ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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ランキング載ったみたいで、お気に入り数など、爆上がりしました!
こんなにたくさんの人に読んでもらえるとは思わず、光栄です。
ありがとうございます。


七話

 ぽかぽかした陽気に包まれて、どいつもこいつも眠そうな面をぶら下げている。無理もない。昼飯明けにこの温かさだ。腹が満たされ眠くなるのは、人間の本能だろう。

 

 対人格闘の訓練は点数も低い上に、教官の見回りも少ない。一部の真面目バカと本物のバカを除き、厳しい訓練の合間のサボり枠して絶大な人気を誇る時間だ。しかし、本来なら筆頭のサボり魔が一名。鼻息荒く、睨みつけてくるのが意外だった。

 

「なあ、ユミルがすげー目でお前のこと睨んでるぞ。何やったんだよ」

「このあいだちょっと色々あってね。嫌なやつって言われたよ」

 

 そばかすの浮いた頬をぽりぽりかいて、マルコが言った。ジャンは目を丸くして、しかしすぐに煽るようにニヤついた。

 

「お前が? めずらしいこともあるもんだな。どうよ、人に嫌われる気分は?」

「多少落ち着かないかな。けど、ユミルが今一番嫌いなのは断トツでお前らしいからさ」

「それ本人に言う必要ある?」

 

 その時。二人一組になって木製のナイフを奪い取るフリをする訓練兵の合間を、低い金髪頭が通るのが見えた。

 

「悪りぃ。ちょっとサボる」

 

 マルコに声をかけると、ジャンは彼女の後を追った。気を抜くとすぐに見失ってしまいそうになるのは、彼女の背が低いせいか、それともマーレ仕込みのスニーキングスキルのせいだろうか。

 

 勝負どころだ。ここで一発、強烈な印象を与えなければならない。ジャンは深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 

——よし、行くか。

 

 ジャンはアニの前に立ち塞がると、木製のナイフを彼女に向かって放り投げた。アニは反射的にそれを受け取る。ブロンドの隙間から覗く氷のような瞳が、こちらを睨みつけた。

 

「よお。暇だろ?」

「アンタの相手をするほど暇じゃないよ」

 

 そう言って、投げ返されるナイフ。それを受け取ると同時に、ジャンは地面を蹴り上げた。瞬時にアニの懐に入る。日々の訓練で薄汚れた木の刃が、アニの胸を(えぐ)ろうとした刹那——寸前で、アニは半身になって(かわ)した。ナイフが空を切る。すれ違い様に、ジャンは強烈な膝蹴りを腹に叩き込まれるが、それをなんとかガードする。ジャンは素早くナイフを逆手に持ち直して、アニの顔面に向けて振り下ろした。至近距離で迫る切っ先。しかし、アニは顔色ひとつ変えず、首を傾けて躱した。アニがジャンの腕を掴む。押し切ろうとするナイフと、力点をズラして持ち堪える細腕。ギリギリする攻防。二人の視線が衝突した。

 

「いきなり襲いかかるなんて、マナーがなってないんじゃないのッ!」

 

 突然、手応(てごた)えが消えた。流れるような動きで、アニが身を(ひるがえ)す。支えを失って、ジャンの体勢が大きく崩れた。

 

 クッ——これはヤバい!

 

 焦るジャンの頭を狙って、ブォンと効果音付きのハイキックが放たれる。ジャンは前傾に崩れた重心を活かし、すんでのところで伏せる。逃げ遅れた髪が、彼女の足先に擦れてチッと摩擦音が鳴った。ひょっとしたらアニの舌打ちかもしれないが、確認する余裕はない。ジャンは一度立て直そうと、バックステップで距離を取ろうとするが、アニがそれを許さなかった。――速い。一瞬でジャンの懐に入り込み、バネのある拳がジャンの心臓を狙う。その攻撃を半身になって避けると、ジャンは既視感に襲われた。

 

 これは——さっきの俺の攻撃のトレースか⁉︎ なめやがって!

