ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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三十話

 

「よお! なーにしけた面してんだよッ!」

 

次の日の晩。

夕飯を食べ終わって寮への帰り道を歩いていると、陽気な声と共に思いっきり背中をぶっ叩かれた。

唐突な衝撃に、昨日の一件で一睡もできなかった身体がぶっ倒れそうになるのをジャンはなんとか踏み止まる。

 

朝から晩まで苛烈な訓練を終え、まだ元気があり余ってるバカでなおかつ今のジャンに糞怠い絡みができるバカは一人しかいない。

ジンジンと痛む背中を耐えて、ジャンは苦々しく振り返った。

 

「そりゃーすげえな。背後からでも俺の顔色が読めるなんて、お前にしちゃ頭を使ったようだな、コニー」

「そんなに褒めんなよ!」

嫌味全開の言葉を、コニーは快活に笑い飛ばす。

 

褒めてねーよと、ありきたりな返しをするのもバカらしい。

ジャンは眉間にシワを寄せて、

「それで何の用だ? ずいぶんご機嫌じゃねえか」

「わかる⁉︎ いや〜わかっちまうか〜! 俺ほどの天才ともなるとオーラが隠せねえんだよなあ〜」

コニーは得意満面に顎をさすりながら、

「正直言って絶・好・調だぜ! 俺は10番以内には間違いなく入るだろうな。そうなったら、晴れて憲兵団に……エリートコースまっしぐらだ!」

クックックと含み笑いをするコニーに、ジャンは「へーよかったな」と冷めた声で相槌を打った。

 

順当に行けば、コニーが10番以内に入るのは当たり前だし、何かの影響でそこから外れたとしてもコニーは調査兵団に入るんだ。

たいした問題じゃないだろう。

 

「なんだよ、ジャン。お前にしちゃ大人しいな」

「何度も言ってるだろ。憲兵団にはもう興味ねーんだ」

「けど、ジャンの場合は10番以内に入らないと開拓地送りだろ?」

ぐっ……バカのくせに余計なこと覚えてやがる。

 

コニーはニヤリと笑って、

「マルコが言ってたぞ。よくわかんねーけど、調子悪いんだってな。お前がどうしてもって言うんなら、天才の俺様がコツを教えてやってもいいんだぜ? ま、誰にでも真似できるってわけじゃねーが」

と坊主頭のくせに、ファサァーッと髪をかきあげる仕草をした。

 

うっわウゼエエエエエエ!

もしかして俺のマネか?

いや全く似てねーけど。

たしかに昔はそんなこと言ったような気もするが……。

 

心当たりがあるだけに強く出れない。

疲れる絡み方にイラつきを抑え、ジャンはため息まじりに言った。

 

「あのなぁ、俺は忙しいんだ。バカに構ってる暇はねーんだよ」

「ん? バカってお前のことか?」

「は? おいおい、コニー。自分の代名詞も忘れちまったのかよ」

「……何言ってんだ? 現時点で俺の方が成績は上なんだから、ジャンは俺より下で、つまり俺よりもバカってことだろ?」

「よし、ぶっ殺す」

きょとん顔で喧嘩を売ってくるコニーに、ジャンは拳を振り上げる。

 

そこに、「もう、何じゃれてるんですか」と呆れた声が投げられた。

「じゃれてねえよ!」

反射的にジャンが怒鳴り返すと、サシャが冷めた目でこちらを眺めていた。

 

「はいはい。八つ当たりはやめてください。廊下のど真ん中でみっともないですよ。――というか、今日の第一倉庫の当番はお二人ですよね? 早くしないと就寝時間に間に合いませんよ」

サシャは目を細めて言った。

 

そうだった。

当番か……すっかり忘れてたぜ。

 

時間の無駄にしかならないが、最終試験目前の時期に当番を代わってくれる奴はいないだろう。

ジャンは舌打ちをして「先に行くぞ」と不機嫌そうにコニーに言うと、第一倉庫に向かった。

 

 

 

 

 

「……あれ? コニーは行かないんですか?」

ジャンが立ち去るのを見送っても一向に動こうとしないコニーに、サシャは首を傾げる。

「だって俺当番じゃねーから」

「でも、当番表にはたしかにコニーって書いてあったんですけどね」

「ん? ……あー、そうだった。さっきアニに当番代わってくれって頼まれたんだよ。それでジャンに言おうとしたのに、結局伝え損ねたな」

「まあ、本人から聞くだろうし大丈夫でしょう。でも、めずらしいですねえ。アニが当番代わるなんて……」

ジャンが消えて行った廊下の方を見つめながら、サシャはそう呟いた。

 

