騎士王の影武者   作:sabu

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 結構重要な話なので長め。
 また、一気に情報が開示され、また色んな情報が布石として出て来ます。

 12500文字+500文字で、大体13000文字
 


第13話 史上最年少の騎士

 

 

 

    

 

 ——私は子供を救えなかった事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ブリテン島が苛烈な動乱の渦中にあった時の話だ。

 ヴォーティガーンをきっかけとして多くの暴力が島を蹂躙した時の話でもあり、ブリテン島に新王としての名がようやく響き渡り始めた頃の話でもあり——選定の剣が光を失う前の、話。

 

 

 その日は暗雲が立ち込めているかの様に、暴風と雨が酷く吹き荒ぶ日だった。

 

 

 その雨に紛れ、卑王ヴォーティガーンによって生まれた動乱の隙を突くように、ブリテン北部に住むピクト人が南下し始める。そして、辺境の集落を襲っているとの情報を彼女達は聞きつけた。

 サクソン人とピクト人は、ブリテン島を襲う蛮族だと一様に纏められているが、サクソンとピクトは同じ存在ではない。サクソン人は異民族でありただの人間でしかないが、ピクト人は人間と形容するには難しい。

 

 肌の色は人間のものとは思えない緑色で、強靭な体躯を有する異種族。

 2mを超える強大な体は、なんとか人間の範疇まで落とし込んだ巨人。またはオーガとも表現出来るものだった。同じ星に住む生物でありながら、別の星から来たのではとしか思えない異質な行動原理。そして戦闘行為に快楽を見出す、外敵。

 

 

 人の形をしているだけの魔獣。

 

 

 そんな種族がピクト人だった。

 人ならざる魔獣の力と同等の荒ぶる力を有するピクト人は、時に騎士すら容易く殺す怪物でもある。

 そんな怪物が南下し始めたのだ。ピクト人相手では、無辜の人々は簡単に命を落とす。

 

 彼女は、ピクト人が進行しているという情報を聞きつけた後に、その場ですぐさま動かせる事が可能だった自分の義兄であり、円卓の騎士のケイ卿と少数の騎士と共に馬を走らせる。

 そして辺境に出没したピクト人達の殲滅を開始した。

 

 

 真なる竜の心臓を内に秘めし肉体は、神代の大英雄が如く。手に持つ選定の剣は、輝ける黄金の宝剣。

 

 

 混沌とするブリテンを統一する為、ピクト人との相手も想定されて作られたアーサー王にとってすれば、数十に及ぶピクト人ですら敵ではなく、彼らを容易く斬り伏せた。たとえ、振るわれる剣が怒りに塗れていようと、太刀筋は一つも鈍らない。

 如何に優れた体躯を持ち、分厚い筋肉と体毛によって守られたピクト人の身体でも、聖剣の輝きを放つ選定の剣を前には、何の役にも立たなかった。

 水に刃を滑り込ませているかの如く、刃は容易くピクト人達を斬り伏せる。

 

 

 戦闘そのものは一方的だった。

 

 

 吹き荒ぶ雨の中、この世と思えぬピクト人の絶叫が鳴り響く。

 その悲鳴の向こうに——彼女は何かの音を聞いた。その音は今にも消えてしまうほどにか細い、何かに縋る様な、子供の悲鳴だった。

 その声を聞いた彼女は、自分以外の騎士達を置き去りにし、馬よりも早く地を駆け抜けてその声の主を探す。

 そして見た。

 

 

 広野を駆け抜けた先に存在する集落が——完膚なきまで破壊されている光景を。

 

 

 目に映る視界全ては塗りつぶす様な赤に染まり、平和の象徴として絵画に飾ったとしても見劣りする事はないだろうと思えた筈の、のどかな風景は最早跡形もない。

 家は砕かれ、吹き荒ぶ雨ですら消化出来ない程の炎に燃やされ、畑は村人の血で汚れている。生きて動く物は一つも存在せず——家畜すらも全て殺されていた。

 

 

 戦場のそれとは違う、一方的な虐殺を示す光景。人の命がゴミの様に打ち捨てられていた。

 

 

 人ならざるピクト人によって作り出された光景に、全身が総毛立つ気配を感じながらも、彼女はなんとか踏みとどまり、怒りに流される事なく生存者を探した。

 体が汚れるのも厭わず、瓦礫を除去する。時に瓦礫を剣で切り裂きながら。

 後続のケイ卿と騎士達がようやく到着するころになって、彼女は一人の生き残りを見つけた。

 

