死穢八斎會組長邸宅から、車で10分ほどの場所にある大学病院。
搬送されたのは、地下空間で"巻き戻す"個性によって怪我の消えた面々。そして、その範囲から漏れてしまい、重傷で運ばれた天喰環。
その天喰も、自分も搬送されるついでにと救急車に同乗した
「キュウビくん、聞いとった以上に万能型やなぁ」
疲労のみということで点滴を受ける優幻の傍らには、簡単な検査で済んだ切島とファットガムが座っていた。
「皆さんの検査結果、出ました?」
「おう! みんな安静にしてりゃ大丈夫だってよ!」
「……概要ではなく詳細を頼めるか」
優幻から告げられた言葉が予想外だったのか、切島は笑顔のままに、ひたと止まってしまった。
そんな学生たちの様子に笑みを溢し、ファットガムが話を引き継ぐ。
「とりあえず、全員1日は検査入院やな。
ベルベットとスモーキーは、貧血気味やが意識は回復しとる。
ナイトアイんトコは、バブルガールとセンチピーダーはマシやけど、ルミリオンはしばらく入院やな。んで、トップのナイトアイは、エリちゃんとキュウビくんのおかげで身体くっついたわけやが、重傷には違いないし、まだ意識は戻っとらん。お医者さんの見立てやと、命に別状はないらしいけどな。君らの同級のデクくんやったか、そっちも大丈夫や。
あと、イレイザーは検査して問題なし。ロックロックなんかは元気すぎて、現場に戻ろうとしとったくらいや」
ひとまず、全員の命に危機がないと知り、安堵の息をひとつ。
「厄介なんは、ルミリオンの個性が消えたままなことか」
「
一転して沈んだ表情になった切島の言葉に、優幻は小さく首を振るしかできない。
"傷つく前に戻す"や、"消耗する前に戻す"というのであれば、まだ理解できた。
だが、"個性を持っていない状態に戻す"という事象が、理解できなかった。
個性発現前に戻ったなら、肉体も幼児になっていただろう。
身体をそのままに、個性を持たない頃の人類へと戻す。個性が肉体の一部である以上、それはできないはずだというのが、優幻の認識だった。
「詳細な知識が必要だ。生物学や医学、個性学。……悔しいが、治崎は紛れもない天才だ。その考えも手段も、到底容認できないが」
「例えばエリちゃんが個性を使えるようになっても、無理な感じか?」
「そこは、何とも言えん。エリちゃんが感覚を掴めれば、案外早くどうにかなるかもしれんが、逆に苦戦する可能性もある」
不明瞭ながらも、望みがないわけではないと知り、話を聞いていた2人も安堵していた。
「心配ごとがなくなってくと、肩が軽くなってエエな。ナイトアイの状況、最初に見た時はアカンかと思うたけど。エリちゃんはもちろん、キュウビくんお手柄やで」
「そうだぜ! 俺が合流できたのも狐条のおかげだしな!」
「1年生はみんなエエ動きやったよ。特に入口な。素早い対応、完璧な連携。1年の今頃は基礎伸ばしに終始しとるはずやけど、イレイザーもキツい教育しとるみたいやなぁ」
カラカラと笑うファットガムに肩を叩かれた2人は、気まずげに愛想笑いを浮かべて視線を交わしていた。
正直に話すか? そうしよう。わずか数瞬のアイコンタクト。
「いやー……。あれ実は、自主練で勝手にやってたんスよ」
「多分、イレイザーヘッドからお小言のひとつかふたつ、来るのではないかと……」
「……マジでか。え、いや、あないな連携決めるて、どんな自主練やねんな」
「いや、キッカケは偶然ってか、事故なんスよ。走り込んでた俺が麗日にぶつかりかけた時に浮かされて、同時に俺が飛び退いたせいでぶっ飛んじまって」
「近くに居た緑谷が庇おうとして失敗し、衝突。怪我を防ごうと私が結界を展開した結果、地面を思いっきり抉ってしまいまして……」
「で、"この威力なら使えるんじゃねーか?"ってことになりまして」
パワーある発射役が居ればできる連携。麗日が居ればなお良し。その他、組み合わせ次第で様々なバリエーションができる。
