騎士王の影武者   作:sabu

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第15話 見定めるは新月

 

 

 

 白亜の城、キャメロット城の本丸。

 七つの回廊と二つの螺旋階段を上った先にある玉座の間。その玉座の更に上にある執政室に、二人の人影があった。

 

 

 

「何というか……ここは落ち着きませんね。執政室があるのは良い事ですが、いささか豪華過ぎるのでは? これでは円卓の間とあまり変わらない。

 ……私はもっと、無駄のない質素さが好みなのですが……」

 

 

 

 気の乗らない顔でアルトリアは木製のテーブルを撫でる。

 鏡のように磨き上げられた机には細かな意匠が施されていて、長い間野戦続きだったアルトリアにとっては、城の生活は豪華過ぎて落ち着かなかった。

 

 

 

「豪華な暮らしをするのは王の務めだよ。それに良いじゃないか、キャメロットの大半は人間のものではなく妖精たちの手によるものだ。別に人々の血税で作り上げているワケじゃない」

 

「それはそうなのですが。落ち着かないと言うか……少し申し訳ないと言うか……」

 

「逆に考えてご覧。人々の上に立つ王が貧しい生活をしていたら人々はどう思うかい?

 王は謙虚な人だと思われるよりも、こんな欲のない王で大丈夫か? と、王に対して不安を抱く方が大きいんじゃないかな」

 

「貧しい訳ではありません、質素です。充分に足りています」

 

 

 

 どこか、むっとしながらアルトリアは答えた。

 元々、小さな集落の外れで住んでいたアルトリアにとってその違いは大きい。

 その様子を見て、マーリンは少しだけ苦笑いしながら——

 

 

 

「明確な欲求や我欲を持たない王というはね、"酷く美しく"見えてしまうものさ」

 

 

 

 普段なら言わないような、少しだけ踏み込んだ事を言った。

 

 

 

「………??…………なんですか急に……」

 

 

 

 分かりやすいくらいに、顔に大量のハテナを浮かべながらマーリンを見やる。

 騎士王となる前、まだアーサー王の名が広まる前の諸侯漫遊時代の頃よりまったく見る事のなくなった、騎士としても王としても、何にも縛られていない少女の顔だった。

 王としての仮面は外れている。今は遠く、届く事のないだろう頃の表情だった。

 

 その表情はどこか、見ていて辛い。でもずっと見ていたい。

 無責任な夢魔の子らしからぬ感想をマーリンは抱いた。

 

 

 

「うん……まぁ、君はそれでいいさ」

 

「もしかして…………今、バカにされましたか?」

 

「アッハハハ!! いや、そんな訳ないじゃないか、ひどいなぁ」

 

「うん、バカにしましたね」

 

「いやいやしてない! してないって!」

 

 

 

 マーリンは思いっきり頭と両手を横にふりながら否定する。

 アルトリアのジト目はとれないが、こんなどうでもいいやり取りが酷く懐かしくてしょうがなかった。

 

 

 

「えぇ……博識なマーリンからすれば私はバカですよ」

 

「えっ! …………もしかして拗ねてるのかい?」

 

「拗ねてませんけど。

 それに、私が豪勢な暮らしをしているなら人々にも豊かな暮らしをして欲しいと思うのは当たり前です」

 

「……まぁそうかもしれないけれど。

 それに問題はまた別さ、元々この国が貧しいというのは前に話したけど、ブリテン島の人々が暗くなっているのは輝く塔が見えなくなったからさ」

 

「輝く塔……? 聖槍ロンゴミニアドの事ですか?」

 

 

 

 アルトリアが最果ての聖槍の話に食い付いたのをマーリンは感じ取った。会話の主導権を奪い取って話の流れを変える。いつもの常套手段だった。

 

 

「ああ。そういえば、まだ聖剣と聖槍の関係を話していなかったかな。

 聖剣は星の内部で生まれ、星の手で鍛え上げられた神造兵器——いわばこの惑星が作り上げた、星を滅ぼす外敵を想定して作られたものだ。

 人間を守護する武器ではなく世界を守護する剣。もちろん異民族相手にも使えるが、本来は滅びを打ち倒すものだ。だから——」

 

「本当の力は、世界を救う戦い以外には使えない。というのでしょう?

