ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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二十五話

 

四季の中で、秋が一番好きだなとジャンは思う。

暑過ぎず、寒過ぎないところが好きだ。

ジャケットやカーディガンをさらりと羽織って快適に過ごせる気温。

訓練するにも、散歩するにも、今日以上にナイスな天候はない。

腹の底から活力みたいなものが湧いてくる気がする。

こんな日は、何て表現すればいいんだったか。

ああ、そうか――これがデート日和ってやつか。

 

からりとした秋晴れだった。

日差しは暖かいのに、ひんやりとした秋風が刈り上げた襟足をくすぐっていく。

ミカサの行きつけだという美容院は、綺麗好きの婆さんが住んでいそうな小さな家で、「ベルナール」と書かれた表札の下に看板がかかっていた。

表札よりも小さな看板は、普通なら見落としてしまうはずだ。

なのに、ミカサの後にも数人の女性が入っていったところを見ると、隠れ家的な美容院なのかもしれない。

 

小さな看板の隣に並んで、ジャンは突っ立っていた。

両手はポケットに出たり入ったりして、両足も立ち位置を何度も確かめている。

 

周りからはどう見えてるんだろーな。

もっと待ってる感を出したほうが、それっぽいか?

 

美容院の出窓に映る自分をチェックしたり、ジャケットを整えたりしていると、カランコロンと鈴の音が鳴った。

 

音の方に顔を向ける。

扉が開いて、赤いマフラーがまず目に入った。

白シャツにネイビーのカーディガンなんて地味な服装も、中身が一級品だとかえって邪魔しなくていい。

グレージュのロングスカートは柔らかそうにふわりと揺れて女子っぽい。

で、足元が黒のショートブーツ。

最後にキリッと締めた印象になるのが、彼女らしかった。

 

髪は……切ったのか?

 

もちろん美容院に行ったんだから切ったはずだが、正直どこを切ったのかよくわからない。

ジャンは目を細めて、彼女の髪型をじっくり観察した。

 

いつも通り綺麗な髪だが、艶が増してるような……。

前髪は、少し短くなった気がする。

1センチ、いや2センチか?

あとなんかすげえいい匂いする。

 

ジャンの視線に気付いて、ミカサは前髪を軽く手で押さえると「思ったより短くなった」と言い訳じみて言った。

 

「俺はいいと思うぜ」

 

ニヤつかないように注意して、ジャンは言う。

恥じらう姿が新鮮で、これがデートの醍醐味ってやつかとちょっと感動した。

「エレンに変に思われないだろうか」と彼女が不安そうに言ったのを、聞こえないフリをしてジャンは歩き出す。

その後ろを、ミカサがついて歩いた。

 

「どっか行きたいところあるか?」

「行きたいところ……」とおうむ返しに言って、ミカサは口を閉じる。

 

今日の市場も盛況で、旬の味覚を売り出す声が盛んに飛び交っていた。

人通りはそれほど多くはないが、道の半分を境にして、蟻の行列みたいに人の流れができている。

ジャン達が歩いていくのと反対方面へ流れる左側の行列は、やけにカップルが目についた。

どいつもこいつも、縫いつけられたぬいぐるみみたいにピッタリくっついてるから、それで目立つんだろう。

 

俺らも本当に付き合ってたら、手ぐらい繋いだかもな。

 

行き場のない左手をポケットに突っ込んで、ジャンは肩越しに振り返った。

 

「町なんてめったに来ないだろ。買いたいもんとかねーのかよ」

黙ったままのミカサに、もう一度尋ねた。

彼女はようやく口を開いて、

「本屋に寄ってもいいだろうか。あと雑貨屋さんにも、少し」

「了解」

ジャンは短く答えた。

 

数軒ある本屋のうち、ミカサは迷うことなく、一番小さな本屋に入った。

入った途端、古い紙の臭いがツンと鼻をつく。

古書がほとんどを占めるようで、立派な装飾の背表紙が本棚にずらりと並んでいた。

棚に入りきらない古書は無造作に床に積まれて、いくつかの塔になっている。

そのせいで、ただでさえ狭い通路を体を横にして入らなければならなかった。

 

古書の一つ一つを、彼女は真剣な眼差しで眺める。

ずいぶん長い間悩んでから、ようやく一冊の本を手に取って、パラパラめくった。

美少女と古書のベストマッチ。

このまま絵画になりそうだ。

これだけで今日来た価値はあるなと、ジャンは大真面目に思う。

 

結局、ミカサは一冊だけ購入した。

深緑の表紙に金色の装飾。

知的な印象の美しい本だった。

内容を聞けば、ファンタジー世界を少年少女が冒険する話らしいと、ミカサは自信なさげに話した。

 

