騎士王の影武者   作:sabu

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 短め。まだ主人公の話じゃないです。許してください。
 後、鬱展開です。数話で終わるので、流し読みでももう数話読んでくれるとありがたいです。
 


第2話 運命の日 前編

 

 

 

「もうこれ以上は…どうにかならないのですか…」

 

 

 

 太陽が照らす平野を抜け、木々が生茂る森林を抜け、数十の白銀の鎧達は森林の中にひっそりと佇む村里にたどり着いた。街ほどとは言えないがいくつかの畑に、それなりの数の家屋を有するおおきな村であった。

 

 

 そして、村の中央には一目見ただけで貫禄を感じられる千年大樹と表しても良い様な大木が立っている。

 

 

 その大木の周りには様々な花が咲き乱れ、小さな広場になっていた。

 さらにその広場の周りを囲う様に家屋が、そしてその家屋を囲う様に畑があり、この村を守り囲う様に森林の木々が生えている。

 この村の場所は、ブリテン島最南端のコーンウォール州、その北に位置する森林の中の村だった。

 突如として押し寄せて来た騎士達の一人、騎士の中でも小柄な"少年"の騎士は、村に来るなり一言だけ告げる

 

 

 

「ベドグレイン城奪還の為の物資が足りない……ヴォーティガーンとの決戦の為にこの城は不可欠な物となる……そして蛮族やヴォーティガーンに下った部族達との会戦は、今までで一番苦しいものになる……すまない」

 

 

 

 この"少年"騎士が告げた言葉が全てだった。

 少ない命を受けた騎士達はいくつかに分かれて、村から物資を調達していく。畑から食物を、森から果物や動物を、川を干上がらせ、水と魚を、家屋から馬を。

 ようやく冬を乗り越え、これから春の恩恵を得られるのだというのに、この出来事だった。決してこの村は裕福と言える方ではない。この村の生活が、生命が危ぶまれる位までになっている。

 

 こちらを見る老人の目は限りなく冷たい、いやそれだけじゃない。

 この騒ぎを聞きつけ、家屋から出てくる人、家の窓からこちらを覗いている目。それは全て、友好的なものは含まれていない、それどころか殺意すら含まれている。

 もし殺意に殺傷能力があるなら、その視線で体中を貫かれているだろう。

 

 彼らが実力行使に訴えてこないのは実力では敵わないからだ。

 ただ目に殺意を込めて睨むしか出来ない。そして騎士達に何を訴えようと、彼らは変わらないだろうと理解したからか何も言わない。

 騎士が逆上して自分達に襲いかかってこないようにじっと耐えている。

 森林の中にあるという地形、そして元々、他者に閉鎖的な姿勢も影響しているのか、この村には老人が多い。

 

 だからこの村を選んだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

「(———……今、何を考えていた……?)」

 

 

 

 不意に逸れた思考が、彼女をより思考の渦に引き込んでいく。

 

 

 

「(今……私は、この村の人々を"死んでも被害が少ない"人間だと、自分勝手に裁定した?

 私はこの行為を仕方がない事なのだと正当化しようとした?

 ……私は自分の為に、必要な事だから仕方がないのだと——慰めにかかった?)」

 

 

 

 少しでもふざけた考えが浮かんだ自分に、耐えがたい吐き気を催した。

 死んでもいい人間なんていない。いる筈がない。そんな人は存在しないのだ。

 

 ここに住む人々全員が自分が救うべき、尊き民である。守ると誓った人々そのもの。血に煙り、救いきれず多くの人を取りこぼして来た自分では到底敵わない、清らかな命そのものであるというのに、一体どんな逃避だろう。

 

 ブリテン島を救う、王だと名乗りを上げていながら、自分の行いはなんだというのか、と自問自答をする。不甲斐ない自分に嫌悪感を抱く。

 今ある物資で戦えないのですか? と言われたら立つ背がない。

 自分の国の村を焼かなければ、戦えない王なのだと、自分は告白しているようなものではないのか、少なくとも彼らからしたら、自分達は、侵略し、掠奪する蛮族と何等変わらない。

 

 なのに、自分は今、この行為を正当化し、逃げる口実を探した。

 

 

 

 

 

 

  ——自分が守ると誓った人々の平和を

                  

                    この手で破壊しているくせに——

 

