騎士王の影武者   作:sabu

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 この回はストーリーにおいてめちゃくちゃ重要な話です。
 実質ルート分岐くらいの意味合いがあります。このタイトルにしたかった理由の9割は後編のこっち側にあります。やっと主人公を本当の意味で"黒化"出来ました。
 その影響ですっごい長いです。1万8千文字。
 



第11話 光と影 後編

 

 

 

 魔竜ヴォーティガーンによって破壊され、廃墟と化していたロンディニウムは聖剣の持ち主の帰還により、清らかな神秘性を取り戻し、妖精の手伝いもあってか、一年というこの時代では異例の速さで城は復興と改築がなされた。

 

 そして私とモルガンは新たに完成した、白亜の城。花のキャメロット城に足を運んでいた。

 モルガンが言うには、もう私は充分な力を持っているとの事で、改めて私達がこれからどうするのかを決める為に、アーサー王即位の式典が執り行われるキャメロット城に来ている。

 

 互いにアーサー王——アルトリアに改めて会うのは、二年ぶりくらいだろう。

 私は……アーサー王に復讐したい訳じゃない。

 でも、自分が生きる為に私はモルガンと取り引きをしている。

 

 もしモルガンとの関係が本当に、互いに利用し合うだけの関係だったら、私は力を付けたらモルガンを適切なタイミングで切り捨てるなりしていたかもしれない。

 でももう、私にはモルガンを……切り捨てるなんて、無理かもしれない。私にとってモルガンはもう一人の……母親。それくらいの存在になってしまった。

 だからといってモルガンの望み通りにアルトリアに復讐するのも、出来ないかもしれない。

 

 

 ずっと。ずっと悩んでいる。

 結局二人の間を中途半端に遊泳している。

 ……ただのどっちつかずだ。

 

 

 でもなんとなく、モルガンからアーサー王を破滅させてやりたい。アーサー王を地獄に落としてやりたいという気概が薄れている様な気がする。

 ……私がモルガンに拾われた影響なのか、かなり彼女の心情を変えてしまったのだろうか。

 

 それでもモルガンがアーサー王に向ける感情の、ほとんどは負の感情なのだろう。

 十年以上も、アーサー王を倒す為に生きてきたんだ。彼女の人生そのものと言ってもいい。

 

 それにモルガンにないものをアーサー王は全て持っている。

 妬みの感情は、やっぱりあるのだろう。

 先王ウーサーは、アルトリアも、多分愛してなかったらしいが期待は一心に貰っていたのだ。

 何がなんでも破滅させてやりたい訳ではないかもしれないが、隙を見せようものなら容赦なくアルトリアを攻撃してやるくらいには、きっと思ってる。

 

 

 多分モルガンも、私と同じくらいに悶々としている。

 

 

 相変わらず、復讐の炎が完全に消えた訳ではないのだろう。感情の行き場を、モルガンも探してる。二人ともアーサー王に——アルトリアに向ける感情が複雑過ぎるのだ。

 

 

 ——でもそれも今日まで。少なくとも私はこの感情に決着を付けなければならない。

 

 

 私はあの日、生きると誓った。

 死ぬまで生きて、私の為に死んでいった人達に、意味はあったのだと証明すると誓った。

 

 あの時、私は生きる為にモルガンを利用した。

 でも私はアーサー王に復讐したい訳じゃない。アーサー王に復讐して、この人生に意味はあったと証明したい訳じゃない。

 

 ……もし私が、アーサー王に復讐したくないと言ったらモルガンはどうするんだろうか。

 悲しむのか、怒るのか……もしくは切り捨てられるのか。それに私のエゴだが、アーサー王——アルトリアと話がしたい。

 

 一対一で。

 誰にも憚れず。

 本心で。

 

 もし、あの日の事を忘れていたら……どうしよう。

 殺意は、抱いてしまうかもしれない。もしかしたら、激昂するかもしれない。

 いや、王としてなら、常に前を向いていなければ行けない。いつまでも過去を振り返っては自分の心を摩耗させていくだけだ。

 ……でも、一発くらいなら、殴りにかかるかもしれない。

 

 

 ——あぁ、鬱だ。

 

 

 思考が悪い方向にしか行かない。

 今までなるべく考えない様にしてた。結局やる事は変わらないのだからと。そうやって現実逃避してた……でももう逃げられない。

 私とアルトリア。私とモルガン。アルトリアとモルガン。この三人の関係性は今日、ここで決めなければならない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私達は白亜の城の門を潜る前に、この城全体を一望する。

 魔王城と言っても過言ではなかった禍々しい威圧感を誇っていた城塞都市ロンディニウムは、もう跡形もない。ロンディニウムよりも更に大きく、また城下町を備えた白亜の城。

 禍々しさを反転させ、神々しさを体現する城だった。

 

 中央に聳え立つ本陣の王城。それらを囲む様に、市街などの城下町が並ぶ。そしてそれらを囲う様に、高さ十m近い穢れなき白亜の城塞が全てを守っている。

 

 まるで、アーサー王の威光を示す様な城。

 まるで、アーサー王の穢れなき潔白な精神性を表す様な城。

 まるで、アーサー王の強大さを表す様な城。

 

 彼女以上に、この白亜の城が似合う存在はきっといないだろう。あぁ……本当に似合う……似合ってしまうんだ……モルガンよりも。

 私が知る知識の中では、モルガンは花のキャメロット城が出来てからは、ずっとアーサー王憎しを貫き通し、己のあらゆるもの全てをかけて、あらゆる手段を講じて、自分の子供すらも使って復讐し続けていた。

 その理由が…………理解できてしまった。モルガンは……これを見たのか……

 

 

 

「へぇ。とても……とても、良い城に住む事にしたのねぇ——アルトリア」

 

 

 

 モルガンが白亜の城を少しだけ眺めてから、彼女は言う。彼女の口から流れる言葉は今まで聞いてきた、どの声よりも冷たい。なんとか感情を出さない様にしているのだろうが、口調から滲み出ている、嫌悪感や妬み、嫉みと言った感情が隠し切れてない。

 しかも今、彼女の本当の名前を言った。

 

 

 あぁ、モルガンが……復讐に走ってしまった理由が良く分かる。

 

 