 貴方に言われるまでもありません。

 ……選定の剣ならまだしも、星の聖剣は力が強過ぎる。異民族ごと大地を焼き焦しては本末転倒だ」

 

 

 

 その通りだった。

 ヴォーティガーンを倒しても異民族は消えていない。ヴォーティガーンは怪物に過ぎなかったが、異民族であるサクソン人はただの人間だ。

 人間の都合、人間の執念で侵略してくる外敵は、ブリテンの人々にとってはヴォーティガーン以上の外敵になる。

 

 戦力ではブリテン人が勝っている。

 しかし土地を守らねばならない者と、何も持たず奪い取るだけの者では勝敗の基準が違い過ぎた。出来たものを奪い取り、殺し、立ち去る。それを永遠に繰り返す。

 土地を、家を守らねばならないブリテン人にとって戦い方が違い過ぎるのだ。

 

 守らねばならない土地や森ごと異民族を聖剣で消し飛ばしては、滅ぶのはブリテン島である。

 異民族は森に潜む。ヴォーティガーンが倒された影響で侵略は停滞したが、此方からは上手く手が出せない。

 もしも蛮族達と戦うのなら———聖剣などの強力な武装に頼らないでも充分な力を持ち、森などの地形に長けた人物。野戦に対して力を発揮出来る人物でなければならないだろう。

 

 

 

「その通り。異民族ごと大地を焼き焦しては本末転倒になる。星の光はここぞという時に使われる物だからね。

 次に聖槍の話だ。こっちは外敵を倒すものではなく、惑星を安定させるもの。星の錨と言ってもいい。例えば……理想郷かな。理想郷は何も全く違う世界にある訳じゃない。

 キミの足の下、薄皮一枚隔てた世界の裏側にあるものだ」

 

「……私の足の下……地面の下、ですか?」

 

「そう思ってもいい。ようは"キミ達の世界"という土台の下に"理想郷"という隙間があって、その下が惑星の地表というワケだ。

 理想郷もキミ達の世界も一枚の皮。どちらもこの惑星の地表に張り付いた織物なのさ」

 

「……織物……このブリテンもそうなのですか?」

 

「ブリテンだけじゃない。キミ達の世界全てがだ。むしろブリテンはちょっと特別だね。

 アルトリア。目に見えるものだけが全てじゃないんだ。惑星というのは地表で活動する生命によって物理法則を変えていく。

 魔術王ソロモンが没してから神秘の減少は加速し、かつて神秘と魔力が満ちていた時代は徐々に衰退していった。人格を持っていた神はただの自然現象となり、大気中のエーテルは霧散し、五百年前、西暦となった時より神代は終了した」

 

「……………………」

 

「この惑星は自然から独立し、自然のサイクルから離れても自分達で生きていける独自の知性を持った動物。つまりは人間達のものになった。

 結果、この惑星は自然現象の為ではなく"人間が生きる為に最適化した法則"に変化した。その法則の中では、竜や妖精といった神秘に属する者達は生きていけない」

 

「そう、なのですか。なんだかスケールの大きい話ですね。

 ……しかし、それが聖槍ロンゴミニアドとどう関係が?」

 

「うん。この惑星に敷かれた新たな法則。つまりは"織物"なんだけど、張り付いただけの薄皮一枚だといつ捲り上げられるか分からないだろう?

 風で飛んでしまいそうな布があったら、飛ばないように何かで縫い付ける。

 それと同じ様に、人間が住むに適した世界の"織物"をこの惑星に縫い付け固定するんだ。

 ——それが星の錨、最果ての塔。聖槍ロンゴミニアドだ」

 

「——————」

 

 

 

 アルトリアは目を白黒させている。

 話のスケールが余りにも大きかったから……ではない。

 その槍を、彼女が既に与えられていたからだ。

 

 

「そ、そんな大それた物を、何故私が!?」

 

「ブリテンの王だからだよ。神代最後の王だから、と言ってもいいかな。

 この島はね、世界の中でも特別なんだ。大陸は既に人間の世になっているけど、陸続きで繋がっていないこの島は、未だ神代の空気や神秘を色濃く残している。

 とりわけブリテン島は特別だ。何しろ、この惑星の臍みたいなところだからね。ここは神秘に生きる者にとって心臓部に等しい聖地なのさ。

 ———だからもし、もう一度この星をエーテルで満たそうなんて考えるヤツが出て来たら、そいつの工房は間違いなくこの島に作られる。

 ここは神代最後の痕跡にして、世界をひっくり返す為の支点にもなり得るんだから」

 

「……そ、そうですか……」

 

「それを防ぐ為に"世界を制している"のが聖槍だ。ブリテン島を守ることは、一つの魔術世界を封印するということなのさ」

 

 

 

 アルトリアはマーリンの説明を聞いて、心底げんなりしていた。

 気軽に槍を受け取ってしまった両手を見下して、ごくりと固唾を飲んだ。

 

 

 

「……ですがマーリン、その、聖槍は私の手にあるのですが、大丈夫なのですか?

