心が弱くても勝てます   作:七件

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ドラマツルギー

 

 

 

「こんばんは、夜風が涼しいな」

「ええおはよう。清々しい朝ね」

 

 心なしか堀北の眉間のシワは限界突破しているように見受けられる。

 

 試験説明が終わった後に会う約束を取り付けていたオレたちだったが、悲劇に見舞われ結局会うことは叶わなかった。

 

 ところで、仮眠が人間にとって最も効果をもたらす時間を知っているだろうか。

 

 それは約二十分と言われている。

 部屋に戻ったオレは、堀北に会う前にまず端末のタイマーを使って仮眠を取った。集中力を高めるため、そして情報を整理するためにも必要な作業だったからだ。

 そう、ここまでは完璧だった。

 だが目が覚めて起きたら、洗い立ての太陽が我が物顔でよっこらせと肩を海に浸からせていたのである。

 

 再び早朝の大浴場の世話になったオレは、タイマーが正常に作動している事を確認し、一つの確信に至った。

 タイマーの音でオレは起きることが出来なかった、というわけだ。

 

 不甲斐なさを感じつつ、部屋に戻って既に起きていた幸村にタイマーの音が煩くなかったか尋ねると、しかしとんでもない事実が返ってきた。

 

「ん? ああ。鳴った瞬間平田が止めていたぞ」

 

 続いてオレ達の会話で起きてしまった平田に問うと、

 

「疲れているように見えたから、堀北さんには朝に変えてもらうよう頼んだよ。勝手……だったかな?」

 

 気遣いの方向がぶっ飛んでいる気がする。

 まあ、むしろ優待者が誰か確認してからの方が良かったまであるので別に咎める程でもないが。

 

 

「怒ってないわよ」

 

 堀北は一度大きなため息を吐いてから、咎めるように言った。

 

「それは安心した」

 

 時刻は7時45分。

 生徒達の人気のビュッフェを避け、カフェ『ブルーオーシャン』の中でも日陰にあたる不人気な奥のテーブル席でオレ達は落ち合った。

 

「どう? 利用された気分は」

 

 早速試験の話に入ると思ったが、彼女は全く別の話題を振る。

 無人島試験で、無断でBクラスと交渉したことについてだろう。オレはまんまと彼女に龍園の居場所を教えてしまい、それを利用されたのである。

 

「……どうと言われてもな。結局Dクラスは勝利を収めることが出来たわけだし、別に良いだろ」

「私はあなたが本調子を出せないことを利用した。酷いとは思わなかった?」

「勝負に綺麗も汚いもない」

「何も思わなかった、ということね」

「……意味が分からないんだが。なんだ、罪悪感でも持ったのか?」

「いいえ? これっぽっちも罪悪感なんてないわよ? 意趣返しが出来て清々しているくらいだもの」

 

 まさか、未だ須藤の件を根に持っていたのか。

 

「一ヶ月も前の話だろ」

「あの後兄さんから予防線の話を聞いたのよ」

「連絡取り合う仲になれたのか?」

「まあ、週に一度は……ってそんな話は今関係ないじゃない」

 

 堀北は頬を赤らめ、サッと顔を伏せる。

 

「いやいや、オレとしては気になる話だな。あれだけ拗れていたんだ。どうやって仲直りしたのか気になってもおかしくはないだろ」

「嘘を吐かないで。そうやってまた私の追及から逃れようとしている」

 

 それから、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「今重要なのは、あなたは決定的な証拠を持っていながら、私たちに渡さず、兄さんに譲ったという事実。あの審議に勝てるかどうか、私を試したのでしょう?」

「机上の空論だな。そもそもオレはその決定的な証拠とやらを知らない。オレの名を出した理由をお前の兄に直接問いただしたいくらいだな」

「……答えるつもりはない、ということね」

「誠心誠意答えているつもりだ」

 

 堀北にじとりと睨まれるが、華麗にスルーする。そんな態度のオレに、堀北は追及を諦めたようだ。大きく、そしてわざとらしく溜息を吐いた。

 

「まあ、今はいいわ。あなたは私の所業に何も感じなかった。それが分かっただけでも充分よ」

「まるでオレが感情のないロボットみたいな言い方をするんだな。心外だ」

「事実でしょ?」

「腹が煮えくりかえってDクラスに復讐したいくらいだ、とでも言えば満足なのか?」

「心が篭ってないのよ」

「お前に心が無いだけだ。感受性を身につけるためには動物を飼うといいぞ」

「そっくりそのままお返しするわ」

 

 堀北は腕を組み、憎たらしげに言い放った。

 

 

「……オレからも一つ確認したいことがある」

 

 折角無人島試験の話に戻ったので、言質を取るためにも堀北に尋ねる。

 

「佐倉とお前はどんな関係なんだ」

 

 堀北はその名前に眉をピクリと上げた。

 

「どんな関係と言われても。私と彼女は友達よ。友達だから、恋バナを聞いた。ただそれだけ」

「その恋バナに盗撮が含まれており、なおかつ初めてのお友達についうっかり勢い余ってクラス共有のポイントを使ってビデオカメラを与えた、なんてジョークは言わないよな?」

「あら。友人の恋を応援することが、そんなにおかしなことかしら」

「……まあ、いいが」

「案外あっさり引き下がるのね」

 

 拍子抜けしたらしく、逆に訝しむようにオレを睨みつけた。

 

「さほど重要視はしていないからな。それで、昨日は何か話し合ったのか」

 