 

 

 それは幼子だった。

 

 

 

 崩れた家の瓦礫に下敷きになり、奇跡的にピクト人に見つからなかったであろう子供。

 しかし家の崩壊に巻き込まれた体は大きく損傷している。全身を強く打ち、手足は折れ、内臓は既にまともに機能出来るだけの力を残していない。

 途切れかける意識をなんとか繋ぎ止めているだけの死に瀕していた子供だった。

 死にかけの子供は、彼女の腕に抱えられながら、か細く呟く。

 

 

 

「王さま…………ペンドラゴンの、王さま……」

 

 

 

 うわごとの様に呟かれる言葉は、自身を抱く人物がアーサー王であると気付いてのものではなかった。その子供は誰かに抱かれている事にすら気付いていない。

 ただ神に祈る代わりに、アーサー王に祈っているだけだった。

 

 

 

「わたしは、死んでも、いいです……」

 

「何を言う。

 其方は死なない、そうだこの私が、アーサー王が死なせはしない」

 

「だから、王さま……」

 

 

 

 言葉は子供に届いていない。

 その子供はもう、目も耳も機能していない。

 虚空を向く目と、耳から流れ出る血が全てを物語っていた。

 

 

 

「……妹と、母さんと、父さんを……みんなを……」

 

 

 

 既に、村の人々は一人残らず殺されている事も知らず、自分が唯一の生き残りだという事も知らずに、その子供は祈りの言葉を続ける。

 

 

 

「…………まもって……」

 

 

 

 そう言い残し、その幼子は腕に抱かれながら死んだ。

 家族への親愛と安寧を、神に祈る代わりにアーサー王に願いながら、崩れるように死す幼子の姿を目に焼き付ける。自らの犠牲を以って家族の救済を願ったその姿に、彼女は——アルトリアは無言を以て応えた。

 王として、為すべき事を自覚しながら。

 

 

 

「おい……お前…………」

 

 

 

 遅れてやってきたケイ卿の声は聞こえていなかった。聞こえていたとしても、きっと反応する事は出来なかっただろう。

 周りの、あらゆる全ての事象が遠くに聞こえていた。

 荒れ狂う風音も、吹き荒ぶ雨の音も、炎に燃える家屋の音も、騎士達の喧騒と騎馬の嘶きも。全てが耳に入らなかった。

 

 

 深く静かに誓う。

 

 

 家屋の瓦礫が周りで燃えている中、今目の前で、自分の腕の中で亡くなった子供の代わりに願う。そしてその願いを、私は成就させる。

 

 

 

 ——ブリテンを救う。

 

 

 

 二度と、もう二度と、幼子が自らの命を差し出すことのない国を作りだす。

 この世界に光がないのだとしたら、私が地上を照らす光となる。この地上に救いをもたらす。ブリテンを襲うあらゆる艱難辛苦から、人々を守り続ける。

 この命尽きても構わない。要らない。この身の全てをブリテン島に捧げているのだから。

 故に、この魂が欲するのはただ一つのみ。ブリテンの救済のみ。

 

 

 迷いなどはなかった。

 

 

 …………あぁ、そうだ、なかったのだ。

 ただ人々を救う為だけに剣を振るい続け、そして剣もそれに応えていた。

 ——あの時までは。

 

 かの台座から、剣を引き抜くその瞬間。あれが自分の運命が変わる儀式なのだと分かっていた。剣を抜いた瞬間、別人になると、人間ではなくなるのだとマーリンに言われずとも分かっていた。

 人の心を持っていては、王として人々を守れない。

 

 王とはつまり人々を守る為、一番多くの人々を殺す存在なのだと。王とは人々の希望であり、同時に無慈悲に人々を選び取る天秤なのだと。

 だからあの時、私は選んだ。私は、目の前で安寧を願いながら死んだ子供と同じ、何の罪もない子供の未来を奪い取った。自らをただの天秤にし、個人に目を向けず、人間を等しく等価値として、選んだ。

 そしてその果てに——選定の剣から光が消えたのだ。

 

 

 選定の剣から光が消えたのは、一体何故か。

 

 

 理由など、幾らでも浮かんで来る。

 剣から私が見放されたからかもしれないし、私は理想の王ではないからかもしれない。もしくは、そもそも自分自身が、自分は理想の王ではないと認めているからか。

 私は、迷っているからか。

 私は人々を救う事に迷いがなかった。だからこそ、今、私は迷っている。

 

 

 

 

 

 

 

 もしも——もしもあの時、天秤を逆側に傾けていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 何回だって考えている。

 何回だって思い出している。

 あの時に、天秤を逆側に傾けていたら、より多くの人々が亡くなっていたのだと理解していながら、もう二度と変えられぬ過去であると知りながら、幾たびも夢想し続けている。

 

 

 私は今迷っている。私は……どうすればいい…………?

