騎士王の影武者   作:sabu

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 アルトリアの精神がかなりドボドボになっていますが許してください。
 最終的に、UBWルート後半の衛宮士郎並にカッコいいイケメンになるので許してください。
 


第17話 波立たせる一射

    

  

 

 

 超人達が集う十二の円卓の騎士の第一席に君臨し、ブリテン島全土の王となったアーサー王。

 円卓に上下関係はないとされるが、事実として円卓の騎士達は王を敬い、その王の手足となるべく集まった者達である。王なくしては円卓の結束はなく、また円卓がなければ国はまとまらない。

 ブリテン島に於いて、アーサー王は最も強大な力を保有する、最高権力者であると言ってもいい。

 

 

 そんなアーサー王の執政室に無言で入室し、応接用のソファにドカッと座る不機嫌そうな男がいた。

 

 

 誰が見てもすぐに余りにも不敬であると分かる行為。大胆不敵を通り越して愚かと言わざるを得ない行為だが、その行為を執政室の椅子に座るもう一人の人物は何も咎めない。

 こんな夜遅い時間に呼び止めたのだから不機嫌になるのは当然だろうと受け入れたからだった。

 

 

 

「……で? なんだアルトリア。オレはお前と違って夜をちゃんと寝ないとすぐ疲れるんだが」

 

 

 

 ケイの不機嫌そうな声色にアルトリアはやや申し訳なさそうにしながら返す。

 

 

 

「申し訳ありません、ケイ卿………

 ……今直ぐにでも話しておきたい事がありまして」

 

「(………………あ?)」

 

 

 

 一瞬で分かる程に明確な違和感だった。

 普段の王としての超然さはなく、また寛容さに溢れている訳ではない。王としての仮面を付けている訳ではないのに、呼ばれた名前は"ケイ兄さん"ではなく"ケイ卿"呼び。

 

 公では、彼がアルトリアと名前で呼ぶ事は性別を偽っている都合上許されず、また彼女もケイ兄さんと親しみを込めて呼ぶ事はない。

 しかし、公でない場所でなら彼はアーサー王ではなくアルトリアと呼び、また彼女もケイ卿とは呼ばず、ケイ兄さんと呼んでいた。

 

 一種の暗黙の了解と言っていい。だが今……——それがなかった。

 

 

 

「いえ、私も申し訳ないと思っているのですよ? でもその、ケイ卿が一番適任だと思いまして……」

 

「………………」

 

 

 

 僅かに眉を寄せた硬い表情でアルトリアは語っている。

 そもそも、アルトリアは普段は王としての責務や立場故に、こんな分かりやすく感情を表情に出す事はない。あったとしても、それは喜びや感謝といった正の感情な方が殆どだ。

 

 

 明らかな不調。

 

 

 この空間に自分と彼女の二人しかいないのに、アルトリアは王の仮面を付けて会話をしている。しかし、王としての仮面は外れかかり、普段の超然とした雰囲気もなければ、王者としての寛容さもない。

 

 

 

「……………………」

 

「あ、あの……ケイ卿?」

 

「……はぁぁ本当に………あぁ、めんどくせぇ」

 

 

 

 思わず天井を見上げてしまう。

 自然と溜息が出るのも仕方がなかった。今から間違いなく厄介事を押し付けられる予感しかしない。

 しかも、今までの生涯の中でも飛び切りの代物。いや、もしかしたらこれからの人生を含めても一番の厄介事かも知れないと思える程に。

 

 

 

「あー……あの、出来れば話を聞いて欲しいのですが……」

 

「おいアルトリア。あの土みたいな飲み物を煎れてくれよ。若干眠いし頭がスッキリしてないんだ。アレ程不味い飲料をオレは知らないが、アレを飲めば少しは意識が戻る。

 その後に話を聞く」

 

「わ、分かりました」

 

 

 

 そう告げると、こうなったらもうテコでもケイは動かないと悟ったのか、アルトリアは準備を始めた。

 豆を挽く動作は一目見ただけでも慣れ親しんだものだと分かる。つまりは慣れ親しむ程に日常的な動作になっているという事。あんなクソ不味い飲料を日常的に飲む奴の気がしれない。とケイは頭の中で考えていた。

 

 

 まだヴォーティガーンを倒す前の諸国漫遊時代に、マーリンが何処からか入手して来た物。

 

 

