目が覚めるとそこは無人島。
そこにいたのは――
pixivに投稿した作品の加筆・修正版になります。
青い空、目の前に広がる海、そして白い砂浜。
聞こえてくるのは、木々のざわめきと波の音、そして海鳥の鳴き声。
これがもし、バカンスなどで訪れる場所なら、どれだけ良かっただろうか。
「……マジでどうするかな」
指揮官は砂浜に座り込んでボーッと空を見上げていた。
数日前、大規模演習中に指揮官の乗っていた船が突然謎の爆発を起こした。その爆発によって指揮官は船から投げ出され、意識を失い、目が覚めた時にはここにいた。助けを呼ぼうにも通信機の類は一切持っておらず、部下のKAN-SENの姿も見当たらない。ここがどこなのか全く分からないので船を作って海へと出るわけにもいかない。それ以前に、爆発に巻き込まれた影響で体にダメージを負っており、現在体は包帯でグルグル巻き。とてもではないが長時間動き回れる状態ではなかった。
「っと、そろそろ帰ってくる頃か」
指揮官は近くに落ちている枯葉や枝などの燃えやすいものを一ヵ所に集め、人起こす準備を始める。そして、ちょうど準備が終わったタイミングで、何者かが海から現れた。
「お、帰ってきたか。こっちは準備できてるぞ」
「ん」
淡い紫の髪に、黄金色の瞳。艤装こそつけていないが、海から姿を現したのは紛れもなくセイレーンだった。これまでの戦いでも度々確認され、指揮官達が「スカベンジャー」と呼称するセイレーンの個体。そのスカベンジャーが、魚を籠いっぱいに入れて海から上がってきた。
「それじゃ、魚の下処理をやっとくから、火を点けといてくれ」
「分かった」
指揮官はナイフを取り出し、慣れた手つきで魚の処理を進めていく。スカベンジャーは指揮官の集めた枯葉や枝に火を点け、指揮官が処理をし終えた魚を焼き始める。
ひとまず魚の処理を終え、指揮官とスカベンジャーは並んで火の前に座る。
スカベンジャーはジッと火の中を見つめていた。表情こそほとんど変えていないが、待ち遠しいといった様子でそわそわしているのは一目瞭然であった。
「そんなに睨まなくても、焼き魚は逃げはしないさ」
「分かってはいるのだが……」
待ちきれないといった様子の彼女を見て微笑ましいと思えるぐらいには、指揮官もこの状況に慣れてしまっていた。
かつて人類の敵として猛威を振るい、大戦の後も度々姿を現しては混乱をもたらすセイレーン。指揮官自身も、何度かセイレーンに遭遇し、戦ったことがあった。
本来なら敵対しているはずの関係。だが、このスカベンジャーは何故か指揮官の命を救った。
海に投げ出された指揮官をこの島まで運んで傷の手当てを行ったのは彼女であり、彼女がいなければおそらく指揮官は命を落としていた。万が一生きていたとしても、彼女が食料を確保してくれなければ、どの道餓死していただろう。
最初は警戒していた指揮官だったが、こちらへの敵意を一切感じなかったこと、抵抗したところでただの人間である指揮官では彼女には太刀打ちできないこと、そして命を救われたという恩義から、この奇妙な共同生活を受け入れるようになった。
「ほら、焼けたぞ」
指揮官は焼けた魚を取り出し、スカベンジャーに手渡す。
彼女は目を輝かせながら魚を受け取り、すごい勢いで食べ始めた。
最初、彼女は生で魚を食べていた。指揮官にも魚を生のまま食べさせようとしたのだが、さすがにそのまま食べられるわけもなく、魚を焼いて食べることにしたのだった。スカベンジャーはその食べ方に興味を示し、見よう見まねで魚を焼いて食べた。それがよほど気に入ったのか、彼女はそれ以降どんなに空腹であっても、焼いてから魚を食べるようになった。
どこか夕立を思わせるような食べっぷり。その食べっぷりは、この辺り一帯の魚を食べ尽くすんじゃないだろうかと心配になるほどだった。
こうやって見ていると、食いしん坊な普通の少女のようだ。しかし、これでも人類の脅威の一人なのだ。
指揮官も食べようと、焼きあがった魚を取り出して口へと運ぶ。
「……じー」
視線を感じ、横を見る。スカベンジャーがジッと指揮官の方を……正確には、指揮官が食べようとしていた焼き魚を凝視している。
「……食べるか?」
「食べたいが、それはお前が今から食べる分だろう」
そう言いながらも彼女は視線を焼き魚から外さない。素直さを隠し切れないタイプのようである。
そんな彼女の周りには、いつの間にやら大量の魚の骨。先ほど焼いた魚はもうなくなっていた。それでもなおお腹を空かせる辺り、本当に夕立そっくりである。
「それじゃ、半分こしようか」
そう言って指揮官は魚を半分に分け、スカベンジャーに手渡す。
