ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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二十一話

「場所を変えよう」

 

ミカサはそう言って歩き出すと、そのままドアを開けて食堂を出ていった。ジャンはのろのろ立ち上がって、彼女の後を追った。

 

 外気温は低く、湿ったままの髪が夜気に晒されて、急速に冷えていく。それを心地よく感じながら、ジャンは目の前の手すりに背を預けた。

 

 ジャンにとっては思い出深い場所だった。ミカサに一目惚れした直後、失恋を悟った場所だ。エレンに「髪を切れ」なんて簡単に触れられて、迷いもなく頷いたミカサが今にもそこにいるような気がする。初恋だったからか、あの時の絶望をジャンはよく覚えていた。

 

 窓越しに、コニーが暴れるサシャを押さえつける様子が見える。ジャンは目を細めた。これから聞かされるだろう話を思うと、胸のあたりが気持ち悪い。

 

「ジャン」

 

 綺麗な声に呼ばれた。

 

 ミカサの頬はつるんとしてふっくらとして、少女らしい。これからその頬に傷がつくのかと思うと、なんとかして未来変えらんねーかなあとジャンは思う。

 

 ミカサは強いから。傷を気にする素振りなど、仲間たちに一度も見せなかった。けれど、エレンの前でだけは、時折美しい黒髪を引っ張って頬に当てていたのだ。

 

 そういうところを目撃しちまうと、あああああああってなるし、何にも気付かねえエレンをぶん殴りたくなる。

 

 生きているうちに、言ってやりゃーよかった。傷があったって、お前が一番綺麗だって。まあ言ったところで、コイツには伝わらなかったと思うが。

 

 そんなことを思案して、ジャンはぼうっと彼女の端正な顔を眺めていた。と、ミカサの瞳が急速に暗く沈んだ。

 

「まずは、互いの立場をハッキリさせよう」

 

 彼女の両手に、ブレードの幻覚。内地の豚を追い詰めるように、ミカサは重く一歩の距離を詰める。

 

「私が助けなければ、今頃あなたは開拓地にいただろう。作戦の立案者はアルミンだった。けれど、首席の立場である私が協力しなければ、成功はありえなかった。……ちがう?」

 

ジャンは顔を引きつらせ、「だろうな」と頷く。

 

「さらに言えば、私にはリスクがあった。アルミンのことは信用していたけれど、やはり開拓地に送られる可能性もゼロではなかったはず。ので、ジャンは私に感謝すべき」

 ミカサは念を押して、

「もう一度確認しよう。ジャンを助けたのは、私。あなたは私に多大な恩があり、そして受けた恩は返すべきだと、私は思う」

 

 相変わらず、まどろっこしい話し方だ。

 

「待て待て。落ち着けよ。お前には感謝してる。だから、俺ができることなら恩返しだってする。言いたいことがあんならスッと言えよ。お前の残念な言語力に付き合ってたら、いつまで経っても話が進まねーぜ」

 

 少しの沈黙の後、ミカサは呟くように話し出した。

 

「噂に聞いた。その……ジャンは恋の魔術師だと」

「愛の伝道師だ」

 

 反射的に訂正する。

 

「そう……愛の伝道師。たしか男女の仲を繋ぐとか」

 

 やっとそこまで言って、ミカサはそわそわと、マフラーで口元を隠した。赤いマフラーから、少し覗いた頬がほんのり色付いている。

 

 うっわマジでかわいい――じゃねーよ!

 

「つまり、エレンと恋仲になりたいってことか」

 

 つっけんどんに、ジャンは言った。

 

 マジでふざけんなよ。何で聞きたくもねえこと、催促しなきゃなんねーんだ。

 

「恋仲⁉︎ そ、それは違う! 私とエレンは家族!」

「へえー、家族愛ね」

「そう」

「お前、エレンにウザがられてるもんなあー」

「そんなことはない! エレンは素直になれないだけ」

 

 その絶対的な自信はどっから来るんだよ。

 

「じゃあ、お前以外のやつに、エレンは冷たいのか? 俺から見れば、どっちかっつーと素直な方だと思うけどな。少なくとも、アルミンに対しては普通に仲良くしてんだろ」

「それは……少し……私も思い当たる節がある」

 

 ミカサは目を伏せた。天井から下がるランタンの灯に照らされて、彼女の長い睫毛が影になる。

 