 

 

 眼下にて行われていた決闘試合にて力を示した、薄い金髪の子供。

 試合でもなんでもない、一方的な戦いだった。ただの一撃。しかしそれは、音速の壁を突破している。その瞬間に感じ取った、自分の力と余りに類似する源の力。

 しかし、その力は——世界に空いた穴の様で、悪寒を感じる程に不気味なものだった。

 

 そして、その力と非常に似た力を持つ者……いや者ではない。"人間だったモノ"を自分は良く知っている。それこそ、自らの手で打ち倒したのだから。

 その子供が内に秘める脅威を、誰よりも理解しているのは自分だと言っても良い。

 

 

 

 ……それでも……それでも私は……

 

 

 

 私は、いずれ自分の敵になるかもしれないという理由で、今はまだ何の罪もない子供を殺せるのか? 同じ子供の未来を二回、摘み取れるのか? 私はまた、選びとる事ができるのか?

 私は——天秤に掛ける事すらもせずに、またあの子を切り捨てるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 私は子供を救えなかった事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、一人の子供を救うのか、切り捨てるのかを——迫られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合会場は鎮まり返っていた。

 しかし、その静寂は試合が始まる前のそれとは完全に反転している。熱狂が最高潮に高まっているが故に人々が拳を握り締め、固唾を飲んで見守っているからではない。

 

 理解出来ないものを見た。そしてあり得ない事が起きた。

 今までの人生の中で体験してきた出来事では認識出来ない事が起きた。

 余りの光景を見た影響で脳が認識できず、思考が完全に停止したが故の、異常な静寂が支配していたのだった。そして人々が徐々に事の出来事を認識し始め、会場がざわつき始める。

 理解は出来ていない。何が起こったのかも見えていない。

 

 

 ただ、今出来上がっている光景のみが、その刹那の出来事を表していた。

 

 

 そのざわつきの中、この出来事を作りだした元凶である薄い金髪の子供は、周りのざわめきなどどうでも良い事の様に、もしくはこうなる事など分かりきっていたという風に気にせず佇んでいる。

 不気味な風貌のまま、子供は自分に集まっている視線を気にせず、先程の攻防とすら呼べない一瞬の出来事で使用された木剣を一目見る。

 

 

 子供が握っていた柄の部分だけを残して、剣の刃の部分は砕け散っていた。

 

 

 子供は、もう二度と使用する事が出来ないだろう木剣だったのものを投げ捨てながら、自分がさっきまで立っていた場所と、吹き飛ばしたエクター卿を見る。

 間合いを詰める為に前方に跳躍した影響で、さっきまで立っていた場所には、数m規模で地面がひび割れている。音速を超えた踏み込みの影響とその反動を、一目見ただけで分かるほどに表していた。

 

 そして吹き飛ばされたエクター卿はぴくりとも動かない。

 コロッセウムを模った試合場の壁に、鎧ごと10cmほどめり込んでいた。しかも、エクター卿が持っていた盾は中央部から谷の様に一直線に大きく凹んでいる。

 

 もしその子供が、剣を振るった時に盾ではなく、頭などの急所に剣を当てていたら。もしくは衝撃が空中に逃げる様に、逆袈裟に斬りかからず、地面によって全ての力が体を襲うよう袈裟斬りに斬りかかっていたら……エクター卿は死んでいたかもしれない。

 そう思える様な、酷い惨状だった。

 

 

 子供はエクター卿を一目見た後、紹介役の騎士に話しかける。

 

 

 

「その老騎士を治療した方が良いかと。

 命に別状はないと思いますが、きっと盾を構えていた左腕は確実に折れてると思います」

 

「……ッ! あっ…あぁ。救護班! 頼む!」

 

 

 

 試合が始まる前の時と同じ、男とも女とも取れない声だった。

 しかしその声に一切の起伏はなくひたすらに平坦。この惨状が起きる寸前に、老騎士に告げた声と何一つ変わらないのに、印象は酷く違って感じられる。

 透き通る川というよりは、一切の感情を覗かせない、凍りついた湖といった印象だった。

 