クラス内で様々な組み合わせができると、寮生活を利用した夕食後のミーティングによって連携技が作られていった。そんな補足説明を聞きながら、ファットガムはドン引きしていた。
「……1年坊の発想やないで。いや、確かに有効なんやけどな。硬化した烈怒頼雄斗やったら、そこらの武器よか頑丈で質量もあるから」
「他にも帯電人間を振り回す、非殺傷鎮圧パターンもあります」
「何しとんねん。いやホンマに」
なお、A組の生徒たちは、対策としてコスチュームに絶縁体を仕込んでいる。
ちなみに体育祭直後、真っ先にコス改良を行ったのは、爆豪である。
絶縁済みのブーツで上鳴を蹴り飛ばして勝ち誇る姿に、クラスメイト一同が彼のみみっちさを感じたりもした。
閑話休題。
「経緯は一旦置いといて、プロの意見としては高評価せずにはおれんけどな。連携ってやつは、息を合わせるだけでも難易度高い。そこを完璧にこなしとる上に、全員が咄嗟に最適な行動ができとる。逸材やで君ら」
素直に褒められると、2人揃って喜びを隠せないのだった。
「狐条、ちょっといいか」
点滴の"おかわり"を要求していた優幻に、呼びかける姿があった。
彼の担任、イレイザーヘッドである。
「ナイトアイの意識が戻った。緑谷とお前を呼んでるらしいが、行けるか」
「ええ、問題ありません」
天喰の様子を見に行くという切島やファットガムと別れ、優幻はイレイザーヘッドを追って廊下を進む。
ナースステーションを横目に過ぎ、重症患者のみを扱うエリアへ入ると、人影はパタリと消えた。
「……エリちゃんだがな。発熱が続いて眠ったままらしい。治崎が情報関係を破壊してたみたいだから、しばらくは隔離されることになる」
「隔離……。個性の制御ができていなかったから、ですか。外部からどうにかしようにも、個性の仔細が分からない以上、どうにもならないと」
「ああ。幸い、お前からの情報で"生物にのみ"ってのは分かってるが、軽々しく練習させられないことに変わりない」
「私も、彼女の個性については理解が及んでいません。あの時も、力の流れだけを強引に動かしただけでしたから」
道中、2人の話は自然と、保護した少女のこととなる。
現場からこの病院に運ばれたうち、最も幼く、辛い環境に居て、今も意識を失ったままとあっては、2人ともに心配になるのも無理ないことだった。
「個性力場における粒子観測、だったか。校長経由で出したお前の論文。俺は半分くらいしか理解できていないが、あれの理屈で言えば、他人の個性も操作できるわけか」
「ええ。とはいえ、負担は半端ないと言いましょうか。頭が裏返りそうな感覚は初めてでした」
「あまり無茶はするな、と指導するべきなんだろうが。まあ、あの場では最善だっただろう。……だから、あまり背負いすぎるなよ」
途中でクリーンルームを通り、辿り着いた病室。
ノックの後に、静かに扉が開いていく。
室内には、先に到着していたらしい緑谷と、急遽雄英から呼び出されたリカバリーガール。
彼らの視線の先にあるベットに横たわるのは、サー・ナイトアイ。口元の酸素吸入器をはじめとして、様々なケーブルが入院着の下に伸びて、身体の状態がモニタリングされていた。
「アタシから、ナイトアイの容態について。まずは説明するよ」
リカバリーガールの声が、静かに、しかしハッキリと聞こえる。
失血量が多かったが、輸血で事なきを得たこと。戻りきらずに多くの傷があったが、ほとんどが軽く、既に処置を終えていること。
しかし、腰椎の損傷だけは酷く、下半身の麻痺が生涯残るであろうこと。
「そんな……!」
「……"背負いすぎるな"とは、このことでしたか」
告げられた内容に、学生たちの表情に影が差す。
「……そのことは、構わない。私は、死んでいたはずなのだから……。しかし、君たち2人も、他のプロヒーローも、治崎の手によって殺害される映像を、見たんだ」
