ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

3 / 38
三話

 窓から朝日が差し込み、ジャンの顔を照らした。光の眩しさに彼の睫毛がまたたく。ジャンはボーッとした頭で起き上がると、ピチチッと可愛らしい声につられて窓の方を見やった。窓辺ではマルコが小鳥に餌をあげている。

 

 ——平和だ。こんなに平和な朝はいつぶりだろう。

 

「おはよう」

視線に気付いたマルコがジャンに挨拶をした。

「おう」

「なんだ。今朝は泣かないんだな」

 

 そう言ってクスクス笑うマルコに、ジャンは「うっせー」と言い返す。こんな些細なやりとりにもまだ慣れない。気恥ずかしさを誤魔化すように、ジャンは勢いよくベッドから降りた。

 

その時、興奮した様子のコニーが部屋に駆け込んでくると「来てみろよ! 今日のベルトルトはすげーぞ!」と叫んだ。

 

 

 

****

 

 

 

 

コニーに促されてついていくと、そこには超大型巨人の間抜けな姿があった。ベッドの上で長い足をほぼ180度に開脚。上半身はのけぞってベッドから飛び出し、逆さになった頭がぶらぶら揺れている。薄く開かれたまぶたからは白目がちらちら覗いているが、すーすーと規則正しい寝息が聞こえるということは生きてるんだろう。新種のエクソシストか何かだろうか。

 

「すっげー懐かしいな」

「懐かしい? 俺もここまですごい寝相は久しぶりに見たんだがな」

 

 ジャンの隣で、ライナーが首を傾げた。奇妙な寝相を前に、コニーは今日の天気やら運勢を占っている。あーでもないこーでもないと白熱する姿はなんというか……仲間って感じだ。

 

「そういや体は平気なのか? マルコから聞いたぞ。昨日は様子が変だったってな」

ライナーは親しげに尋ねた。

「ああ……もう心配ねーよ。昨日は寝ぼけてただけだ」

ジャンがそう答えると、

「ならいいけどよ。あんまり心配かけるなよ? お前のフォローばかりでマルコの成績が下がらないか心配だ」

とライナーは言った。

 

その言葉に、ジャンは眉をピクリと動かす。未来でマルコを殺す張本人が吐いたセリフに、内心の苛立ちを隠しきれないでいた。

 

「……心配ねーよ。マルコは優秀だ。今期の十番以内には必ず入るぜ」

「本当にらしくねーな、ジャン。いつもなら俺の才能の方が――とか噛みつくところだろう」

「ちょっとばかし大人になっただけだ。兄貴分のアンタに心配かけるほどじゃねーよ」

 

 努めて冷静に、ジャンは言った。

 

 ライナーはマルコを殺す。その未来を思うと、ドス黒い感情が溢れてくるのを止められなかった。到底許せない。許せるはずがない。

 

 ――それだけの感情だったらどんなに楽だろう。

 

 ベルトルトの間抜けな寝相。それを取り巻いて笑う仲間。仕方ねーなと困ったように見守る兄貴分のライナー。

 

この未来(さき)の地獄を生きてきたジャンにとっては、すべてがまぶしい。このぬるま湯にいつまでも浸かっていたいと思ってしまう。たとえ偽りの時間だとしても。

 

「ジャン!」

 

 強く肩を掴まれて、ジャンはハッと顔を上げた。そこには心配そうに自分を見つめるマルコとライナーがいた。

 

「おいおい。真っ青だぞ。今日も休ませた方がいいんじゃねーか?」

「さすがに二日連続はまずいよ。兵士として体調管理に不安があると思われてしまう。下手したら減点だ」

「そうは言ってもな……無理して事故にでもなったらどうする」

「僕がフォローするよ。おそらく精神的な問題だからさ。注意して見ていれば大丈夫だと思う」

 

 ジャンの身を案じて真剣に話し合う二人。ジャンはぽかんとして、そんな二人を眺めていた。

 

 そうだよな。まだマルコは死んでねぇし、ライナーは良い兄貴分のままだ。俺の同期はまだ誰一人欠けてねぇ。

 

