ダンガンロンパ無印が〇〇だったら?というよくある話を鬱要素全開でぶっこんだものです。生き残った生徒が墓参りに行くようなそうでないような話。結構グロいかもしれません。pixivにもあげてます。

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※ダンガンロンパのネタバレ

※鬱です。疲れている人は閲覧しない方が良いかもしれません。

※タイトル通りです。胸糞です。



バッドエンド:誰も悪くない

 

 

苗木は言った。

 

 

苗木「舞園さんってひどい奴なんだ。ボクを騙して桑田クン殺しの罪を着せようとしたんだ。」

 

舞園「へぇ、それはひどいですね!」

 

苗木「戦刃さんってひどい奴なんだ。実は黒幕の見方で、ボク達のことを影で嘲笑っていたんだ。」

 

戦刃「…ひどい。」

 

苗木「桑田クンってひどい奴なんだ。生きたいがために舞園さんを殺して、ボクを犯人に仕立て上げようとしたんだ。」

 

桑田「へー、そりゃひでぇ。」

 

苗木「不二咲クンってひどい奴なんだ。共同生活内で男だってことを隠して、性犯罪者と間違えられてもおかしくない挙動をしていたんだ。」

 

不二咲「うぅ、ひどいよぉ…」

 

苗木「大和田クンってひどい奴なんだ。嫉妬のために不二咲クンを殺して、友達を裏切ったんだ。」

 

大和田「おいおい、そりゃひどいな。」

 

苗木「石丸クンってひどい奴なんだ。現実を見ようとしないで廃人になって、ふざけた現実逃避をしたんだ。」

 

石丸「それは酷い!」

 

苗木「山田クンってひどい奴なんだ。機械なんかに恋をしてセレスさんに操られて、石丸クンを殺したんだ。」

 

山田「ひどい話ですな。」

 

苗木「セレスさんってひどい奴なんだ。山田クンをけしかけて殺して、その罪を葉隠クンに着せようとしたんだ。」

 

セレス「あら、それはひどい。」

 

苗木「大神さんってひどい奴なんだ。裏切り者だった上に自殺をして、朝日奈さんが心中しかねないようなモノクマの罠を招いたんだ。」

 

大神「…全くひどい。」

 

 

 

 

 

 

 

苗木「霧切さんってひどい奴なんだ。ボクに無実の罪を着せて処刑させかけたんだ。」

 

霧切「………………………。酷いわね。」

 

苗木「朝日奈さんってひどい奴なんだ。裏切り者である大神さんの偽の遺書を真に受けて、皆を巻き込んで死のうとしたんだ。」

 

朝日奈「そん、な…………ひどい。」

 

苗木「腐川さんってひどい奴なんだ。殺人鬼の性格を隠してた上に十神クンを盲信して、ずっと場の空気を乱してたんだ。」

 

腐川「…………酷いわ……………」

 

苗木「十神クンってひどい奴なんだ。不二咲クンの死体を弄くって余計なことばかりして、議論を混乱させたんだ。」

 

十神「そうだな………………酷い、な。」

 

苗木「葉隠クンってひどい奴なんだ。いつも怯えて逃げてばかりいて、何に対しても正面から向き合おうとしなかったんだ。」

 

葉隠「あー……確かに。ひでーな。」

 

苗木「江ノ島さんってひどい奴なんだ。ボク達を閉じ込めてコロシアイをさせて、結局自分も死んでしまったんだ。」

 

 

 

苗木「………」

 

 

 

苗木「でも、よかったじゃないか。ボク達は生き残って、未来機関に無事保護されたんだから。こんな絶望的な世界でも、ボク達の力できっと、希望を取り戻してみせる。」

 

霧切「苗木君。今日はもう、休みましょう。」

 

苗木「そうだね。明日もまた忙しくなるもんね。それじゃあボクは部屋に戻るよ。また明日ね、皆。」

 

十神「……あぁ。」

 

葉隠「またな。」

 

 

 

 

 

苗木が去った教室は重い沈黙に包まれた。しばらくの間5人は何も言えなかった。

 

 

朝日奈「…ひっ………くっ、ぅ………」

 

朝日奈の嗚咽が、ふいに響いた。

悲しみか怒りか、或いはその両方で震える背を、腐川が宥めるように撫でた。

 

 

 

 

朝日奈「何が…何がコロシアイ?何が裏切り者?未来機関?絶望?」

 

 

腐川「……朝日奈……」

 

 

 

朝日奈「___ふざけないで!!」

 

 

魂を搾るような怒号に、しかし反応する者はいない。ただ腐川が背中をさすり、朝日奈が泣くだけで。

 

 

 

 

十神「………はぁ。」

 

十神はストレスで痛む頭を押さえた。

 

霧切「明日…どうしましょうか、彼。やっぱり、連れていくのは躊躇われるけれど。」

 

彼とは苗木のことだと、全員が分かっていた。

 

 

腐川「連れてくしか、ないでしょ…嫌だけど。」

 

葉隠「だべ。連れてってみて…うるさかったらテキトーに遊ばせとけばいいだろ。」

 

しかめ面の腐川と投げやりな葉隠の言葉に含まれた強い嫌悪と拒絶を察せない霧切ではなかった。

が、他にすべきこともない。

 

 

 

 

 

霧切「…苗木君。貴方は、いつ、目が覚めるのでしょうね。」

 

 

コロシアイなど、起きているはずがない。

 

世界の崩壊などありえない。

 

全て。苗木を取り巻く全ては、彼の妄想でしかなかった。

 

だってクラスメート達の死因は、

 

 

 

 

霧切「……じゃあ、予定通り明日の10時集合で。私達も帰りましょうか。」

 

がたり、複数人の席をたつ音がする。

 

6つになってしまった机をおざなりに並べて、めいめいに教室を出た。

 

 

 

 

 

 

朝日奈「待っ、て…腐川ちゃん、霧切ちゃん。」

 

寄宿舎前、目元を赤く腫らした朝日奈が霧切と腐川の腕を掴んだ。

 

朝日奈「今日、一緒に寝ない?私、明日__」

 

控えめな言葉とは裏腹に腕を掴む力は強く、ギリギリと締め付ける音が鳴る。

 

腐川が悲鳴を堪えた。

 

朝日奈「明日独りで起きたくない…!」

 

 

