騎士王の影武者   作:sabu

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 鬱展開あり。
 


第5話 血塗られた誓い 後編

 

 

 

 何故自分はまだ生きているんだろう?

 そんな自問自答を何回も繰り返して来た。

 そして結局、一つの結論しか出てこない。

 

 

 ——自分の為に誰かが死んでいるからだ。

 

 

 アーサー王とその騎士が村に来てからも、相変わらず地獄は終わらなかった。

 最初の一週間は凄惨だった。

 

 他の家屋から時々聞こえて来る、罵声やすすり泣く様な悲鳴。朝も夜も聞こえて来る、泣き喚く声。

 村に狂気が蔓延し続けていた。残り少ない水、限られた食糧。人々の希望の騎士達に裏切られた怒り。人々から余裕を奪い去っていったのは当然のことだった。

 

 私の家は、騎士が何も持って行かなかったから、他の家よりも少しは余裕があった。それ故、少し食糧を分けて欲しいと言う声も当たり前にあった。

 そして家に少し上がって、私達家族の姿を見て——何も言わずに帰っていった。

 

 頭を大きく怪我し、頭に巻いた包帯を赤く濡らしてベッドから動かない兄。

 その兄の側から離れず、死んだ様な目で一言も喋らず黙りこくり、塞ぎ込んだ私。

 そんな二人をなんとかしようとして、空回り続ける憔悴した母親。

 

 これを見て多くの人は何も言わず帰っていった。

 一部の人は、母親と何かを話して母親と抱き合い、そしてその後、私を抱きしめて頭を撫でながら——

 

 

 

「貴方達だけでもなんとか生きて欲しい」

 

 

 

 そう言って少ない食料を渡していって、数日後、餓死していった。

 

 兄が起きたのは騎士達が来てから三日後だった。

 兄は起きて、自分はどのくらい寝ていたか、今どんな状況なのかを聞いて、短絡的な行動に走ってしまったのを謝ってから、森に入っていった。

 母親はそんな兄を止めたが、自分に出来る事はこれしか無い、結局このままなら死ぬだけだと告げて、母親に妹を頼むと言い残して、家から出ていった。

 

 村からはまだ死にたくないから。

 ——私を助けてやりたいから、そういう人々と一緒に森に入っていった。

 

 

 二週間経って更に人は死んでいった。ひもじさで命を落とす人達。森に入ってそのまま帰らなかった人々。

 

 

 帰ってきた兄は、血だらけだった。

 手足は傷だらけで、片目が空いてない。何があったかは詳しくは分からない。森で道を踏み外したのか、獣に襲われたのか。

 

 

「あぁ、良かった。戻ってこられなかったら……意味がないからな」

「お前だけでも……生き残ってくれ……」

 

 

 

 そう言って震える手で森から取ってきたであろう、木の実や果物を私に差し出して——結局、私が兄の手を掴み取る前に力尽きて、木の実と果物は地面に散乱した。

 

 死んだのだ。今この瞬間兄は死んだ。もう、彼が動く事はない。

 その表情豊かな顔が、笑みになる事も怒りになる事もなくなった。

 永遠にこの世界から、その姿を消したのだ。

 

 私の為に、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 三週間が経ち、村で生きている人々は私と母親だけになった。みんな、私達家族を生かす為に自分達が生きるのを放棄した。

 母親は自分の息子を亡くしていながら、一度も泣かず、私を励まし続けた。自分でも明らかに無理していると分かる笑みで、私に微笑みかけた。

 その愛を受け取るのが"変わってしまった私"ということが申し訳なく思いながらも、この愛をずっと手放したくはないと強く思っていた。

 

 

 

 みんな死んだ。

 

 

 

 私を孫の様に可愛がってくれた村の老婆は

 

「貴方だけでも生き残ってくれれば、私達は十分よ」

 

 と言って死んだ。

 

 

 

 私に道徳を教えてくれた厳しい村の長老は初めて見るような、笑顔で

 

「お前さんが生き残ってくれれば、それでいい」

 

 そう言い残して息を引き取った。

 

