ジャン「人類を救うために恋のキューピッドになる」   作:三木えーっと

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九話

 

「それでね! それでね! すっっっごく気持ち良かったの! あんな感覚はじめてっていうか、本当に翼が生えて飛んでるんじゃないかな⁉︎ってちょっと本気で思っちゃうくらいでね!」

「大袈裟だろ。立体機動始めて3年目だぜ? 今更そんな感動すること――」

「あるよっ! ぜんぜん違うんだよ⁉︎」

 クリスタは前のめりになって言った。

「でも、ジャンはもっと速く飛んでるってことだよね。だから本当にすっごいなーって改めて思ったし、ジャンのアドバイスがあったからこその結果でね!」

「わかった。お前の気持ちはよくわかったから、少し離れてくれ……」

 

 訓練終了後。立体機動装置が置かれる第一倉庫は、訓練場の森の入口付近にぽつんと設置されていた。ジャンは樹木をなんとなしに見上げながら、いつものようにクリスタを待った。すると、ジャンの姿を見つけたクリスタが瞳を輝かせて駆け寄ってきた。今日の試験の様子を興奮気味に語ってくれた教え子に、もちろん嬉しさを感じてはいたが、整った顔が至近距離に近付いてジャンは赤い顔を背けた。やっと自分の大胆さに気付いたクリスタも「ごめんなさい! その、私、ちょっと夢中になっちゃって!」とあわあわ慌てながら、ジャン以上に顔を赤らめて体を離した。

 

「いや、問題ねーよ。まあ上手くいってよかったな」

「えへへ……うん、ありがとう」

 クリスタは目元の笑みを深くして、

「ジャンもおめでとう。今日の試験、ミカサとほぼ同タイムの二位だよね? みんなびっくりしてたよ!」

「あー……まあな」

 その褒め言葉を、ジャンは曖昧に笑って誤魔化した。

 

 ずっとあいつの背中を追ってきたからな。巨人も敵もいねぇ直線勝負で離されるわけねーっつか、むしろ訓練兵時代のミカサにも勝てねーとか、わりと自信なくしたぜ。

 

 ガッツリ実戦経験を積んだ身で、大人げもなく本気で試験に挑んだのは、ひとえにミカサに勝ちたい一心だったのだが……。結果として、変わらない実力差を見せつけられただけだった。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、やはりミカサは別格だとジャンは思う。立体機動を手にした時から、彼女は完璧だ。

 

 遠い目で佇むジャンを、クリスタは不思議そうに見つめた。

 

「そろそろ行こっか? あんまりのんびりしていると暗くなっちゃうもんね」

 クリスタはジャケットを翻してくるりと背を向けた。その背中に、ジャンは遠慮がちに声をかけた。

「あー悪りぃ。今日の練習はなしだ」

「そうなの?」

「おう。……実は、クリスタに頼みたいことが――」

「本当⁉︎ なになに⁉︎」

 言いにくそうに切り出したジャンを遮って、クリスタは声を弾ませた。

「何でそんなに食いつくんだよ」

「だって、なんでもするって言ったのに……立体機動の訓練させろ〜なんてお願いなんだもん。私が得してばっかりで、少しぐらいお返ししたいよ」

 と拗ねるように唇を尖らせる。

 

 天使かよ。

 

 反射的に浮かんだ言葉をポーカーフェイスで打ち消して、ジャンは胸ポケットを探り、二枚のチケットを取り出した。そこには『喫茶店♡シュエット お食事券』と、いかにも女の子らしい筆跡で書かれている。クリスタは目をぱちくりさせた。

 

「それって……」

「トロスト区に新しく飯屋ができたことは知ってるか?」

「えっと、たしか赤い屋根のかわいいお店だよね? 女の子が好きそうな感じの」

「そうだ。そしてこれはお食事券だ。二枚ある」

 

 あ……とクリスタが小さく呟いた。お辞儀をするように頭を垂らしたチケットをまじまじと見つめて、透き通る青い瞳に光が輪を描いて走る。じんわり熱を帯びていく頬を見つめながら、ジャンは思い切って言った。

 

「頼む、クリスタ。一緒に飯食いに行ってくれねーか? ……ライナーと」

「……え? ライナー?」

 ぽかんとしたクリスタに、ジャンは慌てて言う。

「待て! お前の言いたいことはわかってる! 何でライナーって思ったろ? 嫌だよな、あんなゴリラとかわいい喫茶店なんて入れねーよな!」

「ううん! ちがうの! ライナーが嫌とかじゃなくって!」

 両手をぶんぶん振り回して、クリスタは一生懸命否定した。

「あの、なんでジャンがそんなお願いするのかなって」

 

 最もなところを突っ込まれて、ジャンは押し黙った。なんとなく気まずそうに、クリスタは目を伏せる。

 

 当たり前だ。本人から誘われるならともかく、そこにジャンが入るのは意味不明だろう。しかし、ここで引くわけにはいかない。ライナー攻略は彼女にかかっているのだから。

 

 美女と野獣。月とスッポン。巨人に真珠。

 

 ライナーとクリスタの組み合わせは、そんな言葉がよく似合う。だが、「男と女の間に絶対はねぇ!」をスローガンに掲げてきたプロの片思い拗らせ師としては、一縷の望みを捨てきれずにいた。それによくよく考えてみれば、クリスタをまともに口説いた男など今までいなかったのだ。押しに弱いところもあるし、本気で口説けば案外いけるかもしれない。

