ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
また空いてしまった。
流石に一日では書けそうにないので、今週の投稿は今日が最後になってしまいそうです。次回は来週になりそうです。
今回は短めです。梅雨も明けて暑くなって参りました、読者の皆様もお身体にお気をつけください。
─────〇─────
抜き放たれるのは絶刀。
振るわれるのは絶刀。
迸るのは鋼色の嵐。
ぶつかり合うのは斬滅の閃。
白いコートを翻しながら、天羽々斬は絶刀を振るう。
黒いコートをはためかせながら、天羽々斬は絶刀を振るう。
文字通り切り拓きながら、二振りの天羽々斬はこの凍てつく洞窟でぶつかり合う。そこに一切の手心はなく、一切の遠慮はなく、一切の躊躇はなく────
ただ目の前の敵を切り伏せようという意思だけがそこにはあった。絶刀がぶつかり合い、けたたましく鋭い金属音が鳴り響く。
何度でも、何度でも、何度でも。
どちらか片方が倒れるまで、剣閃は走り、空間を切り裂き続ける。その頸を刎ねる為に。
─────〇─────
『シュネー雪原』
『ライセン大峡谷』で大きく分断されている大陸の南側、そちらの東方面に広がっている大雪原であり、『ハルツィナ樹海』と南側大陸中央部にある魔人族の国であるガーランド魔王国に挟まれている場所なのだが何やら特殊な場所なのか、雪雲や氷雪がその雪原とその外側の境目でピタリと区切られていて魔王国や樹海側にも一切の氷雪被害が無いという。
そんな雪原は年中雪と氷に覆われた大地であり、その奥地に氷雪で出来た峡谷が存在し、その先に大迷宮の一つである『氷雪洞窟』がある。無論、峡谷と言っても『ライセン大峡谷』と比べるようなものではないが、寒さという脅威は大峡谷同様の危険があるだろう。
そんな四つ目の大迷宮へと向けて空と睦月は向かっているわけだが、流石に止むことを知らぬ氷雪の中をずっと進み続けるわけにはいかないので、二人は西側から雪原の境界付近を回り込むように移動していた。
「…………雪原の外、とはいえ寒いな」
「はい。氷雪の影響は無いのですが、やはり気温は影響を受けているようで……」
「氷雪を運んでこない代わりに冷やされた空気は運んでくる、と。なんとも面倒なものだ」
大陸南側へと足を踏み入れてから二日目。
魔王国の領土内に入っているわけではないが、南側は人間族が闊歩する領域ではなく魔人族や魔物が住まう領域のため、下手に魔人族と鉢合う事を避ける為に街道を外れて、鬱蒼とした森の中を歩いていた。
魔王国の領土外ではあるが、もしも集落に住まう魔人族に見られてしまえば間違いなく魔王国の方へと連絡が行ってしまう。その可能性を考え、空は森林を行くことを選んだ。その選択はある種、正解と言えた。
地球における、カナダやロシアにあるような針葉樹林にそっくりな森林には休息が出来、かつ隠れることが出来るような地形が存在しており、強い風を凌ぐ事も容易であり、焚き火の為の枝葉を集める事も苦労しなかった。
同時に、魔物ではない通常の獣が住んでいる為に、保存食の節約をする事が出来ていた。
────その代わり
「来たな」
「数は八、大型の群れです」
地面に転がる枝々を踏み折りながら、森を進む空と睦月へと足音が近づいてきているのに二人は即座に迎撃体勢をとる。
音の方向へと視線を向ければ薮の向こう側より姿を表すのはヘラジカのような魔物の群れ。無論、ヘラジカのようなとは言ったが地球のヘラジカは大きくて三メートルを越すものだが、目の前に現れた魔物の体躯は四メートルに達するだろう。
「ォォォー」
その大きな鼻から息を荒く吹きながら、魔物は口を開く。開かれた口に並んでいるのは地球のヘラジカのそれとは違うさながら肉食動物めいた牙。