 話しかけられた紹介役の騎士と、その後に来た救護係の騎士はその子供を見ない様に、また避ける様にしながらエクター卿を抱え込んでいく。

 そんな騎士達に対し、その子供は何の関心も持たず、また露ほどの意識も向けなかった。

 

 

 人々は、試合前にその子供に向けていた意識を、また完全に塗り替える。

 

 

 人々がその子供に向ける瞳には、恐怖や畏怖が含まれている。理解出来ないもの、不気味なものに向ける目だった。ざわつきはさらに大きくなり、人々はパニックを起こす寸前だった。

 

 

 

 

「——静まれ!」

 

 

 

 

 アーサー王の隣にて佇んでいた湖の騎士から、叱責する様な声がその場にいる全ての人に響き渡る。

 その声を皮切りにざわつきは収まり、人々は幾分かの冷静さを取り戻していった。

 アーサー王とその子供。二人の事の成り行きを人々は見守った。これからどうなるのか、この子供はなんなのか、そしてどうなるのか。

 

 

 

 薄い金髪の子供は静かに上を向き、上座にいるアーサー王の方へ体を向ける。

 

 

 

 アーサー王とその子供の視線が交差する。いや正確には交差していない。

 アーサー王からでは、その子供の瞳を見る事は出来なかった。アーサー王は黒いバイザーの裏に隠された瞳を、そしてその瞳に浮かぶであろう感情を何一つ読みとる事は出来ない。

 

 だが、例え目元や表情を隠していようと、荒れ狂う感情が心を支配しているなら雰囲気や佇まいに、滲み出る様にその心内が現れる。

 体の内側で燃えたぎる情緒は心臓の鼓動となって強大な威圧となり、無意識にでも周囲の空気を一変させる。隠していても、普通の人間は持たない第六感で推し量る事は出来る。

 同じ源の力を有するなら尚更の事。

 

 しかし僅かに見える頬と口元は微動だにせず、また一瞬でも体を震わせるという事すらもせず、その子供は心の内の一切を外に出していなかった。

 憤怒や憎悪といった負の感情に属するものを目の前の子供は一切放出していない。むしろ、その子供の佇まいはひたすら虚無的と言っても良い。

 本当に、何も浮かんでいなかった。

 

 

 そんな子供の——彼女の雰囲気に、アルトリアは一瞬気圧された。

 

 

 そんな事を知ってか知らずか、子供はアーサー王から視線を外し、その場で跪いた。

 片膝を地面に突き、深く頭を下げる。その動作は歪な不格好なものではなく、淀みなく綺麗なものだった。会戦前に見せた騎士の礼の様に、とても様になっている。

 

 もし人々がその子供をただの人間だと認識出来るなら、いずれ立派な騎士になるだろうと認識できるのに、先程子供が作り出した光景と惨状故に、どこか不気味に見えて仕方がなかった。

 歳に似合わない落ち着きを持ちながらも、人間と思えない力を有するそのチグハグさが人々の不安を煽る。

 騎士のフリをする子供の形をしたナニカがそこにいる様に思えた。

 

 

 人々と、そしてアーサー王が、その子供の一挙動に注目する中、子供は口を開いた。

 

 

 

 

「申し訳ありません、アーサー王。

 決して、この御前試合を台無しにしてやろうという思惑があった訳ではありません」

 

 

 

 子供が口にするのは、どこまでも真摯なもの。

 相変わらず感情を覗かせたものではないが、だからこそ訴えかける様に聞こえるものでもあった。

 

 

 

「自分が持つこの力をひけらかし、不安を煽らせてしまった件については誠に申し訳ありません。先程、私の相手をしていただいた騎士にも改めて謝罪を。

 事新しく申し上げさせていただきますが、本当にこの御前試合を台無しにする為に来たのではありません。ただ私は、アーサー王あなたに示し、認識してもらいたかっただけなのです」

 

「示す……?」

 

 

 

 子供が語りかける言葉に、思わずアーサー王は反射的に言葉を返した。

 思考を限界まで加速させるが、次に子供からどんな言葉が飛び出してくるか分からない。

 心臓の動悸がうるさい。思考よりも速く、心臓の鼓動が跳ね上がっていく。

 

 

 

「私は騎士になりたかったのです」

 

 

 

 子供は厳かに告げ、人々はその言葉にざわつく。

 別にその言葉自体におかしい部分はないし、この御前試合に挑んできた全ての若者達も同じ理由で挑んできたのだから、動機としても何一つ不十分な所はない。

 ただあまりに異質な存在が、ありふれた動機を示した事に疑問を抱いたという話だった。

 

