騎士王の影武者   作:sabu

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 ある意味ようやくアーサー王伝説編に入ったようなもの。
 尚、生前編は基本的に、主人公とその他円卓騎士による人間ドラマの合間に原典要素と戦闘要素が入り込んで来るので、原典要素は5割くらいです。許して。
 純正ファンタジーをダークファンタジーに落とし込むの大変なのです。

 互いが互いに向ける感情と歪みが、文章に滲み出てる様な文章を作りたいです。
 


第21話 サー・ケイと叛逆の城 起

 

    

 

 結論から言うと、馬にはこれと言って手こずる事もなく簡単に乗れた。

 私の事を見るケイ卿の顔が微妙に嫉妬に曇っていたが、嫌われてしまった動物に対しては、何故かとことん嫌われてしまうタイプなので許して欲しいと個人的に思っている。

 

 私がキャメロットに訪れるまでの間に出会った野狼には酷く威嚇され、鳥獣は私が近づくだけでバサバサと音を立てて逃げ出し、魔獣の類いは私と目が合うと震えて動かなくなる。

 不要な攻撃を受けなくて済む利点はあれども、あの光景は余り他者に見せていい光景ではないだろう。見た目はただの子供の癖に、ただそこにいるだけで動物が震える存在など恐怖しか浮かばない。

 

 ただ好かれる動物には、本当に好かれる。それこそ此方の考えを全て理解してくれているんじゃないかと思える程に。私が選んだ馬は別に名馬でもなんでもない普通の馬だが、馬に好かれたのは本当に安心した。

 

 ……安心はしたのだが。

 

 

 

「あぁ……クソ…………本当にムカつく……」

 

「………………はぁ」

 

 

 

 私が馬に騎乗している姿を見て、ケイ卿が呪詛でも吐いている様な声を発している。

 これでも、まだマシだ。キャメロットを出てからの数日間はもっと酷かった。更にそこから口論になって話が脱線し、また互いに罵り合いが始まる。

 互いに話を変えようとし、森とか川とか花とか、どうでもいい会話を展開しようとするのだが、知識の保有量の違いでまた口論が始まる。

 きっかけさえ有れば罵り合いに変えられるという、どうでもいい才能については、キャメロットで一位と二位になれるかもしれない。

 

 多分一番の被害者は馬だ。

 口論が始まると互いの空気を繊細に読み取るのか、馬の機嫌が悪くなる——ケイ卿の馬だけ。私の馬は周囲の雰囲気を意に介さず、終始穏やかだった。それを見てケイ卿の機嫌がもっと悪くなる。

 

 ……最悪だ。

 

 

 

「お前らみたいな奴を見ていると、俺がただの凡人だと言う事を理解させられる………」

 

 

 

 ——めんどくさ……

 思わずそう思ってしまった私は、決して悪くはない。むしろ思わない人はいないだろう。この話を上手く使えば、周囲の騎士から同情を勝ち取れるのではないか。しないけれども。

 

 

 

「流石に子供に対して嫉妬は…………みっともないのでは」

 

 

 

 何も考えず反射的に言葉にして、どの口が言うんだと自己嫌悪に陥いった。

 あぁ、だからケイ卿は苦手なんだ。

 だが、ケイ卿は私の反応を認識したのかしてないのか、普通に反応を返した。

 

 

 

「何か言い返したいが、余りにも正論過ぎる上、その言葉に反論するとただ俺がみっともないだけだから何も言えねぇ……」

 

「……………」

 

「あぁクソ。いつだってそうだ。凡人がどれだけ努力したって、一握りの天才は簡単に階段を上っていく。でお前はなんだ? お前はその才能を、血反吐を吐くレベルで磨くタイプなんだろ? 最悪じゃないか。

 ——それはそれとして、才能を磨かずにかまけているタイプの方がもっとイライラする……なんなんだ? この世界俺に厳しすぎないか?」

 

 

 

 天を仰ぐケイ卿の端正な横顔は、腹立たしそうに歪んでいた。

 いつもの様に何か言葉を返そうと口を開くが、結局言葉にならない。多分、その感情を限界まで歪めたものを私が保有しているからだろう。

 頭の中で混沌とする感情を、上手く表現化出来ない。

 

 

 

「オイ、今何か口にしようとしただろ。何を言おうとしたんだ?」

 

「……別に」

 

「お前……やる時はやるだけで実はかなりのズボラだろ」

 

「……ケイ卿って面倒臭いタイプの人間ですねって言おうとしたんですよ。流石に失礼かなと思ったので言葉を慎みましたが」

 

