厚生省公安局刑事課一係。
日々多忙を極める彼らは偶然にも翌日が全員非番。
そこで一人の人物がとある提案をする。

「みんなで、酒でも呑まないか?」

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お疲れ様でございます。

シンフォギアやヒロアカが好きな私ではありますが、実はPSYCHO-PASSも大好きな作品の一つ。
その中でも一期、特に征陸 智己というキャラクターが好きすぎて書きあげた作品を投稿させて頂きます。

あったかもしれない日常の一幕、お読み頂ければ幸いです。


公安局刑事課一係の飲み会

「なぁ・・・たまには皆で呑まないか?」

 

それは‪午後五時‬少し手前。間も無く当直勤務が終わる寸前に一係執行官、征陸から発せられた。

本日の当直任務は監視官に宜野座と常守、執行官に狡噛と征陸。その四人が間も無く仕事を終えようとするところだった。

 

「飲むって、お酒をですか?」

 

キーボードを叩いていた常守が真っ先に反応して、征陸に向き直った。

 

「あぁ。たまには一係の皆で親睦を深めるってのも悪くないだろ?」

 

ニカッと笑いながら征陸は答え、もう一人の執行官を見た。

 

「コウ。お前は来るよな?」

 

狡噛は吸いきった煙草を灰皿に押し付け、応えるようにニヤリとする。

 

「・・・とっつぁん。美味いのあるんだろうな。誘いを受けたからには良いのを所望するぜ?」

「実は良い酒をいくつか手に入れてな。お前の趣味に合いそうなのがあるぞ」

「俺は少しうるさいぞ?」

「お前に酒の味教えたのが誰か忘れたんじゃないだろうな。まぁ、任せとけ」

 

と笑いながら言う征陸は次に気難しげに眉をひそめる宜野座に視線を移す。

 

「監視官。そういうわけで、たまには付き合ってくださいや」

 

声をかけられた宜野座はいつものしかめ面で吐き捨てるように告げる。

 

「征陸執行官。お前は俺が色相を濁らせる物を自ら摂取する愚か者に見えるのか?」

「もちろん無理に酒を進めてるんじゃありません。たまには親睦を深めるってのも大事だと思うんですわ。一緒にメシを食い、話すってのも大事なコミュニケーションじゃありませんか?」

「バカな事を。お前ら執行官と仲良くするだと? それこそ色相が濁る原因なのを忘れるな」

 

折れない宜野座に征陸は早々に切り札を切る。

 

「宜野座監視官。常守監視官が赴任してちょうど二ヶ月になります。思えば事件に翻弄されて歓迎会を開いてないんですわ。せっかく新人が入ってきたんですから監視官同士親睦を深めるのも大事な事だと思うんですがね」

 

さらに征陸は続ける。

 

「珍しいことに明日は一係全員が非番です。少しくらい羽目を外しても明日の業務に支障は出ません。こんなチャンスはなかなかありません。是非とも参加をお願いできませんか?」

 

真っ直ぐ頭を下げて頼み込む征陸に気圧される宜野座。

確かに常守が赴任してからまともに話をした記憶もない。同じ監視官として、そして先輩として彼女に話さねばならない事を多々ある。その機会がなかなか持てていないのも事実。それが宜野座の心を動かした。

 

「・・・わかった。羽目を外しすぎないようにする様、監視させてもらおう。だがさっきも言ったが、俺は飲まない」

「おい、ギノ。仕事じゃないんだぜ」

「黙れ。参加するだけ光栄だと思え。本来ならば酒を飲む会など俺が参加するわけがないだろう。新人監視官の歓迎会という名目だから許可を出しただけだ」

「ギノ! そんな言い方無いだろう・・・」

 

と言いかけた狡噛は宜野座の後ろ、見えない所で手を振る征陸に気がつき口を噤んだ。

征陸とて真っ当な誘い方では堅物の宜野座が参加してくれるとは思ってなかったのだろう。それ故にそれらしい理由で彼の参加を認めさせる手を打ったのだ。

その時、就業終了を告げるアナウンスが流れた。

 

「監視官。‪六時から‬縢の部屋です。お待ちしております」

 

征陸はあくまで丁寧に上司に言った。

 

「・・・わかった。時間には間に合うように向かおう」

 

それだけ言うと荷物をまとめ、宜野座は部屋を出て行った。ドアの閉まる音と共に征陸がため息をつく。

 

「やれやれ。ただ一緒にメシを食うだけでこんなに苦労するとはね」

「あ、あの征陸さん・・・」

 