 

 

 

 

 血が出る程に唇を噛み締め、その激情を自らに向ける。

 私は逃げようとしている、私が背負わなければいけない罪を見ないふりをしようとしている。

 この罪は背負う、決して忘れない。

 

 ——それでも、この行為を変えられない。私は戦わなければいけない。

 何故なら、あの日に誓っているのだから。

 

 

 

「物資の調達が終わりました……行きましょう、これ以上はもう……」

 

 

 

 この町の生命線と言ってもいい物資を、自らの命で調達して来た騎士達は、仕事を終え自分の下に集まってくる。彼らからの視線は不服であると告げていた。

 ランスロット、トリスタン、ベディヴィエールが騎士達を統制しているが、この出来事で多くの忠誠が離れるだろう。何も不思議じゃない。当たり前だ。

 

 

 

「おい!! ふざけるな! 根こそぎ何もかも奪い取っていきやがって! こんなんじゃ後数週間したらこの村が滅びるって分からないのか!!」

 

 

 

 ——不意に少し離れた家から大きな怒鳴り声が聞こえた。

 

 

 

「すまない……次の会戦に勝利するにはどうしても物資が足りないんだ……理解して欲しい……」

 

 

 

 この村では珍しい若者が、自分の家に上がり物資を持って行った騎士の一人と口論している。金の髪に翡翠の瞳。優れた容姿の青年であったが、顔には青筋が浮かび、目は血走っている。怒りを表したその表情が、彼の容姿を台無しにしていた。

 

 

 

「理解しろだと!? ふざけるなって俺は言っているんだ! なら俺達の事も理解して欲しいものだ! 俺達はお前らがやる戦争なんか知らないし、その為に生きているんじゃない! 今、明日どうするかを考えて生きているんだってなぁ!」

 

「……すまない」

 

「それしか言えないのかテメェはぁぁァァァ!」

 

 

 若者が逆上し騎士に殴りかかる。相手が重装な鎧に身を包んでいるのを気にせず、大きく振りかぶり、右の拳で騎士の兜に殴りかかった。

 殴られて当然の事をしていると自覚があったからか、騎士はその攻撃を避けようとしない。

 

 若者の拳と騎士の兜がぶつかる、騎士の兜の所為で若者の拳は本人まで届かずよろめかすのみ。兜と拳が当たった瞬間、鈍く嫌な音が鳴り響く。

 明らかに青年の、指は親指を除いて折れただろうほどに指が歪んだ。

 

 

 

「〜ッぅぅ、ああぁぁァァァ!!」

 

 

 

 若者は痛みに顔を歪めながらも更に攻撃を仕掛ける。

 今度は騎士が腰に帯剣している剣を掴みにかかった。

 流石に剣を盗られては命に関わると践んだのか、騎士は慌て、若者に手を上げてしまう。

 

 しかし先程の若者の攻撃で頭を揺らされていた為、上手く体が動かなかったのか、自身の体重に鎧の重さが乗り、体全体で押し除けるように払ってしまう。

 ——最悪な出来事は重なる、大きく押し退けられた若者は一瞬、宙に浮き、後ろにある家の塀に頭からぶつかった。

 

 

 

「……あっ……なっ、!? ……これは!?」

 

「なっ!? 何をしている!」

 

 

 

 アーサーが気づいた時には、もう全てが手遅れだった。

 先程まで騎士に挑みかかっていた若者は、もうピクリとも動かない。

 今しがた騎士を圧倒しかけていたのが嘘かのように横たわり、頭から血を流していた。

 

 死んでもおかしく無いほどの怪我。

 辺りは騒然とし、不気味な静寂がその場の空気を支配し始める。

 

 

 

「——えっ……そんな!? ……ルーク!! ルーク!? 起きて! ねぇ!!」

 

 

 

 この異様な騒ぎを聞きつけたのか、若者の家からドアを跳ね除け一人の女性が出て来た。

 見目麗しい貴婦人であり、横たわり動かない若者に語りかけている所から、きっとこの青年の母親なのだからと推測できる女性。

 彼女の悲鳴とも取れる声を受けながらも、若者は指一つも動かない。

 

 

 

 

 

「——にいさん……?」

 

 

 

 

 