 軌道修正をするため、船上試験の話に戻す。

 堀北もこれ以上は無駄な時間になると感じたのか、コーヒーを一口飲んでから、一つ深呼吸をした。

 

「結局、全てのグループの名簿を作成しただけで昨日は終わったわ。確認はしたかしら」

「ああ。平田からPDFで受け取った。お前のグループのメンツは随分厳ついな」

「そうね。おかげで葛城くんにかなり警戒されていたことが分かった」

「葛城、か。改めて見るが各クラスのリーダー陣ばかりだ」

「……恐らくだけど、私たちのグループだけは意図的に作られているように思えるの」

「一之瀬が居ないのは意外だったが」

「その代わりあなたの所に居るじゃない」

「意図的に見えるか?」

 

 堀北は苦い顔をする。

 

「嫌な予感はするわ。……そろそろ所定の時間ね」

 

 堀北は端末を手に取り、操作する。オレも確認してみると、いつの間にかあと一分を切ったところだった。そして時刻が午前八時を迎えると、一秒の誤差もなく丁度互いの端末が鳴った。届いたメールを確認する。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として責任を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後一時より試験を開始致します。本試験は本日より三日間行われます。兎グループの方は二階兎部屋に集合して下さい』

 

 堀北のメールも読ませて貰ったが、グループの違い以外は全く同じだった。

 

「優待者に選ばれていたら、文面は『選ばれました』になっていたんだろうな」

「気に入らない一文ね。まるであなたに資格はありませんって言われているみたい」

 

 堀北は不服そうに呟く。

 随分可愛げがあるプライドの持ち方だ。

 冗談のつもりなのかもしれない。

 

「厳正なる調整、の部分がオレには引っかかるが」

「それは……つまり、資格がどうこうは関係がない、ということかしら」

「規則性があるかも、くらいは考えてもバチは当たらないだろう」

「そう、ね。流石に優待者が一つのクラスに偏っているとは考え辛いもの。一クラスに三人は確実に居るでしょうね」

 

 十分と経たずに、もう一度メールが送られてくる。平田からだ。

 そこには優待者の名前があった。

 

 軽井沢、南、櫛田。

 

 確認してからすぐにメールを削除する。

 この情報は堀北、平田にしか伝えないようになってある。

 堀北はメールを見て堀北は顔を曇らせた。

 

「一人、分からないのね」

 

 オレは表情こそ変えなかったが、堀北とオレとで渡された情報が異なっていたことに、考えを巡らす。そして、一つの結論に辿り着いた。

 軽井沢だ。

 ……運命の女神は微笑んだのかはたまた嘲笑ったのか。

 

 オレは声を落として尋ねる。

 

「守り切れるか?」

 

 堀北は頭痛を抑えるように額に手を当て、目を瞑った。

 

「……正直、難しいわ」

 

 堀北は既に櫛田の裏切りを知っている。彼女が龍園に優待者の情報を落とすことくらい、猿でも分かる話だ。マイナス50ポイントはほぼ確定したと言っても良い。

 

「もう一人も賢い生徒とは言えない」

「まあ、確かにな」

「かなりまずい状況であるのはまず間違いないわね。これは個々人の実力が試される試験。悲しいことに、Dクラスは平均的に見ればどのクラスよりも劣っているし、統制も取りきれていない。逸った生徒が勝手に動いて自滅でもされれば、折角のポイントも失うハメになる。厄介極まりないわ」

 

 堀北は落ち着くためにコーヒーに口をつける。

 

「それを制御するのが今回のお前の仕事だ」

「ええ、分かっている。どのクラスも当てなければ、最悪の場合でも150ポイントの損失で済むもの」

「他クラスと組めば、0ポイントで済むと思うぞ」

「お互い教え合って当て合う、ということ?」

「ああ」

「でも、その他クラスってどれかしら? Dクラスは前回の試験のせいで一番警戒されていると思うのだけど」

「本気じゃない。ただの一つの案だ」

「無理よ。そもそも私たちは二人しか優待者を知らない」

「ああ、そうだったな」

 

 目を窓の方に向けていた堀北が、チラリとオレを窺った。

 

「……まさか、最後の優待者はあなたってことはないでしょうね」

「見せ合っただろ」

「あなたが私の端末を勝手に見ただけよ」

「そうだったか」

 

「もしあなたであれば心強いのだけどね」と、彼女は嫌味ったらしく吐き捨てた。

 

 確かに勝ちに繋がる方法はある程度考えついたが、それを南たちが実行できるかと言われれば難しいだろう。ただ深く関わるのは面倒ではあるが、堀北に伝える価値はあるかもしれない。メモ機能に文字を打とうと目を落とすと、堀北はテーブルを三回叩いた。顔を上げると彼女の端末の画面。

 

『SIMカードのロック解除に必要なポイントを知っている?』

 

 どうやら彼女も優待者の所在を騙す方法を考えついていたらしい。オレは首を横に振った。

 

「茶柱先生にあとで聞いてみるわ」

「それがいい。ただ櫛田には伝えるなよ」

 

 その名前に、堀北は本日何度目かのため息を吐いた。

 

「櫛田さんをこのまま放っておくわけにはいけない。けれどいくら私を退学させたいからってクラスを裏切るなんて思ってもいなかったし、彼女を止める方法が今はまだ思いつかない。せめて試験の間にもう少し時間があれば良かったのだけど……」

 

