「……」
「……」
誰もいない空間、お客さんは誰も居なくって、私と貴方の2人きりの世界。
目の前にいる貴方は、今も多くのものを抱えて生きている。これから戦いに行く貴方を、私はこうして見ている。
もし、今ここで……
貴方に好きと言ったら、貴方はどう答えてくれますか?
「いらっしゃいま……あっ!」
「まさかこんな日まで開いてるとは思わなかった……!悪りぃちょっと床濡れるかも!」
「そこなら大丈夫!タオル持ってくるね!」
「あぁ、ありがとう!」
今尚止むことを知らない雨が降り続ける朝、漸く1人目の客が現れ、羽沢珈琲店の扉の鐘がチリンチリンと鳴り響く。
いつでも対応できるように締めてあるエプロンを揺らしながら扉の方へと向かう。合羽を羽織り、フルフェイスのヘルメットを被った人物が視線に入る。
(お客……様?)
このご時世だ、顔を見せずに犯罪——なんてことも視野に入ったが。その不安はすぐに消えてなくなった、代わりに胸に熱が灯る。
(……!!)
ヘルメットを外し姿を表せたのは、八意想という少年だった。この酷い雨にヘルメットなどは役に立たなかったようで、髪は濡れて違ったイメージを与えてくる。そんな彼の一面に乙女心を昂らせる反面。
同時に巻き起こる気持ちは、心配だった。
ニュースで見ていた、0号との戦いから数十時間しか経っておらず、映像越しでもわかるほど彼は痛めつけられていた。家族は4号……と声を漏らしていたが、つぐみだけは気が気じゃなかった。
(想くん……)
ニュースが終わった後、直ぐさまスマホを手に取って連絡を飛ばそうともしたが……最終的に出来なかった。
こんな時、どうやって言葉を掛ければいいのかつぐみには分からなかった。幼なじみにするように、いつも通りにやれば良かったのに。彼は美竹蘭たちとは違った特別に、つぐみの中でなってしまっていたのだ。
「どうしたの?こんな朝から……」
タオルを渡し、それを使って体を拭く彼につぐみが問い掛ける。
「いや、なんとなくつぐみに会いたかったんだ」
「えっ……!?」
思いもよらぬ返事に、つぐみが顔を赤くする。こう見えて目の前の八意想はかなりのクソボケである。この発言いちいちに胸をときめかせていれば心臓がいくつあっても足りない。
だが、ときめいてしまうのは乙女心の幼さなのだろうと自覚する。
「……?」
「あ、えっと……!何飲む!?」
水も滴るいい男という言葉があるが、今目の前の彼がそうなのではないだろうかと見惚れていると、不意に目が合う。
目を逸らし、つぐみがトレーをぶんぶんとさせながら言葉を出す。
「いつもの!」
「はーい……!」
人差し指を突き出しそういう彼、漸く冷めてきた顔に笑みを浮かべてつぐみが答える。
「これ1回は言ってみたかったんだよなぁ……常連っぽくて良いな。いつもの、か……」
「はいはい……、好きな所座ってていいよ?」
「ああ、ありがとう」
いつものと言うのが通じたのが余程嬉しかったのか、八意が目頭を抑えながら天井を仰ぐ。そんな彼を横目に奥へと入っていくつぐみ。
(エプロンが似合う女子高生はいると言うが、つぐみは世界一似合うんじゃないのか?)
カチャカチャと手際よく準備を進めるつぐみを視界に収めながら、ふと俺はそんなことを思う。つぐみの夫となる人間は幸せになれるんだろうなと思って……無意識に拳を握り締めた。
(だから俺は……)
「お待たせ致しました」
力みそうになった次の瞬間、つぐみが2つのカップと小さなケーキを出す。漂うコーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、これこれと言いたくなった。
「ありがと、ケーキは?」
「それは私からのサービス。美味しいから食べて!」
「マジか、看板娘おすすめなら食べるしかねえな」
そんなことを言いつつ、付属のフォークでケーキを切り分けて口に入れる。甘さ控えめだが濃厚なクリームに柔らかいスポンジ。王道のケーキといえども素材が違うとここまで違うのかと驚愕させられる。
「スーパーとかで売ってるやつと全然違う。美味い……!」
「ふふっ」
つぐみは八意の反対側に腰掛け、ケーキを食べ進める彼の顔をじっと見つめる。
2人きり、他には誰もいない世界。今こうして充分に堪能させてもらっている事実に、乙女心は更にヒートアップしていく。
このまま一生、この世界が続いてくればいいのになんてさえ思ってしまう。だがそれが叶わないのも同時に知っていた。
「……これから戦いに行くの?」
「……」
その言葉に、彼の手が止まる。もぐもぐと口を動かし、飲み込んだあと……静かに「ああ」とだけ答えた。
「身体は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫——」
「嘘、だよね」
サムズアップする彼を、つぐみは正面から捉える。その目を見たのか、直ぐに貼り付けたような笑みが消えていく。
「……」
「分かってるんだよ、ずっと想くんの事見てきてたから」
ザワつく胸を抑えて、つぐみが口を開く。
「つぐみ……」
「あんなにやられて、もう無事ですなんて……絶対にそうじゃないってわかるよ」
「それでも俺は——」
「行くんだよね」
「あぁ、戦わなきゃならない」
「止めても、ダメだよね」