 モルガンは何も得られず、誰も自分を見てくれず、冷たい城でただ一人だけ。

 なのにアルトリアは王としても、親からも期待をもらい、モルガンの居城よりも大きく、豪華絢爛な城で、誰よりも称えられる。

 しかも自分の子供、全員が、アーサー王しか見ていない。

 

 

 本当だったら、自分が一番の王位継承者だったのに。あそこで称えられるのは自分だったのに。ブリテン島本来の王は、自分なのに。

 そうモルガンが思っても何もおかしくない。思わず同情してしまう程に理解出来てしまった。これは、つらい。

 

 でもアーサー王は———今までの人生の全てをかけて、ブリテンを救う為に戦ってきた。

 選定の剣を抜いた時から、ほとんどずっとを戦乱の世に身を置き、長い時間の末にようやくブリテンに君臨していた魔竜を倒したのだ。彼女はそろそろ体を休めて、報われるべきだ。

 そう思えるくらいの事をしている。

 

 でも、この城は……モルガンにとっては——

 やっぱりアルトリアとモルガンは永遠に分かり合う事は出来ないのだろう。きっと。

 

 それでもアルトリアは報われるべきだ。

 常に人々の理想であり続けるという事がどれ程の労力を使っているのか。どれだけの精神力を使って、血の滲む様な努力で支えられているのか。私には夢想する事しか出来ない。

 

 

 

「まぁ、とりあえず城に入りましょうか。アーサー王の凱旋式はもう少しだけ時間があるし、それまでキャメロット城を散策していましょう。

 防御の起点なり、構造なりを把握するだけでも時間は潰せるでしょうから。

 適当に認識阻害の魔術でも使えば、円卓の騎士くらいなら認識されるかもしれないけど、何の力も持たない人間には誰にも意識されないでしょうし」

 

「……あぁ」

 

 

 

 そう言って私達は白亜の門を潜る。

 モルガンの口調はいつもと同じ様にしか聞こえなくなった。彼女が割り切ったのか、ただ隠したのかは分からない。

 それに私は今、余りモルガンの事を考える余裕がない……とりあえずアーサー王の姿を改めて見てから考えよう。

 

 

 白亜の門を潜り、キャメロットの城下町に入る。

 

 

 入った瞬間に世界が変わったのかと思える程に、この城は清らかだ。聖剣の担い手であるアーサー王が帰還した事で取り戻された神秘性。

 更に妖精達によって作られた、神秘の城。その影響かこの城自体が、穢れのない純麗な魔力で出来た結界の様なものなのだろう。

 ブリテンがいくら衰退しようと、キャメロットだけは、常に希望で満ち溢れていたというのも頷ける。

 

 キャメロットだけ、が……キャメロットの人だけが、幸せ——

 

 

 

「……………」

 

「どうしたの?」

 

「なん、でも……ない」

 

 

 

 何かを振り払うように頭を振って、モルガンを誤魔化す。

 

 一瞬だけナニかから目を逸らした後、白亜の門からキャメロット城中心の王城へと繋がる、城下町の大通りにでる。

 もう少しでこの場にアーサー王達が凱旋するからか、大量の人々で賑わっていた。今までの人生の中で、これ程の量の人を見るのは初めてだ。凱旋そのものは始まっていないのに多くの人々は、既に幸せそうにしていた。

 平和の象徴に作られた城なのだ。

 これで国は平和になったんだと、私達は救われたんだと、笑いあっている………彼らは、笑っている——

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれだけの労力と犠牲の上にこの平和が成り立っているか、何も知らないくせに……

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、本当に人が多い。正直言って人が多すぎて酔いそうだわ……貴方はここで凱旋まで待ってなさい。

 私は軽く、キャメロットの構造を確かめてくる。凱旋が始まったら、ちゃんと戻ってくるから」

 

 

 いつの間に唇を噛み締めていた自分の意識を引き戻したのは、モルガンの声だった。

 彼女はそう告げて、モルガンと私は人混みの端、人混みの影まで隠れる様に移動してから、モルガンは私を置いてキャメロット城の構造を把握する為に、どこかへ移動する。

 私は一人になったので特にやる事もなく、凱旋式が始まるまでその場で待機していた。

 だから、彼らの事が否応にも瞳の中に入る。

 

 

 人々は笑いあっていた。

 人々の幸せそうな声が、大きな喧騒となって聞こえてくる。

 誰一人として、明日の不安に声を潜める様な事はしていない。

 

 誰も。

 誰も、いない。

 一人として苦しんでる人は、いない。

 

 本当に、瞳を希望で目を輝かせていた。

 

 

 

「ブリテンはようやく平和になったんだ……これで俺たちは報われたんだ」

 

「えぇ、ようやく私達は救われたのね……本当に良かった」

 

 

 

 目の前にいる人々から長い間苦痛に耐え、ようやく解放された様な安堵の声が流れてくる。まるでこれからの明日が楽しみだという様に。目の前にいる二人は笑いあった。

 なんと幸せな光景だろう。当たり前だ。幸せだけを享受しているから。故に彼らは安心するように笑えるのだ。犠牲と苦しみから、彼らは切り離されている。

 そこに、苦しみを分かち合って乗り越えようという気概はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なんだよ、それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にいるこの人々は幸せそうにしている。何がそんなに幸せそうなのか。何がそんな楽しみだというのか。何故この人間達は、幸せそうに笑えるのか。

 

 

 平和になった……?

 

 

 今のブリテンの状況を、何故理解出来ない。いや、そもそもしていない。この仮初の平和が、幾らの犠牲の上で成り立っているのかを知らないから。

 ただ戦乱の世から離れているだけの人間に、何も分からない。

 

 

 ——報われた?

 

 

 何に、何を持って?

 目の前にいる人間達は、一体何かをしてきたのか。いいや何もしてない。少なくとも、今まで報われる様な行いはして来ていない。まず報われるのは目の前のこの人々以外だ。

 

 

 救われた?