 悩みの種の一つである櫛田の裏切り問題。

 堀北は裏切りの証拠である動画を掴んではいるものの、それは同時にオレが協力者である証拠でもある。たとえ堀北がこれをバラすぞと櫛田を脅したとして、彼女の今まで築き上げていた地位を揺るがすことはあろうが、「綾小路に脅された」の一言で同情を買うことなど容易い。現状櫛田の存在はDクラスをまとめるという立ち位置においては平田以上に力を発揮している。内ゲバが泥沼化することほど面倒なことはない。故に、堀北は動けない。

 

「何も対処しなくていい。今はな」

「あなたがどうにかする、と?」

「そのために今まで動いてきた」

 

 失敗する気はサラサラないが、この試験でふたつ、リスクを冒してでもやりたい事がある。

 

「参考までに聞いておくわ。あなたが今一番警戒しているのは誰?」

 

 ふいに、自グループについてはほぼ諦め気味だったはずの堀北が、目を細めて尋ねた。堀北は奥の壁を背に座っているためこのカフェ全体を見渡せる位置にいる。

 オレは背後からの殺気とも言える気配に微塵も気にした様子を見せず、答えることにした。

 

「龍園だな」

「……即答」

「それ以外に今は選択肢がない」

「葛城くんは?」

「警戒する相手と優秀な存在は必ずしも一致しないだろう。それに、」

 

 続ける言葉を、オレは一旦止める。

 堀北が唇の前の人差し指を立てたからだ。

 

「良い天気だな、鈴音」

 

 不敵な笑みを浮かべながらやってきた二人組。

 まさに話の渦中にいたCクラスの龍園。そしてもう一人。

 

「気安く名前を呼ばないでと忠告しなかったかしら、龍園くん。ーーそれから、演技上手の伊吹さんもいるのね」

 

 龍園の隣には、強気な目つきでオレを睨み付ける女子生徒、伊吹澪の姿があった。

 軽く挑発された伊吹は不服そうにしていたが、噛みつこうともせず下唇を小さく噛み締めた。どうやら伊吹は挑発した堀北よりも、オレに向けて敵愾心を露わにしているようだ。龍園は鼻で笑う。

 

「こじきもいるじゃねえか」

 

 そして空いた二つの椅子のうち、堀北の隣の背もたれを跨いで座る。

 

「どうだ、うどんは美味かったか?」

「絶品だったな。龍園も大好きなオレンジジュースを浴びれて最高だったろ」

 

 伊吹はバッと顔を背ける。そして笑いを堪えるようにフルフルと震えていた。頭からジュースを被った姿を直接見たのだろうか。龍園は特に咎めることなく、話を続ける。

 堀北だけは首を傾げていた。

 

「まあ、いい。世間話でもしようじゃねえか。メールは届いたようだが結果はどうだった?」

「教えるわけないでしょう。それとも私が聞けば答えてくれるのかしら」

「お望みとあればな。だがその前に聞かせてくれよ、無人島試験の話を。自慢してもいいぜ? なんったって一人勝ちしたんだからな」

「何を聞かれてもあなたに答えることなんて何もないわ」

 

 揺さぶりに対して、堀北は全く動じることなく落ち着いた様子であしらった。一つでも情報を落とさないよう、彼女なりに堂々とした態度を演じているのだろう。しかしその隙を付け入るように、龍園は言葉を続ける。

 

「どうにもしっくりこないんだよな。お前みたいな人種が、全てをコントロールし切れるわけがねえって。葛城はお前を警戒しているが、俺は他の誰かが噛んでいると睨んでいる」

 

 堀北は眉間にシワを寄せる。

 

「結果発表の時にも言っていたわね、そんなこと。私に出し抜かれたことをそんなに認めたくないのかしら。でも、負け犬の遠吠えも程々にしておいた方がいいわよ。格が下がるから」

「格、ねえ。それを鈴音が言うと滑稽に映るな」

「どう考えるのも勝手だけど、そもそも私の立てた戦略の全てを把握しているのかしら。無人島での試験で伝えられたのは結果だけよ」

 

「葛城のやつは分かってないだろうな」

 

 龍園が白い歯を見せてせせら笑った。

 

「説明して貰ってもいいかしら。正解していたら答えてあげてもいいわ。答えられるものならね」

 

 堀北は自信ありげな態度を崩さない。

 

「試験終了時、俺はお前にリーダーの名前を確認した。それには試験中に手に入れたリーダーカードの証拠とは、全く違う名前が彫られていた。理由はただ一つ。最初のリーダーがリタイアして、別の誰かに変わっていたってことだ。これ以外にはない」

「それで看破したつもり?」

「ああ、ここまでは誰でも考えつく話だな。だがな、俺はDクラスのリーダーを指名していない。指名したのはAとBだけだ。間違えたのはAではなかった。だからって、一之瀬がリーダーを変える手を実行に移すか? ありえねえな。つまり、お前らが悪知恵を吹き込んだ。そう考えるのも不自然じゃねえ」

「あら。よく分かったわね」

 

 堀北はやけにアッサリと認めた。伊吹は眉間にシワを寄せる一方、龍園は事実を確認する程度の認識のようだ、嘲笑するような態度で話を続ける。

 

「ただな、俺にはこの二つをお前が実行できるようには思えない。特に一つ目の閃きの方をな。どっちも初手に打つ戦略じゃねえんだよ」

「保険を打ったとは考えられないの」

 

