ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」 作:三木えーっと
正直、ライナーとクリスタのことはある意味では諦めていた。当初は万が一付き合うこともあるかもしれない、なんて安易に考えていたが――。今となってはジャンは別の期待を寄せていた。ライナーが片思いを拗らせることを。
ライナー攻略においてそもそも交際は絶対条件ではない。大事なことは、故郷を捨て、任務を放棄するほど大切な人間を壁内に作ってもらうことだ。その点で言えば片思いは強い。圧倒的だ。むしろ両思いよりも相手への執着心を強くさせる。いわば愛の牢獄。盛りのゴリラを入れるにはちょうどいい檻だ。ジャン・キルシュタイン――愛の牢獄に囚われた不憫な男がなせる発想だろう。
クリスタのヒロイン力なら、ライナーを狂わせることすら可能だ。つーか、もうそこに賭けるしかねえ。クリスタを絶対死なせたくねえってところまで、とにかくベタ惚れさせてやればいいんだ!
「……ジャン? どうかしたの?」
天使の顔にぴったりな可愛らしい声。クリスタの呼びかけに、ジャンは「悪い……聞いてなかった」と気まずそうに頬を掻いた。
第一倉庫前、夜の時間。暗がりの石段に、一人分の間隔を開けて二人は座っていた。地面に置かれたランタンが下側からぼうっと照らして、二つの影をチラチラと揺らす。
クリスタとは立体機動の訓練が朝練に変わってからも、度々ここで落ち合っていた。クリスタはある程度の事情を知った上で、もちろん成績を売っていることには眉をひそめたものの、104期の立体機動レベルを上げたいというジャンの思いに協力してくれていた。有難い相棒だ。
ジャンは揺れるランタンの火に見入った。灯火に吸い寄せられて遠くの暗がりから蛾や羽虫がすーっと飛んできては、飛び込んで焼け死んでいく。そのうち微かに聞こえるようになった虫の音も絶えてしまうんじゃないかと思えた。
クリスタは僅かに身動ぎして、遠慮がちに口を開く。
「もしかして何か悩んでる? ……今日の座学のとき、マルコと言い争ってたみたいだけど――」
「関係ねえだろ」
ジャンは冷たく遮った。そしてすぐに後悔する。
ああ……クソ。こんなの完全に八つ当たりだ。
「あーいや、違うんだ。クリスタが悪いんじゃ……すまねえ。ちょっと疲れてて、俺が勝手に……イラついてただけだ」
言葉がつっかえてうまく出てこない。クリスタは静かに微笑んだ。
「謝らないで? 大丈夫だよ。ジャンはすっごく頑張ってるもんね」
「……頑張ってる? 俺が?」
そうは見えねーだろ。
彼女の意外な言葉に、ジャンは目を白黒させた。
自分では人類を救うために頑張ってるつもりだ。精一杯、やってるつもりだ。最善を尽くしているが、それだけじゃ足りねーことも理解してる。アルミンやエルヴィン団長のような突飛なアイデアは、俺には浮かばねえ。その分、足使って身を切って器用貧乏に立ち回ってきた。まあ、それも結果が出なけりゃ何の意味もねえが。
こいつらから見れば、俺の行動は意味不明だろう。成績は下がり、愛の伝道師なんてバカなことを言い出して、人の色恋沙汰に首をツッコミまくる。どう見たってふざけた野郎の間違いだ。
クリスタは少し考えて、考えながらゆっくりと話し出した。
「私には、ジャンが何をしようとしてるかよく分からないんだけどね。でも、ジャンが頑張ってることだけはすっごくわかるんだ。えーっと……わかるって言うのは、ちょっとおこがましいかな……うん、伝わってくる。そんな感じ」
そして、あどけなく笑う。
「私はジャンにたくさん助けてもらってるから。私も、あなたの助けになりたいの」
ストレートな言葉だった。火明かりに照らされて、彼女の頬が染まって見える。実際、染まっているのかもしれないと思った。
「じゃあ、さっきのもう一回言ってくれねえか?」
「え? さっきのって?」
クリスタはきょとんとして聞き返した。そう聞き返されると困る。ジャンは明後日の方を向いて「あ〜だから……頑張ってるってやつ」と小声で呟いた。クリスタは長い睫毛をハタハタさせて、それから急に立ち上がった。
「ジャンは頑張ってるよ! ものすっごく頑張ってる! 毎朝大変なのに一番早く準備しに来たり、一人一人の練習メニュー作ったりとか! あと厳しいこと言う時は、必ず私にフォローしといてくれってお願いするし、でもそういうこと皆には言わないし! 伸び悩んでる子には真剣に話聞いてあげて、ちゃんと具体的な解決方法考えてあげて――そういうところ本当にすごいと思う! 私はとっても尊敬してるよ! このあいだも――」
「わかった! もう十分だ!」
ジャンが大声で遮る。顔が熱くなるのが自分でもわかって、片手で顔を覆って俯いた。
俺はバカか! 甘えてんじゃねえ! 褒めてほしいとかどんだけガキなんだよ!
こんなに一生懸命に正面から褒められると、情けねえわ痛々しいわ――そして自分の単純さが嫌になる。とても顔はあげられそうになかった。
「……元気出た?」
「ああ、おかげさまで……ありがとな」
顔を覗き込もうと近寄ってきた彼女の髪を、ジャンが乱暴にかき混ぜた。クリスタは「わわ!」と叫んで大袈裟に慌てたり、らしくない軽口を叩いたりして、それが結構おもしろくて笑えた。
そういやユミルが言ってたっけ。クリスタは手強いとか、自分から傷付きにいくとか……。今みたいに他人の心配ばかりして、たしかに自己犠牲の強いヤツだとは思うが。ジャンはふと思いついて聞いてみる。
「お前はどうなんだよ」
「え?」
「悩みとかないのか?」
クリスタは少しためらって、
「悩んでるってほどでもないんだけどね。ライナーから二人でご飯行こうって誘われちゃって……ジャンはどう思う?」
「行ってこいよ!」
ジャンは食い気味に答えて、慌てて言い直した。
「とりあえず飯ぐらい行ってやれよ。同期で親睦深めとくのもいいもんだろ」
「うん……そっか! ジャンがそう言うなら、行ってこようかなあ」
クリスタは形の良い唇で微笑んだ。
*****
次の日、ジャンはマルコと目すら合わなかった。また次の日、心配したコニーが話しかけてきたが、それも適当に追い返した。そして数日が経ち、朝の立体機動訓練の時だった。
いつものように訓練兵が整列する。キース教官が立つと、皆は一斉に敬礼をした。教官の大声が響く。
「訓練の前に――ジャン・キルシュタイン!」
「ハッ!」
突然、名前を呼ばれた。反射的に返事をするが、内心焦る。
なんだ、急に――。
「貴様には開拓地に移ってもらう!」
教官は厳しい表情でそう言った。