その日、世界に一つの生命が生まれた。
役目を果たした生命が外の世界へと送られる日があるように、外の世界からこの世界へと祝福を受けて授かる生命もある。
皆、生命が生まれれば喜ぶ。失われれば悲しむ。
そういう、当たり前の世界。
〜科警研・オーパーツ研究所-AM4:52〜
「はぁ……はぁ……くっ……!!」
八意が白の姿へと戻りながら、膝を着く。その右手にはビートチェイサーのハンドルが握られており、つい数秒前までは紫の金のクウガに姿を変えていた。
(なんなんだ……このプレッシャーは!あんなものが外の世界に出ていい筈がないっ……!)
目の前には、子供が1人。膝を着いて肩で息をする八意を見上げている。まだそれ程までに幼いのに、彼の目には自分を見下しているかのようなプレッシャーが襲いかかっていた。
目の前の子供を斬らねば、今ここで此奴を止めなければと全身から吹き出す汗を、震える身体を懸命に叩き起こそうとする。
『おはよう、良い朝だね』
「ッ!!!!」
まだ喋れるはずの無い年頃に見えた目の前の子供から、八意の脳内に直接言葉が入り込む。その気持ち悪い感触に思わず頭を掻きむしりそうになる。
「な……なんなんだよ。お前……ッ!!お前は!!!」
『すごい、僕が産まれた瞬間、まわりのみんなは倒れたのに……おかあさんも』
会話にならない。
「お母さん、だと?」
『うん、ぼくを産まれさせてくれたにんげん。お母さん』
そう言って指をさしたのは、オーパーツ研究所の三雲さんだった。彼女は目の前の子供が生まれた瞬間のプレッシャーと小爆発に襲われ意識を失ってしまっていた。
「違う、お前の……お前の母さんじゃ――」
そう言って目の前の子供を睨みつけようとした瞬間――――息が止まる。
『うるさい』
「――――っあ……?」
息を止められた訳でもない、ただ子供はこちらを見ている。ただその視線が、その目が、全身の震えを増加させる。
息の仕方がわからない
こきゅうがわからない
心臓を動かせているのか?
わからない。わからない。何も
『それじゃあね――人間の戦士』
「っ……ッ!!」
ペタ、ぺたと目の前の子供は歩いていく。まるで家の扉を開けるように、研究室の扉を開く。
(出すな……出すな出すな!!此奴を今、ここで殺さなきゃいけないんだ……ッ!!)
足を動かそうと、筋肉を動かそうと、骨を動かそうと、全身全霊を込めて奴の方へと姿を向ける。
だが八意に出来たのはそこまでだった。それ以上は身体が言う事を聞かなかった。
「はぁ……はぁ……」
その子供が去るまで、八意はただ膝を着いて息をすることしか出来なかった。
心に凄まじい恐怖を植え付けられたまま……
そしてくっきりと記憶に焼き付く……その子供の手には――黒い痣のような模様があったということを。
〜前日・警視庁PM21:03〜
「DNAの解析、ですか」
その事が起こる前の前日の夜、俺は警視庁に居た。直前までRoseliaのメンバー達と新しくできたというライブハウス、RINGという所で練習を聞いていた。
そのまま直で呼び出され今こうして警視庁の1部屋に通されていた。目の前にはお偉いさんと思われる男性が2人居た。
聞いた話は、オーパーツと呼ばれるものを解析し終え、現れた古代のDNA。そこに人工的にタンパク質などを植え付けて生命を作り出すという実験。
「ああ、実験も大詰めでな。明日には産まれるとも言われているんだ。もし万が一ということを兼ね備えて君には警護に当たって欲しい」
「了解です」
言われた言葉に思考の時間は無く、そのまま二言返事で承諾する。
「済まないな、色々とプライベートも忙しそうなところに突然」
「いえいえ、お気になさらず」
「……」
時間になるまでは自由でいいと言われ、通された部屋。そこにノートにシャーペンの走る音だけが響く。
時折、消しゴムがノートを擦る音、トン、トンとシャーペンがノートを叩く音と彼の作業がかなり行き詰まっていることを示すかのように筆記用具の演奏が続いていた。
(プロ入り……か)
ふと、ペンが止まり自分が書いたことに様々な感情が湧き上がる。
彼女達は既に、様々な場所からスカウトをうけている。そして現在はそれを断り続けている。ここ!という場所が彼女達には見つかっていないようだ。
『私ならRoseliaをもっと上へと導ける』
「……うるせぇよ」
脳内でフラッシュバックした榊原直保の言葉に、つい無意識で悪態を着く。
何となく、自分のRoseliaでの居場所が失われるような気がして、何とも言えない気持ちになる。
確かにプロ入りすれば、俺なんかよりももっといいマネージャーが着くだろうし、今迄よりももっと上達すると思う。だけどそれは同時に、俺のマネージャーとしての役割が終わるということ。
(長い付き合いだしな……俺とRoseliaって)
初めてこの世界に落ちてきて、最初に出会って、最初にこんな俺を受け入れてくれたのが彼女達だった。
最初に彼女達の音楽を聞いた時の事は今でも忘れない。なんならたまに思い出す。