「……ごめん」
「そっか……じゃあ止めない」
「……え?」
俯いた顔を上げたつぐみが言った事に、八意の目がキョトンとする。泣かれてもおかしくない状況だったが、彼女から帰ってきた言葉は予想を違う方向で裏切ってきた。
「その代わり、一つだけ約束して」
「どんな約束だ?」
「お願い……負けてもいいから、必ず生きて帰ってきて」
今のつぐみから出せる精一杯の我儘を、彼へと伝える。
ホントなら行って欲しくない。戦わなくても一緒に最期まで過ごしてくれればそれが1番自分にとって嬉しい。これ以上はないだろう。
だがきっと、彼の1番は自分じゃない。5本指のうちに入って欲しいとは思ってしまうが、その1番目はきっと自分じゃない……それは痛いほどわかっていた。
でも、だから、だからこそ……生きて帰ってきて欲しい。彼にとって1番じゃなくても、自分にとっては彼が1番だからだ。大切だからだ。
これだけは良い子の羽沢つぐみではない、飾らない感情。誰にも打ち明けられない独占欲というものだ。
「分かった。必ず生きて帰る」
「想くん……」
彼は、真っ直ぐに瞳をこちらへ向けて答えた。誤魔化す訳でもなく、どうかな……とはぐらかす訳でもなく、そう答えた。
「約束したからね……嘘ついたら針千本、だよ」
「つぐみが言うと冗談めかして聞こえるんだけど、泣かすと周りが怖い……」
目尻に涙を浮かべながら微笑むつぐみに、八意が額に汗を浮かべながら呟く。
過去に何度かつぐみを泣かせそうになったことはあったが、幼なじみの彼女達の些細な復讐が怖かったりする。特に青葉モカは結構ヤバい。分かりづらいイタズラというか……ホームアローンというか……
とにかく思い出すだけでもゾッとする経験をさせられた。この天使の涙の裏には、彼女達が控えている。
「でも意外だな」
「え?」
「つぐみが俺にお願いするって、新鮮でさ」
「そうかな……」
「でもそんなに俺の事思ってくれてるんだなって思って嬉しいよ」
「えっ……!?」
「あれ?そういうのじゃない?——おわっ」
ちょっとショックを受けた想の目の前で、つぐみが慌てて手をブンブンと振る。
「う、ううん!?想君は大切だよ!!蘭ちゃん達、それいじょ……いや!!何言ってんだろ私……!?」
「つぐみ!?」
立ち上がってあたふたと、目をぐるぐるさせながらつぐみが動転する。何故か目の前にあるお菓子をおもむろに自分の口へと突っ込み——むせた
「つぐみ!?!?」
ゲホゲホと咳き込む彼女に、想が自身のコーヒーを渡す。
「あ、ありがと……」
「それ俺のだけど、とりあえず今は落ち——」
ゴクゴクと飲むつぐみに想が言葉を投げかけた次の瞬間、ぷくーっと、フグのように彼女の頬が膨らむ。
そしてそのまま……口から盛大に、店内へとコーヒーをぶちまけた。
「つぐみーーー!?!?!?」
一連の、まるでピタゴラのスイッチのような綺麗な流れでつぐみが片っ端からやらかしていった。
そこから暫くするまで、つぐみは顔を真っ赤にしながら店内を掃除していた。俺も手伝っていたが、顔を合わせてくれることはなかった。
「よし」
店の扉を開けて外を見る。未だに雨は強いままだが俺の心は晴れやかなものだった。
「想くん……」
雨よけの合羽を羽織り、ヘルメットを着用する。バイザーをあけてつぐみの顔を見る。
「約束、覚えてる?」
心配そうに顔を見る彼女、俺は微笑みながら答える。
「ああ、忘れてない。絶対に帰ってくる」
「うん……うん!」
胸の内で不確かに揺れていた約束が、彼の言葉でがっしりと地盤を作る。
「じゃ、行ってくる」
そう言うと、彼は外に停めてあるビートチェイサーへと跨った。エンジンをかけて、片足で地面を蹴る。
「……っ!」
そのまま離れていく彼を、最初は見ているだけだった。だが気がつけばつぐみは自分が濡れるものお構い無しに外へと駆け出した。
「待ってるから!」
聞こえているかは分からない。それでもこの気持ちは、どうしても声に出したかった。
「エプロン着て、コーヒー用意して!皆で待ってるから!!想君!!」
ぐんぐんと離れていく想の背中を見ながら、つぐみが息を乱して叫ぶ。
「想君!好きだよ!!」
最後に、自分の想いを盛大に声へと出す。普段なら恥ずかしいが今なら雨が流してくれる。
つぐみは、彼の背中が見えなくなるまで、雨に濡れながら見守り続けた。
————————
「……」
ビートチェイサーに搭載された通信機器から流れる警視庁や様々な警官からの通信を耳に入れながら、八意想が走る。
0号との戦闘は必要最低限に、人命を最優先にして立ち回るのが全体の動きらしい。だが0号と出くわしたであろう警官たちの通信は次々と途絶え、別の警察の人間が応答を!と叫ぶ流れを既に数回聞いていた。
彼女達に、最後に勇気を貰いたいという俺の我儘が犠牲を産んでいるという現実に、焦りだけが内心に募り始めそうになる。
(落ち着け……ここで焦った所で何にもならない)
まだ感謝を伝えたい人は沢山いる。時間は無くこれでもかなり端折っていると自分では思っている。
『一条だ。聞こえるか八意』
その瞬間だった、様々な通信が行き交う中で一条さんの声が耳に届く。全体を通してではなく、個人からだった。
「一条さん?どうしたんですか?」
『少し、声が聞きたくてな。もう傷は大丈夫なのか?』
