「防御への対処が遅いぞっ!!もっと相手の動きをよく見ろ!!」
「はいっ!!」
冬獅郎の自宅の道場で翼と冬獅郎の二人が互いの木刀で攻防を繰り返していた。冬獅郎は戦いながら、翼の動きを指摘している。翼はそれを受けて少しずつ自分の剣を修正していく。事実、再び放たれた冬獅郎の横薙ぎの一線を翼は即座に反応して防御する。
その冬獅郎の背後で一つの影が木刀を振り下ろす。
「っ!」
だが、その剣は頭上に剣を構えた冬獅郎によって防御される。その剣を振り落とされた人物、天羽奏は更に力を入れて振り抜こうとするが彼はびくとも動かない。
「打ち込みはいい、だが、一撃にこだわり過ぎだ。そこから繋げなきゃ意味がねぇぞッ!」
「わかってるってッ!」
奏は受け止められていた剣を握り直し、今度は突きで冬獅郎を狙うが冬獅郎は身を屈めて回避し、木刀を斬り飛ばす。
「はぁっ!」
「…………。」
今度は翼が斬りかかってくる、連撃を叩き込みなんとか一本取ろうとする。
(胴にすき在りっ……!)
冬獅郎と翼は身長差があり冬獅郎はどうしても剣を高くに構えている。そこから生まれる胴体へのすきを見つけ、そこへ一刀を叩き込もうとする。
(とった!!)
「ッ!?」
冬獅郎は翼の木刀を剣を握っていない左手で受け止め、木刀を握った右手で翼の首筋に木刀を添わせる。これが真剣での斬り合いなら間違いなく翼の首はつながっていなかった。
「安心して剣速を落とすな、確実に斬ってから安心しろ」
「っ!はいっ!!」
「それと、すきを見つけたからと言って馬鹿正直にそこに突っ込むな。相手との実力差をわかってるならなおさらだ、そこに謀りがないかをまず疑え」
「……はいっ!」
そう、今冬獅郎が見せたすきはそれを教えるためにあえて作ったものだった。若い戦士ほど、勝機と見れば疑いなしにそこへの攻撃をする。それが敵の罠だった場合を失念し。
「……一旦休憩だ」
「はい(あぁ)」
息が上がり始めた二人を見て、冬獅郎は一旦休憩に入ることにした。
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「ぷはぁっ!生き返る〜」
「奏、はしたないわよ」
冬獅郎がもってきた水を一気に飲み干しまるで年寄りのようなことを言う奏を隣で同じように水を飲む翼がたしなめる。
「仕方ないじゃん、冬獅郎との打ち込みかなり体力使うし」
「それは同感だけど、もう少し節度を持ってよ」
まるで母親のように奏にいう、翼。そこへ、道場の外で端末を弄っていた冬獅郎が中に戻ってくる。
「響、なんだって?」
「『こっちはなんとかやってるから、そっちも頑張って』だと」
「そっか、響も頑張ってるんだな」
「あぁ」
冬獅郎がさっき連絡した相手、弦十郎のもとで修行している響からの言葉に奏が自分も負けられないと気合を入れ直す。今日は休日、冬獅郎は翼から頼まれていた剣術の修行に付き合っていた。なぜか、奏もついてきたが修行は概ね順調である。
最初は二課の訓練室でやるべきかと思ったが、響がその案を却下したのである。本人曰く、冬獅郎が近くにいると甘えてしまうため別々の場所で訓練がしたいらしい。それを聞いて、冬獅郎は響も成長しているのだと、安心した。
―――本音を言うと、最近響の様子がおかしいという未来の鬼コールへの不安もあったが。
「それにしても、風鳴の剣術は大したもんだな」
「ありがとうございます、
「
冬獅郎は翼たちと同じように床に座りながら、最近変わった翼からの呼び方に冬獅郎は顔をしかめた。響も弦十郎のことを師匠と呼び始めたが、自分はどうしてもその呼び方が慣れない。尸魂界にいた頃は、弟子などとった試しがなかったからだろうか。
「当然だよ、翼の家は代々護国のために戦ってきた防人の家柄だからな」
