ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」 作:三木えーっと
新opは、神聖かまってちゃん「僕の戦争」です。
神聖かまってちゃんといえば、めちゃくちゃ流行ったアニソン「OS-宇宙人」を作った神バンドです。
ジャンと一悶着あった夜。
自室のベッドの中で、アニは目覚めた。
ぼうっとする頭で身体を起こし周囲を見渡すと、窓から月の光が差し込んで、暗い部屋を仄かに照らしていた。
隣のベッドからは、ミーナの規則正しい寝息が聞こえてくる。
そうだ。
結局、デートには行かなかったんだっけ。
とてもじゃないが、そんな気分にはなれなかった。
誰の顔も見たくなくて、拗ねた子供のようにベッドの中で丸まっているうちに、眠ってしまったんだろう。
せっかくのデート服がしわくちゃになっているのを眺めていると、だんだんと思考がクリアになっていく。
寝過ぎた頭が痛む。
けれど、昼間の混乱よりかはいくらかマシな気分だった。
アニは息を吐くと、足先を床におろした。
ぎしりと床板がきしむ。
夜行性の鳥や虫の音にまぎれるように、無駄に終わった白いシャツとスカートを脱いで、パーカーとスキニーパンツに着替えた。
綺麗な金髪を低い位置で丸める。
自分らしさを取り戻していく儀式。
戦士に寄っていく自分を自覚しながら、ミーナを起こさないようにして、アニはそっと自室を抜け出した。
今夜は、戦士たちの最後の会合の日だった。
「アニには、任務から外れてもらうことにした」
唐突な宣告に、アニは耳を疑った。
急に垂れ込めた暗雲で、月が陰った瞬間の言葉だった。
立体機動訓練場の森は闇に沈み、それを言ったのがどちらの男か一瞬わからなくなったが、すぐにベルトルトの声だと思い至る。
久しぶりに口を開いたかと思えば、タチの悪い冗談だ。
アニは眉をひそめ、
「冗談言ってる時間はないはずだよ。今日の報告から手短に話して」
とライナーがいるはずの暗がりに話しかけた。
が、返事はない。
アニは自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。
嫌な沈黙に息が詰まる。
目が慣れてくると、木にもたれかかったライナーが、直立したベルトルトが、自分の方を向いているのが輪郭でわかった。
「……どういうこと?」
アニは呆然と尋ねた。
「僕が判断した。今のアニは、任務を遂行できる精神状態じゃない」
ベルトルトが言った。
毅然とした態度が鼻につく。
人の心を見透かしたような物言いに、アニは怒気を孕んで言い返した。
「バカなこと言わないで。私は冷静だよ」
「冷静? 昼間のはどう説明するの? ジャンと派手に言い合ってた時は、とても冷静には見えなかったけど」
「……少し疲れてただけだよ。もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろ。そんな言い訳で済むと思ってるなら、大間違いだ」
ベルトルトが力をこめて言った。
言い訳なんかじゃない。
何であんなことをしたのか、自分でもわからないだけだった。
わからないことを説明しろと言われても困る。
ふつふつとした怒りが腹の底から込み上げてくるのを感じた。
「ああ、そうだね。アンタの言う通りだよ。私は冷静じゃなかった。――とっくに狂ってる。当たり前でしょ? あんなに大勢の人間を殺しておいて、まともな精神でいられるはずない」
アニは眼光鋭く、ベルトルトを睨みつけた。
「けど、だから何? 私が狂ってるから、任務から外す? バカじゃないの。作戦は目前に迫ってる。計画は変えられない。私が抜けた穴を埋めるなんて不可能だよ。故郷に帰るためには、やるしかないんだから」
改めて口にすると、ずしりと胸に来た。
自分の言葉に、意識しないようにしていた現実を突きつけられる。
そうだ。
やるしかない――故郷へ帰るために。
彼女の決意に、しかし、ベルトルトはあっさりと首を横に振った。