「慎んでねぇじゃねえか」

 

 

 

 よくも悪くも感情的な彼は、相対する人も感情的にさせるのだ。私が変な事を口走りそうになる。

 だから、相手の感情を逆撫でる様な微笑みと口調で、ケイ卿の慇懃無礼に答える。少しでも気を抜けば舌戦で負けそうになるのだから、ケイ卿の調子を崩すしかない。

 

 額に青筋を浮かべながら此方を睨んで来たので、目線を合わせず鼻で笑いながら、冷笑で返す。似たようなやり取りを、もう何回やったか分からない。時々立場も逆転する。

 

 実際に面倒臭い事に変わりはなかった。しかもケイ卿は細かい部分に目が届く。

 この人を相手にすると、色々、疲れる。

 

 

 

「というか、そろそろケイ卿が言っていた諸国に着きますよね。着きますよね……? 実は全て嘘だったなんて言われたら信じますよ。その諸国について何も説明されてませんし」

 

 

 

 話を強引に変え、別の話題を提示した。

 この数日間の、やり取りという名の罵り合いで出来てしまった、一種の暗黙の了解。互いに終わらないなと思ったら、無理矢理でも話題を変えて一旦は無かった事にしようというものだった。

 ……と言ってもそれだけなので、きっかけがあると掘り返される。私も時々掘り返す。

 

 

 

「そっちを信じるよりも俺の方を信じろよ。そもそもお前に嘘をつく必要ないだろ」

 

「それ本気で言ってます? 私から見ると、信用出来ない部分の方が多いのですが。その部分が目についているだけ、という可能性があるとしても。

 後、依頼持って来たのあのアグラヴェイン卿なんでしょう? 実は私を嵌める罠だったりしません?」

 

「………………」

 

 

 

 私のその発言に思う所があったのか、微妙に居心地の悪い表情をしながらケイ卿は頭をガシガシと掻きむしっていた。

 頭を掻きむしりながら、ケイ卿は重い口を開く。

 

 

 

「あー……と言っても、説明出来る部分はあんまりない。重要な部分はちゃんと話したし、適当に観光して何もありませんでしたって報告したら、後はもう終わる。別にその諸国が重要って訳でもない。

  ……いや、昔はまぁまぁ重要だったか」

 

「昔?」

 

「あぁ、うん。そういえばお前、九と半年くらいだったな……じゃあ知らないか……」

 

「私に自分の年齢がいくつか言ってみろと怒鳴っていた癖に、その反応はないのでは?」

 

「…………悪かったな」

 

 

 

 煽りに対して口煩く反応するかと思ったが、返って来たのはただの謝罪だった。

 苦々しいその表情だったが、今まで見てきたそれとは明らかに種類の違う顔。

 

 

 自分で言った言葉にはちゃんと責任を持つのか……

 

 

 正直言って、あのケイ卿から何の変哲のない謝罪の言葉が出たという事に、驚きを隠せなかった。一度吐いた言葉は戻せないという事をしっかり理解しているのだろう。

 こういう妙に律儀な部分は、やはり彼女の兄なんだなと納得させられる。

 

 

 

「何冷笑を浮かべてんだテメェ……」

 

「ケイ卿から素直な謝罪の言葉をもぎ取ったの、世界で私一人だけなのでは? と優越感に浸っていました」

 

「いつか絶対に、テメェが猫被っただけのクソガキだって事を周囲に知らしめてやる……」

 

「フッ、フフッ、絶対に無理だと思いますよ? ケイ卿がまた周囲にノイズを撒き散らしてるとしか思われないのでは?」

 

「うるせぇ黙れ。俺の事舐めんなよクソガキ」

 

 

 

 非常に不機嫌そうな顔で睨み付けられるが、それを涼しげに返した。

 今の私はいささか気分が良い。隣のケイ卿からの威圧も、心地良い風程度にしか感じていなかった。

 

 

 

「チッ……俺たちが向かってるのはゴール国だ」

 

 

 

 いくら怒りの感情を吐き出してても、私には何の意味もないと悟ったのか、不機嫌そうに顰められた眉毛をより深いものにしながら、ケイ卿は話を戻した。

 

 

 

「ゴール国? それって……あのウリエンス王が君臨してる、北ウェールズのゴール王国ですか?」

 

「あぁそのゴール国だ。一応言っておくが、王国ではないぞ。あのウリエンス王っていう表現がなんなのかは知らんが」

 

