どの学校もそうだろうが、体育館というのは一応全校生徒が入れるだけの大きさはある。秀知院学園もそれは当然のこと。バスケのコートが2面使えるだけの大きさだ。3面行っちゃおうかという話も上がったらしいのだが、そんなに広くてもなぁということで2面である。代わりに2階建て。つまり4面。アホである。
それはともかく、体育館は授業や部活動でも使われるのだが、他にも始業式や終業式でも使われる。生徒総会の場も体育館で、文化祭でもステージの1つとして使用される。
そんなわけで、今日も放課後に全校生徒が体育館に集まっていた。生徒総会が行われるのではない。この場に集まるのも強制ではなく自由参加。しかし、生徒たちは足を運んでいた。洗脳ではないのであしからず。
「さぁ始まりました『第5回打倒生徒会長大会!』。実況は数学の竹原と!」
「生徒会書記の阿天坊でお送りします」
「私の頭は決してバーコードではありませんので、バーコードリーダーで読み取ろうとしても無駄ですよ!」
「あっ、198円だ」
「私の頭の中には198円の愛が詰まって……ないわい!!」
阿天坊が持っていたバーコードリーダーは奪われ、体育館の壇上へと投げ捨てられる。校長が蹴り返して2人の間を通し、壁に突き刺す。さすがはキャプテン校長。伝説の左は健在だ。
「コホン! 失礼しました。解説には生徒会会計の白銀圭さんに来ていただいております」
「よろしくお願いします」
「「キャーーー! 白銀さーーーん!!」」
「相変わらずの人気。アイドルになられては?」
「それはちょっと……」
竹原Pの誕生とはならなかったようだ。
圭の人気は言わずもがな。男女どちらからも人気。実況席に近い生徒の一部は気絶した。マイケルジャクソン並である。しかし圭は軽く手を振るだけ。意識は壇上に向かっていた。
その素っ気なさの中にある優しさによって、限界オタクたちは倒れていくのだが圭はそれを理解していない。
「阿天坊なんで白銀様のお隣にいるんだ! TSさせるぞ!」
「ピンポイントな嫌がらせ! それトラウマだからやめろ!」
「白銀会計には歓声。阿天坊書記には罵声。生徒会は極端ですねぇ、ゲストの藤原萌葉さん?」
「人気の裏返しじゃないですかね~。本当に嫌いなら声すらかけずにいない存在として扱いますよ」
「なるほど。それは一理ありますね。おっとー! 皆さんご覧ください! 壇上の幕が上がっていきますよー!」
実況席は壇上から10mほど離れた位置の壁際に設置されている。生徒たちの並びからして、実況席の近くにいるのは皆1年生だ。陽のちょっとした配慮である。
「なんて集合率だ! みんな部活はどうした!」
「「サボったー!」」
「それでいいのか!? 俺は構わんけど」
我らが生徒会長がマイクを片手に壇上の真ん中で話す。その後ろに控えるはクイズボックス! これより行われるのはクイズ大会なのである!
挑戦者はそれぞれボックスの中に入り、答えるごとにその箱が上昇。先に10問正解すれば勝利なのである。実にシンプル。ちなみに問題は事前に生徒たちによって募集され、それを校長がくじ引きで出題する。実力だけでなく運も絡んだ勝負だ。知識の広い者なら問題ないだろうが。
「君たち問題数の多さ知ってる? 生徒数約340人なのに、集まった問題の数843問。はしゃぎすぎだろ!」
どういうジャンルがあるのかを分類するのにどれだけ手間取ったことか。出演者たちは問題を極力知らないようにしており、生徒会長の陽も同じこと。ジャンル分けは手伝わなかった。代わりにご飯を奢ることになった。
陽の言葉に生徒たちが盛り上がる。祭りは楽しんでなんぼだろうと。異論はない。地獄を見たのは生徒会と教師陣だから。
「前説とかやる気ないし、ルール説明だけしたら始めるからなー。竹原先生お願いします」
「かしこまりました。えぇ、ルールは簡単。校長先生に出題していただき、それを早押しで答えてもらいます。間違えるとお手つき。他の誰かが2回回答するまで休み。問題が変わればお手つきはなくなります。10問先取で勝者を決めます」
「補足しますと、間違えた時に回答者たちの下にあるボックスに落ちます。中身は先生方しか知らないですが、危険のないように配慮してもらっております」
「聞いてないぞ小野寺!」
「俺も初耳だわ!」
阿天坊の補足内容は出演者全員知らない。セッティングに協力したクイズ研究部と教師陣の遊び心である。生徒会もついさっき知ったばかりだ。