 ただの若者が、騎士を目指すのに違和感や疑問を抱く事はないが、異常性が際立つその子供だと話は変わる。騎士になりたいという目的を目指すに至った理由に、想像を絶する物が関わっているではないかと疑心していた。

 人々と、アルトリアの思考を置き去りにしながら、子供は再び言葉を紡ぐ。

 

 

 

「私は戦争孤児でした。

 卑王ヴォーティガーンが倒されるよりも前、今から二年程前の頃に、私が住む村は蛮族のピクト人達に焼かれ、私だけが運良く生き延びる事が出来ました。

 ですが、なんとか生き延びる事が出来ても、私に帰る故郷はなく誰の庇護下にもない私はそのまま野垂れ死んでもおかしくはありませんでしたが、運良くコーンウォール北の外れにある教会のシスターに助けられ、今日この日まで生き残れる事が出来ました」

 

 

 

 それは凄惨とも思える過去だった。

 この時世故に、何処かの村が滅び一人だけ生き延びるという話に違和感はない。その言葉自体に、疑いを持つ者はいない。

 ——騎士王とその隣で佇む、湖の騎士以外。

 

 

 

「私はその教会で育ちましたが、ただ何もせず日々を過ごす事を自分が許しませんでした。

 蛮族達に故郷を奪われた怒りと悲しみ、そして今この瞬間にも蛮族達によって人々が苦しみ、その希望に満ち溢れるべき顔を曇らせている事を思えば、自分だけが呑気に日々を謳歌していたいとは一度も思いませんでした」

 

 

 

 人々は徐々に、その子供に対し同情の心を抱く。

 決して珍しいものではないが、かと言ってありふれた境遇という訳でもない。

 アーサー王の威光が届かずに、その命を散らしていく人間は必ず何処かに存在する。そして目の前の子供も、その類の人間なのだと人々は認識した。

 人々がその子供に抱いていた恐怖は思考より徐々に薄れ、その子供の境遇を何一つ疑っていない。

 

 場の流れが薄い金髪の子供に流れ始めている事を、騎士王と湖の騎士は理解しながらも止められない。

 

 

 

 

「私は教会の神父とシスターに命を救われて以来、力を付けていきました。

 また運良く、教会の神父は昔は騎士だったらしく、その騎士より修行を受けながらこの日まで過ごしました。

 そして神父と過ごしてから幾ばくかの月日が流れた頃、私に一つの力が宿りました。自分の持つ生命力を力として変換出来る能力を。

 なんの因果か、私だけが村でただ一人生き残ってしまいましたが、この力が有れば亡くなっていった人々に手向けが出来ると、人々から希望を奪い取る蛮族達と戦えるのだと」

 

 

 

 その子供は、自らが持つ特異性を語った。

 歳不相応な落ち着きも、騎士だった教会の神父に育てられたのなら説明が付く。

 子供が持つ強大な力も、本来なら救われる筈だった子供に対して、教会の神である主が見るに堪えず与えたのだとしたら、何と清き事かと人々は納得する。

 

 

 人々にはもう、その子供に対する恐怖も、不安も、疑問も、懸念も抱いていない。

 

 

 騎士王と湖の騎士だけが、子供が語るその言葉に全神経を傾け、一語一句見逃しはしない様に耳を澄まし、言葉の裏に隠された真実を読み取ろうとしている。

 しかし何も読み取れず、思考は空回りを続けるのみ。

 跪いている為顔が見えない。黒いバイザーにより目と表情が見えない。そして何より、声に感情は一切含まれていない。

 

 

 騎士になりたいと告げた時も、アーサー王という響きを口にした時も、故郷が滅んだと語った時も、自らに力が宿ったと説明した時も、蛮族と戦えるのだと表明した時も、全てに感情が乗っていなかった。

 真摯に訴えかけている様に聞こえるかもしれない、しかしその子供の背景を知る二人には、あらかじめ決めていた言葉をただ復唱している様にしか聴こえていなかった。

 

 

 

「……貴方は、騎士になって一体何がしたいと言うのか」

 

 

 

 アーサー王は——アルトリアは彼女に対して問いを投げる。

 彼女の中に隠された真実を読み取る為、読み取る事が出来ずとも手掛かりを見つける為。だがそれ以上に、その言葉を繋げて欲しくなかった。

 彼女に対して一つだけ分かる事がある。正確には確定している事がある。

 

 