「ま、待ってください! 確か、サーの予知は変えられないって……!」
「私も、そう思って、いた。しかし、そうはならなかった。あの時、意識を残したのが、君たち2人になってしまった後。何か、未来を変える、
「……! その理由がわかれば、オールマイトも──」
興奮気味になってしまった緑谷の背中を、優幻が軽く叩いて言葉を止めさせた。
病室で大きな声をあげないように、といういともあったが、理由はもうひとつ。
「話が見えない、緑谷。なぜオールマイトの名前が?」
怪訝な表情を浮かべる優幻と、同様に思っている様子のイレイザーヘッド。
その疑問に答えたのは、リカバリーガールだった。
「昔、ナイトアイはオールマイトを予知したんだよ。"言い表せないほど、凄惨な死を迎えることになる"ってね」
「……最初のブリーフィングの時。個性使用を渋っていた理由は、それですか」
「回避できる確証はない、と仰ってましたね。先程の緑谷の言葉を思えば、あなたはずっと、予知した未来を変えようとしていたんですね」
その言葉に、ナイトアイはゆっくりと息を吐く。
「キュウビの言う通り、私は、自分の予知を回避する手段を、探していた。だが、予知した内容と違う行動をとっても、いずれは元見た未来に辿り着く」
絞り出されるような声で紡がれる言葉は、彼が、己の個性に数多くの苦悩を抱えていたことを示していた。
「どうすれば、回避できるのか。あの時の、君たち2人の行動に、鍵があるのではないかと。そう、思ったのだ」
「でも、僕は夢中で……。狐条くん、何かわかる?」
「……回答のために、質問させてください。ナイトアイは予知の中で、エリちゃんの個性発動、あるいは、緑谷に渡してあった結界の発動を見ましたか?」
優幻の言葉に、ナイトアイは数秒ほど考え込み、そして「そういえば」と発した。
緑谷が呼びかけて、全員が固まる直前。彼の指示に従おうと思った理由は。
「あの時、私は治崎の未来を、見ていた。思い通りにいかない、そんな表情を見て、緑谷の言葉に従うべきだ、と。……だが、そこに緑谷の姿は、なかった」
「と、なると。予想通り、ナイトアイの予知は、
告げられた内容に、疑問符を浮かべるのは緑谷ひとりだった。
「ま、まな?」
「……最近、発表された論文だ。雄英の根津校長が、代理で発表した、ことでも、注目されていた。個性力場における粒子観測。つい先週、I・アイランドが公式に、内容を支持する声明を出していた」
緑谷の疑問に答えるように呟かれたナイトアイの言葉に、ようやく合点のいった彼は、優幻に視線を向けた。
──キミが関わってるよね。
視線を向けられた方は、常と変わらぬ微笑みを浮かべたまま応じてみせた。
「学生が出したとなると、先入観を持たれかねない。そう思って、個性学界で有名な根津校長に頼んだんだ。──というタテマエのもと、面倒な各種対応をお任せしたわけだが」
「凄い話のハズなのに台無し!」
「細かい所は置いといて。大気中に存在する、科学的に観測できないエネルギーを大源と命名したわけだが、こいつを認識、あるいは干渉できるのは、ごく一部の個性に限られる」
茶化しているが実際には、協力者であり、しかしその個性を奪われてしまったラグドールへと注目されることを防ぐため。わざとらしく本来の著者を隠すことで、優幻や根津校長の居る雄英に視線を寄せる思惑だった。
知ってか知らずか、エネルギーを散らせる性質で検証に協力したプレゼント・マイクが吹聴しまくったこともあって、想定以上に上手く行っていたが。
「……言われてみれば。治崎が、突破できずにいたのは、コンクリートの壁だった、か? ……いや、違う。私は、あの時何を予知した? おかしい。緑谷の言葉に従うことで、治崎を阻めると確信したはずなのに、それが何なのか、理解できていない」