 面白そうだから飲んでみなよ、と差し出された土の様な色をした飲み物は、思わず吐き出す程に苦かった。

 涼しげな顔で飲むマーリンと、一瞬だけ眉を顰めただけでその後は平然と口にし続けるアルトリアにドン引きしたのを覚えている。

 

 マーリンはまだ良い。夢魔の混血児であるマーリンには味覚というものがないからだ。

 だがアルトリアの方は普通の味覚を持っている筈なのに、そのまま平然と飲み続けていた。自分の味覚がおかしいのかと、また口にしてもやはり苦かった。

 それも、若干体調を崩すくらいには。

 

 その分瞬間的に目が覚めるが、普通の人が飲む物ではない。

 これを涼しげな顔で飲んで、しかも日常的に口にする奴は絶対に人間ではないという確信があった。肉体か精神のどちらか、もしくは両方を魔性の類に片足を突っ込んだ奴以外は、この飲料を絶対に好まない。

 

 

 

「どうぞ……これは苦手ではありませんでしたか?」

 

「苦手だから飲むんだよ。気持ちが悪いくらいに目が覚める」

 

「そうですか……」

 

 

 

 受け取った飲料。マーリンが言うには、コーヒーとか言う飲料を口にしながら、横目でアルトリアを見る。

 やはり調子が悪い様に見えた。それも顔色に出てるくらいに。いつものアルトリアならもう少しくらい言い返すくらいはする。

 負けず嫌いの妹は、気落ちしているどころの話ではなかった。

 

 周りの騎士達は、アルトリアの事を鉄の心と称するが、アルトリアは鉄というよりも葦と称する方が合っているのをケイ卿は理解している。

 衝撃を受けてへこたれるが、すぐに顔を上げる。自己擁護の時間が一切ない。傷付きやすいが、心が折れる事は一度もなかった。

 そんなアルトリアがここまで気分を落としているのは、はっきり言って異常である。今までの生涯で初めてと称しても良いかもしれない。

 

 

 

「あぁ……本当に美味しくないな、これは。これを毎日飲む奴の気がしれない」

 

「……ケイ兄さんが淹れてくれというから、一から作ったと言うのに……まったく減らず口を……」

 

「——ハッ。悪いなアルトリア。

 それにこれは味じゃなくて香りを楽しむ物だとお前自身が言っていたんじゃなかったか? 味を貶して何が悪い」

 

「……ケイ兄さん。ふざけないでください、私は今真面目な話をしようとしているんです」

 

「というか、これを口にすると眠り辛くなるくらいに目が覚めるんだよ。仕事が溜まっているからってこれを夜にも飲んだりしてないだろうな、お前。

 それに今日はさっさとお前も寝て、話し合いは明日にしないか? オレは早く眠りたいんだが」

 

「ケイ兄さん。本当にいい加減にしてください。そろそろ私は怒りますよ」

 

「……………………」

 

 

 

 気怠げな態度と口調に、今から話す事が本当に重要な事なのだと念を押す様に告げながら、怒りを込めて強く睨みつけられる。

 軽い冗談も通じていない。精神的な余裕のほとんどがなくなってしまう程に、アルトリアは何かに追い詰められているという事が見て取れる。

 

 

 

「……なぁ、一応念の為に聞くが、本当に今じゃなきゃダメなのか? 今日は身体を休めて、万全の状態にしてから明日話し合った方が良いと思うんだが。

 重要な話し合いなら特に」

 

 

 

 気怠げな雰囲気を挟まず、アルトリアの目をしっかりと見ながらケイは告げる。

 アルトリアの精神状態を考慮した意見だった。しかし、アルトリアは間髪入れずに返して来る。

 

 

 

「ダメです」

 

「………………」

 

「確かに明日話し合った方がより堅実な話し合いになるかもしれない。しかし今は僅かな時間すら惜しい。今直ぐにでも相談したい事があるのです」

 

 

 

 アルトリアのそれは拒絶と言っても良かった。

 まるで何かに急かされていて、今こうしなければ何もかもが全て台無しになってしまうといった様な焦燥感。アルトリアの目を見て、ケイは一瞬で悟る。もうこうなったらアルトリアは絶対に己の意思を変えないだろう。

 

 

 

「……はぁ、あぁ分かった、分かったよ。

 それで? こんな夜遅くで、しかもいちいちオレに頼むんだ。何か暗躍でもしろって言うのか?」

 

 

 

 降参する様に両手を振りながら、ケイはアルトリアの言葉に返す。とりあえずは話を聞こうという体勢だった。

 

 

 

「それは、その……」

 