「……ウリエンス王って、アーサー王に反旗を翻した十一人の王の一人ですよね? 後確か、ユーウェイン卿の父親の」

 

「なんだ、意外と詳しいなお前。まぁ……当たり前か」

 

 

 

 そう呟きながら、ケイ卿は過去の何かを思い出す様に視線を下げた。

 しかし、その横顔からは、負の方に属する怒りといった感情は見受けられない。既に終わった昔の事。そう考えている風に思えた。

 

 

 

「まぁ当時は色々あったが、別に今話すような事でもない。もう終わった事だ。それに、ゴール国はもう王国じゃないからな」

 

「……どう言う事です?」

 

「ウリエンス王はもうとっくに死んでるぞ」

 

 

 

 ボソッと呟かれたケイ卿の言葉に驚く。

 相変わらず感情は込められていない。本当にどうでも良さそうだった。

 

 

 

「……軽く言いますね」

 

「言葉は悪いが、実際にそのくらいの印象しかないんだからしょうがない。目立った活躍をした訳でもなく、普通にアーサー王に負けたからな。

 その後、勢力と勢いを失ったウリエンス王は、卑王ヴォーティガーンによって殺され、ゴール王国は滅んだ」

 

「……そうですか、ヴォーティガーンが……」

 

「だから今あるゴール国は、復興した別の国と言ってもいい。一応生き残りの人々はいるらしいが」

 

 

 

 凄惨な国の過去とも呼べるものだが、ケイ卿の口振りからすると度合いはともかくとして、そこまで珍しい話ではないのだろう。私も大した知識はない。歴史に残る事なく葬られた国も多い筈だ。

 

 

 

「ユーウェイン卿は、どうなったんですか?」

 

「ユーウェインはその頃からアーサー王に仕えてた。

 それにだが……アイツ父親の事に関してはどうでも良さそうだった。その程度の人間でしかなかったって。アイツ、誇り高い立派な騎士ではあるんだが、誇り高過ぎて若干弱者を見下すきらいがあんだよ……」

 

「父親なのに、ですか」

 

「あぁそうだ。まぁ……多分、それ以上に、魔女に唆される程度の人間だっていう、失望とかが大きいんじゃないか」

 

「……魔女」

 

 

 

 なんとなく、此方の様子を気にしながら、言いにくそうにケイは語り始めた。

 

 

 

「………………」

 

「そもそも、ウリエンス王がアーサー王に反旗を翻したのは、魔女モルガンに唆されたからと言われてる……証拠はないが。

 まぁでも、洗脳とか操り人形とかじゃなく、ウリエンス王の野心を後押しした感じだとは思う。ウリエンス王の滅びの仕方は、後が無くなってヴォーティガーンに玉砕したって感じだっからな」

 

「………………」

 

 

 

 証拠はないとケイ卿は語っているが、きっとモルガンは実際にウリエンス王を唆し、アーサー王に対する復讐の道具にしたのだろう。

 

 ……まぁそうだ、何もおかしな話ではない。私が出会う前のモルガンは、ただアーサー王に復讐する事のみを考えていた魔女だ。

 今でこそは多少改善されたとは言え、過去の所業が無くなった訳でもない。

 

 ヴォーティガーンが倒される前、モルガンからの教育を受けている時代でも、ウリエンス王の話は聞かなかった。モルガンにとっても、道具ですらないただの駒の一つ程度の認識でしかなかったのだろう。

 いちいち教える必要のない程の。

 

 

 

「まぁそれを言ったら、アーサー王に反旗を翻した十一人の王の中には、オークニーのロット王もいる。

 ロット王は唆されたのか洗脳されたのか、もしくは誰かを人質に取られたのかは知らんが、とりあえず今はアーサー王と同盟を組んでるし、アーサー王に対して再び反旗を翻すなんてしないだろう。

 そんな戦力はないし……次はロット王の息子達、ガウェインにガヘリスにアグラヴェインがロット王の敵に回る。ガレスは分からないが、モルガンは助けに来ないだろうな」

 

「ユーウェイン卿が自分の父親を見下している理由は分かりましたが……その三人方もロット王を見下しているのですか?