「やはりナイトアイの"予知"は、大源の観測はできないようですね。おそらく、そこだけがボヤける感じでしょうか。直近の未来ならば影響はほとんどないでしょうが、遠い未来ほど、そして、大源に作用する個性持ちが絡むほど、予知はズレるはずです」
優幻の言葉に、ナイトアイは瞬きすら忘れたように止まってしまった。
予知した未来を変えることはできない。そう思って長年悩んでいた問題が、容易く崩されてしまったのだから、当然と言える。
「まあ、そうそう起きるものではありません。論文作成の時に確認しましたが、それっぽい個性のマジェスティックすら大源に影響は与えませんでしたし。観測範囲内では私の他には、プレゼント・マイクとラグドール、エリちゃん。
──そして、緑谷です」
今度は、室内に居る優幻以外全員の動きが止まった。
「……へぁえ?」
「どこから声出したらそうなる。緑谷出久、お前さんだよ」
視線が、一斉に集まる。だがその本人は、予想外のことすぎて反応できていなかった。
「普段の訓練では検知できず、今回初めて気付けたんだがな。命の危機とか、あるいは感情の昂ぶった場面でのみ発揮されるのかもしれん。詳細まではわからんが」
「……ま、そこは今話しても仕方ないだろうよ。ナイトアイの件に戻っとくれ」
「了解です、リカバリーガール。とはいえ、既に結論まで行ったようなものですが。──3人も大源に作用する個性持ちが居たあの空間では、正しい予知は不可能だったのでは。そんな推測になります」
数秒の沈黙の後、ナイトアイはゆっくりと息を吐き出していく。
「……いくつかの疑問は、残る。しかし、私の予知が覆る可能性が見えた。礼を言う、キュウビ」
どことなく晴れやかな表情になったナイトアイに、優幻もまた僅かな笑みを返した。
病院へと搬送された面々は、検査のために1日だけではあるが入院することとなった。
怪我が戻りきらなかったナイトアイと、個性を失うという前代未聞の状態になってしまった通形、巻き戻しの範囲外だった天喰を除けば、他は傷すらないのだが、どんな影響があるかもわからない以上、精密検査は必須である。
「──事後処理を任せてしまってすまない」
「ゴメン」
「すまねえ!」
プロヒーローたちが連絡を取り合う傍らで、1年生男子3人は揃って、立てかけたスマートフォンに向かって頭を下げていた。
『ええってそんな! 3人とも無事で良かったよ!』
画面に映る麗日は、パタパタと手を振りながら笑顔を浮かべていた。
休憩中とあってバイザーを外しているので、ホッとしている様子の表情がハッキリと見て取れる。
『謝るのはこちらかもしれないわ。学校で"最中"のことは教わるけど、後始末はあまりやらないから。私達だけ、勉強しちゃうわ』
麗日の隣で、蛙吹もまた穏やかに笑う。その言葉は、3人の心にある罪悪感を薄めるためのもの。
が、この場には残念ながら、言葉通りに受け取る者たちが居た。
「言われてみれば確かに! やべえ!」
「折角の機会なのに……! 相澤先生、僕たちやっぱり戻っ──」
「──て良いわけあるか。大人しくしてろ」
威圧感と共に逆立つ髪を見て、瞬きするより早く大人しくなった学生たちにそこかしこで笑いが起きる。
「……えー、まあ、なんだ。こちらは2名無事じゃなくなったが、ともかく。私たちの分を押し付けてしまうが、よろしく頼む」
『ええ、2人には、除籍されても友達よ、って伝えておいて』
「待ってくれ梅雨ちゃん、シャレになってねえ!」
「本当にシャレじゃなくしてやろうか。病院では静かにしてろ」
「スンマセンっした……!」
画面の向こうから聞こえる笑い声を最後に通話は終わり、残ったのは、清潔な床に正座させられた2人の学生と、それを睨む担任プロヒーローの間から広がる痛々しい沈黙のみ。
「あー……。ごめんね、キュウビくん。最後の案件なのに、情けないところ見せちゃって」
「いえ、流石の動きでしたよ。独立するプロヒーローともなれば、やはりレベルの違いを痛感しました。色々と、勉強させていただきました」