 ……人々や世界とか」

 

「うん、大丈夫だよ。ヴィヴィアンに聖剣と一緒に押し付けられたその聖槍は、最果ての塔の影みたいな物だ。別に星の錨が外れた訳じゃない。

 まぁ……それでも本体である最果ての塔と繋がる神秘の塊でもある。それを悪用すれば、さっき言った世界をひっくり返す事も出来てしまうからね。

 ヴォーティガーンの様な手合いに渡さなければそれでいい」

 

「……ヴォーティガーンの……様な。

 分かりました、気を付けて、おきます」

 

 

 

 ヴォーティガーンの名を聞いて、アルトリアの顔に影が差した。

 しかし、頭の中に浮かべたのは本当のヴォーティガーンではない。卑王でも魔竜でもない、ただ一人の、吹けば飛ぶ様な姿の———しかし絶対に吹き飛ばないであろう子供を思い浮かべていた。

 

 

 

「……それで、マーリンは私に何か用があるのですか?

 私はその……少々忙しいのですが」

 

 

 

 アルトリアの表情に影が差した事と、話を変えようとした事に気が付きながら、マーリンはアルトリアに騙されたフリをしながら答える。

 

 

 

 

「ん〜、いや特に用はないよ。しいて言うなら暇だったからさ」

 

「………………」

 

「そんなに睨まないでくれよ〜」

 

「はぁ……まぁ女性関係の揉め事を起こすよりかはマシなのでいいですけど」

 

「女性は花みたいなものさ。モノによって形も色も何もかもが違う。

 私の生き甲斐さ。今はちょっとだけ巡り合わせが悪いけれど」

 

「……もしもタチの悪い妖精に目を付けられても私は助けてあげませんからね」

 

「大丈夫! 大丈夫! 私くらいになれば理想郷にでも逃げ隠れられるからね」

 

「まったく………」

 

 

 

 

 得意げに語るマーリンの言葉に溜息を吐きながら呆れながら、温かな微笑みを返した。

 何年経っても治る事のない悪癖に就いてはもう諦めている。

 

 

 

「それじゃ私はもう行くよ。花探しの旅さ」

 

 

 

 何気ない雑談は終わりを告げ、マーリンは執政室から出て行く。

 そしてマーリンが出る直前。

 

 

 

「———タチの悪い妖精で思い出したんだけど、モルガンは未だに"見る"事が出来ていない」

 

 

 

 そう、告げて来た。

 

 

 

「…………………………」

 

「この時代でなら、私は世界一"目"が良いと思っていたんだけど……ちょっと自信なくしちゃうよ、まったく。

 私の予想なら、王の道に置かれた小石くらいにしかならないと思っていたんだけど、ちょっと動きが読めなくて不気味だ。少し見縊っていたかもしれないかな、まぁ仮にもウーサーの娘って事だったんだろう。

 四六時中見る事は出来ないけど、時々ならちょっと私も探ってみるよ」

 

「———ありがとうございます。貴方が協力してくれるのはとても心強い」

 

「キミも、余り根を詰めすぎない様にね?

 軽い幻術をかけているとはいえ、分かる者には分かってしまうからさ」

 

「えぇ。休息はちゃんと取っているので大丈夫です」

 

「そうか。それじゃ」

 

 

 

 軽く手を振りながら、マーリンは出て行った。

 扉が閉まり、執政室に静寂が戻る。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 マーリンが出て行った扉を見つめながら深く思案をする。

 思案を始める前に、一度意識を切り替える為、習慣的に良く飲むある飲み物を飲む準備を始めた。ある豆を挽いて、熱湯を注ぐだけ。

 

 

 

「……香りはいいですけど、美味しくはないですね」

 

 

 

 マーリンが面白がって何処からか仕入れて来た、彼が言うには土みたいな飲み物。本当に土みたいな飲み物だとは思っていなかった。美味しいと思わない。正直言うならかなり苦い。

 それでもこれを飲むのは、簡単に目が覚めるからだ。ほぼ毎朝飲んでいるし、物事に集中したい時や意識を切り替える時にも良く飲んでいた。

 

 

 だが、この飲料を日常的に飲む者はアルトリア以外にいなかった。

 

 

