観測機、投射ー!」

「わ、きゃあっ」

 

 

 サイレンスの、非常に珍しい上擦った声。

 ぽいっと放り投げられたサイレンスは、ドクターが指定したベッドに着地。新品のマットレスが、軽い彼女の体重を受けてぽすんと沈み込む。

 

 

「な、なに、急になにするのっ。観測機って?」

「着崩れてたりしない? 枕の高さは大丈夫? ……うん、バッチリオッケーみたいだね」

「何がどうオッケーなのか、説明してくれないかな。本当に……」

「よーしセッティング完了。後は待機と観測あるのみだよ!」

 

 

 戸惑うサイレンスを完全に無視して、マゼランはにこやかに笑ってみせる。

 待機と観測。その言葉通り、ドクターとマゼランは横並びになって、ベッドに寝そべったサイレンスをじぃっと見つめる。イフリータもベッドをギシギシ揺らしながら、一緒になってサイレンスに視線を向ける。三人の熱く珍妙な視線を受けて、サイレンスが顔を真っ赤にして、ベッドに横たえたジャージ姿をもぞもぞと揺する。

 

 

「あ、あまり見ないで……恥ずかしい……」

『じぃ~……』

「私に何を期待されてるの……教えてよ……」

『じぃ~……』

「……なんなの……もう……」

『……』

「……、…………………………」

『……』

 

 

 

 

「……………………。…………………………ぐぅ」

(寝た!)

 

 

 それは僅か数分の決着だった。

 サイレンスはしばらく居心地悪そうにベッドの上でもぞもぞとしていたが、とうとう呆れて瞳を閉じ、柔らかいベッドに身を委ねてしまえば、あっという間に穏やかな寝息を立て始めた。

 あまりに鮮やかな睡眠への移行に、ドクターは思わずあっけに取られる。その隣で、マゼランがいつの間にか手にしていたストップウォッチを止めた。

 

 

「計測終了! 記録は六分二八秒、普通だねっ」

「……ん? 終わったのか? ただサイレンスが寝ただけじゃねえか」

「ふふ、その通りだよイフちゃん。常に寝不足のサイちゃんは、横にさせるとあっという間にすやすやになってしっまうのだっ」

 

 

 きょとんとしてイフリータが聞き、なぜかマゼランが得意気に答える。

 

 

「サイちゃんの眠りが早いほど、それは睡眠に良い環境という証。これぞ、ライン生命に代々伝わる、快眠グッズ測定器!」

「代々は嘘つけ」

「んん……人を、勝手に測定器にしないで……」

 

 

 ドクターにツッコまれ、サイレンスに抗議の寝言を上げられ、マゼランがてへへと舌を出して誤魔化した。

 

 

「ともあれ、サイちゃんの睡眠は性格と同じでとっても素直だし、サイちゃんの寝不足は筋金入りの、機関エンジンに付いた油染み並のしつこさ。ちょっとやそっとの睡眠じゃあ解消できないよ」

「うん、細けえ事はよく分かんねえけど、サイレンスが寝れるなら良いことだな!」

「私達は最適な寝具を選べて、サイちゃんは沢山睡眠を取れる、一石二鳥だね! さあこの調子で次のベッドにも寝てもらおう。サイちゃん起きてーウェイクアップ!」

「ふわっ……ね、寝てすぐ起こされるの、結構辛いんだけど……!?」

 

 

 

 

 

 

 それから一行は、沢山ある寝具の一つ一つを、サイレンスと一緒に計測していった。

 

 

 

 

「ん……ちょっと、固い。少し寝苦しい、かも」

「ふふー、それは早計じゃないかなぁ? サイちゃん、自分の身体に意識を向けてみなよ」

「……あ、意外と……身体にしっかりフィットして……すぅ」

「口とは裏腹に身体は正直だねぇ。高反発ベッド、三分五二秒っ」

 

 

 

 

「抱き枕を使って寝たこと、これまでにある?」

「ううん、初めて……けど、結構いいかも……なんか、安心する」

「なるほどなるほど。ドクターの所見は?」

「抱き枕をぎゅってしてるサイレンスが凄くかわいいと思った」

「かっ――急に何を言い出すの、もう! 却下、抱き枕反対!」

「あーあ、ドクターのせいでNGが出ちゃったー」

「……かわいいは禁句だったか、イフリータ?」

「今のは俺様も気持ち悪いと思ったぞ」

「…………………………そうか」

 

 

 

 

「唸るわよビート! 刻むわよリズム! 大地の果てまで届け私のメロディー! イエーーーーイ!」

「むにゃ……zzz」

「八分十七秒。ううん、音楽による快眠効果はナシかなぁ……ヴィグナちゃん、もう少し子守歌っぽいの弾けない?」

「ロックアーティストにする注文じゃないし、アタシのギターの前でよくも寝られるわね!? ハッ、でもこれ、快眠とロックは両立できるという証拠じゃないかしら! ねえドクター、やっぱりライヴハウ――」

「却下だ! サイレンス以外の鼓膜を破裂させる気か!」

「耳! 俺様の耳がぁーー!?」

 