 

 

 そんな……ふざけんなよ。

 その何げない幸せがどれ程に尊いモノなのか知りもしないくせに、なんで、こんな、有象無象共は救われて、私は。

 目の前の、人間を救う為に……私達は……切り捨てられた。

 こんな……何もしない人々の為に私達の村が。

 

 ……こんな奴らに……救われる価値なんて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この光景を見た瞬間に、急に湧き出る様に溢れ出した思考の渦に、自分自身で困惑する。そして、そのような思考が自分から湧き出たという事に恐怖する。

 心は恐ろしいくらいに冷え切り、体は瞬間的な恐怖で、一瞬震えた。

 

 胃が逆流する様な吐き気がする。心臓の動悸が煩い。

 自分自身を落ち着かせる為に、自分を抱くように腕を絡ませたがしかし自分は落ち着いてくれない。自分の混沌とした感情は治らず、次第に膨れ上がり自分自身を制御出来なくなる。荒狂う情緒が体に刻まれた魔術回路が隆起させ、負の感情が体を覆う。

 

 

 ……やめろ、やめろ……抑えろ、落ち着け……………落ち着けよ……

 

 

 今……私は、恐ろしい事を考えた。本当なら絶対に考えてはいけない事を考えた。

 これ以上、その思考を進めては絶対にいけない。誰にでも分かる。今私は、良識のある人間では、まず考えない様な事を、心の底から本気で考えた。

 いや、そもそもこんな考えが頭に浮かぶ時点でおかしい。

 普通なら浮かばないのに、浮かんだのだから、私は良識のある人間じゃないし、普通の人間じゃない——

 

 

 ……そう、本当に私は普通の人間じゃない。

 

 

 私は竜の機能を付けた人型。

 人の形をしているだけの竜。

 人の形をした魔竜。

 ただの、化け物。

 心のない……怪物。

 

 

 ……考えるな……考えるな、今のは違う………ただの勘違いだ……勘違いだって……

 でも——でも今……私は……

 

 

 思考を進めてはいけない筈なのに、頭の回転は止まらず、ひたすらに思考が加速する。

 今の考えに見ないフリをしようとしても、もう出来ない。さっきのはなかった事にして、気分を改めようとする事も出来ない。出来る筈がないだろう。今自分は、心の底から本気で思ったのだから。

 誤魔化すにしても、もう遅い。

 今、自分の気持ち悪いくらいに醜い部分を認識した。今、自分の醜悪な本心を、感じ取った。

 

 

 ……今

 ……今、私は

 

 

 

 

 

 ——本気で人々を憎んだ。

 

 

 

 

 

 ——本気で人々に嫉妬した。

 

 

 

 

 

 関係のない

 

 

 

 

 

 無辜の人々に

 

 

 

 

 

 ——本気で殺意を抱いた。

 

 

 

 

 

 自分が内に秘めていた、酷く醜い嫉妬心。

 私達の村があんなに苦しんで死んでいったのだからと、関係ない無辜の人々が幸せそうにして生きているのはおかしいと、そんな資格などないのに本気で嫉妬していた。

 ずるい。何故だ、と。私がこんなに苦しい思いをしているのに、関係のない人々が報われるのを本気で憎んだ。

 人々が、笑っているだけなのに、その光景に嫌悪感を抱いた……みんな、みんな……私と同じくらい……苦しめばいいのにと、思った。

 

 

 ——あぁ私は、こんなに醜悪だったのか。私の、本当の心は……こんなものだったのか。

 

 

 そういえば、私が"私"となってからは、ほとんどをモルガンと一緒に過ごしていた。

 他の関係のない人々とは、会ったこともないし、認識した事もなかった。私が"私"となったあの日の出来事しか考えてなかった。私が"私"となった原因のアーサー王の事しか考えてなかったんだ。

 

 

 ……そうか、私はアーサー王だけが憎いんじゃなかったのか。

 

 

 私は——この世界の人々を、何もかもを、全て憎んでいたのか。

 この身を焼き尽くす激情の行き場は、アーサー王じゃなくて、この世の全てだったのか。

  

 

 

「我らが王! アーサー・ペンドラゴン!!」

 

「約束の王よ!」

 

「ブリテンに平和をもたらしたまえ!」

 

「私達の救いの王! アーサー・ペンドラゴン!」

 

 

 

 人々の声がより盛り上がり始める。

 その声も表情も、希望に満ち溢れた光あるものとなる。全ての人々の視線の先にいるのは、銀色の甲冑と戦闘用に無駄な飾りを省いた、古風な蒼のドレスに身を包んだアーサー王——アルトリア。

 私にはマーリンの魔術は効いていないので女性の様に見える。

 

 彼女に改めて会うのは二年ぶりだ。

 彼女の姿は、自分の記憶にある、少女としての姿ではなかった。

 

 

 透き通る川の様に清らかで、同時に場を引き締める凄烈なカリスマに身を包んだ、理想の王がそこにいた。

 

 

 彼女の横顔は何よりも凛々しい。

 人々が彼女を理想の王と称えるのは、極々当たり前の事だろう。

 穏便でありながら、極めて冷徹。他の人とは違った美しさが現れている。まるで輝ける星のようだった。彼女以上に正しい人はいないだろうし、彼女以上に理想の王は存在しない。

 

 この世界が醜悪でありながらも、彼女だけはずっと光輝いている。そう在れと己に定め、暗雲に包まれた国を祓う光となる事を自らに定めているから。

 だから、私の世界が灰色なら、彼女だけが綺麗な色している。彼女を見て、私は改めて確信する。

 

 

 私は——彼女を憎んでいる。

 

 

 私達の村を切り捨てた彼女を恨んでいる。

 私ではなく、人々を選んだ、人々を救った彼女を恨んでいる。

 

 

 ——でもそれ以上に彼女を敬愛している。何よりも彼女に敬服している。

 

 

 彼女には一片の曇りもない。彼女に間違いはなく、彼女は常に正しかった。

 あの時彼女は"小"を切り捨て"大"を救う選択をした。そして、私はその時"小"の側にいたというだけ。

 あの時、私もここの人々も何も変わらなかった。どちらも条件は同じ、ただ何も知らず生きていただけの人間。どちらも、極々ありきたりな人間でしかない。

 

 彼女は間違えた選択をした訳じゃない。

 彼女は王として、天秤に掛けるしかなかっただけ。ならば、彼女その選択を迫った、世界の全てがひたすらに憎い。私の運が悪かったんだろう。だから——

 

 

 

 

 

 ——だからこそ、運が良かった目の前の人間達が、堪らなく憎い。

 

 

 

 

 

 私は、全てを恨んでいる。憎んでいる。この世の全てを。

 アーサー王も人々も、何もかもを等しく恨んでいる。

 