 それは——彼女の村を滅ぼしたのが蛮族ではなく自分だという事が。

 

 

 彼女が明らかに偽っているであろう過去を話すたびに、罪悪感という刃が心に突き刺さり続けているのをアルトリアは感じていた。

 問いを投げかけた時、自分の口が乾ききっていた事に気付かずに彼女の返答を待つ。

 

 

 

 

「私は貴方の騎士となり——

 

 

 

 

 彼女は変わらず跪きながら告げる。

 

 

 

 

 

     ——ブリテンを襲う、あらゆる艱難辛苦を討ち倒し続けます」

 

 

 

 

 その言葉と共に、空間全てが重くなった様な錯覚がアルトリアを、ランスロットを、人々を襲う。

 先程までの言葉とは違った、明確な重みを持った言葉だった。

 

 

 

「ピクト人を、サクソン人を、蛮族を、異民族を。

 ブリテン島を襲う全ての厄災を、ただ一つの例外もなく、あらゆる敵に対する剣となります」

 

「本来なら私はこの場に存在せず、ただ死ぬべき存在だったのかも知れませんが、私は生き残りました。生き残り、抗うだけの力を幸運にも得ました。

 なら私はこの機会を無駄にしたいとは思わないのです」

 

「私は生きて、義務を果たさなければならないのです」

 

 

 

 彼女が語り終えると、周囲を一変させていた空気は飛散し、先程までのそのまま空気に溶け込んで消えていってしまう様な虚無的な気配が彼女を囲む。

 

 ———その急変に動揺を隠せない。

 しかし今のは紛れもなく、彼女の内に秘めたドロドロとした本心の一部だった。

 

 まるで世界に空いた穴そのもの。

 その声を聞いた人間の意識の深くに潜む、人類の獣性や狂気に働きかける呪詛。あの魔竜の様に、煮えたぎる溶鉄を腹に溜め込んでいる。そんな悪寒を肌身で感じさせる。

 たった一人の子供が、この場にいる全ての人々を圧倒していた。

 

 

 

 

「アーサー王……あの子供は———あの子は……」

 

「あぁ、分かっている……分かっているんだ、ランスロット」

 

 

 

 震えた声で、湖の騎士は騎士王に話しかける。

 二人の声は小さく潜められていたもので、その言葉を認識出来た人はいない。しかし、人々が子供に視線を向けていなければ不審に思われる程に、顔は歪んでいた。

 

 

 

「……貴方の、騎士になりたいと言う望み、そしてその理由も理解出来た。

 ……だがそれを証明出来るのか」

 

「出来ません」

 

 

 

 即答だった。それこそ、疚しい事など何もないのだと様に。

 

 

 

「教会の事は調べて貰えば証明出来るでしょうが、故郷はもう消えてしまったので私の素性が本当かどうかは、信じて貰えるのを期待する事しか私には出来ません。

 それにお言葉ですが……私が本当の事を言っているのかを証明するのは、私が嘘を喋っているのを証明するのと同じくらい難しい事ではないのでしょうか」

 

 

 

 

 そう、その通りだ。証明出来る筈がない。何せ自分は何も知らないのだから。

 

 彼女がどんな人物なのかを知らない。あの閉鎖的ながら、ひっそりと佇む村での暮らしぶりを知らない。彼女が、その村の人々にどの様に愛されていたのかを知らない。

 ——空白の二年間を、彼女が何を思いどのように過ごしたのかを知らない。

 

 知っているのは、自分が復讐される立場にいるという事。

 そして、即位のその日、モルガンと共にキャメロットを見ていたという事実だけ。

 

 しかしその事を、ここにいる人々は知る筈がない。知っているのは私とランスロットだけ。人々からしたら、今彼女に対して問答をしている私の方が不審に見える事だろう。

 場の空気は完全に彼女が支配している。

 

 実力も申し分なく、年不相応でありながら完成した人格を保有し、見た目が子供という点以外はほぼ完璧だ。既に一端の騎士として通用するだろう。

 しかも、彼女の行為は人々を守る事に繋がるのだ。

 

 当初の彼女の異常な戦闘能力も、彼女は特別な存在なのだという認識にすり変わりつつある。世界で唯一なら恐怖の対象になりかねないが、彼女と同じ事が出来る存在は円卓の騎士にもいる。しかもアーサー王という存在が出来るのだ。

 彼女だけを畏怖する事は出来ない。

 