その足で、雑貨屋に向かった。

商品はすっかり冬支度に変わっていて、マフラーなどのニット製品や膝掛け、湯たんぽといった防寒アイテムが出揃っていた。

ミカサはそこでも散々迷った挙句、紅蓮色の毛糸玉を買った。

 

そろそろ昼か。

予約していたカフェに、どうやって誘導しようか。

 

雑貨屋から出て、自然と二人は立ち止まる。

ジャンが頭をフル回転させている時、ずっと黙っていたミカサが唐突に言った。

 

「不思議だ」

「ん? 何がだよ」

「私は、人を不快にさせることが多いらしい」

 

何が不思議なのかも解決しないうちに、急に話が飛んだ。

別にめずらしいことでもない。

ミカサといると、度々こういうことが起こる。

本人の頭の中では繋がっているんだろうが、聞いてる側からすれば意味不明だ。

 

ミカサは抑揚のない声で続ける。

 

「私にはエレンとアルミンがいる。ので、特に気にしたことはない。けれど、大抵の人は私といると困るみたい」

「ああ。お前は無口っつーか、話すの苦手だもんな」

ジャンは正直に肯定した。

「苦手ではない。必要な時に話しているだけ」

「バーカ。くだらねえこと言い合うのがコミュニケーションってやつだ」

ミカサはぐぬぬと唇を噛んで、

「今日は、あまりうまく話せなかったと思う。エレンやアルミンと出かける時は、もっと話せる」

ジャンの目をしっかりと見据えて言った。

 

……それはアレか?

俺と話す必要を感じない、と。

遠回しに言ってんのか?

 

「私がうまく話せない時、相手は居心地悪そうにする。でも、今日は違った。私が黙っていても、ジャンは嫌そうには見えなかった。それが不思議」

 

なるほど。

やっと何が言いたいかわかったぜ。

が、絶妙に答えにくい質問だ。

 

普通は、沈黙が続くと気まずいだろう。

男女で二人っきり――それがデートならなおさらだ。

しかし、ジャンはとっくに普通でない関係をミカサと築いてきた。

ミカサだけじゃない。

エレン、アルミン、コニー、サシャ、ヒストリア――。

何年も、何度も、互いに命を預けあってきた仲間だ。

沈黙が気まずいなんて感覚、とっくになくなっている。

 

特にミカサの場合、沈黙には意味がない。

彼女は言葉は少ないが、寡黙なわけじゃない。

言いたいことがあれば言うし、なければ黙っている。

黙っている間は、何かしら考えているか、何も考えてないかのどちらかだ。

 

ジャンは頬をかいて、

「あー、それはだな。……お前がベラベラ喋る気分じゃねえと思ったからだ」

そう言って、彼女が手に下げる袋を指さした。

「古書はアルミンで、毛糸の方はエレンだろ」

ミカサは何も言わなかったが、微かに驚いたのが雰囲気でわかった。

 

やっぱりか。

ま、それしかねーよな。

 

予想が当たっても、ちっとも嬉しくない。

ミカサは幼馴染二人を特別に思っている。

ジャンがどんなに努力したって入れない絆だ。

羨ましいし、妬ましい。

俺も幼馴染に生まれたかったとか、無意味な願望だ。

 

クソ。何だよ。マフラーでも編んでやんのか?

死に急ぎ野郎には必要ねーだろ。

 

「心配しなくても、大丈夫だろ。アルミンは、お前のことチラチラ見てるし。エレンは……まぁ、アレで気にしてるんじゃねえの?」

 

ジャンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

すると、ミカサはずいっと顔を寄せて、ジャンの顔を覗き込む。

 

「ジャンは、私のことをよく理解している。なぜ?」

 

大きな黒い瞳。

目を合わせる度に、ミカサだと思わせてくれる黒色。

そこには、自分だけが映っていた。

 

「な、なぜって……それは――」

 

()うのか⁉︎

今が勝負なのか⁉︎

 

喉が詰まる。

急展開に思考がついていかない。

 

ジャンは吸い込まれそうな瞳からやっとの思いで目を逸らして、

「そんなの自分で考えろよ」

「……そう」

ミカサは一言だけ静かに言った。

 

あっぶねえええええええええ!

そうだよ今じゃねーんだよ!

あっぶねーなおい!

告るんなら、かっこよくバシッと言わねえと。

もちろん、オッケーもらえることが前提でだ!

 

ここまで引っ張ってきた片思いだ。

ダサい告白なんて、絶対にしたくない。

 

カフェに向かう途中で、見覚えのある店構えを見つけた。

我ながらナイスアイディアが降ってきて、ミカサに断りを入れてから、目当てのものを購入する。

 

目指すは、完全試合。

 

人類を救い、ヒロインと結ばれることが、ヒーローたる使命だ。

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