ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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二十四話

 

ミカサの凄さは、無駄な動きがないところだ。

迷いがない。

乱れがない。

まるで彼女のために敷かれたレールを滑るように、優美な曲線を描きながら飛んでいく。

美しいのに、力強く。

烈しいのに、静かで。

強者たる圧倒的な存在感と、一瞬で視界から消えるスピード。

それは、ジャンが頭に描く理想的な立体機動だ。

 

いつだって追いつけなかった。

自分には到底届かない領域。

彼女の飛ぶ背中を見ていると、たまにどうしようもなく胸が熱くなった。

強烈な渇きを感じた。

恋慕ではない。

これは、兵士としての憧憬と見苦しい嫉妬だ。

 

ギュルルルルルルルルッとワイヤーを巻き取る音が風を切り裂く。

トップスピードにブレーキをかけて、ミカサは枝の上にふわりと着地した。

重力を思い出した黒髪が、彼女の肩に降りる。

 

「どう? 何か参考になった?」

 

ミカサが振り返る。

その頬に傷はなくて、一瞬驚いた自分にジャンは苦笑した。

「本当変わんねーな」とため息まじりにこぼす。

 

こいつは完璧だ――今も未来も。

 

「立体機動で飛んでる時、何を考えてる?」

さりげなさを装って、ジャンは尋ねた。

ミカサは不思議そうに「何を……」と呟く。

「気をつけてることでもいい。そうだな……例えばガスを吹かすタイミング、重心の移動、どこにアンカーを刺すか」

ジャンの言葉に、彼女は少し考えてから口を開く。

「考えはしない。強いて言うなら、イメージすることだろうか」

「イメージ?」

「こんな風に動きたいとイメージすれば、自然と体が動く」

 

彼女は大真面目に、無表情で言った。

おおよそ予想できた答えに、それでもガクリときて、ジャンは脱力する。

 

俺がバカだった。

恥を忍んで聞いてるっつーのに、ぜんぜん参考にならねえじゃねーか。

 

立体機動が得意といっても、ジャンはミカサに張り合ったことはなかった。

どうせ勝てないから。

挑むのも馬鹿らしい。

実力差を見せつけられ、惨めな思いをするだけだ。

もちろん自分には指揮官という役割があり、前に出過ぎるわけにはいかない。

特攻隊長のミカサを上手く操縦して、戦況を読む立場にある。

そんなことは分かった上で、だ。

理屈は置いといて、好きな女より弱いなんて情けないに決まっている。

 

今の俺なら、こいつに追いつけるかと思ったんだがな。

天才と秀才の差はでっけーなぁと、心の中でぼやいた。

 

ジャンは頭の回転は悪くない。

視野も広く、判断力には自信があった。

周囲を確認、情報を整理、取捨選択して、最善の判断をくだす。

そういうプロセスを通って、ジャンは動いている。

 

しかし、ミカサは違う。

ごちゃごちゃ考える必要はなく、彼女は直感でどうすべきかがわかってしまう。

最善のゴールへ一直線に向かえるのがミカサなら、地図を見ながらたどり着くのがジャンだ。

ジャンが必要とするのは、最善を見極めるための一瞬の間。

だが、その一瞬の差が致命的にデカい。

 

どうやったって普通の人間には無理だろ。

そういや、同じアッカーマン姓のリヴァイ兵長も厨二病発言してたしな。

なんだったか。

「ある日突然、力に目覚めた」とか「自分の体を完璧に制御できるようになる」とか。

何なんだよアッカーマン。

俺みたいな野良犬には、血統書なんてわかんねーっつの。

 

訓練で悩んだことなどない天才は、森の奥の方を眺めて立ち尽くしていた。

そっちの方からは時折絶望に満ちた叫び声が聞こえてくる。

鬼ごっこは順調に進んでいるらしい。

顔を見なくても、何を考えてるかなんて容易に想像がついた。

 

「髪、だいぶ伸びたな」

 

口をついて出た脈絡のない話題に、ジャンは焦る。

もう少し気の利いたことを言えればと、すぐに後悔した。

 

魂が戻ってきたばかりのように、彼女はぎこちなく振り返った。

伸びきって目に入りそうな前髪が揺れ、鬱陶しそうに目を細める。

 

「切った方がいいだろうか」

「なんで俺に聞くんだよ」

「ジャンが言った。エレンだと思って接してみろと」

 

……この鈍感女ァァアアア!

ああ言ったぜ、たしかに言った!

お前があんまりにもウジウジしてうざかったからな!

だからって俺と二人の時に言わなくてもいいだろ!

 

「長い方がいいんじゃねーの? 切ったらもったいねーよ」

綺麗な髪だから、って言うのはムカつくから省いた。

「前髪だけ切ればいいだろ。次の休みとかどうだ」

「わかった。空けておこう」

 

前髪を一房摘んで、ミカサはこくりと頷く。

 

……あれ、え? は?

何、俺も一緒に行く感じ?

 

 

 

****

 

 

 

とうとう俺にもツキが回ってきた。

今までの苦労を丸ごと消しちまえるぐらいの幸運が、俺を待っている!