 人々は彼女を疑っていない。そもそも疑う理由がない。

 精々、幼さを理由にもしこの子供が間違った方向に行ったら、その時は周りの騎士がなんとかすれば良いといった程度でしかないのだろう。

 彼女を騎士として迎え入れるデメリットがないのに、何故アーサー王は渋るのかと疑問すら持たれていてもおかしくはない。

 

 

 人々の目は、正体不明の子供から、騎士王に向けられ始めた。騎士にするのか、しないのか。

 

 

 立場は完全に逆転していた。

 ………いや、こうなるのは当たり前だ。そう、彼女は示すだけでいい。疚しい立場にいるのは、彼女ではなく私の方だから。

 

 

 

「私には、示す事しか出来ません。私には一切の決定権がありませんので」

 

 

 

 ———言外に、あの日の事を糾弾されている様な気がした。

 抗うだけの力を持たない者と、言葉一つで全てを奪い取る事が出来る者。

 あの日と同じ構図が出来ている。無辜の人々の目の前という違いがあるだけで。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 再び、静寂が空間を支配する。

 人々は神話に名を轟かせるかもしれない、新たな"英雄"が生まれる歴史的瞬間を見定めていた。まるで侵しがたい神聖な場に連れ込まれたかの様に静まり返り、言葉を発する者は誰もおらず、物音一つもしない。

 

 

 その静寂を破る様に、一つの足音が響く。

 

 

 コツコツと、階段を歩く音。

 アルトリアは玉座からの階段を降り、その少女に近づく。

 彼女はただ、身じろぎ一つせず佇むのみ。たったそれだけなのに、彼女に近づくという行為が、酷く後ろめたいものに感じる。

 

 

 そうして、階段を降りきり、彼女と真に相対した。

 

 

 一回目は二年前のあの日。

 二回目は数ヶ月前のキャメロット即位の日に遠目で。

 そして、今日が三回目。

 

 たったその回数しか、彼女と相対していないのだと今更ながら理解する。

 だが、その数回で、自分と彼女の運命とその立ち位置が完全に定まってしまっているのかもしれない。彼女と自分の距離は、たったの一歩だけ。

 今までで一番近い場所に、あの子がいる。

 

 

 ———ただし一回目と二回目と違って、一度も目線が合わない。

 

 

 それがこの後の生涯を、言葉なく雄弁に表している様だった。

 もう二度と……目が合う事はないかもしれない。

 

 

 ……あぁ、彼女は一体……どんな瞳をしていたのだろうか。

 

 

 あの日の事を思い出す。一度目は、この手で汚した怯えた顔の翡翠の碧眼。二度目は、感情を見せない凍りついた黄鉛の金色。いちいち考えなくても分かる。彼女は、何か取り返しの付かない事をしている。じゃあ、その代償は?

 

 

 ——知らない。

 

 

 そう。相も変わらず、私は何も知らないのだ。

 ただ結果だけが、あの日の選択の答えが、こうして目の前に存在する。改めて、彼女の姿を近くで見れば否応でも理解出来てしまうのだ。

 鮮やかだった金色の髪からは、色素が抜け薄くなり、肌は人間のそれよりも魔性の側に堕ちたのだと知らしめる様に白い。そして、身体の奥底。呼吸によって動く——心臓。

 

 起源を同じくする者を持つ自分が、この距離で深く注視して、ようやく感じられる程に身体に完全に溶け込み同調した——竜の鼓動。

 竜の化身たる象徴の力。しかし、それは通常の竜の炉心ではない。

 

 自ら以外の全てを呑み込み食らう、黒い影。世界に空いた穴そのもの。何にも悟らせず、黒い穴の底に煮えたぎる溶鉄を溜め込んだ、黒き邪竜の化身。

 相変わらず、激情は何も読み取れない。しかしそれでも、彼女の奥底で、酷く寒気がしながらしかし酷熱とした——気味の悪い何かが蠢いている感覚がする。

 

 何たる邪悪だろうか。だが、彼女をここまで追い詰めたのは———

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 彼女の事を自分はどれだけ知っているのか思考して、ふと思う。

 これだけ彼女という存在を知覚していながら——名前すら、私は知らなかった。

 

 

 

「其方、名前は何と言う……?」

 

 

 

 アルトリアのその言葉に、その子供はほんの一瞬だけ口を開いて止まり、そしてそのまま予めどう返答するか決めていた様に返す。

 

 

 

 

 

 

 