 ——でもアーサー王には絶対に復讐をしない。

 アーサー王も恨んでいるけれど、彼女だけは敬服しているから。

 アーサー王——アルトリアは目の前の人間よりも、世界中全ての人の中で一番清らかで、正しく、輝ける心の持ち主だ。彼女の正しさは、自分の知識でも知っているし、実際にヴォーティガーンの記憶を覗いているから知っている。

 だからこそ、その彼女がこの人々を救う為に、自分自身を犠牲にしているのが身を焦がすくらいに、憎い。

 

 あぁ、本当に自分は酷く醜い。

 これは……どこまでいってもただの嫉妬だ。いけないな……この蜜の味は、もう戻れなくなりそうになる。私は……感情の行き場を見つけてしまったかもしれない。

 

 自分自身の本心と、自分の行く道を、今この瞬間に明確に見つけてしまったのだと思う。

 これが醜悪な事だと、意味がない事だと理解していながら、自分を包んでいた負の感情を取り払う方法が、遂に見つかってしまったのだ。これは、きっとただのやつ当たり。

 終わりのない、子供の我儘。

 

 

 

「……………ぇ…………」

 

 

 

 沈めていた思考を戻すと、彼女と目が合った。

 彼女の声がちゃんと聞こえた訳ではないが、なんとなくこちらを見て驚いている様な気がする。私にはマーリンの幻術が効いていないせいか、彼女の凛々しい顔が、驚愕に溢れた顔の様に見えた。

 

 

 あぁ……アルトリアは私の事を忘れてはいなかったのか……姿が変わっても、私が誰なのか分かるくらいには……覚えているのか——

 

 彼女は王だ。人々の為に、命を捧げ続けた王。

 その在り方が他の王とは歪んだものであっても、彼女は国を治めた歴とした王なのだ。その王が、一個人の事をいちいち覚えていたら心が持たない。

 私の顔が彼女と同じだとしても、早く忘れた方が良い事に違いはない。でも、私を覚えているのだとしたら、もう——私からアルトリアに望む事はない。

 

 

 

「アーサー王がこっちを向いたぞ!」

 

「その威光で私達を照らしてくれ!」

 

「約束の王よ!」

 

 

 

 彼女がこちらを向いた影響か人々は沸き立ち、私は人々の影に隠れて、私とアルトリアは互いに認識できなくなる。

 ……キャメロットに来て、私の心情を決めるという目的は果たされた。

 ここに必要以上にいる理由はない。後、この人々の周辺に居たくない。関係のない無辜の人々だと分かっていても、殺したくなるから。

 でもこの人々にも復讐しない。この人間達は、私達の死体の上で生きているのだから。

 

 

 

 私は

 

 

 

 ——私の敵を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(正直言って、このキャメロット城は息苦しいわね)」

 

 

 

 モルガンは一度、アーサー王の凱旋式が行われるキャメロットの本陣につながる大通りから離れて、キャメロット城を散策していた。

 城下町の路地裏や、広場。時にはキャメロットの本陣の王城にすら侵入して、キャメロット全体の構造を把握していた。もちろん誰にもバレていないし、彼女をまともに認識出来る人はいない。

 

 現在のキャメロット城は、一年程前に来た時の城塞都市ロンディニウムから、かなり形が変わっていた。跡形はほとんどない。精々、城の本陣が中心にあるというくらいしか共通点がない程に作り変わっている。

 しかも、より大きく豪華絢爛に変わっている。アルトリアの精神性やその清らかさを表す様に綺麗な城だ。

 

 

 ……綺麗過ぎると言うべきか。  

 

 

 この城の起点に、約束された勝利の剣(エクスカリバー)か、もしくは最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)を使っている影響なのか、聖なる神秘の気配を漂わせた城となっている。

 ヴォーティガーンがいた頃の城が、魔城と表するなら、この城は聖城と表するべきだろう。

 

 

 ……清らか過ぎて、一切の不純物を許さない様な雰囲気を放っている。

 

 

 ブリテン島にありながらも、この城ではブリテン島の超常の力は上手く働かないだろう。私と、多分あの子にとってもこの城は息苦しい。肉体的にも、精神的にも。不愉快だ。

 

 

 

「(……あぁ。この城、本当に好きになれそうにない)」

 

 

 

 何がなんでもアルトリアを破滅させてやりたいとまではもう思ってはいないが、それはそれとして普通にアルトリアの事は嫌いである。きっと好きになる事は出来ないだろうし、関係を直したいとも思わない。

 そしてもっと単純に、あの子とアルトリア、どちらを取るのかと言われたらあの子を取るだけである。二人のどちらが私には重要かなんて、天秤にいちいち掛けるまでもない。掛ける前から答えは決まっている。

 

 

 

「(彼女も、自分の感情に決着を付けられれば良いのだけれど。

 ……彼女のそれは、私のよりもずっと複雑で難しそうなのよね。アルトリアに復讐して終われるのなら、私も全力で協力するのですけれど)」

 

 

 

 未だに、彼女のあの複雑な心情を正確に測る事は出来ていない。彼女は復讐以外の何かに突き動かされているのだ。彼女自身が、アーサー王に復讐しても救われないのだと言っていた事から、それは明らかだろう。

 ……それでも、内側に宿る黒い炎を早く消したいのだという事は、多分私と同じ。私も彼女も、この部分だけはきっと同じな筈。私はもう大丈夫なくらいまでは治った。

 でも彼女は違う。ずっと彼女は悩んでいる。

 

 彼女は己自身にも抗い続けている。そして彼女はあの日に抗う力が欲しいと願い、私はその力を授けた。ならその責任は取らなければならない。

 彼女の道筋を私は、祝福すると決めたのだから。

 

 

 

「(もうキャメロット城の構造は充分ね、戻りましょうか)」

 

 

 

 モルガンは踵を返して、アーサー王の凱旋式が始まったであろう大通りに戻る。

 キャメロット城の構造は大体把握したし、相変わらずアルトリアの事が嫌いなのだと認識したから、自分はここに必要以上にいる理解はなくなった。

 あの子の場所に戻る前に、軽くアルトリアの姿を肉眼で見る。

 

 

 

「(……はぁ、やっぱりアルトリアは嫌いだわ)」

 

 

 

 相変わらず彼女は凛々しい顔をしてるし、ずっと前しか向いていない。

 人々には、彼女の様子は輝かしい王としか映らないだろう。神に対する崇拝のそれと近いものが、人々の視線には含まれている。

 