助け舟を出せないと結論を出し、そっと視線を外したベルベットの言葉に、優幻が笑みを返す。
そこに、素早く反応したのは正座中の緑谷だった。ぐりんと音の鳴りそうな勢いで首が回る姿に、近くにいた天喰が顔を引き攣らせて身を引いていた。
「有名サイドキックのベルベットが独立! ニュースにも出てなかったのに!」
その姿を知るクラスメイトも担任も、胸中で「あ、これ止まらんな」と判断し、即座にベルベットを生贄に捧げて撤退していた。
「事務所はどちらに!? やっぱり出身の岐阜県ですか、それとも卒業校のある名古屋辺りですか!?」
「何で僕なんかの出身地や学校まで知ってるのこの子!? 助けてキュウビく──遠い!? 視線そらさないで! イレイザーヘッドも烈怒頼雄斗も、なんで露骨に目を逸らすの!?」
「面倒」
「端的だけどそれで良いの担任!?」
そうこうしているうちに、どこからかノートとペンを取り出した緑谷によるインタビューが始まっていく。
止めようと思って止められないと知るクラスメイトは、そのくせ質問がそこらの記者並になるだろうと予測し、聞きたいことは全部聞いてくれるだろうという考えから。
担任のイレイザーヘッドは、ここで止めたら後が面倒という、彼的合理的判断である。
「それで、事務所はどちらに?」
「ええと、生まれ故郷の方だよ。岐阜、と言っても、愛知との境辺りの山の中だけどね。林業くらいしか産業のない村なんだけど、担当してたお爺さんヒーローがギックリ腰やっちゃってね」
「森林ヒーロー・フォレストウルフですよね! リカバリーガールの同期の!」
「なんでそんな人までフォローしてるのこの子!? ……ええと、うん。その人だね」
緑谷のヒーローオタクっぷりは、実は異常なレベルである。が、それを知らないファットガムやロックロック、スモーキー、ベルベット、そして天喰は、しっかりとドン引きしていた。
「……ま、まあ、ちょっと離れてるけど温泉もあるからさ。近くに来たら連絡してよ」
「そうですね、その時は、よろしくお願いします」
「うん、せめてこっち向いて言おうね」
結局、緑谷のインタビューはストッパー不在のまま、3時間ほど続いた。
退院の手続き後も、事後処理や手続きなどが押し寄せた1年インターンチームが寮に戻ってきたのは、事件翌日の夜。20時を越えたあたりだった。
「帰ってきた! 奴らが帰ってきたぞ!」
ソファで所在なさげに足をぶらつかせていた峰田が、玄関扉を開けた切島と目が合った瞬間、1階エントランスに響き渡る声をあげた。
待ちかねていたA組の面々が──爆豪を除いて、弾かれたように玄関へと駆け寄っていく。
突然のことに、戻ってきた5人は靴を脱ぐことを忘れてしまっていた。
「入院した、っつーから心配したじゃんかよぉ!」
「ニュース凄いことになってるしよぉ、とりあえずガトーショコラ食えよ!」
「手を洗う暇くらいくれなモガ」
囲まれた中で声を出したせいで開いてしまった優幻の口に、砂藤が切り分けたガトーショコラをフォークでねじ込んでいた。
「美味ふぃい」
「いや暢気か!」
葉隠が蛙吹と麗日に抱きつき、瀬呂が強引に切島と肩を組み、飯田の手が忙しなく動く。それぞれに騒がしく、クラスメイトの無事を確認していた。
何せ、インターンに行かなかった組が今回の一件を知ったのは、昨日の夕方。ニュースで、サー・ナイトアイ重傷の報せから、リューキュウとファットガムが共に現場に居たことが流れ、更にはそれぞれの事務所に行った男子3名の入院連絡である。
事情を聞こうにも、怪我の無かった女子2人は事後処理に忙殺され。
男子どもは元気が有り余っていたせいで担任から色々と指導が入っていた。主に、好き勝手に組み上げたコンボ技について、預かり知らぬ所で訓練していたのではないかと疑われてのことである。