「本当はくじ引きの予定だったんですが、問題数が多すぎたのでルーレットアプリを使用します。その点の変更はご了承ください」
「「はーい」」
「白銀さんの時だけ聞き分けいいな」
会長と副会長より人気がありそうである。陽はちょっと嫉妬した。
「優勝いたしますと、副会長の藤原萌葉さんへの優先デート権が手に入ります!」
「「うぉぉぉぉ!!」」
出場者たちの士気が爆発する。あまりにも煩く、壇上に近い生徒たちは耳を塞いだほどだ。空間が震え、体育館の窓も振動する。
その様子を圭は冷ややかな目で、萌葉は愉快そうな目で見ていた。圭は一抹の不安を覗かせてはいるが。
事の発端は陽への挑戦状こと果たし状である。恋愛相談の時もそうだが、生徒会への誤解は残っている。会長以外は指名制。指名された人は拒否権もあるのだが、強制なんじゃないかと強く疑っている人もいる。萌葉に惚れているその男子が、陽の魔の手から救出しようと一念発起したのだ。
「ところで白銀先輩。なんで第5回なんですか?」
「形式は違うけど、本当に5回目だから」
「会長への挑戦は今に始まったことじゃないからね」
選挙戦に辛くも勝利した陽は、就任時の挨拶で言ったのだ。常識の範囲内であれば、形式問わずに挑戦してきていいと。勝てば生徒会長を代わると。ちなみにこれは公約に掲げ、票集めの要因にもなった。なにせ、
これまでの4回の勝負。その全てに陽は勝っている。どれも快勝だったため、その後は音沙汰なかった。「よくよく考えたら生徒会の仕事面倒じゃね?」ということである。さらに、時も経てば任期が減る。時間が経つと共に誰も挑戦しなくなったのだ。それなのになぜ今なのか。総会前だというのに。
(特に理由はないというか、総会前だからか)
生徒会長になりたいのではない。目的がそれではないのだから、残りの期限が少なくなって挑戦に踏み切ったのだろう。
「それでは参加者の紹介です! 今回会長に挑むはチャレンジャー後藤! 右に続いていきますは便乗者たち。クイズ斎藤。筋肉高田。雑食中井。彼らを迎え撃つは生徒会長の小野寺!」
「これは波乱が予想されますね」
参加者の紹介も終わり、いよいよ戦いが始まろうとしていた。盛り上がる会場とは逆に、圭の心は冷えていく。そもそも今回のこれは、萌葉の一言で辞めさせることができた。こんな展開にならずに済んだ。
『会長なら勝ってくれるでしょ?』
『もちろん勝つ』
信じて疑わない萌葉。それに応えると断言した陽。圭だって陽が勝つとは思っている。今まで負けていないし、総会前というこの時期なら尚更に勝ちに行く。それでも、今回ばかりは不安要素がある。
陽は何でも勝てるわけじゃない。現に、学力なら陽よりも上の人間が何人もいる。圭だってその1人だ。つまり、今回のような知識勝負は確実に勝つとは言えないのだ。しかも運要素も絡んできては不確定要素が増える。
【第一問 筋トレ──】
「はい!」
「最速で押したのは筋肉高田選手! 筋トレという単語しか出ていないのに押すとはよっぽどの自信があるのか馬鹿なのか。彼が早漏であることは事実でしょう!」
「竹原先生は賢者ですけどね」
「なんのことやら。さて回答は!」
「超回復!」
圭の思考をよそに勝負は始まった。竹原の実況が圭の耳に届いていなかったことに、陽はほっと息をついた。ちなみに答えは正解である。体育系の問題であれば筋肉高田が優勢か。
【第二問 現在のお札は一万円が伊藤博文。五千円が樋口一葉。千円が野口英世で──】
「はい!」
「ここで押したのは雑食中井選手! 彼ならお札も食べてしまうことでしょう。電子マネーで生活していただきたい」
「渋沢栄一。津田梅子。北里柴三郎」
新たなお札たちに描かれる人物を答えた。これにはチャレンジャー後藤とクイズ斎藤も悔し顔。筋肉高田は興味なさげだ。誰も体育会系ではないからだろうか。
【ハズレ! ドボンで~す!】
「ふぁっ!?」
事前に収録された萌葉の音声と共にボックスの底が抜ける。落下した先にはヒエヒエの削られた氷たち。熱くなった今ではご褒美ではなかろうか。シロップをかけて召し上がれ。
「引掛け問題もあるようですな。ここは私が!」
「続きを待たずに押したのはクイズ斎藤選手! 日本国内のアンダー18クイズ大会で優勝した彼の答えはいかに!」
「2024年度の上半期、4月から発行される!」