 更に母親の悲鳴を聞きつけたのか、跳ね除けられたドアからこっそりと覗き込むように、この惨状を小さな幼子が目にする。

 その声は恐怖と困惑に滲み、酷くたどたどしい。

 

 

 

「えっ……なっ、え? ……何……で、何……が……」

 

「———な………ッッ」

 

 

 

  家から顔を出し、この惨状を認識し始めて困惑に顔を歪めるその幼子の容姿を見て、心臓が跳ねる。

 

 

 ——似ている。

 

 

 その幼子の髪は鮮やかな金色。短く後ろに揃えられていながら、軽さと柔らかさが感じられる黄金は、同質量の純金ですら眩むだろう。美しい髪は太陽の光を受け止め、神々しく輝いている。

 翡翠の瞳は何者にも穢されぬだろう透き通り、木々の緑よりも尚深い。

 まだ、男とも女ともとれない中性的な容姿だが、このまま成長すれば間違いなく美人になるだろう程の容姿をしている。

 

 

 いや、似ているどころでは無い、本当に——瓜二つだ。

 

 

 もしも——もしも自分が、男としてではなく女として。普通の子供として。王ではなく一人の人間として。ただ純粋無垢にして生活を重ねたら、きっとこのようになるのかもしれない。

 そう直感できるほど、だった。

 

 

 

「……っは……な、なん、で……アーサー、王が……どう、して……」

 

「   ——ッ」

 

 

 

 あまりの惨状に恐怖したのか、幼子は腰を抜かし、膝から後ろに倒れ伏した。

 幼子は震える声で問いかける、どうしてと。平和を約束し、ブリテンを救うと誓った筈の騎士の王。アーサーが、何故と。

 

 

 

「————ッぅぅ、ぁぁぁあ、ああ」

 

 

 

 子供の悲鳴は続く。

 穢れなき、純粋無垢な幼子は今ここで消えた。

 頭痛で苦しむように顔を手で抑え、整えられていた顔は恐怖と苦痛に歪んでいる。翡翠の瞳に浮かぶのは困惑と絶望。声は擦れ、その視線は決して誇り高き騎士に向けるものではない——迫りくる蛮族に対する物と同じだ。

 

 その光景を作り出しているのは、人々に謳われた筈の理想の王。

 自分が救うと誓った人々を、今地獄に叩き落とした。

 平和を守ろうと約束した人々の平和を、その象徴である純粋無垢な少女を——今自分は、この手で、完膚なきまで破壊したのだ。

 

 

 

「アーサー王!! どうか……どうかこの子だけは!! やっと来月で七歳になるんです!! この村でただ一人の子供なんです! この子にはまだ何の罪も無いんです! ……私はどうなってもいいから、この子だけは救って下さい!」

 

「王……この子だけでも、なんとかならないのですか? ……これでは、余りにも……」

 

「王よ……この行為は騎士でもなんでもなく蛮族の所業と変わらない。この果てに得られる勝利には、守り通せるものは何も無い。このランスロット、例えこの幼子を守りながらでも、たとえ片手が封じられようと、必ず貴方に勝利を捧げると誓います……ですから、どうか……」

 

 

 

 自分の息子に致命傷を与えられながら、明日の生活が危なげな域まで落とされながら、恨み言を一言も呟かず、自分の身すら差し出し、ただ自分の子供を助けてくれと、この子はまだ何もしていないから助けてくれと願うのは、母親の曇りなき愛故か。

 

 

 私はここまでの強き愛を知らない。

 私は母親を知らない。

 本当に——本当に、良い家族だったのだろう。

 

 

 この惨状と余りの光景に、円卓の騎士ベディヴィエールはこの子だけでもなんとかならないかと進言し、騎士達の中で誰よりも屈強なランスロットは、子供を守りながら戦うハンデなど気にはならない、その果てに必ず自分に勝利を誓うと、この惨状を作りだした自分に、まだ忠誠を示してくれる。

 

 

 

「できない……」

 

 

 

 ——この日ほど自分の無能を殺してやりたいと願った日はない。

 

 

 

「なぜっ!! どうしてですか!」

 

「そんな、それでは……この子が……」

 

「王よ! もう一度、もう一度だけ進言いたします……必ずやこの子を守りながらでも、自分の限界すら超えてみせます。必ずです。ですから……」

 

 

 