「いいや、問題ないよ。壁を壊すのは僕とライナーの役目だ。壁さえ壊せれば、壁内人類を滅亡させることができる。つまりアニは必要ないんだ」
予想だにしなかった返答に、アニは目を見開き、
「そんなこと――ッ座標はどうするの⁉︎」
と激しく詰め寄った。
至近距離で、男の顔を見上げる。
すると暗がりの中でも彼の目鼻立ちがくっきりとわかって、本当に久しぶりにベルトルトと目が合った。
その瞳にはアニが記憶していた弱々しい光はなく、暗く沈んだ狂気があるだけだった。
「僕とライナーでなんとかする」
彼は静かに言い切った。
雲が流れ、月の光が再び三人を照らしていた。
アニは青ざめて後退り、今度はライナーの方に顔を向けた。
精悍な顔立ちに落ちる影。
その影にはベルトルトと同様の狂気が潜んでいて、二人の結託した決意を感じさせた。
そして、アニは悟る。
もう何をしたって無駄だ。
本気で私を――。
「……私を殺すの?」
正気のない顔で、アニは声を絞り出す。
「ち、ちがうよ! そんなことするわけないだろ⁉︎」
ベルトルトはぶんぶん頭を振って否定すると、
「どうなっても僕たちは戦士だ。アニのことは仲間だと思ってるよ。だから、作戦がうまくいって故郷に帰れることになったら、一緒に帰ろう。あとは僕たちに任せるんだ」
「……それはアンタたちにだけ人殺しを押し付けろってこと?」
「そうは言ってないよ。ただアニが限界なら、僕たちだけでも殺しはできるんだ。アニが無理して手を汚す必要はないよ」
「自分だけ何もしないなんて、そんな虫のいいことできるわけない!」
最悪だ。
いくつかある選択肢の内で、ベルトルトから提示されたそれは、アニにとって最も受け入れ難い選択だった。
下劣で、狡猾。
糞野郎のやる所業だ。
しかし、それは同時に甘美な響きで彼女の胸を震わせてもいた。
「なら、殺せるか? エレンやミーナ――104期の連中を」
静観していたライナーが、鋭く問う。
「やれる。その時になれば、やるに決まってる」
口先で、アニは答えた。
薄っぺらい言葉。
頭の芯から指先にかけて麻痺したように痺れが走り、アニは何か言い足さなければと思ったが、今更何を言っても意味がないようにも思えた。
黙り込んだアニをじっと見つめて、
「じゃあ、証拠を見せてよ。殺せるって証明してくれれば、アニを作戦に加えよう」
とベルトルトは提案した。
そして冷酷に告げる。
「ジャンを殺すんだ」
その瞬間、アニの頭の中は真っ白に染まった。
ベルトルトの言葉が何度も何度も脳内で再生される。
殺す? ジャンを殺す? 私が?
そんなこと……一体何の意味があるの?
――いいや、わかってたじゃないか。
すべてに意味はないって。
何の意味もない。
私の苦しみも、誰かの死も。
ただ私は証明すればいいだけだ。
すべてが無意味だということを。
「わかった。それでアンタたちの気が済むなら」
そう言って、アニは踵を返す。
もう何も考えたくはなかった。
考える必要もないことだと自分を納得させていた。
ジャンを殺す。
それだけでいい。
そうすれば私は戦士に戻れるんだから。
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「おい……聞いてないぞ。ジャンを殺せなんて、どういうつもりだ? 作戦前に目立つ行動はまずいだろ。お前がアニのことは任せてほしいって言うから、俺も黙っていたが――」
アニの背中を見送った後、ライナーが渋い顔で言うのを遮って、
「ああ、悪かったよ」
とベルトルトはため息をついた。
「でも、大丈夫。見てただろ? そんなこともわからないぐらい、アニは混乱してるんだ。今の彼女にジャンを殺すなんて――もしそうなっても、僕が責任を取る」
「……お前ばかりが背負う必要はないんだぞ。ユミルと別れたのも、任務のためだろ」
「ははっ……ユミルのことは関係ないよ。単に僕が飽きられただけさ」
ライナーの追求を、ベルトルトは曖昧に笑って誤魔化していた。
ご存知とは思いますが、諫山先生は神聖かまってちゃんのファンなんですよね。音楽の趣味もいいなんてメシアすぎる。