 

 

 

「転落防止の柵に、睡眠導入のメリーゴーランドまで付いてる。おまけにうさちゃんのぬいぐるみもセット。リラックスできそうだねっ」

「懐かしいなぁ……アタシもこれ使って寝てたわ。三歳までの間」

「寝れそうか、サイレンス。ガラガラ鳴らすか?」

「流石にこれは怒っていいよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、バラエティ豊かなベッドに順番にサイレンスを寝かしつけ、計測してを繰り返して、早数時間。

 マゼランの言うとおり、サイレンスは全く目が冴える様子を見せないままに眠り続け、数日かかると思われていた沢山のベッドを、一日で見て回ってしまった。

 ドクターはサイレンスが取ってくれたデータを基に、部屋の予算と間取りで熟考。部屋の種類別に幾つかのベッドを選び抜いた。

 

 

「ふむふむ、注文承ったよドクター。後片付けと仕入れは、このクロージャお姉さんに任せといて!」

「助かるよ。これでロドスの居住環境も良くなる事だろう」

 

 

 ドクターの目から見ても、今回の選別は、限られた予算と膨大な選択肢の中で、最適解を選べたと自負している。彼は満足げに頷きながら、傍らのソファに寛ぐ功労者達を労った。

 

 

「今日は付き合ってくれてありがとう、マゼラン。サイレンスもお疲れ様」

「お礼なんていいよー。ロドスがもっともっと快適になるお手伝いができたんだからね」

「ん……お疲れ……くぁぁ」

 

 

 半目でドクターに応じたサイレンスは、大きな欠伸を一つ。驚いた事に、ほぼ一日中眠り続けだったにも関わらず、サイレンスの眠気はまだ削れていないようだった。

 

 

「まだ眠いのか、サイレンス」

「ん……沢山寝ちゃったから、我慢の蓋が外れちゃったのかも」

「ふふ、そんな状態じゃ、危なっかしくて研究どころじゃないね。観念して、もう少しぐっすりするといいよー」

 

 

 マゼランがあっけらかんと笑って、こっくりこっくり船を漕ぐサイレンスの肩をさする。優しい手つきが心地良いのか、サイレンスが日向ぼっこする猫みたいな唸り声を上げ、それにマゼランがまた笑う。

 

 

「……ありがとうね、ドクター」

「マゼラン? 改まって、どうしたんだ」

「成り行きだけど、サイちゃんにとってもいい休憩になったみたい……こんなにリラックスした姿を見るの、本当に久しぶり」

「むぅ……弄ら、ないでぇ」

 

 

 サイレンスが抵抗しないと見て、マゼランは彼女の頬を指でくすぐったり、ジャージの裾をちょんちょんと引っ張ったりする。その度に心地よさげに吐息を漏らす彼女を、元気いっぱいの瞳で見つめている。

 その目は、僅かに憂いを帯びていた。

 サイレンスを一心に見つめていながら、どこかここでない彼女の姿を思い出すような色をしていた。

 

 

「寝ないの、サイちゃん」

 

 

 きっぱりと、マゼランは言い切った。

 

 

「ぜんぜんとか、ちっともじゃないよ。本当に寝ないの。特にイフちゃんと出会ってからのサイちゃんは、道ばたに倒れて気を失うのを『休憩』って呼んじゃうくらいで」

「……それは、大袈裟だよ」

「大袈裟じゃないよサイちゃん。そりゃ、私は特殊環境への探索が主で、たまにしかライン生命には帰ってなかったけどさ……怖かったよ。任務に出る度に『次はサイちゃんには会えないかもしれないなぁ』って、思わなきゃいけなかったから」

 

 

 サイレンスの眠気が飛んだ。

 マゼランはじっとサイレンスを見つめ続けている。彼女は自分の目の下に染み付いた隈を恥じらうように、ふいと視線を逸らす。

 虚空を見る丸眼鏡の奥の目が、険しく潜められる。

 

 

「あの時は、休んでられる状況じゃなかった……ううん、本当は今だってそう。鉱石病は今も広がり続けて、治療の糸口は見つかっていない。鉱石病との戦いは、これまでも、これからも続いているんだ。こんな風に座って、寝惚ける余裕なんて、私は……」

「もー、サイちゃん分からず屋だよ! 固いよ! この重装兵!」

「じゅ、重装兵……!?」

 

 

 がぁんとショックを受けるサイレンス。乙女に対してあんまりな例えをするぐらい、マゼランはご立腹だった。ぷくっと頬を膨らませて、ドクターに目を向ける。

 

 

「ねえ、ドクターも思うでしょ? サイちゃんは休まなさすぎだって!」

「間違いない。睡眠時間の不足は、コンディションに大きく影響を与える。部隊の指揮は乱れるし、場合によっては、レユニオンに隙を突かせる、致命傷にだってなり得る」

「それは心配しないで、ドクター。私はどんな状況でも、治療だけは絶対に間違えない」

「うん、俺もサイレンスを信頼している。君はどんなコンディションでも治療を誤らない。けれどそれは、君が休まなくていい理由にはならないだろう?」

「……」

 