 子供を守りながら戦うなんて優れた芸当ができるのはランスロット卿くらいだろう。他の騎士では到底できない。

 そして、そのランスロット卿には遊撃を命じていた。常に戦場を俯瞰しながら動けばならないランスロット卿にハンデをつけさせて戦うという事は間違いなく、戦いで響く。足並みが崩れるどころの話じゃない。

 そしてこれからすぐに第四の会戦が待っている。

 

 安全な場所に避難させる余裕もない、騎士一人を付けて行かせる時間すらない。

 次の会戦は一切の予断を許さない激しい戦いとなる。もしもこの幼子を守ると決めて、守りきれなかったら、戦意は激しく低下するだろう。

 ……こんな状態で士気など自分が語る資格などないだろうが。

 

 次の会戦は絶対に負けられない、負ければ、ブリテンは滅亡を辿る。敗北に繋がる道は可能な限り消さなければならない。

 

 

 

「いくぞ——」

 

「……了解しました」

 

 

 

 全ての視線を置き去りにして、踵を返す。

 歩みを開始した自分に向けて、小さな声がした。

 

 

 

 

「——あなたは……あなた、は……」

 

 

 

 

 幼子が震える声で、困惑を滲ませながらもこの状況を理解し始めたのか、何かを口にしようとしている。

 それはただ絶叫するでもなく、非難の声を上げる訳でもないにも関わらず—-—アルトリアの心に刃となって深く突き刺さった。

 この幼子を絶望の淵に追いやったのだと、純粋無垢な未来を穢したのだと深く認識して。

 

 

 自分にはもう何も語る資格など無い。謝る資格すらない。もしこの命を差し出せて救えるなら、すぐにでも差し出したい。

 ——しかしそれは許されない。私は勝たなくてはいけない。ブリテンを救わなければいけない、いつの日か、私は必ずこの国を平和にしなければならない。

 それ故、今、この命は差し出せない。

 

 

 彼女は心を殺し、選択する。

 憂いに目を細める事すらしない。それは自分に許された事ではないものなのだとして。人の感情を持っていては人々は守れないのだと、あの時に決心した誓いを"呪い"の域にまで昇華して。

 

 

 彼女は踵を返して村から外へ出て行く。村の住人の視線も、悲鳴を増やす母親を、そして——いつの日かの自分の可能性を持った子を、未来を持った少女を置き去りにして。

 人々からも、自身の騎士からも、少しずつ孤立しながら。

 

 

 

「アーサー王……貴方は……」

 

 

 

 今まで、事の成り行きを見守っていた円卓の騎士の一人、トリスタン卿が一言何かを呟きかけ、結局それは言葉にならず、飛散していった。

 

 

 

 こうしてアーサー王は、選定の剣を抜いた代償を支払う事になった。

 彼女は自分の心を一つ殺した。人々を守る為——人々を殺す存在となったのだ。

 彼女の心は揺らげない。揺らがないのではなく、揺らげない。

 その資格は自分にはないのだと、呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼女達騎士はガウェイン卿を殿とし、円卓の騎士であり優秀な補佐官のアグラヴェイン卿や、自分の義兄で兵站の管理を任せているケイ卿に指揮させていた本隊と合流し、ベドグレイン城奪還に赴く。

 その時の、いつもは口達者の義兄が何も言わなかった事が、アルトリアにとっては酷く心が痛かった。

 

 多くの騎士達は顔を歪ませていたが、だからこそ、この様な惨状はもう繰り返してはいけないのだと、ヴォーティガーンを倒し、ブリテンを平和にするのだと強く奮闘した。

 騎馬によって塀をこえ、戦場を駆け抜け、剣の一振りで多くの蛮族を斬り伏せ、城を奪還する。

 湧き上がる歓声、そして敵の悲鳴。彼らアーサー王達は、華々しい勝利を挙げたのだった。

 

 

 ——当たり前の事だ。

 

 

 そうでなければ何の為に、村を一つ滅ぼしたのか、申し訳が立たない。

 ……あぁ、それでもこの戦果では償い切れなかったからか。いやそもそも、戦果では到底償い切れない事をしたからか。自分は理想の王に相応しくは無いからなのか——

 

 

 

 

 

 

 

 

      その日を境に

 

 

 

 

 

                   ——選定の剣から光が消えた。

 

 

 

         

    

 


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