「はい、俺の方は大丈夫です」
『俺の方は……か』
「はい、今どこに居ますか?」
『位置情報は送信する。あまり時間は残されてないだろうから早めに来るんだ』
「一条さん?」
『いや、今君は色んな人に感謝を伝えていると聞いているからな。その間だけは我々が何とか0号を食い止めようと奮戦してるんだ。こうして話しているということは、筒抜けかもしれんがな……』
「全部、聞こえてますよ。それにすいません、俺のわがままのせいで犠牲が……」
『気にするな、それが我々の仕事であり使命だ。それに君はクウガよりも前に、1人の高校生、1番尊重されるべき存在なんだ』
「一条さん……」
『今は、思いを伝えたい人にしっかりと伝えるんだ。後悔があったままでは、君も嫌だろう?』
「ありがとうございます……」
『時間もあまりない、出来る限り早く頼む』
それを最後に通信が途切れる。数秒後送られてきた位置情報、俺はそれをマップに転送し、ルートを表示させてビートチェイサーをその方面へと転換させた。
「はぁ……」
都内にある廃墟、その入口で一条は大きく息を吸って……吐いた。冷えきった身体から発せられる息は、白くなって視界に入る。
だが、体が冷えきっているのは外の雨だけが原因ではなかった。
屋根が着いたベンチへと腰掛け、近くに来ていたコートを乱雑に置く。先程の戦闘で負傷した傷……運悪く急所に当たったソレは今も血を吐き出すだけの出口となっていた。
(俺の身体も何時までもってくれるだろうか……)
傷を負ってから数分、既に失われてはいけない量の血が流れていた。今更塞いだところで命は助からないことを十二分に理解しながら、一条は近くにあった布切れで止血を試みる。
「こんなものを見られては、彼が心配してしまうからな……」
コートを脱いだのは、上から羽織りコレを隠すために。意味もないはずの止血をするのは、これから会う彼と少しでも、多く話がしたかったから。
一条薫は、1人独断で動きB-1号と呼ばれるバラのタトゥーの女——ラ・バルバ・デと出会っていた。
元々通報が入っており、その近くに居たのがたまたま一条だったという話だが、彼にとっては彼女と運命的な何かを感じられずにはいなかった。
八意がクウガになり、未確認生命体が活動し始めてから彼は幾度となくバルバと出会った。最初はこちらの言語を理解している感じはなかったが、最後に会った時は確実に言語を理解し、己で言葉を作り発していたのを記憶に鮮明と焼き付いている。
そして出会った。お互い話すことは無かった。
一条は、これから決戦に向かう八意想の負担を少しでも減らすため
バルバは、ラの者としてダグバを見届ける為。
数時間後、死闘を繰り広げる2人を想って、その2人は動き始めた。
『っ!!!』
『ッ!』
決着はそれ程長いものではなかった。バルバが使うバラの花弁を使った攻撃に、一条が全力で対応する。持っているリボルバーに入っている神経断裂弾……それのせいで銃を使って撃ち落とすなんて芸当が出来なかった。
バルバにそれを即座に見抜かれた一条は、よりいっそう攻勢の増す彼女に次第に押されつつあった。
だが捨て身覚悟の数発が、一条を勝利へと導いた。
花弁が腹部を穿ち、激痛に視界が白黒に点滅する。だが一条はそれを唇を噛み切るかのごとく歯を食いしばり耐える。
その心には、片隅とは言えども彼の笑顔があった。
戦いなんてせず、高校生として幸せを教授して欲しかった。それは彼の八意に対する本気の気持ちだ。
一条薫は、引き金を引いた。
『変わったな、リントも……』
神経断裂弾が体の中で炸裂する音を聞きながら、バルバが掠れた声で口を開く。対する一条もまた、口から血を吐き今にも倒れそうになっていた。
『なん……だと?』
『かつてのリントは、我々に狩られるだけの獲物だったはずだ。だがそれが……ここまでとは』
『……っ!』
何処まで人を侮辱すれば気が済むのか、一条はそう叫びたかったが口から出たのは血の塊だけだった。
『この戦いは、貴様の勝ちだ』
そう言った瞬間、彼女は静かに目を閉じた。まるで役目を全うし、何一つ後悔はないという顔をしてこの世を去った。
『ふ、ざけるなよ……ッ!』
血の塊を吐き、話す余裕を確保する。直ぐ様彼女の身体に触れ生命活動を続けているか確認する。目の前にいるやつらは未確認生命体……グロンギだ。死んだフリをして油断したところを狙う等を普通にやってくる存在だと考えていた。
(コイツ……本当に死んでいる)
だが触れ、脈を測り、心臓の音を耳に届けさせようとする。だがどこからどう触れても、彼女は既にここにはいなかった。
(何が俺の勝ちだ、ふざけるなよ……)
勝ったとしても晴れぬモヤを胸に抱えた一条は、近くの手すりを頼りに立ち上がる。そして腹部に手を触れた。
(体から向こう側の景色は見えないな)
だが既に内臓を幾らかやられている。既に手の施し用はなく、どの道この傷ではもう長い命ではない。それを頭で理解する。
(切り替えろ、1番初めにやらねばいけないことはなんだ)
彼は数時間前に目覚めたと黒服から聞いている、目覚めてそのままボーッと時間を潰す人間ではないと一条は知っている。だから今するべきことは————
一条はそうして、携帯電話を取り出した。
「一条さん!」
