ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」 作:三木えーっと
窓から朝日が差し込み、ジャンの顔を照らした。光の眩しさに彼の睫毛がまたたく。ジャンはボーッとした頭で起き上がると、ピチチッと可愛らしい声につられて窓の方を見やった。窓辺ではマルコが小鳥に餌をあげている。
——平和だ。こんなに平和な朝はいつぶりだろう。
「おはよう」
視線に気付いたマルコがジャンに挨拶をした。
「おう」
「なんだ。今朝は泣かないんだな」
そう言ってクスクス笑うマルコに、ジャンは「うっせー」と言い返す。こんな些細なやりとりにもまだ慣れない。気恥ずかしさを誤魔化すように、ジャンは勢いよくベッドから降りた。
その時、興奮した様子のコニーが部屋に駆け込んでくると「来てみろよ! 今日のベルトルトはすげーぞ!」と叫んだ。
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コニーに促されてついていくと、そこには超大型巨人の間抜けな姿があった。ベッドの上で長い足をほぼ180度に開脚。上半身はのけぞってベッドから飛び出し、逆さになった頭がぶらぶら揺れている。薄く開かれたまぶたからは白目がちらちら覗いているが、すーすーと規則正しい寝息が聞こえるということは生きてるんだろう。新種のエクソシストか何かだろうか。
「すっげー懐かしいな」
「懐かしい? 俺もここまですごい寝相は久しぶりに見たんだがな」
ジャンの隣で、ライナーが首を傾げた。奇妙な寝相を前に、コニーは今日の天気やら運勢を占っている。あーでもないこーでもないと白熱する姿はなんというか……仲間って感じだ。
「そういや体は平気なのか? マルコから聞いたぞ。昨日は様子が変だったってな」
ライナーは親しげに尋ねた。
「ああ……もう心配ねーよ。昨日は寝ぼけてただけだ」
ジャンがそう答えると、
「ならいいけどよ。あんまり心配かけるなよ? お前のフォローばかりでマルコの成績が下がらないか心配だ」
とライナーは言った。
その言葉に、ジャンは眉をピクリと動かす。未来でマルコを殺す張本人が吐いたセリフに、内心の苛立ちを隠しきれないでいた。
「……心配ねーよ。マルコは優秀だ。今期の十番以内には必ず入るぜ」
「本当にらしくねーな、ジャン。いつもなら俺の才能の方が――とか噛みつくところだろう」
「ちょっとばかし大人になっただけだ。兄貴分のアンタに心配かけるほどじゃねーよ」
努めて冷静に、ジャンは言った。
ライナーはマルコを殺す。その未来を思うと、ドス黒い感情が溢れてくるのを止められなかった。到底許せない。許せるはずがない。
――それだけの感情だったらどんなに楽だろう。
ベルトルトの間抜けな寝相。それを取り巻いて笑う仲間。仕方ねーなと困ったように見守る兄貴分のライナー。
この
「ジャン!」
強く肩を掴まれて、ジャンはハッと顔を上げた。そこには心配そうに自分を見つめるマルコとライナーがいた。
「おいおい。真っ青だぞ。今日も休ませた方がいいんじゃねーか?」
「さすがに二日連続はまずいよ。兵士として体調管理に不安があると思われてしまう。下手したら減点だ」
「そうは言ってもな……無理して事故にでもなったらどうする」
「僕がフォローするよ。おそらく精神的な問題だからさ。注意して見ていれば大丈夫だと思う」
ジャンの身を案じて真剣に話し合う二人。ジャンはぽかんとして、そんな二人を眺めていた。
そうだよな。まだマルコは死んでねぇし、ライナーは良い兄貴分のままだ。俺の同期はまだ誰一人欠けてねぇ。
今日の訓練について綿密に打ち合わせを始めるライナーとマルコ。その後ろでは、ベルトルトの顔にコニーが落書きをしている。ジャンはおもむろに駆け寄ると、ベルトルトの頭をわしゃわしゃ揺らした。ンゴっと豚っ鼻を鳴らし、ベルトルトがヨダレを撒き散らして飛び起きた。落書きの最中だったコニーがもろにヨダレを被って悲鳴をあげる。
「だはははは! ベルトルトのやつすっげー顔してるぜ!」
その光景に、ジャンは腹を抱えて笑った。
俺が運命を変えてやる。その間抜け面がずっと間抜け面でいられるように——。
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ライナー、ベルトルト、アニに恋人を作る。そう決めたまでは良かった。が、さっそくジャンは大きな壁にぶつかっていた。
……カップルってどうやって作りゃいいんだ? ようするに、俺は恋のキューピッド的なことをやろうとしてるんだよな。そりゃ面白がってネタにすることぐらいはあったが、基本的に他人の恋路とかどうでもいいしな……考えたこともなかったぜ。
朝食の薄いスープに入った芋をスプーンでつつきながら、ジャンは思い詰めていた。視線の先ではライナーとベルトルトがデカい図体を並べて食卓についている。
あの三人と下手に関わりを持つのは危険だ。なるべく直接的な介入はしたくない。できれば自然な流れで恋人を作ってもらうのが理想だろう。流れに任せるとすれば自ずとカップリングは決まってくる。ライナー×クリスタ、そしてベルトルト×アニだ。
「だぁぁあああ! クソ! そのカップリングは推せねェ! 無謀すぎる!」
スプーンを握る拳を机に叩きつけ、ジャンは頭を抱えた。
ライナーとクリスタなんて完全に美女と野獣だ。ゴリラのくせに身の程を弁えない。高望みにも程がある。そしてベルトルトとアニは危険すぎる。現状はベルトルトの片思いだろうが、万一くっつかれでもしたら非常に困る。味方に取り込もうとしているのに、身内で結束されては意味がない。
三人にはどうにか新しい恋を見つけてもらわねーと……。
前途多難の難題に、ジャンは遠い目でため息をついた。
「なぁ、マルコ……人はどうやって恋に落ちるんだろう」
「人前でそういうことは言わない方がいい。馬鹿がバレるよ」
マルコがパンをかじりながら答えた。
「昨日から思ってたが、なんか俺にだけ冷たくねェか?」
「大事な時期なのに君が変なこと言い出すからだろ。だいたい恋なら僕よりもジャンの方が知っているじゃないか。ほら、来たぞ」
そのとき涼やかな風がふわりと吹き通って、刈り上げたジャンの襟足をくすぐった。自然と吸い寄せられる視線。空中を泳ぐように彼女の黒髪が流れる。まるでアイツに一目惚れした日の再現みたいだ。そう錯覚するほどにジャンは心を奪われていた。彼女はまっすぐに歩み、空席を見つけるとくるりとこちらを振り返った。ジャンの記憶よりもまだ幼さが残る顔立ち。それでも美しさは少しも変わらない。目が合った――気がする。ジャンは自分の顔がみるみる赤くなるのを感じた。
おいおいマジかよ。目が合ったぐらいで赤くなるってガキか俺は⁉︎
焦るジャンの方を向いて、ミカサの艶やかな唇が開いた。
「エレン」
彼女の口から当たり前に飛び出した名前に、ジャンは頭から冷水をぶっかけられたように感じた。ジャンの背後を通って、呼び掛けられた黒髪の少年が欠伸まじりに席についた。
ミカサは優しい手付きで少年の寝癖に触れ、
「エレン。寝癖はきちんと治さないとダメ。だらしなく見えてしまう」
「うるせぇーな。俺の勝手だろ」
訓練兵たちにとっては日常的な二人のやりとりも、ジャンにとっては数年ぶりの懐かしくも苦々しい光景だった。