「そりゃないな。試験が始まる前、俺は自分と似たような性格をしている奴が鈴音のクラスに潜んでいると踏んでいた。須藤の件があったからな。だってのに、まるで俺に見せつけるように奴は試験結果をコントロールした。Dクラスには俺の想像以上のバケモンがいる。もしかしたらメインディッシュに据えていた坂柳さえも凌ぐ奴が。そして鈴音。俺の予想じゃお前はただの隠れ蓑に過ぎないと睨んでいるぜ」

 

 そう龍園は言い切った。

 そして堀北を見つつもオレを静かに観察する。

 随分熱烈な視線だ。首筋がヒリヒリする。

 まあ、一番怪しい位置にいるので仕方がないが。

 

 

「だが勿体ないマネをしたなお前らも」

 

 龍園は脚を組み、大袈裟に嗤う。

 

「実に間抜けだ。頭角を現さず水面下で動いていたのに、もう動き出しちまったんだから。俺が好む不意打ちや騙し討ちの類いだけでなく、確実に勝利を奪ってくる正統性。Dクラスは現状、クラス争いから一歩も二歩も遅れている。切り札はもう少し後に取っておくべきだった。でなければ、俺らに目を付けられることもなかったろうに」

「随分ご親切な忠告」

「慈悲深いんだよ、俺はな」

「あなたはどうしても私の裏に黒幕がいると思いたいようね」

 

 その問いに龍園は最早答えることはなかった。

 根拠や確証はないのに、まるで堀北の言葉に疑問を持たない。何故ならこの龍園という男は、誰よりも自分を信じている。最初から他人の助言や叱咤など毛ほども受け入れるつもりはないのだ。この接触も、恐らく本命は堀北ではなく、オレの反応を確かめているだけに過ぎない。堀北の立ち振る舞いなど最初っから興味がないのだ。

 

「私からも一つ忠告してあげるわ。あんまり私たちに構っていると、足元をすくわれるわよ」

「まさに足を引っ掛けられたばかりの相手を警戒しねえアホはいねえな」

 

 龍園はクククと喉を鳴らし、立ち上がった。

 

「行くぞ伊吹」

 

 そして伊吹を連れて去っていく。

 完全に姿が見えなくなった後、堀北は背もたれに寄りかかり、はあ、と息を落とした。

 

「一躍時の人だな」

「あなたのせいでね」

「仕方ないだろ。目立つのが嫌なんだ」

「知ってるわよ。でも嫌味くらいは言わせて欲しいものね」

 

 完璧超人という理想を自分のものだと思いこんでいた少女は、再び完璧超人の役を演じる羽目になった。今度は自覚して、幻想だと知りながら。

 彼女の想いをオレは推し量れないし、そもそもする気もないが、優待者の件と言い心労は凄そうだ。

 

「にしても偶然オレ達を見つけたとは思えないな」

「八時頃に私が誰かと会うと当たりをつけていた……ということね。あなたと意見交換していた事実だけでも、龍園くんにとっては貴重な情報。迂闊だったわね。やっぱり昨日会うべきだった」

「いや、むしろ良かった。平田はファインプレーだ」

「どういうこと?」

 

 追及の目を避けながら、龍園の思考を紐解く。

 奴とオレの思考は似通っている。あまりに繋がり過ぎれば疑いにかかってしまう。

 つまりこの件はむしろ、オレをX候補ではなく、Xと密接な関係を持っているかもしれない人物へと認識を改める材料の一つになるのだ。

 

 

「堀北。掃除する際に同じ処分方法のゴミが複数あったら、お前ならどうする?」

「質問の意図が分からないのだけど。……普通に、同じ袋にまとめておくわね」

 

 チラホラと生徒達がデッキに姿を見せ始めたのを確認してオレは立ち上がった。

 

「そういうことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後一時。

 ついに最初のグループディスカッションが始まった。

 軽井沢は下着を盗んだ伊吹に食ってかかることはせず、無視を決め込んでいた。平田の話はどうやら本当だったようだ。同じグループに篠原らが居れば違ったのだろうか。

 そしてやはりと言うべきか。一之瀬がグループを仕切る立場となり、積極的に話を進める。

 

 オレにとっての第一の関門、必須事項である全員の自己紹介が待っていた。

 円のように並べられた椅子に各々座っているので、誰かが発言すると当然みんなの目はその発言者に向く。部屋自体も狭いわけではないが、心理的プレッシャーも相まって窮屈さを感じずにはいられなかった。

 小声で外村に

 

「オレの自己紹介もついでにやってくれないか?」

 

 そう頼んでみたが、

 

「逆に目立つのでは? と外村はマジレスしておくでござる」

 

 と変わった口調で断られた。

 入学当時は自己紹介を断ったので実質初めての自己紹介だった。真鍋や伊吹などは名前しか言わなかったのでオレもそれに倣い、最小限の発言で留め、無事終えることに成功する。

 

 だが、Aクラスの面子は全体的に非協力的だった。加えて、話し合いを行わないことで生まれるグループのメリットをペラペラと宣った。どうやら葛城の指示でこの試験内で極力話し合わず、クラス間の差を縮めないつもりらしい。幸いAクラスは元々所持しているポイントは多い、Dクラス以外は全体的にポイント差は変わらないのだから、無理に動いて無人島試験の二の舞にはなりたくないのだろう。

 一之瀬はその意図にいち早く気が付き、論破する。しかし彼らが揺らぐことはないようだ、時間だけがいたずらに過ぎ去っていった。

 

 

