ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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十三話

「報告なら手短にして」

 

 アニは周囲を警戒しながら早口に言った。目すら合わない、刺のある口調。いつもはライナーがいるから、アニと二人きりなんて久しぶりで額に汗がにじむ。

 

 押し潰されそうな曇天の下、くたびれて俯く雑草の中に煤けた石造りの焼却炉があった。殺風景な場所で、掃除の時以外は誰も近寄らない。内緒話をするにはうってつけの場所だ。

 

自分から呼び出したくせに何から話せばいいのかわからなくなって、ベルトルトは乾いた唇を湿らせた。

 

「ご、ごめん。話って任務のことじゃないんだ」

「じゃあ何? 極力話しかけない約束でしょ」

 冷たさを増す口調に、ベルトルトは慌てて言いつのる。

「ええっと直接任務とは関係ないんだけど……ちょっと気になったっていうか、確認したいことがあってさ」

「ハッキリしないね」

「その……ジャンのことなんだ」

 アニが眉をしかめた。ベルトルトは思い切って、

「僕の気のせいかもしれないけど、アニって最近ジャンと仲良いよね? 仲良いっていうか、よく話してるなって思って」

「だから?」

「その……ジャンって良くない噂があるし、目立つからさ。ほら、さっきもエレンと喧嘩してたし! だから、アニもあんまり近付かない方がいいんじゃないかなーって、ちょっと思ってさ」

 

 ベルトルトは乾いた笑みを浮かべた。ああ、喉が乾く。我ながら嘘っぽい、どんどん上滑りしていく話だ。話しながら、アニのオーラがみるみる刺々しくなっていくのを感じていた。

 

「は? 私は誰にも近付くつもりなんてない。アンタたちと違ってね」

 

 やっとこちらを向いた双眼は鋭かった。険のある眼差しに、ベルトルトは萎縮して身を縮める。

 

 やばい……怒ってる。どうしよう。僕はただあの日のことが聞きたかっただけなのに!

 

 汗がどっと吹き出た。黙り込んだベルトルトに、アニは「話はそれだけ?」と言って背を向けた。

 

 そんな! ここで聞けなかったらもう機会なんてない――ッ!

 

 ベルトルトは焦って呼び止めようとして「でも、ジャンと二人で出掛けてたじゃないか!」と言ってから後悔した。

 

 アニが立ち止まる。立ち止まったまま、振り返ってくれない。そのまま沈黙が続いた。アニが動き始めるまで、ベルトルトは動いちゃいけないと本能的に思い、反射的に呼吸すら止めた。凍りついた空気の中に閉じ込められて、少しでも身動ぎすれば粉々に砕けてしまいそうだった。

 

 ベルトルトは失言だったとすぐに気付いたけれど、どうすればいいのかわからない。様々な考えが頭の中で飛び交い、浮かんでは消え、結局、時間が過ぎ去るのを祈るような気持ちで見守っていた。

 

 ベルトルトが我慢しきれず息を吐いたころ、ようやくアニが振り返った。その瞳に冷たい怒りを宿して。

 

「二人で出掛けたら、何? 何を想像してるの? アンタの糞みたいな妄想に、私を当てはめないで」

「……ごめん。僕はただアニのことが心配で」

「アンタに心配される筋合いはないよ」

 アニが鋭く言った。

「楽しそうに訓練してるアンタたちに言う必要もないと思ってた。けど、胸糞悪いから説明してあげる。最近のジャンはおかしいよ。目立つとか噂とか……そんな表面的なことじゃない。対人格闘で組んだ時、ジャンは私と互角に戦った。あの格闘術は短期間で身につくものじゃない。相当の経験が必要になるはず。――まるで別人みたい」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 捲したてる彼女に、ベルトルトは困惑した。唐突に始まったジャンへの不信感。途端に、きな臭い雰囲気が漂う。

 

 一体何の話? 話の流れがわからないんだけど……。とりあえず、この間のはデートじゃなかったってことでいいんだよね?

 

 しかもアニの様子からして、ジャンに好意を持っているようにも見えない。ほっとしかけたベルトルトに、アニが呟いた。

 

「私たちのこと勘付いてるかもしれない」

「……え?」

 

 アニの言っていることが、一瞬理解できなかった。

 

 勘付いてるかもしれない……?

 

 言葉をなぞる。その瞬間、衝撃が身体中を走った。心臓が大量の血液を排出して脈打つのを感じた。

 

「そんな……まさか! そんなわけないよ! バレるなんて有り得ないだろッ!」

 

 そうだ。有り得ない。混乱する一方で、冷静な自分が言う。

 

 そもそも壁内では、人間が巨人化できることすら知らないんだ。たとえ僕たちの会話を聞かれたとしても、荒唐無稽すぎて信じられるはずがない。

 

「落ち着きなよ。私もバレてるとまでは思っちゃいない。もし本当にそうなら、殺意や敵意を隠しきれないはず。けど、ジャンから感じたのはもっと別の――」

 アニは逡巡して、

「確証はない。ほとんど勘みたいなものかも。でも、不審なことは間違いないよ。二人で出掛けることも、ジャンの方から誘ってきたから。今までの関係を考えれば不自然でしょ?」

「じゃあ、アニはそれを確かめるためにジャンと……?」

「何か探りを入れてくるかと思ったんだけどね。特に変わったことはなかったよ。今のところは大丈夫だと思う。しばらく泳がせるつもりだから、ライナーにはまだ言わないで」

 

 ベルトルトは呆然と、「ああ」とだけ相槌を打った。

 

