豪炎が舞い踊り、無数の光が炸裂する戦場の中、シャマルは一人空を駆けていた。
未だ騎士を動かすは『害為す者を消し去れ』という命のみ。
だが、決してそれは弱体化ではない。今に至るまでも幾度と繰り返した出来事。各個自らの戦闘スタイルを貫いている。
そして、シャマルの得意とするのは治癒に転送といったサポート。
本来ならばシャマルたちベルカの騎士にとって少人数戦はホームグラウンドといってもよい戦場だ。
更に加えるならば相手は一人、通常の相手ならば押されることはない。
それなのになぜこうまで苦戦するのか。
シャマルの目前で繰り広げられる戦いはもはや常軌を逸していた。
近接攻撃の殆どを歯車による牽制により潰し、それを追うように光の矢が奔る。
長期戦を想定しながらも本来ならば最も重要視されるべき燃費を無視、更には継続的に放たれ、衰える様子のない光の矢による弾幕。
一定以上の距離には近づけず、無理を押して近づけば手痛いカウンターが襲いかかる。
現に今、ザフィーラは堕とされた。
真っ逆さまに落下する体。どのような異常があればあのように堕ちるというのか。
盾によるカウンターが原因か、それとも触れた際に毒でも流し込まれたのか。
ともあれ、結果として対策を練り、かつザフィーラの戦線復帰を支えるのがシャマルの役目。
ドスンと鈍い音を立てながら振ってきたザフィーラの体を支える。
近場にあった家屋の屋根の上へとその体を横たえ、初めてシャマルはその顔へと視線を向ける。
向けてしまった。
僅かな硬直。
これまで感情を示さなかった表情が初めて動いた。
人形のような瞳に光が舞い戻る。但し、それは多大な怯えを交えたものだったが。
「……ひぃっ!?」
切り離されていることで書の影響も少なくなった原因か、それともソレのインパクトが異常すぎたのか。
どちらにせよ、『害為す者を消し去れ』という命から最初に抜けだしたのはシャマルだった。
肉体的、又は精神面ショックを与えさえすれば回帰することも可能なのだろう。
そんなことを考える間もなく、シャマルは視界一杯に広がるザフィーラのR-15相当の表情に怯えていた。
一言で言うならば『朝起きたら目の前に【検閲】顔マッチョの顔が広がっていた』。
特に語るまでもなく最悪の目覚めである。
彼方まで逃避行しそうになる意識を押さえつけ、シャマルは歯を食い縛る。
此処で私が逃げたらシグナムやヴィータちゃんにも【検閲】顔を晒させることになってしまう!
目覚めたばかりでトンでもないものを見せられたせいでシャマルも大分混乱していた。
最初に目覚めたからにはシャマルには義務がある。
具体的にはこれ以上の被害者を出さないこと。
肉体的な死よりもある意味むごい状態のザフィーラの二の舞だけは避けること。
今まさにシャマルはLv1勇者が魔王に立ち向かうような健気な心境だった。
そして、視線を無数の歯車を取り巻きに光の矢を乱射しているサクラへと向ける。
その光景にシャマルの頬がヒクつく。
まずはシャマルの頭からサクラを倒すという案が消え去った。
別に日和った訳ではない。敵対していた理由は書の命というだけならば和解の余地があるのではないかと考えただけである。
だが、問題はシグナムとヴィータは未だこの洗脳じみた状態から抜け出せていないこと。
さて、どうするべきか。シャマルは思考を巡らせる。
回帰のきっかけとなったザフィーラを盾にして突貫。二人の目前に晒せば目が覚めるでしょうか?
サラッと外道な思考が出てきたのをシャマルは首を左右に振って振り払う。
盾の守護獣は盾にも使える便利な守護獣という訳ではないのだ。
もしかして私、今ちょっと上手いこと言いましたか?などとは断じて思ってはいない。彼女も誇り高きベルカの騎士である。
なによりもそんなことをしたら目覚めたザフィーラが自害しかねないのだ。
◇
無数の光の矢が飛び交い、それをシグナムがザンと切り裂き、ヴィータがパンと撃ち落とす。
かれこれ数十分ほど繰り返されてきた出来事である。
両者は完全な硬直状態にあった。
今回の場合はそもそもがお互いの相性が問題となっている。
ロッテは思考する。
非常に堅固な防御を誇るサクラに対しては遠距離からの全ての防御を打ち破る一撃こそが求められる。
例えば遠距離戦に強いアリアならば有利に戦闘を展開することが出来るだろう。
しかし、ベルカ騎士足る彼女たちの攻撃では決定打が与えられない。
歯車を歯牙にも掛けず、貫き、尚且つ光の膜を打ち破るだけの攻撃力がない。
そして、長年の戦闘勘によるものか、サクラの攻撃も一発残らず撃ち落とされてしまう。
戦況はサクラへと傾き始めていた。
騎士たちの息が徐々に上がってきているにも関わらずサクラの表情に変化はなく、余裕さえ見られる。
観察していたロッテはふと、サクラの光の矢による射撃にパターンがあることに気づいた。
時にシグナムへ、時にヴィータへと無差別に射出されているように見えてどこか規則性があるように見えるのだ。
矢が空を裂く音へとロッテは耳を傾け、ひたすらに思考する。
ビュビュンビュンビュビュン!