「お前はお腹空かないのか?」
「まだお前が取ってきてくれた魚が残ってるからな。そっちを焼けばいいさ」
「分かった。それならありがたくいただく。代わりに、夜の分はもっとたくさん取ってくる」
「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう」
「礼の必要はない。お前に死なれると不都合だからこうしているだけだ」
そう言いながらスカベンジャーは指揮官から受け取った魚を一口で平らげる。
――どうして俺を助けたんだ?俺はお前の敵だぞ。
流れ着いた最初の夜、指揮官は彼女にそう尋ねた。
――必要だから助けた。それだけだ。
彼女はそう答えた。そして、それ以上のことを答えるつもりは無いようだった。
謎の多い行動。一つ分かるのは、今の彼女は指揮官の安全を最優先としている、ということである。指揮官としても都合の良い状況なのだが、どうもモヤモヤする。
しかし、考えても分かるはずもなく、指揮官は頭を切り替えて残った魚も捌き、火の中に入れるのだった。
ご飯も食べ終わり、指揮官は地面に寝転がった。スカベンジャーは何をするでもなく、指揮官の横にチョコンと座っている。
「……なぁ、何でお前らって俺らと戦うんだ?」
何となく質問をしてみた。
セイレーンのことはいまだに謎が多い。どこで生まれ、どこから来たのか、世界を敵に回す理由等々。分かっていないことの方が多い。
「必要だから。それだけだ」
まるでインプットされているかのような答え。何らかの目的があり、そのために人類と戦っていることは確かなようだが、それを教えてくれるつもりは無いらしい。
「……必要だからってことは、もしかして戦わずに済む道もあるってことか?」
ほとんど希望的な質問だった。必要だから戦うということは、その必要がなくなれば戦う理由も無くなるかもしれない。
今でもセイレーンは度々世界に干渉し、その度に多大な犠牲と損害が出ている。セイレーンと戦う理由がなくなれば、セイレーンによるそういった脅威が取り除かれる。
しかし、彼女から返ってきた答えは、予想通りであり、そして救いの無いものであった。
「それはあり得ない。我々には戦いが必要だ」
ハッキリとした答え。1+1を2と答えるかのように、そこにある事実をそのまま口にしているかのような答え。ある程度は予想していた答えだったが、それでも戦いを避けられないことに、指揮官は気が重くなってしまった。
流れ着いてから2週間ほど経っただろうか。
奇妙な生活にも慣れ、指揮官の体の状態もだいぶ良くなっていた。
指揮官はいつものように火を起こす準備をし、スカベンジャーを待っていた。
「お、戻ってきたな」
いつものように、スカベンジャーは籠いっぱいに魚を捕まえて海から上がってくる。しかし、その時は彼女の様子がいつもと違っていた。
「ん?何かあったのか?」
「実は……いや、まずは食事の準備をしよう」
そう言ってスカベンジャーは火を起こし始める。彼女の背中は、どこか寂しそうにも見えた。
指揮官は首を傾げながらも、魚を捌いてはスカベンジャーに渡した。
そして、魚が焼き上がるといつものように並んで座り、魚を食べ始める。
いつもであれば勢いよく食べるスカベンジャーなのだが、この日はやけにゆっくりと食べていた。
「……一つ報告がある」
「ん?」
「先ほど、この島の近くを複数の船とKAN-SENが通った。何かを探している様子だったから、おそらくお前の捜索隊じゃないだろうか」
「本当か!」
スカベンジャーから船とKAN-SENの特徴を聞くと、確かに指揮官の所有する船と、指揮官の部下のKAN-SENと特徴が一致した。
「この煙でおそらく気付くだろう。距離からして、あと15分もあれば着くはずだ」
「やっと帰れるのか……」
指揮官はホッとしたように息を吐いた。
「……ということは、こうやって一緒に食うのも最後になるな」
同時に、指揮官は寂しそうにそう呟いた。敵とはいえ、自分を助けてくれた上に、こうやって一緒に過ごした相手だ。決して少なくない情が湧いてしまう。
「そうなるな」
スカベンジャーは最後の一口を名残惜しそうに見つめ、そして一口で平らげた。
そのまま彼女はスッと立ち上がり、海の方へと向かう。
「……もう行くのか」
「お前の助けが来た以上、私がここにいる理由は無い」
「……まぁ、そうなるな」
「……次に会う時は、おそらくお前と戦う時になるだろうな」
スカベンジャーは何の感情も籠らないような声でそう言った。感情が籠らないというよりも、感情を籠めないようにしているかのようだった。