 

 なんとなく余裕が無さそうに見えるが。

 

 

 まぁアルトリアの事だし、これからの統治についてを考えているか、この名誉と栄光は自分の騎士達に向けてくれ、とでも考えているのかもしれない。もしくは、ずっと戦いの場に身を置いていたから逆に精神が落ち着かないか。

 まぁ別になんでも良い。もはやどうでもいい。

 

 モルガンは、アルトリアの表情に若干の影があった事については余り頭を回す事をせず、先程彼女と分かれた人影の場所に戻る。彼女自身はさっきの場所から移動していなかったからすぐに見つかった。

 

 

 そうして彼女の後ろ姿をモルガンは見る。

 

 

 彼女の後ろ姿は何の変哲もない……ない筈だ。でも何か、彼女を見て——違和感を覚えた。

 彼女からはどこか危ない雰囲気が出ていた。今まで二年間彼女と過ごしていたが、その二年間の雰囲気とはどれも一切、一致しない。

 しっかりと二本足で立っているというのに、何故か幽鬼のようにフラフラしているように思えて仕方がなかった。

 

 普段は隆起させない、赤い魔術回路を体に出している時点で何かがおかしい。

 彼女の周辺には何も異常がないのに、何故か、彼女の居る空間に影が集まっていく様な気配がする。世界に開いた穴の様に、暗雲に包まれていく様な不穏さが彼女を支配している。

 

 

 

「……ねぇ、貴方……大丈夫?」

 

 

 

 彼女のあまりの異質さと不穏さに、モルガンは思わず声をかける。

 少し目を離した隙に何があったというのか、明らかに何かがおかしい。

 

 

 

「——あぁモルガン、戻ってきたか。私は別に大丈夫だが……そっちは何かあったか?」

 

 

 

 だが、私が彼女に話しかけるといつも通りに戻った。

 彼女周辺を覆っていた不気味な気配は瞬時に飛散し消え失せる。体に隆起させていた魔術回路もスッと消えた。何事もなかった様に、私が見違えた様に、何もかもが綺麗さっぱり消えた。

 

 

 ——気持ち悪いくらいの違和感を残して。

 

 

 

「……いえ、こっちも何もなかった。

 ……キャメロット城の構造はもう充分把握したし、私も大丈夫よ」

 

「そうか。それでモルガンはアーサー王の凱旋式を見たか?

 私はもう見たから充分だ」

 

「……私もさっき軽く見たから充分よ。やっぱりアルトリアの事は嫌いだけれど」

 

「…………その事についてなんだが、一ついいか? モルガン」

 

 

 

 彼女の雰囲気が何処か、申し訳なさそうなものに少し変わる。

 ……明らかにさっきのは見間違いではなかった。彼女は私が目を離している隙に"ナニカ"を得ている。

 

 

 

「私はアーサー王に復讐しない……だからモルガンの願いは聞けない……ごめん」

 

 

 

 彼女の視線からは強い意志が窺える。

 彼女がアーサー王に対してかなり複雑な感情を持っていて、それを二年間近く持て余していたのもなんとなく察していた。しかし彼女はその複雑な感情に答えを出した。

 彼女は復讐を選ばなかった。彼女は、復讐の炎の先にアーサー王を選ばなかった。

 

 

 

「そう……まぁアーサー王を、何がなんでも破滅させてやりたくはなくなったからいいわ。隙を見せたら叩くでしょうけど」

 

「いいのか……? 私がアーサー王の復讐を選ばなかったのに……」

 

「えぇ……でも貴方は良いの……? 貴方はこれからどうするの?」

 

 

 

 自分のそれとは違い、彼女の感情はかなり複雑なのは知っている。

 なら彼女はこれからどうするのか、得た力を何処に向けるのか。彼女の心の炎はどうやったら消火できるのか。

 先程の雰囲気は、ナニカの答えを得た様にも思える。でもその雰囲気は、余り認識したくないものだった。まるでどこか、致命的な部分が壊れてしまった様に見えたから。

 

 

 

「あぁ……私は大丈夫だ。私は——私の敵を見つけた」

 

「……………………」

 

「私はこの力を、この内側を燃やす激情をぶつける相手を見つけた」

 

「……………………」

 

「私は、殺すべき敵を見つけた。だから私はもう——大丈夫だ」

 

 

 

 そう言って彼女は、笑った。

 彼女の笑みを見るのはこれで二回目。今までで一番、深い笑みだった。一年前に見た、彼女の小さな微笑みとはさっぱり重ならない。

 雰囲気も何一つ重ならない。口角は深く釣り上がり、まるで、魔女の様な妖しく不気味な笑みだったから。

 でも目が笑っていない。彼女の瞳には、全てを犠牲にしてでも貫いてやるといった信念を持ちながら、危うい光が輝いている。どこか……狂気を孕んだ笑み。

 

 

 

「………そう」

 

 

 

 彼女が一体どんな答えを得たのか、一体どんな敵を見つけたのか、私は知らなければいけない筈なのに、それを聞きたくない、知りたくない自分がいる。

 彼女の口からそれを聞いたら、もう、戻れなくなる様な予感がして。彼女が決めた道以外を、完璧に消してしまう様で。

 ——でも彼女はそのまま言葉を繋いだ。

 

 

 

「私はアーサー王だけを恨んでいたんじゃない。私以外の救われた者全てを恨んでいたんだ。

 でも無辜の人々にも復讐しない。あの人々は、私達の村の様な人々の死体の上で生きているから。

 だから——ここの人々に証明させ続ける。私達が死んでいった代わりに生きているんだから、私達の死に意味があるんだと証明させ続ける。

 ——私は絶対に許さない。

 ここの人間が、"不幸"で顔を歪ませようものなら絶対に許さない。私達を犠牲にしていながらも、まだ生きているというのに、"不幸"に少しでもその笑顔を曇らせるのを絶対に許さない。

 "幸せにさせてやる"

 "幸せ"以外を許さない。

 その為に——私は殺し続ける。サクソン人を、ピクト人を、ブリテン島の外敵を殺し続ける——自分が死ぬまで、殺し続ける」

 

「……………………」

 

「意味がないのは、私も分かってる。

 最終的に人は死ぬし、いつかの終わりは決定してるからこの行為に意味は無い。私のこれは、ただのやつ当たりで憂さ晴らしだって事も分かってる。

 究極的には意味がないのだと分かっているけれど、私はやる。

 ——私が絶対に許せないから」

 