 

 訓練兵の入団式。美少女特有のキラキラしたオーラを纏っていたクリスタは、すぐに訓練兵男子の注目の的となった。彼女に近付こうと、男どもが虫のようにふらふら寄っていく。昼時になればクリスタの分まで席をとって食事の準備をしたり、彼女の当番の手伝いをしたり、訓練中の班分けでは彼女をめぐって静かな争いになったりした。危うく教官にバレそうになって慌てふためくバカどもを、ジャンは冷たい目で眺めていたものだ。

 

 しかし、それも一週間ほどで終息することになる。ユミルがクリスタの隣に並ぶようになったからだ。性悪でがさつなユミルと、優しくてかわいいクリスタ。どういった経緯かは知らないが、正反対の二人がつるむようになったのは、それなりの衝撃があった。以降、男たちの末路はユミルに睨まれて諦めるか、ユミルにボコられて諦めるかの二択になっていった。

 

 ユミルに任せきりで他力本願なクリスタに、「嫌なら自分で断れよ」とジャンは薄い関心で評価していたのだ。しかし、今は自分が彼女の優しさに付け込もうとしている。

 

 なんて答えればいいんだ。未来のことは話せねーし、納得のいく説明なんて……。

 

 言葉を探しても見つからない。ジャンが何も言えずにいると、手の中のチケットがするりと抜けていった。驚いて顔を上げる。

 

 クリスタが二枚の紙切れを見つめ、

「よくわからないけど、ジャンが困っていることはわかったから。私で力になれるなら協力させて?」

そう言って、微笑んだ。

 

 俺はずるいな。ただ頭を下げるだけで、クリスタなら引き受けてくれるとわかっていた。こいつの優しさに無策で頼った。ジャンは項垂れて、彼女の両肩をグッと掴んだ。

 

「すまねぇ……本当にすまねぇな、クリスタ……」

「ご飯行くだけだよね⁉︎ なんでそんな悲壮感あるの⁉︎」

 クリスタは目を伏せて、

「だけど、二人はちょっと恥ずかしいから……他に誰か誘ってもいいかな?」

「え⁉︎ おおおお! もちろん! そ、それならベルトルトがいいんじゃねーか? そんでクリスタも話しやすい女子をもう一人誘ってよ!」

 

 ここでまさかのダブルチャンスかよ⁉︎

 

 興奮で鼻を膨らませて、ジャンは食い気味にベルトルトを推す。

 

 クリスタが誘うならユミルかサシャあたりか? どっちが来ても望み薄だが、万が一、愛が生まれることもなきにしもあらず! ロマンスは突然だぜ!

 

「その……ジャンはどうかな?」

 クリスタは顔色を伺うようにジャンを見上げた。

「ほら、私ってあんまり仲良い男の子とかいないし、緊張しちゃうし! 私が一番話しやすい人って、ジャンかなぁって。ぜんぜんベルトルトが嫌とかじゃないんだけどね⁉︎ 次のお休みとか、どうかなあって!」

「あー……わりぃ。次の休みは先約があるんだ」

 

 意味不明な頼み事をするんだから、お前も付き合えっていう筋はわかるが……あいにく次の休みはアニとの約束がある。それに降って湧いたベルトルトチャンスを逃すのは惜しいからな。

 

 幸運にも、本当に先約があることにジャンはホッとした。ただでさえクリスタには苦労をかけている。そのうえ嘘をつくのは嫌だった。

 

「ううん。先約があるならぜんぜんいいの」

 クリスタは華奢な人差し指を、ジャンの鼻先に突きつけた。

「それとさっきから謝りすぎだよ。お互いに禁止って約束したでしょ? そんなにペコペコしなくたって、なんでもするよって言ったのに」

 鼻先にある人差し指を、眉間にシワを寄せたジャンが握る。

「ペコペコってお前なあ。……あと、なんでもするとか他の男に言うんじゃねーぞ」

 俺にはミカサがいるから問題ねえが、普通の男に言うには危険すぎるセリフだ。

 

 突然握られて驚いたのだろう。クリスタは慌ててジャンの手の中から指を引き抜いた。

 

 いつのまにか傾いた空。夕暮れのほの赤い光を輪郭に宿して、クリスタは小走りにタッタッタッと兵舎に走っていく。そして、くるりと振り返り叫んだ。

 

「私に任せてね! どの料理が美味しかったか、ばっちりリサーチしてくるから!」

 

 クリスタは元気よくチケットを掲げてぶんぶん振ると、そのまま兵舎に駆け込んでいく。蜂蜜に苺ジャムを重ねたような色の髪が、艶やかになびいて兵舎に吸い込まれた。それを見送ってから、ジャンは胸をなで下ろした。

 

 あ、俺がセッティングしたこと口止めすんの忘れた。……まあ、明日でいいか。ようやくこれで一歩前進だぜ。

 

 休む暇もなく、次の対戦相手――アニ・レオンハートのことをあれこれ考えながら、ジャンも兵舎へ足を向けた。

 

 




この小説では、気持ち自重しますが、喫茶店とかスイーツとか余裕で登場します。
なぜなら、かわいい女の子にはかわいいスイーツが似合うからです。
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