 ……魔女に唆された程度の人間だと」

 

「さぁ、どうだろうなぁ。アイツら、あんまりこの事に関して語らないし、そもそも語りたくないって雰囲気だしな。

 アグラヴェインは多分、両親共々嫌っているだろうが」

 

「そうですか……」

 

 

 

 面倒臭そうにケイ卿は語った。

 対人の観察眼に関しては目を見張るものがあるケイ卿の言う事だ。多分、その通りなのだろう。

 そもそも、両親を好きになれる様子がない。心の底から嫌うのは当たり前だ。この人の子供で良かったと思える要素が希薄なのだろう。もしくは皆無。

 

 

 ……アグラヴェイン卿とガウェイン卿がアーサー王に対して盲信を抱く理由は、きっとこれがあるからなのだろう……

 

 

 二人ともその忠心の方向性と属性は違えど、何かきっかけがあれば、狂信と言っても過言ではない程の忠義をアーサー王へ向けている。

 あのガウェイン卿ですら、実の両親に関しては口を閉ざしているのだ。アグラヴェイン卿の場合なら、その心情は測りしれない。

 

 

 

「まぁオークニー兄弟については別にいい。ウリエンス王についてもどうでもいい。今気にするべきは現在のゴール国だ。

 一回滅んでから復興はしたが、今のゴール国には統治する責任者がいない。一応形式上はアーサー王が統治している事にはなっているが、アーサー王は当時の生き残りの武官に任せてる」

 

「生き残りの武官? ウリエンス王の配下ですか?」

 

「あぁ、確かそうだったな。顔は分からないが。

 それに、アーサー王とゴール国の条約については流石に詳しくは知らないが、結構譲歩した条約だった筈だ。国の状態が状態だったからな」

 

「……で、金の動きに違和感があると」

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 

 

 あのアグラヴェイン卿が何かを感じ取ったのだ。何かあるのかもしれない。

 しかし、どこか確信が持てない。そんな微妙な顔をケイ卿はしていた。

 

 

 

「具体的な根拠をもって告げたのではなく、ただの違和感としか言ってなかったから、多分アグラヴェインもそこまで深刻には見ていない。そもそも確信出来てないんだろう。本格的な調査は見送っていたからな。

 だが、そういう奸計や策略の場に浸かって来た奴だからなぁ……アイツの違和感って言うのが何なのか」

 

「考えれば考える程、私の様な新参が関わって良い案件ではないと思うんですけど」

 

「……つっても色々丁度良かったんだからしょうがない。そこに行って何もありませんでしたで終わる案件だったからな」

 

 

 

 微妙に間の悪い顔をしながらケイ卿は私から視線を外すが、完璧には誤魔化し切れていない。

 きっと、アグラヴェイン卿から色々痛い目に遭って勉強はしているのだろう。反省はしていないかもしれないが。

 

 

 

「ん……? ようやく見えてきたな」

 

 

 

 ケイ卿が視線を前方にやり、それに釣られて私も視線を前にやる。

 視線の先にあるのは、森や林でもなければ平野でもなかった。明らかに人間の手が加えられた人工物。城壁と、その向こうには城が見えた。

 

 

 

「なんというか……普通ですね」

 

「当たり前だろ。キャメロットと比べたら全部同じだ」

 

 

 

 城壁に近付いてみれば、改めてキャメロットがおかしいのだと理解する。

 ただの城壁でありながら十数メートルを容易く超え、穢れなど許さないと告げているかのような白亜の城。

 

 それに比べたら、目の前の城は普通だ。

 人の手によって積み上げれた煉瓦の城壁で、色は年月によってやや黒ずんでいる。キャメロットの様な神秘性は感じられない。

 

 

 

「所々傷があるのは、戦の面影ですか」

 

「そうだな。元々、ここは北から進行して来るピクト人に対抗する為の本拠地だったんだ。

 そこにヴォーティガーンが来たんだから、むしろ良く持ち堪えた方だろう」

 

「………………」

 

 

 

 馬から降りて、城壁に手を触れてみる。手のひらから伝わる感触から、細かな傷が至る所に走っているのだと理解出来た。

 そのまま真上を見上げれば、城壁の上にはいくつもの弩砲や弓矢が並べられているのが見える。ただの街の集合なのではなく、戦争の為の城。

 

 

 

「凄いな……この城」

 

 

 

 思わず、感嘆する様に声が漏れた。

 城を見るのはここで三回目だが、多分この城はブリテンの中でも一二を争う程に傷だらけだと思う。幾度も壊れ、その度に改修してきた、継ぎ接ぎだらけの城壁。

 

 その傷跡は、当時の人々の執念や思いがこの城壁に滲み出ている様でもあり、当時の人々の生き様や生涯の証でもあるようだった。

 大した人生経験のない私でもそう感じられる程に、この城には人間の執念と意思が傷跡となって刻まれている。きっと、ほとんどの人はこの城壁を見ても、悲しみか同情しか浮かばないのだろう。私だって似た様なものだ。