 本当に美味しくないからだろう。一部の人は、信じられない程苦いと言って吐き出す者もいれば、体調不良を訴える人もいる。もう少し年月が経ってこのコーヒーという飲み物を改良されれば変わるかもしれないが、この時代では改善される事は恐らくない。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 本当に苦い飲み物を飲み終え、大きく背伸びをする。別に肉体が疲れている訳ではないが、癖として染み付いたこの動作を直すのは難しい。

 執政室の椅子に腰を掛ける。深く腰を掛けたのに、逸品物として作り上げられた椅子は軋んだ音を部屋に響かせる事はなかった。

 目を閉じて、目頭を軽く揉む。

 

 意識ははっきりし、休憩も終わり、そして雑談も終わった。

 次は——王としての時間だ。

 

 目を見開くと同時に、スッと彼女の雰囲気が一変する。この場に他者がいれば、この部屋の空気が一つ重くなったと感じられていただろう。

 そこにいるのは、師匠である花の魔術師の話に目を輝かせていたアルトリアではなく、一寸の狂いもなく国を計り、寸分の過ちもなく国を治めるアーサー王であった。

 

 細かな意匠が施された木製のテーブルには、一つの羊皮紙が置かれている。

 

 

 

「この一週間は、何の動きもなし……」

 

 

 

 羊皮紙に流麗な字で書かれた文章には、ある一人の騎士の情報が記載されている。キャメロットはおろか、ブリテンの騎士全ての中で最も幼い騎士の情報。しかし、所詮は推測にしかならないものでもあった。

 この羊皮紙には——ルークと名乗る子供がキャメロットに訪れてからの一週間の動きが記されている。

 

 この一週間の間、何か不審な動きを見せたという訳ではなく、数回城下町に下りて日用品を購入したり、町の構造を把握する為か宛もなく歩き回っていただけ。

 任務もなく、待機していろと命じられていたからとはいえ想像以上に従順だったと言っても良い。

 

 何か問題を起こしたという報告もなく、他者と衝突したという報告もない。しいて言うなら、他者との交流に対してあまり積極的ではないというくらいだが、それは問題でもなんでもない。

 

 恐らく偽っていると思われる素性に就いても——結果は白。矛盾する点は何一つなかった。

 コーンウォール北の外れにある教会では、本当に彼女をこの二年間育てたと神父とシスターは語っていた。口裏を合わせていたのではなく"本当に育てたと思っている"様子だった。

 

 しかし頭に浮かぶのは、勝利を宣言する様に妖艶に微笑みかけて来た魔女の姿。

 

 

 

「……じゃあ、姉上との関係はなんだ……」

 

 

 

 声を出した自分自身が驚くほどに、地の底から響く様な低い声だった。

 落ち着け、相手はあの妖妃モルガンだ。一度でも彼女の術中に嵌れば、二度と沼から抜け出せなくなるだろう。

 ……いいや、もう嵌められているのか……

 

 

 

「……ふぅ〜〜っ——」

 

 

 

 長い溜息の後、再び目頭を揉む。

 肉体の疲れはないし、精神的な疲れもまだ大丈夫だが、酷く頭が疲れる。

 

 それは深い霧の先にあるものを見定めようとしているのに似た感覚だった。しかも、霧の先に答えがあるのかも分からない。霧の先に、また別の霧があるかもしれない。

 

 

 ———だが、決して目を逸らしてはいけない。

 

 

 そもそも彼女を騎士として受け入れた以上、目を逸らす事はもう出来ない。彼女の背後にいる一人の魔女を見透かす様に、意味もなく羊皮紙を睨み付ける。

 

 この空白の二年間、あの教会で過ごして力を得たと考える事は出来なかった。

 仮に教会で育てられたにしても、モルガンの手が伸びていると考えた方が良い。モルガン程の魔術師なら記憶の操作が出来ていてもおかしくはない。

 それにモルガンが彼女を拾い、二年間育て上げたと考えた方が辻褄が合う。ヴォーティガーンの呪力は未だ戻らず、モルガンが彼女に与えたと考えるのが自然。

 常人には分からない感覚だが、彼女の内側にて鼓動する炉心の呼応を確かにあの瞬間感じ取ったのだ。

 

 

 ……何の代償もなしに、ヴォーティガーンの力を受け継ぐ事が出来るのか?

 

 

 思い起こすのは、白亜の城キャメロットがまだ魔城ロンディニウムだった頃の記憶。魔竜と化したヴォーティガーンとの頂上決戦。

 心臓を聖槍で貫かれ、世界を呪い、嗤いながら塵に還っていった卑王の姿。

 

 最悪、彼女の精神が乗っ取られている可能性も視野に入れなければならない。もしくは、混ざりあっているかもしれないし、二重人格となっているかもしれない。

 もしそうならば最悪の中の最悪である。もう彼女の精神を取り戻す事は出来ない。

 

 

 いいや——取り戻してどうする?

