ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」 作:三木えーっと
「……は? なんだよ……それ」
頭に昇った血液がざぁっと一気に下がる感じがして、ジャンは言葉を失った。
急速に速くなる鼓動。
硬直したジャンをクリスタはまじまじと見つめて、
「ぷッ――アハハ! 変な顔! さっきまで怒ってたのに、そんなにびっくりした?」
と噴き出した。
「お、お前なぁ……マジでビビっただろぉが! くだらねぇ冗談言ってんじゃねーよ」
可愛らしい声でクスクス笑う彼女を前に、ジャンは吃りながら言った。
反応したくないのに、勝手に顔が熱くなる。
クリスタはひとしきり笑い終わると、
「私ね、本当はジャンのこと苦手だったの」
と大人びて言った。
「自分さえ良ければいいとか、人が嫌がることを平気で言うとか、乱暴な言葉遣いとか……俺は正直者だから〜って開き直るのもどうかと思うし。あと顔が怖いし」
顔は生まれつきだ。
指折り数えて悪癖をあげつらうクリスタに、ジャンは内心で突っ込む。
「でもね、ちょっと憧れてた。他人からどう思われようと関係ないって顔して、自分に自信があって……私にはないものばかりジャンは持ってるから」
「ガキが粋がってただけだろ」
「ふふ、そうだね。子供っぽいところもあるね」
否定せずに、クリスタは微笑む。
「でも、一生懸命だった。現実主義で、いつだって何をすべきか考えてた。必要ならわざと嫌われ役になって、言いにくいこともハッキリ言って。『偉そうに指図するな』って陰口叩かれても、ジャンは次の訓練のことばっかり考えてる。――うまく言えないけど、そういうところに惹かれたんだと思う」
ジャンに向けて、クリスタは柔らかに言った。
向けられた視線があまりにも優しく、疑いようがない。
今度こそ誤魔化せない。
そうわかっていたのに、ジャンは咄嗟に下を向いていた。
「ハハッ――やめろよ。途中から誰の話してんのかと思ったぜ。買い被りすぎだ」
「初恋なの」
クリスタが力をこめて言った。
その声に、ジャンは思わず目をあげて彼女を見てしまった。
ゆったりと優しく、ゆるんだ顔をしている。
「こんな私でも、好きな人ができたら絶対頑張ろうって決めてた。振り向いてもらえるように努力しようって。頑張ってもダメかもしれないけど、簡単には諦められないよ。……ジャンにもそういう人はいる? 自分の全部を賭けて、頑張りたいって思える人」
「ッ――」
今更な質問だ。
その答えをクリスタが知らないはずはない。
しかし、彼女が皮肉や嫌がらせで言ったのではないことぐらいジャンにもよくわかっていた。
答える必要なんてない。
適当に受け流してこの場を去ることもできたのに、彼女の言葉に宿る真剣さに、ジャンは逃げることができなかった。
「……いた」
ジャンは答えた。わざと過去形で言った。
「ちゃんと頑張った?」
クリスタが優しく尋ねる。
「どうせ振られるのに、頑張るもクソもねぇだろ」
「そうかな」
「バカか。見てたろ。嫌われてんだよ、俺は」
「ミカサに会いたくないの?」
「……顔も見たくねえ」
「どうして?」と彼女が言い終わる前に、ジャンが遮った。
「かっこ悪りぃからに決まってんだろ!!!!!」
ああやばいと思った時には大声で怒鳴っていた。
クリスタはびくりと肩を震わせ、目を見開いてジャンを凝視している。
クソ。最悪だ。
こいつ、心配して言ってくれてんのに。
今日だけじゃねぇ。
ずっと俺のこと気にかけてくれてたのに。
頭の中がパンと弾けたように感じた。
鼓膜がビリビリ振動しているのがわかる。
もうやめろ!って頭では考えているのに、体はそれを無視して深く息を吸うと再び怒声を上げた。
「行ってどうなる⁉︎ 俺がミカサに勝てるわけねぇだろ! あんな大勢の前で、好きな女にボロ負けしたいなんて誰が思う⁉︎ 嫌われて、さらに醜態晒して――これ以上恥かきたいって誰が思うんだよ! ああ⁉︎」
洪水のような耳鳴りがやまない。
「俺はもともとクソみてぇな人間だ!何やっても中途半端だ! 器用貧乏で、期待されるわりに何も成し遂げられねぇ! いつだって才能があるやつの踏み台だ! 本物には勝てねえってことぐらい、俺が一番わかってんだよ! この絶望がテメーには理解できねぇだろ⁉︎ 現に今だって、仲間に怒鳴り散らしてる自分が――自分が嫌になる」
威勢よく荒立っていた口調が、我にかえったように語気を弱めた。
呆然と、ジャンは荒い息を整える。
クリスタの顔は怖くて見れなかった。
内臓を潰すドス黒い感情が、これ以上みっともなく漏れ出ないように唇を強く結ぶ。
彼女の足先すら視界に入らないように俯いて、ジャンは黙ったまま背を向けた。
こうして誰かの目に晒されていること自体が唐突に耐えがたく、恥ずかしかった。
「ジャンがかっこ悪いのなんて、いつものことだよ」
クリスタのよく響く高い声。
それが背中に到達すると、まるで「止まれ」と命じられたかのようにジャンの足は動かなくなった。
「情けなくて、かっこ悪くて――それでも頑張るジャンが一番かっこいい」
美しいソプラノがどんどん近づいてくる。
「それを今から証明するよ」
とすんと背中に軽い衝撃。
疑問に思う暇もなかった。