霧切「奇遇ね、朝日奈さん。私もちょうど、そう言おうと思ってたの。」

 

朝日奈「………ホント?」

 

 

霧切の言葉に、朝日奈の力が弱まった。

 

その隙に腐川は自身の腕を抜きとり、今度は自分から朝日奈と手を繋いだ。

 

腐川「そのくらい別に良いわよ…ほら、さっさと歩く。」

 

朝日奈「うん。えへへ、よかった。」

 

あからさまに安堵する朝日奈へかける言葉が見つからず、霧切は部屋に戻って着替えを取りに行く話を始めた。

 

 

 

明日はクラスメート達の七七日忌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、6人は予定時刻より少し早く集まった。

 

 

苗木「えっと、今から森に行くんだよね。それにしても制服でって、学校行事みたいだね。」

 

 

朝日奈「___苗木、」

 

霧切「早く行きましょう。今なら予定より前の電車に間に合うわ。」

 

何か言いかけた朝日奈を霧切が遮った。一瞬霧切を物言いたげに見た朝日奈も、しかし矛を収めた。

 

 

 

苗木は行き先こそ知っていたが、そこに行く目的は知らなかった。

 

ただ、制服の着用を指示されたこと、同じく制服を着ている仲間達が花束を持っていることから、誰かの墓参りだと検討はついていた。

 

霧切に至っては花束を2つ持っている。

 

苗木「霧切さん、花束1つ持とっか?」

 

霧切「…大丈夫よ。自分で持つわ。」

 

苗木「そっか…」

 

 

それにしても、苗木の記憶には自身に関係のある者で森で亡くなった者はいない。

 

 

なぜボクは呼ばれたんだろう?

 

そんな不思議そうな様子を抑えきれない苗木に、十神はいっそ憎しみすら覚えた。

 

苗木「…あ、携帯わすれちゃった。」

 

気がついたが携帯を使う用事もないので特に誰にも言うことなく駅へ歩いた。

 

 

 

 

電車で数時間乗った先にその森はあった。

 

麓から無言で登り続け、ふいに立ち止まった場所には、花束や菓子類等をはじめとしたお供え物が数多くあった。

 

 

霧切「……苗木君。私達はしばらくここに居るから…その、あまり離れないならここに居ても居なくてもいいわ。用が済んだら電話するから。」

 

背を向けたまま言う霧切の態度に、苗木はそっとしておいた方が良いと感じた。

 

携帯を忘れたことはこの際言わなくても良いだろう。

 

 

苗木「そう、なんだ。なら少し、探検してくるよ。」

 

そのまま山を登っていった。突き刺すような腐川の視線には気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

十神「…何もないな。」

 

苗木と別れた場所から更に解散して、十神は今1人だった。道を外れ、少し開けた場所に花束を置く。

 

それから何をするでもなくその場に座り、濁流のように流れてくる記憶に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

それは遠足でのことだった。

 

高校2年生にもなって森という謎の遠足場所へ行くために、16人はスクールバスに乗っていた。

 

その日は晴れていて、比較的穏やかな天気だったから、山頂に着いたら野球だサッカーだなどと言い合っていた。

 

その時。

 

 

 

 

山頂から大きなトラックが転げ落ちてきた。

 

 

 

トラックはスクールバスと衝突し、大爆発が起こった。

 

 

78期生の大半は命を落とした。

 

 

警察によると、ひどい爆発の要因はトラックに積み込まれていたガスだろうとのことだった。山頂付近には小さなガス工場があったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

横転するバスから投げ出され、十神は最初気を失っていた。

 

ふと気がつくと周りは瓦礫だらけで、身を起こしてもすぐには誰も見つけられなかった。

 

あちこち痛む身体を無理矢理立たせると、見慣れた小柄なクラスメートを見つけた。

 

その腕を掴み、

 

十神「おい不二咲、大丈夫、か………っ!?」

 

冷たさに息を呑んだ。

と、同時にこちらへ雪崩れ込んでくる身体に一切の力が入っていないのがわかった。

 

十神に付着した不二咲の血すらも冷たかった。

 

ぐにゃりとした冷たい感覚は、一瞬で十神をパニックへ追いやった。

 

十神「こう、いう、時は……し、心臓マッサージ…か?」

 

震える腕で、不二咲を静かに地面に寝かせられただけでも奇跡だろう。

 

十神「ふじ…さき。」

 

胸の中心に両手を重ね、力を込めた。

 

十神「違う、違う……死んで、ない、生きて、」

 

以前聞きかじった程度の心臓マッサージを繰り返す。

そのたびに不二咲の身体は玩具のように跳ねて、跳ねて、

 

 

がつり。

 

 

首が嫌な音をたてた。

 

十神「…え?」

 

骨が折れたのではない。元々皮1枚で繋がっていた首が、衝撃で切れたのだ。

 

ごろん、ごろんと転がって草むらへ消えた首を、追いかけることもできなかった。

 

十神「………あ、あああ…」

 

ずきりと小指が痛む。

見ると十神の右手には小指が無かった。

起きてから今まで、痛みが麻痺していて気づいていなかったのだ。

 

それが急に自己主張を始める。

 

十神「いた、い…ぐっ、ぅ…うううううっ」

 

痛みとショックに支配されて、踞る。

もう何も考える余裕が無くなっていた。

 

 

声が聞こえるまでは。

 

 

大和田「その、声、十神か…?」

 

十神「……大和田!?どこだ、どこにいる!」

 

 

見えない相手の声に縋るように反応する十神に、大和田は空気が抜ける音で返した。

笑ったつもりだろう。

 

大和田「さぁな。それより、オメー、怪我したのかよ。」

 

十神「俺、おれの、指が…指が無いんだ。いた、い…」

 

大和田「ゆびぃ?…あー、よかった。」

 

 

 

 

大和田「俺のがある。」

 

 

十神「は?」

 

 

大和田「俺の指、やるよ。だから、泣くなよ。俺、…動けねーから。俺のやるからよ…オメー動け、動いて…他の、助けてやれ。」

 

十神「…動いて…助ける。」

 

大和田「兄弟を、不二咲、皆…な?助けろ。大丈夫、……治るから、全部、」

 

十神「全部…元通りに。」

 

大和田「ああ、やくそく、だ…」

 

十神「約束…」

 

 

元通り。

大丈夫。

その言葉は十神にとって救いだった。

 