 

 諭すようにドクターが言うので、サイレンスは反論を探せない。

 気落ちして眉尻を下げるサイレンス。ドクターは殊更大仰に背伸びをして、呑気に欠伸を漏らして見せた。

 

 

「俺も疲れたな。サイレンスが寝るのを見守る大事な仕事を頑張ったから……隣、座ってもいいか」

「……うん」

「ありがとう……お、ふかふかだ。良いソファだな」

 

 

 ドクターはマゼランの反対側、サイレンスを挟むようにしてソファに腰掛ける。

 独り言のような呟きを聞き逃さなかったクロージャが、遠くの方で「今なら二十%オフで六万四千龍門幣になりまーす!」と声を張ってきた。それにひらひらと手を振って応じて、ドクターは背もたれに身を投げる。

 

 

「今日の仕事も一緒だ」

「何が?」

「できるだけ楽しんで、くつろいで、楽する努力だって必要だって事さ」

 

 

 サイレンスは、まるで初めて青空を見た雛鳥のように、丸眼鏡の奥の目をぱちくりと丸くした。その顔を見下ろして、ドクターは笑う。

 

 

「サイレンスの言うとおり、長く苦しい戦いだ。敵と戦って、謎を解き明かして、手探りで前に進んでいかなきゃいけない。俺達は数年、数十年、人生を駆けて戦わなきゃいけない」

「……」

「なら、今を目一杯楽しむ事だって、立派な戦いと言えるだろう? 少なくとも何十年もかかる長い問題に、何もかもを投げ棄てて取り組むのは、ロドスの誰も望んではいない。マゼランも、アーミヤも、俺も」

 

 

 言葉を句切り、ドクターは前を向いた。つられて顔を向けたサイレンスは見る。

 大規模家具店と遜色ない程に並んだ沢山のベッド。そのベッドの一つをトランポリンのようにして、イフリータが遊んでいる。ヴィグナは最初の天蓋付きのベッドが気に入ったらしく、赤い髪をベッドシーツに流して、ぐうぐうと寝息を立てている。

 流れる空気は、呆れるほど呑気だ。自由に過ごす二人が、毎日のように命懸けで戦っているとは、ひと目見ただけでは到底信じる事はできない。

 目の前の光景は、まるで、ようやく辿り着いた理想郷のようにも映って。

 

 

「アーミヤは、ロドスは希望だという。その希望は、何もこの世界を変える事だけじゃない。今を生きる俺達が幸せに暮らせるようにという希望だって含まれているんだ」

「……」

「おやすみと、おはようと、お疲れ様をきちんと言い合える。希望は案外、そういった所から始まるものかもしれないぞ?」

 

 

 そう言って、ドクターは柔らかなソファに深くもたれ掛かり、心地よさげに深呼吸する。

 サイレンスが、ほうと息を吐いた。深々と、何か胸につっかえていた物を、ようやく解きほぐしたように。

 

 

「……そっか」

 

 

 うっとりと細めた目。その視線の先で、イフリータがはしゃいでいる。

 イフリータがあんな風に笑うようになったのは、ロドスに来てからだった。

 そんなとても大きな変化に、サイレンスはようやく気が付いていた。

 

 

「……確かに私は、いろいろ、抱えすぎていたのかもしれないな……」

 

 

 淡く笑って、くぅと伸びをして、ソファの柔らかさを全身で堪能する。

 そのままサイレンスは、長い瞼をそっと伏せて。

 

 

 

 

 こてん、とドクターの肩に頭を預けた。

 

 

 

 

「「おっ」」

 

 

 ドクターとマゼランの驚きの声が重なる。

 二人が呆気に取られる内に、サイレンスはまるで温かな日だまりにあたる猫のように、ドクターの肩にもぞもぞと身体を擦りつけ、心地よさげに微笑んで。

 

 

「……すぅ」

 

 

 あっという間に、安らかな寝息を立て始めた。ドクターの肩に当てられた彼女の顔は、これまでにないほど幸せそうに緩んでいる。

 

 

「「……」」

 

 

 満ち足りたように眠るサイレンスを挟んで、ドクターとマゼランはお互いの顔を見合わせた。マゼランが驚きの表情のまま、咄嗟に押していたストップウォッチを見る。

 

 

「十八秒……見つかったね、一番いい安眠器具!」

「そ、そういう結論になるのか?」

「そうだよ! そうと決まれば話は早い、服を脱いでドクター! ドクターの寸法の1/1抱き枕を発注しよう!」

「そういう結論にはならなくないか!?」

「お、皆集まって昼寝か? 俺様も混ぜろー!」

 

 

 マゼランが息巻いてメジャーを取り出して迫り、イフリータが笑ってドクターの膝に引っ付いてくる。

 

 

 

 

 あんまりに下らなくて、呆れるほど平穏な喧噪は、すやすやと寝息を立てる一人の天才科学者に、幸せな夢を見せるように作用するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





読んでいただきありがとうございました!


評価よろしくね!!!

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