 

 

 しかし、いざ話を聞こうとすればさっきの圧力は消え失せ、アルトリアの表情に影が差す。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 アルトリアはしばし黙って俯いている。

 正直に言って、かける言葉がない。どう言葉をかければ良いのか分からないのではなく、今このタイミングでは何の言葉をかけても大した意味がないのだとケイは理解したからだ。

 

 一回落ち着けとか、やっぱり明日にした方が良いと言ってアルトリアを諭す様な言葉は何の意味もないのだと悟る。そうだと理解した上でアルトリアは相談すると決め、さらにその上で、未だに何かを迷っているのだ。

 その事を、ケイは理解出来てしまっていた。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 

 居心地の悪い静寂が二人の間を支配していた。

 会話もなく、ケイは静かに妹が口を開くのを待ち続けた。

 

 

 

「……一週間程前に、騎士になった"少年"の事を知っていますか?」

 

「……騎士になった少年? それは例のアイツのことか?」

 

「例のアイツ、とは」

 

 

 

 アルトリアの重い口が開かれ、ようやく出て来たのは彗星の如く現れた、例の存在についてだった。

 ケイにとっても、その存在は有名すぎる。

 

 

 

「知ってるもなにも、むしろキャメロットで知らない奴の方が少ない。

 それにオレが知らない訳ないだろうが。オレの親父を一撃でぶっ飛ばした奴だぞ。しかも、周りの騎士と比べて一回りどころか、二回り以上も小さい子供と来た。目立たない訳がない」

 

 

 

 忌々しげにケイは語る。

 率直に言えば、例の存在に良い印象は一つもない。

 十にもなるかならないかという歳で、今現在の最高権力者から直接で騎士に任命されるというデタラメさ。もちろんコネでもなんでもなく実力でもぎ取ったのだから手に負えない。

 自分の父親が都合の良い踏み台にされている様なものでもある。実際に姿を見た事はないが、嫉妬や怒り。嫌悪と言ったものは僅かだが存在する。

 

 

 

「まぁ、オレの事はいい。周りの騎士の反応は様々だがな。

 オレは実際に目にした訳じゃないが、先週の御前試合を実際に見た奴の熱狂具合は凄まじいらしいぞ?

 お前の再来だとか、次期円卓最優力、次代の円卓の最右翼だとか言って持て囃している奴もいたな。既に、ある一種のカリスマを誇っていると言っていい」

 

「………………」

 

「それに、もうランスロットやガウェインの様に二つ名を持っているらしいぜ?"鴉羽の騎士"ってな」

 

「……鴉羽?」

 

「なんでかは、噂に尾ひれが付いて定かではないが、いつも肩に鴉を乗せているからとか、行く先々で鴉に好かれているからとか。

 はたまたキャメロットに幸福を運んでくれる吉兆の象徴としてそう呼ばれてるとかな。正直言うなら、吉兆というよりかは不吉なんだが」

 

 

 

 その言葉に、アルトリアは何かを思案する様に俯きながら呟く。

 

 

 

「……………不吉ですか」

 

「あぁ不吉だね。さらに言えば気持ちが悪い。

 十程度の子供が騎士になるなど世も末だと思わないのか?

 それが噂の盛り上がり方にも影響してるんだろうが、好意的にしか見ない騎士や人々を心底気持ち悪く思ったのは——あぁ十年ぶりくらいか?」

 

 

 

 都合の良い所しか見ようとしない無辜の人々の心情をケイも理解出来ている。

 しかしそれでも、侮蔑の感情を抱かない様にする事は出来なかった。

 

 良くも悪くも、キャメロットは大きく騒ぎ立っている。

 モードレッドという"青年"が騎士になってから、たった一年足らずで円卓入りした時もかなり騒ぎ立ったが、今回はそれ以上である。

 モードレッドが円卓入りした事で、既に円卓の席は埋まってしまったが、もしまだ空席があればその鴉羽の騎士が円卓入りしていただろうと言う人間もいる。

 

 正確にはまだ空席があるが、あの席はあってない様なものだ。

 あの呪われた災厄の席に座りたいと思う人間はいないし、人々も第十三席の事はあってない様なものだと考えているからだ。あの席に座れる者は存在しないだろうし、そもそも現れないだろうと。

 

 

 

「……と言っても、本当にそんな存在いるのか? と疑っている奴もいるにはいる。

 一週間近くたったが、そんな目立つ存在を一目も見てないってな。周りの諸国では何かのプロパガンダなんじゃないかってキャメロットに探りを入れてくる奴も出始めた。

 ……仮に、その存在を隠しているんだとしたら、もう限界だとオレは思うぞ」

 

「そうですね。私も、そう思います」

 

 

 

 ヴォーティガーンが倒されアーサー王の統治が始まったとはいえ、まだ若干のゴタゴタは消えていない。そんな時世でいたずらに話を大きくするメリットはない。諸国に付け入る隙を与える事にも繋がるからだ。

 

 

 

「で、本題は?