なお、自主練習中に偶然出会った中で組み上げたとの発言に、側に居たプロヒーローたちは「褒めて良いか、諌めたほうが良いか、あそこまで分かりやすく悩むイレイザーヘッドが面白かった」と述懐している。
結局、その後は検査に続いて様々な事後処理に追われたせいで連絡が取れずに、帰寮直前にようやく一報が入った有様だった。
そのせいで、あちこちから無事を確認する声が聞こえていた。
「──んく。ともかく、1年生5名、皆無事だ。心配かけてすまなかった」
ガヤガヤと騒がしい中、翌日に仮免講習を控える轟と爆豪が部屋へと引き上げ。
残る面々は、ソファに腰掛けて、八百万の用意したハーブティーでひと息ついていた。
「しっかし、ニュース見て俺たちビックリ仰天だったんだぜ! 何で言ってくんなかったんだよー」
「カンコーレーしかれてたんだよ。インターン先からもだけど、先生からも念押しされて。なあ?」
「ええ、切島ちゃんの言う通りよ。今も、色々と喋っちゃいけないことがあるの」
「主に関係者のプライバシー関連だな、この辺りは後期の座学でもやるらしいぞ」
そう言われてしまっては追求するわけにもいかず、皆一様に押し黙ってしまう。
「話せることとしては、サー・ナイトアイは現場から離れるが、事務所の所長として、活動自体は再開する予定だということか」
「……重傷って報道されてたけど、それって」
「下半身不随と診断された。治療法の確立には、十年はかかるから、現役復帰は難しいだろう」
「って、治るん!?」
驚きの声を上げたのは麗日だが、ナイトアイの状況を知っていた蛙吹、切島、緑谷も、驚きの表情を浮かべていた。
「夏休み、私の身体って風通し良くなっただろう? だが、既に塞がっている」
「ああ、狐条くんがプラナリアみたいになったっていうやつ」
「葉隠、その認識には異議があるが……。まあ、置いておこう。あの時に行っていたことを論文にまとめて、リカバリーガールから発表してもらっている。理論の検証、技術の確立。課題はいくつもあるが、身体の欠損を治療することは、いずれ出来るようになるよ」
カップの紅茶に息を吹きかけて冷ます優幻の言葉に、数秒の沈黙が落ちる。
そして。
「……あのさ、狐条。それって、もしかしてこう、表彰とかされるような成果じゃない? こう、世界的に」
恐る恐る、という様子で問いかける尾白の言葉に、同じことを思ったらしい数名が頷く中、渦中の九尾狐はたっぷりとラベンダーの香りを堪能してからようやく、口を開いた。
「その辺は、リカバリーガールに投げた。面倒だし」
「何やっとんじゃお前は!」
平然と告げられた言葉に、峰田がテーブルを飛び越えて掴みかかる。
「こら、行儀悪いぞ」
「やっかましい! 注目を浴びるチャンスを不意にしやがって! 後ろでもテレビに映ればオイラのファンが増えたかもしんねーだろ!」
「そっちかい」
ガックンガックンと胸ぐらをつかんで必死に訴える峰田の姿に、色々と出かかった言葉が引っ込んでしまったクラスメイトたちは、溜め息を吐いたり肩をすくめたり。
最終的には、仕方ないなと微かな笑みに変わる。
「安心して良いぞ。峰田じゃ勝ち目ねーから」
「そもそも、当人そっちのけでクラスメイト撮らないでしょ」
「つか、全員寮生活だから映るチャンスなくね?」
「うっせーなチョットくらい夢見せてくれよ!」
瀬呂、葉隠、上鳴と続け様にツッコまれ、峰田の目から滂沱の如く涙が溢れていく。
「何と言うか。……帰ってきた、って感じやね」
「ケロケロ。騒がしいけど、嫌いじゃないわ」
◆ ◆ ◆
時を遡り、死穢八斎會への突入当日。ヒーローとインターン生が病院へ搬送されている頃。
「あー、ミスったな。パワー担当のマグネは残しとくべきだったか」
「今更でしょ。──そりゃ」
ガリガリと首元を掻きむしるヴィラン連合の首魁・死柄木の愚痴に、連続殺人鬼である美女・フロストが傷跡だらけの顔を綻ばせながら氷で道を作り、その上を死穢八斎會若頭・治崎が拘束されたベッドごと滑らせる。
