生徒総会という最後の大きなイベントはつつがなく終えた。予算削減の提案はしたものの、実際どうなるかはわからない。今期の生徒会の任期は終了まで秒読み。各方面の予算に関しては次期生徒会によって決まる。その次期生徒会がどうなるか、具体的には誰が会長になるのか。それ次第なのだ。
陽は次も生徒会長をやろうと思っているし、今期生徒会に入ってからもそのために行動してきた。生徒会選挙は周囲への認知度。実績、信頼、人気。それらが大きく影響してくる。もちろん政策も大事だが、事前の印象によってそれの受け取られ方が変わってくる。その点も陽はクリアしていると言えよう。
さて、生徒総会も終えれば生徒会の活動もほとんど無くなる。放課後に集まる意味もなくなってくるのだが、これはもう習慣となってしまった。阿天坊も加わり、遊びに行ったりと絆を深めたことで、この場が安らぎの場となったのだ。
「コーヒー飲む人」
「圭ちゃんちょうだーい」
「僕も欲しいです」
「じゃあ4つだね」
「さらっと勝手に俺も含まれてるのか」
答える前に締め切られた。圭が淹れるコーヒーなら飲む気になるのだし、特に問題もないのだが意思表示はしたいものだ。そんな思いを知ってか、圭は揶揄うようにくすりと微笑む。
「会長に美味しいって言わせるのが目標だから」
「おいしいなぁ」
「会長?」
「ごめんなさい」
ひと睨みで静まる。これもなんだかんだで定着してきたやり取りだ。尻に敷かれてるわけではない。本人はそうじゃないと信じている。
圭が4人分のコーヒーを淹れ、それを各々に配る。砂糖とミルクはセルフだ。
「ラテアートって知ってます?」
「もちろん。阿天坊くんできるの?」
「趣味程度に練習してまして。たとえば……っと、こんな感じです」
「趣味程度?」
阿天坊が描いたのはエヴァ初号機。その完成度の高さに萌葉と圭は苦笑した。全然趣味のレベルではない。
「意外と楽しくてハマっちゃいました」
「どうせならやってみるか」
「そうだね」
阿天坊にやり方を教わり、それぞれバラバラのイラストに挑戦する。陽はクローバーに挑戦し、圭はハートを描く。ダイヤとスペードがいたらトランプの完成である。
「なかなかに難しいな」
「思い通りにはならないね」
「お二人とも初めてにしては上手いですけどね」
初心者だとまずイラストが崩壊することも珍しくない。それなのに、陽と圭はそれぞれ何を描いているのか分かる。というか形がきれいに整っている。その器用さに阿天坊は舌を巻いた。
「これまた挑戦しようとしても新しく淹れないと駄目だから大変だよね~」
「そうなんですよ。藤原先輩は何にしました?」
「シンプルに手錠」
「シンプルとは」
これまた手錠だと分かるイラストだ。萌葉は陽と圭よりもセンスがあるらしい。描くものの方向性だけが残念だが。
ラテアートも終わり、上達するにはどうしたらいいかを阿天坊から聞く。ラテアートもまた奥が深いもので、コーヒーが好きな圭は夏休み中にとことん練習することになるとか。それはもう少し先の話。
「ボードゲームしよう! お姉様から借りて来たんだ~」
「何借りてきたの?」
「ふふん。これだよ! 『オダノブなんだっけ?』ってゲーム」
「なんすかその地雷臭」
「本気でやればなんでも楽しいでしょ!」
「思考回路を捨てたら……あぁ、それが得意な人ばっかでしたね」
「今私も含まれた?」
陽と萌葉と阿天坊。その気になればいつでも思考回路を投げ捨てられる人種である。圭だけはそれができないが、そうしなくてもこのゲームは遊べる。
このゲームは、1人が信長役。残りが家臣役になる。信長役がお題を決め、家臣たちは質問をしながらそれが何かを当てるゲームだ。しかし相手は信長。堪忍袋の緒が切れやすい。ゲームにも堪忍袋ゲージがあり、それが10になると家臣の負け。家臣はそれより先に答えを当てる必要がある。
このゲージは、信長が決める逆鱗ワードを使えば一発終了。外国語を使えば+5。質問1回毎に+1。答えを間違えても+1。無礼なことを言っても+1。面白いと思わせる発言で-1である。なお外国語は答えを言う時だけ使っていい。そして信長役はいつでも使っていい。さすノブ。理不尽である。
「萌葉これ信長役に有利じゃない?」
「そう思うでしょ? そこでこの本能寺チャンス!」
「無礼なチャンスだな」
家臣たちは最終ジャッジを下すのだが、信長役の答えが難しすぎたり、逆鱗ワードが理不尽過ぎたり。不満なことがあれば「本能寺カード」を出していい。しかし、この時は家臣たちでの相談がNG。誰か一人でも「是非もなしカード」を出せば本能寺チャンスは失敗である。これにより信長役の勝利となる。
ちなみに、答えを言い当てた場合、最もそれに貢献した家臣を信長役が選び、褒美を与えるシステムである。
