ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

16 / 38
十六話

 彼女のブーツが高飛車な音を立てて歩む。歩調に合わせてブロンドが波打ち、前髪の隙間から涼やかな目元が見え隠れした。たむろしていた男たちは自然左右に分かれ、道を開けていく。彼女は凛と背筋を伸ばして通り、その後ろ姿を男たちは熱い視線で見送った。

 

「お待たせ。悪いね。席取ってもらって」

「ああ、問題ねえよ」

「……何? そんなしかめ面されるとさすがに傷付くよ」

「あーわりぃ。まだちょっと慣れてねえだけだ」

 ジャンが気まずそうに目をそらす。アニはこぼれた髪の束を耳にかけ、

「そんなにこの髪型が気に入った? 遠慮しないで、毎日褒めてくれたっていいのに」

 

 アニの流し目が艶っぽくジャンを見つめた。背中に突き刺さる男たちの嫉妬が痛い。

 

 ベルトルト×ユミルカップルが104期を盛り上げたのも束の間、アニのイメチェン騒動が話題をかっさらった。イメチェンというかほとんど別人レベルだ。髪型が変わっただけではない。信じられないことに、アニはよく笑うようになった。話しかけたって三語返ってくれば機嫌が良い方と言われていた、あのアニが!

 

 デレという最強の武器を手に入れた彼女の評判はうなぎ上りで、クーデレ最高だの、叱られたいだの、ブーツに踏まれたいだの――しまいには女王様なんて呼ばれてすっかり注目の的だ。

 

 本当に女王様になるのはクリスタの方なんだけどな。……なんつーか、ややこしい話だ。

 

 教官の解説を、訓練兵たちが必死にノートに書き写していく。座学は決して点数の低い科目ではない。教室の後方に座るジャンは肩肘をつきながら、皆にならって板書をさらさらと書き写した。

 

 右前方に視線をズラせば、ユミルとベルトルトが並んで座っている。先日のユミルの発言は気になるものの、とりあえずは仲良くカップルをやっているらしい。

 

 あいつらはひとまず様子見しとくしかねえな。今の問題はこっちだ。

 

 左に視線をズラす。世界一かわいい幼馴染を隣に置いて、死に急ぎ野郎が座っていた。

 

 ……けっ、またエレンかよ。なんでこいつばっかりモテるんだ! 女ってわっかんねーなあ。

 

 ジャンは憎たらしい背中を睨みつけて、思わず舌打ちをした。ふいにシャツの袖を引っ張られた。ちらと視線を向けると、アニがノートに書いた一文を指差す。

 

『私の好きな人が気に入らない?』

 

 意外と可愛らしい丸文字。本人の性格もこれぐらい丸ければ、苦労はねーのにと思う。彼女は軽いタッチで、書き足した。

 

『エレンのこと』

『あいつのことは元から嫌いだ』

『そう? 嫉妬してるように見えた』

 

 はあ⁉︎ んなわけねーだろ!

 

 小さく息を耐える音が聞こえた。アニが口元に手を当てて笑いを堪えている。ジャンは怒りを込めて、返事を書き殴った。

 

『バカ言ってんなよ。俺は協力するだけで、結局はお前の頑張り次第なんだからな』

『わかってる。アンタが味方なら心強いよ』

 その後も、アニは教官の目を盗んで、

『今日は私から挨拶した』

『そうか』

『ちょっと話せた。午後の対人格闘技、一緒に組みたいってさ』

『よかったな』

『その後、ミカサが誘ってたけど断られてたよ』

『すげえな』

 

 アニはメモでもするように、『エレンが――』または『エレンは――』の書き出しで始まる文をいくつも書いていく。ぶっちゃけ、どうでもいいことばかりだ。報告するまでもないくだらない内容。それだけならまだマシなレベルで、彼女は一通りの報告を終えると、もう何千回も聞いたエレンとの嬉し恥ずかしエピソードをつらつらと並べ始める。正直、どう答えればいいかわからない。苦しまぎれに『そうか』『よかったな』『すげえな』の三語を使い回していたのだが、彼女は気にしていないようだった。たぶん返答にはさほど興味がないんだろう。