指だけじゃなく、首の消えた不二咲も、姿の見えない大和田も、元に戻ると幻視してしまう魔法の言葉。

約束という、まるで何か絶対的な存在に保証されたかのような安心感。

 

 

心の拠り所を得て、頭が冴えていく。

 

まず、自分に出来ることは。

 

十神「……救急車を。」

 

吹き飛ばされた荷物、その中にあるはずのスマートフォンを探して。

もう1度立ち上がった。

 

 

どこかでまた、空気の抜ける音がした。

 

 

 

 

 

十神「結局。助けられなかったな。不二咲も。石丸も。」

 

十神は、左手で右手の小指を撫でた。やや日焼けした、他のどの指よりも長くなってしまった小指は大和田から移植したものだった。

 

大和田の遺体は、十神を囲んでいた瓦礫の裏側にあったという。両目が潰れていたそうだ。

 

十神「見えないから、動けない…当たり前のことだったんだ、お前の方が重傷だってことくらい。」

 

 

十神「俺は…そんなことも、わからなかった。」

 

通報を終えて、探し回っても、他に助けられそうな者はいなかった。

 

強いて言うなら、生き残った人間をある程度集めて纏めていたくらいだろうか。

しかし、あの状況下でそれだけできただけでも上等である。

 

 

十神「なぁ、今度は苗木がおかしくなってしまったんだ。お前のこと殺人犯とかなんとか言ってたぞ。」

 

十神「あと不二咲、お前のことも性犯罪者だと糾弾していたぞあの愚民は。」

 

十神「俺のことも…確か、不二咲の身体を弄くったとか、なんとか…いや、間違ってはいない、か。」

 

 

自嘲の笑みをもらすも、すぐに表情を元に戻す。

 

十神「つまらん話をしたな。…また来る。」

 

 

花束のラッピングを解き、花をばらまくと、包装紙を手に来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日奈「…さくらちゃん。」

 

朝日奈も、最後に自分が記憶している場所まで来ていた。かつては瓦礫が積み重なっていたが、撤去されてからは見る陰もない。

 

自然は何事も無かったかのように再生していく。

 

そこに一抹の寂しさを覚えながら、花束を抱え直した。

 

 

 

 

 

 

 

朝日奈が大神と最期の言葉を交わすことはなかった。

 

大神は、朝日奈が目覚めたときには既に死んでいたのだ。

 

 

 

 

 

朝日奈は温もりの中で意識を取り戻した。

 

膝に僅かな痛みが響くだけで、大した怪我もしていなかった。

 

微睡みから覚め、ふいに自身を包み込む温もりの正体を探る気になり、視線を後ろにやった。

 

そこには目を閉じ、頭から血を流す親友の姿があった。

 

彼女に抱き締められ、庇われたのだと瞬時に悟った。

 

朝日奈「…さくらちゃん!」

 

急いで身体を起こそうとし__失敗した。

 

大神の抱き締める力はそれほど強かったのだ。抜け出す事もできないほどに。

 

仕方なく身体を捻ることで彼女を正面から見ようとした。

 

朝日奈はそのとき、大神が気絶しているだけだと思っていた。

大神が温かかったからだ。

 

朝日奈「ねぇさくらちゃん__」

 

しかし、捻る身体に、ごり、と固い感触が当たる。

 

それは鍛え上げた大神の身体でもあり得ない、無機物の固さだった。

 

朝日奈「__え?」

 

視線を向けると、大神の太股があるはずの場所には足はなく、代わりに鉄の塊があった。

 

 

 

もう1度、大神の頭を見る。ぴくりとも動かない。

 

その頬に手を当て、そっと目蓋をこじ開ける。

 

 

瞳孔が、閉じない。

 

 

朝日奈「あ。あ…あああああ!!!」

 

 

気づいてしまった。或いは知っていた。

 

大神がまだ温かいのは朝日奈の体温が移っているからだと。

 

足の失血量が致死量を超えていると。

 

瞳孔が閉じないのは生命活動が行われていない証拠だと。

 

 

 

朝日奈「やだ、やだやだやだやだやだやだ!」

 

それでも、心が受け入れない。

 

必死に友の全容を見ようともがき、その身体に触れる。

 

しかし抱き締める大神の力が強すぎて、芋虫のようにのたうつことしかできない。

 

朝日奈「起きて、さくらちゃん、やだ、起きてぇぇえええ!!」

 

 

絶叫。

 

悲痛な狂乱は、後に十神が救出に現れるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

朝日奈「ね、さくらちゃん。私が起きる前、さくらちゃん1回起きてたんだよね。」

 

十神と消防隊員に救われ、初めて自分の全身を見た朝日奈は気がついた。

 

 

出血していた自身の膝にネクタイが巻かれていたのだ。

 

もちろん朝日奈が巻いた覚えはない。

さらに、大神の遺体の制服にはネクタイがなかった。

 

大神が朝日奈の手当てをしたのは明らかだった。

 

 

 

それから、朝日奈は膝に布を巻くことで精神の安定を図るようになった。

 

今も赤いスカーフで覆われた膝を撫でる。

 

 

 

朝日奈「最期までさくらちゃんに守られてたね…私、まだ今までの分もお返しできてないのに…」

 

花束から一輪の花を抜き出して、地面に横たえる。大神が以前、花屋で凝視していた花だった。

 

朝日奈「我には似合わないって、言ってたね。そんなことないのに。」

 

また一輪。

 

朝日奈「ホントはね、誕生日にあげたかったんだ。この花。」

 

どんどん並べていく。

 

朝日奈「それにしても苗木のヤツ、頭おかしくなっちゃってさぁ…『裏切り者』なんて。どっちがって話。」

 

少し並びが荒くなるのを慌てて直した。

 

朝日奈「でもね、さくらちゃん。苗木を殴るのは1回にしとこうね。たぶん、苗木にとって、さくらちゃんは生きていてほしかったんだよ。だから、亡くなったから、裏切られたって思ったの、かも…」

 

全て並べ終える。

 

 

朝日奈「また来るね。今度は美味しいもの持ってくるよ!ドーナツとか、えっと、ドーナツとか…」

 

自分にとっての美味しいものがドーナツしか浮かばないことに半ば困惑し、大神の好物を思い出しつつ山道を辿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉隠「よぉ。」

 

平野に近い開けた地で葉隠は立ち止まった。

近くの石に座り込み、花束を脇に置く。

 