 

 

 

 そして三週間目の最後。

 

 

 

 

「守り切れなくて……ごめんね……」

「貴方だけでも……なんとか生き残って……」

「生きていれば…………きっと良い事があるから……」

 

「……ごめんね……ごめんね……」

 

 

 

 そう、私を抱きしめながら、私に謝り続けて、力尽きる様に母親も亡くなった。きっと永遠に忘れる事はない。 

 

 徐々に、体を支えきれなくなって

 私に、体重を預けて、重みを増していった

 母親の、亡骸の重さは、心と体にずっと焼き付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 後に残された私は、亡くなっていった人々を弔っていった。

 土に埋めて埋葬するまでは気力は起きなかった。精々、亡くなっていった人々をその人の家のベッドに乗せて、頭元に花を手向けるくらい。

 

 多くの人はベッドでそのまま眠るように亡くなっていたし、家の中にある死体をベッドに運ぶくらいには"軽くなっていた"から私でも出来た。森に行って帰って来なかった人々はどうしようもなかった。

 

 人々を弔う度に、鮮明に記憶を思いだせる。

 みんながみんな、私に愛を送ってくれていた事。この村が私の全てだったという事。例え、自分が何者か分からなくなっても、今までの、この村での出来事を思い起こせる。

 

 みんな死んだ

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ——生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 そして四週間が経ち、私は今"自分"が目覚めた場所にいる。

 大木に背を預けて空を見る。花は弔いに使って、疎らだし、残った花は枯れ初めていた。花に与えていた水も生きる為に使ったからだ。

 大木の所にいるのは、家から良い匂いが、しないからだ。自分の家からも、他の家からも。だから、まだ枯れてはいるけれど、花の影響で少し匂いが和らいでいる、この広場にいる。

 

 

 直に——私も死ぬだろう。

 

 

 食料はもうない。

 水は切れた。忌々しい事に、トドメを刺すかのように雨が降らない。数日で川も乾くだろう。井戸の水ももうない。

 ……そういえば、この時代のブリテン島は神代の空気が残された最後の土地だから、土地は衰退する一方だったな、という事も思いだした。

 

 

 あぁ、何故私は、こんな記憶を思いだしたのだろうか、

 そもそも私は、"前世の記憶を思い出したのか"、"別の人格が憑依したのか"。

 答えは出ない。

 

 

 結局この記憶は、私を苦しめる事しかしていない。

 この記憶の所為で私は"私"として、兄と母親の死を、みんなの死を悲しむ事が出来なかった。歳不相応な思考能力は、この状況と惨状を寸分の狂いなく、明瞭に伝えてくれている。

 きっと前世という物があるなら、私は前世で世を震撼させる程の大罪人だったに違いない。確かめる手段はないけれど。

 

 

 思考も、何処か鈍くなって来た。体を投げ出し、意味もなく月を見ている。本当に意味はない。ただ私の向いている方向に月があるだけ。

 死ぬとしたら、餓死だろうか、その前に脱水症状で死ぬのだろうか。 

 それを免れる為には、森に入らないと行けないのだろうが、私では帰って来れないだろう。

 

 

 あぁ、眠る様に死ぬ事が出来たらまだきっと楽なのだろうが、ここはきっと地獄だろうから無理に違いない。

 

 

 

 "お前だけでも……生き残ってくれ……"

 "貴方だけでも生き残ってくれれば、私達は十分よ"

 "お前さんが生き残ってくれれば、それでいい"

 "貴方だけでも……なんとか生き残って……"

 

 

 私は死ぬ。私の代わりにみんな死んでいったのに、結局、私も死ぬ。

 

 

 

 

 

 ——私の人生は、一体なんだったんだろう——

 

 

 

 

 

 こうして、私は苦しむ為だけに生まれたのか。

 私は有象無象の様に、等しく、ゴミの様に死ぬのか——

 

 

 私は月を見ている。

 ——だから私は、それに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——こんばんは……お嬢さん? 良い月の日だと思わないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそう言って優しく語りかけてくる女性を見て、咄嗟に返事をする事が出来なかった。