「ご要望通り、率直にアドバイスさせてもらうが。まず、お前は人の話を聞かねえのが欠点だ。エレンが絡むと、冷静な判断ができなくなる。だから、嫌がられていることにも気付かず、過剰に世話を焼くんだろ。その裏で、アルミンがどんだけ気遣ってるかわかってんのかよ? それだけじゃねえ。エレンと話すと睨まれるって、同期の女子はみんな怯えてるぜ。周りの迷惑も少しは考えろ」

「そんな……エレンは、私のことが嫌いなんだろうか」

「本当そういうところだぞ」

 

 ミカサが涙ぐむ。

 

「みんな恋人ができて、とても楽しそう。私たちは家族。誰よりも絆は強い。なのに、最近は……」

 

 ミカサの声が、尻すぼみになって消えた。

 

 まさか104期の恋愛ムードが、ミカサにまで影響するとはな。

 

 たしかに最近のミカサは変だった。エレンに対する過保護がエスカレートしていくのが傍目にもわかったし、それに比例して、当然エレンの拒絶も激しくなった。

 

 ミカサは無表情に見えるが、無感情じゃない。付き合いが長くなると、だいたいのことは察せられるようになった。ミカサが日に日に落ち込んでいくのも気付いていたが、その原因がエレンだと思うと、フォローする気にもならない。だが、こうして潤んだ瞳で頼られると――。ジャンは乱暴に頭をかいて、

 

「ああー……わかった! 恩は返す。協力してやる。だが、一つだけ条件がある」

「条件?」

「俺のやり方に従ってもらうぜ。こっちだって暇じゃねえんだ。いちいちお前の反論聞いてらんねえよ」

 ミカサは少し考えると、

「……わかった。愛の伝道師の力を信じよう」

 

 こくりと頷いた彼女に、不覚にもキュンときた。

 

 他の男との恋愛相談されてるっつーのに、アホすぎる。

 

 ジャンは手すりに背中をグッと預けて、夜空を仰ぐつもりでのけぞった。でも、頭上に広がるのは薄汚れた天井で、夜空なんか視界の上の方にチラッとしか見えない。それすらも、ランタンに群がる羽虫が飛び回るせいで、ろくに拝めやしなかった。

 

 つってもなあ、俺って本当バカだな。安請け合いしちまってどうすんだよ。エレンはアニとくっつける予定だろーが。

長期的に見りゃ、エレンを孤独にさせないってのも悪くない案だ。地ならしの選択をする前に、止められるかもしれねえ。けどなぁ、その場合を考慮したって、エレンとアニのカップリングの方が手っ取り早いというか、一石二鳥というか。つーか、正直に言うと、エレンとミカサが、今から恋人ってのが想像つかねえ。あんだけ好意ダダ漏れのミカサが隣にいたのに、本来、ここから4年間進展のない二人だぞ。

 

「単純にいくなら――押してダメなら、引いてみるか」

「というと?」

 

 何となしにこぼした声に、ミカサが反応した。

 

「エレンが恋愛に興味ないっつーのもあるが、そもそもお前が鬱陶しい母親ポジションなんだよ」

「う、鬱陶しい母親……」

「もしくは小姑?」

「こ、こじゅーと……」

 震えた声が復唱する。

「要するに、距離が近すぎんだよ。まずはエレンから離れることだな」

「それは無理。エレンには、私がいないとダメ」

「なら、一生今のままだな」

 

 予想できた答えに、ジャンは素直な感想を述べた。よほど衝撃だったんだろう。ミカサは虚ろな表情で、「一生」という単語を口の中で繰り返す。まるで呪いの呪文みたいに何度も何度も唱えてから、やっと彼女は承諾した。

 

「わかった。ジャンが言うなら、そうしよう」

 

 目が死んでいる。殺人鬼の眼力だ。背筋が寒くなり、ジャンは誤魔化そうと慌てて付け足した。

 

「あとは嫉妬を煽ったりとかな! 自分だけに優しかった女子が、他の男に取られるって思うと案外焦ったりするんだよ」

「そう。それなら、私はジャンに尽くそう」

「は?」

 

 唐突な宣言だった。意味がわからない。彼女の瞳は死んだまま、じっとこちらを見つめていた。

 

 




進撃の巨人ベストエピソード総選挙やってるみたいですよ!
初期の話が人気かと思えば、132話が今のところ一位みたいです。
めちゃくちゃわかる……
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