 

 

****

 

 

 

 

 

第一倉庫には、マットや巨人型模型や金属部品など立体機動訓練で使用した備品が所狭しと詰められていた。

まずは備品の数を確認する。

前日の当番が数えた個数と合っているか、一つ一つ見ていくのは結構な手間だ。

予算の少ない訓練兵団にとって備品の紛失はかなりの痛手になる。

中には売れば金になる代物もあるから、盗難防止の意味合いもあった。

 

薄暗い倉庫内を照らすランタンを棚の上に置いて、ジャンは手元の帳簿と備品を照らし合わせていく。

早く終わらせたくて黙々と進めていると、ふと棚板が目について、つーっと人差し指を滑らせた。

結構な量の埃が指先に付着して、ジャンは頬をひきつらせる。

 

全然掃除の仕方がなってねえ。

前の当番サボってやがったな⁉︎

 

潔癖症の上司に散々叩き込まれたせいか、この現状を見過ごすのはどうにも気持ち悪い。

当番なんて適当にすませようと思っていたのに――掃除にかかる時間を頭の中で捻出していると、背後でガラガラと戸を引く音がした。

やっとコニーが来たようだ。

ジャンは振り返らず、金具の数を数えながら声をかける。

 

「遅えよ。今日は速攻で終わらすぞ。俺が奥の方から見てるから、お前は――」

 

その時、ガチャリと微かな音がジャンの耳に届いた。

それが鍵の閉まる音だと理解すると同時にジャンは反射的に伏せる。

間一髪、頭上を通り過ぎる鋭い蹴り。

その蹴りが激しい音を立てて棚を破壊した。

飛び散る木片。

スローモーションで、ランタンが床に向かって落ちる。

落ちていく先、地面で砕ける前に。

ジャンはグッと足に力を込めて、襲撃者にタックルを食らわせた。

手応えがある。

彼女の細い腰にしがみつき、そのまま押し倒そうと――

 

とった!

 

そう確信した瞬間、腕の中から逃げた。

彼女の体が猫のようにぐにゃりと柔らかくなって、地面に倒れ込むときには形勢は逆転していた。

ジャンはうつ伏せに拘束され、右腕を捻り上げられる。

 

ギリギリ手が届きそうな位置に転がったランタンはひび割れて、襲撃者の顔を歪めて映していた。

だが、顔なんて見るまでもないだろう。

 

「か弱い乙女に襲いかかるなんて、野蛮なんじゃないの」

「バカ言うなよ。襲ってきたのはテメェの方だろ」

 

ふーっとアニが勝利の息を吐くのを、ジャンは鼻で笑った。

抜け出そうと身動ぎしてみるが、体はもちろん右腕もピクリとも動かせない。

 

クソッ!

動けねえ。

アニのやつ……最近様子がおかしいとは思っていたが、何でこんなことを⁉︎

凄まじい殺気――俺を殺す気だ。

何が目的で?

決まってる、バレたんだ。

俺が奴らの情報を握ってるってことに。

どこまでバレた⁉︎ 何でバレたんだ⁉︎

殺しに踏み切れるほどの確信を与えたとは思えねえ!

一体どこでミスをした⁉︎

……いいや、落ち着け。

反省は後だ。

今はこの場を切り抜ける方法を考えるんだ。

時間を稼いで、コニーが来るのを待つしか――

 

「ちなみにコニーなら来ないよ。当番代わってもらったからね」

 

ジャンの思考を読んだかのように、アニは無情に言い放った。

 

……ふざっけんなよクソがァァァァアアアア!

小石みてぇな頭しやがってマジで役立たねぇ!

さっきの糞くだらねえ絡みする暇あったら報告しとけよ!