 そんなこんなで話し合いが難航している中、興味深い出来事が起こった。

 

「ねえ、軽井沢さんだっけ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 Cクラスの女子である真鍋が、軽井沢に話しかけたのだ。

 まさか名指しされるとは思わなかったのか、彼女は面食って端末から視線を移した。

 

「なに」

「私の勘違いじゃなかったらなんだけど……もしかして夏休み前にリカと揉めた?」

「は? 何それ。リカって誰よ」

「私と同じクラスで、メガネかけたお団子頭の子。覚えない?」

「誰。別人でしょ」

 

 自分に無関係の話だと判断したのか、もう一度端末に視線を落とす軽井沢。

 しかし真鍋の次の言葉で軽井沢の淡々とした態度に変化が生じる。

 

「Dクラスの軽井沢って子に意地悪されたって。リカが確かに言ったんだよね。カフェで順番待ちしてたら割り込まれて突き飛ばされたって」

「……知らないし。てか、なんか文句あるわけ?」

「別に確認してるだけ。その話が本当なら謝って欲しいの。リカって自分で全部抱えちゃうタイプだから私たちが何とかしてあげないといけないから」

 

 特別強い正義感を持っているようには見えないが、人は自分たちが正しい行為をしていると自覚している場合、強気に出る性質がある。真鍋はリカ本人に確認を取るため写真を撮ろうとする。軽井沢は罪の自覚があるのか、当然嫌がった。

 恐らく軽井沢は友達が周りにいた手前、気の強い女子を常に演じなければならず、意地悪な態度に出てしまったのだろうか。当時の状況は知らないが、今は一人。

 

 軽井沢はどこか怯えを表情に滲ませながら、何を思ったか、一瞬オレへと目を向けた。オレはさりげなく一之瀬に食ってかかっていたAクラスの町田に目を移し、視線を誘導する。

 

 助けても良かったが、こんな閉鎖的な空間で数名に観察されるなんてたまったもんじゃない。

 

「嫌だってば! ……ねえ、町田くんもこの子に何か言ってあげてよ」

 

 精一杯の手助けだったが、彼女は察したのかそれともオレへの期待を止めたのか、町田に救いを求めるよう隣に座り、助けを求めた。

 

「無断で写真を撮るなんて許せないんだけど。町田くんはどう思う?」

「……そうだな。真鍋。軽井沢が嫌がっているんだ、やめてやれ」

「ま、町田くんには関係ないでしょ」

「今の話を聞く限り、悪いのは真鍋のように思える。彼女が知らないと言っている限り、強引に決めつけることは良くない。友達に再度確認した方がいいだろうな」

 

 本人が撮影を拒否している以上、無断で撮るのはマナー違反だ。町田の正論に、真鍋サイドも分かっていたのだろう、引き下がるしかなかった。だが、それでも確信はあるのか納得していないようだった。

 

 

 結局話し合いの方もまとまりが生まれるわけもなく、最低限話し合うように決められた一時間が経過した。アナウンスがされて、解散可能な状況になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回目のグループディスカッションが始まる前。

 

 幸村はフードコートの一席にオレたちを集めて、優待者が本当にこの中にいないのか、いない場合は今後どう動くべきか話し合いの場を設けた。だが、軽井沢と外村は綾小路に任せればいいの一点張り。

 そもそも、12のグループの中には主体性のないグループもあったために、試験が開始する前に堀北は、この試験の立ち回りについてマニュアルめいたモノをクラスに共有しており、それに準じて今回を捨て試験にすることが決定していた。オレはそれに倣うつもりだと主張したところ、じゃあ何もしないでおこう、という流れになるのは必然だった。

 不服そうな幸村も結局現状を打破できるカードを持ち合わせていないので、話し合いは『無駄』の二文字で済んだ。

 

「……クソッ」

 

 話し合いも終わり、再びミーティングルームへと外村と軽井沢は向かったが、幸村だけは立ち上がることもせず拳を握り締めている。

 

「大丈夫か?」

 

 とっくに居なくなっていたと思っていたらしい、声をかけると珍しく動揺していた。それから再び険しい顔に戻る。

 

「……綾小路は本当にこのままで良いと思っているのか?」

 

 苦々しげに言葉を吐く幸村。

 

「あの二人はオレに期待しているようだが、オレは堀北の操り人形に過ぎない。彼女がこの勝負を捨てると言うのなら、それに従うさ」

「だが、150ポイントを失う可能性もあるんだぞ? 今後、同様の試験が行われて同じような対処をするつもりなら、俺は我慢ならない」

「まだ一回しかグループディスカッションは行われていないんだ。方針なんて幾らでも変わるだろ」

 

 

 

「既に後手後手に回っているんだ俺たちは」

 

 幸村は立ち上がり、どこか憤怒を目に宿しオレに訴えかける。

 

「一之瀬を見たろう。もしBクラスに優待者がいて、俺たちに失敗させようと仕向けて、あの二人がホイホイと罠に嵌ったらどうする? もっと何か、良い方法があるはずなんだ。この試験はそれを試している試験なんだ。このまま堀北を盲信するだけで良いのか? もし堀北が失敗して先導者としての立場から引き摺り下ろされれば、残っているのは主体性のクソもない出来損ないの集まりだけじゃないかっ」

 

