由比ヶ浜結衣さんの誕生日を祝うだけの作品。

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晴レノチ雨

 

 

 

 

「ヒッキーのバカ……!」

 

 

 

 本格的な夏が近づいて来るのを感じさせる粘るような熱気の中に混じる雨。梅雨の到来だ。じめじめと嫌な季節と呼応するかのように俺の心の中もじめっとしている。昨日言われた言葉を反芻しながらベッドの上で寝転ぶ事半日。昨日までの熱気やら雨やらは何処へ消えたのか、本日、六月十八日土曜日は湿度も低く気持ちのいい快晴だった。寝転んでいればこの気分も天気の回復についていけるのかと思えば、相変わらず晴れる事はない。そもそも普段から完全に陰の者である。晴れる事なんかあるのだろうか。

 

「何が悪かったのだろうか……」

 

 首を傾け机の上を見る。陰の者の部屋に相応しくない、丁寧に飾りつけられたされた封筒が机の上にある。某ランドのキャラクターの書かれたペアチケットだ。昨日渡すはずだったそれはどういう事か、今も俺の机の上にある。本来、彼女に渡す筈だったものだ。結論から言えば「よぉ、由比ヶ浜。誕生日おめでとう。これやるよ」が言えなかっただけなのだが、渡す物が物だし。そんな風に言えるなら俺は俺になっていないしこんな部屋にも居ない。最近、一緒に図書館で勉強して帰る事が多いので、その帰りにでも軽く渡す感じの計画を立てていたのだが、三日前ぐらいから俺の計画に暗雲が漂い始めたのだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。何時まで寝てる気なの?」

 

 

 少し機嫌が悪そうな声でその元凶が部屋に入って来た。態度は辛辣だが小町は今日も可愛い。仕方ない。俺がぜーんぶ悪い。今年は受験の年だし、あまり遊んでいる余裕もない。ただたまには息抜きをしようという事で、昨日小町と一色の発案でささやかながら奉仕部の部室で由比ヶ浜の誕生日会が開催されたのだ。思春期の男子ならわかると思うが、面子は俺以外全員女。女同士できゃっきゃやってくれるのは結構だが、その空気の中ペアチケットを誕生日プレゼントとして渡せるだろうか?俺にはできなかった。しかし、何も渡さないというのも失礼だろう。色々と考えた結果、俺が渡したのは雪ノ下と同じ大学の赤本。学力向上と二人がずっと友達だといいねという願いを込めて渡した俺の会心のプレゼントは由比ヶ浜にとって、とても不愉快なものだったらしい。

 

 冒頭のコメントをお返しに頂いた後、完全に俺の存在が無いかのようにふるわれて誕生会は終了した。言ってしまえば、由比ヶ浜が平静を装って最近サブレの散歩コースを変えただとか、化粧品が欲しいだとか、戸部が三浦にめっちゃ怒られたとかそういう話を聞いてるだけの地蔵だった。あれは辛い。

 

「ちゃんと結衣さんに謝りに行きなよー。事情は昨日聞いたけど、本当にお兄ちゃんって、少しはマシになったかと思えば相変わらず空気読めないバカだなぁって小町心配だよ」

 

「俺の中では会心のプレゼントだと思ったんだけどなぁ……」

 

「あれはセンスがないよ。っていうか脳みそ腐ってるんじゃないって思ったし。小町も気になる男の子からあれ貰ったら百年の恋も冷める。そもそも、付き合う前にペアチケット送るのも普通にキモい!」

 

 高校生になった妹の言葉のナイフが鋭すぎた。顔を真っ赤にしてあーだのうーだのやっぱりそうだよなー等と呻いていたら布団を引っぺがされてしまった。

 

「兎に角。小町これから洗濯するから出てって! 後、晴れてるけど傘持っていきなよ。夕方から雨みたいだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町に追い出された俺は適当に身だしなみを整えて、鞄の中に封筒を入れて家から出た。