遠慮がちに声をかけてきた彼女に征陸は頭を下げる。

 

「お嬢ちゃん、悪かったなダシにするような真似して」

「いえ! そんな・・・むしろありがとうございます」

 

常守は自分のためにわざわざ歓迎会を開いてくれようとしていた征陸に恐縮していた。

 

「宜野座監視官にはああ言ったが、事実あんたの歓迎会をしていなかった。せっかく俺たちの仲間になってくれたのに何のコミュニケーションもとってなかったからな。今日はあんたが主役だ。楽しんでくれよ」

 

そう言うと征陸も荷物をまとめる。

 

「せっかくみんなで飲めるんだ。・・・実は俺も楽しみでなぁ。今日は良い酒になりそうだ」

 

征陸はそう呟くと「お疲れさん、また後でな」と部屋を出て行った。

その背中を見送り、二人の関係を知る狡噛は少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「狡噛さん、どうしたんですか?」

「いや・・・なんでもない。それより常守、まさかと思うがこの期に及んで『予定があって参加できません』とか言わないよな?」

「えぇ⁉︎ ここでそんな事言ったら私どれだけ薄情なんですか!」

 

慌てて彼女は否定する。

 

「わかってるよ。あんたならそんな不義理はしないってな」

狡噛は苦笑いしながら新しい煙草に火を点け「じゃ、後でな」と部屋を出て行く。

一人残された常守は集合時間まで‪一時‬間ない事に気がつき、慌てて荷物をまとめはじめた。とりあえず部屋に帰り、荷物を置いてこなくてはいけない。時間がないのはわかっていたがこの後のことを思うと頰が緩んでしまう常守であった。

 

 

「あら朱ちゃん、いらっしゃい。汚い所だけどゆっくりしていって」

 

まるで自室のように縢の部屋のドアを開いてくれたのは分析官の唐之杜志恩だった。

 

「勝手に俺の部屋を汚い認定とか酷くね?」

 

縢秀星はキッチンで料理をしながら叫んでいる。彼は視線こそこちらを向いてるが、手は野菜を切る作業をやめない。

 

「これだけ部屋に色々置いてたら汚いと思うわよ」

 

執行官の六合塚弥生は部屋を見渡しながら縢に言った

 

「ちげーっての! オレちゃんと毎日部屋掃除するくらいにはキレイ好きなんだからね! ゲーム機沢山置いてるからそう見えるだけです〜!」

 

縢はその手を止めずに言い返す。切り終わった野菜を鍋に投入し終わると、手を洗いはじめる。

 

「ようこそ朱ちゃん。今日はオレ、腕振るっちゃうから期待しててね」

「縢君の料理美味しいから楽しみにしてるね」

「まっかせてよ! 今日は良い食材沢山仕入れといたからリクエストもらったら大抵のもんは作っちゃうよ」

 

人懐っこい笑みで笑う縢を見て常守は自然と顔が綻び、少しだけ意地悪を言ってしまう。

 

「じゃあ縢君はお酒禁止ね。すぐ酔っちゃうんだから」

「そりゃないぜ朱ちゃん! オレだって飲みてー!」

 

そのやり取りを皆で笑っているとドアが開いた。

 

「よう、縢。来たぞ」

「お疲れさん。料理はどうだい?」

 

両手に荷物を持った狡噛と征陸だった。その手にはパンパンに詰まった袋を持っている。

 

「コウちゃん! とっつぁん!」

「あら、二人ともお疲れ様」

「お疲れ様です」

「お、お疲れ様です!」

 

口々に返事をする面々。

 

「縢、冷蔵庫借りれるか?」

 

そう言うと征陸はキッチンに入っていく。

 

「まだ空いてるから大丈夫っすよ。 ・・・って、どんだけ持ってきたんすか?」

 

縢は征陸から荷物の半分を受け取りながら冷蔵庫を開く。

 

「いやぁ、ついつい秘蔵の酒まで持って来ちまってなぁ。コウに手伝ってもらうくらいな結構な量になっちまったよ」

 

そう言いながら酒を取り出す征陸。彼はソファで座る女性二人に向き直る。

 

「唐之杜、六合塚。ワイン好きだったよな。とっておきを持って来たぞ、是非開けてくれ」

 

言いながらヴィンテージのワインを掲げる。

 

「それ、開けて良いの? 確か結構な値打ちものじゃ・・・」

 

唐之杜が驚きながら言う。

 

「今じゃなきゃいつ開けるんだ。遠慮せず呑(や)ってくれ。遠慮はいらん」

 