 

 

 

「………………」

 

 

 

 不意に浮かんだ考えに思考が停止して、次の瞬間には急速に回転していった。

 そもそもの話だ。彼女がヴォーティガーンに乗っ取られていたとしても、乗っ取られていなかったとしても、自分は復讐される立場にいる事は変わらない。

 モルガンは、彼女に復讐心を植え付ける必要などない。ただ元からある復讐心を利用して、力を授けるだけで良い。それだけであらゆる工程が終了する。

 

 

 

「……本当に……よくもやってくれましたね、姉上」

 

 

 

 考えれば考える程、状況は詰んでいる様にしか思えなかった。

 モルガンが新たに得た魔弾は既に射出されている。此方から打てる手はなく、その魔弾がどんな性質を内包しているのかは、この身を貫くまでは推測しか出来ない。

 しかも、その魔弾を破壊するのは極めて困難。仮に破壊しても……別の傷を負うだろう。極め付けに、この魔弾の対処を終えても本命であるモルガンは何一つ傷付かないのだ。

 

 キャメロット即位の日の、あの勝利宣言の如き笑みも理解出来る。

 何せ、モルガンは後はもう姿を隠しているだけでいい。何もしなくても魔弾役の彼女は、自動追尾で飛び込んで来るのだから。それに、姿を隠し続ければマーリンの意識を彼女から自分自身に逸らす事も出来る。

 

 マーリンは、まだ彼女に気が付いていない可能性が高い。世界全てを見通せる眼を持つが、世界全ての出来事を瞬時に理解出来る訳ではないとマーリンは語っていた。

 拡大鏡と同じだ。一点を見ると他の部分が見えなくなる。

 常人には感じ取れない竜の鼓動を感じ取れる様に、マーリンの千里眼もマーリンにしか分からない感覚なのだろうが、そう説明してくれた。

 

 

 

「———本当に……本当に……よくもやってくれましたね……」

 

 

 

 そう、思わず呪いの呪詛の様に吐き捨てる。

 しかし勘違いはしてはいけない。その魔弾をモルガンに与えたのは自分であるから。

 だからこそ、その呪詛を吐き捨てる。自分自身への憤りや不甲斐なさ。マーリンと同じく、モルガンの事をあまりにも軽視していた己の楽観的な視点を呪って。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 ランスロットが羊皮紙に書き記したあの子の一週間の動き以外の文章。

 彼が実際に相対した時に感じた印象や、少ない動作から推測出来たと思われる文章の羅列が目に留まる。しかし、それは後半になればなるほどに、ランスロット卿の達筆な字がやや乱れ始める。

 恐らく、この書面に書き記している時にあの子の様子を思い出したのだろう。

 負い目や、畏怖を。

 

 

 この文章から分かる事は——モルガンが撃ち出した魔弾は此方にとって最悪の代物だったという事である。

 

 

 怒りに狂乱するなら……精神的な被害を考えなければ、まだ対処が出来ていただろう。だがこれでは、決定的な瞬間が訪れるまで力を溜め続ける爆弾である。

 

 

 

「…………完成された人格……及び思考能力と視野……」

 

 

 

 羊皮紙に書かれた文字をそのまま頭に通して復唱する。

 十にも満たない子供が保有する能力ではない。そうなってしまうだけの運命の反動があったにせよ、たった二年でそこまで完成出来る代物には思えない。

 

 

 

「…………外的要因による、知識の補完………」

 

 

 

 実際に彼女と相対してしっかりと彼女の事を精査している訳ではないが、ランスロット卿が書き記した詳細を見る限りでは、ヴォーティガーンに乗っ取られている様には思えなかった。

 むしろ、ヴォーティガーンを乗っ取り返して、卑王の持つ知識を蓄えている可能性がある様にすらも思える。

 

 

 ……いや、証明出来ないし結局推測にしかならない。

 

 

 そもそも、彼女が元々どの様な性格の持ち主で、どの様にあの村で過ごしていたのかを知らない。確かめる余地がもうない。仮に、力のみならず精神性すら乗っ取ったとしよう。

 それはつまり、それだけの執念で己の精神を支えているという事でもあるに等しい。

 

 

 

「……一度、考えるのを止めよう。

 まず、これからどうしなければならないかを定めなければならない……」

 