 だってそれは——余りにも美しかったから。

 

 胸元が開かれて強調させた、黒と青を基調にしたドレスローブに、ドレスと同じ色彩のティアラ。そして顔元を覆い隠す、黒のフェイスベール。

 半透明なベールから見て取れる顔立ちは余りにも見目麗しい。

 琥珀の様な金色の瞳と、いっそ不気味さが際立つ程に白く美しい肌は、人ならざる魔性の佇まいだった。

 

 普通の女性がやれば、浮ついただけの艶の乗った微笑になるだろう表情は、彼女の雰囲気を損なわず、むしろその表情こそ彼女の為にあるのだと感じれる様な魔女の笑みとなった。

 私は彼女以上に美しい人を知らないし、きっと彼女より美しいと思える人はもう現れることはないだろう。

 

 星の輝く光ではなく、夜の月の光を落とし込んだ様な薄くきめ細やかな金色の髪が、月の逆光に靡いていた。

 彼女は、まるで夜を支配する魔女の様だ。いいや……本当に彼女は魔女だ。私は彼女を知っている。でも何故、ここに……?

 

 

 

「貴方はどうしてこんなところにいるの? 何があったか教えてくれるかしら?」

 

 

 

 自分の困惑を余所に彼女は私に質問をしてくる。

 魔女モルガン。妖妃モルガン。復讐の魔女。アーサー王伝説に出てくる悪役。

 

 そんな彼女に私は質問されている。

 でも自分の記憶にある知識とは似つかわしくないほど彼女の声は優しい。このまま困惑したまま返事をしないとどうなるか分からない。疑問はあったが私は彼女の問いに答えた。

 

 

 

「…………一月ほど前に騎士達が来た……アーサー王とその騎士が来て、戦争の為の物資が足りないから、と村を、干上がらせて行った……そして……みんな死んで、自分だけが……まだ生き残ってる………」

 

「…………みんな、死んでいった。せめて貴方だけは、生きて、欲しいって言いながら……少ない食料を渡して……数日前に母親も……死んだ、自分だけが……まだ、生きている」

 

 

 

 彼女にこの村で何が起きたのか、しっかりと伝えようとしながらも、何度か言葉を曇らせる。

 言葉にする度にその苦痛を蘇らせる。でも、ここで言葉を途切らせる事は出来ない。

 

 

 

「……貴方は? ……どうして、ここに?」

 

 

 

 私は問いに答え終わり、自ら疑問を解消する為、モルガンに問い返す。 

 流石に機嫌を損ねて、攻撃されるというのは……ないと思いたい。でも、それも悪くはないとも思ってしまう。

 ただこの村で起きた出来事を聞いただけで、用が済んだら消される可能性があるかもしれないが、結局私は後死ぬしかないし、むしろそうなったら一瞬で死ねるから楽になれるだろう。

 問い返すこの行為に私が損をする要素はなかった。

 

 

 

「……んーー、そうねぇ……」

 

 

 

 彼女は機嫌を損なう事をせず、思っていた以上に真剣に考えている。

 口元に人差し指を当てながら考える姿は、恐ろしく蠱惑的だ。彼女からしたら私が正体を知っているとは思いもしないだろうからか、明かす情報を選んでいるのかもしれない。

 明かす情報を選んでいる……?

 

 

 ——自分に明かすべきか、そうでないかの情報をいちいち吟味しているのか? 何故……?

 

 

 自分はただの子供で、なんの力も持たない。

 情報を吟味するとは、私がその情報を受け取った場合にどの様に行動するかを考えて操作しようとするという事。自分に何かを期待しているとでも彼女はいうのか……?

