ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」 作:三木えーっと
四季の中で、秋が一番好きだなとジャンは思う。
暑過ぎず、寒過ぎないところが好きだ。
ジャケットやカーディガンをさらりと羽織って快適に過ごせる気温。
訓練するにも、散歩するにも、今日以上にナイスな天候はない。
腹の底から活力みたいなものが湧いてくる気がする。
こんな日は、何て表現すればいいんだったか。
ああ、そうか――これがデート日和ってやつか。
からりとした秋晴れだった。
日差しは暖かいのに、ひんやりとした秋風が刈り上げた襟足をくすぐっていく。
ミカサの行きつけだという美容院は、綺麗好きの婆さんが住んでいそうな小さな家で、「ベルナール」と書かれた表札の下に看板がかかっていた。
表札よりも小さな看板は、普通なら見落としてしまうはずだ。
なのに、ミカサの後にも数人の女性が入っていったところを見ると、隠れ家的な美容院なのかもしれない。
小さな看板の隣に並んで、ジャンは突っ立っていた。
両手はポケットに出たり入ったりして、両足も立ち位置を何度も確かめている。
周りからはどう見えてるんだろーな。
もっと待ってる感を出したほうが、それっぽいか?
美容院の出窓に映る自分をチェックしたり、ジャケットを整えたりしていると、カランコロンと鈴の音が鳴った。
音の方に顔を向ける。
扉が開いて、赤いマフラーがまず目に入った。
白シャツにネイビーのカーディガンなんて地味な服装も、中身が一級品だとかえって邪魔しなくていい。
グレージュのロングスカートは柔らかそうにふわりと揺れて女子っぽい。
で、足元が黒のショートブーツ。
最後にキリッと締めた印象になるのが、彼女らしかった。
髪は……切ったのか?
もちろん美容院に行ったんだから切ったはずだが、正直どこを切ったのかよくわからない。
ジャンは目を細めて、彼女の髪型をじっくり観察した。
いつも通り綺麗な髪だが、艶が増してるような……。
前髪は、少し短くなった気がする。
1センチ、いや2センチか?
あとなんかすげえいい匂いする。
ジャンの視線に気付いて、ミカサは前髪を軽く手で押さえると「思ったより短くなった」と言い訳じみて言った。
「俺はいいと思うぜ」
ニヤつかないように注意して、ジャンは言う。
恥じらう姿が新鮮で、これがデートの醍醐味ってやつかとちょっと感動した。
「エレンに変に思われないだろうか」と彼女が不安そうに言ったのを、聞こえないフリをしてジャンは歩き出す。
その後ろを、ミカサがついて歩いた。
「どっか行きたいところあるか?」
「行きたいところ……」とおうむ返しに言って、ミカサは口を閉じる。
今日の市場も盛況で、旬の味覚を売り出す声が盛んに飛び交っていた。
人通りはそれほど多くはないが、道の半分を境にして、蟻の行列みたいに人の流れができている。
ジャン達が歩いていくのと反対方面へ流れる左側の行列は、やけにカップルが目についた。
どいつもこいつも、縫いつけられたぬいぐるみみたいにピッタリくっついてるから、それで目立つんだろう。
俺らも本当に付き合ってたら、手ぐらい繋いだかもな。
行き場のない左手をポケットに突っ込んで、ジャンは肩越しに振り返った。
「町なんてめったに来ないだろ。買いたいもんとかねーのかよ」
黙ったままのミカサに、もう一度尋ねた。
彼女はようやく口を開いて、
「本屋に寄ってもいいだろうか。あと雑貨屋さんにも、少し」
「了解」
ジャンは短く答えた。
数軒ある本屋のうち、ミカサは迷うことなく、一番小さな本屋に入った。
入った途端、古い紙の臭いがツンと鼻をつく。
古書がほとんどを占めるようで、立派な装飾の背表紙が本棚にずらりと並んでいた。
棚に入りきらない古書は無造作に床に積まれて、いくつかの塔になっている。
そのせいで、ただでさえ狭い通路を体を横にして入らなければならなかった。
古書の一つ一つを、彼女は真剣な眼差しで眺める。
ずいぶん長い間悩んでから、ようやく一冊の本を手に取って、パラパラめくった。
美少女と古書のベストマッチ。
このまま絵画になりそうだ。
これだけで今日来た価値はあるなと、ジャンは大真面目に思う。
結局、ミカサは一冊だけ購入した。
深緑の表紙に金色の装飾。
知的な印象の美しい本だった。
内容を聞けば、ファンタジー世界を少年少女が冒険する話らしいと、ミカサは自信なさげに話した。