 

 

 彼女は語り終わった。

 それは聞いただけで、簡単に分かるくらいに暗く澱んだものだった。激しい憎悪が秘められ、酷く歪んでいる。常人なら呪い殺せるくらいの呪詛と怨嗟。聞いているだけで鳥肌が止まらない。

 彼女が自分自身で見つけた救いの光には、清らかな輝きはなく、ただひたすらに昏く混沌としたもの。彼女が見つけた、その道筋は、彼女本人を殺し尽くしてしまう程に棘の道になるだろう事は簡単に分かる。

 

 

 ——彼女は、永遠に終わらない戦いに身を置こうとしている。

 

 

 彼女の選択に意味がないのは聞いてる自分でも分かるし、彼女も理解していると言った。それでも彼女はやると言っていた。自分の感情に決着をつける為。

 いいや……彼女のその炎は永遠に消えない。

 

 

 死ぬまで彼女は戦うと誓った。

 

 

 何があっても

 全てを失っても

 全てを引き換えてでも

 破滅しかないと分かっていても

 

 

 死ぬまで彼女は戦うと誓った。

 ならきっと彼女は死ぬまで、その炎を燃やし続ける。死ぬまで永遠に晴れない炎を糧に戦い続ける。

 彼女は——死んだ方が救われるかもしれない。

 そう思ってしまった。

 

 彼女を拾ったあの日。

 竜をも殺せる力が欲しいと言ったあの瞬間。彼女が宿した光は、より強く、より黒くなった。もうどうしようもない程に。

 彼女には、周りにある何もかもを全てを燃やし、灰塵に返す炎と、凍てついた信念のみしかない。私に宿った復讐の炎が、ただの偽物にしか見えなくなってしまうくらいの激情を、彼女は貫くと決めた。

 

 

 ——今、決めてしまったのだ。

 

 

 彼女自身が、もう戻れない答えを決めてしまった……この光景を、人々が笑い合っているのを見て決心してしまった。

 

 

 

「……そう。貴方が選んだ道なんだもの。私はそれを応援する。私は貴方を祝福する。

 ……だから頑張りなさい」

 

「ああ、問われるまでもない。私は頑張るよ」

 

 

 彼女はまた笑って、答えた。笑みを見るのは三回目。

 彼女にとっての答えを、得てしまったからか、感情が溢れて来ている気がする。

 

 

 ……その笑みはあまり見たくない。

 

 

 彼女が、壊れてしまった様に見えて。

 ——彼女自身が真の救いを、拒絶した様に見えて。

 

 

 

「……なら、もう行きましょうか、このキャメロット城に必要以上いる理由はないから」

 

「あぁ、私ももういい。この城で果たさなければいけない出来事は済んだ。

 ……そうだな、より効率よく敵を殺す為には、それなりの地位と力ではない武練の技術も欲しい。だから結局アーサー王や円卓の騎士に近付きたい。

 後、可能なら私自身が少し、アーサー王と会話したい」

 

「……それなら私の方で、タイミングや出来事を調整できると思う。任せて」

 

 

 

 あぁ……彼女の口調も雰囲気も、全て変わってしまった。彼女の思考回路が、完璧に定まってしまった。彼女は己の全てをかけて戦うと決めてしまった。

 

 私では、この子を真に救う事が出来ない。彼女が選んだ道を諦めさせて、変えてあげる事も出来ない。彼女の心の炎を消す事も、和らげる方も分からない。

 今の彼女をどうすれば、真に救う事が出来るのだろう。

 

 ——でも私は彼女を祝福する。

 彼女を祝福できるのは自分しかいないのだから。私が彼女を祝福するのを辞めたら本当に彼女は一人になってしまうから。彼女から少しでも目を離したら……何処かへ消えて行ってしまいそうに見えたから。

 

 

 

「行きましょう……?」

 

「あぁ」

 

 

 

 私達はキャメロット城から踵を返して、白亜の門から外へ出る。

 誰にも認識されておらず、自分達を認識出来るのは自分達だけ。

 

 

 そして私は外へ出る瞬間に振り返ってアルトリアを見た。

 

 

 凱旋はもう終わり、後は即位と婚約を祝う式典。アルトリアは展望台から城下町を覗いている。

 ……アルトリア、私は貴方に改めて復讐の炎を宿すかもしれない。この子を、もう引き戻せない道に行かせる原因を作ったお前を。

 

 でもアルトリア。

 この子は貴方に対して復讐を望まなかった。貴方の、次の厄災の相手になる事をこの子は望まなかった。それに関しては、私は少しだけ残念だったけど別に良い。私よりも、この子が大事になっちゃったから——

 

 

 アルトリアへの思案をよそに、未だに忌々しき妹に見える様、妖艶な魔女の笑みを浮かべる。

 魔術で強化した視力には、驚いたアルトリアの顔が見えた。これは私の憂さ晴らし。単純にアルトリアの事は嫌いだし、アルトリアのいつもの澄まし顔を崩せたというだけだが、多少気が晴れる。

 

 後はこうやって彼女に印象付けされれば良い。

 私とこの子の関係性をアルトリアに深く認識させたい。忘れたくても、忘れられないくらいに、その頭と瞳に深く刻み込んでやる。

 

 

 それにアルトリアは、モルガンの手の者かもしれないからという理由で、この子を切り捨てられない。

 

 

 モルガンに関係してるかもしれないというだけで排除するなら、円卓の騎士やそれに近い位置にいる、何人かの騎士も切り捨てなければいけない。それに多分、心情的にこの子を、また切り捨てるという事を選べると思えない。

 アルトリアは、この子を助けられるなら、魔女モルガンの手から解放できるのだとするならなんとかしてやりたいと、きっと願う筈だから。

 次は必ず、この子を助けたいと、アルトリアは深く思う筈だから……本当に心底嫌だけれど。

 それでこの子が少しでも救われるならば、私はそうする……利用できるものは全て利用してやる。

 

 

 

 でもね……

 

 

 

 

 

 

 

 ——気を付けた方が良いんじゃないの? アルトリア。

 

 

 

 

 

 

 