 適当に話ではなく、彼女はずっと真剣に考えている。

 

 

 

 

「……………えぇ初めに大切な事を言うとね(初めに言っておくとね)——

       

 

 

 

 

 

                    ————私は、魔法使いなのよ(僕は、魔法使いなんだ)——」

         

 

 

 

 

 

 

 言葉が重なる。

 私はこれと似た光景を知っている。

 自分が持つ異邦の知識とそれが重なる。

 

 生涯を通じて、何も成し遂げられず、何も勝ち取る事が出来なかったある男が、一つだけ、燃える地獄の中で得る事が出来た希望。自分がその命を救った筈なのに、より自分が救われた、一人だけ救う事が出来た命。

 その命に、その男が改めて出会った時に、男が語った言葉。自分が何者であるか。

 

 ——これは偶然……なのか?

 

 

 

「…………魔法……使い……」

 

「えぇそう。魔法使いの、モルガン」

 

「……それで、その…モルガンはなんでここに?」

 

 

 

 彼女は言った。自分は魔法使いだと。

 子供の私に敢えて分かりやすい様に、魔術師ではなく、魔法使いだと。

 まるで私の反応を見て、何かを見極めようとしている様に感じられた。

 

 

 

「……私はね、貴方と取り引きに来たのです」

 

「……取り引き?」

 

「えぇ、取り引き。私は魔法使いですからね、大抵の事は出来ます。

 例えばそう——貴方の願いを叶える事だって出来るでしょう」

 

「……私は自分から差し出せるものを持っていない……だから、その取り引きは……」

 

「気にしなくて大丈夫ですよお嬢さん。まだ貴方の願いを聞いていないのに、こちらから要求するなんて真似はしません。

 もしかしたら、貴方から何も貰わなくても、片手間で叶えられる事かもしれないでしょう?」

 

 

 

 彼女は言った。これは取り引きなのだと。

 

 何の力も持たず、何の加護もない私をいちいち助ける必要はない。

 取り引きなのだとしても私が差し出せるものはない。魔女のモルガンが無辜の人間である、私を助けるメリットがない。片手間で叶えられるかもしれないでしょ、と言ったがそれはきっと嘘だ。

 確信した。私の反応を見て、返答を確かめて、何かを見極めようとしている。

 

 

 ——私がこの後どう答えるかで、私とモルガンの関係性が決まる。

 

 

 これはどう考えても私が生きるか、死ぬか。そしてその後の人生が私の返答によって、一発で決まる。私の運命が変わる、儀式だ。

 考えろ。モルガンは何を望んでいる?

 そして私は何がしたい?

 

 モルガンが望んでいるのはきっとアーサー王への復讐。

 この世界がFateの世界だというのなら、間違いなくアーサー王に対する怨みを持ち合わせてここにいるに違いない。

 そもそも、原典のアーサー王伝説でも、妖妃モルガンは徹底してアーサー王の悪役として描かれているのだ。これは間違っているとは思えない。

 

 

 そして私に対してアーサー王の復讐に使える何かを見出している。

 

 

 いちいちこんな村に訪れているんだ。多分アーサー王が村を干上がらせたという情報を入手して、この村に来ている。

 おおよそ、この村が使えるという風に考えていて、そこでまだ生き残っていた私を見つけて、気紛れか何かはわからないが今に至るという事。

 

 まだ疑問は残るがそれは今判断できない。

 私がアーサー王に対する道具として使えるかどうか判断しているという事で、多分合っている筈。

 

 

 

 

 それじゃあ、私は——どうする?

 私はアーサー王に——復讐したいのか?

 

 

 

 

 分からない。何も……分からなかった。

 今まで見ない様にしていた部分を直視する事になって思考が上手くまとまらない。

 

 多分、まだ確信出来ないけれど、この世界のアーサー王は、男性のプロトアーサーではなく女性のアルトリア時空。そして、プロトアーサー時空では知らないが、アルトリア時空に出てくる情報の中で出てきた、こんな情報。

 

 

 ——島を守る戦いの為に、小さな村を干上がらせて軍備を整える、という話。

 

 

 そして村に来た騎士が言っていた情報。

 

 

 ——卑王ヴォーティガーンとの決戦。

 

 

 これらの情報を合わせるに、アーサーが駆け抜けた、十二の会戦。その序盤。白亜の城キャメロットが出来上がる前の話。今は、キャメロットが出来上がる前で、円卓の騎士の冒険が花開く前の話。