 

 恋愛相談にのってほしい。そう言ってきたのはアニの方からなのに。具体的な策を練るでもなく、こうして惚気話になる前のぐずぐずした話を延々と聞かされる日々だ。

 

 あと三ヶ月。こんな調子で交際まで到達できるのだろうか。アニに気付かれないようにジャンは息を吐いた。

 

 しかし、アニが変わったことは確かだ。雰囲気は柔らかくなったし、エレン以外の奴とも楽しそうに話してる。難攻不落に思えた彼女の突然の変化。それは喜ばしいはずなのに、なぜかジャンを落ち着かない気持ちにさせた。一言で言うなら、アニらしくない。

 

 一斉に教材を閉じる音がして、ジャンは我に返った。何事もなかったように、アニはツンとすまして席を離れていく。

 

 ようやく解放されたか。

 

 ジャンがホッと胸を撫で下ろした時、突然肩を掴まれた。驚いて顔を上げる。と、そこにはそばかす面。最近色々とありすぎて、絡むのはずいぶん久しぶりのような気がした。

 

「驚かせんなよ、マルコ。なんだよ急に――」

「おい、バカ。ちょっと来い」

 

 低い声が唸るように言った。返事をする暇もない。ジャンは胸ぐらを掴まれ、無理矢理引っ張られる。引っ張られるというよりほとんど引きずられた。いつも温厚なマルコの暴挙に、訓練兵たちはギョッとして二人を見送った。

 

 教室を出て角を曲がり、人気のない廊下にたどり着く。そして勢いのままマルコは壁に叩きつけるようにジャンを押さえつけた。

 

 骨に衝撃が響く。ジャンは苦痛に顔を歪ませた。

 

「いってーな! 何すんだよそばかす野郎!」

「黙れよ恥知らずめ。お前は何をやってるか、自分でわかってるのか⁉︎」

 

 額には青筋を張り、マルコは物凄い剣幕だ。ジャンは息を呑んだ。

 

 真面目くんと抜き身すぎる性格。衝突することは多かったが、ここまでマルコを怒らせたことはなかった。そして、察する。ジャンはマルコの手首を掴み、押し戻した。

 

「ああ、俺は十分わかってるつもりだ。平和ボケの真面目くんに諭されなくたってな」

「お前――ッ」

 マルコが声を潜める。

「成績を売るなんて、バカなことは今すぐやめるんだ。どういう事情かは知らないが――いいや、どういう事情にしろ、許されないだろ」

 マルコはさらに何か言おうとしたのを飲み込んで、一呼吸置いてから続けた。

「ジャン。お前が何かしようとしてることはわかってる。なぜ僕に相談しない? 何を焦ってる? 僕はお前のふざけたところは気に入らないけど、お前の信念には一目置いてるんだ。お前のやることには、一本筋の通った考えがある。どんな噂があっても――」

「いいから離せよ」

 マルコの言葉を遮り、ジャンはその手を振り払った。

「その噂、言っとくが全部本当だぜ」

 ジャンはマルコを睨みつけた。

「理解はいらねえ。ましてや協力も必要ねえ。お前は自分が憲兵団に入れるかどうかだけ気にしてりゃーいい」

 ジャンはそう言い捨て、背を向けた。

 

 あと三ヶ月で、人類の運命と同期の生死が決まる。アニとライナーを意地でもなんとかしねえと。同期の立体機動のレベルも十分とは言えねえ。まだやることは腐るほどある。

 

 悪いな、マルコ。残念だが、テメェと話し合う時間はねえんだ。加えて、相談したとして解決できる問題とも思えねえ。第一、俺の考えにお前はついて来れねーよ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。