携帯型のCDプレーヤーを再生すると、よく知るアイドルの曲が流れてきた。

 

葉隠「ネガイゴトアンサンブル、ねぇ。」

 

星に願うなら。今の願いは時間を巻き戻すことだなと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

葉隠「あー、いてぇ…」

 

葉隠は途轍もない痛みで目を覚ました。痛みに耐えながらも起きようと、ひとまずは上半身だけを起こしていた。

 

桑田「しっかりしろよー。」

 

隣には仲の良いクラスメートがいた。

 

瓦礫の下に下半身を挟まれた彼が起き上がるのはほぼ無理だ。

 

そう思った葉隠は自分が何とかしなければと、起き上がろうとする腕にいっそう力を入れた。

 

葉隠「なぁ、桑田っち、大丈夫かぁ?」

 

桑田「えーやべぇかも、下半身の感覚ねぇわ。」

 

葉隠「それは、確かに、やべー…」

 

桑田「だから俺のためにも頑張れよー。」

 

葉隠「あはは、がんばるー。」

 

余裕そうな言葉とは裏腹に焦りは募っていく一方だ。

 

 

 

その時、目の前で何かが爆発した。

 

次いで炎が上がる。

 

 

こちらへと舌を伸ばす熱に、葉隠は頬を引き攣らせた。

 

 

葉隠「お、い…これ、冗談じゃねー…」

 

桑田「…葉隠。」

 

葉隠「何だべ!?何か、助かる方法が__」

 

 

 

桑田「走れ。」

 

葉隠「へ?」

 

 

 

 

桑田「走ってここを離れろ。助けを呼びに行け。ここにいたら2人とも死んじまう。」

 

葉隠「何、言って、大体、俺も動けな、」

 

桑田「葉隠。」

 

ぽい、と桑田が何かを投げた。

 

体勢を崩しそうになりながらなんとか受け取ったそれは、たった今まで彼が着けていた指輪だった。

 

葉隠「は、桑田っち、」

 

どういうことか、と視線を上げると。

 

 

何かを決意した、絶望と意志を湛える眼があった。

 

 

桑田「お れ を 見 捨 て る な !」

 

 

葉隠「!!」

 

 

 

桑田「走れ!」

 

 

 

葉隠「……………っ」

 

 

無理矢理、膝を立てた。

 

 

葉隠「っっだらぁぁぁああ!」

 

 

言葉にならない雄叫びを上げて、葉隠は駆け出す。

業火の熱よりも足の痛みよりも、己を貫いた瞳に突き動かされて。

指輪を握りしめた拳に、自然と力が入る。

 

 

桑田「はぁ、やれやれ…」

 

悪態は届かず、炎に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

葉隠「…助かると、思ってたんだ。」

 

何度も転げながら必死に山を下り、合流した消防隊員と共に消火して。

 

そこで見たのは、桑田の焼死体だった。

 

しゅうしゅうと音をたてて燻る煙、炎の残滓の合間。

 

彼は真っ黒に染まり、炭化していた。

安いアクセサリーも焦げ、或いは溶け落ちていた。

 

 

残されたのは葉隠に渡った指輪が1つ。

そして葉隠自身の命だった。

 

 

 

 

 

葉隠「…助からないと、思ってたんだろうなぁ。」

 

後になって分かったことだが。

 

桑田は、最初の爆発__つまり、衝突事故の時点で上半身と下半身が完全に切断されていた。

彼の下半身は数十メートル離れたところにあったのだ。

 

恐らく、葉隠と会話し始めた時から、自身の死を直感していたのだろう。

 

下半身の感覚が無いとは、つまり下半身そのものが無くなっていたということだった。

 

 

 

だからこそ。走れ、と。

自身を切り捨て葉隠を生かした。

 

 

死にたくねぇだろ、俺を助けろよ、走れ、走れ。

 

追い立てる幾多の言霊が蘇る。

 

 

葉隠「あの目に救われたんだ。」

 

 

 

葉隠は左の太股の骨が粉砕骨折していた。

担ぎ込まれた病院で快復の見込み無しと言われ、今も骨の代わりに鉄芯が通されている。

 

下手をすれば一生病院通いが続く。

 

それほどの重傷を負っていてなお走れたのは、桑田のおかげだった。

 

 

葉隠「なぁ、苗木っちがオメーのこと散々言ってたぜ。ひでーやつだよなぁ、全部忘れちまうなんて。」

 

 

花束から一輪抜き取って、投げる。

 

 

それは緩やかな放物線を描いて、野草の群生に消えた。

思いきって、今度は全ての花を掴み取る。

 

放り投げると、ふわりと一瞬頭上に滞空し、次いではらはらと落ちた。

 

 

葉隠「俺は…逃げてばかりだなぁ。」

 

 

掲げた手の親指では、指輪が太陽の光を反射している。

桑田は指が太かった。彼が人差し指に嵌めていた指輪は、葉隠の親指を包んでなお余る。

 

 

葉隠「また来るわ。土産はそうだな、酒なんてどーよ?もう歳なんて関係ねーんだし、ぱーっとやろうぜ。」

 

成人式までの日数を数えながら、花束の包装紙をポケットに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腐川「…この辺りね。」

 

たどり着いた場所に腐川は座り込んだ。土を軽く撫でてみても、手が汚れるだけだ。

それでも触れる手を離さず、自然の空気を吸い込んだ。

懐かしい友人達の香りが混じっている気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腐川の意識はぼんやりと浮上した。

 

全てが朦朧と、漫然と歪む世界。

 

眼鏡が無い。

 

手探りで眼鏡を探すと存外に近くにあった。

 

ヒビが入ったそれをかけると視界は改善されたものの、今度は右耳がまともに機能していないことに気がついた。

 

鼓膜が破れたか傷ついたか、ごおごおと風が吹くような妙な耳鳴りがする。

 

 

ふと、耳鳴り以外の音が聞こえないのが不思議で、周りを見渡そうとし__

 

__その前に正面を見据えて、絶句した。

 

 

 

腐川「いし、ま、る…」

 

膝立ちでこちらを向いているような姿勢のまま、鉄骨に胸を貫かれて死んでいた。

 

開いた目は光を失い、虚空を眺めている。

 

そのおびただしい量の血はとうに乾いていた。

 

 

 

 

 