 

 

 

 まず何を望んでいるか……——そんな事分かりきっている。そうだとしても、話し合わなければならない。それが、互いに互いを傷付け合う行為だとしても。

 和解を望んでいる訳ではない、復讐を止めさせたい訳じゃない。

 

 それでも、道半ばで倒れる訳にはいかない。

 もしも……もしも私がもうこの国に君臨する必要がなくなったら、私がもう充分だと納得出来たら、私はこの身をあの子に差し出すのだろうか……

 

 

 

 

「………………………そもそも、あの子と会話出来るのでしょうか」

 

 

 

 小さくが細く呟いて、天井を見上げる。

 暖かさを感じられない天井だった。

 別にこの部屋は狭くない。なのに、部屋が急に小さくなった様な錯覚と息苦しさを覚える。

 

 

 

「………恨みの対象が私以外にも広がっているとしたら」

 

 

 

 その可能性は否定出来なかった。

 自分だけを恨んでいるならまだ良い。しかし、騎士という存在そのものを憎悪しているのなら、それは非常に不味い。転がる問題をなんとかするには、まずあの子と意思疎通が出来るかという事にかかっているのだ。

 

 

 彼女は、いっそ不気味な程に理知的だという。

 

 

 しかし、内面は分からないが表面上は会話可能。なら彼女と会話するにあたって、一体誰なら適任なのか。

 自分が信頼出来る存在であり、尚且つ不測の場合に対処出来るだけの実力と対話術を持つ者。さらに、裏の事情についても多少なら黙認してくれる様な人物。

 そんな人物は、円卓の騎士くらいにしかいない。

 

 

 まず、自分自身はダメ。

 

 

 一番彼女と対話しなければならないのは自分だと言ってもいいが、一人の騎士に王が執着しているというのが周りに伝わると要らぬ噂が流れる。まず今の彼女と会話出来るかも怪しい。立場的にも時期的にもまだダメだろう。

 

 

 ランスロット卿、ベディヴィエール卿、トリスタン卿も控えた方がいいかもしれない。

 

 

 此方の事情を深く知り得ているが……彼女はあの日、そこにいた騎士の事を覚えていると考えた方が良い。

 

 

 ガウェイン卿はどうだ?

 

 

 ガウェイン卿の太陽の騎士とも呼ばれるあの爽やかな清涼を思わせる性格なら、もしかしたら彼女の心を晴らせるかも知れない。

 ……だが、彼は努力の人であるが基本的に挫折を知らない天才型である為、良くも悪くもやや空気が読めない。深い激情をその身に宿す彼女と相対した場合、逆効果になる可能性もある。そして彼の性格故に、腹の探り合いにはあまり向かない。

 もし、ガウェイン卿を彼女にぶつけるなら、敢えて事情を深く伝えずありのままで会話して貰った方が良いだろう。ガウェイン卿に関してまだは保留。

 

 

 パロミデス卿は……ダメだ。彼は現在、北方に詰めてもらっている。

 

 

 ブリテンの北方にはピクト人が生息する深い森が広がっているが、人を容易に喰らう魔獣の類も多数生存している。

 そして、パロミデス卿以上に獣狩りが得意な人物はブリテン島に存在しない。魔獣に関しては、ランスロット卿ですら歯が立たない程の人物だ。その為、彼はキャメロットを不在にしている事が多い。

 パロミデス卿に関しても保留。

 

 

 パーシヴァル卿は、かなり適任かも知れない。

 

 

 パーシヴァル卿は円卓の中でも最も心の潔き人物と言っても良い。円卓第二席である彼は一番早く円卓の騎士となり、一番自分を慕ってくれている騎士だ。

 どの様な人に対しても丁寧に接する態度は、あの子でも騎士という存在に対する黒い感情を和らげてくれるかも知れない。

 

 ……しかしパーシヴァル卿は、少々賛美が激しい。

 あの子に対し、如何にアーサー王が素晴らしい王なのかと語ってしまうと目も当てられなくなってしまう。

 事情を説明すれば適切に対応してくれるかもしれないが、「この子もいずれは改心してくれるかも知れません」と言われた場合、少々関係が拗れる。

 パーシヴァル卿に関しては一度様子見しよう。

 

 

 モードレッド卿は? ……ダメだ、そもそもどんな人物なのか自分が余り詳しくない。

 

 

 モードレッド卿は最近になって急に頭角を現し、先月円卓入りを果たした"青年"だ。あの少女が新たに騎士となり、騎士の最年少記録を塗り変える前は、モードレッド卿の"十五歳"という記録が最年少だった。