「——ルーク」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が、その単語が、アルトリアの胸を穿つ。

 忘れる筈がない、何せ忘れない様に焼き付けたのだから。

 あの日、あの場所の記憶を鮮明に思い出した。彼女の母親が、彼女の兄に対して呼びかけていた、その名前を。その名前は彼女の物ではない。

 彼女が自らの名前を偽り、亡くなった兄の名前を騙ると言う意味は、如何程のものなのか。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 返せる言葉は何もない。

 良い名前だと思う——だがそれを口に出す資格は私にはない。一体何様なのだとしか思われないだろう。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 出て来たのはそんな言葉だけ。

 もうこの場を違和感なく、彼女をどうするのか引き伸ばす事はできない。つまりは決めなくてはならない。

 

 

 腰に携える鞘に収まった聖剣を探る様に確認する。

 

 

 星の聖剣を鞘から引き抜き、彼女に騎士の礼を示した。聖剣は淡く輝き、その空間を本当に神聖に照らす。

 星の光を束ねた聖剣。それは本来であれば戦場以外で見る事の出来ない威光であり、その聖剣を以って騎士の礼を返すという事は、最高の栄誉をその者に与える事でもあった。

 アルトリアとその少女に、再び注目が集まる中、アルトリアは聖剣の腹でその子供の肩を三度叩く。

 

 

 

「……では、ルーク。

 貴方は、騎士として忠誠を誓い、国と信念を守る為に剣を振るうと誓うか」

 

 

 

 表面上は綺麗でも、ここまで嘘偽りで固められた臣従儀礼はないだろう。

 乾いた言葉で、苦々しげに呟く。

 

 それを他人に悟られるほど迂闊ではなかったが、いつもの颯爽とした威厳はそこにはなかった。

 しかし、仮に人々がそれに気付いたとしても誰も気にする事はなかっただろう。人々は新たな英雄が生まれる瞬間を目撃している。

 

 

 

 

 

 

 

「——はい、誓います」

 

 

 

 

 

 

 

 清廉な声で返して来た。

 もし彼女が策士だとするなら、妖妃モルガン以上だろう。

 自らと周囲を騙す事に関しては、恐らく右に出る者はいない。

 

 

 

「私は貴方に捧げる剣を持たぬ身ですが、この身を剣として誓います。

 人々の盾ではなく、人々の剣として、国と信念を守る為に剣を振るう騎士になると」

 

「よろしい……貴方のその誓い、確かに受け取った」

 

 

 

 聖剣を収め、彼女に手を翳す。仕える主の手の甲に臣従の証として口付けをすれば、誓いは終わる。

 跪いた彼女はその手を恭しく受け取り、手の甲に誓いの口付けをした。最後のその瞬間でも、その子供が心内を放出する事はなく——アルトリアは何の感情も読み取る事も出来なかった。

 

 

 しかし、心を覆う暗雲を知るのは当人達だけ。

 それを知らぬ人々は、後の歴史に大きく名を残すかもしれない新たな騎士の誕生を祝福する。

 齢、九と数ヶ月にして、アーサー王から聖剣の栄誉をもって、直々に騎士に任命された者。

 史上最年少の騎士がここに誕生した。

 

 

 

 

 




 
真名解放』


【真名】ルーク


宝具解放』


 
 血統騙しの仮面(ロスト・オブ・ペディグリー) 

 ランク D+

 種別  対人(自身)宝具


 詳細【現在一部解放】
 
 
 その素顔と性別を隠し、キャメロットで行動し易くする為にモルガンから授かった仮面。
 マーリンがアルトリアにかけている幻惑と似た加護を持ち、彼女の素顔や声といった性別に繋がる要素に対する認識があやふやになる。
 ただ、マーリンの幻術と違い、この仮面を媒体に幻惑がかかっているので仮面を外すと幻惑が外れる。また一度幻惑が破られた相手にはもう効かなくなる。
 目元を完全に隠す形をしているが、このバイザーを付けている本人の視界を奪う事はない。


 モードレッドが保有する【不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)】の様に防御効果もなく、また毒になどに対する抵抗もない。
 代わりに鎧を必要とせずこのバイザー単独で隠蔽効果を持ち、また宝具解放時でもこのバイザーを外す必要がない。
 隠蔽効果という点ではモードレッドの不貞隠しの兜よりも強力であり、このバイザーを付けている限り、彼女は自身に繋がるあらゆる情報を隠す事が出来る。



 
 一言で言うなら、アルトリア・オルタのアレ。
 FGOだと第一再臨の時に付けているやつ。
 "アルトリア・オルタ バイザー"で検索すれば直ぐ出て来る。



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