征陸は上機嫌に酒瓶を掲げた。

 

「縢につまみも頼んどいた。きっと良いのを作っていてくれたんだろ?」

 

年若い執行官に向き、半ば挑発とも取れる微笑みを向ける征陸。

 

「とっつぁん・・・あんま舐めんなよ? どんな酒にも合うヤツを作ってあんだぜ?」

「縢、お前にも色々持って来たから存分に呑んでくれ。何なら好みのカクテルを作ってやるよ」

「マジで? 期待しちゃうよ、オレ!」

「任しとけ。本職とまではいかんが、大抵のは作れるぞ」

「流石! 伊達に年取ってるわけじゃないっすね!」

「お前なぁ・・・酒の量間違ってやろうか?」

「うへぇ〜勘弁してよ。 せっかくの飲み会を台無しにしたくねぇって」

 

やり取りにその場の全員が笑ったところで再びドアが開く音がした、

 

「・・・俺が最後か」

「ギノさ〜ん、遅刻っすよ。罰ゲームっすね!」

 

ジロリと縢を睨む宜野座は軽口を黙殺すると、空いているソファに腰掛ける。

 

「相変わらず冗談通じね〜」と縢はキッチンに戻り、コンロの火を注意深く確認する。

 

「朱ちゃん、これちょっと味見してくんない?」

 

縢は火にかけたスキレットから何かを爪楊枝に刺して常守に差し出す。

 

「これ・・・何?」

 

見たことの無い食材に少したじろぐ常守。まじまじと受け取った食材を見つめる。

 

「タコだよ、タコ。海にいるヤツ」

 

縢はウネウネと腕を動かしながら説明する。

 

「アヒージョってのを作ってみたんだ。あ、オイル煮の事ね。塩加減どうかな?」

 

タコと言われて昔図鑑で見た生物を思い出す常守。あれ、食べられるんだと思いながら恐る恐る口に運ぶ。

口に入れた瞬間、オリーブオイルの風味が口に広がる。熱々のタコをはふはふいいながら噛むと味わったことの無い旨味が広がった。大蒜の香りが鼻腔を刺激し、唐辛子の辛さと濃いめの塩味が舌をビリビリと焼く。

 

「あふっ・・・美味しい!」

 

素直な感想が口から溢れる。縢が料理上手なのは知っていたが、改めてその技量に驚かされる。

それを聞いた縢はニッコリするとスキレットを火からおろす。

 

「今日の主役からお墨付き頂きました〜。みんなも摘んでよ。んで、乾杯しよーぜ!」

 

その一言でその場の全員が飲み物を手に取る。

唐之杜と六合塚はワイングラスを。

狡噛、征陸、縢はビールの缶を。

宜野座は炭酸水の入ったタンブラーを。

常守は迷った挙句、ビールを手に取った。

 

「じゃあここはお嬢ちゃんに音頭をとってもらおうかな」

「音頭・・・?」

「乾杯する時は主役が口上を述べるのが礼儀なのさ。何でもいい、一言頼むよ」

 

楽しそうな征陸に言われ、緊張した面持ちの常守は辿々しいながらも喋り始めた。

 

「ほ、本日は私の為にこの様な会を開いて頂き、ありがとうございます。若輩者ではありますがこれから頑張っていきますのでよろしくお願いします! えっと・・・乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

各々の飲み物が打ち合わせられる。

 

ビールを飲むのは初めてだった。

美味そうに缶を傾ける征陸や狡噛にならい、一口目を味わう。

炭酸の刺激が口に広がり、次に独特の苦味が口に残る。

 

「うぅ・・・苦い」

「お嬢ちゃん、ビール駄目かい?」

「苦いですね、これ」

 

素直な感想を述べる常守に征陸は、自身の喉を指差す。

 

「ビールはな、口じゃなくて喉で飲むのさ。口に残さずに一気に飲み込んでみな」

 

喉で飲む?