 城塞都市ロンディニウムを支配する、ブリテン島を脅かす卑王ヴォーティガーンを倒す少し前の時間なのだろう。べドグレイン城とやらは詳しく知らないが多分、十二の会戦のどれかの話。

 

 きっとヴォーティガーンとの決戦を間近に控えて、一切の余裕がないのだろう。

 ヴォーティガーンを倒し、多くの人々を救う為に、私達の様な少ない人々を切り捨てる判断をしなければならなくなったのだろう。

 

 私の知識が正しければ、アーサー王こと、アルトリアは村を滅ぼしに来た下劣な悪党などではまずない。

 そもそも、そんな存在なら騎士は付いて来ないし、王にもなれない。

 

 どちらか一方しか救えないと判断した上で、血も滲む様な思いで選択したのだろう。

 それでも彼女は、上に立つ者として、より多くを救う為に、選択したのだろう。

 彼女には、何処にも間違いはない。

 

 そんな完璧な王を誰が恨めようか。

 

 

 

 

 ならば

 

 

 

 

 ならば——私は何を恨めばいい?

 

 

 

 

 

 

 この村の人々は?

 村のみんなの嘆きは? 悲哀は? 慟哭は? みんなの……未来は……

 

 

 ——みんな死んだ。兄も母親も。

 

 

 この怒りと憎しみはどこに向かえばいい。この惨状を引き起こす原因になったヴォーティガーンを恨めとでもいうのか。

 ……仮に出来たとしてもヴォーティガーンは私ではなく、円卓の騎士とアルトリアによって倒される。そうすれば、本当に行き場を無くす。

 仇を取ってくれた? だから何だと言うのか。

 

 

 この自分自身に宿った我が身を内側から燃やし続ける炎は何処に向かえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ……私は——どうすればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 "貴方だけでも……なんとか生き残って……"

 "生きていれば……きっといい事があるから…"

 

 

 

 言葉が蘇る。

 あぁ、そうだ。そうなんだ。私は、まだ、生きている。みんな、私の、私なんかの為に死んでいったから。だから、私が死ねば、本当に何もかもが消える。消えていってしまう。

 私が意味もなく死んでしまえば、それこそ何の為に私に命を捧げていったのかすら分からなくなってしまう。

 

 私は、まだ——生きている。

 私は、何十人という人々の死体の上で、生きているのだ。

 

 

 

 

 

「もし、もし……自分の願いが叶うのだとしたら……

 

 

 

 

 私が選べる選択肢は二つ。ここで死ぬか、生き続けるか。

 私は死ねない。私は死ぬまで——生き続ける。私は死ぬまで、私に捧げられた命に意味はあったのだと証明し続ける。

 きっと、自分よりも誇り高い人々すら自分が生き残る為に殺す事になるかもしれない。私よりも救われる筈の人々を地獄に落としてでも、意地汚く生きようとするかも知れない。

 

 いいや……このエゴを貫けばきっとそうなる。そしてこのエゴを貫くには力がいる。自分に振り返る災厄を、次こそは払い退けられる力が。

 それでも、それでも……私は……私は——

 

 

 

 

 

 

 

               ——戦ってやる。

 

 

 

 

 

 "たとえ何があろうと"

 "たとえ何かを失おうと"

 "たとえ何と引き換えようと"

 "たとえその先に避け得ない、破滅があろうと"

 

 

 

 

 

               ——死ぬまで戦ってやる。

 

 

 

 

 

 私は"人々"の為に、生きると誓う。

 私は願う。だから私は——

 

 

 

 

 

                    ——竜をも殺せる位の力が欲しい

 

 

 

 

 

 モルガンにだって魂を売ってやろう。

 魔女の騎士にだってなってやろう。

 どれ程の怨嗟を抱えても、私は最期まで立ち続けてやろう。

 

 

 私は彼女と視線を合わせながら、モルガンに私の願いを伝えた。

 ここで彼女に舐められたら、私は終わる。いっそ睨み付けるくらいの、力を込めてモルガンの瞳を凝視した。

 彼女の金の瞳には、何か、別の輝きが宿り始めている様に感じた。

 