 いつも、伝承に出て来るデーモンの様な重厚な兜に、紅蓮の様な赤色が特徴的な白銀の鎧を身に付けた騎士である。

 当然、何故兜を外さないのか? と問いかけた事もある。

 しかし——

 

 

 

 "……よんどころなき理由により外す事が出来ません。それにこの兜の下に面白いものがある訳でもありません。代わりに何よりの忠誠をアーサー王に捧げると誓いましょう"

 

 

 

 そう彼は告げた。

 そしてそれを行動でも示し、円卓の末席。第十二の騎士となった今一番若い円卓と言っても良い。

 

 ……本当の末席は別に存在するのだが、あの呪われた席は実質あって無いようなモノだ。

 モードレッド卿が優秀である事は分かっているが、先月円卓入りを果たしたばかりで、どんな性格の人物かまだ良く分かっていない。期待の新人同士、もしかしたら話が合うかもしれないがモードレッド卿は保留。

 

 

 …………アグラヴェイン卿は……正直様子見したい。

 

 

 アグラヴェイン卿は自分の血縁……モルガンの子であり、その縁から騎士になった者だ。

 何を考えているか分からず、いつ裏切るか分からない不気味な騎士と周りは煙たがっているが、それはアグラヴェイン卿が何に対しても平等だからだ。

 激する事なく、誰よりも冷静に物事を俯瞰する事が出来る。やや無口だが、人を見る目は確かである。

 それに、彼は自らの母親であるモルガンとの縁を断ち切り、私生活には一点の不純もない。一番信頼できる騎士と言っても良い。

 しいて言うなら、敵対した者に対する容赦のなさが少々過激であるという事、それくらい。

 

 彼が心底己の母親であるモルガンの事を嫌っているのはなんとなく感じ取れる。その母親と関係があるであろう彼女と相対した場合、少々危険かもしれない。

 彼女の事情を知るのは、自分と三人の騎士だけだが、あのアグラヴェイン卿であればすぐにでも勘付いて独自に行動を開始する可能性がある。

 ……最悪、脅威になりかねないと抹殺してもおかしくない。

 

 モルガンと関係があるという点であれば、先程のガウェイン卿や、円卓六席のガヘリス。恐らく、まだオークニーのロット王のもとにいるガレスもモルガンの関係者なのだが、彼ら三人はモルガンではなくロット王に育てられている為モルガンの事をほとんど知らない。

 それ故か、アグラヴェインは彼らにこれといった反応を示さないが……彼女の場合だと話が変わるかもしれない。

 

 アグラヴェイン卿とは慎重に事を進めなければならないだろう。

 

 

 

「…………となると、後は……」

 

 

 

 一人の騎士が浮かぶ。

 その人物は、自分が知る人間の中で一番深く知る人物と言っていい。そして、私以上に彼の事を知る人物もいない。何せ10年近く一緒に育ち、更に10年を一緒に旅をして、王になるまでずっと一緒にいたのだから。

 

 

 

 

「——ケイ、卿……」

 

 

 

 

 常に不機嫌そうな顔で、すぐに眉を顰める青年。

 火竜すら呆れて飛び帰り、口先一つで巨人の首を切り落とすと謳われる程の毒舌の持ち主。超人溢れる円卓の中で、ベディヴィエール卿と同じく、ただの人間として円卓の席に座り、誰よりも現実を見据える人物。

 その言動から周囲との折り合いは余り良くないが、決して他人を見捨てる事はしない、肯定ではなく否定で他人を案じる不器用な"兄"。

 

 彼なら……ケイ卿なら、彼女の事情に関しても理解を示し尚且つあの子のことを見捨てる事はきっとしない。

 実力も申し分ないし、口八丁も利く。それに本人は否定するが、彼は細かい所にまで目が利く。アグラヴェイン卿とはまた別の、会話からではなく、少ない動作から相手が何を考えているかが分かる人物だ。あの観察眼はとても役立ち、また貴重だ。

 

 最近、任務のないケイ卿は暇を持て余しているし、この件に関してはガウェイン卿やパーシヴァル卿以上に適任かもしれない。彼は決して波風を立てないのだ。

 

 

 

「…………兄……」

 

 

 

 そう、兄だ。

 確か——あの子にも兄が居たのだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 あの子の兄が、一体どの様な性格だったのか知らない。

 あの兄弟がどの様な関係だったのか、もう知る由もない。

 ただ、名前だけを知っている。あの子がその名前を自分の名前として偽っているから。

 