 人はそう変わらない。

 自分の至らなさを反省したところで、他者に寛容になるには時間が必要なのだ。

 幸村の胸中には未だに、Dクラスに配属された事への不満が渦巻いている。今回もそうだ。竜グループには優秀な人材が揃っていることを知れば、自分が何故兎グループにいるのかを考えてしまう。そして、(もしかしたらオレも考慮に入れているのかもしれないが)一之瀬がいることで、このグループもまた重要な役割を秘めているのではないかと期待する。

 幸村にとってはこれは千載一遇のチャンスなのだ。

 にも関わらず、オレは必要以上に動く気は無いし、他二人は思考を停止している。焦らない方が難しいだろう。

 

 

「落ち着け、幸村」

 

 オレは再び腰を下ろし、幸村に着席を促す。彼も自分の気が立っていたことを自覚していたのだろう、居心地悪そうに座った。

 

「焦る必要はない」

「焦ってなんか、」

「いいや、焦っているさ。このままミーティングルームに向かっても、良い結果にはならない。それは幸村も分かっているはずだ」

 

 

 まあ、感情的に見えて、幸村の意見は最もな部分を突いている。こういった立場をとって意見を言える人材も、今後のDクラスには必要だろう。現時点では少々邪魔なだけで。焦って不必要な行動を仕出かすのはオレとしては一番困る。上手に手綱を引いていけば有用な人材に育つだろう。

 

「……確かに、少し気は立っていたかもしれない」

「幸村の気持ちも分かるが、」

「なら本心を教えてくれ」

 

 幸村はオレの言葉を遮った。

 だが彼の問いかけに、一瞬心の動揺を見せる、フリ、をオレはつい忘れていた。表情のひとつも変えない姿はよほど不自然に映ったはずだが、幸い、彼は自分のことで手一杯で気付いていないようだった。

 

「本心?」

「綾小路は頑に堀北の肩を持つが、本当は堀北の策をどう思っているのか、どう考えているのか。それが分からない。信用できない。なんというか、背後を取られている気分になる」

「そんな風に思われていたのか……」

「腹の中を曝け出せと頼む以上、俺も本心を言おうと思ったんだ。……俺は、綾小路がただの受動的な人間には思えない」

「随分高く買ってくれるんだな。ちょっと演技力があってテストで良い点取れるだけの人間だぞ、オレは」

「テストの点数だけで、その人間の能力が測れるわけではないのは分かっている。だが、唯一測れるモノがあるとすれば、それは自己管理能力じゃないのか? 今まで培ってきたマネージメント力を、クラスに向けて発揮することだって可能かもしれないじゃないか」

「……一部の天才を除いて、確かにそれは言えてるな」

「俺はどれほど満点を取るのが難しいか、痛いほど分かっているつもりなんだ」

 

 幸村は、オレのことを見極めようと真っ直ぐとした目を向ける。

 しかしその実、本質を捉える誠実さはないように思えた。安心を得たい、自分の考えをこっ酷く否定されたくない。今挟むべきではないそういった類いの感情が、真実を見通す目をジワジワと濁す。

 だが仕方のないことなのだ。

 気付いた人間が指摘もせず、むしろその未熟さを利用しようとしているのだから。

 

「オレは堀北の手が最善手だと考えている」

 

 彼の眉がピクリと動いた。

 

「だから今のところ従っている。……今のところは、だ」

「それはつまり、」

「もし間違っていると判断すれば、堀北に意見するさ。ただ、オレは俗に言う天才とかじゃないから悩むこともある。その時は幸村に相談したい。こう見えて、幸村を信頼しているつもりだからな」

 

 オレはお前の味方だ。

 そんな言葉が頭の中に過ぎったが、咄嗟に呑み込む。

 

 絆され始めたのだろう幸村は、目を見開いて、それからホッとしたように息を吐いた。

 

「俺の早とちりだったみたいだ。……すまなかった」

「気にするな。疑心暗鬼にさせるよう仕向けている試験なんだろう」

 

「そう、だな。時間も迫っているし、そろそろ行こうか」

 

 立ち上がろうとする幸村に、オレは焦ったように静止の声をかけた。

 

「どうした、綾小路」

「内密にして欲しい話がある」

 

 周囲を見渡しながら、なるだけ声を落とした。殆どの生徒は試験会場に向かっており、フードコート内は数人のグループが一つ、二つほどしかない。そして彼らが Cクラスではなく、試験に不真面目である生徒たちであることを確認する。

 

「これを知っているのは堀北が信用した人間だけだ」

「……それを俺に話してもいいのか?」

「相談したいことでもあるんだ」

 

 オレのただならない様子に、幸村は唾を呑んだのか喉仏が大きく動く。

 

 

「実は、Dクラスの優待者がひとり、名乗りを上げていない」

 

 

 声こそ出ていなかったが、幸村の表情は驚愕に染まった。

 

「もし優待者であることを隠していた人間がいるグループに、優待者を炙り出すような動きをしろと指示をすれば、墓穴を掘るような行為になりかねない。だから、堀北は迂闊に指示をできなかった」

「じゃあ、俺たちのグループにいる可能性も」

「ないとは言いきれないな」

「だから綾小路も不用意に動かなかったのか」

 

 ようやく合点がいった、と幸村は頷いた。

 

「単純に高円寺が優待者なのか、堀北を信用出来ない誰かなのか。何の意図があって伝えないのかオレたちには分からないからな。もしかしたらオレたち四人の中にいるかもしれない。……ないとは思うが、幸村は優待者ではないよな?」

「それはない」

 

 幸村は強く断言した。

 

「綾小路は、……ないか」

「もしオレだったら楽だったんだが」

 