「ルールは簡単でしょ?」
「そうだな。誰か質問ある人は?」
「私は大丈夫」
「僕も大丈夫です。疑問が出たらその都度聞きます」
「それでいこっか。じゃあ最初の信長役は、会長にしてもらおうかな。あっ、ゲーム始まったらそれぞれ演じてね」
「りょーかい」
早速の信長役に陽は目を閉じる。自分の中にある信長像を引っ張り出して来るためだ。そして思い出す前世の記憶。
ここで陽の前世についておさらいだ。以前と同じ話を繰り返してしまうが、確認は大事である。
陽の前世は現代とは時代が大きく異なる。現代において参考になるものが殆ど無いほどに。恩恵は、演技を見破れることと、自分が生きた時代の歴史の問題に少しだけ強いぐらいだ。そして、前世の記憶と言っても前世の生涯の記憶があるわけじゃない。今の実年齢に比例する。14歳の7月3日なら、前世の記憶も14歳の7月3日までのものしか見れない。
以上が陽の前世のおさらいになる。では、その時代とはいつか。それは戦国時代である。陽自身把握していないが、陽の前世は短い人生だ。10代の若さで幕を閉じている。農民ではなく、織田信長に仕えた者の1人。それが陽の前世だ。その時の記憶が特に意味を為さないのも当然というわけだ。生活様式、文明レベル。何もかもがかけ離れているのだから。
「儂が信長だ」
「おぉ。会長すごい様になってる」
「すぐに始めよ」
だから、陽は記憶の中にある信長を引っ張り出して真似ればいいのだ。当然クオリティは高い。現代のイメージにも合わせ、多少はアレンジを加えているが。
お題のカードを引く。そのカードに決められているのはジャンルだけ。「人物」や「建物」など。そのジャンルに合わせて信長役はお題を決めるのだ。
「人物か……」
「決まりました?」
「ふむ……なんだったかのう……。あの者の名はなんだったかのう……」
「恐れながら信長様~」
「申してみよ藤原の」
「その方は男性でしょうか?」
「否。あの者は女であった」
質問に対して、信長役は嘘をついてはいけない。どれだけ大ヒントになろうと正直に答えないといけないのだ。
萌葉の質問により、人物が女性と決まった。性別を絞れたのは大きいが、それでも人類の半数。まだまだ答えには遠い。
「信長様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ白銀の」
「その方は日本人でしょうか?」
「そうじゃ。日ノ本の者である」
「先輩ら効率的っすね」
「負けるのは嫌じゃん?」
遊びであっても勝ちたい。萌葉の言葉に圭も頷いていた。プライドの高い圭の方が、むしろ拘っているかもしれない。そんな2人に続くように、阿天坊も質問する。
「その方はお可愛いでしょうか?」
「……ふむ。そうだな」
「信長様!」
「騒がしいの藤原の」
「その方は圭ちゃんですか!」
「何言ってんの萌葉!?」
「違う」
「え、じゃあ私?」
「違うのぉ」
「藤原先輩無駄にゲージ上げないで!」
質問3回に不正解が2回。これで堪忍袋ゲージが5になる。
「西洋かぶれが!!」
「あっ……」
そして阿天坊の発言によって堪忍袋ゲージは10に。家臣たちの敗北である。ちなみに答えは「江」。信長の妹であるお市の娘の1人だ。逆鱗ワードは「醜女」である。姪っ子を醜女なんて言われたらそりゃあキレる。当然の逆鱗ワードであった。
「これは文句なしの是非もなしだね。自滅だし」
1回戦が終わり、信長役が変更される。今度は戦犯の阿天坊が信長役に。
「面を上げーい」
「わぁ秀吉みたーい」
「誰がサルか!」
「会長?」
「ごめんて」
前世の記憶を呼び起こした弊害か、お調子者みたくはしゃいだ阿天坊をうっかり秀吉と言ってしまった。無礼な発言により開幕から堪忍袋ゲージが1増えた。
「お題は……好きなもの?」
阿天坊信長が引いたのは「好きなもの」。それが何かを阿天坊がすぐさま決め、ゲームが開始される。
「信長様。それはちっぱいというものでございましょうか」
「それじゃ!!」
「「えぇーー」」
開始されて終わった。あまりにも呆気ない。2秒で2回戦が終わるなど誰が思うだろうか。製作者も思わない。ちなみに「ちっぱい」にした理由は、女性陣がいるから除外すると予測されるだろうと考えたからだ。裏をかいたつもりが見破られた結果である。逆鱗ワードは「巨乳」だ。
女性陣から冷めた視線が男子に向けられる。設定した阿天坊はもちろん、それを一発で当てた陽にも。
「次は藤原先輩が信長役ですよ」
「頭が高い!」
「始めるの早い!」
信長役と言われた瞬間始まったようだ。頭が高いぞ無礼者め、ということで堪忍袋ゲージが+1から始まる。理不尽な藤原信長だ。けど楽しそうにしている。