 お前の様子だと、そいつの噂や所感を教えてくれなんて話ではないんだろう?」

 

 

 

 今話題となっている、その騎士になった例の"少年"とやらがアルトリアの悩みの種だという事は察せられたが、本題が見えてこなかった。

 ただ、その存在を隠して情報の操作をしていた事は今の会話から読み取れた。そして、国が動くレベルで重要な案件であるという事も。

 その言葉にアルトリアは何から話して、そして何処まで明かして大丈夫なのか悩みながら返す。

 

 

 

 

「単刀直入に言えば……この子はモルガンの回し者です」

 

「—————何?」

 

「……………」

 

「……はぁぁ……本当に、あの魔女め。まだ諦めてないってのかよ……」

 

 

 

 思わずケイは頭を抱える。

 アルトリアの腹違いの姉であり、復讐の妖妃と堕ちた魔女モルガンには幾度も苦汁を飲まされてきた。

 ブリテン島本来の王が持つ、魔力を自身に変換する能力を神秘が薄れてゆくこの時代で未だ保持している、アルトリアとはまた別の化け物。

 ここ数年は話を聞かなかったが、そう易々と復讐を諦める様な存在ではないという事は受け続けた妨害の数で理解している。

 

 

 

「それでなんだ。つまりはそいつの素性や経歴を探れって事か?

 後は、信頼に値するかどうかも」

 

 

 

 モルガンは確かに脅威だが、それでも彼女単独では円卓に敵う事はない。

 それどころか、アルトリア一人でも負ける事はない。魔術は通らず、聖剣の鞘の加護を持つアルトリアには傷がつけられない。故に彼女自身が表に出て来る事はまずなかった。

 モルガンは、陰謀と姦計を駆使し、自らは決して表に出て来る事なく、駒を動かす様に王に牙を立てる毒婦であると言っても良い。

 その策略の一環として、自らの血を受け継ぐ者を何人も嗾けている。

 

 

 しかし、誰一人として成功しなかった。

 

 

 しかも、成功するしない以前の話であり、嗾けられた者は敵意や復讐心すら芽生えていなかったという。彼女を母親だと思っているかどうかもすらも怪しい。

 

 モルガンの血を引く者の内三人は完全に白。

 モルガンとロット王の間に生まれた、ガウェインとガヘリスは母親であるモルガンの顔すら良く覚えておらず、ガレスはずっとロット王の下にいるのでモルガンの手が伸びている可能性は限りなく低い。

 完全に白ではない、若干グレーであるアグラヴェインはその忠節心からアーサー王に仇なす者ではないと判断されている。周りの評価はともかくだが、アルトリア自身は信頼している。

 

 

 

「……………そうですね……その様な考え方で間違ってないです」

 

「あ? なんだよ、歯切れの悪い。

 それに、間違ってない。ってどう言う意味だ? 正解ではないのかよ」

 

 

 

 どこか、自嘲する様にアルトリアは返した。

 相変わらず本質が見えて来ず、終始歯切れの悪い返事しかしないアルトリアに、ケイは若干の苛立ちを覚え始める。

 

 

 

「それはですね、その…………素性や経歴を調べる事に意味はありません」

 

「…………は?」

 

「一応、表向きの経歴などは全て調べが付いています。

 ……全て偽装でしょうけど」

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 ここまでアルトリアが何を言いたいのか分からないのは初めてだった。単刀直入に言うと宣言して置きながら、全然本題が見えて来ない。

 話を察するにも限界があった。

 

 

 

「あー……なんだ……ちょっとまてよ……」

 

 

 

 頭を毟りながら、今まで出て来た情報や、明らかに異質な妹の様子から推測しようとするが、上手く話は纏まらない。そもそも、纏めるだけの情報が出ていない様に思えた。

 

 

 

「…………ケイ兄さんは、第四の会戦を覚えていますか?」

 

 

 