 オレは苦笑いを浮かべながら、ストローが入っていた紙の包みにボールペンで現時点で判明している優待者の名前を書く。立ち上がり、幸村の夕食のトレイにゴミを集めてオレのトレイを下に重ねて幸村に渡した。

 その情報を確認した幸村は顔を固くしたまま黙って頷き、そのままゴミ箱に向かった。

 

 

 体良くパシらせただけだが、なんか信頼しあってる感が出せた気がする。

 今度からは堀北にもこの戦法を使っていこうか。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず……こうして集まるのも二回目だし、そろそろ打ち解けあっていく必要があるんじゃないかな? 回数は限られているわけだしね」

 

 ブレることなく共同戦線を打ち出す一之瀬。しかし彼女の発言に返す生徒はいなかった。

 

 時間ギリギリに着くと、いつの間にか円状に並べられていたパイプ椅子は取り払われており、全員が地べたに座っていた。自由に座れるように、とBクラスの配慮らしい。

 話し合いの中心はBクラスではあったが、Aクラスはもちろんのこと、Dクラスも消極的な態度を取るようになり、本格的に膠着状態へと陥った。

 

 この場の空気は前回とは違い、嫌に重い。各々、他クラスはどう行動するのか、どう発言するのかを観察し合い、迂闊に発言はできなかった。Aクラスは参加を拒否し、Dクラスはひたすらモブに徹し、Cクラスは建設的な意見を持ち合わせていない。

 

 そんな重苦しい空気を変えるため、一之瀬は大胆な行動に出た。

 

「話し合うためには、まず信頼関係を結ぶべきじゃないかな。私たちの意見としては、優待者を探し出す話し合いをするべきだと思うから」

 

 そう言って、彼女は笑顔でトランプを取り出した。Aクラスの町田はバカにしたように鼻で笑う。

 

「トランプで信頼関係? くだらないな」

「くだらないって言うけど、意外と楽しいもんだよ。それに一時間ずっと黙って過ごすって辛いと思うんだよね。もちろん強制参加じゃないから、やりたい人だけでいいよ」

 

 Bクラスは当たり前のように全員が参加を表明する。

 

「退屈しのぎって思ってくれればいいから」

 

 一之瀬のその言葉に、外村は反応するが、流石に知り合いがいない中行くのは躊躇するらしい。オレは幸村の背を叩いた。

 

「なんだ」

 

 幸村は小声で抗議する。オレはそっと耳打ちした。

 

「参加したらどうだ」

「何の意味がある」

「これも一之瀬の戦略だろう。トランプの戦い方でそれぞれの生徒の特徴を掴もうとしているんだ」

「だったら尚更……」

「それを逆手に取れるかもしれない」

 

 幸村の目に闘志が宿った。幸村も手を挙げてトランプに参加を表明する。

 

「……綾小路くんはどう?」

 

 一之瀬がさりげなく尋ねる。Dクラスの男子生徒はきみ以外参加するみたいだよ、と確認を取るように。

 

「いや、オレは遠慮しておく。争いごとは苦手なんだ」

 

 幸村は裏切り者を見るような目でこっちを凝視してきたので、こっそり手を合わせて謝っておいた。どうやら大富豪をやるらしい。参加しない生徒たちは興味を向けることなく雑談を始めたり、冷ややかな視線で動向を伺っていたりと各々勝手に過ごしていた。ただ、さっきより空気は一段と軽くなり、話し合いの時間は終わったように振る舞う生徒が大半だった。

 

 

 オレはそれを遠目に、死角となる積み重なったパイプ椅子のそばで、つまらなさそうに端末を弄っているとある女子生徒の横に座った。オレの存在に気付いた彼女は、飛び出るんじゃないかってくらいに目をひん剥かせた。

 

「十秒以内にあたしの視界から消えないなら殺すから」

 

 地を這うような、地獄は体現したような声だった。

 

「誤解があるようだから言っておくが、オレも堀北に嵌められたんだ」

「信じられるとでも?」

 

 伊吹は端末の電源を落とし、距離を置くために壁側に寄った。

 

「龍園に何か言われたのか」

「綾小路の言動は全部演技で、お前は出し抜かれただけだって嗤われたんだよ」

「つまり伊吹は、堀北の話を信じるのか?」

「は?」

 

 挑発するような物言いに、伊吹は喰ってかかった。

 

「朝だって堀北と一緒にいた。あれは作戦会議をしていたってことじゃん」

「違う、呼び出しをくらったんだ。龍園の前ではオレは演技派の設定だから」

「言いなりになってるって?」

「バラされたら今度こそ爪弾きモノだからな」

「まあどうでもいいけどさ」

 

 伊吹は舌打ちをひとつした。

 

「……悪い。意地悪な言い方をした。癖なんだ」

 

 オレは肩を落とし、堀北を引き合いに出したことを謝る。もちろん機嫌が良くなるわけもない。「あんたがどっか行ってくれたら万事解決なんだけどね」と苦々しげに彼女は呟いた。

 

「……話がしたい」

「あたしに得はあんの?」

「最終的には」

「意味分かんない」

 

 伊吹は片膝を立て、嫌悪感をあらわにした顔で顔を逸らした。

 

「そもそも本当にあんたが迫真の演技じゃなかったら、こうやって擦り寄ってくる意味も分かんないね。あたしに騙されたってことなんだよ?」

 