 

数分、或いは数時間前の記憶。

 

横転するバスの中、体重の軽い腐川は身体が浮き上がり、変化する重力の中されるがままに転がっていた。

 

その時に、名前を呼ばれたのだ。

 

次いで、自身を引き寄せる強い力と、誰かに抱き込まれる感覚。

 

 

…ただ、抱き寄せる力は、1人ではなく複数のものだったような__

 

 

 

 

 

その目に手を伸ばそうとして、右手が持ち上がらなかった。

 

 

今度はどこか予感めいたものを伴って右側を見ると、やはりそこには死体があった。

 

首が無くなっていても、右手のタトゥーと…バスの中聞こえた声ですぐに誰か分かった。

 

 

腐川「…戦刃。」

 

 

己を引き寄せた、もう1つの力。

 

 

この2人に守られたのだと。

 

 

腐川「…うそ。」

 

 

風の吹くような音がする。

 

頬が温かいと思ったら涙が流れていた。

 

 

 

 

 

腐川「…ど、どう、しよう…」

 

 

ガタガタと身体が震える。

 

今まで感じたことのない恐怖が身を包んだ。

 

 

 

腐川を守っていた2人は死んでしまった。

 

 

 

その事実は彼女の被害妄想癖と絡まり、彼女が2人を殺したような重圧がのしかかった。

 

 

腐川「う、ぅぅぅぅうううう……!」

 

 

咆哮のなり損ないは腐川本人を追い詰める。

 

 

目を閉じて、このまま意識を閉め出してしまおうと思った時。

 

 

ぱさり、と何かが落ちた。

 

腐川「っ?」

 

見ると石丸と戦刃の荷物が纏めて落ちている。バスでは彼らの足元に置かれていたから、近くに飛ばされて来たのだ。

 

それが崩れた瓦礫から雪崩れ込み、中身を覗かせている。

 

 

2人の鞄から飛び出しているのは文庫本だった。希望ヶ丘学園図書館の貸出シールが土に汚れている。

 

 

著者の欄には腐川冬子と記されていた。

 

 

腐川「……あ…ぁあ…」

 

 

 

数日前。

 

 

模試の問題文に載っていたから借りてきたとか何とか言って、2人揃って見せにきたものだ。

 

全員が自由奔放・好き勝手に過ごしているこのクラスで、歩み寄ってくれたのが嬉しくて、素直になれないながらも感想を求めたのをよく覚えていた。

 

 

感想を教えてくれると言っていた。

 

 

腐川「あぁぁ……」

 

 

覚束ない足取りで立ち上がり、近寄る。

 

その2冊を拾い上げると、片方の本から栞が落ちてきた。

位置からして、もう10ページほどで読み終えていたであろう。

 

 

腐川「ぅあああぁぁぁぁっ…!」

 

 

恋愛小説の内容に石丸は何と言うだろうか。

戦刃は何と言うだろうか。

 

何度も想像してはくすぐったさを感じていたあの感覚が、現実になることは無いのだと。

 

 

彼らは死んだのだと。

 

 

改めてそう思うと滝のように流れる涙を抑えられなかった。

 

腐川「__ああああああぁぁぁ…!」

 

 

風の吹くような音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腐川「…ほら、返されてなかった小テスト。持ってきたわよ。」

 

鞄からテスト用紙を2枚取り出す。

100点と30点。どちらがどちらの物かは明白だ。

 

腐川「石丸はいつも通りね。持ってくる意味あったのかしら。」

 

腐川「…ねぇ戦刃、あたしこんな酷い点数とったことないからわかんないけど、これ赤点じゃない?」

 

テスト用紙を地面に置いて、花束の包装を解く。拘束から自由になった花がはらはらとこぼれ落ちた。

 

腐川「赤点は補習って、先生は言ってたけど…ま、今までも本当に補習行く奴なんてほとんど居なかったから関係ないわね。」

 

笑ったその時、ぶわりと強い風が吹いた。

 

花が、テスト用紙が、腐川の言葉が宙を舞う。

 

まるで叱咤されたような感覚に首をすくめた。

少し崩れた髪を耳にかける。

 

 

腐川の右耳は事故により千切れ、鼓膜も破れていた。

今の彼女の耳は石丸の耳を移植している。

 

 

腐川「はぁ、やだやだ。うるさいのよ、あんた達も、苗木も。あぁそうそう今苗木が狂っててね、管理が大変なのよ。」

 

腐川「あんた達も大変ね、やってもない罪をでっち上げられて。最初あんなこと言ってたときはどうしてやろうかと__」

 

剣呑な目付きを、しかしこの場に相応しくないことに気づいて止めた。咳払いをして誤魔化す。

 

腐川「…とにかく。また来るから。そのときはそうね、あの小説の感想でも聞かせなさいよ。__なんなら、読んでない最後の辺りはあたしが朗読しても良いわ。」

 

 

立ち上がると、ずいぶん遠くへ飛ばされてしまったテスト用紙を回収に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧切「…………」

 

 

霧切は崖に沿った平野に立っていた。

 

 

そこに座ることはなく花束を1つ置くと、もう1つの花束から1輪の花を抜き地面に放った。

 

 

そのままゆっくりと歩き、少しずつ花を撒いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

霧切はバスの中での光景を鮮明に覚えている。

 

ぐるぐると回る視界。

 

 

安全性を放棄したジェットコースターの中で、霧切は隣にいた舞園の手を握っていた。

 

 

舞園「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ__!」

 

 

甲高い悲鳴、彼女の涙がこちらの頬を濡らしても、霧切は舞園の両手を包んでいた。

 

いや、握りしめていた。縋っていた。

 

 

舞園「きゃあぁぁぁぁ__!」

 

霧切「まぃっ…だっ…」

 

 

舞園さん、大丈夫よ。大丈夫だから。

 

 

彼女と自分に言い聞かせる言葉は形を成さず、ただ彼女の両手を握りしめていた。

 

 

 

握りしめていた。

 

 

 

握りしめていた。

 

 

 

 

やがて横転も爆発も止み、静けさが戻った頃。

 

 

 

霧切は舞園の腕だけを抱えていた。

 

 

その肘から先は、見渡してもどこにもいなかった。

 

 

霧切「………」

 

 

 

霧切も無事ではなかった。

 

その手に着けている手袋が異様な熱を孕み、霧切の手に貼り付いていた。

 