 ブリテンに巣食っていた竜は、もう一匹の竜が力をつけていくのを見逃してしまい、もう一匹の竜に倒されるという末路を迎えた。そうして、ブリテンを支配する竜は入れ替わった。 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なら貴方がそうなってもおかしくないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 "大"を救う為に"小"を切り捨てるのを間違ってるとは言わない。

 でも順番が回って来て、貴方が"小"の側になってしまったら——貴方がブリテン島に切り捨てられても、文句は言えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリア、私は決めたから。

 この子は、自分の敵の中に貴方を入れなかったけれど。貴方への復讐に、救いを見いださなかったけれど。もしも貴方を倒して、貴方が持つ王座を……貴方が持つ全てを奪い取ってこの子が救われるのだとしたら、私はやるから。

 私は貴方に対して、何がなんでも、己の全てをかけて敵対するから。

 

 だから気を付けた方が良い、アルトリア。

 この子がお前を見限った瞬間、私はお前に敵対する。世界の全てを敵に回したとしても、お前の理想すら、私は踏み躙ろう。

 

 私はこの子を、"ルーナ"を救う為なら、何もかもを全てを敵に回したって構わない。

 それじゃあ、アルトリア。私が何かを天秤に掛けるとしたら、この子以外は乗らないから。

 

 

 

 彼女に深く印象付ける為、最後まで笑いながら私達は門の外を出る。そして暗雲が辺りを囲み、その場には誰もいなくなった。

 魔女の静かな決意だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャメロット城から、離れた場所にある平野を私達は歩いている。

 私の方針は決めた。私は死ぬまで戦う。私は変わらず戦うと決めた。その相手を明確にしただけ。

 ……私がこれからやる行為に究極的には意味がないと理解していながら、キャメロットの人間に意味はあったと証明される、か。自分でも面白くなるくらいに矛盾してるな……

 

 

 それでも私は敵を殺す。

 

 

 ブリテンは滅びが確定している。それを私は異邦の知識故に知っている。世界から神秘が消える中、まだこのブリテン島は神秘を残してる。この世界では、このブリテン島が生きているという事は許されない。

 ブリテン島を滅ぼした結果が、ランスロットやモードレッドだとしても、それはただの結果だ。原因じゃない。

 原因はもっと根本的なものだ。ブリテン島が生き抜く為の酸素が、世界全てから急速に消えていってる様なものと等しい。

 

 ブリテン島は絶対に滅ぶ。そういう運命にある。

 だからキャメロット城に住む人々もいずれは、絶対にその笑顔を曇らせるだろう。

 

 

 ——でもやる。一人でも多く殺す。

 

 

 いやそもそも、どれだけ幸せな人生であろうと、最期の終わりが等しく決定しているんだし、結局死ぬんだから、大した違いはないのかもしれない。

 さらに言えば、ブリテン島は滅びが確定しているけれど、そもそも永遠に続く国なんてないんだから、ブリテンを救う行為にも大した意味はない。……私が見出せないだけかもしれないが、そもそも救いたいとも思わない。

 

 私はあの村の死体の上で生きている。

 生きている意味を証明しようとしていたが、どうすれば意味はあったと証明出来たのか、もう分からない。そもそも分かってなかった。

 死んだ人は喋らないんだから、結局、私自身が満足出来た。と、そう判断を付けさせなければ意味がなかった……ハハハ……あぁ本当に何をやっても、長い歴史で見たら、本当に大した意味がない。

 

 

 何をやっても大した意味がないんだから——何をしたって変わらないな。

 

 

 結局、意味を求めていたから、いけなかったんだ。人生なんて、結局自分勝手なものだし、自分勝手に満足するものだった。気付くのが遅かった。

 うん……自分を納得させる為に、それなりに御大層な理由を考えてたけど、結局はただの憂さ晴らしをする為の理由を探していただけに過ぎなかったのかもしれない。

 この内側に宿る醜い復讐の炎をぶつける敵を、自分勝手に裁定して見つけただけなのとほとんど変わりはない。

 

 ただ、アーサー王とアーサー王が守り通した人々の笑顔が、綺麗に見えたから。同じくらい嫌なものに見えてしまったけど、同時に何よりも正しく美しいものだった。

 

 

 でもサクソンやピクトには何も感じない。

 

 

 いいや、私の世界には、サクソンとピクトは要らない。

 今この瞬間、生存しているという事実に吐き気がするくらいに、私にとって奴らは醜悪だ。

 

 殺そう。

 有象無象の様に、等しくゴミの様に殺そう。

 

 奴らをいくら殺めても、私は何も苦しまない。

 何も考えずにひたすら殺戮に狂っていられる。やつ当たりと蔑まれるかもしれない、その行為。ある意味、サクソン人やピクト人がいなければ、私達の村はまだ残っていたかもしれないのだから丁度良い相手でもある。

 ……私は何もかも恨んでいると気づいてしまったから、簡単に恨みの対象にすげ替えられてしまった。なんと醜く都合が良いのか。でも……もうそれで良い。

 

 "正義"も"悪"も結局は、見る視点によって簡単に反転する。

 どちらも結局、何かを、誰かを殺してる。誰かを救い、守る為の刃。それは等しく誰かにとっての脅威だ。だから私の行為は、ブリテン島からしたら歓迎されるものになってしまう。

 サクソンとピクトを殺戮し続ける行為は、ブリテン島では"正義"になってしまう。

 

 

 だから私は——"悪の敵"になろう。

 

 

 私には成したい正義もなければ、守りたい誰かもいない。ただ私には、ひたすらに殺してやりたい敵がいる。許せない悪がある。

 アーサー王は——アルトリアだけは……唯一違うかもしれない。

 アルトリアだけはなんとかしたいと思っているかもしれないが、彼女を救うには、彼女のもっと根本的な歪みと、王としての在り方を直さなければならない。

 

 彼女は死ぬまで……いや死んでも、ブリテンを救う事を諦めきれなかった。彼女は一度死んでから、自分の人生に満足出来たと、そう認識してもらわないと、多分救えない。

 

 でも、彼女は彼女で救われる運命がある。

 未来にて、彼女は私ではない、あの少年にきっと救いを見出す。だから、アーサー王はあの少年に任せよう。

 それに、私は"正義の味方"に憧れを抱いていない。抱く訳がない。私はその正義に切り捨てられてしまった側なのだから。

 