 

 ジャンは憤るが、アニの攻めに体勢は完全に崩されている。

 

 避けられねェ!

 

 今度こそジャンの頭部を、強烈なハイキックが襲った。ジャンは足を踏ん張り、腹にたらふく力を込め、腕を高くあげてガードを作る。鋭い蹴りが、ジャンの腕に突き刺さった。衝撃がビリビリと骨に響く。

 

「——ッ重てぇな。末恐ろしいぜ」

 

 正直言ってめちゃくちゃ(いて)え。けど、受け止めた。

 

 痩せ我慢でニヤリと笑ってみせると、アニは少し驚いて、感心したように「へえ」と呟いた。ガードごと吹き飛ばす自信があったのだろう。

 

 よっしゃ! 今のはかなりポイント(たけ)えだろ!

 

 狙い通りの反応に、ジャンは内心ガッツポーズをした。

 

 恋のキューピッド計画——先日、やっと解決の糸口を見つけた。ライナーの方はなんとかなりそうだし、ベルトルトについては未計画だが、奴はライナーの腰巾着(こしぎんちゃく)だ。相方が崩れればいずれ突破口も開けるだろう……と今は楽観視しておく。

 

 しかし、アニは難しい。アニは普段から誰とも話そうとせず、孤立気味だ。壁内人類を攻撃する罪悪感から人と距離を置いてるんだろう。となると、間接的な干渉は厳しい——アニだけは直接の接近が必要だとジャンは判断した。

 

 問題はどうやってアニと親しくなるか……そこで思い出した。エレンによると、アニは対人格闘の時だけは生き生きとして楽しそうだったと。

 

 つまり、こいつとの対話は(こぶし)にかぎる! こういう格闘技バカは、強い奴には一目置くはずだ。俺の実力を見せつければ好感度もうなぎ上り——そこから一気に距離を詰めてやるぜ!

 

 ジャンは勇み立つ。ガードしたとはいえ一撃もらったところだ。防戦一方の展開もそろそろ癇に障る。

 

 四年前なら手も足も出なかったが、実戦経験を積んだ俺は昔とは違うぜ。

 

 反撃に出ようと、ジャンはすり足で移動しながら間合いを計る。アニも独特のファイティングポーズを取った。アニも本気だ。

 

 アニの格闘術は、相手の力を利用するカウンター技が基本だが、さてどうするか……。

 

 真剣勝負に脳をフル回転させる。ますます空気が張り詰め、互いの忍ぶような呼吸が聞こえ、次の一呼吸で飛び出そうとジャンが決めた時だった。視界の隅に、光の粒子が現れた。注視しなくても正体はわかっている。ミカサだ。

 

 俺はバカか! 色ボケしてる場合かよ。集中しねーと!

 

 ジャンは奥歯をギリギリと噛み締めて、一層キツくアニを睨みつけた。しかし、恋というのは厄介なやつで、一度存在を意識してしまうとなかなか離れることができない。まるでミカサの体から光でも溢れているように、視界の片隅がパッと明るい。

 

 どんな状況でもミカサを見つけられるという馬鹿げた特技は、案外戦場でも役立っていた。戦場でのジャンの仕事は、二つある。現場の指揮とミカサのフォローだ。

 

 リヴァイ兵長に次ぐ存在のミカサは、役割を与えて縛るよりも、単独で動いてもらった方が何かと都合が良い。エレンが絡むと暴走しがちなミカサの手綱を引くのは、明言されたわけでもなかったが、自然とジャンの役割になっていた。

 