 頭を抱えて悶々としていると、アルトリアは目を逸らしながら、まるで罪を告白する様にほそぼそと話しかけてくる。

 

 

 

「第四は……第五がヴォーティガーンだから……ベドグレイン城の奴か?」

 

「はい……それで、第四の会戦前に、一つの村を干上がらせたのを覚えていますか?」

 

「…………………………あぁ」

 

 

 

 覚えている。

 むしろ、あの出来事を知っている者の中で忘れている騎士の方が少ない。記憶は風化したとしても、抜け落ちる事は絶対にない。

 あの時、ああしなければより多くの人々が亡くなっていたと理解していても、そう簡単に納得出来る者は多くない。いや、本当に納得出来ている騎士などいないかもしれない。

 より多くの人々が亡くなってしまったというのは、所詮は仮定の話でしかないからだ。

 

 

 もしかしたら——村を干上がらせなくても勝てたのでは?

 

 

 そんな思案をする騎士も少なくなかった。

 そうすれば、自らの罪や力不足を見なくて済み、罪の所在の全てをアーサー王に押し付ける事が出来るから。そして、その様な帰結に至った騎士が何名かいる事をケイは知っている。

 

 

 

「……その話が、どう繋がる?」

 

 

 

 険しい顔をしながら、ケイはアルトリアに問いを返す。

 余り思い返したい話ではなかった。忘れようとは思わないが、必要もなく掘り返す理由はない。過ぎた過去は変えられず、ただ気分が悪くなるだけなのだから。

 

 

 

「……その……私が滅ぼした村の…………」

 

 

 

 言葉を詰まらせながらアルトリアは語る。

 

 

 

「唯一の生き残りが………この子です」

 

「—————あ?」

 

 

 

 その言葉と共に、執政室の温度が下がった様な錯覚を覚えた。

 一瞬、思考が止まる。最悪の光景と展開がケイの頭を駆け巡って、どんどん浮き上がって来た。

 

 

 

「……………………なぁおい、それって」

 

「間違いではありません……忘れる訳がない、私はよく覚えているんです。

 あの村の中で……ただ一人の小さな子供だったから……私が見間違える訳がありません」

 

「いや……でも顔が」

 

「……確かに、今のあの子は仮面で素顔を隠していますが……髪の色、と佇まいが一緒なんです」

 

「……………………」

 

「ヴォーティガーンとの決戦が終わった後、あの村を訪れましたが、この子の遺体だけ発見出来ませんでした。でも、たった一人の子供があの村を囲う森を抜けられるとも思いません」

 

「は? ……いや待て、さっきコイツはモルガンの回し者だってお前は説明したよな?

 おかしいだろ。コイツはモルガンの血を引く者じゃ………——」

 

 

 

 そこまで喋ってからケイは気付いた。

 モルガンの回し者だとしても、モルガンの血を引いていなければならない道理などはない。

 そもそもアーサー王に復讐しようとする者が非常に少ないからこそ、都合の良い駒として扱う為に、モルガンは自らの血を使って、自らの子供を利用しようと考えたのだ。

 

 だから前提として、復讐してくれるなら自分の血を引いている必要などない。その例の子供と復讐の魔女を繋げる道理は、たった一つさえあれば良いのだから。

 

 

 

「モルガンが……この子を拾ったと考えれば、全ての辻褄が合うんです。

 歳に似付かない精神も力も。モルガンが手を出して来なかった空白の二年間も。

 ……あの子の遺体だけなかった事も」

 

「————————」

 

 

 

 ガウェイン・ガヘリス・ガレスの様に白ではなく、またアグラヴェインの様にグレーではない。

 ———黒確定である。

 

 いちいち復讐心を芽生えさせる必要などない。ただ、元からあるものを、モルガンが使用すれば良いだけ。方向性を決めて、軽く背を押すだけでいい。

 後はモルガンが何かをする必要はないのだから。

 

 

 

「具体的な証拠はありません。

 全て憶測でしかありませんが、キャメロット即位の日に、この子とモルガンが一緒にいたのを私は見ました……」

 

「…………一応聞くが、この事について知ってる奴は?」

 

「あの日……一緒に村に付いて来てもらったランスロット卿、ベディヴィエール卿、トリスタン卿の三人です。

 多分……この三人はキャメロット城でこの子がモルガンと一緒に居たのを目撃しています。それ以外の人物でこの事を知る者はいません」

 

「——そうか。

 ……いや。あー、なんというか。あれだ、ちょっと整理する時間をくれ……」

 

 

 

