ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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二十三話

 

巨人と遭遇した時、どうすれば生き残れるか?

 

調査兵団に入ってから、考えない日はなかった。

壁外調査の度に喰われていく大勢の兵士。

仲間の死に慣れる反面、諦められるほど図太くはなれなかった。

誰の選択を信じても、死ぬ時は死ぬ。

無慈悲に、無意味に。

ドラマチックな死は、その他大勢の兵士には用意されていない。

 

しかし、「生き残る」という一点を重視するなら、答えは簡単だ。

逃げればいい。

戦わずに、尻尾を巻いてさっさと逃げ出すこと。

言葉にするのは簡単だ。

が、初めて巨人と対峙した時、新兵は「逃げる」という難しさを実感するだろう。

粘りつくような恐怖。

頭の中から指先に至るまで、一瞬でそいつに支配される。

まずいと思った時には、巨大な手に掴まれて終わりだ。

 

104期のほとんどが初陣で死んだのも、恐怖心のせいだとジャンは考えていた。

壁が破壊され、考える間もなく戦地に立たされた。

その動揺と恐怖の中、巨人の手を掻い潜って立体機動装置を操れる新兵はそういない。

 

ビビっちまうのは、しょうがねえ。

問題は恐怖心をどう飼い慣らすかだ。

 

結論を述べるなら、慣れるしかない。

恐怖の場数を踏むこと。

だが、どうやったって訓練兵が経験を積むのには限界がある。

目の前に巨人を連れてくるわけにもいかないだろう。

 

そしてもう一つ。

104期には「回避力」が圧倒的に足りないと、ジャンは感じていた。

訓練兵は、最初から憲兵団や駐屯兵団を目指し、成績のポイント稼ぎに必死になっている。

動かない巨人型模型を探し、その頸のスポンジを削ぐことが目的だ。

巨人を狩るハンター目線。

その訓練には、自分が襲われるという想定が存在しない。

 

恐怖心の克服と回避技術の向上――それらをどうやって訓練に落とし込むか。

立体機動教官補佐として、ジャンが一番に考えたことはそれだった。

 

「そこで、今日の訓練は鬼ごっこをしてもらう」

104期の面々を見回して、ジャンは言った。

「制限時間は、1時間でいいか。とにかく全員、立体機動装置を使って逃げてもらう。鬼にタッチされた奴はアウト。罰ゲームだ」

「鬼ごっこ……なるほどな。お前の言う回避行動の訓練にはなると思う。が、恐怖の克服はどうなる? 罰ゲームって、子供の遊びじゃねえんだぞ」

眉間に皺を寄せて、ライナーが真面目ぶって尋ねた。

ジャンはニヤリと笑って、

「罰ゲームが怖けりゃいいんだろ? そこで、用意したのがこいつだ」

「……なんで私?」

 

ジャンが親指でグッと示すと、アニは低い声で言った。

最近柔らかくなったと評判だったのに、以前の彼女に戻ったような剣幕だ。

 

「そう怒るなよ。捕まった間抜け共は、アニと対人格闘をしてもらう。お前に制限はねえから、遠慮せずに思いっきり蹴りまくってくれ」

 

空中戦の鬼ごっこには、参加しなくていい。

暗に示して言うと、アニは満更でもない様子で納得してくれた。

対照的に、他の訓練兵たちがみるみる青ざめていく。

 

「どちらかが地面に背をつけるまでやってもらうからな。お前らも遠慮するなよ。別にアニを倒したっていいんだから。――ただし、相手が巨人だと思って取り組め。知性がないとはいえ、巨人の体は人間とほぼ同じ構造だ。どういうモーションから、どんな攻撃が予測できるのか、よく観察しろ」

 

後ろの方で気怠げに立っていたユミルに、ジャンは声をかける。

 

「俺とアニとミカサを抜かした成績上位者10名が鬼だが――ユミル、お前は鬼で入れ」

眉をピクリと動かし、ユミルは舌打ちで返事をした。

 

「8名が鬼だから……そうだな。一人頭、最低25名は捕まえろ。ノルマ不達成なら、アニの刑だ」

「そんなあ! 25人なんて絶対無理ですよ! 奪い合いみたいになるじゃないですか!」

真っ先にサシャが不満を言う。

「文句言ってんじゃねーよ。俺は立体機動教官補佐だぜ? つまり、俺の指示は教官様の指示だ。それでも逆らう奴はいるか?」

 

誰も答える者はいない。

静まり返った面々を眺め、ジャンは意気揚々と命令した。

 

「それでは……始め! 鬼は100数えてから行けよー」

 

成績上位者とユミルを残し、訓練兵たちが一斉に飛び出していく。

その顔色は一様に悪く、中には青い唇を震わせている者までいた。

アニを使った罰ゲームは、恐怖心を掻き立てるのにかなり役立っているらしい。

 

結果を見てから、明日以降の訓練は組み直しか。

とにかく逃げるための立体機動の扱いを覚えてもらわねえと、話にならねえ。

朝練参加してた奴らには、善戦を期待したいところだな。

 

一区切りついて、ジャンは息を吐く。

と、ふいに視線を感じた。

――ベルトルトだ。

デカい図体のわりに、薄い存在感。

大人しい大型犬のような男が、じっとこちらを見ていた。

声をかけようとする絶妙のタイミングで、ふっと視線を外される。

 

……何だ?

 

「ジャン。どうして私は外されたの?」

ミカサが不思議そうに聞いたので、ジャンは慌てて振り返る。

無表情に、首を傾げる仕草が可愛らしい。

 

「お前が鬼役に入ったら、訓練にならないだろーが」

「私だって、手加減ぐらいできる」

ミカサは微かにむすっとして、声色を変えた。

「この訓練は、手加減したら意味ねえんだよ。互いに必死になる、緊張感が必要なんだ」

ジャンの説明にも、いまいちピンとこないのだろう。

ミカサは少し間を空けて、「私はどうすればいい?」と重ねて質問した。

 

「お前には聞きたいことがある。あー……、俺と……二人きりでっつーか。いや、別に変な意味じゃなくてだな。あくまで訓練のために、二人で立体機動をやる必要があってな」

「そう。なら、行こう」

話の落とし所がわからず、ごにょごにょ言い淀むジャンに、ミカサは短く答えた。

 

クソ……ミカサの前だと、なんで情けねえ感じになるんだよ。

 

微かに耳が熱い。

照れ臭さを隠し、ミカサを連れてその場を離れようとしたところで、ジャンは大事なことを思い出した。

クリスタに駆け寄って、声をかける。

 

「訓練の結果と、みんなの様子をよく観察しといてくれ。今晩、いつもの場所で報告を頼む」

 

早口にそう言って、彼女の返事も聞かずに背を向けた。

 

ミカサが待っているのは、エレンじゃない。

俺なんだ。

そう思うと駆け寄りたくて仕方なくて、自然と頬が緩むのをジャンは懸命に耐えていた。

 




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ここまで読んでくれるあなたのおかげ!
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