「必要だから戦う、か……」
「そうだ」
「……なるほどな」
指揮官は何かを考え込むかのように空を見上げる。そして、決意を固めた表情で頷いた。
「分かった。なら、その時は全力で相手をしてやるよ。悪いが、その時は俺が勝たせてもらう。戦いで死ぬつもりは無いし、仲間も死なせるつもりもないからな。……それに、そうすれば結果的にお前への恩返しにもなるんだろ?」
固い決意を込めた言葉。強がりではない。無知ゆえの自信でもない。
確固たる自信と覚悟。
そして不思議と感じる、彼女への感謝の念。
それがあるからこそ、ハッキリと言える言葉であった。
「我々としても、それを望む」
スカベンジャーもどこか嬉しそうにそう返した。
「……そろそろ行け。俺の仲間は優秀だぞ。こんなところで見つかったら袋叩きに遭うぞ」
「分かった。いずれまた……それまでは、死なないでくれ」
スカベンジャーは一瞬だけ指揮官の方を振り返り、そして海へと飛び込み、姿を消した。
「……行っちまったか」
取り残された指揮官は、寂しそうにそう呟くのだった。
それから10分ほどした頃、指揮官のいる海岸に数隻の船が到着した。
「か、閣下!」
「ご主人様!」
アーク・ロイヤルとベルファストが船から降り、そして今にも泣きそうな顔で指揮官の方へと駆け寄ってくる。
「心配したぞ、閣下!」
「良かったです、ご無事で……本当に、良かった……」
ベルファストは指揮官の胸に飛び込み、何度も泣きながら「良かった」と繰り返した。
そんなベルファストの頭を、指揮官は優しく撫でた。
「ホント、悪かった。心配かけて。何の通信手段もないし、現在地も分からなくてな」
「ところで閣下、その包帯は、まさかお怪我を?」
「え?……はっ!?も、申し訳ありません!どこか痛みますか!?」
包帯に気付いたベルファストが慌てて飛びのき、指揮官の体をペタペタと触る。
「あ、いや。大丈夫だ。この通り手当はしてもらって、だいぶ良くなったから」
「してもらって?誰か他にいたのだろうか?」
「あー、んー」
指揮官はどう説明すればいいか分からなかった。セイレーンに助けられて2週間もずっと一緒に過ごしていた、なんて言ったら間違いなく混乱が起きるだろう。
「……まぁ、変な奴が助けてくれたんだよ。もうどっか行っちまったけどな」
「は、はぁ……」
言葉を濁す指揮官に、アーク・ロイヤルとベルファストは首を傾げる。
「とにかく、すぐに船へ。明石様がお待ちです」
「分かった」
アーク・ロイヤルとベルファストに支えられながら、指揮官は船に乗り込んだ。
それから2週間後。指揮官は青葉と共に学園の中庭を歩いていた。
「んー、やっぱり我が家は良いなぁ」
大きく伸びをしながら、指揮官はそう言った。
「やっぱり、無人島生活は大変だった?」
「まぁな。貴重な体験ではあったが、もうやりたくないな」
「うん……指揮官がいなくなっちゃうのは、私ももう二度と嫌だよ……」
青葉が俯いたままそう呟く。相当心配していたのだろう。指揮官が帰り着いた時の彼女は憔悴しきっており、指揮官の姿を見て、安心と疲労から気を失ったほどだった。
「本当に悪かったよ。心配かけて」
「本当に悪いと思ってるなら、ちゃんと私達の傍にいてね、指揮官」
青葉は指揮官の袖をギュッと握る。まるで、親からはぐれないようにする子供のように。
「あぁ、約束するよ。にしても、2週間もよく探してくれたよ」
「本当はとっくに捜索打ち切りだったんだけどね。指揮官のおじいちゃんが『あいつはそんなことで死ぬような奴じゃない!』って、捜索を続けさせてくれたんだ」
「……今回ばかりは、ジジイに感謝だな。あいつとの約束もあるし、絶対にくたばるわけにはいかないな」
「あいつ?約束?」
「あ、いや。こっちの話だ」
「もしかして、女の子?」
「……」
「え、マジで?」
「ノーコメント。この話はここまでは」
「詳しく聞かせてよ~、ちゃんと記事にするからさ~」
「だったら絶対に言わん」
「え~、いいじゃん!」
いずれ訪れる、戦いの時。
命を救われ、短い時間とはいえ共に過ごした相手。
そんな相手だとしても、戦いを避けることはできない。
その時になれば、どちらかが倒れるまで戦わなければならない。
それなら、持てる力全てを注ぎ、全力で戦うだけのこと。
それが、生き残る道となる。仲間を助ける道となる。
そして、あの少女へできる、唯一の恩返しになる。
だから、その時が来るまでは何があっても生き延びる。
あの食いしん坊な恩人の為にも――。
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