あの感覚は多分、今生では二度と訪れないと思うほどの衝撃。そんな彼女達を傍で支えられたらとずっと考えていた。未確認生命体事件が終わってそれがようやく掴み取れそうになっているところだった。
アンノウンとマネージャー、傍からすれば人類の危機であるアンノウンの方が優先されるべきことなのだろうが……俺の心は完全に吹っ切れては居ない。
彼女達は本気で音楽をやっている、多分死ぬ迄Roseliaとして活躍するんじゃないかと思う程に。
(――時間か)
日付が変わり、午前0時を知らせるアラームが鳴る。俺は泥沼になりそうな思考を一旦シャットアウトしノートを閉じる。
「……あ」
ノートを閉じた瞬間、1ページ目に挟んでいたモノが落ちる。それを拾い上げ少し止まった。
そこには、このノートを綴り始めた時に書いた俺自身の目標のようなものが書き連ねられていた。
少し止まり、慌てて首を振ってそれを再び挟み込む。
心に、少しばかりの暗雲が立ち込めているのを感じながら……
――――――――
〜チュチュのマンション・AM4:52〜
「ぐっ……はっ……!!」
科警研で生命が生まれた瞬間、翔一も自らのベルト……オルタリングを通じて感じ取っていた。
最も彼の場合、夢の中でソレは表現により顕現していた。
翔一は海の上に居た。豪華なフェリーに乗って……次の瞬間、凄まじい豪雨と波が翔一を襲い……全てが海に飲み込まれようとしていた。
(なんだこれ……っ!?僕の……!?)
見覚えが確かにある景色に、翔一は困惑を隠せない。上下左右の感覚が無くなりそうになる不快感に思わず吐き戻しそうになる。
「ッ!!!」
耐え難い不快感に目を開き、盛大に身体を起こす。一瞬だけ漏れ出た叫び声を手で反射的に抑え、別の部屋で寝てるであろう家主を起こさないようにする。
「ふーっ……ふーっ……」
凄まじい寝汗だった、まるで先程までの豪雨を本当に浴びたんじゃないかと言わんばかりの量だった。同時に喉の乾きを盛大に感じる。
(……水、飲むか)
心臓が痛すぎるほど鼓動する中、何とかベッドから立ち上がる。一瞬だけふらつき、倒れそうにもなるがそこは持ち前の根性で必死に耐えた。
今寝ている同居人が起きてしまったら後が怖い。多分今体感したこの感覚と同等と言ってもいいだろう。
(これも、アギトのせいなのか?)
意識が己の腹部に向かう、そこにそっと触れても、反応はないが――その奥では、たしかに鼓動を強めているものがあった。そんな感じがした。
――――――――
「ッ……!!ぐっっ……!!」
真夜中、コンビニで買った商品が入った袋を地面にぶちまけて、男が腹を抑えて蹲る。ここ数日ずっと付き合っているその痛みは、永遠に慣れそうも無い。
(またコレだ……ッ!!一体何なんだこの感覚は……!!)
今日は何時もより、一際痛みが増しているような、そんな気がする中、只管に痛みが治まるのを待つ。
そして……葦原涼はその目に有り得ないものを見てしまった。割れて一面に散乱していた鏡に映る己を
手が
足が
全身が緑に光り一瞬。ほんの一瞬だったが――――異形の見た目になったということを。恐らくこれからの人生で、1度たりとも忘れることはないだろうその瞬間を。
葦原涼は、”何か”が自分の中で産まれるのを明確に感じていた。
〜翌日・オーパーツ研究所〜
「……」
昨日、少しの騒ぎがあったという噂を耳にした氷川が、オーパーツ研究所を訪れていた。だがそこには、整備した品々を運ぶトラックと、施設の中で一人、どこか虚ろな目をした三雲が居るだけだった。
「三雲さん、これは何が……」
「見ての通り、オーパーツ研究所は解散よ。当然っちゃ当然よね。榎田さんにも申し訳ないと思ってる。それに彼にも……」
「八意くん、ですか?」
「ええ」
「……彼は?」
「いつも通りの日常に戻って貰ったわ。もうここに居る必要も無いからね」
「そうですか、でも何で、古代人はこんなものを遺したのでしょうね」
「さぁね、今となってはもう何も分からないわ」
「――昨日、何があったんです?」
会話を逸らしつつも、1番聞きたいことを聞き出そうとしていた氷川だったが、自分のあまりも奥手さと不器用さを自覚し、諦めて単刀直入に聞く。
オーパーツの研究はあともう少しのはずだった。それが何故いきなり閉鎖という事態になったのか。何故あれ程研究熱心だったはずの三雲がこんな状態になっているのか。
「何も、なかったわよ」
だが彼女から出てきた言葉は、独り言にも聞こえる言葉だった。
「……そんなはずは」
「何も無かったのよ……本当に」
違和感を拭えず、氷川が再度聞こうとするが、塞がれるように彼女が言葉を重ねた。その一言、そこに宿っていた意思に氷川も詮索を辞める。
確かに、何かあったのには違いない。だがそれを今ここで問いただしてしまえば……何か戻れない。そんな気がしたからだった。
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