数十分後、彼はやってきた。びしょ濡れのレインコートを着たまま、ヘルメットを脱ぎ捨ててこちらに駆け寄る。
「速いな……」
「はい、本来ならもっと時間がかかる道でしたけど、あいにく今は空いてますから」
「そうか、まぁ立ち話もなんだ。キミも座るといい」
「じゃあ隣に失礼します……」
そう言うと、八意はレインコートを脱いで丁寧にかけて隣に座った。一条はそれを見て、何となく笑を浮かべる。
「この奥に、B-1号の死体がある。既に杉田さん達に連絡はしてあるが、君にも一応伝えておく」
「えっ……ええ!?」
突然の情報に目を見開く八意、一条はふっと笑いながら拳銃を渡した。
「これは……神経断裂弾。それも前回より強化されてる?」
「ああ、榎田さんがやってくれたんだ。それのお陰でB-1号を倒せた」
「凄い……流石一条さん……!!」
「俺はそれを使った迄だ」
「いや、それでもすごいですよ一条さん!初めてかもしれませんよ!!」
「いや、既に数時間前……君が寝ている時に杉田さんと桜井の2人が47号を撃破している。この神経断裂弾でな……」
「2人もですか!?凄い。本当に……」
「日々我々も、こうして力をつけている。最初はダメでも、次は、次こそは……それが人間の強さなんだ」
「一条さん……」
「いつか、君に頼らなくとも、我々だけで未確認生命体を対処する日が、近いのかもしれないな」
「……0号を倒せば、未確認生命体事件は終わる。一条さん達こそ、もうあんな危険な戦いをしなくて良くなるんです」
「まさか……」
「俺、なります。凄まじき戦士に」
「……」
一条達大人が予感してた最悪の決断、その言葉を改めて聞いた時一条は彼の顔を見る。それだけはダメだと、我々と共に手を組み0号を倒そうと、そう言う為に見上げた先には
止められぬ程の覚悟を背負った彼の顔があった。こちらを見る目は初めて出会った時と同じように真っ直ぐで、見ているこっちが目を逸らしたくなるほど純粋だった。
あれだけの死線を越えて、別れを越えて、彼の周りにいる彼女達を守る為に散々手を汚して来たはずだった。それなのに……今も変わらず真っ直ぐな瞳をしている。
「……」
それでも止めなければならない。大人として、これ以上負担をかけないために。
「……そうか」
だが、結局止められなかった。
最後まで、彼に頼ってしまった。
結局、最後に頼りになるのは……目の前の高校生の男の子だった。
「……本当は、君にずっと謝りたかった」
「……え」
「俺だけじゃない、杉田さんも、桜井も、警察の君を知る者たちは全員そうだ。我々の仕事は君たちのような市民を守ること、例え相手が人間以外の生き物だったとしてもそれは変わらない」
「一条さん」
「だから、本当に済まない。君にこれ程までの負担を強いてしまったことを、力がない我々は、結局最後まで君を頼りにしてしまった。そのせいでどれだけ辛い思いをさせてしまったか……」
肩を手で触れ、一条が頭を下げる。だが彼から帰ってきた言葉は、予測していたもののどれでもなかった
「でも、俺……良かったと思ってますよ」
「八意……」
「俺も、場所や種類は違えど元は地獄みたいな所に居たんです。最後は結局守れなくて、本当に地獄でした……」
目の前の彼は、渡された拳銃を両手で持ち、見つめていた。その瞳にはかつて彼が忘れようとしていた憎しみの炎が……心の奥の燻りが確かにあった。
「ここに来て、また誰かを不幸にするそんな現実を見て、俺その時思ったんです。言葉にするのは難しいけど、最低な気持ちは誰にもさせたくないって」
「……!!」
自分が地獄を見たから、世界を呪って他の誰かに地獄を見せようとするやつは沢山いた。一条は職業柄そういう人間を沢山見てきた。
「明るいな、本当に君は明るい……」
「そんな、俺は明るい人間なんかじゃないですよ。じゃなきゃ……どんな理由があったとて父親を手に掛ける人間が明るいわけが無いです」
「君は、あの事も自分の罪だと思っているのか……?」
八意の父親が彼にしようとしたことを、筆を取ることすら嫌になる程のことをした。言ってしまえばなんだが……殺されても仕方のなかった人間だと一条すら感じた。
「周りが許したとしても、自分は許せません。あの人は確かに最低でした。でもそれを、殺しの理由にする俺も……また最低なんですよ」
拳銃を見る彼の目が、一瞬だが濁った。だが瞬きを数回重ね……その濁りが消える。
「酸いも甘いも抱えて、俺はこれからも生きていくつもりです」
「君は本当に高校生か……?」
「高校生ですよ、そんなに老けて見えます?」
顔をしわくちゃにさせる彼に、一条の肩から力が抜ける。
「ふふっ」「あははっ」
八意も釣られて吹き出す。だが一条ははっきりとその顔が見えなくなっていた。目を瞬きさせて視界を確保しようとするが……どうやらこの世界での残り時間は僅からしい。
(名残惜しいが、ここまでか)
「その拳銃は君にやる。これからの戦いで必要かもしれないからな」
「凄まじき戦士も碑文によれば武器を使えるかも、みたいなこと書いてあるって黒服さんが行ってましたからね……」
一条の愛銃であるコルトパイソンを眺めながら、八意が息を飲む。
「こんなもの、使う日が来なくても良かったのに……」
「だが現実はそれを使う時があるんだ、君も覚悟はできているだろう」