 

 

「——えぇ、分かりました。貴方の願いを叶えてあげましょう」

 

 

 

 聞こえてくるのは快諾の言葉。彼女の笑みはさっきまでのよりも尚深くなり、より魔女の様だった。明らかに演技ではなく、心の底から笑っているのだと分かるくらいの歓喜。きっと彼女の本当の顔なのだろう。

 

 

 

「さあ、私の手を取って。貴方は今日、生まれ変わるのです。貴方は魔女の騎士となるのです」

 

 

 

 生まれ変わる。本当にその通りだ。今さっき、私は"私"自身を殺したに等しい。

 純粋無垢だった"私"との完璧なる別れ。この村の一員として、何も知らず生きていた、"私"は死んだ。"自分"の記憶と知識を有する、新たな"私"となった。

 更に言えば、今日は私の誕生日だった。これを運命と言わずして何と言うのだろう。

 

 

 

「……生まれ変わる……あぁ、いいね……本当に良い。今日は私の七歳の誕生日だ。今日私は死にそして生まれ変わった。そう思う事にする」

 

「本当に? ……今日、五月一日が貴方の生まれ日なの……?」

 

「ああ、冗談じゃなくて、本当に。凄い運命的だ。今までの誕生日の中で一番の幸運だ」

 

 

 

 きっとこれ程の幸運はない。運命を感じられずにはいられない。

 でもそれは所詮は私から見ればの話だ。モルガンから見たらどうなのか分からない。何故私なのか。まさか、ただの気紛れ……?

 

 

 

「その……本当に……いいのか? ……私から差し出せる物なんて、この命くらいしかないのに」

 

「そうでしょうね、ならあなたの命と未来を貰いましょう」

 

「……確かに自分の命を捧げないと到底無理な願いかもしれないが……私は今ここで死ぬのか……?」

 

 

 

 駄目だ……私は、死ねない。死ねないから、今さっき誓ったんだ。それでは意味がない。

 

 

 

「フフッ、ごめんなさい、少し意地悪が過ぎて勘違いされてしまった様ね。私は貴方の命と未来を奪ったりしない。私の目的はね——アーサー王に復讐する事なの」

 

「…………」

 

「だからね、貴方の願いが叶えば私の願いも叶う。なので貴方から対価として貰うものはない。

 貰わないけど、捧げなさい。

 貴方は私に命と未来を捧げて、私はその命と未来でアーサー王に復讐する。ほら間違ってないでしょ?」

 

「私は……自由意志を剥奪されて屍食鬼(グール)の様に扱われる訳ではないんだな?」

 

「へぇ……思っていたよりも頭は良さそうね、えぇその通りよ……復讐するのは、貴方」

 

 

 

 彼女は揶揄う様に笑いながら答えていた。しかし、瞳の奥底に秘めた彼女の歪んだ精神は鳥肌が立つ程に恐ろしい。

 ……やっぱり油断出来ない。少しでも隙を見せようものならすぐに呑み込まれそうだ。

 

 隙を見せなくとも、望まれている期待に応えられなかったら、躊躇いなく見限られるだろう、きっと。相手は国を相手取る気しかない魔女なのだから。

 

 

 

「……どうして私なんだ? ……私でいいのか? ……私よりも相応しい者を貴方なら見つける事ができるんじゃないか……?」

 

 

 

 最初からある一つの疑問。何故私なのか、私でいいのか。それがずっと分からない。

 モルガンはアーサー王の復讐、及び王位の奪還の為に様々なことをしている。結局それは大して役に立っておらず、自分の子供すら使うという手段にまで講じている

 

 

 そしてその果てが——反逆の騎士モードレッドだ。

 

 

 モードレッドはまだ生まれていないのか、生まれているが、私に切り替えたのか。

 もちろん、モードレッドはどうしたのか? なんて聞ける筈がない。私はそんな情報、本当なら知る由もない。

 

 

 

「あら、急に降りてきた幸運に自分自身が信じられないと? 私だって自分に降りてきた幸運に歓喜しているのですよ?」

 