 だから私は"悪の敵"になろう。

 自分にとっての敵を"悪"を殺し続けよう。

 死ぬまでずっと——殺し続けてやろう。

 

 

 

 

 私は——影だ。

 

 

 

 アーサー王という暗黒時代のブリテンを照らした、何よりも強く神々しい光によって生まれた影。

 栄光の路には乗れなかった者の証。人々の希望、理想であり続けるアーサー王の、この世の全てを照らした輝ける光によって生まれた、この世の全てを呪い続ける影。影は影らしく、光を眩ませる悪を摘み取れば良い。

 ただそれだけで良い。事実何も変わらないのだから。

 

 

 

「体は……剣で出来ている」

 

「えっ……?」

 

 

 

 ボソっと呟いた瞬間——頭の中で何かが形になった気がした。

 自分が知っている魔法の言葉。麻薬と言った方がいいのかもしれない。言葉にするだけで、何かが楽になっていく。

 

 自分を作り変える。

 自分を変換する。

 ただ自分を、敵を殺戮する為だけの、武器に変える。

 この時代において、最も人を殺傷するに長けた武器に変える。

 この時代において、最も人を殺している武器に変える。

 

 これは私だけの誓い。

 私の異邦の知識にある、多分未来にて現れるだろう、あの少年と赤い錬鉄の英霊のそれとは違う。

 二人が誓った、それでも戦うのだと、それでも自分の理想を貫くのだと決めた、二人の生き様と二人の誇り高き生涯を象徴する様な言葉ではない。

 

 これは、ただの自分勝手なエゴに塗れた誓いだ。ただ自分を、無感動な殺戮兵器に作り変える為だけの言葉。

 二人の言葉を勝手に借りるのは少しだけ心苦しいけれど、私自身とこの異邦の知識の全ての中で、この言葉が一番自分に適している。最大の敬意を持って、その言葉を借りる。

 

 剣に心はいらない。

 もしも体が剣で出来ているとしたら、それは一つの狂いもない刃になる。

 今日から私は、人々の呪詛と怨嗟を束ねた、一人でも多くの敵を殺す剣だ。

 

 

 

「……………ねぇ、"ルーナ"?」

 

 

 

 思考を戻してみれば、私はモルガンから話しかけられる。その口調はとても優しく、また厳かだった。

 ……そう言えば、私の名前をちゃんと呼ばれるのは初めてかもしれない。私は少しだけ驚きながら、彼女の続ける言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「……貴方が何の為に生きたかなんて、長い歴史で見たら何も残るものはないかもしれない。

 貴方はその事を分かっていながら——それでも貴方は戦うと誓った。その方向性がなんであろうとも、それは絶対に誇れる事です。貴方は自分の行いに意味はないと言ったけれど、私はちゃんと貴方の人生を見届ける。

 ……たとえ、貴方自身も、世界全てが貴方の行いを否定しようとも、私は貴方の事を祝福する。見守り続けるから」

 

 

 

 モルガンの語った言葉がいつかの日の情景と重なった。

 ブリテン島がもう滅びの瞬間、秒読みの段階に入った時にマーリンがアルトリアに対して語ったそれと。

 

 どれだけ万全を尽くしても永劫に続くモノはなく、いずれ等しく終わって、物事は新たな物に変わっていく。

 どれだけ清らかな結果でも、それがどれだけ正しいものであっても、次の歴史が、次の正しさが、次の王が新しい結果で塗り潰してしまう。

 だからマーリンは、アルトリアに国の結果ではなくアルトリア自身が何の為に生き抜いたのか、その過程が大事なのだと説いた。

 あの選定の日の誓いをなかった事にせず、それが最後まで穢れず、誇れるものだったのならば、人類史に刻まれた輝く栄光になるのだと。

 

 人類史にて輝く、幻想、浪漫、"理想"になる日が来るのだと。

 後世に生きる人々にとって、輝かしい——宝具(いつわ)に見える日が来るのだと。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 まさか私が、このタイミングでモルガンに、似たような事を言われるなんて……でも問われるまでもない。私はもう自分勝手に、満足する為に生きる。後の歴史で、私がどういう風に刻まれるのかなんて至極どうでも良い。私の生き様が輝かしいものになるかなどはどうでも良かった。

 

 私は戦う。

 私は、私だけの理想を貫く。

 私は殺し尽くす。

 

 それにモルガンと私の関係は、私が戦うと決めても変わらない。可能な限り、モルガンの事を尊重しよう。私のもう一人の母親だから。

 

 

 

「だからね、ルーナ——逃げたくなったら……私に言ってね」

 

「………………」

 

 

 

 あぁ……本当に彼女は優しかった。

 今、私は心を捨てた。もう戻る場所を捨てた。

 それなのに彼女は、私の最後の場所を作った。

 

 

 ——これ程、幸せな事はない。

 

 

 戻れる場所があるのは、私にとって最高の保険だ。私は、何の憂いもなく死ぬまで戦い続けられるのだから。

 

 

 

「ありがとう、モルガン。それだけで私は戦えるよ」

 

「……そう……頑張ってね。いや、もう貴方は頑張っているのね」

 

「まさか、私はまだやれる」

 

 

 

 私はどうすれば良いのか分かった。

 もう迷う必要がない。ただブリテンの外敵を、悪を、殺し続ける。単純明確。それなりに複雑な理由はあろうとやる事は決して変わらない。

 やる事はそれだけだ。

 

 

 

 

 私とモルガンは二人で平野を歩いている。

 太陽は既に傾き、空は赤く染まり初めていた。もうすぐ夜に入り、星と月が煌き輝き出す時間になるだろう。

 

 あぁ……なんだか今、無性に月が見たい。

 今、月を見たら今までで一番綺麗に見えるかもしれない。いや絶対に一番綺麗に見える、この人生の中で一番美しく見える。こんなに清々しい気分で月を見れた事はないのだから。

 あぁ……早く、夜にならないかなぁ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ黒く染まる空を見ながら彼女は軽く笑った

 乱世を照らした一つの極光。遠き未来、輝ける()として語れる光によって生まれた、一つの影。アーサー王伝説が作り出した——後の歴史で謳われる、アーサー王伝説における、もう一人の主人公になった少女はこうして生まれてしまった。

 

 アーサー王伝説における、もう一匹の竜の化身。

 少女は後世で、後にこう謳われる——黒き竜の化身と。

 

 

 

 




  

 

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