言わんとすることはわかるが、そんなに変わるものだろうか。

恐る恐る二口目に口をつける。今度は言われた通りに喉に流し込むようにする。

 

「あれ・・・今度は美味しい・・・?」

 

さっきまでただ苦いだけだったビールは喉元を通すと麦の香りが口中に広がり、苦味が緩和された。それどころかその苦味が風味豊かなものに感じられる。

 

「だいぶ違うだろう。不思議なもんでビール飲めないやつもその飲み方を進めると飲めるようになるのさ。ま、人によるがな。お嬢ちゃん、ビールが美味いと思えるとはなかなかいけるじゃないか」

 

征陸は自らの缶を常守の缶に軽く当てると残りを一息に飲み干した。

 

「おっと、折角縢がつまみも作ってくれてるんだ。味わなきゃ損だな」

 

先程常守が味見したアヒージョを箸でつまむとひょいと口に放り込む。そこに二本目のビールを流し込むと膝を叩く。

 

「うん、美味い。縢、お前腕あげたなぁ。タコが固すぎなくて良い塩梅だ」

「結構気ぃ使ったんだよ? とっつぁんは昔の料理っての知ってるから手抜けないからさ」

 

はやくも顔が紅くなっている縢は嬉しそうに身を乗り出す。

 

「ホントすごく美味しいわね、これ」

 

唐之杜もワイングラス片手にフォークでアヒージョをつまんでいる。

 

「それにマサさん。このワインも素敵。久しぶりにこんな美味しいの呑んだわ」

「いやぁ、俺はあんまりワインは嗜まないからな。もう少し強いやつが好みなのさ。気にせずに楽しんでくれ」

「そんなこと言われなくても全部飲んじゃうわよ。ほら弥生も呑んで?」

 

はやくもグラスを開けている六合塚のグラスにワインを注ぐ唐之杜。

 

「征陸さん、頂きます」

 

新たに注がれたワインに口をつけ、六合塚はつまみにも手を伸ばす。

縢が作ったつまみはアヒージョだけではない。チーズや生ハムの盛り合わせ。野菜のスティック。ビールに合うように揚げ物。小さい器に盛られたチョコレートまである。

どれがどの酒に合うのか常守は興味津々だった。

 

「おいギノ。お前も少しは食べろよ。この唐揚げ美味いぞ」

 

狡噛は隣に座る宜野座に声をかける。

 

「俺がそんなものを口にすると思うのか? 御免被る」

「ギノさ〜ん。その鶏肉、ちゃんとカンパーニュ経由で仕入れてる出所しっかりしてるやつだから大丈夫っすよ」

「だ、そうだぞ? ほら、一口ぐらい食っとけよ。めちゃくちゃジューシーだぞ」

「おい、やめろ・・・おい!」

 

狡噛に無理矢理口に唐揚げを入れられる宜野座。吐き出す訳にもいかず咀嚼する。すると目を丸くして一言。

 

「ん・・・美味いな・・・」

 

それを聞いた縢は今日一番と思える笑みを浮かべ、嬉しそうにする。

 

「そーゆーのうるさいと思ったから、安全な食材だけで作ったんすよ。これでもちゃんと吟味したんすよ? だから少しでいいんで食べてよ、ギノさん」

「・・・カンパーニュで仕入れている物だと言うなら、考えてやる」

 

宜野座は苦々しい顔をしながら、もう一つ唐揚げに手を伸ばした。その姿を見て縢と狡噛は気づかれないように目線を合わせニヤリとする。珍しく上手くいった。普段気難しい上司も可愛いところがあるものだ。

 

「お嬢ちゃん。そろそろ二杯目はどうだい? ビールももうないだろ」

 

征陸に言われ手元のビール缶が空に近い事を思い出した常守。

 

「えっと、そうですね。お願いしたいです」

「縢、お前にも作ってやる。どんなのがいい?」

 

自分の作ったつまみを宜野座にあれもこれもと進めていた縢が振り向きながら言う。

 

「そうだねぇ。オレもいい大人だからカッコよくジンバックでもリクエストしようかな?」

「初歩の初歩じゃねぇか。よし、ちょっと待ってろ」

 

苦笑いしながら酒瓶を取り出す征陸は慣れた様子でタンブラーに氷を落とす。そこにジン、ジンジャーエール。そしてレモンを垂らし軽くステアする。

酒に弱い縢の為にジンの量を少なめにしておく。まだまだ潰れてしまわれては困る。征陸とてこの楽しい時間を過ごしたいのだ。

 

「ほら一丁あがりだ」

「ありがとー、とっつぁん!」

 

酒を手渡すともうすでに出来上がっている縢は「コウちゃん、かんぱーい!」とグラスを掲げてジンバックを口にし、一息に半分は飲み干す。

それを見て若いなぁ、と笑う征陸。

 

「さて監視官殿、リクエストはございますか?」

 

どこか芝居掛かった調子で常守に言う。

 

「えっと・・・よくわからないんですけど・・・飲みやすいのをお願いしたいです」

「あんまり強いの呑んで狼にお持ち帰りされても困るものね」と唐之杜。

「お持ち帰り・・・?」

 