「へぇ」
奏の言う通り、翼の家は国家を影から支える一族だ。故に幼い頃から厳しい修練を積んでいた。そのことは冬獅郎も翼から直接聞いた。だが、冬獅郎が使う斬術と剣術は違う。ノイズを斬るならおそらく斬術のほうが向いているだろう。
「防人、か。聞いてみると、それと死神のあり方はよく似ている」
「えぇ。私も師匠の話を聞いてそう思いました」
かたや、国を護るための刃。
かたや、現世と尸魂界の魂のバランスを護る”調整者”。
どちらも、何かを護るために己の命を差し出した存在だ。だからこそ、翼は冬獅郎のことをこころのどこかで尊敬もしていた。
だが、冬獅郎は顔つきを変えて口を開いた。
「―――だが、それは”死神”の在り方と似ているだけで俺とは似ても似つかない」
「?どういう意味だい」
冬獅郎がふと漏らした言葉に奏と翼は、疑問符を浮かべる。
「―――死神が戦うときの鉄則はこの修業を始める前に教えたな?」
「えっと、確か―――」
「『戦いに美学を求めるな、死に美徳を求めるな、己一人の命と思うな。護るべきものを護りたければ、斬るべき敵は背中から斬れ』、でしたね」
うろ覚えだった、奏だったが翼は一言一句覚えていたらしくつらつらと内容を述べていく。
「そう、それは死神の戦い方の鉄則であり己の感情に動かされず、責任だけで敵を倒すための戒めでもある。一般隊士の中でもこれは基本中の基本、隊長格ともなれば一切の感情を捨て、責任だけで刃を振るうもんだ」
「?」
「憎しみだけで刃を振るうのはただの薄汚れた暴力だ、俺たち隊長格はそれを戦いとは呼ばねぇ」
「…………」
その言葉は、奏の胸に刺さった。奏のシンフォギア奏者としてのルーツ、それは自身の家族を皆殺しにした、ノイズへの復讐心、憎悪によるものだからだ。だからこそ、冬獅郎の口から次に出るのは憎しみに何ら意味はないと言った、正論だと思っていた。だが、
「俺は一度、憎しみだけで刃を振るった、暴力で刃を振るって殺したい男がいた。いや、今でも殺したい男がいる」
「「ッ!!?」」
そういった冬獅郎の瞳の奥に見えたのはマグマのように煮えたぎった、確かな憎悪の感情だった。彼の中にある意外な感情に二人は息を呑んだ。
「アイツさえ斬れれば俺は隊長の座を失っても構わなかった。いや、刺し違えになってもよかった」
「…………。」
「―――そう、俺は隊長の器どころか、死神の器でもねぇってことだよ」
そう言って、天井を眺める冬獅郎。そこに見えるのは後悔、そして、懺悔。彼は、自分の憎しみに囚われ、危うく本当に大事なものを失いかけた。あのときから隊長であろうと、努力してきた。だが、冬獅郎本人は自分が隊長など相応しくないのだとそう思い続けていた。
「風鳴翼、天羽奏。ノイズに対する憎しみを捨てろなんて、綺麗事は言わねぇよ。数百年生きた俺でも、未だに憎しみが心に巣食ってる、憎しみは死ぬ瞬間、いや、死んだとしても絶対に消えやしねぇ」
「……………。」
自身の胸に手を当て、静かな口調で諭すように二人に話す冬獅郎。
「だが、戦いで憎しみを抱くな、刃に憎しみを乗せるな。
―――憎しみは視界を狭め、怒りは思考を妨げる。そんな戦い方をしていたらお前達はいつか大事なものを失う。お前らがその力を得た意味を常に感じろ」
「力を得た……」
「意味……」
「そうだ、お前らは俺のようにはなるな。『人の命を護るための刃』で在り続けろ。―――それくらいしか、俺が『力』以外でお前らに伝えられることがないからな」
そういって、木刀を持ち直して立ち上がる冬獅郎。
「再開するぞ」
そう言って道場の中央に移動した冬獅郎の背中は翼と奏の視点からは、小さくも大きくも見えた。
「今日は死神図鑑はお休みや〜」