【ブッブー! ドッボーンだよ!】
「ぶひぃ!」
声豚のようだ。萌葉の声に喘いで落下していく。落下しても何もないと思いきやノズルが出現。前後左右から激流が顔に浴びせられる。呼吸できなくなるから時間にはお気をつけあそばせ。
「ふん。こんな問題終わらせて次に行かせてもらう」
「筋肉高田選手。自信満々に回答権を取りました!」
「脳筋でも秀知院生ですからね。それなりの知はあるのでしょう」
「皆さん問題文の続きを聞いたらいいのに……」
陽は初めからそのつもりで待っているのだが、なかなか続きを聞けないでいる。そして案の定筋肉高田も不正解で落ちた。彼には電気風呂。出力は強めに設定されているはずなのだが、心地良いらしい。体が筋肉でできているからか。
「閃きましたよ」
「閃き問題じゃないが? なんでお前ら問題文聞かねぇんだよ」
「ふっ。負け惜しみですか」
【残念! ドボン!】
「今のは回答ではないですが!? あぁぁぁ!」
チャレンジャー後藤痛恨の失敗。落下した先に現れたひよこ達に突かれる。かわいい生き物から攻撃を受けたことで精神的ダメージを負っていた。女子たちからはそこ代われという抗議の嵐。精神的ダメージって一番キツイのではなかろうか。
「あれか。秀知院生の出題って考えたら絞れるな」
「おっと小野寺選手が強気な発言。これは問題文を聞かずに答えるのでしょうか」
「そうしますかね。……沖縄の守礼問。反対は源氏物語絵巻の鈴虫」
【ピンポーン! 大せーいかーい!】
新札が発表されたこと。早押しクイズという特徴。それらのことを踏まえ、今のお札の話をすれば新札に関する問題だと誘導される。実際に間違えた人たちを考えれば、違う話ではないかと推察することができる。現役でありながら希少なお札。二千円札の問題だと考えられるわけだ。
【第三問 第二次世界大戦時、ユダヤ人たちの強制収容所──】
「アウシュビッツ!」
【ハズレだよ~】
雑食中井。またもや外して落下。氷でお腹を壊さないように気をつけていただきたい。
「これは今回も引っ掛けですかね~」
「私もそう思いますよ阿天坊くん」
素直な出題の方が少ない。問題に一通り目を通した生徒会と教師陣はその事を把握している。今回出題される中では、もしかしたら最初の筋肉問題だけが素直な出題になる可能性も、実況席の面々は考慮している。
「今度は答えさせていただきますよ!」
「勢いよく押したのはチャレンジャー後藤! 先程の雪辱を晴らせるか!」
「オシフィエンチム市。第二収容所はブジェジンガ村」
【正解だよ!】
アウシュビッツとはドイツ語である。ポーランド内に作られた収容所のことを指すわけだが、当然ながらポーランド名での地名が存在する。その地名は何かという出題だ。
引っ掛けを想定すれば、逆に問題を読みやすくなってくる。秀知院生の知能は伊達ではなかった。ただし一部生徒は違う。
その後も出題が続いていき、ボックスが高くなっていくと間違えた時の罰が落下では危険なものとなる。そこで、一定の高さからは黒歴史大公開へと変わる。これに変わると回答者の勢いも減少し、問題文を長く聞こうという者が増えていく。筋肉高田だけは突っ走るが。脳筋だから。
「現在の状況を整理しますと、小野寺会長が6問正解。チャレンジャー後藤が8問。クイズ斎藤も8問。筋肉高田が6問。雑食中井が7問ですね。接戦ですが、リーチ目前が2人。これはクライマックスと言えましょう!」
「会長……」
「……会長なら大丈夫だよ。圭ちゃん。会長は負けないから」
「萌葉……」
そう言う萌葉だが、普段より表情が固くなっているのを圭は見逃さなかった。ここまで来ると萌葉も不安になったようだ。
【第36問 ……これいいのかな? えぇ……入っているので読み上げます】
校長が何やら困惑している。その声に生徒たちも首を傾げた。そしてその理由はすぐに明らかとなる。
【藤原萌葉さんの昨日の帰宅時間は?】
「「は?」」
「!?」
誰もがぽかんと口を開け、名前を言われた萌葉はビクリと肩を震わせた。そんな問題など目を通していない。誰も見ていない問題が紛れている。しかも、
「20時18分31秒」
「……藤原さん合ってる?」
チャレンジャー後藤の回答。正解かどうかなど校長にもわからず音声を流せない。これが合ってるかを言えるのは、萌葉ただ1人なのだ。
「うん。合ってる……」