背後からまわされた両手がジャンのヘソのあたりで合流すると、ぎゅっと抱きしめられる。
「兵士なんてやめて二人で暮らそっか」
「…………離せよ」
ようやく絞り出した拒絶の声はあまりにも弱々しかった。
「私のことが嫌になったらすぐに追い出していいから。付き合ってなんて言わない。お願いだから、あなたのそばにいさせて」
甘やかな囁きが脳を溶かす。
繋ぎ止めるように締め付けてくる細い腕。
その力強さがあなたは必要な存在だと、深く深くジャンに教えこんでいるようだった。
クリスタ以外の誰が、こんなにも自分を必要だと言ってくれるだろう。
何の役にも立たず、逃げ出そうとするクズなんかに価値を見出してくれるだろう。
そう思うと、涙腺が緩んだ。
愛されていることを実感した。
誰にも選ばれなかった俺を、クリスタは選んでくれた。
それがバカみたいに嬉しい。
嬉しくて、嬉しくて――こんなにも幸せな気持ちをくれた彼女に応えたいと思った。
「……クリスタ」
「はい」
優しい声が受け入れてくれる。
その安心感に身を任せて、腰に回された彼女の手にジャンはそっと手を重ねた。
「お前と一緒に暮らせたらいいだろうな。美人な嫁がいるって、周りの男共に羨ましがられて、優越感に浸れること間違いなしだ」
「それはありがとうって言うところかな? あんまり褒められてる気がしないけど」
不満そうな声に、ジャンは笑いを噛み殺す。
「それだけじゃねぇよ。クリスタは努力家だろ。掃除も洗濯も完璧で、料理とかすげぇ美味いの作ってくれそうだ」
「家事はジャンにもやってもらわないと困るよ? 脱ぎっぱなしの靴下とか、私は絶対拾ってあげないからね。でも、料理は任せて。最近気付いたんだけど、私ってすごく一途みたい。毎日好きな人に手料理を作れるなんて、すごく嬉しい」
クリスタは幸せそうに言った。
「ああ……でも、ケンカは多いだろうな。お前って意外と頑固だし、めんどくせぇところあるから」
「それはお互い様でしょ。ジャンの自己中よりはマシだと思うけど」
「ハハッ! 結構ひでぇこと言うな」
クリスタらしくない鋭い物言いに、ジャンは声をあげて笑った。
いつもの彼女なら絶対に言わないであろう毒が、不思議と心地いい。
「お前と一緒にいれたら毎日楽しいだろうな。……きっとすぐに好きになる」
夢を見るように、ジャンが呟く。
「たぶん俺は幸せになれる」
「私の方が幸せになっちゃうと思うよ」
クリスタは迷いなくそう言ってくれた。
冷たく冷えた小さな手。
その手が微かに震えているのが伝わって、ジャンは彼女の手をぎゅっと握った。
「比べるまでもねぇ。巨人と殺し合う人生より幸せだって……わかってんのになぁ」
そう言って、ジャンは握りしめた小さな手を優しく自身の体からはがした。
「お前を選べない俺はバカだ」
クリスタは返事をしなかった。
黙って、その続きを待っている様子だった。
散っていく葉が地面に落ちていくのを眺めながら、ジャンは言葉を探した。
何を言っても傷つけるだろう。
けれど、話さないわけにはいかない。
下手な嘘は性に合わないし、何よりクリスタがそれを望んでいないからだ。
「クリスタは、俺にとって特別だ。特別で大切な仲間だ」
俺の気持ちを知っていて、傷つくことがわかっているのに、何でクリスタはここまでしてくれたのか。
決まってる。
俺だ。俺のためだ。
俺の背中を押すために、こんなに震えて好きだと伝えてくれている。
「好きなやつがいる。初恋だ。一目惚れだった。どんなに目を逸らしても――俺の真ん中にはあいつがいる」
自分の弱さに向き合いたくなんてなかった。
知らないフリをしたかった。
俺はもともと弱い人間で、そう諦めようと思っていたのに――クリスタは違った。
俺でさえ諦めた俺自身を、クリスタが信じてくれている。
どんなに弱っても結局立ち上がるって、諦めないって――バカみたいに信じて、わざわざ傷つきにくるようなお人好しだ。
それはかつてなく深く胸に刺さる感じがした。
「今ここでクリスタの好意に甘えたら――俺は自分を許せねぇ」
ジャンは力強く言った。
「やっぱり、ジャンはかっこいいよ」
クリスタは満足そうに言うと、ジャンの背中から離れた。
二人を隔てる一歩分の距離。
確かにそこにあった熱を、風がさらっていく。
ジャンは一瞬振り向こうとして、途中でやめた。
それでも何を言うべきか迷いながら口を開いた瞬間、「まって」とクリスタが遮った。
「謝らないで。約束、したでしょ?」
――約束。
ああ、そうだ。
立体機動の訓練中、高所から落ちたクリスタを助けたあの日。
互いに謝るのは禁止だと、そう決めた。
それは二人が対等な関係であると確認した瞬間でもあった。
だから彼女の声が微かに震えていたとしても、謝っちゃいけない。
他にもっと言うべきことがあるはずだ。
ジャンはピシャリと自分の頬を打った。
鋭い痛みが両頬をじんとさせ、「よっしゃ」と小さく気合を入れる。
「ありがとう。――行ってくる」
振り返らずに、ジャンは直進した。
もう迷いはない。
勝ち目は薄くても、勝算はある。
やるからには勝ちに行く。
それこそがかませ犬の生きる道だ。
「僕の戦争」のフルバージョンが解禁されました!
日本語詞の部分が、実にかまってちゃんらしくてめちゃくちゃエモい&最高