「ええ……わかってます。俺の役割は、俺がいちばん理解してる」
「なら行け、皆お前を待ってる」
「一条さん……」
「俺は暫く行けそうにない、B-1号も未確認生命体だ。復活とかされちゃあ俺も危ないからな」
「そっか、確かに……じゃあ俺先行きます。一条さんも後から来てくださいね!」
「ああ、向かう……必ず」
嘘をつく、その一瞬に戸惑う。だが口から出た言葉は嘘で塗り固められたものだった。
「じゃあ俺行きます」
「ああ、行ってこい」
そういうと、彼は再びレインコートに身を包みヘルメットをかぶり込む。
「あ、一条さん」
「……どうした」
外へ出ようとする前に、八意がバイザーを開けてこちらを見る。
「八意……」
顔が見えない、何処に彼が居るのかが分からない。どんな表情をしているのかが、一条には分からなかった。
「俺、良かったです。一条さん達に会えて」
「あぁ」
「行ってきます」
そう言うと彼はその場から走り出す。数秒後——ビートチェイサーのエンジンがかかる音が聞こえて、彼は走り出して行った。
「ふぅ……はぁ……」
独り残された一条が、大きく息を吸って……吐く。ぼやけた視界が徐々に黒くなっていく。だが自然と恐怖はなかった。彼に托せたことが、今は誇らしかった
「4号が……君で、本当に……良かった」
目から涙が零れ落ちる。ポツ、ポツと、一条の命が流れ出るように。
「ありがとう、八意……そして、頑張るんだぞ」
そう言って……一条は目を瞑った。
ここに今、1人の警官が——旅立った。未来を、1人の青年に託して……
「一条ッ!!」
数分後、連絡を受け駆けつけた杉田と桜井が姿を現した。
「桜井、お前は奥を見てこい!」
「り、了解です!」
ぐったりと倒れ込む一条にも驚かされるが、杉田は頭を回転させ一先ず桜井をB-1号死体確認へと向かわせる。
「一条……!一条おい!」
一条へと走り寄って、肩を揺さぶる。
「——お前……」
だがその顔を見た瞬間に、杉田は察した。既にこの肉体に一条の魂は宿って居ないということを。それと同時にもう一つだけ、理解したことがあった
「満足そうな顔して逝きやがって……ったくよぉ……っ!」
顔を見ればわかる、目は閉じられ、呼吸は当然していなくとも杉田には充分すぎるほどわかった。
彼の顔は、かつてないほど達成感に満ち溢れていたからだ。
————————————————
(後は、Roseliaの全員に会えるのが限界か)
車通りの少ない大通りを、ビートチェイサーを走らせ俺は考える。本来なら会いたい人間は沢山いるが、既にタイムリミットは近く、会える人間を絞らなければならない段階へとなっていた。
『八意様、聞こえますでしょうか』
不意に、無線が鳴り聞き覚えのある声が耳を打つ。
「はい、聞こえますよ__黒服さん」
俺はその声にいつも通りのテンションで答える。
『警視庁との連携もあり、第0号専用レーダーが完成しました。既に起動し奴の動きを辿っています。急ごしらえのため精度は安定しませんが、既に東京を離れ何処かへ向かっている様子です』
「動いているってことですか……」
『はい、被害は更に増える見通しかと……』
無線越しでも分かるほど、黒服さんの声が沈んでいるのがわかった。いくらレーダーを完成させた所で奴を止めなければ死者は増えるばかり。それは俺を含めた全員がわかっている。
「アイツの目的は……一体なんなんだ」
『不明です、予想が着きません__あの者の考えは、我々人間には到底理解できないものかと』
「黒服さん……」
『既に0号を追うために派遣した黒服も、数人がその命を奪われました。平静を保っていられるのが奇跡です……』
ギリっと、歯を食いしばる音が聞こえた。黒服さんはすごいと、俺は感じてしまった。
俺ならきっと、誰の制止も聞かずに飛び出してしまっているだろう。予想が容易い。
『失礼……私情が入りました』
「気にしないで下さい、レーダーができたということは、これからのアイツの予想が出来る。俺も行く場所がわからなくて右往左往するより断然マシだって思ってます」
俺がそう言った時だった。更にピーという音が響き、誰かがふたりの無線の間に入ってくる。
『聞こえるか、八意』
「その声……杉田さん?」
『ああ、俺だ。桜井もいる』
「2人共、どうしたんですか?」
明らかに消耗している、体力的ではなく……精神的に、それを何となく理解できた俺は思い当たる節を探ってしまう。
『落ち着いて聞いてくれ_____』
____________________
「……」
『本当に、すまない。いつも君には迷惑ばかりをかけてしまって……こんな情けない俺達を、許してくれ……っ!!』
直後、悔しさと悲しさが入り交じった嗚咽が、黒服さんに、そして俺の耳に入る。
(一条さんが……死んだ)
その現実が、いきなり俺を殴りかかってきた。バベルとの戦いで吹き飛ばされたのと__いやそれ以上の衝撃が今俺を襲っていた。
「そう、ですか……」
『八意……?』
「ありがとうございます……杉田さん桜井さん、でも俺は大丈夫です。一条さんにも約束しました。止まらないって」
今思えば、あの時の一条さんは様子が違うように感じた。だがその違和感を俺は無理やり封じ込めて_押し込んだ。