「ジャンルは建物かぁ。……なんだったかなぁー。あの建物何かなー」
「決めるのも早いですね」
「萌葉のことだから、たぶん事前に考えてたんじゃないかな」
「なるほど」
「おそれながら信長様」
「申せ」
「その建物はどこにおありでしょうか?」
「日本にあるぞい」
キャラがぶれてると言いかけた阿天坊の口を陽が塞ぐ。オタクに外国語禁止はなかなかに厳しそうだ。しかし発言しないという選択肢もない。それはゲームに参加していないのも同然だから。
「おそれながら信長様」
「申してみよ圭ちゃん」
「それはどの都道府県におありでしょうか?」
「TOKYO。阿天坊くんが変な目で見るからゲージ増加~」
「見てませんよ!? 信長役は自由だなって思っただけで!」
「それがこのゲームだからね。くくっ、所詮お主は秒殺された信長じゃからのう」
「ははは! お戯れを」
家臣に負けたからと言って、信長が殺されたわけでもない。死ぬのは本能寺チャンスが成功した時だけである。
「阿天坊は何かないのか?」
「えーっと、じゃあ……信長様はそこに行かれたことはありますか?」
「ないの! 行ってみたいとは思ってるよ!」
「そこはどういう目的の建物ですか?」
「住まいだね~。生活空間」
信長役へなり切ることを忘れたようで、素の萌葉が出てくる。そして、これは答えに大きく近づいた。萌葉のことだからここからひと捻りありそうだが、一応素直な答えを出してみる。
「それは家というものでしょうか?」
「違うなー」
やはり違ったようだ。4回の質問。1回の不正解。2回の無礼案件。答えられるチャンスは残り2回。
「あと1回質問する?」
「どうしましょうかね。もう少し絞りたい気もしますが」
「あ……」
「白銀さんどうしたの?」
「答えてみていい?」
「いいよ」
わかったかもしれない。それなら答えてみてもいいだろう。質問するにしても、どう絞り込むかで悩ましい。答えてみて絞り込むことも可能なのだから、ここは圭に任せよう。
「そこは刑務所ではないでしょうか?」
「うわっ、ありそうな答えが……」
「違うよ! 私へのイメージ酷くない?」
「ラテアートで手錠描いてたから」
「酷いなぁ。ちゃんと情報があるのにそれを無視するのはよくないよ」
「それは白銀さんの家ではないですか?」
「ぶっぶー! もうみんなわかってなーい!」
ゲージが最大になり、答えにたどり着けなかった。答え自体は本当に近いところまで来ていたのだ。生活空間なのだから家。家という答えではないから、
「私が行ってみたいのは会長の家だよ」
「うちかー。少し厳しいかもな」
「無理にとは言わないけどね」
「いける日があれば言うけど、早くても2学期とかかな」
「そこまで気にしなくてもいいからね?」
家というのはプライベート空間だ。そこに他人が入ってくることを嫌がる人もいる。たとえ子がよくても親が許さない。そんなパターンも珍しくないのだ。
「藤原先輩。逆鱗ワードってなんだったんですか?」
「監獄。刑務所はグレーだったね~」
「危なかったー」
「さっ、次は圭ちゃんの番」
「なり切らないと駄目?」
「軽く演じてみるぐらいでもいいと思う」
圭の性格的にこうやって演じるのは向いていない。授業の一環だったり、行事の一環だったりすれば完璧にこなせるのだが、こういう遊びの中でとなると気恥ずかしさが勝つ。
「わ、私が信長だ……」
「圭ちゃんかわいい~!」
「ちょっ! もえはー!」
揶揄われたと思ったのか、頬を赤くしながら怒ってみる。特に効果もなく、陽と阿天坊が無言で温かく見てくるせいで、圭は余計に恥ずかしさが込み上げていく。
引いたカードは食べ物。何にするかを決め、逆鱗ワードも設定する。
「なんだったかなー」
「信長様」
「なに? 会長」
「あ、圭ちゃん。今は圭ちゃんの方が上なんだし、会長って呼ぶのはおかしいと思うな~」
「えっ!? じゃあどうしたら……」
「名前で呼んじゃいなよ~。ほらほら」
煽ってくる萌葉の言葉も聞き流せず、圭は困ったように陽を見た。とはいえ、陽が助けを出すわけでもない。名前で呼ばれるのが嫌とか思ったことがないから。むしろ、会長に就任してからというもの名前で呼ばれることが極端に減っている。せっかくだから名前で呼んでもらいたいくらいだ。
「ぇ……。…………むりぃ!」
「ありゃ。私圭ちゃん追いかけてきますね」
生徒会室を飛び出す圭を萌葉が慌てて追いかける。阿天坊はそれを見送りながら、隣で項垂れている陽にかける言葉を探した。
「名前呼びを拒否られるってなに……? いや名字も駄目なの……?」
「会長って呼び方が定着しちゃったからですかねー。今さら違う呼び方は難しい的な」
「……そうだといいな」