その目に宿しているのは空たちを獲物と定めた食欲のそれだ。そして、威厳を感じさせるように広がり相手へ向けて伸びる巨大な双角は下手をすればアーティファクトの鎧すら貫通されるやもしれない、そう思わせるほどだ。
そんな魔物が七体。最奥には角を持たない、持たないがしかしその巨躯は角持ち七体と比べても二回りはデカい個体がいる。
角を持たないところからその魔物がメスの個体なのだろうが────
「行くぞ」
「はい!」
そんなものは知ったことではない。
僅かな言葉を交わして、空は絶刀を引き抜き駆ける。それを見送りながら睦月は素早くその手に大剣───ではなく、槍斧を握りしめその場で構える。
「ォォォー!」
迫る空に反応し、大きめな鳴き声を出しながら前の方にいる二体の魔物が駆け出した。その一歩はその体躯に見合わず軽やかで、しかしその巨躯故に壁が迫ってきているかのような威圧を感じさせる。それを前にして空は一切恐れることなく突き進み、すれ違いざまにその前足を斬り飛ばす。
「ォォ!?」
突如走った激痛に悲痛の叫びをあげ、重心を崩す魔物は何とかしようと体を動かすが、走っていた事とその体重故に逆側へと重心が大きくぶれた事で、隣を走っていた仲間を巻き込みながら勢いよく倒れ込んだ。
それを見逃す事はなく、素早く睦月が対応する。銀の魔力光を纏った槍斧が振るわれ、その刃が速やかに二体の魔物の首をとる。
その巨体に見合うようにがっしりとした太く強靭な首であるが、大迷宮の魔物ではなくただの魔物でしかない為に分解を付与された槍斧で容易く破壊される。
それを尻目に後続の飛び出した魔物に対して空は素早く両前脚を斬り落とし、姿勢が前傾になり首の位置が低くなった所を見据えて的確に絶刀を振り上げれば、刃の鋭さと魔物の首から先の自重が合わさりそのまま刎ね飛ばされる。残りは四体、視線を残った群れへと向ければ────
「ォォォー!!」
既に残りの内の三体が空の眼前へと迫っている。その速度は先程までのそれではなく、微かに魔力を纏っていることから恐らくは固有魔法か何かなのだろうが……
「睦月」
「お任せ下さいませ」
魔物の遺体を足蹴にして、後方より睦月がその槍斧に分解の魔力を纏わせながら突貫し空の前へと出て振るう。振るわれた槍斧の銀光へと触れた端から魔物の身体は分解されていく。
崩れ落ちていく群れの最奥、群れの長であろう二回りはある巨躯の魔物は突撃する───わけはなく、急いでその場から反転し逃走し始めた。
それもそうだろう。
本能が強い魔物であるならば、明らかに勝てない敵を前にすれば逃げるのはある種当然だろう。逃げるならば、わざわざ追う必要は無い。
「だが、それはただの獣畜生ならばの話だ」
魔物、それも明らかに肉食であり巨大な体躯。大迷宮外の魔物であるが恐らくその危険度は充分大迷宮のソレであるのは間違いなく、ならばここらの人間───正確に言えば魔人族だが───が太刀打ち出来ないのは明白であり、何より魔人族が使役し戦力にされるのも問題である。そう感じた空は姿勢を落とし、追いかける構えをとって、駆け出すよりも先に自分の隣を勢いよく背後から通り抜けていったモノに僅かに目を見開いた。
一拍もおかずに視線の先で深々と魔物の背から突き刺さった槍を見て、空は構えを解き背後へ視線を向ければ槍斧を投擲した姿勢から戻し、どうでしょうか?と言わんばかりの表情を向けてくる睦月の姿があった。
「こちらの方が早かったでしょう?」
「……ああ」
この森に入って、一日と半日。大剣と絶刀では圧倒的に戦闘範囲などがダダ被りすると判断した睦月は槍斧を握る様になり、それを振るう様は歴戦のそれだ。流石は使徒というべきだろう。
魔物が粒子となって消えていく様を視界の端に収めながら、空は軽く息を吐きつつ槍斧を回収しに行った睦月の後を追って歩き始める。
─────〇─────