まるでその結論から逃げるかのように、その結果今こうして逃げ出した現実に正面から向き合わされている。なんとも皮肉な結果だ。
『八意様』
「本当に俺は大丈夫ですよ、黒服さん」
『ですが……』
「ほんとですって、それに今はそれどころじゃないですしね。一条さんだって多分そう言ってくれるはずです。じゃあ向かいます……最後に寄らなきゃ行けない場所があるんで」
『……かしこまりました』
『八意、無茶だけはするなよ』
「はい」
そう言って、杉田さん、黒服さんとの通信が終わる。2人の声が聞こえなくなれば涙が出てくると思っていたが……今は一滴たりとも出なかった。
(泣く所はここじゃないのは分かってる。でもそう思っても涙が出るのが人間だ、なのになんで俺は……出ないんだ)
悲しくない訳じゃない、なのに涙は出なかった。
(……)
複雑な物を抱えたまま、俺はバイクを走らせた。雨が降って一日中暗い日が続いているが……時刻は既に夕方になっていた。
〜今井リサ宅・PM15:30〜
「……あ」
不意に、スマホが鳴った。今日は皆で合わせたりすることもないだろうと思っていたリサはベースの手入れをしていた。
というかそもそも外に出ることも今はだいぶ危険だし、家でやることといえば課題かベースかだった。
汚れをふきとっていたベースを一先ず立てかけ、スマホを手に取る。来ていたのはメッセージアプリの通知。それもRoseliaの連絡用のグループだった。
「え……、」
送信主は、八意想だった。無愛想な初期アイコンは相変わらずで、他のメンバーとは違って直ぐに分かる。だが今はそれどころではなかった。
『急で悪いが、今から来れる人はcircleに来て欲しい……話が、したいんだ』
メンバーはそれぞれが暇だったのか、続々と既読が付く。だが返事は誰も返していなかった。
(理由は分かんないけど、アタシは行く!絶対!)
ドタバタとクローゼットを漁り、服を見繕って着る。急用とは言えどもオシャレを欠かさないのは年相応の女性のこだわりだった。
共に過ごす家族に散歩してくる!という我ながら嘘もバレバレな言葉を放ち返事を聞く前に家を飛び出した。外は予想通りの雨だったが、傘を広げそのまま走り出す。
集合して欲しい時刻にはまだ余裕があったが、焦る気持ちをそのままにリサは走り出した。
〜circle〜
「着いた……、流石にまだ誰も来てないか」
家から程々の距離、circleの看板が見えそしてまだ誰もいないことに気付く。
正直誰も来ない可能性は視野にあった。外は警戒態勢を厳としており、不要不急の外出は控えて欲しいというニュースやネットの記事を散々見ていたからだ
(というかこんな時に外出る奴なんていないよね……アタシがバカなだけかも)
途中、外を出歩く人物はチラホラ見かけたがどれもが食料の買い込みなどといった、いつ終わるか分からない0号への耐久戦の準備だった。
「今井、さん……!」
「リサ姉!」
さてどうしたものかと思っていると、不意に聞きなれた声が耳を打つ。驚きを隠せずその方面へと振り返ると、あこと燐子のふたりが立っていた。
「2人共!来たの!?」
「はい……あの人からこのタイミングで話したい事。きっと大事な事だと思ったので、来ちゃいました……」
「あこも!」
飛び出した自分が言えることではないが、よく来てくれたな……と内心思ってしまう。
「貴方達、もう来てたんですか?」
「……紗夜まで!?」
こういう時はしっかり自粛しているかと思われた人物——氷川紗夜の登場に再び驚かされる。
「こんな時に出歩く人はそうそう居ないと思っていましたけど……」
「そんなこと言いながら紗夜だって来た癖に、うりうり」
「……あの人は放っておけない、気が付けば一人でどこかへ行ってしまいそうで。後は日菜がたまたまトーク画面をみてたんです」
「……あー」
日菜も八意想にはかなりベッタリなほうである、それは見てたら分かるし周りも突っ込みずらい事だった。リサやつぐみはそれなりに悶々としていたが……それを気にしないのがある意味日菜の強さである。
「あの子も行く行くと言って聞かなかったんですよ、流石に妹は出歩かせられないので私が来ました」
「そっか」
きっと、紗夜も紗夜なりに何か考えているのだろうが、それにズケズケ入り込むほどリサも空気を読めない人間ではない。その場はそういうことにして、4人が並ぶ。
「全員……早いのね」
「友希那……!」
「湊さんまで……」
最後に湊友希那が揃い、Roseliaが全員揃い踏みとなった。
「誰もいないcircleって変な感じだよねー」
「そうですね……普段は賑わってますから」
外にいるにも雨がキツく、避難がてら中に入る。鍵に関しては八意から内緒で渡されており、リサがそれを使った瞬間の紗夜の何が言いたいけど必死にそれを抑え込んでいる顔が今もリサの記憶から離れない。
「それにしても想さん、遅いですね……」
コツ、コツと時計の進む音が耳に入る。普段とは違って他愛もない会話も少ない珍しい現状が——外の雨の音と時計の音を余計に引き立てる。
いつもならそれらが聞こえないほど賑わっているからこそ気にならなかったソレを、Roseliaのメンバーは今こうして感じていた。
「ここがまた賑わうのも、そう遠くないはずよ」
全員が物思いにふけていると、友希那がふとそんな言葉を口にする。