肯定。後藤のボックスがさらに上がり、とうとうリーチをかけた。勝利を目前とし、口角が釣りあがっていく。それとは反比例するように、いつも笑顔を振る舞う萌葉が表情を曇らせる。無理もないだろう。自分のプライベートを把握されているのだから。
陽は萌葉のその様子を見て、ちらりと頭上にいるチャレンジャー後藤を見上げる。勝ちを確信したような表情でこちらを見下ろしている。それを受けながら、陽は始まる前に話したことを思い出した。
『後藤。一応聞いとくけど、勝ったらどうする気? 会長になる気はないんだろ?』
『ええまぁ。目的は藤原さんを会長から引き剥がすこと。目を覚ましていただくだけなので』
『目を覚ます、ね。誤解はいつものことだからいいけど、具体的にはどうやって?』
『会長と会わないようにさせる。しばらく特別室にて生活してもらうだけです』
『なるほどな』
もう一度萌葉の方に視線を向ける。萌葉だけでなく、圭や阿天坊の視線も陽に向かっていた。だが、今は萌葉だけを見る。副会長として側に居続けている彼女を。
もしかしたらとは考えたものだ。もしかしたら、一度入ってしまったから、抜けたくても抜けられないと思っているのではと。萌葉の性格からしてそうなるとも思えないが、彼女の気持ちは本人だけのもの。可能性はゼロにはできない。
だから、勝つ人次第では、負けることも視野に入れていた。自分よりも、萌葉の隣に相応しい人がいるのではないか。それを探るために規模を大きくしていたのだ。けれど、これはきっと違う。
「藤原さんに1個聞いてもいいか?」
「なに?」
「生徒会についてなんだが、楽しい?」
「楽しいよ。圭ちゃんがいて、阿天坊くんがいて、会長がいるから。だから楽しい。このメンバーじゃないと嫌だって思えるぐらい、生徒会が好きだよ」
「そっか。じゃあ信じて見といて。逆転勝利を見せるから」
逆転勝利宣言。その言葉に会場が湧き上がる。ドン引き正解を見せたチャレンジャー後藤に勝てという声が、そこかしこから聞こえてくる。この瞬間、陽は会場を味方にした。
【第37問 世界で最も登山が過こ──】
「K2。世界二位の山でカラコルム山脈にある」
間違いは許されない。チャレンジャー後藤よりも早く押し、正解しないといけない。その緊張感をものともせず、陽は怒涛の勢いで連続正解。あっさりと優勝を勝ちとっていくのだった。
打倒生徒会長大会も、例に漏れず陽の勝利で幕を閉じた。セットの片付けは後日となり、生徒たちは解散。陽は萌葉たちと合流する。
「いやー危なかった。いろいろと」
「見ていてハラハラしましたよ本当に。心臓に悪い」
「実際手こずったから」
「最後に連続正解した人が何を言いますか……」
やれやれと首を振る阿天坊を圭が手招きして席を外す。先に生徒会室へと戻るらしい。体育館の中には、陽と萌葉の2人だけが残っている。
「今回は正直怖かったなー。私は会長が勝つと思ったからオッケーしたんだし。まさかリーチかけられるとは思わなかった」
「それは……うん。謝るしかないな」
負けてもいいと思っていたわけじゃない。勝つつもりはあった。ただ、相手の気持ち次第では負けても自分を納得させられると思っていただけだ。その考えも、最後には消し飛び、勝ちにこだわった攻めの姿勢で優勝することができた。
「会長忘れないでね」
「なにを?」
「私も圭ちゃんも、たぶん阿天坊くんも。会長の側にいるから楽しめてるんだってこと。私は会長を手放したくない。だから、会長も私が側にいられるようにして?」
「えっ!? あっ……えっと……、うん。わかった」
てっきり告白されたのかと思った。
けれどそれは自分の期待による勘違いで、萌葉が言っているのは生徒会のこと。陽はなんとか思考を切り替え、動揺する心を落ち着かせた。
「景品はどうするの? 会長」
「景品? そんなのあったっけ?」
「……会長が覚えてないなら別にいっかな」
「まじでなんだっけな……?」
「いいじゃん。それより、後藤くんに一言言ってきたいんだけど、いいかな?」
「程々にな。一応近くに控えとくぞ。不安だし」
「あはっ、ボディーガードだ~」
「藤原さんのことは護るよ。当たり前じゃん」
「っ! かいちょーのばーか」
「なんで!?」
緩んだ顔を見せないように、陽の前を先々歩いていく。この会長は女の敵だなぁと思いながら。
5回に渡る生徒会長への勝負。全て小野寺陽の勝利で無事に生徒会の任期を終えたのだとか。