その足で、雑貨屋に向かった。
商品はすっかり冬支度に変わっていて、マフラーなどのニット製品や膝掛け、湯たんぽといった防寒アイテムが出揃っていた。
ミカサはそこでも散々迷った挙句、紅蓮色の毛糸玉を買った。
そろそろ昼か。
予約していたカフェに、どうやって誘導しようか。
雑貨屋から出て、自然と二人は立ち止まる。
ジャンが頭をフル回転させている時、ずっと黙っていたミカサが唐突に言った。
「不思議だ」
「ん? 何がだよ」
「私は、人を不快にさせることが多いらしい」
何が不思議なのかも解決しないうちに、急に話が飛んだ。
別にめずらしいことでもない。
ミカサといると、度々こういうことが起こる。
本人の頭の中では繋がっているんだろうが、聞いてる側からすれば意味不明だ。
ミカサは抑揚のない声で続ける。
「私にはエレンとアルミンがいる。ので、特に気にしたことはない。けれど、大抵の人は私といると困るみたい」
「ああ。お前は無口っつーか、話すの苦手だもんな」
ジャンは正直に肯定した。
「苦手ではない。必要な時に話しているだけ」
「バーカ。くだらねえこと言い合うのがコミュニケーションってやつだ」
ミカサはぐぬぬと唇を噛んで、
「今日は、あまりうまく話せなかったと思う。エレンやアルミンと出かける時は、もっと話せる」
ジャンの目をしっかりと見据えて言った。
……それはアレか?
俺と話す必要を感じない、と。
遠回しに言ってんのか?
「私がうまく話せない時、相手は居心地悪そうにする。でも、今日は違った。私が黙っていても、ジャンは嫌そうには見えなかった。それが不思議」
なるほど。
やっと何が言いたいかわかったぜ。
が、絶妙に答えにくい質問だ。
普通は、沈黙が続くと気まずいだろう。
男女で二人っきり――それがデートならなおさらだ。
しかし、ジャンはとっくに普通でない関係をミカサと築いてきた。
ミカサだけじゃない。
エレン、アルミン、コニー、サシャ、ヒストリア――。
何年も、何度も、互いに命を預けあってきた仲間だ。
沈黙が気まずいなんて感覚、とっくになくなっている。
特にミカサの場合、沈黙には意味がない。
彼女は言葉は少ないが、寡黙なわけじゃない。
言いたいことがあれば言うし、なければ黙っている。
黙っている間は、何かしら考えているか、何も考えてないかのどちらかだ。
ジャンは頬をかいて、
「あー、それはだな。……お前がベラベラ喋る気分じゃねえと思ったからだ」
そう言って、彼女が手に下げる袋を指さした。
「古書はアルミンで、毛糸の方はエレンだろ」
ミカサは何も言わなかったが、微かに驚いたのが雰囲気でわかった。
やっぱりか。
ま、それしかねーよな。
予想が当たっても、ちっとも嬉しくない。
ミカサは幼馴染二人を特別に思っている。
ジャンがどんなに努力したって入れない絆だ。
羨ましいし、妬ましい。
俺も幼馴染に生まれたかったとか、無意味な願望だ。
クソ。何だよ。マフラーでも編んでやんのか?
死に急ぎ野郎には必要ねーだろ。
「心配しなくても、大丈夫だろ。アルミンは、お前のことチラチラ見てるし。エレンは……まぁ、アレで気にしてるんじゃねえの?」
ジャンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
すると、ミカサはずいっと顔を寄せて、ジャンの顔を覗き込む。
「ジャンは、私のことをよく理解している。なぜ?」
大きな黒い瞳。
目を合わせる度に、ミカサだと思わせてくれる黒色。
そこには、自分だけが映っていた。
「な、なぜって……それは――」
今が勝負なのか⁉︎
喉が詰まる。
急展開に思考がついていかない。
ジャンは吸い込まれそうな瞳からやっとの思いで目を逸らして、
「そんなの自分で考えろよ」
「……そう」
ミカサは一言だけ静かに言った。
あっぶねえええええええええ!
そうだよ今じゃねーんだよ!
あっぶねーなおい!
告るんなら、かっこよくバシッと言わねえと。
もちろん、オッケーもらえることが前提でだ!
ここまで引っ張ってきた片思いだ。
ダサい告白なんて、絶対にしたくない。
カフェに向かう途中で、見覚えのある店構えを見つけた。
我ながらナイスアイディアが降ってきて、ミカサに断りを入れてから、目当てのものを購入する。
目指すは、完全試合。
人類を救い、ヒロインと結ばれることが、ヒーローたる使命だ。