 熱い。怠い。日の光が辛い。金も無い。兎に角涼しくて静かな所へ行きたい。……となると、図書館ぐらいしか行く所がない。陰の極みである。ワンチャン由比ヶ浜が居るかな、なんて考えると足が竦むが暑さの方が勝った。スマホを取り出し時間とついでに通知も見てみるが特に誰からも無い。画面を二回ほど押せば由比ヶ浜に電話がかけられるが、きっと俺の事だ。由比ヶ浜にかけなければ世界が滅ぶなんて状況にもならない限り、かけられないだろう。本当に憶病者だ。こんなにも嫌われる事が怖いだなんて思わなかった。考えながら歩いていると時間の経過も早い。体感ではあっという間に図書館までたどり着いてしまった。そして──

 

「やぁ」

「よぉ。じゃあな」

 

 図書館の入り口で葉山隼人とすれ違った。適当に挨拶をしてやり過ごそうと決めたが逃がす気はないらしい。さっと俺の前に回り込んで進路をふさがれてしまった。

 

「勉強か?」

「そんな所だ」

「結衣なら居ないぞ」

 

 ぐぅ……と声にならない悲鳴を上げるのを何とか堪えた。何か知っているのだろうか。こいつにだけは知られたくはないが、ニコニコ何時ものように笑っていて読めない。

 

「……どこまで知っている?」

「何かあったぐらいしか知らないよ。……クラスメイトとして忠告しておくけど、今由美子が中で勉強してるから比企谷には居心地悪いと思うぞ。戸部も居るし」

 

 葉山がここまで感づいているという事は三浦は色々と知っているかもしれない。……やべぇ、めっちゃ会いたくない。ただでさえ由比ヶ浜とここで勉強していると偶に様子見にくるのに。しかも自分は勉強するわけでもなく、俺と由比ヶ浜の前に座ってずっと見てくれるのだ。あれめっちゃ気まずいからやめてほしいのに。戸部はまぁ……どうでもいいや。

 

「あー……今日、その……なんだ。あいつが何をしてるか知ってるか?」

「一人で勉強するって言ってたな。結衣、志望校のランク今の学力より相当高いみたいだから」

「あいつが進学するって時点で相当ハードル高いしなぁ……」

「誰かのお陰でね」

 

 葉山がにやりと笑う。この場合何を言っても勝ち目がない。もう既にこいつはわかっているのだろう。何がどうなってて。俺が全部の要因だという事も。目を背けていたが、きっとそういう事なのだろう。だから、赤本を渡したら怒ったのだ。そりゃ怒るだろうなぁ……なんてにやりと笑う葉山よりも自分の方を殴りたい。 

 

「もう行くわ。じゃあな」

「そうか。電話でもしてみたらどうかな?」

「それが出来たら俺じゃねぇだろ」

「知ってるよ。だから言ったんだ」

「嫌な奴だな」

「それはお互い様だろう」 

 

 お互いくだらんやり取りを終えてふっと笑うと俺は図書館を後にした。

 俺は臆病者だ。捻くれてもいるし、完全に発想が陰キャである。電話をかけてごめんだなんて言えない。またキモいとかくだらないとか言われるかもしれない。だから方法は一つしかない。これしか思いつかない。でもこれしかないから、それを最大限やるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陰の者である俺にできる事なんか待つ事ぐらいだ。

 言い方を変えればストーカー。由比ヶ浜が昨日言っていたサブレの散歩コースの変更の話を思い出した。何でも公園が整備されたらしく、そこを通る事にしたのだという。そして待ち続けてかれこれ三時間。由比ヶ浜の姿はない。そもそも現れるかどうかすら定かではない。ママヶ浜さんが来たりなんだったらパパヶ浜さんがサブレを連れて来たら爆死確定ではあるが、これしか手が無いのだ。からっとしていた気持ちのいい陽気にも暗雲が漂ってきた。小町って可愛いだけじゃなく天気も予報できちゃうのか。凄いなぁ。

 

「……何してんの?」

 

 小町のハイスペックっぷりに関心していたらいつの間にか由比ヶ浜が近くに立っていた。その目は冷たい。サブレだけが俺を好きでいてくれてるようでめっちゃ興奮してへっへと騒いでくれている分空気が少しだけマシだった。

 

「まぁ……その、なんだ。少し話でもと思いまして……」

「は……? だからここで待ってたの? え? てゆか、何であたしがここ通るの知ってるの? 最近散歩コース変えたばっかりなのに。ちょっとキモい」

 