 頭が切れて調査兵団の中でも古株で、なおかつ立体機動の技術面から見ても、ミカサについて行けるのはジャンぐらいのものだった。混戦の中、いち早くミカサの姿を見つけ状況を把握するには、ジャンの特技が大いに役立った。戦場という舞台でたった一人を照らし続けるスポットライト。そのおかげで、ミカサを危機から救ったことも何度かある。いつしか彼女の影のパートナーにでもなった気がして、命がいくつあっても足りないとヒヤヒヤする一方、自尊心を満たされてもいた。ミカサには俺がいないとダメなんだ、なんて独りよがり。だいたい「影の」なんて自分で付けている時点で、負けを認めているのと同じだ。

 

 無表情ながらも熱心に、ミカサがエレンに話しかけている。大方、「格闘技なら私が教える」などと言って、断られているんだろう。そんなことに心がざわつくのも、我ながら鬱陶しい。

 

 なんとか集中しようと眉間に力を込めて、アニに瞳を据える。と、ふいに彼女の視線が薄らいだ気がした。睨み合っているのになんとなく目が合わないような……。

 

 なんだ? 視線誘導——フェイクか。

 

 一瞬アニの動きに警戒するが、その瞳に見覚えがあることに気付いた。

 

 こいつ、誰かを見てる? 誰を——

 

 アニの視線の先を探ろうとして、目玉を動かしたのが悪かった。隙ができたんだろう。「あ」と思った時には遅い。目の前に瞬間移動したアニがジャンの手首を握り、顎を掌で押し上げた。ジャンのふくらはぎを蹴り上げ、軽々と男の体を浮かせる。ジャンはカエルが潰れたような声を出して、オムツ換えを待つ赤子のような間抜けなポーズで、地面に落ちた。

 

「終わりだね」

 

 アニが冷ややかに言うと、奪い取った木製のナイフを放り投げた。

 

「ちょっと待て。……今のはノーカンだ」

 腰がやられてすぐには動けない。ジャンは例の情けないポーズのまま言った。

「アンタ、今死ぬほどダサいけど。自覚ある?」

「ダサくねーだろ! 途中までカッコよかったろ! いい線行ってたろ絶対!」

 アニは皮肉めいた口調で、

「どうでもいい。最近やたらとやる気みたいだけど、私を巻き込まないでくれる? 迷惑だから」

 

 くッ……この女、こっちが下手に出てりゃーいい気になりやがって!

 

 ジャンはなんとか立ち上がり、怒りを抑えて言った。

「頼む! もう一戦だけ! もう一戦して負けたら諦めるから!」

「悪いけど。先約がいるんだよ。もう一人面倒なのがね」

 アニの視線がズレる。視線の先では、エレンが(まじろ)ぎもせず、こちらを見つめていた。エレンの背後で、ミカサが覇王のオーラを放ってアニを睨み付けている。

 

「わかった? アンタが本当にカッコいい男なら、これ以上か弱い女の子に負担をかけるようなマネはしないと思うけど」

 

 そう言って返事も待たず、アニはエレンの元へ向かう。その後ろ姿に、ジャンは言いようのない突き上げる衝動を感じた。

 

「待てよ! じゃあ、次の休み! どっか行かねーか⁉︎ 二人で!」

 

 ほとんど無意識に口を開いていた。立ち止まったアニが、唖然として振り返る。

 

 アニのこんな顔、めずらしい……じゃねーよ! 何言ってんだ俺は⁉︎ じゃあって何だよ⁉︎ じゃあの意味がまったくわかんねーよ馬鹿か⁉︎

 

 自分のセリフにアニ以上に驚いて、ジャンは取り乱した。

 

「いや、ちがう——ことはねーけど! 深い意味はなくてだなァ! なんつーか純粋に、そう! 純粋な意味で親睦を深めようという一つの提案として——」

「いいよ」

「……は?」

「いいよって言ったんだよ。乙女に何度も同じこと言わせないでくれる?」

 

 全然良くなさそうな()()()()で言うと、アニはさっさとエレンのところへ行ってしまった。彼女の背を見送って、想定外の飛躍的進歩にジャンは呆然と立ち尽くした。

 

 

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