 上手く言葉にならず、頭を掻きながら意味のない唸りしか出てこない。

 事の重大さは分かる。今、かなり不味い状況に陥っていて、これからどう対応すれば良いのかといった建設的な話をしなければならない事も理解している。

 

 だが、言葉が出てこない。

 混沌とした思考と情報を上手く噛み砕いて、整理する事だけで精一杯だった。頭で理解出来ていても心が追い付いて来ない。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 また、気味の悪い静寂が二人を支配する。

 互いに交わす言葉はない。暖かさの欠けらもない、居心地の悪い酷く冷え冷えとした空気が流れていた。

 

 

 

「ケイ兄さんは……他に聞きたい事はないのですか。

 ………………言いたい事とか」

 

 

 

 その沈黙を破ったのはアルトリアの方だった。

 顔を背け、吹けば飛んでしまいそうな程に小さく、自嘲する様に苦笑いをしながら問いを投げかける。

 ——だがそれは同時に、何かに怯えているようでもあった。

 

 

 

「あ? ……………………あー……」

 

 

 

 無論色々言いたい事はある。

 そもそも和解など出来るのか? という話だ。

 

 仮に、この子供が殺意を持って歯向かって来たとしても、最強の聖剣とその鞘である究極の護りを受けているアルトリアが敗北する事はない。更に、騎士王本人以外にも名だたる円卓の面々が立ちはだかるのだ。

 その子供がキャメロットに勝てる道理はない。

 

 

 ——しかしだ。

 

 

 その子供はモルガンが二年の歳月をかけて送り込んだ切り札でもある。

 そして、決して弱者という訳でもなかった、自分の父親を一撃で吹き飛ばした実力は本物である。既に普通の騎士相手には歯が立たないだろう。

 化け物には、同じだけの化け物。つまりは超人たる円卓の騎士をぶつけなくてはならない。それこそ、ガウェインやランスロットの様な本物を。

 

 その子供が歯向かっても敵わないと理解しているなら、最初の数年は表面上の関係を保てるかもしれない。だがその間は裏で力を溜め込み続け、最悪のタイミングで解放してくるかもしれない。

 極めて質の悪い爆弾だ。

 

 正直に言うなら、元凶であるモルガンには何のダメージはないとしても、さっさとこの子供を抹殺した方が良いとすら思っていた。

 この子供の実力をキャメロット側に表面上は引き込めるメリットはあれど、潜在的なデメリットが余りにも大き過ぎる。

 

 

 

「ケイ兄さんは、どう思いますか……?」

 

 

 

 ——だが、そんな当然の事はアルトリアも理解しているのだろう。

 この子供を受け入れる危険性を知っているだろうし、この子供に対する負い目があるから危険性を排除する為に抹殺するという選択肢を、心情的に選べない。

 国の為に死んでもらった子供を、また国の為に、その子供の可能性ごと摘み取ることがもう出来ない。

 

 こいつを受け入れるのは危険だとか、この子供と和解出来る訳がないとか、そもそもどうやってこの子供の問題を片付けるんだとか。

 そんな、毒にも薬にならない事をいちいち言う意味はなかった。

 そんな言葉は、ただアルトリアを追い詰めるだけ。アルトリアはそれを理解した上で、幾度も悩み、苦悩し——そして自分に話を持ち掛けて来たのだ。

 

 

 

 

「…………はぁぁぁぁ……あぁもう、マジで最悪の案件をオレに持ち掛けやがって……」

 

「あ、あの……」

 

「まぁいいさ。

 この書面を見るに、ランスロットは手も足も出なかったって事だろう? これには表面上の事と推測しか書かれてない。オレでも簡単に分かるだろう事くらいしかな。

 そういう点で言えば、お前の選択は正しい。事を広げるのも最悪だ。

 ……円卓最強も、無窮の武練と謳われた剣術が通用しない相手には形無しみたいだな」

 

 

 

 机に置かれた、ランスロットが書き記した書面を指差しながら語る。

 

 自分が選ばれた理由は、理解出来ないでもなかった。

 円卓の騎士は超人集団ではあるが、決して頭の出来が良い集団という訳ではないとケイは考えている。

 騎士道という概念に頭を浸した、頭のお堅い者ばっかりだと嘲笑っているし、現実が見えてない騎士に現実を突き付ける嫌われ者を買って出る事も良くやっていた。

 腹の探り合いが出来たとしても、それがこの何を考えているか分からない、モルガンの回し者に通用するかどうか。

 

 一番腹の探り合いが上手いのはアグラヴェインだが、モルガンの息がかかっているだろうその子供と相対した時、どの様な反応が起きるのかが不明瞭だ。

 そう判断して、次に候補に上がったのが自分なのだろう。

 

 

 

「あー……どうすれば良いんだかなぁ。

 とりあえずは会話を試みて、その反応から探ってみるくらいしか思い浮かばねぇ……」

 

「そ、そうですね。ケイ兄さんには、この子と可能な限り普通に接して貰って……それで……その……」

 

「反応を見て、色々推測しろって事だろ?

