遂にオフコラボ当日。俺は普段通り――といっても下手に男らしすぎないようにちょっとしたメイクと伊達メガネをしている――の格好でアナザーズー本社最寄りの駅前に居た。
今日はその近くのスタジオに集合だが、濡羽には先に会うことにしてもらっている。建前上はリアルで喋る事に慣れておいた方がいいから、という事を伝えたが実際は濡羽を混乱させる為だ。晴菜のシナリオだと、一度濡羽と会った後に女装して本番に望むことになっている。性別を確定されることが無いように、だそうだ。当然のように濡羽が選ばれた事には触れないでおこう。
さてアズー、案外良い立地にスタジオを置いていたらしく駅前は混雑していた。濡羽からは「広場中央時計近くのベンチに座っています」とは聞いたので、多分あの辺に……確かに座ってる人いるな。
黒髪ロングの奇麗な人。ベージュを軸としたコーデで、オシャレな人ってイメージが先に来る。でも、手に持ったスマホを見ながらキョロキョロしてるし、素振りは濡羽っぽいよな。うーん、取り敢えず電話かけてみるか。
電話を濡羽に掛けると、その人のスマホが震えだし、それに釣られて彼女自身も震えだした。やっぱ濡羽だったか。ガチガチに固まった腕をゆっくりと上げてスマホを耳へと近づける光景は、濡羽には悪いが酷く滑稽で笑いを堪えるのがやっとだった。このままおちょくってやろう、そう思って不審に思われないように自然に背後に回り込んだ。
「ふぅー、も、もしもし? 黒翳さん? 今どこに……なんか笑ってません?」
「いや、フフッ、笑ってないって。別にガチガチに緊張してベンチに座りながらあたふたしてる奴を見て笑ってるとかそういうんじゃないから」
「もうそれ私を笑ってたって白状してるようなもんじゃないですか! 何処に居るんですか、緊張してたのが馬鹿みたいじゃないですか!」
「ああ、後ろにいるよ」
そう言うと捲し立てていた濡羽が反射的にこちらへ振り向く。その速度には目を見張るものがあったが、発揮される場面が間違ってはいないだろうか。
目が合うと、フリーズしたかのように硬直した。
「おい、おーい」
「あ、あなたが黒翳さんですか……え、黒翳さんって男だったんですか?」
「そう思うならそうなんじゃね」
「そんな殺生なぁ」
あ、声ちょっと変わった。うん、そりゃそういう反応になるか。身体はベンチに座ったまま、顔だけこちらに向けて静止している。器用なものだ。今の声は地声かな。
地声と言ってもいつもの声より少し低い程度だな。いつも感じられる抜けてそうなキーの高さが取れて、綺麗な声になっている。うわ、外面だけ見れば完璧じゃん。
数分後、やっと濡羽が戻って来た。口をポカンと開けていた顔も今は真面目に見える。
「大丈夫です、お、落ち着きましたから。えーと、人の目もありますし、1度場所変えませんか?」
そう俺に言いながら濡羽がすっくと立ち上がる。俺はその提案に首肯して濡羽について行った。
さっきは座っていて分からなかったが、此奴背が高い。俺より頭一つ分位でかい。モデル体型か? 妬ましい。
そして着いたのは、有名カフェチェーン店。
「えーっと、何食べますか?」
「急に元に戻ったな」
「いやいや、まままだ膝ガクガクしてますよ?」
「ブルッブルじゃん」
そういう彼女の足は生まれたての小鹿のように震えていた。傍目から見ても酷い有様だ。
店員さんに案内してもらい、二人で向かい合って席に座る。早速コーヒーを頼んで、って待て、このパンケーキ美味そうだな。あ、店員さん、これもお願いします。
「………」
「………」
「………」
「ッスー、喋ろっか」
「あっ、すいません」
駄目だ。俺が喋らなきゃ沈黙が訪れる。しかも、下手な事をすれば向こうが気負いし過ぎてしまう。やばいな、こういう時の会話デッキなんて組んだことないぞ。どうしよ。
「よし、取り敢えずお互い自己紹介から。俺は黒翳覆こと白井、よろしく」
「よろs、よろしくお願いします」
「おう、よろしく」
「はい……」
「……えーと、そっちも自己紹介、頼めるかな」
「あっ、す、すいません」
