ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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前話のアニ視点の続きからです。


二十七話

 

その後の一週間。

アニがベルトルトと目を合わせることはなかった。

ライナーにも何か言われるんじゃないかと身構えていたが、それも杞憂に終わった。

ベルトルトは先日の一件を報告しなかったのだろう。

彼らしい気遣いに、苛立ちと安堵が彼女の胸を半分に分けた。

 

さらに数日が経ち、次の休暇が訪れる。

卒団式まで、使命を果たす日まで、あと何日あるんだろう。

訓練がないと、そんなことばかり考えてしまう。

被害者ぶって感傷に浸りたくなくて、その日、アニはデートの約束をしていた。

また別の男――いかにも軽薄そうで、都合が良さそうな男だった。

 

アニは支度をする。

ブロンドの髪をストレートにおろし、丁寧に櫛を入れた。

控えめに花柄の刺繍のついた白シャツと、Aラインにふわりと広がる黒のスカート。

鏡に写った自分は、クラシカルな雰囲気のお嬢様みたいだった。

 

相手は好きな人ではないけれど、男の子とデートするのは初めてで胸が高鳴る。

そこまで考えて、はたと気付いた。

そういえば、初めてのデートはジャンが相手だったっけ。

普段着のパーカーで出掛けたら、わかりやすいぐらいガッカリしていたジャンを思い出して、アニはクスクス笑った。

名前も覚えていない男のために着飾るなら、ジャンのためにすればよかったと少しだけ思った。

 

「ありがとう! このお花の飾りがすっごく可愛くて、一目で気に入っちゃったよ」

 

宿舎を出ると、運悪くミーナと会った。

めずらしくスカートなんて履いているアニを、「かわいい!」とひとしきり褒めちぎった後で、彼女は嬉しそうに言った。

覚えのないお礼の言葉に、アニは面食らう。

 

ミーナの髪はいつもの二つ結びではなく、引っ詰めたお団子頭だった。

彼女が上機嫌でくるりと後ろを向くと、黒髪をまとめたヘアゴムが目に入る。

小さなピンクの花飾り。

それはジャンと出掛けた時、ミーナにプレゼントしようと、アニが散々悩んで諦めたものだった。

 

「それ……なんで……」

アニは掠れた声で尋ねる。

「似合う⁉︎ えへへ〜、照れなくたっていいのに! ジャンから聞いたよ。アニが一生懸命選んでくれたって。自分で渡すのが恥ずかしいから、ジャンにお願いしたんでしょ?」

彼女は悪戯っ子みたいに無邪気に笑って、

「実は、私からもプレゼントがありまーす! って言っても、これもジャンから貰ったんだけどね。でも、かわいいからいいの。アニにも絶対似合うんだから」

 

悪い予感がした。

サッと血の気が引く。

アニは瞬きも忘れて、ミーナを見つめていた。

 

マジシャンのようなコミカルな仕草で、ミーナが手を開く。

そこには青い花飾りのついたヘアゴムが乗っていた。

 

「お揃いにしようよ」

 

ミーナは優しく、アニの髪にあてがう。

金糸の合間に咲いた青い花は、同じぐらい青ざめた肌にたしかによく似合っていた。

 

その瞬間、アニの胸の奥で、何かが壊れる音がした。

今まで必死にせきとめていた思いが溢れ、正体不明の衝動に突き動かされ、アニはミーナの手を振り払った。

青い花が地面に転がり落ちる。

汚れたそれを奪うように拾い上げて、アニは走った。

どこに向かっているかもわからぬまま、逃げ出した。

 

恐ろしかった。

目の前の優しい少女を――友達を、踏み潰して殺すのかと思うと、頭がおかしくなってしまいそうだった。

 

――ちがう。

私はもうとっくにおかしくなってる。

何かが狂ってしまった。

間違えた。

誰とも関わるべきじゃなかったのに、仮面を被っても仲良くできるなんて勘違いしたんだ。

いつから?

どこから狂ったの?