 ただ、当時の情景を勝手に夢想して、勝手な想像を繰り広げている程度でしかない。

 

 

 ——それでも、無数の命がここで儚く散っていった事は分かる。

 

 

 その残滓がこの城壁なのだ。

 この城壁は傷だらけで、決して綺麗ではない。

 でも、それでも、この城は痛々しさと嘆きの象徴でありながら——酷く美しかった。

 

 それこそ、白亜の城キャメロットよりも、美しいと思える程。

 瞳と魂に焼き付く様な美しさは、白亜の城にはなかったから。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 ——私はヴォーティガーンの生まれ変わりみたいなものだが、どうかこの国に訪れるのは許して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「おい……そろそろいいか?」

 

「すみません。ちょっと、感動してました」

 

「は………? 何に……?」

 

「いえ、何というか。人としての限界を迎えながら、尚ももがき、そして足掻き続けた執念と思いが感じられて、人間とはやっぱりいいモノなんだなと。

 むしろ、人間とはこうではないと、と思っていました」

 

 

 

 あまり上手く表現出来ない。それ以前に、言葉で表現するのが無粋に思える。

 きっと、私と似た様な退廃的な歪みを持つ人にしか理解は出来ないのだろう。かと言って、無理に理解して欲しいとはあまり思わない。この感情が汚れるみたいに思えたから。

 

 

 

「——————…………」

 

 

 

 ケイ卿は眉毛を顰めながら、此方を覗いていた。

 彼がこの感情を理解してくれるかは分からない。

 

 でも——心の底からバカにされる事はないだろう。

 口煩いのは確かだが、この人は、理解した様な口振りでこの感情を穢す様な事をする人間ではない。有象無象の人間の様な事だけは絶対にしない。

 努力と築き上げた生涯の道筋だけは、否定しない。

 

 

 

「そうか……行くぞ」

 

「はい」

 

 

 

 返答は短く、ただ急かされるだけだった。

 ケイ卿は私を置いていく様に、去っていく。背中の後ろ姿はいつもと変わらず、歩き方からも何かを読み取る事も出来ない。

 まぁ別にいい。理解されようとされなかろうと、私は何も変わらないのだから。

 

 

 

「なぁ、一つ、お前に聞きたい事があるんだが…………あー……いや、正直言ってバカな事聞くから、笑ってくれても構わない——お前本当に二重人格じゃないよな……?」

 

「いや、違いますよ。自分でも裏表が激しい方だとは思っていますが」

 

「…………裏と、表ねぇ……」

 

 

 

 前を先導するケイ卿は振り返らず、此方に問いを投げかけて来た。

 別に誤魔化しをする質問でもないので、素直に答える。事実、私は二重人格ではないし、自分が認識出来ていない別の精神がある訳でもない。

 

 まぁでも、裏表が激しいのは自覚している。その様は二重人格である様に思われても仕方がない。

 ……あまり、触れられたい事ではないが、それもしょうがない事ではある。裏も表もどっちも私だから。やっぱり、何も考えず蛮族と戦っていたい。

 

 

 

「まぁいい、なんでもない。好きなモノを見て好きな様に感じ取れ。オレは別に何も思わなかったが」

 

「最後の一言が無ければ完璧でしたね」

 

「最後の一言が有るからこそ完璧なんだろうが」

 

 

 

 戯れ合い程度に言葉をぶつけ合いながら、城壁を潜って城下町に入る。

 町の空気は普通だった。別に誰かが浮き足立っている訳でもない。当たり前の日常がそこにあり、そして当たり前の様に過ぎ去って、今日というこの日が終わるのだろう。

 

 

 

「普通ですね。良い意味で」

 

「…………あぁ。まぁそれはそうだ。おい、馬を寄越せ。適当に停めて置くから、お前はここで待ってろ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 二人分の馬を停めに向かったケイ卿を見送る。

 何処へ行ってしまったケイ卿の後ろ姿は見えなくなり、視線が再び城下町の方へ向く。

 

 極めて普通だ。

 人々は忙しそうにしているが、それは活気に溢れたものであり、心を覆う悲観や憂いは感じられなかった。誰もが自らの力で、逞しく今を生きている。

 彼らはきっと——必死になって生き抜き、そしてそのまま生涯を終えていくのだろう。

 