また手袋の内側も焼け爛れ、剥き出しの肉と手袋の革が融け合うようにじくじくと嫌な疼き方をしていた。

 

 

霧切「…に、が、…ぅ、……?」

 

何が『大丈夫』なのかしら。

 

 

 

喉が焼けるように痛かった。

 

 

 

 

 

下手に腕を動かすと舞園の両腕を落としてしまいそうで、霧切はしがみつくようにそれを抱えたまま歩きだした。

 

誰かを、或いは何かを探して。

 

 

果たして彼らは、いや彼女とそれはそこにいた。

 

 

セレス「…あら、霧切さん…」

 

霧切「……ぇ、れ…」

 

セレス「うふ、ご機嫌、いかが…」

 

わざとらしく笑うセレスに覇気はなかった。

無理もない。

 

 

何せ彼女は鉄骨で身体を貫かれているのだから。

 

 

さらに彼女にのしかかっている者もいた。

いや正確には庇うように身を横たえていた。

 

 

山田が、セレスと共に串刺しにされていた。

 

 

声も上げない。ただセレスの腹の辺りに、半分に割れた頭を埋めているだけだ。

 

間違いなく、死んでいる。

 

 

セレス「っは、この豚に、用ですか…?」

 

霧切「……ぁ…」

 

 

 

ふいにセレスが饒舌に捲し立てた。

 

セレス「全く使えない、私を庇おうという、気概があるのなら、こんな間抜けな姿など、召使いにも、なりませんわ…」

 

霧切「…ぇれ、さ…」

 

セレス「大体貴方は、重すぎるのです、私の足がもう、紙のように、潰れているでは、ないですか。これが、貴方の望む、二次元ですか、ざけんな…」

 

霧切「…なか、なぃ、で…」

 

セレス「莫迦で、不細工で、なんの取り柄もない、使えない…」

 

セレスが山田の肩に手をかけた。僅かに力がこもり、アーマーリングが軋む。

 

セレス「…ほら、起きて…文句の、1つでも、言って…」

 

 

 

それきりセレスが動くことはなかった。

 

彼女の瞳から流れ落ちる涙だけが頬を滑り、地面に消えた。

 

霧切はその涙を拭ってやろうとしたが、舞園の腕を捨て置けず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

 

霧切「…」

 

何が『大丈夫』なのかしら。

 

 

 

この世の全ての苦痛が混ざったような世界で、今はただ虚しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧切「…」

 

 

全ての花を撒き終えて、霧切は手袋を外した。傷1つない美しい手がそこにはあった。

 

 

もはや革手袋と一体化して使い物にならない霧切の手を切り落とし、最新の技術でもって移植した両手。

 

 

舞園の忘れ形見だ。

 

 

舞園の死体は霧切から遠く離れた瓦礫の下にあったそうだ。検死結果を見るに即死だったのがせめてもの救いか。

 

 

白魚のような手を日に当てる。

 

霧切「…舞園さん。こうしていると、貴女が生きているように感じるの。」

 

己の意思で動く指を不思議な思いで眺める。

 

 

 

くるりと後ろを振り返ると、霧切が撒いた花が点々と道を作っている。

 

道しるべだ。

 

まるでヘンゼルとグレーテルが撒いたパン屑のような。

 

こんな風に花を撒きたくなったのはまさにその童話の影響だった。

 

パン屑に釣られる小鳥のように。

釣られて彼らが現れやしないかと、夢想する。

 

 

霧切「セレスさんは案外ノリが良いから、『こんな餌に釣られませんわ』とでも言うのでしょうね。山田君は絶対釣られるでしょうけど。」

 

 

くすりと笑い、しかし一緒になって笑ってくれる人がいないことに気づく。

 

孤独を感じ寒気がして、手袋を嵌める。

 

ケロイドを隠すためではなく、大切なものを保護するために。

 

 

 

霧切「…私、舞園さんの手を受けとる権利があるのかしら。だって、」

 

言いかけて言葉に詰まる。

 

これから続く言葉が死者への侮辱か、過去の精算か。計りかねたからだ。

 

しかし結局それは戸惑いとして溢れた。

 

霧切「…だって私、生きて何をすれば良いか分からないの。皆が泣いてて、苗木君だけ1人笑ってて…」

 

 

朝日奈を、十神を、葉隠を、腐川を、鏡に映る自分を見て。

 

苗木の妄言を聞いて。

 

霧切「舞園さんが桑田君を殺そうとしたなんて。山田が石丸君を、セレスさんが山田君を殺したなんて。」

 

霧切「馬鹿なこと言わないでちょうだい。」

 

思い切り吐き捨てた。

 

 

物に当たり散らしたいような衝動が込み上げ__舞園の手を傷つけては敵わないと、やめた。

 

息を吸い込むと静かな空気が肺を満たす。

 

 

霧切「…あなた達を悪く言う苗木君を、殺してやろうかと思ったのは一度や二度じゃないわ。きっとこれからもそう。」

 

 

 

 

霧切「無知な彼が、憎い。」

 

 

 

 

霧切「包丁を、鈍器を見るたびに。理科室の前を通るたびに、私は自棄を起こしてしまいそうになるの。」

 

 

霧切「だから…だから、見張っていてほしい、なんて。超高校級の探偵の名が泣くわね。」

 

 

 

霧切「また、ここに来るわ。今度は、皆で会えると良いけれど。」

 

どこにいるかも分からない彼らにすら涙を見られたくなくて、乱暴に目元を拭った。

 

そして放置されていたもうひとつの花束を拾って、振り返ることなく去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言うならそこは、地獄だった。

 

バスの残骸、度々起こる爆発。

 

 

 

苗木は山頂近くの背の高い木にひっかかっていた。

 

 

どこか俯瞰した気持ちで事故現場を見下ろす。

 

 

苗木「………」

 

 

霧切さんが舞園さんの腕を抱えて呆然としている。

 

十神クンが電話口に向かって何か叫んでいる。

 

朝日奈さんが大神さんの肩を叩いて泣いている。

 

葉隠クンがどこかに行こうと走っている。

 

腐川さんが本を拾い上げて泣いている。

 

 

舞園さんが、戦刃さんが、桑田クンが、不二咲クンが、大和田クンが、石丸クンが、山田クンが、セレスさんが、大神さんが、

 

 

苗木「………」

 