 気が抜けたのかもしれない。いや、逆かも。急激に緊張しすぎてぼーっとするのかも。どちらにせよ頭が回らない。

 

 「勘付かれたかも」って、アニがこんなことを言うのは初めてだ。彼女なりに引っかかることがあったんだろう。「ほとんど勘だから」って言うけど、君の勘って結構当たるじゃないか! ……ライナーに相談すべきじゃないのか? けど、気のせい……考えすぎの可能性もあるし。というか、ほとんど考えすぎだと思うけど。

 

 卒団式が近付いて、僕らの二度目の襲撃は目前だ。アニも過敏になってるんだろう。だって、どう悪く転んだって、僕らの正体や計画がバレるってことはやっぱり有り得ないと思うし。もしかしたら、僕らに対する不信感とか違和感とか……そういうちょっとしたことを、ジャンは感じ取っているのかもしれない。

 

 その場合、ライナーはどうする? ジャンを殺すのか? ライナーならたぶん殺せって言うと思う。だから、アニはライナーには報告したくないってこと? それってジャンを庇ってることになるんじゃないの。けど、僕だって同期を殺したくなんかない。

 

 混乱するベルトルトの耳に、またもや衝撃的なセリフが飛び込んだ。

 

「わかったでしょ? 私は故郷に帰るためにここにいる。呑気にダブルデートしてるアンタたちと一緒にしないで」

 

 ダブルデート⁉︎

 

 急激な話題の変換だった。その落差に、ベルトルトは精神的につんのめった。頭部を狙われたハイキックをやっと受け止めたのに、死角から飛んできた蹴りが急所に当たったみたいな感じ。頭がクラクラしてくる。

 

 ちょっと待ってよ! 何でアニが知ってるんだ! というか、あれは別にデートじゃないし、僕はライナーに無理矢理付き合わされただけで――ッ!

 

「ま、アンタたちが何しようが、任務さえ忘れなければいいけどね」

「誤解だよ! あれはデートじゃ――」

「やめて。どうでもいい。興味ない」

 

 アニは吐き捨てるように言った。踵を返し、彼女の背中が迷いなく遠ざかる。逃げていく。

 

 なんだよ……。何も聞かずに勝手に決めつけて。僕の気持ちも知らないくせに!

 

 収まりのつかない苛立ちが、急激にベルトルトを襲った。

 

「だから! 僕はアニのことが好きなんだってば!」

 

 ベルトルトは気付けば叫んでいた。今まで出したことのない大声で。喉が痛い。頭が痛い。心臓が痛い。耳の中の奥の方で洪水みたいな音が鳴っている。

 

 え……? 今のって本当に僕が言った? もしかしてアニに聞こえた?

 

 もう少しで壁の向こうへ消えしまいそうだったアニが振り向く。ざあっと風が吹いて雑草が順に揺れ、アニの綺麗な髪の毛を吹き上げかき混ぜていった。

 

 故郷の風だ。ベルトルトは思う。温度も、匂いも、湿り気を帯びて肌を撫でる感覚も――故郷と壁内じゃ全然違う。なのに、そこにアニがいるだけで故郷の風だと思えた。アニがいれば、僕はいつだって故郷を感じることができた。だから、怖くても今日まで乗り切れたんだ。

 

 美しく乱れた金髪を、アニは丁寧に手櫛で整えた。そして、まっすぐに目が合う。冷たくも温かくもない、奇妙な色の眼差しだった。

 

「私は嫌いだよ、ベルトルト」

 

アニは無表情でそう言った。

 

 

 

****

 

 

 

 

 なんだか頭が重い。目の奥がずんとして、だるくて仕方なかった。寝不足のせいもあるが、精神的に鬱々としているのも一つの原因だろう。

 

 人が振られる瞬間を初めて見てしまった。しかも相当ヘビーな振られ方だ。

 

 「好きだ」って告って、シンプルに「嫌い」なんて返ってくることあんのかよ?……いや、あるか。つーか実際見ちまったしなあ。

 

 ジャンは溜息を吐く。のろのろと洗面所に向かって顔を洗い、そのまま水でざっと髪を撫で付けた。こうしておくと、勝手に乾いて寝癖が多少マシになる気がする。洗いすぎてクタクタのシャツに腕を通して、一つ一つ数えながらボタンをかけた。時間ギリギリまで粘って、ジャンはようやく食堂へ向かう。

 

 なんで俺が気まずい思いしなきゃいけねーんだよ。結果的に振られてくれて良かっただろ。そうだ。手間が一つ省けたと思えばいい。

 

 自然、足早になる。朝の食堂のざわめきが近づいてくる。

 

 というより、なんかリアルなんだよ。他人事とは思えねえっつーか……。まー、あんだけハッキリ振られてくれれば、次に行きやすいだろ。恋愛の傷は、恋愛でしか癒せねえって言うしな。ここが愛の伝道師――腕の見せ所だ。待ってろよ、ベルトルト。俺がバッチリお前の運命をプロデュースしてやるぜ!

 

 ジャンは意気揚々と食堂の扉を開いた。すると、訓練兵たちの歓声がジャンを出迎えた。度肝を抜かれて辺りを見渡すと、一つのテーブルを囲むように人だかりができている。興奮した様子で、ある訓練兵が大声で言った。

 

「ユミルとベルトルトっていつから付き合いはじめたの⁉︎」

 

 人だかりの隙間から様子が見えた。賛辞と祝辞の声を存分に浴びながら、ユミルとベルトルトが並んで朝食を食べていた。

 

「…………………は?」

 

 

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