わかりやすく疑問符をつけて浮かべている常守に唐之杜は耳元で何かを囁く。

それを聞いてボッ、と音がしそうな赤面顔をして常守が慌て出す。

 

「強くないので!あと飲みやすいのでお願いします!」

「おい唐之杜。あんまりお嬢ちゃんをからかうな。・・・そうさなぁ、じゃあこんなのでどうかな?」

 

先程と違う酒瓶を取り出し、量を図るとタンブラーに投入する。そこにオレンジジュースを注ぎ、ステア。カットオレンジを添えて、常守の手前に置く。

 

「お待ちどうさん。スクリュードライバーだ」

「スクリュー、ドライバー?」

「昔これを作ったやつがめんどくさがってドライバーでステアした事からその名がついたカクテルさ。ウォッカとオレンジジュースだけで手軽につくれるカクテルの代表格だな」

「レディーキラーカクテルの一つね」

 

そこに酔いが回った唐之杜は茶々をいれる。

 

「朱ちゃん。レディーキラーカクテルってのはね。その名の通り女殺し。女の子を酔わせて頂いちゃおうっていう怖〜いものなのよ?」

「えぇっ⁈」

 

自分の身を抱きしめて征陸を見る常守。流石の征陸も歳の半分以下の常守にそんな目で見られては困る。ジロリと睨みながら、

 

「唐之杜。よほどそのワインを没収されたいんだな?」

「ちょっとした冗談じゃない、マサさん!」

「言っていい時とそうじゃない時があるだろう」

「弥生〜、マサさんがいじめるの〜」

 

隣の六合塚に泣きつくそれは、どう見ても嘘泣きだった。どうやら彼女もだいぶ酒が回っているようだ。

「はいはい」と慣れた様子の六合塚は抱きついてきた唐之杜を慣れたようにあやす。

 

「あ〜、お嬢ちゃん。見ていたと思うが、そんなに強く作ってない。とりあえず一口どうだい?」

「えっと・・・い、頂きます・・・」

 

どこか警戒しながらの様子を見て征陸は自分の何処かが傷つくのを感じた。そんなに信用無いのかね、俺は。

 

「あ・・・すごく飲みやすいです、これ」

 

一口飲んだ常守は驚いた様に顔を上げた。

 

「確かにそれはそういういわれはあるが、本当は飲みやすくて手軽なもんなんだ。唐之杜の言うことは確かだが、勿論そんな気は無いから心配しないでくれ」

「あの、こちらこそすみませんでした・・・」

 

バツが悪そうな常守の顔を見て征陸は手を振る。

 

「酒ってのはそうゆう側面があるって事を知る事も大事なことさ。リクエストには応えるからどんどん言ってくれな。ま、お嬢ちゃんは強そうだから大丈夫そうだがな」

 

征陸は冗談を効かせてこの場を締める。

そうなのだ。折角の機会を楽しんでもらわずに終わってしまうのは悲しい。今日は、楽しい酒にしたい。

征陸にあるのはその一心なのだ。

 

 

「朱ちゃ〜ん! 呑んでる〜?」

 

もうだいぶ顔の赤い縢がグラス片手にやってきた。

 

「・・・縢君、酔ってるの?」

「まだまだいけちゃうよ、オレ?」

 

言いながらもゆらゆらと揺れている縢を心配していると狡噛がやってくる。

 

「今日のシェフがそんなになっちまうと、つまみに影響が出るんだがな」

「どれだけ呑んでるんですか・・・?」

 

狡噛は片手を広げてみせた。五杯、と言う意味らしい。どうやら征陸にカクテルをどんどん頼んでいるようだ。

 

「もう縢君。呑みすぎたらだめだよ?」

「常守監視官殿! 縢執行官、呑み足りないであります!」

 

敬礼までしてふざける縢。狡噛はため息をつくと彼のグラスをとりあげる。

 

「とりあえずペースを落とせ、縢。ほら水だ」

「コウちゃん横暴〜!」

「やかましい、大人しくしろ」

 

言いつつも渡された水を飲む縢を尻目に狡噛は琥珀色の液体の入ったグラスを傾ける。

 

「狡噛さん、それは・・・」

「ん? これはウイスキーだ。とっつぁんのおすすめさ。呑んでみるか?」

 

初めて見る酒に興味が湧いた常守の表情を見て狡噛は征陸を呼ぶ。

 

「とっつぁん、常守がウイスキー呑みたいってよ」

「お嬢ちゃんは本当にチャレンジャーだなぁ」

 