「……俺を殺しに来たのか」
「そんな暇人なわけないじゃないか。……君の絶望に沈む顔を見に来たんだよ♪」
「そっちの方が、よっぽど暇人っぽいな」
「そこの気狂いに真っ当な答えを求める方が間違いだろ、ミスター」
「荼毘くんってば酷いねえ。そこまで言い当てられたら照れちゃうぜ」
「言ってろ」
ベッドの上で拘束された治崎。横転した車が燃え盛る中、4人がその姿を見下ろす。
死柄木は、警察車両から探り当てた個性消失弾の入ったケースを手にして、喜色満面といった笑みを浮かべ。荼毘は興味を持っていないのか、無感情な瞳で見つめ。Mr.コンプレスは治崎よりも周辺警戒に重きをおいて、あちこちへと仮面の下にある目を配り。
「あのさあ、治崎くぅん。君が私たちに接触した時さ。君に殴りかかったマグネちゃんを、私が止めた理由って、わかる?」
心の底から楽しそうに声を弾ませたフロストの問いかけに、しかし治崎は答えられない。
狂人の考えなど理解できない。しかし、それでも良いと考えていたのだ。能力があろうとも、ヴィラン連合に属するのは所詮、個人でしかない。誰もが勝手な理屈で集まり、勝手な考えで行動する個人集団。そんなものは、組織として行動できる極道ならば、いずれ飲み込める──
「──とか考えてたんだろうねえ。今回で、トガちゃんやトゥワイスくんやマグネちゃんを取り込んで。そこから更に、とかさあ」
「AFOの後で裏の支配者やるってんなら、死柄木は取り込みたいとこだしな」
「だ、か、ら。自分の方が上に立つ、なんて思って、頑張って頑張って、いーっぱい頑張った所で、ブッ壊してあげよう! とか思ってたんだよ、これでも。得意絶頂になってるヤツの足下崩すのとか最高だしね! ……なのにさあ」
ケタケタと笑っていたフロストの顔から、すっと感情が消える。
「超速攻でやられてんじゃん。クッソダサいんだけど。お前のこと敵だと思ってた私たちまでダサく感じるくらいだわ」
「オイ、一緒にすんなよ気狂い女。俺はテメェの案に乗ってねえ」
「分かってるって。荼毘くんもスピナーくんも反対してたもんねえ。だから余計にさ。"ほーら、こんなに面白おかしいことになったんだぜ!"って言いたかったのに、まさかこんな早々と潰されるとか思わないでしょ。ザコすぎでしょ」
「ああ、確か"次の支配者になる"だっけ? でもさぁ……お前の努力は全部、俺のモノになっちゃったよ!」
死柄木が態々、治崎の目の前まで持っていったのは、彼の集大成である"個性消失弾"が入ったケース。
「……返せ」
「うわウケる。まだ自分が何か持てるとか、権利があるとか思ってるの?」
そう嘲るフロストの白魚が如き指が、治崎を拘束する手枷に触れ。
──凍る。
霜による純白が、拘束具を染め、治崎の腕へと伝播していく。
周囲が炎上している最中でありながら、その影響をまるで受けず。
「相変わらず便利だねえ、個性"雪女"」
「周りの温度に影響されないからね。荼毘くんと相性バッチリだよ?」
「カンベンしろよ、テメエみたいな細胞全部トチ狂ったような奴」
「……おいおい、このままじゃ若頭が氷漬けになって死んじゃうぜ。ヒドい連中め」
既に肘から先が氷塊に包まれる中、欠片も思っていないであろう声で呟いた死柄木の言葉に、まるで今まで忘れていたかのようなリアクションを見せたコンプレスが近付いていく。
「それじゃ、悪さする手は没収、っと」
何の音もなく、凍りついていた治崎の手が消えた。コンプレスの"圧縮"によって削り取られ、肘と手首の中間で途切れた形となり、断面から大量の血が溢れ出していく。
「わあ、大変。死んじゃわないように止血してあげようねぇ」
流れ出ていた血が突如固まり、そして切断面が凍りついていく。
「咥える指もなくなっちゃったなあ、若頭。これからは、ただただ眺めて生きていけ! ……頑張ろうな!」
黒煙が昇る高速道路に、笑い声が響いた。