ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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三十三話

 

「私とライナーが付き合うことになったら、どう思う?」

 

返ってくる答えなんてわかりきっていたのに、その瞬間、クリスタはそう聞かずにはいられなかった。彼の返事を聞いて、自分がどう思うかが知りたかったからだ。

 

はじめて触れられた。

内から輝くような金髪の一本一本が、毛先までくすぐったい。

女の子扱いというよりは、幼い子供をあやすような手つきで頭をなでられた。

それだけなのに、なんで逃げ出したいような、頭の先からじんわりと温まるような気持ちになるんだろう。

 

「私は人を愛せない人間だ」とクリスタが気付いたのは、訓練兵団に入って間もなくのこと。

恵まれた容姿を持ち、分け隔てなく優しく振る舞う彼女を、男子訓練兵たちはもちろん放っておかなかった。

何人もの男の子から告白された。

真っ赤な顔をして、一生懸命に「好きです」と言われた。

誰にも愛されず生きてきたクリスタにとって、その好意は何よりも嬉しいはずだった。

なのに、ダメなのだ。

どんなに情熱的にアプローチされても、ちっとも彼女の心が動くことはなかった。

もしも愛されて育った普通の女の子だったら、少しは意識してドキドキしたり、ふわふわしたり――そんな風に恋をしたんだろう。

告白してきた彼らの中から選ばなくたっていい。

片思いでもいい。

好きな人ができたら、いつかは恋人になりたい。

愛し愛され、いつかは家族になりたい。

そうすれば幼い頃の自分まで丸ごと救われるような、そんな幸せが訪れる気がしていた。

だから、その欠陥に一番ショックを受けたのは他でもない彼女自身だ。

苦しかった。

悩み尽くして、ようやく結論に至った。

 

クリスタはこう考えることにした。

愛は有限なんだ、と。

人の中には愛をためるタンクのようなものがあって、その中には今まで注がれた愛がたまっている。

家族や友達――多くの人からもらった愛を蓄えておいて、それを源に人は恋をするのだ。

そこで疑問に思う。

どうして私には愛がないんだろう?

みんなに優しくて良い子のクリスタは、104期にうまく馴染めているはずだ。

仲間とは良好な関係で、友達と呼べる子もたくさんいるし、自惚れていいなら告白だって少なくない数されている。

みんなからもらった愛が、何で自分の中には存在しないのか。

 

そっか、私は壊れてるんだ。

 

唐突にクリスタは悟った。

悲観的になるでもなく、妙に納得した。

たぶん私の中にある入れ物は、底がすこんと抜けている。

普通なら無償の愛を一心に注がれる幼少期を、クリスタは誰からも愛されずに育ってしまった。

だから入れ物がうまく作られなかったのだ。

そう考えると、腑に落ちた。

じゃあ仕方ないと思えるようになった。

だって、自分は愛されてこなかったから。

人にあげられる愛を持っていないから。

だから私は恋ができないんだろうと、誰かを好きになることなんて一生ないと思ってた。

 

――クリスタの質問に、ジャンは嬉々として答えた。

 

「すげーお似合いだと思うぜ」

 

予想通りの返答。

当然だ。クリスタにライナーをすすめたのは彼なんだから。

そうやって頭では理解していた。

けれど、心はちがう。

 

長く続く暗い廊下に遠ざかっていく後ろ姿。

それがみるみるうちにぼやけ、喉から漏れる嗚咽が彼まで届かないように、クリスタは必死で口元を押さえていた。

ユミルの声が耳の奥で鮮明に響く。

 

『なあ、クリスタ。お前の生き方に口を出す気はねーけどな。お前が思うよりも、世界ってのはいい加減だ。いい子も悪い子も、人間性なんて関係ねえ。自分勝手に誰かを好きになったりするんだよ』

 

そっか。ユミルはとっくに見抜いてたんだ。

どうして私は今まで普通でいられたんだろう。

あなたを見つけても、目が合っても、話せても、二人きりになっても――恋だと気付かずにいれたんだろう。

 

締め付けられるような胸の苦しさに、あとからあとから涙がでた。

その雫の一滴一滴をすくいあげながら、クリスタは思う。

 

愛は有限じゃなかった。

 

からっぽな自分の中から、これだけの激しい感情が湧いてくることに驚きもしたし、嬉しくもあった。

次々と湧き上がるこの気持ちは、間違いなくヒストリア()のものだ。

 

からっぽで、何もない自分の中から好きが生まれた。

好きという感情から、切なさが生まれた。

切なさから苦しさが。

苦しさから愛しさが。

その愛しさにまた好きがつのる。

終わりのない連鎖のように、ぐるぐると渦巻いてどんどん大きくなっていく。

それが嬉しかった。

苦しいのに、嬉しかった。

 