唐之杜、六合塚と話していた征陸は苦笑いしながら向くと手酌していたウイスキーを掲げる。

 

「結構強いぞ?」

「どうやって呑むんですか?」

「なんにも入れずにストレート。コウみたいに氷だけ入れたロック。俺はそこに水を入れて水割り。炭酸水で割るハイボールとかってのもあるが・・・とりあえずロックで呑んでみな。ウイスキーの味がよくわかる」

 

氷を入れたグラスに注がれたウイスキーはキラキラと光を乱反射させている。常守はそれを眺めた後ゆっくりと口をつけた。

 

「さっきとっつぁんが言ったようにウイスキーは強い酒だ。舐めるように呑むのが味わうコツだぜ」

 

狡噛が横からレクチャーする。

さっきまで呑んでいたものとは別格の強い酒精が常守の口に広がる。冷えたウイスキーは体温に反応して、その薫りを膨らませた。

 

「ん・・・。なんて言えばいいんでしょう・・・森の薫り?」

「お嬢ちゃん、なかなかに詩人だねぇ」

 

笑う征陸は続ける。

 

「ロックだと氷が少しずつ溶けるからな。味の変化が楽しめる」

「流れる時間を楽しむ。・・・大人の楽しみ方だな」

 

煙草を吸いながらグラスを傾ける狡噛。

その姿を見た常守は思わず見惚れる。

 

「なんだか狡噛さん、凄く画になりますね!」

「はぁ⁉︎」

「コウちゃん、かっこい〜」

「るせっ!」

 

すかさず茶化す縢に拳骨を喰らわせる狡噛は、少しだけ顔を赤くするとそっぽを向く。

 

「コウも一端に呑めるようになったからなぁ。酒を教えはじめの頃なんて、限界が分からなくてよく潰れてた」

 

征陸は狡噛の過去の失態を暴露する。

自身の話に狡噛は慌てだす。

 

「お、おい。勘弁してくれよ・・・」

「こいつ、最初は『酒なんてとんでもない』って言う堅物でな」

「でも結局は飲んだんですね」

「おう。ある時、俺の飲んでたグラスを間違って飲んじまってな。その時は吹き出したんだが、次の日俺の部屋に『酒は・・・うまいのか?』ってわざわざ聞きに来た」

「コウちゃんってかわいいトコあるよね〜・・・いってぇ!」

 

ケラケラ笑う縢に本日二発目の拳骨が落ちる。先程より顔を赤くした狡噛。いつも冷静な彼にしては珍しい表情だった。

 

「そんなこんなあって、今はウイスキーさえ嗜む様になったってわけさ」

「昔の事だ。そろそろ勘弁してくれ・・・」

 

グラスの残りを呷り、新しいウイスキーを注ぐと立ち上がり別の席へ移動していく狡噛。

その背を見送りながら常守は小さな声で聞く。

 

「・・・怒らせちゃいましたかね」

「大丈夫。照れてるだけだ」

 

自分のグラスに氷を追加しながら征陸は答えた。その口は嬉しそうに笑っている。

 

「どれ、俺が行ってくるか」

 

征陸も席を立つと狡噛を追って行った。

残された常守は手にしたグラスをちびちび舐めながらつまみにも手を伸ばす。

生ハムなどの塩気の強いものがよく合い、ついつい手にしてしまう。

美味しいつまみに舌鼓を打っていると、いきなり声をかけられた。

 

「常守監視官」

「はひゃい!」

 

声の方を向くと正面にグラスを持った宜野座が座っていた。いつもの様に冷たい目をした彼がこちらを睨んでいる。

羽目を外しすぎたのを怒りに来たのだろうか、とビクビクしていると宜野座の口が開かれた。

 

「最近どうだ?」

「え?」

「仕事でわからないことはないか?」

 

唐突な質問に面食らう。

あたふたと答えを返す。

 

「確かにわからないことは多いですが、その都度宜野座さんに教えてもらっていますし、今のところ大丈夫です!」

「・・・そうか」

 

宜野座は烏龍茶の入ったタンブラーに口をつけると言葉を続ける。

 

「常守。俺は不器用な男だ」

「・・・」

「だが同階級としても先輩として君に伝えられる事はあると思う。だから遠慮なく聞いてくれ」

「はい・・・」

「折角一係に配属されたんだ。俺は君の力になりたい」

 

普段鉄面皮を貫く宜野座からは想像できない柔和な笑みを彼がしていた。

いつもの彼からは考えられないその表情にその次の言葉が繋げない。

 