 

ジャンは内心で毒づく。

と、唐突に背中に柔らかいものが当たった。

温かい。

ジャンの背中に、アニは猫のように体を擦り寄せていた。

 

「何しやが――ッ!」

驚いて、ジャンは声を裏返した。

女の子の柔らかい体を服越しでも感じる。

そんな場合じゃないのに、顔が熱い。

 

「心臓の音が早いね。爆発しそう」

ジャンの背中に、アニは耳をピタリとつけて言った。

「怯えてるんでしょ。まるで私に殺されるのがわかってるみたい。……おかしいね。いくら襲われたからって、同期に殺されるなんて発想がすぐにできるもの? ……傷付くよ。アンタとはうまくやってきたと思ってたのに」

「ハッ。夜中にお前の面見たら、誰だって震え上がるだろ」

やはり殺す気か。

アニは確信している。

俺が何かしらの事情を知っていることを。

だが、どこまで知っているかはバレてねぇはずだ。

上手く誤魔化して、説得できればまだ修復可能か――⁉︎

 

「失礼だね。女の子がこんなにお願いしてるのに、まともに答える気はないの?」

「いきなり蹴りかかっといて、人にお願いする態度じゃねーだろ」

軽口を叩きながら、ジャンは目玉を動かす。

かろうじて自由がきくのは、眼球と左腕だけだ。

アニはしなやかな動きで上体を起こした。

「そう? なら、言い方を変えるよ。――楽に死にたいなら、アンタの知ってること洗いざらい吐きな」

「……おいおい、脅しに切り替わるの早くねえか。もう少し駆け引きを楽しめよ」

「悪いけど。アンタと腹の探り合いをするのは飽きたんだよ」

そう言って、アニはジャンの小指を握った。

人体として曲がってはいけない方向に、彼の小指が押し込まれる。

骨がミシミシと悲鳴を上げた。

 

「グッ――そいつァ残念だッ!」

地面に転がっていたランタン。

それを、ジャンは左手で掴んでアニに投げつけた。

彼女がのけぞって避ける隙をついて、ジャンは拘束を抜け出す。

 

ダメだ。

アニは本気で俺を殺す気だ――説得できる状況じゃねえ。

かといって、逃げ場はない。

倉庫内は狭いし、扉には鍵がかけられている。

この場を切り抜けるには――アニを制圧するしかねぇ!

 

地面を蹴る。

姿勢を低く、彼女の懐に入った。

突き上げるように、アッパーをアニの腹に打ち込む。

が、ギリギリのところで半身になってかわされた。

 

逃すかよ!

 

ジャンは左拳を握る。

拳から飛び散る血飛沫。

血を纏った拳が空中に赤い線を描いて、アニの顔面にストレートを放った。

だが、それも軽く避けられる。

余裕の笑みを浮かべたアニの頬に、ジャンの生温かい血がかかった。

その瞬間、アニの目が見開かれる。

どうして血が?

その疑問に答えてやるほど親切にはなれない。

ジャンは唇を吊り上げて、避けられた左拳をアニの背中に向かって振り下ろした。

その掌には、ランタンのガラス片。

 

背中の急所を狙うんだ。

大丈夫。

普通の人間なら致命傷でも、こいつらは首と胴体が繋がってる限り治すことができる。

まずはこの一撃で、アニの動きを止める!

 

鋭利なガラスの先端がアニに迫る。

迫り、近付き、彼女の衣服にその切先が触れる――と次の瞬間、彼女の姿が消えた。

「あ?」

戸惑いに、思わず声が漏れる。

「こっちだよ」とアニの冷たい声が聞こえた。

体の反応は間に合わない。

ジャンは目玉だけで彼女の姿を探す。

右、左、上、下――低く、低く屈んだアニが至近距離に現れると、気付けばジャンの体は宙に浮いていた。

投げ飛ばされる。

体は倉庫の奥の壁に叩きつけられ、肋骨が軋んだ。

 

くっ――まずい。

早く体勢を立て直さねえと!

 

ジャンは急いで立ち上がろうとする。

が、それを待ってくれるほど優しい相手ではない。

瞬きをすれば、眼前に鋭い眼光。

アニはジャンの頭を鷲掴みにすると、そのまま床に叩きつけた。

 

雷に打たれたような衝撃。

目の前がスパークすると、一拍遅れて激痛が脳天を貫いた。

たまらず、ジャンは呻き声を漏らす。

 

「アハハッ! 丸腰相手に武器を使うなんて、アンタって意外と卑怯な男なんだね」

アニは愉快そうに笑った。

「……(タマ)の取り合いに卑怯も糞もあるかよ」

虚勢を張って、ジャンも笑い返した。

 

体は動かない。

馬乗りにされ、頭は掴まれたまま。

割れた額からだくだくと流れる血が目に入り、ジャンの視界を赤く染める。

気を抜けば意識がぶっ飛びそうだ。

 

目を爛々と光らせて、アニはジャンを見下ろしていた。

まるで舌舐めずりをするように、返り血のついた唇を舐めて。

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