枯れることなく流れる涙をぬぐうことを放棄して、彼の姿が消えた廊下の奥をヒストリアはまっすぐに眺めていた。

 

私は大丈夫だった。

からっぽでも大丈夫だった。

普通の女の子じゃなくたって、いい子じゃなくたっていいんだ。

だって、いい子のままじゃ好きな人も守れない。

 

開拓地送りになりそうだった彼のために、何もできなかった。

ぐじぐじと悩みどうにかしようとバカみたいに駆け回って、それだけで終わった。

頑張っているあなたを応援することしかできない――そんな自分にはもううんざりだ。

 

恋をしているのは悪い子の、本当の私だから。

強くならなきゃ。

強くなって、あなたからもらった()()()()のものを返したい。

本当の私で、あなたの助けになりたい。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

昨日までとは比べものにならないぐらいの冷気が頬を刺す感覚に、クリスタは目覚めた。

鼻の先端が氷のように冷たい。

まだ静かな寝息が聞こえる暗い部屋で、布団の温い誘惑に耐えながら、ほうっと白い息を吐いた。

窓の外では、空の彼方から明るみがにじむように広がっている。

朝が来た。

空を飛ぶには絶好の日和だ。

 

「これより立体機動最終試験を始める!」

 

乾燥した肌に深い皺を刻ませたキースが大声を張り上げた。

両手を背後に組み、胸を張って整列する訓練兵。

緊張した面持ちの一同を見回して、キースは口を開く。

 

「試験は二人一組で行う。森の中には12体の巨人型模型を用意してある。各々6体を討伐し、指定した場所に到着するまでの時間を計測する」

 

話の途中で一人の訓練兵が目にとまり、キースは片眉をピクリと持ち上げた。

全員が後ろ手に整列する中、その訓練兵はおもむろに右手の拳で心臓をトンっと叩く。

 

「アッカーマン……貴様、上官の話を遮るとはな。どんな用件があるのか言ってみろ」

 

敬礼を崩さず、ミカサは短く返事をしてから「私はジャン・キルシュタイン訓練兵との組み分けを希望します」と言ってのけた。

教官に対する無礼な提言に、身動ぎもせず直立する訓練兵たちは気配だけでざわめく。

キースはミカサの目の前で立ち止まると、彼女を見下ろした。

 

「組み分けは実力が拮抗するよう決めてある。よって、貴様とキルシュタインは最初から組ませるつもりだ」

「……ありがとうございます」

ミカサが謝意を述べると、キースは視線を渦中のジャンに移し興味深そうに目を細めた。

 

試験内容の説明後、ピリついた雰囲気の中、自身の名前を呼ばれるまで訓練兵は個人練習に勤しむ。

念入りに柔軟をして精神統一をはかる者や立体機動装置を神経質に整備する者、がむしゃらに飛び回って緊張を吹き飛ばそうと躍起になる者など過ごし方は様々だ。

しばらくすると、試験が終わり晴れやかな顔で談笑する者たちが現れ、早々に名前を読み上げられたクリスタもまずまずの試験結果に胸を撫で下ろしていた。

彼女の青い瞳が無意識にジャンを探す。

すると、何やら難しい顔をしたマルコの姿が目に入った。

 

「どうかしたの?」

「ああ、クリスタか」

マルコは人好きのする笑みを浮かべ、

「心配ないよ。試験前で少し緊張してるだけだから」

「嘘。何かあったんだよね?」

胸騒ぎがした。

いつものクリスタなら、やんわり拒絶されたことを察して引き下がっていただろう。

しかし、今だけは譲ってはいけない気がする。

彼女の真剣さに、マルコは少し驚いた様子だったがやがて声を潜めて言った。

 

「ジャンがいないんだ」

「え?」

「探してみたけど、どこにも姿が見えない。昨日から様子がおかしくて、もしかしたら……」

「私が探してくる」

自分でも驚くほど、クリスタは冷静だった。

マルコは目を見開いて、

「でも、どこに行ったかもわからないんだ。試験中に抜け出したことがバレたら、君も罰則を受けることになる」

「この試験を受けないとジャンは今度こそ開拓地送りになるよ。マルコはまだ試験終わってないよね? 大丈夫。私が必ず連れ戻すから」

「でも」

「お願い。私に行かせて」

 

クリスタはマルコの言葉を遮った。

お願い――そう言ったけれど、微塵も引き下がるつもりはない。

 

「……わかった。さっき背後から教官のメモを盗み見たんだ。ジャンの順番は最後だった。時間はまだある」

「ありがとう」

「頼むよ。あいつバカだからさ」

 

大袈裟に肩をすくめて見せたマルコに頷いて、クリスタはすぐに駆け出した。

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