最近、夢見が悪い。
そんなある日、腹を下してトイレに起きると、祖父に呼び止められた。

1 / 1
pixivに投稿している二次創作の話の途中に挟まる予定の、クトゥルフ神話世界観のオリジナルの怪談です。一応ジャンルとしてはオリジナルだと思うのでオリジナルにしていますが、運営さんから何かありましたら二次創作にします。

・誤字脱字のプロなので一年越しに誤字を発見、若干修正しました(21.06.25)
・展開を若干修正しました(21.11.21)


悪夢下し

 

「まだ水害が龍のものだったころ」

 

 夜中に腹を下してトイレに起きると、祖父が自分を部屋に招いて、話し始めた。

 

「地震が鯰のものだったころ、この辺じゃあ、悪夢は蜘蛛のもんだった。悪夢で頭をやらいた患者は、しまいには蜘蛛の子が腹ワタを食い破って出て行った」

 

 え、ちょっと。なんでそんな怖い話するの。

 洒落にならない、面白くない。そう言っても、祖父は「良いから聞け」と強引に続きを聞かせてくる。

 

「このところ、夢見が悪かったろう」

 

 そうかもしれない。確かに最近、寝苦しくて何度か起きた。

 内容は覚えてないが、熱を出したときに見る、大小のイメージが交互に迫ってくるような嫌な感じが残っていた。けど熱を測っても平熱で、体調も言うほど悪くないから病院にも行かなかった。

 

「おれも昔、夢見が悪いときに腹を下した。そいでも、昔だったから、親にはそんくらいのことで熱もねぇのに医者なんか行くなって言われてよ」

 

 聞いている限り自分と症状が同じだったので、祖父の話を聞くことにした。

 

「毎晩毎晩、やな夢を見た。でも昼間はなんともねぇから我慢した。いくらか日が経つと、だんだん夢の中の景色が分かってきた。内容を覚えてらいるようになった」

 

 始めは記憶がぼんやりしていたものの、いつも同じ夢を見ているから「またこの夢か」と気づけるようになり、最終的には、迷路の中で、手のひらくらいあるころころした蜘蛛の子が足元をかさかさ駆けまわって、トラックくらいの大きな親蜘蛛にどすどす追われてんのが分かってきた、なんて言う。理由は分からないが、祖父はとにかく袋小路に追い詰められたらいけないと思ってひたすら逃げ回っていたらしい。

 祖父は既に戦争の世代じゃなかったが、悪夢にうなされていた当時、祖父の祖父は父方も母方も戦死していたそうで、水害が龍のものだったころの話を知っているのは祖父から見て母方の祖母だけだった。話がややこしくなったが、まあ、親戚の集まりでそのお婆ちゃんに会ったときに、ぽろっと夢見が悪いことを零したという。

 

「婆ちゃんは聞くや否や血相変えて、おれはその日のうちに医者に連れてかれて、虫下しを飲まされた」

 

 それがそん時の虫下しだ。

 

「いやお爺ちゃん、それいつの薬」

「いつのって、そん時の薬だ」

「お爺ちゃん!」

「急にコーヒーなんかが飲めなくなったら、腹でだいぶ蜘蛛が育ってる。飲みな」

 

 手渡されたのは茶色い小瓶に入った丸薬で、セーロガンみたいな、草っぽい丸いかたまりだ。

 何十年前に処方された薬なんて飲めるわけない。確実に飲んだらダメなやつだ。祖父は泥水に消毒を入れても飲めるようにはならないとか、そういうことの道理をちゃんと分かっているタイプだと思っていたが、このオチ。まさかボケてしまったのだろうか。

 もう死んでしまったものの、自分の母方の祖母はかなり話が通じないタイプで、彼女の相手をした経験上、老人のこういう話は否定しても終わりがないと経験で分かっていた。だから今回の祖父の話にも適当に頷いて薬の小瓶を受け取る。飲むつもりはなかったが、折角善意でくれたのだからと、気休め程度に枕元に置いて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、目が冴えて眠れなくなった。 

 精神的に酷く不安定になるような事はなかったはずだ。でもなんだか眠れない。しかもその分、日中に猛烈な眠気に襲われて気絶するように意識が落ちる。コーヒーがないとやってられない。なんだ、全然コーヒー飲めるじゃん。

 祖父の話はハズレたと思ったが、夜の不眠と日中の眠気は悪化する一方で、そのうちコーヒーも効かなくなって、どんなに起きていようと思っても抗えず、同僚に医者を勧められるほどになった。

 

「コーヒーをやめてください」

 