 

「ぐふ……ククッ」

「ど、どうかしたの?」

 

奇妙な笑い声を吹き出したジャンに、クリスタは身を引いて驚く。

 

「ああ、気にすんな。悪りぃな」

「そんなに嬉しいことがあったの? 顔、ずっとニヤけてるよ?」

クリスタは小さく笑って言う。

 

立体機動教官補佐として、無事に初日を終えた。

夕飯の後に、恒例の反省会。

肌寒くなってきた夜の中、ぽわんと明るいランタンの前に、クリスタがちょこんと膝を抱えて座っている。

寒さに身を縮めているせいか、彼女はいつもより小さく見えた。

緩みまくった顔を見られたくなくて、ジャンはしかめ面に、腕を組んで突っ立っている。

ごほんと、咳払いをして取り繕う。

 

「とにかく初日の訓練は上々ってことだな。しばらくは同じ訓練を続けるってことで」

「あはは……みんなが聞いたら落ち込んじゃいそうだね」

「まだ言うんじゃねーぞ? 毎回希望持たせて、直前に地獄に落とすっつーのがメンタル訓練にもなるからな」

「そっか。ちょっと可哀想だけど、みんなのためだもんね」

クリスタが苦笑いで言った。

「そうだな。最低でも、次の休みまでは様子みるか」

「一週間とちょっとぐらいだね」

「そうだな。一週間とちょっと……」

 

また緩んでくる口元を、ジャンは手で押さえる。

 

一週間とちょっとで、初デート。

俺と、ミカサが!

 

脳内は花畑だ。

本来の目的を忘れるんじゃねえぞ!と自分を戒めても、油断すると笑いが込み上げてきて困る。

二人で出掛けることが、こんなに楽しみになるとは知らなかった。

 

挙動不審なジャンを、クリスタは不思議そうに見上げてから、視線を落とす。

 

「ごめんね」

唐突に、彼女は言った。

ジャンは面食らって、「ごめんって何が?」と聞き返す。

 

「本当はずっと謝りたかったの。ジャンが開拓地送りになりそうだったのに、私は何もできなかったから」

「何言ってんだよ。嘆願書作ってくれただろ?」

「あんなの意味ないよ。結局、署名は集められなくて、提出すらできなかったもの」

「あー、そりゃお前のせいじゃねーよ。俺の人望がないからだ。気にすんな」

 

しょんぼりと沈むクリスタに、ジャンは言った。

別にフォローしてるわけでもない。

客観的な事実を伝えたまでだ。

 

それでも、彼女は力なく首を振る。

ジャケットの袖口から少しだけ覗かせた指先を、温めるように擦り合わせた。

 

「ミカサはすごいなぁ。あんなに簡単に、カッコよく助けちゃうんだもん」

「まあな。ミカサは別格だろ。……それも、気にすることじゃねーよ」

 

ジャンは独り言のように呟いた。

 

クリスタも同じかもしれないなと、ふと思う。

自己評価の低い彼女のことだ。

みんなに好かれたくて自分を偽るくらいには、劣等感を抱えている。

彼女の愛されたい症候群は理解できなくても、その類の劣等感なら、ジャンは痛いほどよくわかった。

 

視線を下に向けると、彼女のつむじ。

丁度いい位置にあったそれに、なんとなく手を伸ばす。

指先が、金色の髪に触れた。

そのまま掌を乗せてみる。

いつのまに手先が冷えていたのか。

掌がじんわりと温かくなって、気持ちよかった。

 

クリスタって体温たけーな。

子供体温ってやつか?

 

微妙な感想を持ちながら、ぐりぐりと撫でる。

撫でる。

撫でる。

 

――ッいや、なんか言ってくれよ!

 

最初は、落ち込んだ小さな子供か小動物を落ち着かせるような感覚だった。

なのに、沈黙が続くと、急に恥ずかしくなってくる。

反応してくれたら笑って終わらせることもできるのに、クリスタは黙ったままだ。

 

何だよ、この微妙な間は⁉︎

怒ってんのか? 実はブチギレてんのか?

頼むからなんか言ってくれ!と、天に祈る。

 

祈りが届いたのか。

クリスタが身動ぎした。

その拍子に真っ赤になったうなじが見えて、ジャンは居た堪れず、彼女の頭を軽く小突く。

 

「あと、謝るなっつったろ」

「あ、あはは……そうだよね、ごめんね」

 

変な調子に明るくなった声に、クリスタも上擦った声で返した。

 

どちらからともなく、そろそろ解散するかという流れになる。

ばつが悪く、ジャンが立ち去ろうとしたところで、「あのね」と呼び止められた。

 

クリスタは、ランタンを手に下げていた。

その明かりは足元ばかり照らして、彼女の表情はよくわからない。

 

「私とライナーが付き合うことになったら、どう思う?」

 

ジャンは目を見開く。

そして、少し沈黙してから答えた。

 

「すげーお似合いだと思うぜ」




ランキング確変まだ続いてるみたいなので、遅筆のわりに頑張りました!読んでくれてるあなたのおかげ!ありがとうございます。
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