 まぁ……正直言ってこれ以外の手が取れないんだが。余りにも情報が足りてなくて。だがそれは、相手からしても同じ事だ。どんなにコイツが優れていようと、最初の数ヶ月は……こいつもまともに動けないだろうさ。多分手を出してくる事もないだろう」

 

「…………………」

 

 

 

 

 仮にこの子供がアグラヴェイン並みに腹の探り合いが上手いとしても、そんな短い時間でこちら側の動向や思惑を把握出来るとは思わなかった。

 相手はたった一人の子供。楽観視をする気はないが、その子供もそう簡単に立ち回れる訳がない。

 

 

 

「まぁ……とりあえず明日からな? 今日はもう夜遅い。

 この子供……ルークとか言ったか? こいつも寝てるだろうし、オレの方もひとまず情報を整理したい」

 

「……分かりました……ありがとうございます」

 

「お前も今日はさっさと寝て身体を休めろ、いいな? まともに休んでない状態じゃあ頭が動く訳ないだろう」

 

 

 

 アルトリアにそう言い付けて、ケイは執政室から出ようとする。

 

 

 

「あのっ! ……その……」

 

「はぁ……まだ何かあるのか?」

 

 

 

 会話の終わりを感じ取って、思わずアルトリアはケイを引き止めた。

 さっきはある程度の事情は説明したが、まだまだこの子供について説明してない事がある。でも、どこまで話していいのかが分からない。

 それに、説明したくない事だってあった。この子の力の源だとか、この子の家族についてとか。そして———素顔だとか。

 

 

 

「……その……」

 

 

 

 結局言葉を濁して、この子の裏の事情を一つ説明する事しか出来なかった。

 

 

 

「さっきはこの子を少年と言いましたが……本当は違います。

 この子は男性ではありません。その…………女性です」

 

「———ぁ……………は、?」

 

「素顔を見た事があるので、分かるのです」

 

 

 

 そう告げられたケイの表情は、今までで一番凍りついたものだった。

 ある事柄以外の全ての思考が停止させられる。知りたくもなかった事実を知らされる。その所為で、理解したくもなかった事実を理解させられる。

 

 

「流石に、嘘だろ……? なぁ?」

 

「嘘じゃありません。

 ……冗談でもありません」

 

「コイツは男のフリをする、十にもならない少女、だと……っ!」

 

「……えぇ」

 

 

 

 声が震えていた。そこには、隠しきれない激情が滲み出ていた。

 心の底から、アルトリアの行動が気持ち悪いと思った時も隠し通せた筈の感情が、どこまでも膨れ上がってケイから溢れ落ちる。

 

 

 

「兄さん……?」

 

 

 

 ケイは手を震わせながら、俯いて地面を睨み付けていた。

 不機嫌そうないつもの顔ではなく、眉間を震わせながら、心の底から怒りに塗れた表情だった。

 

 

 

「……オレはもう寝るぞ、色々疲れた」

 

 

 

 だがそれもすぐに元の表情に戻って、ケイはぶっきらぼうに返事をするだけだった。身体中から、心底疲れたと思わせる様な負のオーラを放出している。

 こうなったらもう、一切の話を聞いてくれないだろう事をアルトリアは良く知っている。

 

 

 

「あの……」

 

「明日からだ、いいな?

 ……あぁそれと。お前の宝物庫の中で埃被ってる、グウェンとか言う名前の透明マントがあっただろ? それを明日直ぐに寄越せ」

 

「は、はい。お休みなさい」

 

 

 

 言葉を続けるのは許さないとばかりに、高速且つ手短に、怒鳴る様に返答された。しかも、今までで一番と言っていい程に不機嫌な顔で。

 そしてそのまま、乱暴に扉を開けて執政室から出て行った。

 

 

 

「……今日は流石に私も身体を休めましょうか……」

 

 

 

 振り返って、窓から夜空を見る。

 暗雲は晴れていたが——やっぱり月はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執政室の扉を開けた後、何処かに行くでもなく、そのまま扉を背に預けてケイは佇んでいた。

 扉の奥からは、物を整理する様な音が数度響いてから、足音も聞こえなくなった。恐らく妹はちゃんと寝ただろう。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 その事を確認し終えてから、ケイは手に持っていた書面を読み返す。

 ランスロットが書き記し、先程妹から相談受けた——とある少女についての書面だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけるなよ、何が……っ少女だと……?