 確かに。伊吹に踊らされて本当にDクラスを裏切ったつもりが、その全てが堀北の手のひらの上という情けない男だったと、言葉にして伝えてはいないがカミングアウトしているようなものだ。プライドの高い人間であれば、耐えがたい屈辱だろう。

 

「……どうして、だろうな」

 

 片手で顔の半分を覆い、ため息混じりに呟いた。

 

「……はあ?」

「伊吹を見たとき、誤解されたままは嫌だな、と何となく思った」

「なにそれ」

 

 伊吹は呆気に取られた顔をして、それからフッと諦めたように鼻で笑う。

 

「またそうやって演技するわけ?」

「……まあそうなるか」

「どっか行って」

 

「いや、本当はわかっているんだ」

 

 オレは彼女の顔を窺い、目が合った瞬間恥じらうように逸らした。

 

「伊吹に最初から裏切られていた知ったときは、腹が立ったし苦しかった。それと同時に、仕方ないと思ったんだ。最低な気分になったのは否定しない。――ただ、仕方がないという気持ちの方が大きかった」

「……言っておくけど、あの時あたしは演じてた。あんたの知ってる“私”はあたしじゃない」

「だからこそ、伊吹澪を知りたいと思った」

「言ってて恥ずかしくないの?」

「あまり顔に出ないだけだ」

「今度はそういう演技ってわけね」

 

 

 どこか見限った風を装ったように吐き捨てる伊吹の手を強引に取り、オレの手首の脈を測らせる。

 

「ーーどう思ってくれても構わない」

 

 咄嗟に手は振り払われ、彼女は自身の手を庇うように身を縮こまらせた。

 

 

「……得になる話があるって、あんたはさっき言ったよね」

「あ、ああ」

「さっさと言え」

「え?」

「要件が済んだらいなくなるんでしょ。早く話を終わらせたいんだよこっちとしては」

 

 牙を剥き出して彼女は威嚇するが、耳は真っ赤で、恥じらいを隠しているのだとすぐ分かった。だが、気付かないフリをするのが紳士というものだ。信用はある程度得られたと思っても良いだろうか。早速本題に入る。

 

「無人島試験の一日目の夜のことを、憶えているか」

 

「……まあ」

 と伊吹は曖昧に返事をする。

 

「あの同盟を本気にして欲しいんだ」

「言っておくけど、あたしはクラスのはみ出しモノでも何でもない。龍園に付き従ってるだけの一生徒。あんたも、誤解は一応解けたんでしょ」

「そう、だな。堀北に信頼されていたことを聞いた。クラスメイトも、悪い奴らばかりじゃない。……だが、急に不安になったんだ」

「不安?」

 

「現状Dクラスは、堀北鈴音を盲信するだけのロクに考えも持たないスカスカのクラスなんだ。もし堀北が失敗して先導者としての立場から引き摺り下ろされれば、残っているのは主体性のクソもない出来損ないの集まりだけ。そうなるのが、オレは今から恐ろしい。Cクラスも、似たような状況じゃないか? もし龍園が倒れれば、代わりに誰がCクラスをまとめる? その時、せめて一人でも立てるように準備はしておきたい」

 

 伊吹も、龍園の働きによる無人島試験の結果に思うところがあったらしい。「何が言いたいの」と、慎重に問う。

 

 

『オレは、このグループのリーダーが誰かを知っている』

 

 

 メモ機能に予め書いておいた文言を伊吹に見せた。確認を終えた彼女は目を見開き、オレを見つめる。それから慌てたように自身の端末の電源を入れて文字を打ち、画面を見せてきた。

 

『Dクラスってこと?』

『証拠はあとで見せる。今重要なのは、結果1に導くということだ』

 

 何か言いたげに口を開きかけ、それから伊吹は苛立たしげに舌打ちをして、入力する。

 

『堀北の作戦?』

『今のところ、このグループの優待者は意図的に堀北には伝えていない。彼女は結果3を狙うだろうから、結果1に導くようなマネはしないことだけは言える』

『なるほどね。でも50万プライベートポイントは確かにデカいけどさ。このポイントも結局龍園に取られるんだよね』

『Dクラスに騙されて奪われたことにすればいい。ポイントはオレが持っておく』

『あんたを完全に信用できるわけじゃない』

『龍園も堀北も、この試験では関係ない。オレたちはオレたちの利益のためだけに、今度こそ。あの同盟を本気にして欲しい』

 

 伊吹はその話に、暫く俯き考え込んでいた。ゲームに負ける度に上がる外村の悲鳴が数度部屋に響いたあと、決心がついたらしい、彼女は顔を上げた。

 

『考えさせて』

 

 決してオレの方を見ることはなかった。

 龍園にはバレない特殊な連絡方法を彼女に伝えたあと、立ち上がる。

 

 

 脈は今でも早い。いや、この部屋に入った瞬間から、体調は最悪を通り越して最……超最悪だった。試される場として生まれた閉塞的な空間の中で、監視カメラはこれでもかと存在を主張しているし、色々な目線が痛いほど突き刺さっている。

 

 それを利用させて貰ったが、果たして伊吹は勘違いしてくれただろうか。

 

 停滞した時間の終わりを告げるアナウンスがされる。時刻はちょうど九時。真鍋たちに軽井沢に対する怒りを蒸し返すことを忘れず、帰りに梯子外しの被害にあった幸村の小言を聞き流しながら、オレたちは部屋に戻ることになった。

 

 

 




伊吹の口調が三章で男勝り過ぎたのは演技込みだったからという設定
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