 今日の訓練について綿密に打ち合わせを始めるライナーとマルコ。その後ろでは、ベルトルトの顔にコニーが落書きをしている。ジャンはおもむろに駆け寄ると、ベルトルトの頭をわしゃわしゃ揺らした。ンゴっと豚っ鼻を鳴らし、ベルトルトがヨダレを撒き散らして飛び起きた。落書きの最中だったコニーがもろにヨダレを被って悲鳴をあげる。

 

「だはははは! ベルトルトのやつすっげー顔してるぜ!」

 

 その光景に、ジャンは腹を抱えて笑った。

 

 俺が運命を変えてやる。その間抜け面がずっと間抜け面でいられるように——。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 ライナー、ベルトルト、アニに恋人を作る。そう決めたまでは良かった。が、さっそくジャンは大きな壁にぶつかっていた。

 

 ……カップルってどうやって作りゃいいんだ? ようするに、俺は恋のキューピッド的なことをやろうとしてるんだよな。そりゃ面白がってネタにすることぐらいはあったが、基本的に他人の恋路とかどうでもいいしな……考えたこともなかったぜ。

 

 朝食の薄いスープに入った芋をスプーンでつつきながら、ジャンは思い詰めていた。視線の先ではライナーとベルトルトがデカい図体を並べて食卓についている。

 

 あの三人と下手に関わりを持つのは危険だ。なるべく直接的な介入はしたくない。できれば自然な流れで恋人を作ってもらうのが理想だろう。流れに任せるとすれば自ずとカップリングは決まってくる。ライナー×クリスタ、そしてベルトルト×アニだ。

 

「だぁぁあああ! クソ! そのカップリングは推せねェ! 無謀すぎる!」

 

 スプーンを握る拳を机に叩きつけ、ジャンは頭を抱えた。

 

 ライナーとクリスタなんて完全に美女と野獣だ。ゴリラのくせに身の程を弁えない。高望みにも程がある。そしてベルトルトとアニは危険すぎる。現状はベルトルトの片思いだろうが、万一くっつかれでもしたら非常に困る。味方に取り込もうとしているのに、身内で結束されては意味がない。

 

 三人にはどうにか新しい恋を見つけてもらわねーと……。

 

 前途多難の難題に、ジャンは遠い目でため息をついた。

 

「なぁ、マルコ……人はどうやって恋に落ちるんだろう」

「人前でそういうことは言わない方がいい。馬鹿がバレるよ」

 

 マルコがパンをかじりながら答えた。

 

「昨日から思ってたが、なんか俺にだけ冷たくねェか?」

「大事な時期なのに君が変なこと言い出すからだろ。だいたい恋なら僕よりもジャンの方が知っているじゃないか。ほら、来たぞ」

 

 そのとき涼やかな風がふわりと吹き通って、刈り上げたジャンの襟足をくすぐった。自然と吸い寄せられる視線。空中を泳ぐように彼女の黒髪が流れる。まるでアイツに一目惚れした日の再現みたいだ。そう錯覚するほどにジャンは心を奪われていた。彼女はまっすぐに歩み、空席を見つけるとくるりとこちらを振り返った。ジャンの記憶よりもまだ幼さが残る顔立ち。それでも美しさは少しも変わらない。目が合った――気がする。ジャンは自分の顔がみるみる赤くなるのを感じた。

 

 おいおいマジかよ。目が合ったぐらいで赤くなるってガキか俺は⁉︎

 

 焦るジャンの方を向いて、ミカサの艶やかな唇が開いた。

 

「エレン」

 

 彼女の口から当たり前に飛び出した名前に、ジャンは頭から冷水をぶっかけられたように感じた。ジャンの背後を通って、呼び掛けられた黒髪の少年が欠伸まじりに席についた。

 

 ミカサは優しい手付きで少年の寝癖に触れ、

「エレン。寝癖はきちんと治さないとダメ。だらしなく見えてしまう」

「うるせぇーな。俺の勝手だろ」

 

 訓練兵たちにとっては日常的な二人のやりとりも、ジャンにとっては数年ぶりの懐かしくも苦々しい光景だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。