 ここで儚く散っていった"人々"の執念と嘆きによって、確かに守られた人がいるのだと、ここの人々によって証明されている。

 

 

 

 

 

 

 

「———何、笑ってるんだ、お前」

 

 

 

 

 

 

 

 "人々"の平和的な喧騒を眺めていて、ケイ卿が戻って来た事に気付かなかった。

 後ろからかけられた声で、ケイ卿の接近に気付く。

 

 

 

「……今、私笑ってました?」

 

「——気付いてなかったのか……? 今、お前……"嬉しそうに"…………」

 

 

 

 ケイ卿は何かを口にしようとして、そのまま黙り込む。

 一瞬だけ、此方を睨みつける様な形容し難い表情をした後、イライラとした足並みで町を進んでいってしまった。

 

 

 

「いやちょっと、置いて行かないでくれませんか」

 

「一秒でも早くキャメロットに帰りたくなった。さっさと仕事を終わらせるぞ」

 

「はぁ……?」

 

 

 

 ズカズカと進んでいくケイ卿からは、今までにない程不機嫌そうなオーラが撒き散らされている。すれ違う人々は、その様子を見て不安そうにケイ卿を見つめ、そしてその後ろをついていく私の姿を見て、何かしらのヒソヒソ話を始めた。

 きっと、良くない噂がされているのだろう。

 

 

 

「不機嫌そうな男性の後ろを、黙って付いて行く子供。良くない噂を呼びそうですね」

 

「あ?」

 

 

 

 ……軽い冗談も通じていなかった。

 一瞬だけ振り返って此方を睨み付けた眼光は、今までにない程鋭い。普通の人間相手なら簡単に怯ませられるだろう。それ程に感情が込められている。

 

 ……これはどういう類いの怒りだ。

 ケイ卿がいつも不機嫌そうなのは今に始まった事ではないが、この不機嫌な表情はいっそ露骨な程である。なんとなく、今までの感情のそれとは属性が違う様に思えたが、ケイ卿があまりにも悶々とし過ぎていて分からない。

 

 

 

「……で、仕事とは言っても具体的には何をするんですか?」

 

「金の動きが怪しいとか言っていたから、適当に商人やら貿易商を調べればいいんじゃないか。後は適当にぶらつく」

 

 

 

 ケイ卿の様子を確認する様に言葉を投げかければ、感情の読み取れぬ平時の声でそう答えられる。

 不機嫌そうな雰囲気はどこにもなく、平坦な声。しかし、冗談が通じる様な雰囲気ではなかった。

 

 

 

「私はどうすれば」

 

「あー……交渉は基本的に俺がやる。必要ないかもしれないが、お前は念のため周りを警戒していろ。後は適当に話を合わせるなり、交渉の援護射撃」

 

「分かりました」

 

 

 

 意識と思考を、一旦仕事の方へと切り替えてケイ卿に問うが、それはケイ卿の方も同じだったのかもしれない。

 普段と変わらない様子で返されたので、一応はケイ卿の機嫌が元に戻ったものとして接しよう。今追及をする場面には思えなかったし、容易くはぐらかされる予感がした。

 

 

 

「お前交渉は……まぁ出来るに決まってるな。そこまで口が回っていながら交渉が出来ないとか絶対にあり得ない」

 

「だからと言って、全て私に丸投げしないで下さいよ? ケイ卿の方がそういう駆け引きの経験があるんですから。私は援護射撃に徹するので」

 

「あぁ」

 

 

 

 短い返答をきっかけとし、完全に意識を切り替える。

 向ける意識は己ではなく、周り。僅かな違和感も見逃さないように、集中を高め始めた。

 

 そうして、私達は動き始める。

 ケイ卿と二人で町を散策し、何か気になるものがあればケイ卿が聞き込み、その間、私はケイ卿の聞き込みを気にしながら、周りを臨機応変に注視する。

 

 

 その中、先程ケイ卿の様子を思い返していた。

 

 

 あの時、ほんの一瞬だけ見えたあの表情。

 その表情に浮かんでいた感情は、あまりにも複雑としていて混沌としていた。

 恐怖する様な、怯える様な、怒りを爆発させる様な表情。

 理解してはならないモノを見た様な、理解したくなかった事を理解してしまった様な形容し難い表情。

 

 

 ただ、私を見る、あの目はどこか、遠くの別の何かを瞳に映して重ねている様な。

 ——そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 




 
『属性一部解放』


【属性】■■・悪

 ただし彼女は反転した騎士王と違い、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■、悪を為しているだけである。
 
 

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