「え……?」
「湊さん?」
リサや紗夜、燐子にあこまでもがキョトンとする。
「きっと彼は、直ぐに決着をつけて来るはずよ。あの人は……そういう人だもの」
その声や瞳には、友希那なりの優しさが込められていた。本人は隠しているようだが、その場にいる全員がその優しさに気づく。
それ程までに彼女達の絆は深いものになっていた。
「友希那さん……」
「今日の話も、意外と今後についてなのかもしれないわね」
「その話ならビデオ通話でもやれたでしょうに……」
「あははっ、でもそういうのも彼らしいんじゃない?」
「たしかに!画面越しより分かりやすいだろ?とか言いそうだね想兄」
そんなことを言いながら、彼が来るのを待つ。その間もずっと、彼と出会ってからの様々な事柄を話し合っていた。
稀に女子高生が体験するにはレベルが高い話(特に未確認生命体関連)の話も出ていたが、彼女達にとってはそれすら大切な思い出のひとつになっていた。
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〜circle・19:25〜
(まさかこんなに遅くなるとは……)
レインコートをビートチェイサーに掛け、ヘルメットを外しながら俺は内心結構ドキドキしていた。彼女達に今から会いたいとか送り付けときながら早数時間、本来ならそんなに時間はかかることはなかったはずなのだが、途中に聞いた訃報がかなり精神を食っている。
「……」
取り出した鍵を使い、裏口から入った。最悪誰も来ていないことを想定して少しばかり瞬きの回数が増える。
「……うそだろ」
だがロビーに入った瞬間、俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。
「あ!来た!」「想さん……!」
そこには、ロビーの椅子に腰掛け各自色んなことをしている彼女達が居た。誰1人欠けることなく……Roseliaのメンバーが全員居た。
「全員、来てくれたんだな……ほんと」
その事実に、俺の目から涙がこぼれそうになったが次の瞬間すぐさま引っ込んだ。
原因は紗夜だ、彼女は俺を見るなり腕を組んでズイっと胸を張った。そして開口一番——
「遅い!」
と俺を一括したのだ。
「……すまん」
そこから数分に渡り、紗夜に説教を食らった俺は結構しょんぼりと佇んでいた。リサやあこ達の助け舟がなかったら今頃俺は萎んで居たかもしれない。
「日菜も……私も、貴方を心配していたんですから」
だが、最後に言われた言葉で俺はハッとなった。彼女なりに俺を心配してくれていたんだなという実感が現れる。
「それで、貴方から声を掛けてくるというのも珍しいのだけれど……」
「あ、あぁ……」
そんな事をしみじみと感じていると、ノートとペンを走らせていた友希那が手を止めこちらに目線をやる。その口から出てきた言葉————何故自分達は呼ばれたのかと言うことだ。
「多分、察しが着いてるやつもいると思う。燐子とか……紗夜は特に」
そう言った瞬間、2人が目を合わせて……瞳が揺らぐ。
「俺は0号と戦う、だからその前に……お前達の顔が見たくてな」
今自分で思えば、何とも自己中な理由なのだろうかと思う。本来なら馬鹿馬鹿しいという言葉がいちばん似合う状況ではあるのだが……
「そう……」
友希那は、瞳を揺らがせる事なく短く答える。
「貴方なら、大丈夫ね。Roseliaマネージャーの席はあけておくわ」
「ありがとう……」
短い、短い言葉だった。だがそれでも、俺と彼女の間にある確かな信頼が言葉の意味を何倍にも加速させてくれる。
彼女は信じている、自分のバンドメンバーを信じるのと同じように、俺のことも信じている。音楽知識が乏しかった俺をマネージャーにして、そして0号と戦って、負けるかもしれないのに。その席を空けておく
そう言われただけで、どれだけ嬉しい事か。
「あこは信じてるよ、想兄なら勝てるって、どんなゲームでもそうだもん、いつも勝つのは勇者……!」
「ああ……」
あこなりの言葉が、俺に届く。彼女はまだ純粋だから、どちらが正義でどちらが悪か……まるで俺が正義のポジションに立っているように言ってくれる彼女に、まるで騙しているかのような罪悪感を抱いてしまいそうになる。
「だから待ってる、絶対に帰ってきてね!」
俺が勝って必ず帰ってきてくれる、それを信じてくれる彼女の瞳が……光が心にすっと入ってくれる。
「わかった。また、俺にゲーム教えてくれよな」
「うん!」
「想さん……」
あこが1歩引くと、今度は横に立つ燐子が1歩進む。
「信じてます……貴方なら必ず」
「ああ、帰ってくる……そういえば燐子もそうだ。また俺にゲーム教えてくれよ、魔法も結構好きだからさ」
燐子も、友希那同様に短い——だが心の籠った言葉だった。俺は確かに受け止めて噛み締めて、笑みを浮かべる。
「はい、私でよければ是非」
「おう」
拳をそっと向けると、小さくコツン……と突き返してくれた。彼女との関わりはリサと比べれば少なかったものの、こういうのを返してくれるほど信頼してくれてるんだなと感じて顔が綻ぶ。
「……」
「紗夜……」
燐子が下がると、次は紗夜がやってくる。彼女にしては珍しく何も言わない。
「いつも、迷惑かけて悪かったな」
「……」