 

 

「……ルーク…………」

 

 

 

 その響きが部屋に小さく響いた。

 また、部屋が小さくなって自分を圧迫する様な錯覚を覚える。

 

 

 

「兄と、妹……………」

 

 

 

 もう、あの兄の事を覚えているのは、きっとあの子しかいない。

 あの青年がどの様な人物で、あの青年と共に過ごした年月を知るのはもう彼女しかいなくて、そして、今まで一人で生きてきたのだろう。

 彼女は——あの村の人々から何を遺されたのだろう。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 アルトリアは椅子から立ち上がり、振り返って後ろを向く。

 部屋の窓から見えた風景から、もう夜になっているのだと今さら気付いた。窓の外には、一切の光が射さない、凍てついた暗闇。

 分厚い雲で覆われ、星のわずかな輝きすら届かない夜空の風景は、ヴォーティガーンとの決戦の時に辺りを支配していた暗雲の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ケイ兄さん……私は、どうすれば良いですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 切れ目が出来る様に、雲がわずかに晴れる。

 見上げた空には月がなかった。

 

 

 

 

 

 

 




  
 本作に於ける、円卓席次の設定です。後Fate世界で存在が確認されている人物の説明です、
 なんでその席次なの?という疑問はあるかもしれませんが説明すると文字数がかなり増えるのと、そこまで話に影響しないので、ふーんくらいの感覚でお願いします。

 
 第一席:アルトリア

 第二席:パーシヴァル

 第三席:ケイ

 第四席:不明(この作品ではベディヴィエール)

 第五席:不明(この作品ではガウェイン)

 第六席:ガヘリス

 第七席:不明(この作品ではトリスタン)

 第八席:不明(この作品ではアグラヴェイン)

 第九席:パロミデス


 第十席 : 不明(この作品で出て来る事はないが、一応この席は埋まっているという設定)

 第十一席:不明(この作品ではランスロット)

 第十二席:モードレッド

 第十三席:現在空席


その為円卓関係者


 ガレス
 現在はまだ騎士ではない。


 ギャラハッド
 現在はまだ騎士ではない。


 ペリノア王
 FGO一部六章にてガウェインに言及される。
 世界で最も広く知られるアーサー王伝説原典、マロニー著の【アーサー王の死】でアーサー王と一騎討ちしてカリバーンを叩き折った人。
 またロット王との戦争でロット王を打ち倒す功績を挙げるが、代わりにロット王の息子であるガウェイン卿に恨まれ殺害される。
 またパーシヴァル卿の父親という設定だが、原典によっては父親ではなかったりする。

 Fate世界では詳しい記述はないが円卓の顧問監督役を務めていたらしい。
 またカリバーンはモルガンの策略で紛失したという設定なので、Fate世界のペリノア王はカリバーンを叩き折っていない。
 (この作品ではモルガンの策略によって紛失する前に、主人公の影響で間接的に使用が出来なくなっている。またモルガンが主人公の育成に力を入れた為、カリバーンはアルトリアの手元にあるが、現在輝きは消失している)
 ロット王に関しては不明。
 この作品で名前は出て来る事はあれど、本人が出て来る事は恐らくない。


 ボールス
 FGO一部六章にてガウェインに言及される。次期円卓十一席であり粗暴な性格であるらしい。
 ちなみに原典ではランスロット派であり、ランスロットとギネヴィアの不倫が発覚した際にアーサー王ではなくランスロット側に付いてランスロットの逃亡に協力した。
 この作品で名前が出て来る事はあれど、本人が出て来る事は恐らくない。


 ペレアス
 『氷室の天地 Fate/school life』の劇中ゲーム「英雄史大戦」のキャラクターとして登場。
 原典ではガウェイン卿より強くてランスロット卿より弱いが、ランスロットと戦わなくて済むという呪いみたいな祝福により実質最強、みたいな扱いを受けていた騎士。
 だが、実際にFate世界のアーサー王伝説にて活躍していたかはよく分からない。
 Fate世界では後世の改変で生まれただけで、本来の伝説には存在していないと言われている。


 ユーウェイン
 FGOにて水着獅子王ことルーラーアルトリアのマテリアルにて記述あり。
 獅子の騎士の異名を持つ者で、存在している事は確かだがFate世界では、円卓の騎士であるのかどうかは不明。
 また、原典ではモルガンの子供とされる事が一般的だが、Fate世界でその様な設定は出て来てない。
 この作品で出て来る事はない。
 
 
 

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