「ふふ・・・。どうしたんだ、常守。俺の顔に何かついているのか?」

 

笑顔の宜野座など見たことのない彼女は困惑していた。

手にしたグラスを飲みながら笑顔で語りかける彼には違和感しかなかった。

 

「???」

 

その違和感をブチ破る爆笑。

横を見ると笑いながら携帯端末を構える縢がいた。

 

「ギノさんが笑顔! 撮らなきゃ! 撮らないと!」

 

手の中の端末(動画モード)で宜野座の姿を撮る縢を見て常守は慌てて彼のグラスを奪う。匂いを嗅ぐと烏龍茶とは違う香りがする。

アルコールの匂いがした。

 

「まさか・・・縢君⁉︎」

「ギノさんっていっつも固いから、混ぜてみました!」

 

舌を出し、まさに『てへぺろ』といった顔で答える縢。

 

「常守、どうしたんだ? 俺の烏龍茶がそんなに飲みたかったのか? 可愛いやつだな」

「ギノさん、それヤバイって〜」

 

縢は言いながら撮影をやめない。

そんな彼にも宜野座は優しく語りかける。

 

「縢もいつもやんちゃばかりしていないで言う事を聞いてくれ。俺はたまに無鉄砲なお前が心配になる」

「え〜? ギノ先生、オレの事心配してくれんすか〜?」

「勿論だ。俺は監視官、お前は執行官。そこに差はあるが、同じ一係の仲間じゃないか」

「・・・オレとギノさんは仲間っスか?」

「当たり前だろ」

「そっすか〜」

 

ニヤニヤと笑い、動画を撮る縢。

だがその目だけは酒に酔いながらも真面目な光をしていた。

なんだかんだいつもは厳しい事を言う彼に付き従っているのは、この根本の優しさがあるからだ。

本当に最悪な奴はこの飲み会にも参加しないだろうし、決して自分の事を『仲間』などとは思ってはいないだろう。

だが目の前の監視官はそうではない。

それは縢にとって喜ばしい事だった。

 

「ありがと〜ございます、監視官殿!」

 

今日一番の笑顔で縢秀星は敬礼をした。

 

 

それから二時間が経ち、状況にも変化が訪れていた。

まず部屋の主の縢はソファの一つを陣取り爆睡。あのあと機嫌を良くして酒の量が増えた結果、この様である。

次に六合塚と唐之杜。二人も肩を寄せ合い眠りに落ちていた。征陸秘蔵のワインが美味しかったのか、中身はもう無い。

そして宜野座。縢による悪戯により結局飲まされた彼は水による中和も間に合わず、寝落ちた。

残ったのは常守、征陸、狡噛の三人だった。

 

「死屍累々とはこの事だな」

「いやぁ、そんな酷くは無いだろ。四人とも寝てるだけだ」

 

三人は琥珀色の液体が揺れるグラスを傾けながらのんびりと話していた。

 

「しかしお嬢ちゃん。話には聞いてたが、本当に強いんだな」

「ああ。俺たちのペースで呑んでるのに酔った感じがない」

「いやぁ・・・その・・・」

 

常守も酔っていないわけでは無い。確かにいつもと比べたらどこかふわふわしている。だが心の中に一本の芯が入っていた。

このまま部屋を目指しても無事に帰り着く自信があった。

 

「そんで、どうだい。仕事は慣れたかい?」

「・・・色々と戸惑うことはあります。でも自分にできる事をシビュラが示してくれた結果ですから」

「そうか・・・」

 

カランと征陸のグラスから音が鳴る。

 

「あんまり気張りすぎない事だ。『成しうる者が為すべきを為す』ってのがシビュラの恩寵だが、俺たちは単なる人間さ。決してそれを越えることは出来ない」

 

そう話す彼はかつて見てきたことを思い出しているようだった。

 

「何事も適当がいい。適当ってのはいい加減って意味じゃ無い。それに合った力、って事だ」

 

そこまで話すと自分の言葉に聞き入っている二人に視線を向けると、笑う。

 

「おっと。折角の酒の席で暗い話は良くないな」

 

膝を叩き立ち上がる。

 

「そろそろシメにラーメンでも作るか」

「これからですか?」

「監視官。酒の後はラーメンと昔から決まってるんだよ」

 

そう言うとシャツの腕を捲り、キッチンに立つ征陸。戸棚からインスタントラーメンを取り出す。冷蔵庫からは野菜類も忘れない。

 