 

ねぇ、江ノ島さん、どこに居るの。

 

 

1人だけ見えない影を探す。

 

 

 

もし、もしも、このどうしようもなく絶望的な景色が、大切なクラスメートによってもたらされたなら。

 

 

まだボクは救われるのに。

 

 

 

苗木は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苗木を除いた5人は自然と集まり、ある場所を目指していた。

 

獣道と言っていい踏み慣らされただけの道を進む。

 

その先には湖があった。

 

ほどほどに濁った水のせいで水深はわからないが深いことは確かだ。

 

 

苗木「あれ、皆どうしたの?」

 

 

5人は声を失った。

 

何の因果かそこには苗木がいたのだ。

 

 

ばさり。花束を落とした霧切が慌てて拾い直した。

 

 

霧切「…この湖に用事があるの。」

 

苗木「そっか。…えっと、ボク、どっか行った方が良いかな…?」

 

 

霧切が他の4人を伺う。

 

彼らは複雑な表情をしていた。

 

ただ強い反対意見が飛び出してこないことだけは確実で、だからこそ霧切は構わないと言った。

 

霧切「退屈じゃなければ、一緒に彼女を弔ってくれないかしら。」

 

苗木「うん、わかった。ねぇ霧切さん、ここで亡くなった人って…」

 

霧切「…」

 

苗木「…」

 

 

花束から花を数本取り、水面に浮かべる。

 

近くに来た4人も同じように花を手向けた。

 

手を合わせることもなくただ遠くを見るクラスメート達にどこか居心地の悪さを感じながら、苗木は流れていく花を見つめた。

 

 

 

江ノ島はたった1人、この湖に吹き飛ばされていた。

 

救出作業をしていて最初に見つけた十神ですら、江ノ島を見たのは死体の状態でだった。

 

彼女は腰から下を水に沈め、湖の淵に寄りかかって眠るように死んでいた。

 

辺りに撒き散らされた血さえなければ、1枚の絵のような光景だった。

 

 

生前の彼女からは想像もできない、静謐でぞっとするほどの冷たさ。

 

 

本能に訴える「死」という絶望は、生存者の希望を打ち砕いた。

 

そして、未だ立ち上がれず此処にいる。

 

 

 

 

 

 

まざまざと思い浮かぶのはクラスメート達の死体、死に様、棺桶と花に埋もれた姿。

 

 

死化粧というものは恐ろしいまでに凄惨な現実を隠蔽していた。

 

 

苗木は事故の直後、精神的ショックから昏倒し彼らの葬式に参列することができなかった。

そのことも彼の妄執を増長したのだがそれは結果論だ。

 

 

苗木が正気に戻ったとき別れを告げられなかったことを後悔しないよう、霧切はクラスメート達の入棺した姿を全て写真に納めている。

 

遺族に頼み込んで撮ったそれらを披露する日が一刻も早く訪れることを願っていた。

 

 

 

他方、苗木は軽い頭痛を感じていた。

 

あまりにもデジャヴが強すぎるからだ。

 

この山に入ってから既視感はずっとついてまわっていた。

 

見たことがある、あるいは人伝に聞いて想像したことがある。

そう思う程のデジャヴと、抜け落ちた記憶が拮抗しあって拒絶反応が起きていた。

 

 

 

苗木「……何か…」

 

苗木の言葉は静寂の中に響いた。全員の視線が集まる。

 

 

苗木「…何か、大切なことを忘れてしまったような気がするんだ…」

 

朝日奈「……苗木?」

 

 

苗木「取り戻さなきゃ……」

 

ばしゃり、音をたてて苗木は湖に足を踏み入れた。浮かんでいた花が揺れる。

 

2歩、3歩と進んでいく。

 

後先考えないその足取りにぎょっとして、葉隠がその腕を掴んだ。

 

葉隠「な、何してんだ苗木っち!」

 

 

緩慢に振り向いた苗木は深く考えこんでいた。

 

苗木「それとも、忘れたかった…?」

 

十神も反対側の腕を掴み、引っ張りあげる。特に抵抗もなく苗木は陸地へ戻ってきた。

 

腐川「あ、あんた何考えてっ…」

 

文句を言う腐川に苗木はうん、うんと適当な相づちを打っている。間違いなく話を聞いていない。

 

そんな腐川と苗木の様子を見た十神は座り込んだ。

 

十神「はぁ…少し休憩するぞ。」

 

苗木の思考が纏まるのを待つつもりらしいと、全員で円を描いて座った。

 

 

その間も苗木はぶつぶつ呟く。

 

 

 

苗木「ボクにとってこの記憶は、要らないものだった…?」

 

張りつめた空気が、

 

苗木「__いや、それは違う。」

 

すぐに打ち消される。

 

 

苗木「分からない、一体何が…」

 

呻く苗木に無理はするなと言ってやりたいが、言えない。

次の瞬間には何か思い出すかもしれないと期待してしまっているから。その思考を邪魔したくはなかった。

 

 

苗木は、他者からいくら事故について説明されても聞かない。脳が事実を拒絶し、理解しなくなるのだ。

 

 

だから、ただ待つしかない。苗木が自分から、真実に立ち向かうのを。

 

 

 

 

それから5分は経った。

 

苗木「…あぁ、足がびちゃびちゃ…藻がついてるし…」

 

最早関係のないことに思考が飛躍しているのを見るに苗木は何も思いださなかったらしい。

 

十神が無言で立ち上がった。腐川が追従する。

 

葉隠が欠伸をし、朝日奈は伸びをした。ほぼ同時に腰を上げる。

 

霧切「…苗木君、帰りましょう。足だけでも濡れていたら風邪をひくわ。」

 

苗木「そうだね…」

 

苗木の背を押して歩を促し、霧切は後ろを振り返る。

 

 

湖は、江ノ島は、取り残されるように寂しげに在った。

 

 

霧切「……また来るわ。大丈夫だから泣かないで。きっと、これ以上悲しいことなんて…」

 

 

言いかけて口を閉ざす。

 

大丈夫、泣かないで。

あの時何度も紡いだ言葉。

 

口癖とは治らないものらしい。

 

 

 

 

数歩先で苗木が霧切を呼んだ。

 

苗木「…霧切さん?」

 

霧切「…何でもないわ。行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊魂は7日毎に成仏するチャンスがあるらしい。

 

 