 やはりというかキモいようだった。そりゃ俺だってキモいとは思ったよ。間違いなく俺に話してないのに、俺は聞いてただけなのに。ここに居るんだから。しかもずっと待ってるんだから。

 

「話があるなら、電話してくれば良かったじゃん」

「俺がお前に気軽に電話してくるようなキャラだと思う……?」

「確かに……。ヒッキーから話があるって電話かかってきたらちょっと疑うかも……」

 

 本当に散々な評価だった。これが、比企谷八幡という人間である。変な所空気が読めないし。言葉選びは間違えるし。やり方がいちいち気持ち悪いし。友達に対して電話一つかける事が出来ない。いい加減自分でもうんざりする。だから、やるしかないのだ。言葉が纏まりきらなくても、慎重に、考えて伝える。今は言えなくとも、何時か言えるように。

 

「由比ヶ浜。悪かった……。お前の事考えないで、誕生日なのにあんな本渡して」

「……ふぅん。あたしが何で怒ったのかわかるんだ?」

「……わかっている、つもり」

 

 言葉が震える。そして俺は鞄から本当に渡したかったものを出して、由比ヶ浜へと渡す。

 

「これが、俺が本当に渡したかったものだ。小町とかが居る前だと、どうしても渡しづらくて……悪かった」

「これ……っ!」

「いつも面倒ばかりかけてすまない。いつか、もっとうまくやれるようになるから。変に言葉や理屈をこねくりまわさなくても、ちゃんと伝えて、受け止められるような大人に成長するから」

 

 大人になればこんな事もっと簡潔に言えるかもしれない。ためらう事なく言えるかもしれない。だから、そうなるために今の自分に言える事を精一杯伝えよう。

 

「だから、それまでもう少しだけ待ってて欲しい」

「……仕方ないなぁ。じゃあ、もう少しだけ待ってる」

 

 由比ヶ浜が何時ものように笑ってくれた。俺も安堵したのか顔がほほ笑んでいるのが自分でもわかる。サブレは相変わらず楽しそうだった。俺の足に飛びついている。

 

「プレゼントありがとう。これ、ペアチケット?」

「ああ」

「やったぁ! じゃあ、何時行こうか? 勉強もあるから、やっぱ夏休みの息抜きとかで行く?」

「あー……その、なんだ。また、こっちから誘う」

「へたれ」

「頑張るから! ちょっと時間ちょうだい!」

 

 仕方ないなぁとまた由比ヶ浜は笑ってくれた。本当に我慢ばかりさせて申し訳ございませんといった感じである。天を仰ぎたくなるような気恥ずかしさが凄い。すると、ふと顔に水滴が落ちた。小町の予想通り雨が来たようだ。目の前の由比ヶ浜を見ると傘を持っていない。犬用のグッズのみだ。あちゃーとなっているし、服が濡れたら俺の気が気ではない。

 

「傘持ってけよ。サブレもチケットも濡れちまうし」

 

 俺の言葉におお、と由比ヶ浜が感心したような態度をとった。少しは成長が伝わって頂けただろうか。だがしかし、しばらく考えた後、少し気恥ずかしそうに頬をかくと、

 

「それだとヒッキーも濡れちゃうから、送って行ってくれると嬉しいな」

 

 由比ヶ浜のハードルは思っていたより高いようだった。それってあれがあれして傘が相合な奴ですやん。そうこうしている内に雨も強くなってきた。俺は無言で傘を広げる。

 

「まぁ。誕生日だしな」

「そう。誕生日なんだよね」

 

 由比ヶ浜はサブレを抱えあげ、満足そうに笑って言うと俺の傘の中にどーんとはいって来た。傘があってよかった。小町にサンキュー。こんな顔人には見せられない。頬の赤い由比ヶ浜を目の横で捉えつつ、自分もそうなっている事を自覚したまま、俺は言った。

 

「誕生日、おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 

 




由比ヶ浜結衣さんお誕生日おめでとうございます!!!!!!
皆も付き合ってもいない女性にペアチケット送るのは辞めようね!!!!!
結構反応が辛いよ!!!!!!!!!!!!!!!!!


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