 いざ医者に行くと、意外な診断結果だった。

 カフェイン中毒でホルモンバランスが崩れてるんじゃないかと言われた。

 確かに最近は一日5杯は飲んでいた。それでもさかのぼって考えるとそんなはずない。順番がおかしい。夜眠れなくなって、朝眠いから、コーヒー習慣的にを飲みだした。とは訴えてみても、現に今は飲み過ぎだから、しばらくすっぱり飲むのをやめろという話でその日の診断は終了。腑に落ちないまま帰宅した。

 

 腹で蜘蛛が育ってる。

 そんなことを言われればストレスにもなるな。

 コーヒーは一旦やめた。

 

 それでも眠れない日は何日か続いて、コーヒーが飲みたい衝動に駆られた。すっかり中毒だ。

 タバコを吸ったことはないものの、禁煙てこんな感じか。なんていう禁断症状の苦しみを味わっているうちに、そもそも悪夢にうなされていたことは忘れてしまっていたけど、カフェインが抜けて睡眠サイクルが戻ってくると、それは当然再発した。

 再発した初日から、起きてからも赤と白のイメージが残っていた。かなり嫌な予感はしてきたが、祖父は薬を飲んだかと押して聞いてくることはなくて、なんとなくそのまま何日か過ごしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて、遂に自分が夢の中で迷路の中にいると分かってしまった。

 今度の休みに精神科に相談してみて、それでも分からなければあの薬を飲むしかないだろうか。そんなことを考えながら仕事から帰る途中、腹を下した。そういえば祖父の話を聞いたきっかけも腹を下したことだった。通勤電車にトイレが付いていないことを恨みつつ自宅最寄り駅まで堪えて、電車から降りて公衆トイレに駆け込む。

 

 まにあった。

 社会的尊厳が守られたことに安堵しながら尻を拭いていると、カタン。と音がした。天井の方からだった。換気扇が気圧差か風かで鳴ったのかと思って上を向いていたから、トイレの個室の薄い壁の上を、何か白っぽいものが伝って移動してくるのが目に留まった。それが自分の入っている個室の端のところで止まって、女の人と目が合った。どう考えても空間につじつまが合わない。違う、分かった。細い足の付いた青白い丸いもの。蜘蛛の様な物体に、人間の目に似た、楕円形の赤い目が備わっている。

 この時点で尻を拭いていたのは幸いだった。それがトイレの後ろの壁側にいて、自分からはドアの方が距離が近いことも確かだったから、良く考えることも水を流すこともなくズボンのチャックを上げながら個室を出て、全力で走って帰った。汗だくになった。

 

 これは祖父に話を聞いた方が良い体験だとは感じていたのに、とても疲れたのと家に帰れた安堵から何もする気が起きなくて、その日はシャワーを浴びただけで寝てしまった。

 

 気づけば自分は細長い通路の中にいた。そしてやっぱりトイレで見た『あの目』をした女の人が、白いドレスを着て、手のひらくらいある大きさの、赤い目の蜘蛛を両手で抱えて持っていた。夢の中の出来事だから、はっきりとした形は思い出せない。ただ、見たものが何だったかだけは覚えている。とにかく、白いドレス、の、女の人、が、蜘蛛、を、手に持っていた。そこで後ろが気になって、振り向いたら行き止まりだったから、目覚ましが鳴る前に飛び起きた。

 起きるなり洗面所へ駆けてコップに水を注いで、祖父に貰った丸薬をザラザラ出して、飲み込む。

 

「お爺ちゃん!」

 

 祖父はまだ寝ていた。

 無理やりにでも起こして、虫下しの効果がいつ出るのかとか、あのあとどうなったのかを聞き出そうとした。

 

「むし……?」

「この前の虫下しの話。続きしてよ、薬飲まされたところで終わってたじゃん」

「虫下しの薬? そんな話、お前にしたっけか?」

「したじゃん! なんか夜お腹壊してトイレ起き

 

 

 

 

 あれは、起きてたときの記憶だったっけ?

 

 

 

 

 猛烈に不安になった。

 あのとき、夜の何時だった? あのときお爺ちゃんは、どっから小瓶を出してきた?

 

「ねぇ……ていうかお爺ちゃん、虫下しの薬って、持ってた?」

「知らねぇけど」

 

 終わった。

 終わった。

 

 終わった。

 

 やばい、どうしよう、飲んじゃった。朝六時、朝日が昇る。

 茶色い小瓶はまだ、手の中にあった。

 

 




この話の黒幕はもちろん壁ドンレ〇プ先輩。
必須タグは嘘じゃない。嘘って言われたら消しますが、主人公の性別は書いてないので嘘じゃないです。NLBLGLどれとも取れる感じです(LOVEとは言っていない)。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。