葉隠はうろ覚えな知識を思い返していた。

 

死んですぐにあの世へ行けるわけではなく、現世をうろうろしながら、一週間毎に、ふとした瞬間にあの世へ旅立っていく。

 

そして、どれほど要領の悪い霊魂でも、49日目には必ずあの世へ行けるそうだ。

 

 

もしその通りなら、もう彼らは現世にはいないのだろう。ここに有るのは生者の悲哀だけだ。

 

不毛だ。

 

だが空虚ではない。

 

 

葉隠は今の苗木が嫌いだ。

逃げてばかりだと葉隠を責めるくせに、現実から逃げている苗木が。

 

だが苗木も逃げているだけではいられなくなったのが今日ではっきりと分かった。

 

 

希望だ絶望だと騒ぎ立てるギラついた目より、友を悼むくすんだ目の方がずっと良い。

 

その目が再び内から燃え上がるなら、もっと良い。

 

 

その日が遠からず訪れることを葉隠は知っていた。

それは直感でしかなかったが、在りし日のクラスメート達は葉隠に直感の大切さを教えてくれていた。

 

 

 

帰りの電車の中、葉隠以外の全員が爆睡しているのを微笑ましく思いながら、自分も寝てしまわないよう年長者として気を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

校門につく頃にはもう夕暮れで、空が暗い橙のグラデーションを作っていた。

 

 

朝日奈「んじゃあねー。」

 

葉隠「おー。」

 

腐川「…お疲れ。」

 

十神「明日も早いから寝坊はするなよ。」

 

葉隠「あー、休みの日だってのに平日より疲れちまったなぁ。」

 

朝日奈「ねぇ腐川ちゃん霧切ちゃん、部屋でドーナツ食べようよっ」

 

腐川「え…」

 

霧切「まぁ、たまには良いわね。」

 

 

既に男子寮へ向かっている十神、葉隠と、女子寮へ体を向けている朝日奈、腐川。

 

どちらともつかず立っていた苗木が、霧切を見た。

 

 

苗木「ねぇ、霧切さん。」

 

霧切「何かしら。」

 

 

 

苗木「ボクは今どこにいるんだろう。」

 

 

現実と虚構の狭間で苗木は揺れていた。

 

助けを求めて手を伸ばした。

 

 

霧切「…あなたがどこにいようとも。」

 

 

霧切は慎重に言葉を選んだ。少しでも苗木の心にヒビを入れてしまえば、もう声は届かなくなる。

 

霧切「何も変わらないわ。………何も。」

 

妄想は嘘であり、その外で現実はとぐろを巻いている。

覆しようのない事実だった。

 

 

それでも、目の前で安寧の地に籠る苗木と、彼の記憶から消えたクラスメートの笑顔が、交互に霧切の脳を刺激した。

 

 

霧切「ただ、1つ言うのなら。私は__」

 

 

霧切「私はっ___」

 

 

 

苗木には何が起こっているのか分からなかった。

 

 

ただ、霧切の頬を透明な球体が滑っていくのを見た。

 

 

 

 

 

がつん、頭を殴られたような衝撃。

 

 

清々しいほどの、既視感。

 

 

 

 

 

 

苗木「霧切さん…」

 

 

彼女の手を握ると、その手は勢いをつけて逃れた。

 

手袋が抜け、白い手が顕になる。

 

 

霧切「__っあなたは本当に、酷い人ね。」

 

 

その目から流れる透明を、美しい指先を、どこかで見はしなかったか。

 

十神の小指を、腐川の耳を、朝日奈のスカーフを、葉隠の指輪を、どこか別の場所で見はしなかったか。

 

 

 

__そうだ、ボクはそれを知っている!

 

 

 

苗木「霧切さん、今日の日付ってなんだっけ?」

 

霧切は端的に日付を答えた。

 

苗木「その、49日前は。」

 

これも即答した。

 

苗木「図書室かコンピュータールーム、開いてるかな?」

 

希望ヶ峰学園は図書室もコンピュータールームも24時間365日開いていると答えた。

 

 

苗木は校門からより近いコンピュータールームへと駆け込んだ。

 

小さな風が形成されるのを肌で感じとり、霧切は笑った。

 

泣きながら笑っていた。

 

 

 

 

 

休日のコンピュータールームには誰も居なかった。

 

 

 

コンピューターの起動には少し時間がかかる。よりによって今日、携帯を忘れてきてしまったことを後悔していた。

 

走ってきたせいで体温が上がり、息も弾んでいる。

 

深呼吸をして心を落ち着けた。

 

 

苗木「___大丈夫。」

 

検索エンジンを開き、もたつきながらも文字を打ち込む。

 

 

希望ヶ峰学園、そして49日前の日付。

 

 

 

検索候補に、事故、と現れた。

 

 

 

苗木「…………あぁ。」

 

 

カチカチとマウスをクリックする音が響く。

 

眼が冴えていく。

 

 

苗木「___ただいま。」

 

 

ボク達にとっての「絶望」の世界。

 

 

 






→後書き



史上最悪の絶望的事件って、言っちゃなんですけど現実味ないですよね。だからこそゲームなのですが(V3感)。

というわけで現実に寄せまくっていたら、原作の内容は全部苗木の妄想ということになってしまいました。
黒幕にされた江ノ島かわいそう。

桑田→焼死
舞園、戦刃、不二咲、石丸、山田、江ノ島→事故の衝撃及び落下により即死
大和田、セレス、大神→失血死

苗木が1度にほぼ全員の死体を見て(しかも傍観者という視点でどうにも出来ず)発狂したという話です。


苗木は最後の最後に正気を取り戻しました。若干ハッピーエンド臭のする後味の悪い話だったと思います。

まぁ苗木がこの後真実を思い出して何か特別な展開があるというわけではありません。

苗木の中で区切りというか別れが訪れるだけです。あと多分朝日奈に殴られます。

この先の人生で続くのは延々とした傷の舐め合いです。


ただこのまま苗木の気が狂ったままならそのうち精神病院に永久入院だったので最悪のエンディングではない、か…?



本来は苗木が何も思いださず精神病院に連れていかれ、その途中で交通事故に遭い、5人の前で全てを思い出して死ぬというオチにする予定だったのですが原作の山田に丸被りだったためボツにしました。


それでは、拙い作品ですがここまで読んでいただきありがとうございました。

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