「……私の何処が、貴方のお眼鏡に適ったんだ」

 

「フフフッ、貴方は何も考えずに私を信用してくれていいのよ? 貴方の願いと私の願いは一緒なのだから」

 

 

 

 結局情報は引き出せなかった。

 しつこく聞いても不審がられるだけだろう。

 

 そして何も考えないただの、道具を望んでいる様に聞こえるが、明らかに嘘だ。駒でいいなら、ホムンクルスでいい。いちいち私を助けるなんて、手間をかける必要がない。

 

 

 

「——でも本当に何も考えないただの駒を、貴方は望んでいる訳じゃないだろう」

 

「——その問いを聞いて私は確信しました。貴方は、アーサー王を滅ぼす事が出来る最強の剣となれるでしょう。そして貴方が王をその身で倒し——貴方がこの国の王となるのです。」

 

 

 

 どうやら、私は選択肢を正解する事が出来たらしい。

 先程と若干、雰囲気が変わる。

 

 多分、認めて貰ったのだと思う……思いたい。

 必要以上にハードルを上げてしまった感じがしないでもないが、使い捨てても構わない駒よりは、まあまあ大事にした方がいい道具の方がマシだろう……多分。

 

 

「私はモルガン・ル・フェイ。

 アーサー王の……姉にして、私こそがブリテンの力を引き継ぐ本来の王です。故に私の子供となる貴方は王位を継承する資格があります。

 私は貴方の道筋を祝福しましょう。貴方は今日より生まれ変わり、魔女の加護を受けるのです。

 これからよろしくお願いしますね?」

 

 

 

 言葉が重なる。モルガンがモードレッドに語ったその言葉と。

 今、モードレッドがどうなっているのか分からない。私とモードレッドの両方使う気なのか私という存在で……モードレッドは消えてしまったのか……結局、今の私には判断がつかないし、考えても仕方がない。

 元より私には選択肢は一つしかなかった。

 

 

 

「私からすれば願ってもない話だ。

 ……これより私の運命は貴方の物となった。よろしく頼む、モルガン」

 

 

 

 互いに微笑みながら、握手をする。

 

 これは悪魔の取り引きだな。

 それに応じる私も私だし、なんなら私はモルガンを利用し尽くしてやる、とすら考えている。

 ……バレたらきっと殺される。

 

 それでも私はやると誓った。

 

 

 

「そういえば貴方の名前は? ……嬉しさに舞い上がっちゃって聞くのを忘れてしまっていたので」

 

 

 

 歓喜に高揚した顔で、彼女は私に言葉を返す。

 そういえばそうだった。私は自分の名前を教えていない。

 …………自分は私の名前を、使っていいのだろうか……

 

 いや……私は、私だ。

 私ではない、別の記憶を有していようと、私なんだ。私はこの村で生まれて、そして育った。私は忘れない。この村の人々を。

 ——そして、みんなの死を無駄にはしない。

 

 

 

「私の名前は……"ルーナ"。私は、ルーナだ。」

 

 

 

 私は、ずっと私だ。

 

 

 

「それで、何か持っていくものはある?」

 

「いや……何もない」

 

「そう。それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 

 持っていくものは何もない。でも置いていくものはある。

 私はこの村で一回死んで、二回生まれた。だから次の死は絶対に無駄にしない。私はこの村で育った。

 

 

 私がこの村でもらった記憶。

 私が、授かった村の全て。

 全員から貰った愛情の全て。

 

 

 私の"人としての感情"

 私の、心。

 

 

 

 ——全てこの村に、置いて行きます。

 

 

 

 だから

 

 

 

 みんなありがとう。

 

 

 

 そして——さようなら。

 

 

 

 私は貴方達に誓います。

 私はこの村に生きていた全員に誓います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モルガンの背を追い、付いていく。

 そして最後に、名残惜しむ様に振り返って村を見た。

 

 

 

 

 

     大木と花の広場には、

 

 

 

 

                       ——黒い薔薇が咲いていた。

 

 

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