 

そして、自分でもどこへ向かっているかわからなかった足が、誰かを探していることにアニは気付いた。

 

ジャンのせいだ。

ジャンが余計なことをしなければ、私は上手くやれていた。

戦士でいられたはずだったのに。

 

怒りの矛先が決まった瞬間、耐え難い激情がアニを支配した。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

ミカサとのデートから、一週間と少しが経った頃。

ジャンは今まで感じたことのない、大きな手応えを感じていた。

無口だった彼女がたまに冗談を言って、親しげに微笑む。

そのすべてが自分に向けられたものだと思うと、今度こそミカサの「特別」になれるんじゃないかとジャンは舞い上がっていた。

 

卒業まで残すところ約二ヶ月。

最終試験開始は二週間後にはじまり、約一ヶ月をかけて全教科の試験が行われる。

そして試験終了後は進路――希望兵団への準備を二週間かけて行い、最終的な成績が確定する。

 

ジャンは、立体機動の最終試験でミカサに勝つことを第一目標に掲げることにした。

もし彼女に勝てれば、男として箔がつく。

――告白のタイミングがあるとしたら、そこしかない。

 

そういった理由(わけ)もあり、エレンとアニには早急にくっついてもらわなければ困る。

それこそが人類を救い、ヒロイン(ミカサ)とハッピーエンドを迎えるための最短ルートだと、ジャンは信じていた。

 

だから激怒したアニが現れた時、ジャンは面食らった。

 

彼女は兵舎の食堂に駆け込んでくると、息を切らして周囲を見渡した。

休日の食堂は、最終試験前のちょっとした自習室と化していて、まばらにいた訓練兵たちはアニの勢いにぎょっと目を剥いた。

射殺すような視線が、一人で座っていたジャンを捉える。

アニは履き慣れないスカートを揺らして近付くと、静かに切り出した。

 

「どういうつもり?」

「どうって……何の話だよ」

 

ジャンは戸惑って尋ねた。

彼女は答える代わりに、机に叩きつけるようにして置いた。

それはミカサとデートの最中に買ってきた、青い花飾りのヘアゴムだった。

アニのために用意したプレゼントを視界に入れて、ジャンは安堵する。

 

ピンクの方をミーナに、青い方をアニのために買った。

以前は、アニも頑なに一線引いているところがあったが、今の状況ならむしろ好ましいイベントだと思った。

友達の一人でもできれば、精神的に安定する。

そうすれば、エレンとの恋愛にもさらに前向きになるはずだと。

 

「ああ、なんだ。話ってそれかよ。まあちょっと臭え演出しちまったけど、ミーナは喜んでたろ? いいって別に礼なんて、俺とお前の仲だしな」

と、ジャンは茶化して笑う。

 

「余計なことしないで」

 

アニは感情のこもらない声で言った。

けれど、彼女の瞳には憤怒の光が宿っていて、ジャンはたじろぐ。

 

「余計なことって……何怒ってんだよ? 俺はお前のためにだな――」

「それが迷惑だって言ってるんだよ!」

アニが大声で叫んだ。 

怒りの鋭さに、ジャンは息を呑む。

 

「わからない? アンタのせいで、めちゃくちゃだよ。すべて台無しにされた」

アニは真っ青な唇を震わせた。

「二度と私に関わらないで」

「は⁉︎ ちょっと待てよ! ……エレンのことはどうすんだ」

語気を荒げそうになって、ジャンは慌てて声を潜めた。

 

何で急にキレてんだよ⁉︎

今更アニの離脱は困る――プランの総崩れだ。

 

「どうでもいい。アンタの恋愛ごっこには、もう付き合えない」

そう言って、アニは背を向けた。

 

せっかくお前のために、好意でやってやったのに。

何が気に入らねえんだ!

 

ジャンは立ち上がり、彼女の背中に向けて怒鳴る。

 

「ふざけんなよ! テメェから相談して来たんだろうが!」

 

しかし、アニが振り返ることはなかった。

 




花飾りのヘアゴムは、10話でジャンアニのデートシーンで出てきたものです。みんな忘れてるかw

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