 男と姿を偽って………人としての人生を捨てた……ただの少女だと……ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 余りの激情を抑えられず、手を握りしめる。その書面ごと。

 ケイにとっての決して触れてはならない地雷が起爆している。

 

 

 

「マーリンもモルガンも……あぁ……どいつもこいつもクソの魔術師共が……っ!

 自らの私利私欲の為に、関係のない者の人生を好き勝手に弄びやがって!!」

 

 

 

 聞く者を震え上がらせる程の憤怒だった。

 その定められた運命を、そしてその運命を作り上げた者への憎悪。自分の目の前に居ない筈なのに、意味もなく正面を睨み付ける。

 もし目の前に、その魔術師達が居たとしたら、敵う事はなくとも全力で殺しにかかっていたかもしれない。

 

 

 

 

「ふざけるなよ……

 人として育てられず、人としての生涯を得られなかったから、人々の理想の王という存在として自らを縛り上げる少女と………

 人として育てられ、そして人としての幸福の全てを台無しにされて失ったが故に、復讐に身を焼き焦し続ける少女だと………ッッ!!」

 

 

 

 

 書面を握り締めてる手と逆側の手で、思いっきり頭を掻き毟る。それこそ、そのまま自分の頭を握り潰してしまうかの様に。だが、当たり前だが潰れない。そんな力を持っている筈もないから。

 

 

 

「———本当に……本当に……よくもやりやがったな魔女め……あぁ、テメェが作り上げたそれは最高傑作だろうさ。それこそ、先王と花の魔術師が計画して作り上げた最高傑作にすら通じるだろう程にな」

 

 

 

 それは凄惨な笑みだった。

 笑わずにはいられない。笑ってなければやってられない。

 

 あまりにも。あまりにも悪質な一手だった。

 しかも酷く周到でご丁寧。そして、マーリンのそれよりも酷く悪趣味。

 精々が道を歩く者を転ばせる石程度の者でしかないと考えていたが、魔女はそんなものではなかったという事を理解させられる。

 小石などではなく、その匂いを認識した瞬間、相手の内側から蝕んでいく腐臭を放つ腐り果てた臓物であった。

 

 最悪だ。

 こんな事知りたくなかった。

 こんな事に関わりたくなかった。

 

 でも、そんな出来事の中心に妹がいるのだ。

 あぁ……本当に最悪だ。

 

 

 しかも更に最悪な事に——妹はその少女に何かを重ねているのかもしれなかった。

 

 

 性別故なのか、もしくは境遇か。

 何かは分からないが、あの余りにも不自然な態度は未だに何かを隠してることを雄弁に表している。

 ——それは、その例の少女の視点に立った場合の時の何かを想像している様に思えた。

 

 

 

 

「ハ、ハハ。

 何が、今までで一番の難題を押し付けられるかもしれないだ……こんなの、今までの人生どころか、後の生涯全ての事件を足したとしても、この一件を超える事など出来やしないだろうさ」

 

 

 

 あまりにも荷が重いと言っても良い。

 他の名だたる円卓の騎士の様な力もなく、優れたカリスマもない、どこまで行っても凡人にしかなれない自分が、現在進行形で拡大を続けるブリテン島最大の騒動の中心人物として巻き込まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「———あぁ、いいぜ。やってやるよ、やればいいんだろうが、クソが……ッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 もうどうしようもない。

 巻き込まれた以上、凡人でしかない自分には後退も撤退も許されず、ただ足掻き続けるしかない。それなりに平和になったブリテンで、円卓の任務を片手間に自堕落に生きるという予定に別れを告げるしかない。

 

 そう理解して、彼は決心する。

 ——死ぬその瞬間まで運命に抗ってやると。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ある一つの運命の歯車が逆回転を始めた。

 

 

 

 

 

 

 




 
 ケイ卿はFate主人公になる素質がめっちゃあると思います。
 だれかケイ卿をFate主人公にして。
 


 

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