やばい、やばいぞ。これ作戦とか以前の問題だったかもしれない。これコラボが上手く行くかすら怪しいぞ。まずはどうやって此奴の緊張をほぐしてやるかだな。
「じゃ、どうぞ」
「えと、はい。わ、私は濡羽硝子としてやらせてもらっている、
「出羽さんか。改めてよろしくな!」
「はい……」
やっぱり遠慮がちだよなぁ。どうにかして距離を詰めたい所だが、こっちが遠慮なく関わっていけばきっかけ位は作れると思う。まあ、ここで何やっても女装姿で会ったらぶっ壊れるんだけど。
「ははっ、緊張してんだ。やっぱコミュ障だった?」
「そんなこともう知ってるじゃないですか」
「にしてもテンション低くない? じゃあ何、例えば……俺がもろ男に見えてがっかりしたとか?」
「………すいません」
「嘘だろ」
なんだろ、普通に会ってがっかりされると傷つくな。もしかしてガチでお姉ちゃんが欲しかったとか? あり得る。だって俺も欲しいもん。だけどあんまり俺へのイメージを固定化して欲しくないな。それならこう、かな。
「けどね、私、まだ一度も女じゃないなんて言ってないよ?」
「!」
「そうでしょ、出羽さん?」
「え、じょ、女性なんですか?」
「ふふっ、さあね」
こうして誤魔化しておく。いずれ分かる事だとしても今は手のひらの上で踊っていて貰わないといけない。ありゃ、もしかして知られることなく疎遠になっちゃう可能性もあるのかな。ならこの呪いもプレゼントだ、面白いじゃないか。
「じゃあさ、ちなみに俺が女だとしたらどんなことしたい?」
「え!? え、えーと……」
「別に遠慮しなくていいのに。言ってくれたらしてあげるよ?」
「いや、そんな恰好で言われても」
「え、まだ見た目怖い? 頑張って雰囲気柔らかくしたんだけど」
「そういう問題じゃないですってば」
なんて適当にあしらっていると、頼んだコーヒーとパンケーキが運ばれてきた。パンケーキの上には苺やブルーベリーが乗っていて、淡い赤色のベリーソースがかかっている。もう見た目から美味しい。早速食べる。甘酸っぱくてパンケーキもふわふわ。想像よりクオリティが高くて当たりを引いたような気分になる。やっぱ甘いものって強いよな。その流れでコーヒーも流し込む、っ、にがぁ。しまった、砂糖を入れ忘れた。
「はぁ、すごく美味しそうに食べますね」
「ああ、ちょっと食べてみるか?」
「頂きます、というか声凄いですね、こうして向かい合って話していると違和感しかないです」
「慣れてくれないと、フィーア困っちゃうな♡」
「ちょっと、あんまり調子乗らないで下さい。あっこれ美味しい」
言われた通り調子に乗りすぎたのは否めないが、体感では大体打ち解けられたかなと思う位には話せている。だけどこの話し方はやめよう、自分で自分が分からなくなってくる。あくまで今は「白井」なんだから、本番の時まで封印しよう。
「私、驚きすぎて気疲れしちゃいました」
「まだこれからだけどな……」
「もう何が起こっても驚かない気がします」
「言ったな?」
「え? なんですか」
「なんでも……本当こいつ面白いな」
積もる話はあれど時の流れるのは速いもので、コラボの集合時間が近づいていた。俺には別の準備もあるので早めに行かなければならない。話している内にコーヒーも飲み終わり、会計を済ませてスタジオに向かった。スタジオには大体徒歩5分で着いた。もうそこからはスムーズで、スタッフに案内され楽屋に向かう。
「じゃ、俺他の準備あるから先行ってて。また後で」
「あ、はい。今日はお互い頑張りましょうね!」
そして俺だけ別室に入り、オフコラボの準備を始める。スカートに着替え、ウィッグを被り、チョーカーを付け、メイクをする。鏡の中の自分を睨む少女を負けじと睨み付け、最後に眼鏡をかける。
自分を作り変えていく実感を得ながら、心持ちを切り替えていく。気分も上げていく、そうだな、調子に乗りすぎる位が丁度いい。
さあ出羽、同期、見て驚け。さあ鑑賞者、諸々リスナー、聞いて驚け。
「ふふっ、よし、いいね。やっちゃおうか」
これも