「お。縢の奴、チャーシューまで漬け込んでるのか。頂いちまおう」

「とっつぁん、それ少しくれ。アテが足りないんだ。あとビールも」

「まだ呑むのか、お前」

「折角だからな」

「・・・ま、いいか」

 

征陸は小皿に取り分けたチャーシューとビールを二本テーブルに置く。

 

「お嬢ちゃんも食べるだろ? すぐ作っちまうから、それでも食べて待ってな」

 

キッチンに戻った征陸はテキパキと野菜を切り、同時にお湯を沸かし始める。

僅か十分程でラーメンは完成した。

 

「はいよ、おまちどうさん」

 

湯気のたつ丼が各々の前に置かれる。

炒めた野菜がたっぷりと乗せられ、縢特製のチャーシューが側に並べられているラーメン。

 

「とっつぁんのラーメンは旨いんだぞ、常守」

 

珍しく狡噛の目が輝いている。常守も湯気と共に立ち上がる香りにお腹が反応した。

 

「いただきます!」

「そんなたいしたもんじゃあないさ。じゃ、頂くとするか」

 

三人の麺を啜る音が響く。

しっかり火を通されながらもシャキシャキとした食感を忘れない野菜類。

絶妙な味付けのチャーシュー。

そして塩味のインスタントラーメン。

 

「やっぱり野菜入れるんなら塩だな」

「わかります! 味噌も美味しいですけど、やっぱり塩ですよね!」

「俺は醤油も好きだがなぁ」

 

酒の後の締めラーメン。時代が流れても変わらない美味しさを常守は味わった。

 

 

「さてと。そろそろお開きだな」

 

時刻は深夜零時過ぎ。

先に眠りに落ちた面々には毛布がかけられている。最低限、部屋を片付けると三人は縢の部屋を後にした。

 

「じゃあな。俺も部屋に帰って寝るわ」

「おう。気をつけてな」

「すぐそこだっての」

「それもそうか」

 

笑う征陸は狡噛とそんなやり取りをする。その様子を常守は見守っていた。

手を振り去っていく狡噛。その背を見送った二人の内、一人が口を開いた。

 

「お嬢ちゃん」

「はい」

「今日は、楽しんでもらえたかい?」

 

横を見るとまるで父の様な顔をした執行官の顔。監視官は満面の笑みで返した。

 

「勿論ですよ! というか、ありがとうございました!」

 

常守は素直にペコリと頭を下げる。

その頭に大きな手が乗せられるのを感じた。

 

「そう言ってもらえるなら嬉しいねぇ」

 

視線だけ上げると殊更嬉しそうな彼の顔。

 

「じゃ、監視官も気をつけてな」

「失礼します!」

「はいよ」

 

言い残すと征陸はジャケットを肩にかけて通路を歩いて行く。常守はその背に感謝を込めて、もう一度頭を下げた。

 

 

厚生省ノナタワーの展望スペースに征陸の姿はあった。その手にはウイスキーの入ったグラス、もう片方には愛飲している煙草が収まっている。

周りから一際高いそこで煙草を飲む。肺に入ってきた煙を一息に吐き出すと、酒を一口。

眼下には自身が守る都市の夜景が広がっている。深夜を過ぎているのに灯りが煌々と煌く眠らない街。それを見下ろしながら、また一口とウイスキーを呑む。手の中で氷が音を立てた。

 

「冴慧。今日、伸元と酒を呑んだよ」

 

今は亡き妻へ語りかける。妻はよく自分と一緒に酒を呑んでくれた。その時間を思い出し、微笑む。

 

「お前と違ってあいつは酒に弱いんだな。それが知れたんだぜ」

 

煙草を一口。口から逃げていく煙が風に消えていった。

 

「八尋の親爺。あんな事になっちまったけど・・・もっとあんたと酒、呑みたかったよ」

 

今は亡き自分が執行した、刑事として鍛えてくれた恩人を思い出す。

 

「なんだか、今日は良い日だ」

 

残ったグラスを呑み干すと征陸智己はもう一杯ウイスキーを注いだ。それを天高く輝く、街の光より輝く月に掲げる。

 

「愛すべき今日に、乾杯ってな」

 

満月は彼を照らし、その側にはまるで二人の人物がいるかの様だった。




PSYCHO-PASSは私が衝撃を受けた作品の一つです。
その設定、そのキャラクター、その結末。
全てが私の想像を超えていきました。

読んで下さった方に少しでも楽しんで頂けたのなら、本望です。

ご感想などありましたら、是非ともお願い致します。


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