どこかリズミカルに、なぜか若干興が乗りそうな音を立てて発射される矢。
それでも矢は正確にシグナムへ、ヴィータへと向かい、斬られ、叩き降とされる。
底の見えない光の矢の数に疲弊を加速させていくシグナムとヴィータ。
後は時間の問題だろうとロッテは判断した。
ビュビュンビュンビュビュン!
ザザン、ザン、ザ、パァン!
ビュビュンビュンビュビュン!
ザザン、パァン、ザ、パァン!
なぜだかロッテにはその戦闘音に不思議な既視感を感じた。
具体的にはこの世界に降り立ってからどこかで聞いたようなという謎の既視感。
少なくともそう昔のことでないと感じた。
ロッテの脳裏になぜか仮面の男の姿が浮かんだ。
それはこの世界で活動する際に変身魔法を用いて使用すると決めていたアリアとの共通の姿。
だが、どこか違う気がする。
深い思考の海へとロッテは潜り込む。
探る。探る。戦闘音。男。仮面。様々な単語がロッテの脳裏を巡る。
そしてロッテは遂に辿り着いた。仮面の男から仮面を外し、サングラスに挿げ替える。
―――完璧だ。
どこかからてれれー、てーれーれーと音楽が流れてきた気がする。
その正体を完全に理解した瞬間にロッテの額の血管がブチリと音を立てて千切れた気がした。
沸き出た感情の赴くままに身を任せるロッテ。
それと同時にサクラの腕の中に居たロッテの体から淡い光が溢れた。
現れたのはサクラよりは少し短い程度のショートヘアの少女。
なによりも特徴的なのはその頭からひょっこりと猫耳を覗かせていることだろう。
彼女、ロッテは多角形を描くように空中で跳ね回り、最も近い場所に立っていたヴィータの腹部へと掌底を叩き込んだ。
ヴィータの体が崩れ落ちるのを無視し、ロッテは再び宙を駆ける。
シグナムがレヴァンテインを振り降ろすのを体を傾けるだけで避け、再びの掌底。
長期間の戦闘による疲労に侵された騎士を沈める攻撃などそれだけで充分だった。
ようやく本懐が遂げられる。ロッテはその顔に笑みを貼り付けサクラへと視線を向けた。
腕の中から突如ロッテが消えたことによる驚愕。更には人の形を取るロッテが邪悪な笑みを貼り付けていることにサクラは怯えが隠せない。
「……ひぅ」
ゆらり。
揺れるように、幽鬼のような不確かな飛行でサクラに近づくロッテ。
レイスやグール、どんな死霊種よりも恐怖を抱かせるような笑顔を浮かべたロッテがサクラには怖くて仕方がない。
そして、とうとうロッテはサクラの目前まで辿り着いてしまう。
だらりと垂れ下げていた両手は持ち上げられ、サクラの両頬へとそっと添えられる。
同様に俯き気味だった顔を上げ、正面からサクラを見据え、ロッテはその頬を抓り、引っ張った。
「だ・れ・が!魔法でターミ○ーターのテーマを演奏しろって言った?ねぇ?」
ギリギリと引き伸ばされる柔らかな両頬。
それは虐待紛いの全力のツッコミ。ロッテを縛るあらゆるシガラミをぶち破った全力のツッコミである。
「……だふぇ?いふぁい、いふぁい。ふぇくらはあきへしまっはらへ。やめへほひい」
あの膠着状態に飽きたと申すか。飽きたら演奏に走るのか。子供か!
冷静に考えれば普通に子供なのだがどちらにせよ今のロッテは冷静という言葉を地平線の彼方へと投げ捨てた存在。
この程度で終わるはずがなかった。
結果としてロッテのツッコミという名の制裁はサクラの目尻に涙が浮かぶまで続いた。
活動報告に没ネタの墓場を設置。気が向いたら弔ってやってください。