そんな彼女に、俺は謝罪の言葉を口にする。
「あの時、お前には多分……1番怖い想いをさせたと思う。俺が弱かったから、お前の、ギタリストとしての命だったはずの手に怪我をさせた」
「そんな前のこと……」
そんな前のことだとしても、俺にとっては1つの罪となって、この頭にこびりついている。後遺症は残らなかったとしても、もし何かあればと考えると、今も怖くなる。
「今の遅刻だって、多分……俺のその弱さがどこも変わってないからだと思う。だから……そんな俺に付き合わせてごめん、お前はしっかり者だから——」
「——生きて、帰って来て下さい」
「紗夜……?」
口減らずな俺に、紗夜が顔を少し俯かせて呟く。
「最初は、貴方の事を疑っていました。異性と言うこともありましたし……そもそも記憶喪失だとか4号だとかで、疑わしい部分は沢山ありました」
「だろうな……」
本来なら経験しなくていいことすら、彼女達は経験している。そこから来る疑念や恐怖はきっとこれからも消えないだろう。
「でも今は、貴方を信じています」
「!!」
「だから、必ず、帰ってきてください、生きて……また私たちとこうして話せる日を待っています」
「ああ……ああ!」
慎重に選んだであろうその言葉に、俺の心が幾らか救われる。
「それに日菜も、帰ってきたら顔を会わせてあげてくださいね。あの子も、貴方を心配してますから」
「そうだな、片付いた会いに行くよ」
妹である日菜もまた、俺にとって忘れ難い存在となっていた。初めて出会った時はかなりマイナスな印象を与えられたが、それを乗り越え彼女と分かり合えた時、天才故の苦労を俺は思い知らされた。
この姉妹は、ぶつかる事もあった。だけど今こうして、2人揃っている。それが俺は嬉しい。
「……想くん」
「リサ」
最後は、リサだった。履いたスカートの裾を抑えて、下を見ている。
きっと、彼女は彼女なりに考えているのだろう。そして結論を出せないまま、自分の番になってしまったのだろう。
「少し、席を外しましょうか」
ふと、紗夜がそう言ってあこと燐子がそれに頷いた。友希那は「え……?」と何か言いたそうにしていたが、それよりも早く紗夜が口を抑えてモゴモゴと言う彼女を引っ張って連れていく。
そして全員が、奥のスタジオへと入っていった。
残された二人、静寂と雨音だけが響くこの空間。前に立つリサは、言葉を出さない。
「リサなら、元気に送り出してくれると思ってたんだけどな」
最初に口を開いたのは、俺だった。ほんとに意外だったのだ、どちらかといえば彼女はしんみりする方ではないと思っていた。
「アタシ、行って欲しくない」
「え……?」
「ニュースでも見たよ、あんなにボロボロになるまで追い詰められてたの」
「……」
「そんな相手にまた戦って、勝てるわけ無いよ……死んじゃうよ」
彼女の目尻に涙が浮かび、雫が零れ落ちる。それは心からの願いであり、我儘でもあった。
「それでも、俺がやらないと、皆平和に生きていけないだろ」
「皆平和になっても、君が居なくなったらアタシはもう笑えないよ……!」
「リサ……」
彼女自身、自分が我儘を言っているのはわかっているはずだ。スカートを握り締める手は、まるでこれ以上言葉が出ないように、自制しているようにも見えた。
「それでも俺は戦うよ、君達には笑顔でいて欲しいんだ。学校行って、友達と笑って……バンドをやって」
俺が今迄出会ってきた彼女達は、全員楽しそうにバンドをやる人達ばかりだった。そんな日常を守れることを、俺は何よりも誇りに思っていた。
「人達を守る、世界を守る、それよりも俺は……リサ達を守れる事が何よりも嬉しいんだ。だから……行かせてくれ」
「そんな言い方、ずるいよ……」
「皆のヒーローとは言えない発言だろうけどな、俺の心の中心には——お前達がいる。笑って楽器を弾く、お前達が」
「想くん……」
「それにそんなに心配しなくても、俺は絶対に帰ってくる。0号を倒して、生きて帰る。約束まで作られてるしな」
「……誰に?」
俺がそう言った瞬間、一気に部屋の空気がジメッとする。加湿器がフル稼働でもしてるのか?
リサの涙にそれだけの加湿効果があるのか……?
それともこれもダグバの仕業なのか……?
「えと、つぐみ……」
「そっかぁ、つぐみかぁ」
キョロキョロと辺りを警戒しながらも、リサの言葉に反応する。へー、ふーんと何やら一人で言っているが、俺はダグバの予感と加湿のせいで額に変な汗を浮かべていた。
「想くん」
「どうした?」
「つぐみの約束も大事だけど、アタシからも約束させて」
「……リサ」
キョロキョロさせた目線をリサへと戻す。彼女は涙で腫れた目をこちらに向けながら、深呼吸した。
「生きて帰ってきて、アタシとの約束」
「あぁ、分かってる」
「そして————」
その瞬間だった。リサが詰め寄った。
反応するよりも先に、彼女の唇が自分の唇へと触れる。
数秒の静寂。唇が触れ合う行為に、俺は嫌悪を抱く訳でもなく、ただただ受け入れていた。
「この約束を、君の1番真ん中に置いて欲しいな」
仕事の合間合間に書いてたりするんですけど、たまに話飛んだりするんですよね。そういう時は遡って話読み返したりするのはいいんですけど、昔の幼稚な文が目に刺さってすごく痛い……今も幼稚ですけどもね!!!